653 バーナビー フッシ 午後二時と三時の間にガッシュフォードは前章で描いた隠らず抑揚のない単調な口調で、「君の友人はどこへ行ったの のぞ ーナビーとデニスだけがいたので、 かね」 れ家を覗いてみたが、バ わら デニスは友人が藁の寝床でまだ寝ているとでも思ったよう ヒューはどこへ行ったのかと尋ねた。 に横を向いたが、外出したことを思い出したのか、 出かけました、とバーナビーが答えた。一時間以上も前に 「どこへ行ったか知りませんや、ガッシュフォードの旦那 出かけたきり、まだ戻って来ません。 もうじき戻って来るでしよう。そろそろおいらたちがにしく 「デニス ! 」秘書は笑顔を浮かべながら愛想のいい声でそう たる なる時期でしよう ? 」 言うと、樽の上に座って足を組んだ。「デニス ! 」 オしか、デニ 「いや、それを一番よく知っているのは君じゃよ、 絞首刑執行吏はすぐに起き上がって座ると、目を大きく開 ス。わたしが知ってるはずはないさ。君は自分の仕事を完全 けて彼の方を見た。 に独自の立場でやっているのであって、誰もとやかく一一一一口う者 「デニス、元気かね」ガッシュフォードは会釈しながら言っ はないのさ もっとも、時々法律はとやかく一一 = ロうかもしれ た。「デニス、最近の活躍で不便をこうむったりはしなかっ んがね」 たろうね」 デニスはこの冷静で事務的な答え方を聞いて、ひどくうろ 「ガッシュフォードの旦那について、おいらはこれからいっ たえたような様子だったが、自分の職業のことが話題になる でもこう一言うつもりでさ」相手は彼をじっと睨みつけながら ーナビーの方を指さしながら、頭 言った。「旦那のこのおとなしいしゃべり方ときたら、死人と落ち着きを取り戻し、バ の目を覚まさせるのに充分なくらいだとね。まったく」ここを振っていやな顔をした。 「しつ、黙って ! 」バーナビーが叫んだ。 で彼は小声でもう一つの悪態のおまけをつけて、考え込んだ 「そうだ、ガッシュフォードの旦那、あの件は黙っていてく 「狡賢いしゃべり方だ ! 」 様子で睨みつづけていた れなきや ! 」縛り首役人が小声で言った。「世間の誤解って 「はっきりよくわかるだろう ? どうかね、デニス」 「はっきりだって ! 」彼は頭を掻きながら、まだじっと秘書ものがあるからねーー旦那はいつもそれを忘れちゃうんだか ーナビー どうしたんだ」 の顔を睨みつけていた。「骨の髄まで響くくらい、よくわからーーおい ほら、聞こ 「ヒューのやって来る音が聞こえるよ。しつー りまさあ」 えるかい ヒューの足音だよ。ばくはちゃんと知ってるさ。 「君の骨がそんなに敏感だとは、またわたしの声がそんなに うれ ハタ、と一緒だ よく響くとは、嬉しい限りだねえ」ガッシュフォードは相変ヒューの犬の足音もね。ドタ、ドタ、 ずるがしこ
たんだ、おれは。おれのベルトつきの棒を渡してくれ。そあ ! 」 とま 「これでしつかり留ったよ」ガッシュフォードは立ち上がっ れ ! 旦那、ちょっと手を貸してくだせえ。こいつを肩から た。「おい君ーー君の友人は今日の小遠征に反対しなかった 掛けて、うしろの留金を留めてくだせえ」 ズ ン とい , つわけだね。はつはつは , これが証人対策とこんなに 「相変らずてきばきしているな」秘書は言われたとおりにし ケ びったり合致するなんて、運がいいねえ。一度計画したこと デながら言った。 「今日はてきばきしなくっちゃ。てきばきの仕事が待ってい は、断固としてやり遂げなくてはいけないからな。おや、も るんですからねえ」 , っ ( 打 / 、のかい」 「おや、そうかね」ガッシュフォードがあまりにも空とばけ 「旦那、出かけますよ。何かお別れの一一 = ロ葉は ? 」 て言ったので、ヒューはむかっ腹を立てて振り向き、睨みつ 「いや、何にもないよ」ガッシュフォードがやさしく一言った。 「本当にありませんかい」ヒューはデニスを肘で突っきなが けながら言った。 「そうかね、だって ! わかってるくせに , 旦那が一番よら叫んだ。 ガッシュフォードは一瞬黙ってしまい、用心と悪意の板挟 くわかってるんじゃねえか。最初の仕事はあの証人どもを見 せしめにしてやって、これ以上おれたちゃ、味方の誰に対しみになって苦しんでいるようだったが、二人の間に割り込ん で来ると、両手で左右の男の腕をとりながら、息苦しそうな ても具合の悪い証一言をしないよう脅しをかけることだって」 小声で言った。 「われわれが知っているひとりの証人がいるのだ」ガッシュ 「なあ、君たちーーこの男についてーーーデニスーー君の家で、 フォードは意味ありげな微笑を浮かべながら答えた。「例の きっと いっかの晩話し合ったことを、忘れないでくれよ 事件について少なくとも君やわたしと同じくらいよく知って 忘れないと思うがね。一切の慈悲、猶予は無用だそ。奴の屋 いる証人がね」 「たぶん旦那の言っている紳士とおれの言ってるのとは同じ敷のあった場所に梁一本残してはいかんぞ ! 火は忠実な召 ことわざ だろうと思うけど」ヒューは小声で言った。「これだけのこ使だと諺に言うが、恐ろしい主人でもある。火を奴の主人 ふわ とは言えると思うね。その紳士と同じくらい何から何まで詳にしてやれ。これ以上相応しい主人は奴にはないんだ。しか ここでロをつぐむと振り返し君たち、しつかりしてくれるだろうな。断固たる態度をと しく素早く知っているのは」 ってくれるだろうな。奴は君たちの命を、それから君らの勇 り、問題の人物に聞こえないということを確かめてから ねら 「悪魔野郎だけさ。旦那、終りましたか。まったく遅いな敢な仲間たちの命を狙ってうずうずしているのだ、というこ ひじ
いまガッシュフォードに向かいムロっている男ま、 人ばかりの野次馬がついて来たが、彼は屋敷の石段のところ でこの連中に、次のような簡単な別れの挨拶をした。「諸君、極めてがっしりした体格の男で、額は狭く引っ込んでいて、 カトリックに反対しよう。さようなら。お元気で」これは一頭にはこわい毛がもしやもしや生え、目は小さくて寄り目で、 同が期待していたよりもずっと短いので、幾分不満そうなつぶれた鼻のおかげでやっと両眼が合流して普通の大きさの 「演説 ! 演説 ! 」の叫び声が上がった。閣下はこれに応じ一つの目になるのを妨げられているかのよう。首のまわりに うまや は一汚らしい ハンカチが綱のように巻いてあり、あらわに見え ようとしたのであるが、三頭の馬を連れて厩へ向かうジョ ン・グルービーが気違いのように群衆に突進して来たので、る太い血管はふくれ上がっていて、まるで激情と悪意を呑み く、も 込んでいるかに見えた。服はすり切れたビロードだがーー色 一同は蜘蛛の子を散らすように近くの広場へ逃げてしまい 間もなくそこで投げ銭遊びやら、丁半勝負やら、闘犬やら、あせて白っぱくなった黒で、消えてから一日たったパイプ煙 草か石炭の灰のような色をしていて、あまり楽しみもなさそ その他プロテスタント的遊戯をはじめた。 午後になるとジョージ卿は、黒いビロードの上着、格子縞うな道楽の汚れで変色し、まだ居酒屋の臭いがぶんぶんして ぞろ ひざびじよう いる。膝の尾錠の代りに小包紐の不揃いな輪で靴下を留めて のズボンとチョッキ、仕立てはすべて同じクエーカー的で虚 いる。汚らしい手には節だらけの杖を握っていたが、その握 飾を排した衣服をまとって外出し、以前よりもいっそう奇妙 きてれつ り柄は自分のいやらしい顔に似せて刻んであった。このよう 奇天烈なこの身なりで、ウエストミンスターの議会へと歩い な客人が入って来ると、ガッシュフォードの前で三角帽子を て行った。その留守中ガッシュフォードは仕事にに殺された 脱ぎ、流し目を使いながら相手にしてもらえるのを待ってい が、暗くなって間もなくまだ仕事をしているところに、ジョ ン・グルービーがやって来て来客を告げた。 ジ 「おや、デニスか , 」秘書が叫んだ。「まあ座れ」 「ここへ通したまえ」ガッシュフォードが一言った。 どな 「あそこで閣下に会いましたんでーー」この男はその方角を 入って来い ! 」ジョンが外にいる誰かに怒鳴った。 親指で示しながら叫んだ。「で、閣下がおいらにおっしやる 「お前はプロテスタントだろうな」 、ビ にや、『デニス、もし用がないのならわたしの家へ行って、 ナ「そのつもりだがな」低いどら声が答えた。 つら ガッシュフォードさんと話をしろ』ってね。もちろんおいら 「それらしい面をしてる」ジョン・グルービーが一一一一口った。 「どこで会っても、それとすぐにわかる顔だ」そう一言うと客何にも用がないんです。今は仕事の時間じゃないものね。わ つ、はつ、は ! 閣下に会った時、おいら散歩してたんで。 を入れ、ドアを閉めて出て行った。
「そうだ、思い出した。ジョン、この人は大丈夫だ、待って 「お前は分団を指揮して、決して危険なことはさせまい れもよくわかっている」 いなくてもいいよ。デニス、帰らんでよい」 だんな 「こんちは、旦那様」グルービーが出て行ってしまうと、ヒ 「ガッシュフォードの旦那、おいらは分団を引き連れて あいさっ むぞうさ ューが挨拶した。 」死刑執行人が無造作にこう言いかけた時、ガッシュフ 「こんにちは」秘書は精一杯の丁寧な態度で答えた。「何の オードがばっと身を乗り出すと口に指を当て、書きものをし ているふりをした。その途端ジョン・グルービーがドアを開用でここへ ? わたしたちは何も忘れものはしなかったろう のぞ ヒューは短く笑うと懐に手を突っ込み、一枚のビラを取り 「やれやれ ! 」ジョンは中を覗き込みながら言った。「また 出した。一晩じゅうおもてに落ちていたためきたなく汚れた ひとりプロテスタントがやって来ました」 ひろ てのひらしわ ひぎ 「ジョン、他の部屋へ通せ」ガッシュフォードがものやわらそのビラを、彼は膝の上に拡げ、がっしりした掌で皺を伸 ばしてから、秘書の机の上に置いた かな口調で言った。「わたしはいまにしいから」 「これだけですよ、旦那。いい人間に拾われたというもので しかしジョンはすでに新しい客をドアのところまで案内し ていたので、この一一一一口葉が口から出た時、客は招かれもせぬのさ」 。し力にも本当に驚いた 「これは何だ ! 」ガッシュフォードま、ゝ に入り込んで来た。その身なりの雑な、無造作な態度の男と 様子で、ビラの裏表を見ながら言った。「これをどこで拾っ は、ヒューであった。 たのかね。これはどういうことだ。わたしにはさつばり意味 がわからない」 めんく ヒューはこのような応対をされていささか面喰らってしま テニスはテー。フ 、そっと視線を秘書からデニスへ移した。・ 秘書はランプの光が目に当らぬよう手を目の前にかざし、 まゆ 少しの間眉をひそめたままヒューを見つめ、最近どこかで会ルのそばに立ったまま客をぬすみ見していたが、彼の態度や ナったことがあるが、どこでどんな用事で会ったか思い出せな様子がひどく気に入ったらしかった。ヒューに見つめられた カその当惑はすぐに晴れた。のは無一言のうちに意見を求められたのだと解釈したデニスは、 といった様子をしていた。。ゝ、 ヒューが口を開く前に、秘書の顔が明るくなってこう言った首を三回振って見せた。まるでガッシュフォードのことを、 「この人は何にも知らないよ。この人が知らないということ のである。
いか、」 きっと奴らは『昔はよかったなあ、あれから万事が下り坂に なりつばなしだよ』って言いまさあーーーねえ、ガッシュフォ 「はっきりとは , 知らんが」ガッシュフォードは椅子に中すりか あくび ードの旦那 ? 」 かって欠伸をしながら答えた。「でも、たくさんあるだろう」 「じゃあ、五十としときますか。議会でこう一言う。『男、女、「きっとそうだろうな」 「そこででさあ。もしあのローマ教の野郎どもがのさばりや 子供を問わず、もし誰かが五十の国法のどれかに背いたこと をした時には、その男、女、子供はデニスによって片づけら がって、ぶらんこ刑の代りに火あぶり刑や釜ゆで刑をおつば じめたら、おいらの商売はどうなるんでえ ! 五十もの法律 れるべし』ってね。議会が会期の終りであんまり数多く極刑 を作っちまった時、ジョージ三世がやって来てこう仰せられの一部であるおいらの仕事に、野郎どもがちょっかいを入れ た。『デニスの取り分が多すぎるぞ。わしが半分もらうから、やがったら、法全体はどうなるんでえ、宗教は、祖国はどう なるんでえ , 半分をデニスにやれ』ってね。時にやおいらが思ってもいな ガッシュフォード旦那は教会へ行ったこと かったおまけまでくれたことがあったねえ。三年前のことだありますか」 ジョーンズをちょうだいしたん「 ったが、おいらがメアリー か、とは何だ ! 」秘書は幾分怒気を含んで、「もちろんだ と・も」 だ。十九の若い女で乳飲み子を抱いてタイバ の処刑場し 「なるほど。おいらは一度だけ いや、赤ん坊の時洗礼を やって来て片づけられちまったが、罪ってえのはラドゲイ ト・ヒルの店で布地を万引しようとして、店員が見た時に戻受けたのを入れれば二度だーーーあるんで、それは議会のため したっていうのさ。前に悪いことしたことはなかったし、万のお祈りをやった時で、議会は会期ごとにずいぶんたくさん 引しようとしたのも三週間前から亭主が金に困って、自分がのぶらんこ刑の法律を作っているんだから、つまるところこ こじき ジ二人の子供を抱えて乞食をしなきゃいけなかったからーーーてりやおいらのためにお祈りしてもらったわけだと思ったんだ。 もの これがイギなあ、ガッシュフォードの旦那」ここで杖を取り上げると物 ことが裁判でわかったのさ。わっ、はつ、は , すご 」リスの法、置習というもの、イギリスの誉れというものでさ凄い勢いで振り回しながら、「おいらのプロテスタント的な 仕事を邪魔されたくねえし、このプロテスタント的な仕組を ナあ。ねえ、ガッシュフォードの旦那 ? 」 これつばかりも変えてもらいたくねえよ。もし止めることが 「そのとおり」 「これから先のいっか、おいらたちの孫どもが祖父さんたちできるならね。ローマ教の野郎どもがおいらにちょっかい出 の時代を思い出して、それ以来物事が変ったなあと思った時、すのはご免だ。法の一部として片づけられるためにやって来
は、おいらにやわかってる。誓ってもいいぜ」と言っているけてやりてえ。おいらはローマ教反対だ。誓ってもいいです。 かのようだったが、薄汚いネッカチーフの長い端で自分の横というわけでおいらがここへやって来たんです」 びよ・つぶ 顔をヒューから隠すと、この屏風の陰に隠れてくつくっ笑い 「ガッシュフォードの旦那、この男を名簿に書き入れてくだ ズ さいよ」デニスが称賛の口調で言った。「これこそ仕事にも ながらうなずき、秘書の態度を大いに称賛していた。 イ 「これを見つけた者はここに来るように、って書いてあるんってこいのやり方だーーずばり要点に入る。だらだら話は無 デ でしよ」ヒューが尋ねた。「おいらは学者じゃないけんど、用ってわけだ」 これを人に見せたら、そう説明してくれました」 「的はずれのことを言って何になるっていうんだ。そうだろ 「確かにそう書いてあるな」ガッシュフォードは精一杯目をう、あんた ! 」ヒューが叫んだ。 丸くしながら答えた。「こんなに驚いたのは生れてはじめて 「おいらもまったく同感だね ! 」首絞め役人が言った。「ガ 君、この紙をどうやって手に入れたのかね」 ッシュフォードの旦那、この男はおいらの分団にもってこい 「ガッシュフォード旦那にかなう人間は、ニューゲイト監獄 だ。すぐ入れましようや。名簿に書き入れてください。イン かがりびた じゅう探したっていやしねえ ! 」死刑執行吏は小声でつぶやグランド銀行をぶちこわしてそれで篝火を焚いて、この男の 、つ ) 0 洗礼をするんだとしても、おいらは喜んで名付親になっても ヒューはこれが聞こえたのか、それともデニスの態度から いい、」 自分がからかわれているのに気づいたのか、それとも秘書の これに類する絶賛と信頼の辞を浴びせかけると、デニス氏 たた 言わんとする意味がひとりでにわかったのか、ともかく彼は は相手の背中を力強く叩いた。ヒューもすぐにそれにお返し をした。 単刀直入すばりと用件に入った。 「さあ、ビラに何て書いてあろうとなかろうと、そんなこと 「兄弟、カトリック野郎どもをぶつつぶそう ! 」首締め役人 はどつで 7 も しいこってす」彼は手を伸ばしてビラを取り返しが叫んだ。 た。「旦那はこんなもの全然知らないとおっしやる。ーーおい 「兄弟、金取り野郎どもをぶつつぶそう ! 」ヒュ ーが答えた。 じん らも全然知らねえ ここにいるご仁も全然知らねえ」とい 「カトリック、カトリックだよ」秘圭日がいつものように落ち いながらデニスの方をちらと見た。「何の意味だか、どこか着いた口調で言った。 ら来たビラなのか、ここにいる誰も知らねえ、それだけの話 「どっちだって同じことでさあ ! 」デニスが言った。「かま でさ。ところでおいらはカトリックの野郎どもを一発やつつやしませんや。ガッシュフォードの旦那、やつらをぶつつぶ
るんなら別だがね。おいらは釜ゆでも、火あぶりも、油揚げ 「もちろんでさ、ガッシュフォードの旦那。見てておくんな もご免だーーぶらんこの他は全部お断りだ。閣下がおいらをさい。おいらのこと苦情なんか言わないですみますよ」相手 熱心な男だとおっしやるのもあたりめえさ。ぶらんこをたく は頭を振りながら答えた。 ズ ン さんやってくれる偉大なプロテスタント原理を守るためだっ 「きっとそ , つなると思 , つ」秘書は相変らずゆっくりと、はっ ケ けんか デたら、おいらは」ここで床を杖でどんと叩く「火つけ、喧嘩、きりした口調で言った。「おそらく来月か五月あたり、この 人 1 し 旦那が言いつけることなら何でもやるぜーーー景気ローマ教徒救済法案が議会にかかる時には、わが連盟全員を がよくてすげえことなら、何でもねーーーあげくの果てに、自はじめて集合させねばならぬことになると思う。閣下は皆で 分がぶらんこになっちまったってかまわねえ・ーーーと、こうい 街頭を行進してーー罪のないやり方で威力を示すためにだが , つわけき、、ガッシュフォード日一那 ! 」 衆議院の玄関先まで請願書を持って行くことを考えてい 高貴な一一一一口葉をさんざん汚らしい意味に見事に堕落させたあらっしやる」 げくの果てに、彼はいわば法悦の境地に達し、少なくとも二 「そりや早い方がいいでさ」デニスはこう言ってから、また 十ばかりの物凄い悪態をついた。それから上気した顔をネッ も悪態をつけ加えた。 お カチーフで拭きながら叫んだ。「カトリック反たーい , 「連盟の人数があまりにも多いので、分団に分かれて行かね いらは断然信、い深い男だぞう ! 」 ばなるまい。それに」ガッシュフォードは相手が口を挟んだ す まゆげ ガッシュフォードは椅子にもたれかかったまま、太い眉毛のは聞こえないふりをして、「その旨直接のご命令をいただ の奥の窪んだ目で相手を見つめていたので、絞首刑執行吏が いているわけではないではないが、閣下がたぶんお前をその 見た限りでは、まるで完全な盲目のように思われた。秘書は分団のひとつの立派な頭目にしようとお考えになっている、 もうしばらく微笑したまま黙っていたが、それからゆっくり、 と言って差し支えなかろう。もちろんお前は立派な頭目にな はっきりした口調で言った。 れるだろうな」 「デニス、お前は実に熱心な男。ーーこのうえもなく大切な男「試しにやらしてみておくんなせえ」男はそういうと、気味 わが連盟でわしの知る、もっとも志操堅固な男だ。だが、悪い目つきでウインクした。 気を静めなければいかん。おとなしく、法を守り、子羊のよ 「お前が冷静に、命令どおり忠実に、穏健に行動することは、 うにやさしくなければいかん。もちろんそうなってくれるだ よくわかっている」秘書は相変らず微笑を浮かべながら、自 ろ , つが」 分の目が見返されないように相手をじっと見つめていた。
デイケンズ 550 おいらは梟みてえに、夜散歩するんでね、ガッシュフォー しく足を叩くと、ひいひい息を切らせながらネッカチーフの ドの旦那」 端で目を拭き拭き叫んだ。「ガッシュフォード旦那にかなう 「昼間だって散歩する時があるだろ」秘書が言った。「威儀人間は、イギリス全土を残らず探したっていねえや ! 」 死刑囚を処刑場まで 「ジョージ閣下とわたしは昨夜お前のことを話し合っていた を正して外出をしてる ( ) 時に、な」 護送して行くこと 「わっ、はつ、は ! 」男は足を叩きながら大笑いした。「おのだが」しばらく間を置いてから、ガッシュフォードが一一一一口っ もしれえことをおもしれえ風におっしやる旦那にかけちゃ、 た。「閣下はお前のことをとても熱心な男だとおっしやって ロンドンやウエストミンスターじゅう探したって、ガッシュおられたそ」 フォード旦那にかなうお人はいませんや ! 閣下だってその 「そのとおりの男でさ」死刑執行吏が答えた。 点にかけちゃ悪くはねえが、旦那と比べたら阿呆みたいよ。 「そしてローマ教徒を心から憎んでいる男だ、と」 いや、まったくちげえねえーーーおいらが威儀を正して外出す「そのとおりでさ」彼はそれを裏書するためにロ汚い罵りを る時だ」 浴びせた。「よござんすか、ガッシュフォードの旦那」帽子 てのひら 「馬車も、牧師も、全部お揃いでな」 と杖を床に置き、片方の指でもう一方の掌をゆっくり叩き 「いや、こいつはまいった、まいった」デニスはまた笑いをながら、「よござんすか、おいらはめしのために働いている 爆発させながら、「まったくまいっちまった。だが、ガッシ法の番人で、立派に仕事を果たしている男。そうでしよう、 ュフォード旦那、今日は何の用かね。ローマ教の野郎どもの違いますか」 教会でもぶつつぶせってえ命令でも出たのかねーーそれとも 「もちろんそのとおり」 「よろしい。ちょっと待ってください。おいらの仕事は健全 「黙れ ! 」と秘書は言ったが、かすかな微笑が洩れていた。 で、プロテスタント的で、法に忠実で、イギリス的な仕事だ 「黙れ ! 冗談じゃないそ、デニス ! わが連盟は断固としそうでしよう、違いますか」 て平和的、合法的目的のために結成されたのだぞ」 「生きとし生ける者誰ひとりとして疑う余地はない」 「わかってますって」したり顔をしながら男が答えた。「そ「死んだ者だって同じでさ。議会でこう言ってまさ 議会 の目的のためにおいらは入ったんですからね」 でね、『男、女、子供を問わす、もし誰かがある数の国法に 「そのとおりだとも」相変らず微笑しながらガッシュフォー 背いたことをした時』ーーーガッシュフォードの旦那、しま ドが言った途端、またデニスは笑いを爆発させ、いっそう激首刑になる法律はいくつくらい数がありますかね。五十くら ふくろう ののし
デイケンズ 546 「閣下 ! 」ガッシュフォードは微笑しながら叫んだ。 るほどのことでもなさそうであった。しかしこれまで足早に 「やっ ! そうだ。じゃあ君はユダヤ人ではないのだね」 歩き回っていたジョージ閣下は、この言葉を耳にするや急に 「ユダヤ人ですって ! 」信心深い秘書はぎよっとしてたじろ立ち止り、顔を赤らめると黙ってしまった。抜目のない秘書 はご主人のこの態度の変化に全然気がっかない様子をして、 「わたしたちがユダヤ人になった夢を見ていたのだ。君とわ 窓のプラインドを引き上げるふりをして少々遠ざかり、相手 あごひげ たしとーーー二人ともーーー長い顎鬚をはやしたユダヤ人になっ が気持を静めるのを待って戻って来ながら言った。 「神聖な大義は立派に進んでおります、閣下。昨晩でさえも 「とんでもございません、閣下 ! そのくらいなら、 いっそわたくしは無為に過したのではございません。寝る前に二枚 カトリックになった方がましでございます」 のビラを落しましたが、今朝になるとそれは両方とも消えて 「そうだろうね」閣下は即座に答えた。「本当にそう思うかおります。すでに三十分前にわたくしは下に行っておりまし ね、ガッシュフォード君」 たが、この宿の者は誰もそれを見つけたと言っておりません。 「もちろんでございますとも」秘書は驚いた顔をして叫んだ。わたくしの予想によりますと、ビラの最初の成果といたしま 「ふむ」彼はつぶやいた。「、、 し力にももっとものよ , つだ」 して一人か二人の参加者が見られましよう。閣下の天命によ 「閣下、よもやーー」 るお仕事が神のご加護を受けて、その後どれほど参加者が増 「よもや、だと ! 」閣下は鸚鵡返しに口を挟んだ。「どうしえるかは誰レ こも予想できますまい て、よもやなんて一一一一口うのだ。あんなことを考えても、別に悪 「あれははじめから名案であったな」と閣下が答えた。「ま いことはなかろ , つ」 さに妙案で、スコットランドで大きな効果を呼んだ。君は実 ぶどう 「夢でしたらば」 に得がたい存在だ。ガッシュフォード君、葡萄畑が破滅の脅 じゅうりん 「夢ならば、だって ! 目が覚めていても、そうだろう」 威にさらされ、ローマ教徒たちの足で蹂躪されようとして す 「『命を受け、選ばれ、忠実に』」ガッシュフォードは椅子の いる時、君はわたしに怠惰を戒めてくれる。三十分後に馬に 上にあったジョージ卿の懐中時計をとり上げると、上の空の鞍を置いて出発し、仕事にとりかかろう ! 」 様子で、まるで飾りの文字を読んでいるような口調で言った。 彼が顔をすっかり紅潮させ、熱のこもった口調でこう言っ これはほんの取るに足らぬ動作であり、特に目につくものたので、秘書はこれ以上発破をかける必要はないと思って退 でもなし、どうやら一瞬の放心状態の産物であって、特に語散した。 おうむ くら
デイケンズ 540 ・こうまん 「祖国と祖国の宗教の救い主、貧しい国民の味方、傲慢で残 酷な人間の敵、虐げられ見捨てられた人びとから愛され、勇 敢で忠誠な四万人のイギリス人から尊敬されているーーーこの 方の眠りはどんなに幸せなものだろうか ! 」 ためいき ガッシュフォードは笑みを浮かべながら、しかし相変らす こう言って溜息をつきながら彼は手を火にかざし、胸がい 深い敬意と謙虚さを顔にたたえて、ご主人の寝室に向かいな つばいになった時によく人がやるように頭を振り、もう一つ さんびか がら髪をなでつけ、讚美歌のメロディーを口ずさんでいた。溜息をつきながらまた手を火にかざした。 せき ジョージ閣下の寝室のドアに近づくと、彼は咳払いをして歌「おや、ガッシュフォード君か」ジョージ閣下が言った。彼 ははっきり目を覚ましたまま横向きに寝ていて、秘書が入っ 声こいっそうの力をこめた。 この時の彼の振舞と、奇妙に悪意にみちたいやらしい彼のて来てからの動作をじっと見つめていたのだった。 まゆ 「カーーー閣下」ガッシュフォードはまるで仰天したようにび 表清との間には、実に著しい対照がみられた。出っ張った眉 けいべっ は目を隠さんばかりで、唇は軽蔑したようにゆがみ、肩までくっと振り向いた。「お休みのお邪魔をいたしましたか」 「わたしは眠ってはいなかったよ」 が大きなばたばたした耳と内緒話をしながら、あざ笑ってい るように見えた。 「お休みではいらっしやらなかった ! 」彼はわざとうろたえ のぞ 「しつ ! 」彼は寝室のドアから覗き込みながら小声で言った。 たふりをして、「閣下の御前で何ということを思わず洩らし 「眠っていらっしやるらしし 、。申様、どうか眠りを覚ましまてしまったことでしようーーーでも、あれは真心でごさいまし そで 誠心誠意でございました」あわてて袖で目をこすりな せんように ! 夜もろくにお休みにならすに、いろいろ心をた 労し、考えをめぐらしてくださるこのお方なのですーー神よ、 がら、「ですから閣下のお耳に入りましても、わたくしは後 いっか殉教者とおなりになる日まで、この方の命をお守りく悔いたす必要ございません」 ださいー 「ガッシュフォード君」哀れにも閣下は明らかに感動した様 もしこの堕落した世に聖者が生きられるとしたな 子で手を差し伸べた。「後悔することなんかないよ。君がわ ら、このお方こそ聖者なのですから」 しよくだい つま著 ) き たしを愛してくれていることは、よく知っているーーー身に 燭台をテープルの上に置くと、彼は爪先立って炉のそば しみてよく知っている。わたしはあんなに褒められるに値し に寄り、べ ッドに背を向けて椅子に座りながら、考えごとが 思わす声に出てしまったかのように、独り言を言い続けた。 ない人間だ」 に頭を振り続けていた。