ミッグズ - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

なかったなんて、何て残念なことでしよう。でも、とっても年ーーー一番年かさの甥ーーーお嫁に行った実の姉の息子ーーゴ ールデン・ライオン小路、二十七番地の生れで、右手の玄関 嬉しい気持になれましたですわ ! 」 よびりん 冖」・回 , か また両手を組み合わせたためか、それとも純粋の喜びのあ柱の二つ目の呼鈴ハンドルの下で育てられた子供 ズ ン まり我を忘れたのか、いすれにもせよミッグズ嬢はここでカうと、ポケット・ ハンカチを何度も使いながら、めんめんと ケ スタネットのように木靴を打ち鳴らしてから、またしゃべり訴えた。お前家へ帰ったら、叔母さんがいなくなって悲しん 出した。 でいるお父さんお母さんを慰めるために、こう忠実に事実を 「でも奥様はまさか、忠実なミッグズー・ー辛い時に何度も一兀話してあげておくれよーーお父さんお母さんもよくご存知の 気づけてくれて、善意ではあるけれども態度が荒つばい他のとおり、叔母さんの心からの愛情が受け入れられてご一家の 方たちの行動に奥様が深く傷つけられた時に、その気持をよ懐に暖かく抱かれた叔母さんに、さよならをしてきました、 くわかってくれたミッグズーー・・・その忠実なミッグズが奥様をとね。それから叔母さんの絶対的な義務感、昔の旦那様、奥 みす 見棄てるなんて、まさか、よもやお考えにならなかったでし様、それからドリーお嬢様とジョー若旦那様に対する献身的 ようねえ。ミッグズはただの召使にすぎないけども、そして愛清のゆえに、叔母さんはお姉さん夫婦ーーお前のご両親だ ご奉公は親子伝来じゃないとはわかっていましたけども、およーーの切なる願い、部屋代その他一切無料で食事つきで泊 なかたが めてあげるからという申し出をお断りしなければならないの 二人が仲違いなさった時には、いつも仲直りおさせ申して、 旦那様には奥様の立派なご性質をやさしくお許しくださいまです、とね。どうかあたしの荷物箱を上に運び上げるのを手 伝ってくれてから、すぐに家に帰っておくれ。叔母さんはお すようにといつも申して、ささやかな微力を尽したことを忘 れてしまうなんぞと、奥様はまさかお考えでございませんで前のことをいつも目にかけてあげるからね。それから毎日お しようね ! ミッグズが愛情も何も持ち合わせぬ女だとは、祈りする時には、ばくもそのうち大きくなったら鍵屋さんか、 ジョーさんみたいになって、ヴァーデン奥様やドリーお嬢様 まさかお考えでございませんでしようね ! お給料だけがミ ッグズの目的だったとは、まさかお考えでございませんでしみたいな方と親類付き合いをしたいとお願いするのを忘れる んじゃありませんよ。 よ , つ、ね ! 」 これだけのお説教ーー正直な話、このありがたいお説教を 次第次第に熱を帯びてたたみかけられたこの質問に対して、 ヴァーデンは一一一 = ロも返事をしなかった。しかしミッグズはこ受けた当の少年紳士は、全然かほとんど注意を払っていなか と、も 。どうやら彼の全器官はお菓子の方に集中していたらし うした空気に全然ばつの悪い思いをすることなく、お伴の少 つら

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かせるつもりで言ってたのかはよくわかっていたので、ゲイんだ。「厚くお礼を申します。失礼かもしれませんが、もし わ 。フリエルはひどく不機嫌な顔で彼女を睨みつけると、中へ入奥様のためを思ってお叱りを受けるのでしたら、あたしお詫 つつ。 びは申しません。甘んじて叱られて苦しみを引き受けます」 ズ だんな ン 「旦那様がお帰りですよ」ミッグズは先に居間に駆け込みな 、いに「プロ これまで大きなナイトキャップで顔を隠し、熱 ケ デがら叫んだ。「奥様の勘がはすれて、あたしが当りましたね。テスタント心得』を読みふけっていたヴァーデン夫人が、こ あたしは旦那様が二晩たて続けにあたしたちを夜更かしさせこでこちらを向き、お黙りと叱りつけてミッグズの健気な態 るはすないと思ってたんです。旦那様はこれまでいつもとっ度を褒めたたえた。 ても思いやりのある方でしたもの。奥様のことを思って、あ ミッグズの咽喉と首の小さな骨の一本一本が、恐ろしいば うれ たしとっても嬉しいですわ。あたし少し」 ここでミッグかりに敵意をこめてふくらんだが、彼女は「は、、奥様」と ズはめそめそ声になった 「少し眠くなりました。さっき答えた。 奥様にきかれた時は大丈夫ですと申しましたけど、今は正直「今日は気分はどうかね」鍵屋は妻 ( また本を読み出した ) ひざ に白状します。もちろんこんなこと大したことじゃありませのそばの椅子に座り、膝をこすりながら尋ねた。 んけど」 「本気でお知りになりたいの」ヴァーデン夫人は活字を目で 「じゃあすぐ寝た方がいいよ」鍵屋はこう言いながら、 追いながら、「一日じゅうわたしに近寄らなかったくせに。 からす ナビーの烏がミッグズの足首に噛みついてくれりや、 しいと、わたしが死にかけていても近寄らなかったでしように , 心の底から思った。 「おいおい、マーサー。ー」 「ありがとうございます」ミッグズが言った。「奥様が今晩ヴァーデン夫人はページをめくったが、もう一度前のペー ゆっくりおやすみになっているとわかってなければ、とても ジの最下段の最後の一一 = ロ葉を完全に確かめ、それからいかにも あたしが安らかに寝ることなんかできなかったし、お祈りに 興味深そうに熱心そうに読み続けた。 心をこめることもできなかったんです。当然奥様は何時間も 「ねえ、マーサ、よくもそんなことが言えるね。本気じゃな 前におやすみになっていてよかったのですもの」 って自分でもわかっているくせに。お前が死にかけていて 、ついレ」 - っ 「よくしゃべるな」ヴァーデンは外套を脱ぎながら彼女の方もだって ! もしお前に万一のことがあったら、わしはずつ を横目で睨んだ。 とっききりにきまっているじゃないか」 「おっしやる意味はわかります」ミッグズは顔を赤くして叫「そのとおりよ ! 」ヴァーデン夫人は叫ぶとわっと泣き出し

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デイケンズ 450 しようよ」ミッグズは言葉を続けた。「彼女に手を出すなんに服し、物語った。お嬢様が暗くなってからひとりで野原を あき て、呆れたわ。そんなことをするだけの取柄が、彼女のどこ歩いていると、三、四人の大男が襲いかかり、折よくジョー にあるのか、わからないのかしらねえ。まったくお笑いだわゼフ・ウイレットがやって来なかったら、彼女を連れ去り、 まっ、まっ、ま きっと殺害していたであろう。ところがジョーゼフは素手で 事件に女がからんでいると知るや、タバーティット氏は尊暴漢を皆追い払い、彼女を救った。人間ならば誰もが彼を永 うる 大な口振りで美わしき友に、もっとはっきり言え、「彼女」遠に称賛するであろうし、ドリー・ヴァーデンは永遠に彼を というのは誰のことか、と尋ねた。 愛し、感謝するであろう。 「もちろんあのドリ ーのことよ」ミッグズはその名前を特に 「わかった」話が終るとタバーティット氏は深く息をしなが 強調して言った。「でもねえ、まったくの話、あのジョーゼら、髪の毛を全部逆立つまでかきむしった。「奴の命数も尺、 ふ ) . わ フ・ウイレット青年は勇敢ね。彼こそあの子に相応しい若者きたな」 。こわ、ほんとに」 「オ ( あ、 . 何とい , っことを一 ! 」 「おい ! 」タバーティット氏はいままで腰かけていたカウン いいか、奴の命数は尽きたぞ。あっちへ行け。出て行け」 ターから飛び下りた。「気をつけろよ ! 」 ミッグズは言われたとおりに出て行ったが、 言われたから 「おや、まあ、シマム ! 」ミッグズはわざとびつくりしたふというよりは、むしろ陰で笑いたかったからだ。彼女が心ゅ うをして、「まあ、こわし どうしたっていうわけなの」 くまで笑ってから居間に戻ってみると、鍵屋が静寂とトビー 「人間の心にゃなあ」タバーティット氏はチーズ・ナイフをのおかげで元気が出たのか、おしゃべりになって、その日の 空中に振り回しながら、「震わせねえ方がいい琴線というも出来事に愉央な総括を加えたがっていた。しかしヴァーデン のがあるんだ。そうしたわけさ」 夫人の実践的宗教は ( よくあることだが ) 通常回顧的なもの 「挈 : つ、 しいわーーー・あんたがつんけんしてるんなら」ミッグであったので、このような悦楽は罪深いものですよとたしな よこやり ズはそう一言うと、帰りかけた。 め、もう寝る時間ですからと主張して、旦那に横槍を入れた。 「つんけんしようと、しまいと」タ。ハーティット氏は彼女のというわけで奥方は、メイボール亭の特等の間のべッドのよ 手首を掴んで引き留めた。「どういうつもりだ。この意地悪 うなこわい陰気な顔をして、寝室へと退いた。そして家中の 他の者も間もなく寝室へと引き揚げたのだった。 女め ! 何の話をしようとしてたんだ。さあ、答えろ ! 」 きんぜん この無礼な要求にもかかわらす、ミッグズは欣然として命 やっ

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演することさえあった。いわば女という鐘楼の鐘の音色の八不器量とはいえないが、ぎすぎすしたきつい顔立ちだった。 種変奏法にかけては、聞くものすべてを驚嘆させるほどであ一般論ないし抽象論として、ミッグズは男性というものを完 けいべっ 全に軽蔑すべきもの、一顧だに値しないものと考えていた。 うそ この立派な奥方 ( 美しい娘と同じく少々背丈が足りないと浮気で、不実で、下劣で、不潔で、嘘つきで、要するに語る に足らぬものなのだそうである。男性に対して特別に腹を立 ころはあったが、まるまると肉づきがよくて見るからに愛ら てた時 ( ゴシップによると、それはシム・タバーティットが しく、魅力に欠けるところはなかった ) の気紛れな気性が、 暮し向きがよくなるにつれてはなはだしくなったものである彼女をひどく見下した時とのこと ) に、よく彼女は熱をこめ かぎや っそ女性が全部死に絶えてしまえばいし ことは、一般の認めるところで、鍵屋とその一家に懇意な何て言ったものだ。い ひごろ 人かの賢明な男女は、世間の出世階段から五、六段くらい転んだわ。そうすれば男どもは日頃軽蔑している恵みの真価が だんな 落ーー例えば旦那が預金している銀行が破産するとか、そうわかるでしようから。いや、それどころか彼女の女性連帯感 いったちょっとした転落ーーをすれば、奥方はまともな人が著しく高揚した時などには、こう宣一一 = ロすることさえあった。 間になって、この世でもっとも付き合いやすい友達になるだあたしの範に習ってくれる若い処女をかなりまとまった数 きんぜん 例えば一万人ーー確保さえできるなら、あたしは欣然と ろう、とさえ公言していた。この推測が正しいかどうかは別 できし くびつ して首吊りでも、溺死でも、毒ででも、ナイフででも自殺し として、肉体と同様に精神もあんまり楽をしすぎると、でき ふくしゅう ものだらけの病状を呈することがよくあり、吐気を催すほどて、全男性に復讐してやるつもり。 たた 苦い薬を飲んで治ることもよくあるという、これは間違いな鍵屋が自宅の玄関を叩いた時、「だあれ ! 」という金切り 声で主を迎えたのは、このミッグズだった。 い真実である。 ジ 「わしだ、わしだ」 ヴァーデン夫人の教唆煽動者の首魁、そして同時に彼女の ッ 「おや、もうお戻りですか ! 」ミッグズは驚いた顔をして玄 ラ不機嫌のとばっちりの犠牲者は、ただひとりの小間使ミッグ 関を開けた。「奥様とあたしは今夜も徹夜で起きてる覚悟で、 一ズ嬢であった。ところが哀れな小間使からは敬称などという はくだっ ナイトキャップをかぶりかけていたところでした。奥様はと ナ余計なものをすべて剥奪してしまう社会の偏見に従って、い つもただ、ミッグズと呼ばれていたのだ。このミッグズは背っても気分がお悪いんですよ ! 」 や ミッグズはいつになく心配の色をあからさまに出してこう の高い若い娘で、普段は木靴をはくのが大好き、痩せて見映 かんしよう えのしない身体つきで、いかにも癇性らしく見え、完全に言った。でも居間のドアは開け放しになっていたし、誰に聞 からだ せんどう ぎせいしゃ しゅ , かい

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デイケンズ 766 が見つかったら、背の高い娘が連れて行かれるという明日の身にしみて思い知らせてやらないと、堕落を救うことはでき 晩に彼をここに来させる。ミッグズはわざと退席する。それないのよ、誰かが彼女の根陸を叩き直してくれることを願う て 1 」ろ さるぐっわ からドリーに猿轡をかましてマントでくるんで、手頃な乗のは、道徳上の義務だし、ご主人様ご一家に対する恩返しだ - ゅ、つ、し と思うわ。さらに、もしも鍵屋夫婦が誘拐その他により娘を 物でテムズ河畔まで運ぶ。そこまで行けば怪しげな小舟が、 小うるさい質問を発せずに彼女をどこかへ運んでくれる。こ失うことがあれば、ぶつぶつ不平を一言うかもしれないが、こ ちゃ の運搬の費用については大ざっぱに計算してみても、銀の茶の世においては何が幸福なのかは人間の知恵をもってしては あやまち つば 壺かコーヒーのポットを二つか三つ、その他に酒手として何はかり知れないのであり、人間は罪深い謬の多い性質のも がしか ( マフィン入れかトースト立てなど ) をつけてやれば、ので、このような真理に到達できる者がめったにいないので のたも 充分すぎるほどだ。そういった品物はロンドンのあちこちのある、と、ミッグズ嬢は宣うたが、もちろんこの正しい抽象 寂しい場所に埋めてあるが、特にセント・ジェイムズ広場は的見解は、その時たまたま彼女の頭に浮かんだにすぎない ひとけ 話合いがかくも満足すべき結論に達したので、二人は別れ 近づきやすいし、暗くなってからは人気もないし、真ん中に テニスは計略達成のために彼の畑をもうひとまわり散歩 便利な池もあるから、必要な資金はすぐ手近にあって、いった : でもすぐ用立てられる。ドリーのことはおいらが何とか考えしこ。 オミッグズ嬢は男が帰った後大変な悲嘆にくれて ( 彼女 る。連れ出してどこかに隠しておくだけで、それ以上のことの説明によると、あの男が生意気にもあれこれやさしい一一一一口葉 は絶対にしない。他の準備や処置はいっさいおいらが引き受を吐いたからだそうだ ) しまったので、ドリーはすっかり涙 ける。 もろくなってしまった。実際彼女はミッグズ嬢の傷つけられ もしミッグズ嬢の耳が聞こえていたならば、もちろん彼女た心に同情し、あれこれ慰めたりしてくれた上に、またその は若い娘が夜に見ず知らずの男と一緒にどこかへ行くなんそ態度が見るからにとても可愛らしかったので、この若い召使 お しいまやたくらまれつつある悪計を知っていて、それで耐 というのは不謹だと、怖じ気をふるったことだろう ( 何し ろすでに述べたように、彼女の道徳観は極めて潔癖なものだえがたい悪意のうさを充分晴らすことができたからいいよう なものの、もしそれができなかったら、その場でお嬢さんの ったから ) 。ところがデニス氏が話し終るやいなや、彼女は 何も聞こえなかったから、話しただけ骨折り損だったわと言顔を引っ掻いてしまったに違いない うのであった。それから続けて ( まだ耳の穴に指を突っ込ん だまま ) 、あの鍵屋の娘にはうんと厳しいお仕置きをして、 かぎや

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誘惑せすにやいられんのだからなあ」 さえかなぐり捨てて、もつばら彼の方に注意を向けることに 「あたしは」ミッグズは腕を組むと信、い深そうな目でばかんしこ。 と上を見上げながら叫んだ。「あたしはあの人みたいに出し 「シマンズがここに来たのはいつだ」デニスが彼女に耳打ち ズ ンやばりたくはないわ。あの人みたいに大胆になりたくないわ。した。 男とみれば相手かまわず『さあ、キスしてちょうだい』」 「昨日の朝以来来てないわ。その時だってほんの数分だけ。 おとと ここで彼女は全身をぶるっと震わせた 「なんて言っ 一昨日は一日じゅう来なかったわ」 てるみたいになりたくないわ。世界じゅうの男が来たって、 「あいつがあの娘をさらおうというつもりのことは知ってる わず そんなあさましいことやりたくないわ。真っ平よ。かりにあだろう ! 」デニスは頭をほんの僅か振って、ドリーを指した。 たしがポーナス ( ヴ 「そしておねえちゃんは誰か他の野郎にやっちまうつもりな 言い間違冖 ) でも真っ平よ」 「でも、おねえちゃんは本当にポーナスだぜ。わかってるく んだ」 せに」デニスが内緒話のような口調で言った。 上の言葉の前半を聞いて悲嘆のどん底に沈んでいたミッグ 「違うわ、違うわ」ミッグズは首を振ったが、 その仕草はまズ嬢は、後半で少々もち直し、あふれ出そうになった涙を抑 レカ るで、なる気ならなれるんだけど、あたしはそんな馬鹿じゃ えることによって、それは賛成の余地もあるから、まだはっ ないわ、と言っているようだった。「絶対違うわ。そんなこ きり返事はできかねるという意味を表明した。 と言って責めないで」 ところがあいにく」これに気づいたデニスが一一一一口葉を続 この時までは彼女、時々ドリーとヘアディル嬢が引っ込んけた。「その他の野郎もあの娘が好きってえわけだ。かりに うめ でいる隅の方を向いて、悲鳴をあげたり、呻いたり、胸に手あいつがっかまらないとしても、その他の野郎がっかまっち おおげさ を当てて大袈裟に身震いしたりして、あたしがこの客人と話 まえば、あいつはおじゃんよ」 をしているのは、本当はいやでいやでたまらないのだけど、 ミッグズ嬢はまた悲嘆の底へ逆戻り。 無理強いされたから、あなた方のために犠牲的精神を発揮し 「さておいらはこの家を空けて、おねえちゃんを自由にして てあげているのですよと知らせるように、外面をとり繕ってやりてえと思ってる。あの娘を邪魔にならねえように片づけ いたのである。ところがいまやデニス氏がいかにも意味ありちまうとしたらどうだ」 げな顔をして、もっと近くにお寄りよとでも一一 = ロうように、少 ミッグズ嬢はまた元気をとり戻すと、胸がいつばいのあま に顔をびくりとさせたので、彼女はこのささやかなとり繕いり何度も言葉を途切らせながら答えた。シマムときたら、は つくろ

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365 バーナビ らせん すと、それをねじって長い細い螺旋形の管を作った。この管きはらって耳を澄ませながら待ち構えた。まるで罠を仕掛け に糸かい炉の石炭灰をいつばい詰め込むと、玄関のドアに近て、肉づきのいい旅人を丸かじりしてやろうと見張っている ひぎまず 寄り、その前に跪き、鍵穴に入るだけの灰を上手に吹き込美貌の魔女のように。 んだ。いかにも上手にくろうとはだしの手際で鍵穴をいつば 一晩じゅう彼女は完全に落ち着きはらって座っていた。と いにすると、くすくす笑いながら忍び足で上に戻った。 うとう夜が明けかかった頃、表通りに足音がして、やがてタ 「さあ ! 」ミッグズは得意そうに両手をこすり合わせながら ーティット氏が玄関口で立ち止るのが聞こえた。それから 叫んだ。「お兄さん、これでいくらかはあたしに目を向ける彼が鍵を差し込もうとしている , ーー鍵に息を吹っかけている たた これでドリ ことになるんじゃないの。へつ、へつ、へつ , 最寄りの柱に叩きつけてごみを落しているーーー街灯の下 ーさん以外の誰かにも目を向けることになるわねえ、きっと。で鍵を見つめているーー棒切れを鍵穴に突っ込んで掃除して あんなばってり面の娘っこのどこがいいんだい ! 」 いるーー。ます片目、次に別の目で、鍵穴を覗いているーー。ま このような批評を口にしながら、彼女は小さな鏡を惚れ惚た鍵を突っ込んでみるーー鍵が回らない ・もっと亜 5 いこと れしたように見た。まるで、あたしの顔についてそんな悪口に鍵が抜けな、 曲げてしまったーーー前よりいっそう抜け は一一 = ロえないでしよう , とでも言っているように、確かに彼なくなるーーーカまかせにねじって引っ張った途端に突然抜け 女の顔についてそんな悪口は言えなかった。なにしろミッグて、彼が後ろによろけるーー・ドアを蹴とばす ドアをゆす びば、つ ズ嬢の美貌たるや、タバーティット氏がこっそり、そしてなるーーーとうとう彼は額を叩くと、絶望のあまり踏段にべった かなか適切に、「ごっごっ面」と評していたものであったか り座り込むーーすべてが彼女によくわかった。 ら。 このクライマックスに達したところで、ミッグズ嬢は恐布 まどかまち 「今夜は寝ないわよ ! 」ミッグズ嬢はショールにくるまると、のあまり失神寸前、窓框にすがりついているふうを装いな ラ様子を二つ窓際に寄せ、ひとつの上に座るともうひとつの上がら、ナイトキャップを突き出し、消え入りそうな声で誰で 一に足を投げ出した。「あなたが帰って来るまでね。寝ないわすと尋ねた。 よ」ノイ タバーティット氏は「しつ 皮女は意地悪な口調で、「四十五ポンドもらってもね ! 」 ! 」と叫ぶと、道路に出て気違 いたずら 、つかっ そう言うと、悪戯っ気、狡猾、意地悪、意気揚々、忍耐強 いのようなパントマイムで、内緒に、黙ってと哀願した。 い期待など。正反対の要素がどっさり混合して、いわば表情 「ひとつだけ言ってちょうだい。泥棒なの ? 」 のカクテルを作ったような顔をした。ミッグズ嬢は、落ち着「違うよーーー違うったら ! 」 づら づら ころ わな

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「誰か開けに行かないのか」鍵屋が叫んだ。「それともわし 「くそっ、ミッグズが帰って来たじゃないか ! 」 、が ~ 打一」 , つか」 かの乙女、この一一 = ロ葉を耳にするが早いか、同伴の小さな少 するとドリ ーが居間に駆け戻って来たが、真っ赤になった年と大きな箱とを放り出すと、帽子が吹っ飛ぶほどのスピー 顔面がえくばだらけになっている。ジョーはいかにもあわてドで部屋に飛び込んで来て、片方ずつ木靴を持った両手を組 ふためいたらしい様子を、いやというほど見せながら、物凄み合わせ、信心深い眼を天井に向けながら、わっと泣き出し い音を立ててドアを開けた。 「どうした」ジョーが戻って来ると、鍵屋が言った。「ジョ 「やれやれ、またか ! 」鍵屋はやけ気味になって彼女を見つ 誰なんだい。何を笑っているんだい」 めながら叫んだ。「このお嬢さんは座をしらけさせる役に生 「いえ、何でもありません。すぐ入って来ます」 れついているんだなあ ! どうしようもないんだなあ ! 」 「誰が入って来るの。何が入って来るの」夫と同じく何が何「ああ、旦那様。ああ、奥様 ! ふたたびここでまたお目に やらさつばりわからぬ奥方は、彼の不審そうな目つきに答えかかれて、あたしは感激を抑えることができましようか , て、首を振るばかりだった。そこで旦那は部屋の入口がもつああ、ワーゼンさん、一族の幸福でございますわね ! 過去 とよく見えるようにと椅子をずらして、明るい顔に好奇心とを水に流して、めでたく仲直りでございますね ! 」 ドリーからジョ ジョーカらミ 驚きのまじった表情を浮かべながら、目を大きく見開いて入鍵屋は奥方からドリー 口を見つめた。 ッグズへと視線を移して行ったが、まだ眉を上げつばなし、 何ものかが入って来るかと思いのほか、いろいろな物音がロも開けつばなしだった。視線がミッグズに戻った時、魔法 聞こえるだけだった。まず仕事場で、それからそこと居間ををかけられたようにそこから動かなかった。 たんす ジ結ぶ暗い短い廊下で。何か人手にあまるはど馬鹿でかい簟笥「さまざまな中傷や邪魔があったのに、結局ジョーさんとド 一フ か、重たい家具が運び込まれているみたい。さんざんぶつか ーお嬢様がご一緒になれたなんて」ミッグズはヒステリッ 」る音や両側の壁にすれる音がしたあげくの果て、やっと入口クな歓声をあげた。「考えただけでも嬉しいじゃありません ナの戸が、まるで大ハンマーで叩き壊されたかのように、ばた か ! あのお二人が旦那様や奥様とご一緒に、こんなに楽し んと開いた。するとその向こうをじっと見ていた鍵屋の主人そうに、。 とこから見てもにこやかにおとなしく座っていらっ もも まゆげ は、自分の腿をびしゃんと叩いて眉毛を上げながら、ロを開しやるところを拝見できるなんて ! このあたしは全然知ら きようがく くと、このうえもない驚愕の声音で叫んだ。 なかったものですから、お茶の支度を全然して差し上げられ ものすご まなこ

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時々一、二分ばかり目を覚ましては、こっくりが過ぎて馬車所の息子が、午前中彼女の意中で占めていた高い位置を失わ 一同はやっと家に からころげ落ちそうになる夫人を抑える鍵屋に向かって、失ずにすんだかどうか、これはわからない 礼なとお小一一一一口を一一 = ロうだけだったのだが、このように邪魔が入着いたーーやっと、というのは、長い道のりで、ヴァーデン ってしまった結果、夫人がすっかり目を覚ましてしまったの夫人が愚痴をこばしても、少しも短くならなかったからであ で、ひそひそ声の会話は水をさされ、再開するのが困難になる。ミッグズは馬車の音を聞きつけると、すぐに玄関まで迎 ケイ。フリエ えに来た。 った。それにあれから一マイルと進まぬうちに、。 「シマム、お帰りだよ ! 」ミッグスは叫びながら、奥様が車 ルは奥方の求めで馬車を止めた。そして奥方はジョーに向か から下りるのを助けようと両手を組みながら進み出た。「シ って、何が何でもこれ以上一歩たりとも来てもらうわけには す ゝよ、、と主張した。ジョーの方でも全然疲れていませんマム、椅子を持っておいで。さあ、これでお楽になれました とか、間もなくお別れしますとか、これこれの地点を安全にでしよう、奥様。すっと家にいらしたよりも、もっとお楽に なれましたでしよう。まあ、何とお冷えになって ! まあ、 通過するまでお送りしますとか何とか主張したのであるが、 だんな 旦那様、奥様はほんとに氷の塊みたいでいらっしやる ! 」 すべて無駄だった。ヴァーデン夫人は意固地であって、とう 「しかたがないさ。火のそばに連れていっておやり」鍵屋が てい人間の手では動かすことはできなかった。 一一 = ロった。 「おやすみなさい どうしてもお別れしなくてはいけよ、 「旦那様は冷たいおロ振りですわね、奥様」ミッグズは同情 のでしたら」ジョーは悲しそうに言った。 ーが言った。実は「あの男に気をつするように言った。「でも本心はきっと違うんですよね。今 「おやすみなさい」 日これだけ奥様と一緒にいらしたのですから、旦那様がロで けてね。信用してはだめよ」と言い足したかったのであるが、 男が馬の頭をめぐらして、二人のすぐそばに立っていたのでは冷たくても、お心はすっとずっと温かくていらっしやるこ ある。そこで彼女はジョーが自分の手をやさしく握るのを許とは、間違いありませんわ。さあ、お入りになって、火のそ ビすことしか、やれることがなかった。馬車がいくらか進んでばにお座りになってーーーね、そら」 ヴァーデン夫人はそれに従い、鍵屋はポケットに手を突っ 一から、振り返って手を振ると、ジョーはさっき別れた場所に 立ち去り難くたたずんでおり、そばに背の高い真っ黒な男の込んだままその後に続き、タバーティット氏は馬車を近くの 、つまや -4 ・ 厩へ引っぱって行った。 姿が見えた。 「なあ、マーサ」一同が居間に入ると、鍵屋が言った。「ド 帰る道すがら彼女が何を考えていたか、はたして馬車製造

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「じゃあ火事ね」ミッグズは前よりいっそう弱々しい声で、 くれ。そうすりや入れるから」 「どこですか。この部屋のそばですね、きっと。わたしは 「そんな勇気出ないわ、シマム」とミッグズが叫んだー・ーー彼 「そんな勇気 み深いから、梯子を下りるくらいなら、死んだ方がましです女は彼の名前をそう発音していたのである ズ ただ ン わ。わたしの唯ひとつの願いは、お嫁に行った姉に一一一一一口よろ出ないわ。あたしが気むずかしやだってこと、あんただって ケ しく伝えてくださいましな、ということだけですわ。住所は 皆と同じく知ってるでしよう。それに、こんな真夜中に下り くらやみ ゴールデン・ライオン小路、二十七番地、右側の玄関柱の二て行くなんて。家が眠りに包まれて、暗闇のヴェイルをかけ よびりん つ目の呼鈴ハンドル」 ている時に」そこで彼女はロをつぐむと身震いした。彼女の かぜ 「ミッグズ ! 」シムが叫んだ。「おれがわからないのかい ? 内気さはそう考えただけで風邪をひいてしまったのである。 シム シムだよ。わかるだろう 「でも、ミッグズ」タバーティット氏が叫んだ。街灯の下に かわい 「えつ、あの子がどうしたのですか ! 」ミッグズは両手を組寄って彼の目を彼女に見せようとしながら。「でも、可愛い み合わせて叫んだ。「あの子の身に危険でも ? 火炎に包ま 、、、ツグズちゃんー・ーー」 ど , っし士し れているんですか ! まあ、どうしましよう , ミッグズはきやっと叫んだ。 「ばくがあんなにも愛して、どうしても忘れられない人」こ 「おれはここにいるんだよ ! 」タバーティット氏は自分の胸う言いながら彼が何と目にロ以上のものを言わせたか、筆で ばくのため を叩きながら言った。「おれが見えないのか。ミッグズ、何はとても伝え得ぬところである。「お願いだ に、お願いた」 てえ大馬鹿者だ ! 」 「まあ ! 」ミッグズは称賛の言葉を全然気にも止めすに、「驚「おお、シマム。それが一番いけないわ。わかってるのよ。 どうしたっていうの・・・・ーーちょっと奥様、もしあたしが下りて行けば、あんたはきっと らんくだき、い 「きっと何だい」 いかん、いかん ! 」タハーティット氏は叫びながら思わす「きっと」ミッグズはヒステリカルに言った。「わたしにキ つまさき 爪先立った。表通りに立っている彼が、そうでもすれば屋根スしようとか、何とかそんな恐ろしいことをするんでしよう。 いくらかでも近づけると思ったかわかってるのよ ! 」 裏部屋にいるミッグズに、 のように。「やめろ , 「絶対しないよ」驚くほど真面目な口調で、タバーティット オし。だんだん明るくなっ 錠がどうかしちまったんだ。下りて来て仕事場の窓を開けて氏が言った。「誓って、絶対にしよ、 おれは許可なしで外出してたんだ。