E ・プロンテ 232 もしかたがないわ。彼は眠ってしまったし、パパはあたした リントンはそのときぎくっとして、なにかにおびえたよう ちを待ちかねてるわ」 に目をさまし、だれかばくの名を呼ばなかったかとききます。 「だって、眠ってるひとをおきざりにもできませんよ」とわ「、、 ししえ」とキャシーは言いました。「夢でもみてたのよ。 たしは答えました。「目をさますまで待ってあげなさいね、よくまあ居眠りなんかできるわね、家のそとで、朝のうちか いらいらしないで。あんなにはすんで出てきたくせに、かわら」 いそうなリントンに会いたい一念があっというまに蒸発しち「お父さんの声がしたと思ったけど」とリントンはあえぎな ゃうなんて ! 」 がら、頭上にたけだけしくそびえている嵐が丘の突端を見あ 「彼のほうこそなぜ会いたがったのかしら ? 」とキャシーは げました。「ほんとにだれも呼ばなかった ? 反問しました。「どんなに不機嫌なときでも以前のほうが、 「ほんとよ」とキャシーは答えました。「エレンとふたりで こんなおかしな態度をとる彼より好きだったわ。なんだかむあなたの健康のことを話してただけよ。ほんとはどうなの、 りにやらされてるみたい きよう会ったのもーーお父さん リントン、冬に別れたときよりも強くなったの ? からだは にしかられるのがこわいばかりに。でも、あたしはヒースクともかく、たしかに弱くなったものがひとつあるわーーーあた リフさんをよろこばすために来る気はないわ。どんな理由でしを思う気持ちーーーどうなの、それは ? 」 リントンにこんな難行苦行をさせるのか知らないけれど。リ あふれでる涙とともにリントンは答えました ントンが元気になったのはうれしいけど、こんなに無愛想に、 「ちがう、ちが , つ、強くなってるよ ! 」 こんなにあたしにつめたくなったのは悲しいわ」 そして、そら耳にきこえた声がまだ気になるらしく、声の 「彼が元気になったと思いますか、ほんとに ? 」とわたしは主をさがそうとしてうろうろあたりを見まわしています。 一一一口い ( した。 キャシーは立ちあがりました。 「そうよ」とキャシーは答えました。「だってまえはいつも 「キ、よ , つは・も , つお別、れにー ) 士玉 1 しょ , つ」と・・女は一一 = ロい、まー」た。 おおげさに苦しがってたじゃないの。なかなか元気だなんて、「ほんとはあたし、あなたに会ってずいぶんがっかりしたけ 。ハ。ハにそう伝えれば嘘になるけれど、まえよりはだいぶよされど、ほかのだれにも言わないわー。ーべつにヒースクリフさ そ , つよ」 んがこわいからじゃないわよ ! 」 「そこがわたしとちがいますね、お嬢さん」とわたしは申し「黙って」とリントンは声をひそめて言いました。「たのむ ました。「わたしはずっと悪くなったと思いますよ」 から黙って ! お父さんが来るよ」そしてリントンはキャシ
E ・プロンテ 192 せたけ リントンは炉ばたに立っていました。野原を散歩してきた キャシーはもう背丈も伸びきって、ふくよかでしかもすら はがね ところなのか、まだ帽子をかぶったまま、乾いた靴を持ってりとした、鋼のようにしなやかな全身に健康と活気とをみな ものう こいとジョウゼフに一一一一口いつけています。 ぎらせていました。リントンは表清も動作もひどく物憂げで 十六歳までまだ何カ月かあるはずなのに、ずいぶん背が高すし、 いかにもきやしゃなからだですが、上品な物腰のおか くなりました。ととのった顔つきに変わりはないし、目や顔げで欠点がめだたず、感じは悪くありません。 の色は以前より明るくなったようですが、これは澄んだ空気好意の表現をいろいろ彼と取り交わしたあげく、彼女はヒ つか とあたたかい太陽とが貸してくれた束の間のかがやきだった ースクリフのほうへ歩みよりました。ヒースクリフは戸口に かもしれません。 たたずんで室内と戸外と、両方に目をくばりながら、要する 「さあ、あれはだれかな ? 」とヒースクリフはキャシーを振に戸外をながめるふりをして室内ばかり気にしていたようで す。 りかえりました。「わかるかね ? 」 「あなたの自 5 子さん ? 」とキャシーは自信なさそうに、ひと 「じゃ、あなたはあたしの叔父さまなのね ! 」と彼女は伸び りずつ親子を見くらべています。 あがってキスしようとします。「さっきは怒ってらしたけど、 「そう、そう」とヒースクリフは答えました。「だけど、会あたしは好きになれそうな気がしたわ。どうしてリントンと うのはこれがはじめてかな ? 考えてごらん ! おやおや , 、つしょに屋敷へ来てくださらないの ? 長いあいだこんな ずいぶん忘れつばいんだね。リントン、おまえはいとこを忘近くに住んでいて、一度もいらっしやらないのはおかしいわ。 れたのか ? 会いたがってあんなにわれわれを手こずらせてどうしてですの ? 」 たくせに」 「あんたの生まれるまえに一、二回、よけいに訪ねすぎたの よしてくれ , 「まあ、リントンなの ! 」とキャシーは思いがけない名前をさ」とヒースクリフは答えました。「おい 聞いて、よろこびに顔をほてらせています。「あの小さかつわしにキスするくらいなら、そのぶんもリントンにしておや たリントン ? あたしより背が高いじゃないの ! そうなの、りーーーーわしなんかにしたってむだだから」 リントン ? 」 「エレンの意地悪 ! 」とキャシーは叫び、こんどはわたしに 少年がすすみ出て、そうだよと答えますと、キャシーは夢とびかかってきてキスの雨を降らせます。「ひどいわ、エレ ン、あたしをここへ来させまいとするなんて ! でも、これ 中でキスしました。そして、歳月とともに驚くはど変わった おたがいの姿を、まじまじと見つめあっています。 からは毎朝ここへ散歩にきてーーーいいでしよう、叔父さま ?
E ・プロンテ 236 おじき ら、とにかくリントンのためだろうとだれのためだろうと、 伯父貴のほうがはやいとこ、あいつより先にいってくれると ぜったいにキャシーが傷ついてはならないと思っていました。ありがたし おや ! あの弱虫は長いことあんなまねをし そのときヒースの茂みでがさがさ音がしたので、顔をあげまてるのか ? まあ泣きおとしもいくらか仕込んではおいたが あらし すと、ヒースクリフが嵐が丘の斜面をおりてきて、ほとんどね。全体としてはお嬢さんと元気よくやってるんだろう ? 」 「元気よく , もう目のまえにいます。リントンのすすり泣きがきこえるほ しいえーーすいぶん苦しそうでしたよ」とわ たしは答えました。「どうみてもあれでは、恋人と丘を散歩 ど近くなのに、若いふたりのほうへは目もくれず、わたしに なんかしてないで、お医者にかかって寝てないとだめです 声をかけました。ほかのだれにも見せたことのない変に親し げな口調ですが、わたしとしてはその誠意を疑わずにはいらよ」 れません 「寝せてやるさ、一両日中には」とヒースクリフはつぶやき 「こんなにわが家の近くでおまえに会えたとはうれしいね、ました。「だがそのまえに 起きろ、リントン ! 起きる 、不リ スラッシュクロスはちかごろどうだい ? 聞かせんだ ! 」と彼は叫びました。「そんなところにへたれこんで うわ ) てほしいもんだね ! 世間の噂だと」と彼は声をひそめて言るやつがあるかーー、すぐ立て ! 」 しそえました。「エドガーはもういかんそうだねーーーまあ噂 リントンは腰でも抜けたようにまたはいつくばってしまい ました。父親ににらまれてよほどこわかったのでしよう、は ほどひどくはないんだろう ? 」 だんな にはなにも醜態をさらす原因はなかったのですから。なん しいえ、旦那さまはもう長くありません」とわたしは答えか ました。「噂のとおりですわ。わたしどもには悲しいことでどか彼は言われたとおり立ちあがろうとしましたが、とばし い力がいまはもう底をついてしまったらしく、うめき声をあ すが、旦那さまにはそのほうがしあわせですわ ! 」 げてまたはいつくばってしまいました。 「あとどれくらいもっと思うかね ? 」と彼はたずねました。 「 : つでしょ , つね」とわたしは一一 = ロいオした。 ヒースクリフが出ていって彼を引きおこし、盛りあがった 「じつはな」と言いながらヒースクリフは若いふたりのほう芝土によりかからせました。 げつこう リントンは 「さあ」とヒースクリフは激昻をおさえた声で言いました。 をながめ、彼らはその視線に射すくめられて 「だんだんおれも腹がたってきたぞーーだらしないその陸根 身動きすることも顔をあげることもできず、おかげでキャシ ばかやろ , っ ! き、つき、と起 ~ きろ ! 」 「じつはな、あそこにいるを入れかえないと ーまでが動けないようでした だから「起きます、お父さん ! 」とリントンは自 5 をはずませました。 小僧が、おれのもくろみをぶちこわしそうなんだ
とき来てくれれば一時間か二時間いっしょにいられるよ て、そんな話は嘘だときめつけました。 かんしやく 来てくれる ? 来ると言ってよ , ノハがそう一言ったもの ばくはきみには癇癪を 。パ。ハは嘘なんか言わないんだか おこさないつもりだし、きみもばくを怒らせないで、いつも ら ! 」とキャシーは高飛車に答えました。 いろいろ世話をしてくれるだろう ? 」 「きみのお父さんなんか、うちの。ハバは軽蔑しきってる あほう 「ええ」とキャシーは彼の長いやわらかい髪をなでてやりま よ ! 」とリントンは叫びます。「腰ぬけの阿呆だって ! 」 した。「ヾヾ 「あなたのパパはわるいひとよ」とキャシーはやりかえしま ノノさえゆるしてくだされば、半分はあなたのそば にいてあげたいわーーーかわいし した。「わるいひとの言うことを受け売りするなんて、あな 、リントン ! あたしの弟だと たもすごくわるい子よーーーあなたのババがわるいからこそイ よかったのに」 「そうしたらばくを、きみのお父さんとおなじくらいに好きザベラ叔母さまは逃げたじゃないの ! 」 「お母さんが逃げるもんか」と少年は一一 = ロいました。「変なこ になる ? 」と彼はだいぶ元気づいてきました。「だけどパパ はこう言ってるよ。きみがもしばくの奥さんになれば、きみと言うと承知しないそ ! 」 「逃げたのよ ! 」とお嬢さんは叫びました。 のお父さんやほかのだれよりもばくを愛してくれるって 「よ , っし、ばくだって一一 = ロってやる ! 」とリントンは一一一一口いまし だから、きみが奥さんになってくれると、 た。「きみのお母さんはきみのお父さんを憎んでたんだそ、 「だめよ ! あたしはどんなひとだって。ハバ以上に愛したり しないわ」と彼女はまじめな顔で答えました。「それに、自ざまあみろ」 分の奥さんを憎むひとはときどきいるけれど、兄弟を憎むひ「まあ ! 」と叫んだきりキャシーは、怒りのあまりあとの一一 = ロ とはいないもの。弟だったらあたしといっしょに暮らせるし、葉が出ません。 「そして、うちのババを愛してたのさ ! 」と彼は言いました。 ババだってあたしとおなじようにかわいがってくださるわ」 「嘘つき , もうあんたなんか大きらい」と彼女はあえぎな 奥さんを憎むひとなんていないとリントンが答えますと、 キャシーはいると言いはり、適切な例のつもりで、リントンがら、怒りで顔を真っ赤にしました。 「愛してたよ ! 愛してたよ ! 」とリントンは節をつけては 蚯の父親がイザベラ叔母を憎んでいた話をもちだしました。 す ひじか 嵐わたしはそんな場ちがいなおしゃべりをとめようとしたのやしながら肘掛け椅子の奥で身をよじり、顔をあおむけにし ですが うまくいかなくて、彼女は知っていることをみんて、うしろに立っている彼女の困惑ぶりを央そうにながめ オした。 なしゃべってしまいました。リントン坊やはすっかり腹をた
ていこうとしたら、拳をにぎりしめて、なぐりたくてたまら ジョウゼフがまたかすれた笑い声をたてたわ。 おやじ ないらしいの。こちらもちょっとこわくなって、持ってた本『ほうれ、やつばり親父の子だわい ! 』とじいさんは叫ぶの。 を一冊落としちゃった。彼はそれをあたしのほうへ蹴とばし 『ヒースクリフそっくりでねえか ! やつばり片親だけに似 テ ン といて、あたしたちをしめだしてしまったの。 るちゅうことはないもんだでな。ヘアトンなんそをこわがら ロ プ炉ばたで意地悪いしやがれた笑い声がしたから、ふりむい んでええそ、坊やーーーおびえることはねえでねえか , , 。ーーおめ てみると、あのいやらしいジョウゼフが立ったまま骨ばったえのほうがうわてだでよ ! 』 手をもみ、からだをふるわせてるじゃないの。 あたしはリントンの手をつかんで、引きはなそうとしたん 「かならす仕返しをすると思っていただよ ! ヘアトンはえだけど、ものすごい金切り声をたてるから、こわくなってや れえもんだ ! ちゃんと性根がすわっとるでな ! ようわかめちゃった。とうとうひどい咳の発作で叫び声も出なくなり、 っていなさる。ーーーそうよ、わしとおんなじにようわかってい 口から血が吹きだして、彼は床に倒れたのよ。 あるじ なさるだ、だれがあの部屋の主だかー。ーー・えつ、へつ、へつ , あたしは中庭へとびだして、こわくて死にそうだったけど、 えれえあっさり追いだされたもんだて ! えつ、 声をかぎりにジラを呼んだわ。すぐに聞こえたらしいの。納 屋のうしろの小屋で乳しばりをしてたジラが、いそいでやめ 『あたしたちどこへ行けばいいの ? 』とあたしは老いばれじてとんできて、いったいどうしたのかと聞くの。 しゃのあざけりにとりあわないでリントンに聞いたわ。 あたしは息がきれてロでは説明できないから、ともかくジ リントンは青くなってふるえてるの。もうちっともかわい ラをひつばりこんで、リントンをさがしたの。ヘアトンが自 らしくないのよ、エレン ! そうよ ! あのものすごい顔つ分の不始末の結果をみにきたらしく、ちょうどかわいそうな たら ! やせた顔と大きな目がすっかりゆがんで、狂ったよ リントンを二階へはこんでいくところだったわ。ジラとあた うな、無力な怒りの表情なの。・ トアの取っ手をつかんでがた しがあとを追ったら、ヘアトンは階段の上であたしをとめて、 がたやってるんだけど なかからしつかり鍵がかかってた はいってはいけない、家へ帰れと一言うの。 わ。 あたしは叫んでやったわ。あんたがリントンを殺したのね、 『あけないと殺してやるから ! あけないと殺してやるか どうしてもあたしははいる、って。 ら ! 』と、まるで悲鳴みたいな声なの。『悪魔 ! 悪魔 , ジョウゼフがドアに鍵をかけてしまって、「そげえなこと』 殺してやるから、殺してやるから ! 』 をするもんじゃないとか、「おめえさまもあの子とおんなじ
お屋敷にはキャシーという有力な味方がいます。ふたりが かりで、とうとうエドガーを説きふせ、週に一度ぐらい、わ たしの監督のもとに、お屋敷のすぐ近くの荒野でいっしょに 馬に乗ったり散歩したりする許可をえました。なにしろ六月夏も盛りを過ぎたころ、エドガーがふたりの懇願に負けて になってもエドガーの健康はおとろえる一方でした。彼は毎しぶしぶ承知しましたので、キャシーとわたしは馬に乗って、 たくわ 年、収入の一部をキャシーのために貯えていましたけれど、 リントンとの最初の待ちあわせに出かけました。 ひ うっとうしい、むし暑い日で、陽はさしていませんが、ま 親心としてやはり先祖代々の屋敷も娘の手にのこしたい、す もや くなくとも近い将来に娘がそこに帰れるようにしたいわけでだら雲と靄につつまれた空模様から、雨の心配はなさそうで さんさろ すし、そのためには自分の相続人であるリントンと結婚させす。おちあう場所は三叉路の石の道標という約束でした。着 るしかないと考えていました。そのリントンの病状がやはり いてみるとしかし、小さな牧童が使いにきていて、こんなこ とを言います 急速に悪化していることをまったく知らなかったのですが、 あらし これはエドガーばかりでなく、たぶんだれも知らなかったは 「リントン坊っちゃんは嵐が丘のすぐこっちで待っていなさ すです。医者は嵐が丘に行きませんし、リントンはひとに会るで、すまねえけどもうちょっとさきまで来てくれと言って いなさるだよ」 いませんから、容態を伝えてくれるひとが周囲にだれもいな かったのです。 「それじゃ坊っちゃんは、伯父さまから第一番に申しわたさ 、、ほんとれたことを忘れたんですね」とわたしは言いました。「お屋 わたしにしても、どうやら予想ははずれたらしし うになおってきたのかもしれないと思うようになりました。敷の地所からはなれてはいけないんですからね、さあ、さっ 手紙には荒野で馬に乗ったり散歩したりしようと書いてあるさと帰りましよう」 「だって、リントンのところまで行ってからまわれ右しまし し、けんめいにキャシーを追っかけているのですから。 ようよ」とキャシーは答えました。「うちのほうにむかって 父親がまさか死にかけている自 5 子にそんな悪逆無道なこと 丘 をするとは夢にも思わなかったのですが、あとで知ったとこ散歩すればいいんだから」 嵐 ろではヒースクリフはむりやりリントンに熱烈な恋人の姿勢でも行ってみると彼のいる場所は、嵐が丘から四分の一マ どんよく をとらせ、死期が迫れば迫るほど貪欲な、非情な計画の挫折イルとはなれていないし、馬も連れてきていません。しかた なくわたしたちも馬からおりて、草を食わせておきました。 をおそれて、ますますむりを強いたのです。 ざせつ
まいます。 「お黙りなさい、坊っちゃん ! 」とわたしは言いました。 に「それもあなたのお父さんのつくり話ですよ、きっと」 「あたしだってぶたないのに ! 」とキャシーはつぶやき、唇 「そうじゃないさー・・ー・おまえなんか黙ってろ ! 」と彼は答えを噛んで、また泣きだしそうになるのをこらえました。 ためいき ン ました。「愛してたよ、愛してたよ、キャサリン、愛してた リントンはまるで重病人みたいに溜息をついたり、うめい ロ よ、愛してたよ」 たり、そんなことを十五分もつづけていましたが、どうやら キャシーはかっとして思わず乱暴に椅子を押し、リントンキャシーを心配させようとわざとやっているらしく、彼女が はよろけて椅子の片肘にぶつかりました。たちまちむせかえ押しころしたすすり泣きをもらすたびに、ひときわ苦しげな るような咳の発作におそわれ、勝ち誇った顔もけしとんだよあわれつばい節まわしでうめいています。 うです。 「痛くしてごめんなさいね、リントン」とキャシーはと , っと いつまでも咳がとまらないので、わたしまで心配になってう、聞くにしのびなくなったのでしよう。「でもあたしなら、 きました。キャシーはありったけの声で泣いています。たい ちょっとくらい押されても痛くないわ。だから、あなただっ へんなことをしたと思って、ロにこそ出しませんが、たまらてだいじようぶだと思ったのよー・ーひどく苦しいの、ねえ、 ない気持ちだったのでしよう。 リントン ? あなたを苦しめたかと思うと帰ってからも悲し いわ ! ねえ、なんとか言ってよ」 わたしはリントンのからだをささえてやり、発作もしだい におさまってきました。咳がとまると彼はわたしを押しのけ、 「一言えないよ」と彼はつぶやきます。「きみが痛くしたから、 ど一 うつむいて黙りこみーーキャシーも泣きゃんで、向かい側のこの咳でばくはひと晩じゅう息が苦しくて眠れないよ , ところがきみ んなに苦しいか、自分でなってみるがいい 椅子にすわり、むつつりと炉の火を見つめています。 「気分はなおりましたか、坊っちゃん ? 」とわたしは、十分はい、気持ちで眠ってて、ばくが死ぬはど苦しんでーーだれ しよっちゅうそんなおそろ ひとりそばにもいてくれないー ばかり黙っていたあとでたすねました。 「その子にこんなひどい気分を味わわせてやりたいよ」とリ しい夜を過ごしてるばくの気持ちが、きみなんかにわかるも ントンは答えました。「意地悪で残酷なやっ , ヘアトンだんか ! 」リントンは大声で泣きだしました。自分が気の毒で ってばくには手を出さないし、ぶったことなんか一度だってしかたがないのです。 ないんだぞーーーそれに、きようはいつもより気分がよかった 「いつも苦しい夜を過ごしてらっしやるとすれば」とわたし は言いました。「安眠できないのはべつにお嬢さんのせいじ のにーーーそれなのに 」と、あとはすすり泣きになってし
そこそ逃げていったわ。自分の名前が綴れるようになって、お勉強があたしをよろこばせるためかどうか、礼儀ただしく けだもの オしかどうかあたしがはいって もうリントンに負けない教養ができたと思ったのね、きっと。やっても通じない獣じゃよ、 いったとき、リントンは長椅子に横になっていて、半分起き あたしがそう思わないもんだからすっかり当てがはずれたの あいさっ あがって挨拶したわ。 『今夜はばくかげんが悪いんだよ、キャサリン』と彼は言う 「待ってくださいよ、お嬢さん ! 」とわたしはさえぎりまし た。「小一言をいうわけじゃありませんけれど、そんな態度はの。『だからきみひとりで話をしてね。ばくは聞いているか ら。さあ、ばくのそばにすわってよ , ーーきっと約束をまもる いけませんね。ヘアトンもあなたのいとこでしよう、リント ン坊っちゃんとおなじように。それを考えればとても、そんと思ってたんだ。今夜も約束してもらうからね、帰るまえ な失礼な態度はとれないはずですよ。リントンに負けない教に』 かげんが悪いのならいらいらさせてはいけないと思って、 養を身につけようとする意欲だけでも見あげたものじゃあり ませんか。それに彼の勉強はなにも、ひけらかすためじゃなあたしはやさしく話しかけ、問いただしたりしないで、いっ いでしよう。以前にもきっとあなたにからかわれて、無学がさい逆らわないことにしたの。あの子のためにおもしろそう 恥すかしくなったんですよ。だからせっせと勉強してあなたな本を何冊か持っていってたし、そのうち一冊をすこし読ん でくれと言うから、あたしが読もうとしたところへへアトン によろこんでもらおうと思ったのに。まだじゅうぶんでない がいきなりドアをあけてはいってきたの。あとで考えてるう からといってそんな笑いものにするなんて、たいへんなぶし つけですよーー・あなたなら彼の境遇に育ってもあんなにがさちに腹がたってきたんでしようね。つかっかとこちらへやっ つではなかったでしようかね ? あれでももとは、あなたにてきて、リントンの腕をつかんで長椅子からほうりだすのよ。 『てめえの部屋へ行きやがれ ! 』とどなったけれど、怒りで おとらずよくできる利ロな子でしたからね、だのに人からば かにされるようになったかと思うと、わたしはほんとに情け声がうわすってほとんど一一一一口葉になってないし、顔はふくれあ がってすさまじいの。『てめえに会いにきた女なら、そいっ なくて。あの卑劣なヒースクリフに非道なあっかいを受けた 丘 も連れてけーーーてめえなんかにここを明けわたしてたまるか。 、はつか . り・に」 、じゃない とっとと失せやがれ、ふたりとも ! 』 嵐「だって、エレン。そんなことで泣かなくてもいし 彼はあたしたちをさんざんののしったあげく、リントンに の、ねえ ? 」と彼女はわたしの真剣さに驚いて叫びました。 こまうりこんだの。あたしも出 「まあ待ってよ、これから話してあげるわよ。彼のの返事もさせないで乱暴に台所し。
きました。 しよう ! 」とヘアトンはうなりました。いつもの相手だとら 「なんかろくでもねえことが書いてあるんだよ」と彼は答えくに返事ができるのでしよう、もっとなにか言いかけたのに、 ほかのふたりが吹きだしてけたたましく笑っています。はし ました。「おれには読めねえけど」 ン 「読めない ? 」とキャサリンは叫びました。「あたしは読めやぎ屋のキャシーは、彼のおかしな口のききかたが笑いの種 ロ になると知ってうれしかったのでしよう。 るわ : : : 英語ですもの : : : どうしてあの文句が彫ってあるの 「ちくしようなんて一一一一口葉を使ってなんの役にたつんだい、 か、それが知りたいのよ」 この子がはじめて見せみ ? 」とリントンはくすくす笑いながら言いました。「きた リントンはくすくす笑いました ない言葉を使うなと。ハバに言われたくせに、ロをひらけばす た楽しげな顔です。 ぐそれだ : : 紳士らしくしてみろよ、おい ! 」 「ヘアトンは字が読めないんだよ」と彼はキャシーに言いま 「てめえが女みてえなやつでなかったら、いますぐ張り倒し した。「そんな低能がいるなんて信じられないよね ? 」 「このひとは正常なの ? 」とキャシーは真顔でたずねました。てやるとこだそ、このへなへなのやせつばちめ ! 」と、どな くつじよく いままでに二度質りかえして去っていったこの無骨者の顔は、怒りと屈辱に 「それとも知恵が : : : 頭がおかしいの ? 問したら、二度ともばかんとしてるし、あたしの言うことが燃えあがっていました。ばかにされたと知りながら、どう反 。しいか見当もっかないのですから。 わからないらしいの。あたしもこのひとがわからないわ、ち撃すれよ、 わたしといっしょにこのやりとりを聞いていたヒースクリ っと、も ! 」 リントンはまた笑いだし、あざけるようにヘアトンのほうフは、ヘアトンが去っていくのを見て微笑しながら、でもそ を見ました。たしかにヘアトンはそのとき、あまりものわかの直後にはひどく不央そうに、まだ玄関のところでおしゃべ りをしている軽薄なふたりをにらみました。リントンは急に りのいい顔ではなかったようです。 「おかしくないけどただ怠け者だから。そうだろう、ヘアト元気づいて、ヘアトンの短所や欠点をならべたて、まぬけぶ りの実例をいろいろ話しています。小生意気な悪口をキャシ ン」と彼は言いました。「キャサリンはおまえのことを低能 ーはただおもしろがっているだけで、そこにリントンの底意 と思ってるぜ : ・ : ・これでよくわかったろう、〈本の虫〉だな んてばかにしてるとどんなことになるか : ・聞いててわかる地の悪さを読みとっている気配はありません。わたしはリン なまり トンがかわいそうというより、むしろきらいになってきて、 かい、キャサリン、彼のひどいヨークシャー訛が ? 」 父親があんなに見くびるのもある程度むりはないと感じまし 「へん、本なんてものを読んでなんの役にたつんだい、ちく
トンもジョウゼフも、好奇心にロまであけてついてきます。て上をむかせました。「なにをめそめそしてるんだい ! かわいそうに、リントンはおびえきった目で三つの顔を見くれもおまえを取って食いはせんよ、リントンーーーと言った どこかおれに な ? おまえはお母さん子だよ、まったく , らべました。 も似てるのか、ええ、この泣き虫小僧 ? 「こりやてつきり」とジョウゼフは、もったいぶってしげし だんな げとながめてから申しました。「取っかえられただよ、旦那 彼はリントンの帽子をとって、ふさふさした亜麻色の髪を なであげ、ほっそりした腕や、小さな指にさわってみました。 こっちが娘っ子でねえか ! 」 ヒースクリフは、にらみつけられたリントンががたがたふこの検査のあいだにリントンは泣きやみ、大きな青い目をあ けいべっ るえだすのを見て軽蔑しきった笑い声をたてました。 げて逆に相手を観察しはじめました。 なんとかわいいきれい 「おれを知ってるか ? 」とたずねたヒースクリフはどうやら、 「いやはや ! たいした美男子だ ! す 息子の手足がひとつのこらず細くてよわよわしいことを、よ な坊やだろう ! 」と彼は叫びました。「かたつむりと酸つば ちえつ、なんてくよくたしかめたようです。 いミルクで育ってきたらしいな、ネリー ? こった ! 思ってたよりひどいじゃよ、 オしカーーーちっともおれ「、、 ししえ」とリントンは恐怖のあまりうつろな目をして答え 十した。 は高望みしてたわけじゃないのに ! 」 「聞いてはいたろうな、おれのことを ? 」 わたしは、動転してふるえているリントンに、馬からおり いいえ」と彼はまた答えました。 てなかへはいるように一一一一口いました。彳し。 ・皮こまど , つもよノ、飲みこ 「聞いてない ? ひどい母親だな、尊敬すべき父親のことさ めないのです。父親が言ったことの意味も、それが自分のこ え教えないのか ! おまえはおれの息子だそ、わかったか。 となのかどうかも。とにかく、こわい顔に希笑を浮かべてい るこの見知らぬ男がはたして自分の父親かどうか、それさえどんな父親があるか知らせないでおくとは、おまえの母親は はっきりしないのでしよう。ますますおびえてわたしにしが けしからん浮気女だーーーどうした、うじうじ赤い顔なんかす まあな、おまえの血が白くなかっただけで みつき、やがてヒースクリフが椅子にすわって「こっちへ来るんじゃない , 丘 しい子になるんだそ、そうなればこっ い」と呼んだら、わたしの肩に顔をうずめて泣きだしてしまもめつけものだが 、くたびれてるなら腰でも ちも悪いようにはせんーーーネリー 嵐いました。 歴「ちえつ、ちえっ ! 」とヒースクリフは舌打ちし、片手をのかけろ、それともさっさと帰ってくれ。どうせおまえは聞い あご ひぎ たり見たりしたことを屋敷のろくでなしに報告するんだろう。 ばして彼をらんばうに膝のあいだへ引きよせ、顎に手をかけ