仕事 - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

この最後の一一一一口葉を自分に言い聞かせ、娘のこっくりに答え にも載ってないはすだ。さあ、これから男前を上げよってん てみせてから、娘の顔を見て自分の顔にも浮かんで来た笑いたオ 、こよーーー鍵屋のくせに何てこった ! 」 とど の名残を留めたまま、仕事場の方に入ろうとした時、徒弟の 居間に通ずるドアのそばの暗い片隅からご主人が見ている 茶色の紙帽子がびよこりと隠れるのが目に入った。それは窓とはっゅ知らず、シムは紙帽子を旗り出すと椅子からとび上 のところから逃げ出すと、もといたところに戻るやいなや、がり、スケートともメヌエット踊りともっかぬ妙なステップ っち 二歩で、仕事場の反対側の隅の洗面台のところへ跳ねて行っ 一所懸命になって槌を振りはじめた。 こんせき た。そしてこれまでの仕事の痕跡をすべて顔と手から消し去 「サイモンの奴、また立ち聞きしてたな ! 」ゲイ。フリエルが 独り一一一一口を一言った。「どうもいかん。娘が口をきいている時だ が、その間じゅう何とも偉そうな仕草で、例のステ っ ップを踏んでいるのだった。これが終るとどこかの隠し場所 け耳を澄ましていて、他の時はそんな様子がないとは、い から小さな鏡のかけらをとり出し、その助けをかりて髪を整 たい全体娘の口から何を聞きたがっているんだろう。シム、 悪い癖だそ。こそこそと秘密めいたやり口なんて。さあ、 え、鼻の上の小さなにきびの正確な状態を確かめた。お化粧 が終ると例の鏡のかけらをベンチの上に置き、うしろ向きに くらでも槌を振うがいし しかしお前が年季明けまでそんな に働いたとしても、おれの目をごまかすわけにやいかんなって、その小さな面積内に映る限りのおのが脚の格好よさ を、この上もない得意と満足の念をもって見わたした。 シムーーと鍵屋の一家では呼ばれていたが、自分で呼ぶと そう言って重々しく頭を振ると、彼はまた仕事場に入って、 ころによると、サイモン・タバーティット氏で、日曜・休日 問題の主と向かい合った。 は古 「いまのところはそれでよし」と鍵屋が言った。「もうそんに外出した時には、そう呼ぶよう万人に求めていた とが 風で、細い顔で、鼻が尖って、目の小さい、髪の毛のつやっ ジなにやかましい音を立てなくてもよろしい朝飯ができた やした小男で、せいぜい五フィートくらいだったが、 自分で ちゅうぜい は中背よりは上、どちらかと言えば背の高い方と思い込ん 。い」シムは驚くほど丁寧に顔を上げると、首から上だけ からだ でいた。相当痩せ気味だがなかなか格好のいい彼の身体つき ナで変なお辞儀をした。「すぐまいります」 に関して、みずから最高の称賛を惜しまず、短い点では珍品 「あんな行儀は」とゲイプリエルがつぶやいた。「『徒弟奉公 ひざ 心得』にも、『徒弟の喜び』にも、『徒弟名歌集』にも、『徒中の珍品ともいえる、膝までの半ズボンをはいた脚のことと 弟のための死刑台ガイド』にも、その他どんな精神修業読本なると、彼は自分でうっとりするくらいの、大変な惚れこみ

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

は木が生えていた。い までは求めるべくもない清らかな空気 仕事場ーーーこの家には仕事場があったーーは仕事場が通常 が吹き抜けていた。すぐ近くには野原があったし、そこを新あるところ、つまり二階から見れば一階にあった。だが他の 川がくねりながら流れており、夏になると干草を刈り入れる店の仕事場との類似点はそこまででお終いだ。 入ったり出た 央な仕事が見られた。当時自然は現在はど遠くにあるものりする人びとは、階段を上って行くのでもなければ、街路と でも、手に入れ難いものでもなかった。宝石細工など忙しい 同じ高さへのんびり入って来るのでもなく、まるで地下室へ 産業があったけれども、クラークンウエルは現在のロンドン 行くみたいに、急な階段を三段下るのであった。そこの床は 市民が考えがちになるよりは、ずっと清潔な地域であり、農ちょうど他の家の地下室倉庫みたいに石と煉瓦でたたまれ、 家に近かった。ほど遠からぬところに恋人の散歩道があり、 ガラスを枠ではめた窓の代りに、地面からほば胸の高さのあ よろいど それは現代の恋人が生れる、あるいは、よく言われるように、 木製の鎧戸ないし開き戸がはまっていて、昼間はそ 思いっかれる ( っ しようと思う」の盟 ) ずっと以前に、汚らしい路れが内側に開いて、光と一緒に冷気を、多くの場合光よりも 地に変ってしまった。 冷気の方を余計にとり入れていた。この仕事場の裏側に腰板 こうした街並みのひとつ、もっとも清潔な街路の日陰の側をはめた居間があり、石畳を敷いた裏庭と、さらにその向こ というのは、賢明な主婦は日が当ると大事な家具がだめうの数フィート小高くなったテラス風の庭に面している。よ になってしまうことを知っているので、出しやばりの日光よその人がここに来れば、し 、ま入って来た扉を除くと、この居 しやだん りも日陰を好むのだ これからの物語に関係のある家間は完全に外界と遮断されていると思うだろう。事実よその が建っていた。つつましい造りの家だった。真っ直ぐしやつ人がここにはじめて入って来ると、文字どおり思案投げ首の ちょこ張って、背が高くて、大きな窓がぎよろぎよろ睨みつ顔つきになって、階上の部屋とは戸外の梯子か何かで連絡し つら ジけているような面の皮の厚い家ではなくて、恥ずかしそうにているのじゃないか、と考え込んでしまう。この世の扉の中 ラ目をばちくりさせ、一つ目の中年紳士が三角帽子をかぶってでもっとも目立たない、扉らしからぬ二つの扉、どんな天才 るよ、つに、 小さな四枚ガラスのはまった一つ窓の屋根裏部的な技術者だってきっと押入れの戸だと思わすにはいられな 、ビ れんが いきな いようなのがあって、そこを開けて部屋を出ると ナ屋の上に、とんがり型の屋根がついている。煉瓦や偉そうな 石の造りではなく、木と漆喰造りだった。規格ばかり守ってり何の予告もなく、四分の一インチ先のところに真っ暗な曲 になっている。 った階段ーーひとつは上へ、ひとつは下へ 退屈千万な設計ではなくて、窓はみな違っていたし、みんな これがこの部屋と家の他の部分との唯一の交通路なのであ 独立自尊の気風にあふれていた。 にら

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

や 不吉な兆候だ。しかしどっちにしてもあの男はそうした末路の騒々しい音がしばし止む度ごとに聞こえて、まるでこう歌 どんなことがあっ になるに決まっているんだから、おれがそれに手を貸してやっているようだ。「わたしは気にしない ってるとしても、結局のところは、彼の一生を通じてそうでてもうろたえない。わたしは断然幸せになってやるつもり」 一ガロンは約 女どもの叱る声、子供たちの泣きわめく声、重い荷車がごろ 日ノッ、「・レ、刀 ) 、、数パンチョン翁 ない場合よりも数ガロン ( 四五 「一 7 も、か ごろ通る音、呼売人の肺から発する物凄い叫び声 å大 ) か、数ホッグズへッド ( 約「 + 一 ) 酒の消費量が減ると かわらずこの歌はまた聞こえ出す。もっと大きな物音にかき いになりそうだ。そんなことはおれの知ったこ いうだけの違 かんだか 消されてしまったからといって、前より甲高くもならす、低 っちゃないし、どうでもいいつまらぬことだ ! 」 くもならず、大きくもならす、小さくもならず、人びとの耳 そこで彼はもう一度嗅ぎ煙草を嗅ぐと、寝てしまった。 カン、カン、カ に無理やり割り込んで来るわけでもない ン、カン、カン。 それはおとなしい小さな声の完全な化身で、風邪ひき、し 「黄金の鍵」屋の仕事場からはカンカンという音が聞こえてやがれ声、しおから声、その他いかなる病気の兆候も感じさ せない。通行人は歩みを遅らせて、そのあたりにたたすみた 来たが、いかにも陽気で楽しげなので、誰かが幸せいつばい い気持となる。その朝寝起きの悪かった近所の人も、この歌 で仕事しているか、楽しい音楽を奏でているように思えたか を聞いていると上機嫌にしのび寄られた心地がして、次第次 もしれない。単調で退屈な仕事で槌を振っている人間なら、 あか′、 とうてい鋼や鉄からこのように陽気な音楽を引き出すことは第に気がうきうきして来る。母親はこの音楽に合わせて赤児 できなかったろう。一瞬たりともこれができたのは、どんなを踊らせる。でも同じ魔法のカン、カン、カンは、「黄金の ものでも大切にして、どんな人間に対しても親切な気持を抱鍵」屋の仕事場から陽気に流れて来る。 このような音楽を造り出せる人は、あの鍵屋以外の誰だろ 、健康で正直で、陽気な歌の好きな男だけである。かりに まるで彼の太陽のような心に引きつけられたみたい 」もし彼が銅細工師だったとしても、やつばり音楽を美しく奏うか , ナでることができたろうし、かりに彼が鉄の棒をいつばい積んに、日の光がガラスのない窓から射し込んで、音い仕事場に あるじ 幅の広い光の格子縞模様を描いて、そこの主をまともに照ら だ荷馬車にがたびし揺られていたとしても、やつばりそこか していた。そこに立って鉄床に向かって仕事をしている主人 「らあるハーモニーを生み出したろうと思われた。 そで カン、カン、カンーー銀の鈴のように澄んだ音が、おもては、袖をまくり上げ、労働と喜びのために顔をすっかり上気 かぎ かなと・ ) ものすご

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

同じく、ヴァー、テン , 天人はもっとも不機嫌な時 ' にもっとも信 た。「道具を研ぐだけだ。道具を全部研いでやる。いまの気 分にや研ぐのが似合ってる。ジョーの野郎め ! 」 、い深くなるのだった。彼女と旦那との関係が格別険悪になっ プルルルルル。じきに回転砥石が回り出した。火花が雨あ ズた時、『。フロテスタント、い得』が本領を発揮するのである。 ン これらの要望が何の前兆であるかは経験によってわかってられと散った。これこそかっかとした彼に最適の仕事だ。 ケ 、フ・ル , レ , レ、レ , レ。 。只この命令を デいたので、三人協議会は解散した。ドリーま卩」 「ただじやすまんそ ! 」タバーティット氏は勝ち誇ったかの ケイ。フリエルは馬車に乗って外回り 実行に移させるために、。 そでめぐ の仕事をするために。シムは仕事場へ毎日の仕事をやりに行ように手を休めると、上気した顔を袖で拭った。「ただじゃ ったが、もうパンの塊はなくなったのに、例の険悪な面相だすまんそ ! 流血沙汰にならね、 フ第ル、レ、レ , レ、レ。 けが残っていた。 実際かの険悪な面相はますます悪化し、彼がエプロンを着 けた時には文字どおり一触即発となっていた。腕を組んだま おおまた ま行ったり来たりすること数回、精いつばい大股でのし歩き、 し力に ' れ 足にぶつかる小さな品々を蹴とばし、ロがへの字にゆがんで鍵屋はその日の仕事が終るとすぐに、ひとりで怪我人を見 ちょ、つしよう 来た。ついに陰惨な嘲笑が顔に浮かび、その間軽蔑にたえ舞いに出かけ、回復の状態を確かめた。紳士を託しておいた ぬような口振りで、ただ一言「ジョーの野郎め ! 」と言った。家はロンドン橋からほど遠からぬ、サザックの裏通りにあっ た。彼はできるだけ早く家に帰って寝たいものだと思いなが 「あの野郎の話になった時、娘をひと目見てやった。娘がう ろたえたのは、そのせいだ。ジョーの野郎め ! 」 ら、全速力で急いだのであった。 この晩もひどい吹き降りでー。ー前夜とあまり変らなかった。 前よりもいっそう早い足どりで、いっそう大股に ( そんな ことができるかどうか疑問だが ) 歩き回り、時々立ち止るとゲイプリエルみたいに太った男は、街角で足を踏みしめてい たり、烈風に逆らって進むのにとても難儀した。風は彼を打 自分の脚をちらりと見やり、時々また「ジョーの野郎め ! 」 と吐きすてるように言う。十五分かそこらしてから、また紙ち負かしてあべこべに二、三歩後戻りさせたりするので、い くら頑張っても、時にはアーチの下か玄関口で、風が小休み の帽子をかぶり仕事にとりかかろうとした。だめだ。仕事に になるまで待たねばならなかった。時折帽子とか鬘とか、あ ならん。 「今日は仕事はやめだ」タバーティット氏は仕事を放り出しるいは両方が狂ったように飛んで来る。またもっと物騒な かぎや と た かつら

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

いか、」 きっと奴らは『昔はよかったなあ、あれから万事が下り坂に なりつばなしだよ』って言いまさあーーーねえ、ガッシュフォ 「はっきりとは , 知らんが」ガッシュフォードは椅子に中すりか あくび ードの旦那 ? 」 かって欠伸をしながら答えた。「でも、たくさんあるだろう」 「じゃあ、五十としときますか。議会でこう一言う。『男、女、「きっとそうだろうな」 「そこででさあ。もしあのローマ教の野郎どもがのさばりや 子供を問わず、もし誰かが五十の国法のどれかに背いたこと をした時には、その男、女、子供はデニスによって片づけら がって、ぶらんこ刑の代りに火あぶり刑や釜ゆで刑をおつば じめたら、おいらの商売はどうなるんでえ ! 五十もの法律 れるべし』ってね。議会が会期の終りであんまり数多く極刑 を作っちまった時、ジョージ三世がやって来てこう仰せられの一部であるおいらの仕事に、野郎どもがちょっかいを入れ た。『デニスの取り分が多すぎるぞ。わしが半分もらうから、やがったら、法全体はどうなるんでえ、宗教は、祖国はどう なるんでえ , 半分をデニスにやれ』ってね。時にやおいらが思ってもいな ガッシュフォード旦那は教会へ行ったこと かったおまけまでくれたことがあったねえ。三年前のことだありますか」 ジョーンズをちょうだいしたん「 ったが、おいらがメアリー か、とは何だ ! 」秘書は幾分怒気を含んで、「もちろんだ と・も」 だ。十九の若い女で乳飲み子を抱いてタイバ の処刑場し 「なるほど。おいらは一度だけ いや、赤ん坊の時洗礼を やって来て片づけられちまったが、罪ってえのはラドゲイ ト・ヒルの店で布地を万引しようとして、店員が見た時に戻受けたのを入れれば二度だーーーあるんで、それは議会のため したっていうのさ。前に悪いことしたことはなかったし、万のお祈りをやった時で、議会は会期ごとにずいぶんたくさん 引しようとしたのも三週間前から亭主が金に困って、自分がのぶらんこ刑の法律を作っているんだから、つまるところこ こじき ジ二人の子供を抱えて乞食をしなきゃいけなかったからーーーてりやおいらのためにお祈りしてもらったわけだと思ったんだ。 もの これがイギなあ、ガッシュフォードの旦那」ここで杖を取り上げると物 ことが裁判でわかったのさ。わっ、はつ、は , すご 」リスの法、置習というもの、イギリスの誉れというものでさ凄い勢いで振り回しながら、「おいらのプロテスタント的な 仕事を邪魔されたくねえし、このプロテスタント的な仕組を ナあ。ねえ、ガッシュフォードの旦那 ? 」 これつばかりも変えてもらいたくねえよ。もし止めることが 「そのとおり」 「これから先のいっか、おいらたちの孫どもが祖父さんたちできるならね。ローマ教の野郎どもがおいらにちょっかい出 の時代を思い出して、それ以来物事が変ったなあと思った時、すのはご免だ。法の一部として片づけられるためにやって来

6. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

この若い令嬢は下りて来る途中意識を完全に失っていたの いいや、」 「そいつを見せてもらおうじゃねえか」群衆がまた怒声を発で、担ぎ手はてつきり死んだか死にかけていると思ったので からだ して飛びかかろうとすると、ヒューが間に割って入りながらある。そこでどうしたらよいか困ってしまい、その身体を置 かっこう 叫んだ。「仕事に必要な道具を籠に入れろ。おれはこいつをくために恰好なべンチか灰の山でもないかと見回していた時、 下へ連れて行くから。誰か、下の玄関を開けろ。それから隊突然彼女は何か不可思議な力によって生気を取り戻し、突っ 立ったまま髪をぐいと後ろに振り払い、荒々しい目つきでタ 長殿を明りで照らしてご案内しろ ! 貴様らそこに突っ立っ ーティット隊長を見つめてから、「あたしのシマムは死ん てぶつぶつ言ってるだけで、他にやる仕事はねえのか ! 」 群衆は互いの顔を見合わすと、あわてて家じゅうに散らばでいなかった ! 」と叫びながら彼の腕の中に飛び込んで行っ うる たものだから、隊長はこの美わしき荷物の重さによろめいて、 り、いつものように破壊掠奪にとりかかると、それぞれ気に 入った値打の品物を運び出した。だがあまり長いこと楽しんふらふらと後すさりした。 でいる暇はなかった。道具の入った籠がすぐに支度できて肩「何てえことだ ! 」彼は叫んだ。「おい、誰か、こいつをつ かまえてくれ。もう一度部屋へ閉じ込めちまえ。出してやら に担がれ、襲撃準備万端が整ったので、他の部屋で掠奪破壊 なきやよかったのに」 にふけっていた連中は、仕事場に呼び集められた。一同がい ままさに出発しようとした時、階上に最後まで残っていたひ「あたしのシマム ! 」ミッグズ嬢は涙にくれながら、弱々し いつまでも素敵なシマム ! 」 い声で言った。「あたしの、 とりの男が進み出て、屋根裏部屋に閉じ込められている若い ものすご 「おい、しつかりと立て」タバーティット氏は全然相手の真 婦人 ( 彼の話では、物凄い音をたて、絶えず金切り声をあげ 続けているとのこと ) を出してやったものでしようか、と尋清にほだされなかった。「ちゃんと立たねえと、そのまま倒 しちまうそ。何だってちゃんと足を床に着けないんだ」 ねた。 「この 「あたしの天使シマム ! 」ミッグズがつぶやいた サイモン・タバーティット個人としては、断固としてノー と答えたかったのであるが、仲間の大多数が彼女の鉄砲に関人の約束はーー」 「何、約束だと ! よし、おれは約束は守るそ」サイモンは ナしての貢献を思い出して異論を唱えたので、イエスと答えざ るを得なかった。そこでその男は救出に戻って行き、間もなつんけんして言った。「おれはお前の身の振り方を考えてや く涙でぐしょ濡れになり、ぐにやりとくの字になったミッグるそ。さあ立て ! 」 「あたし、どこへ行ったらいいの。今晩こんなことをしでか ズを担いで来た。 フッシ カこ

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

「じゃあこの格子の錠をかけて、案内してくれ。さあ、早そして強い好奇心にかられたかのように、またこの男の謎を すでにいくらか感づいたかのように、彼は昼日中になるまで 盲人は一瞬ためらった後に承知して、二人は階段を下りてじっと男を見つめ ( こんな表現がもし許されるならば ) 、耳 ズ 行った。二人の会話はできる限り急いで交され、盲人が最初を澄ましながら座っていた。 ケ イの驚きから立ち直らぬうちに、二人はもう彼のむさ苦しい部 屋の中に入っていた。 「あのドアの向こうはどこに通じていて、その先に何がある かわい んだね」男は鋭い目つきで周囲を見回した。「自分で見てい ドリー・ヴァーデンの可愛らしい頭は、あのパーティーの いか、ね」 さまざまな思い出でまだうっとりとしており、その輝く目の 「案内して見せてやるよ。おれの後からついて来るか、おれ前にはまだいろいろな面影がまばゆいばかりにちらついてい の前に行く力、どっちでもいい方にしな」 た。日光の中の埃のように目の前で踊っている数々の面影の 男は盲人に、先に立ってくれと頼み、案内人の掲げる松明中で、特別にはっきり印象に残っているのは、あるひとりの の明りで三つの地下室を仔細に点検した。盲人の言ったこと踊りのパ ートナーの姿、彼は馬車製造所の息子で ( 跡取りと に間 ( 理いなく、ここにひとりで住んでいることがわかると、 して親方になれる資格を持っ ) 、別れぎわに彼女の手をとっ 客は炉の火が燃えている最初の部屋に戻り、一声深い唸り声て担ぎ椅子に乗せてやりながら、今日からは仕事には目もく を発すると、その前の床の上に転がった。 れす、あなたへの愛のためにじりじりと焦がれ死にする決意 しいつです、と言ってくれた 主人はこれ以上客に注意を払っていないかのようこ、 ーの頭も、目も、考えも、七 もの仕事を続けてしたが、 、 : 客が眠ってしまうやいなや , ーー相つの感覚も、すべてそわそわわくわくして落ち着かない 手が眠りにおちたのを、この上もなく目の鋭い男に負けぬく れ皆もう三日前のことであるのに、あのパーティーのなせる ひざまず からだ らい即座に察知したーーー傍に跪くと、客の顔や身体の上にわざであった。さて彼女がそわそわしながら朝食のテープル ちやわん 軽く、しかし注意深く手をすべらせた。 につき、茶碗の底に沈んだ茶のかすでありとあらゆる種類の うめ 男は眠りながらしばしばぎくっとしたり、呻いたり、時に運命 ( というのはつまり、結婚運と金運ということ ) を占っ まゆ は何かぶつぶつつぶやいた。両手を握りしめ、眉を寄せ、ロていた時、仕事場に足音が聞こえ、ガラス戸越しにエドワー カき ド・チェスター氏の姿が見うけられた。錆びついた錠前や鍵 をぎゅっと結んでいた。こうした点に盲人は正確に気づいた。 なぞ

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デイケンズ 364 自分の部屋の前を通り過ぎ、自分とはまったく無関係な別の屋に戻ると窓から首を出した。彼は玄関から出て来ると、注 目的を持っているらしいことを知った。すると彼女は前より意深く戸を閉め、膝で押して試してみてから、肩で風を切っ しっそうこわくなってしまい、あやうく「泥棒っ ! 」「人殺て歩いて行きながら、何かをポケットに入れた。これを見て し ! 」の叫びをこれ以上我慢できなくなって来た。その時、 ミッグズは「まあ ! 」と叫び、それから「まあ驚いた ! 」 のぞ しよくだい そっと外を覗いて、この恐布に根拠があるかどうか確かめてそれから「まあ、あたし驚いたわ ! 」と叫んでから、燭台 みようと思いついた。 を手にして彼と同じように下りて行った。仕事場へ来てみる そこで手摺越しに首を伸ばして外を覗いてみると、驚い と、炉の上についたままのランプが置かれ、シムが出て行っ ことにタ。ハーティット氏がきちんと着物を着込み、片手に靴たままになっていた。 を持ち片手に明りを持ち、一段一段そうっと下りて行く姿を 「まあ、あの子ったら自分用の鍵をこしらえてたんだわ , うそ 見た。その後を目で追い、角を曲って見えなくなった後は自嘘だったら、あたし馬車も羽根飾りもない、徒歩の葬式で埋 分も少し階段を下りて行くと、彼が居間のドアに首を突っ込葬されてもいいわ。何て悪い子だろう ! 」 んだかと思うと、すぐさまばっと引っ込め、大急ぎで階段を この結論に達するまでには、、 しろいろ考えたり、あちこち 戻って来るのが見えた。 覗いたり眺め回したり、これまで徒弟が何かわからぬ仕事に 「これま釜し、 。↑し ! 」ミッグズ嬢はすっかり息を切らして自室熱中しているのに何度か出くわしたことを思い起こしてみる に首尾よく戻ると言った。「まあ、何という怪しいこと ! 」 必要があった。ミッグズ嬢がかってかたじけなくも色目を使 だれ 一言かが何かをしに出かけようとしているーー丨。ミッグズ嬢が ってくだされた男を、「あの子」などと呼ぶのを聞いて驚く たとえ麻酔薬を飲まされていたとしても、これでは眠れはし読者がおられるかもしれないから、一一一一一口説明しておくと、彼 ないだろう。間もなくまたもや足音が聞こえた。それが鳥の女はいつも三十歳以下の男性はすべて子供か赤ん坊と見なす つまき、き 羽毛がひとりでに動き出して、爪先立って歩いていたのだとふりをしていた。このような現象はミッグズ嬢のような気性 しても、やはり彼女の耳には聞こえたであろう。そこで前のの淑女には珍しくないことであり、かくも不届きにしてかっ ようにそっと下りてみると、また徒弟の姿が見えた。また用残酷な美徳と共存するものと一般に見られている。 、い深く居間を覗いていたが、今度は引っ返さないで中に入り、 ミッグズ嬢はしばらくの間じっと考え込みながら、仕事場 。ゝ、こドアに集中 のドアを睨みつけていた。まるで目と心とカ共し 消えてしまった。 く、ミッグズは部しているかのように。それから引出しから一枚の紙を取り出 中年男が居眠りして目をさますより素早 てすりご ひぎ

9. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

と立ちすくんだ。 と、寝る前に起きる時刻になってしまうそ、と言った。ヴァ 「それを利用しないんですの ? 」 ーデン夫人はたいそうおとなしく素直に二階へ上がって行っ とも とんでもないこった , 「利用だと , 押しかけて来て屋根 た。そのお伴をするミッグズもかなりおとなしくなってはい ズ からせき ン を引っぺがすなり、おれたちの家に火をつけておれたちを宿たが、途中いろいろ空咳をしたり鼻を鳴らしたりして元気を ケ イなしにするなり、何でも勝手にやるがしし 、ゝ、、。おれは奴らの親つけながら、旦那様の大胆な仕草に驚きのあまり両手を上げ デ 玉に守ってもらおうとも、奴らのわめきを玄関にチョークでずにはいられなかった。 書きつけようとも思わんぞ。たとえそれをしないために、お れが玄関口で射殺されようとも、ご免だ。利用だなんて、と んでもない ! 来るなら来い、乱暴の限りを尺、すがいい , そんな用事で先頭に立っておれの家の敷居をまたぐ奴は、百群衆というものは、特に大都会においては非常に不可思議 マイル遠くに逃げ出していた方がいいそ。よくよく気をつけな存在であるのが常であって、どこからやって来てどこへ行 だれ た方がいいそ。後からくつついて来る野郎どもは、やりたい くのか、誰し こもわからない。集まるのも散るのも同じく唐突 いのち ) 放題をやるがいし おれはペこペこ命乞いしたり、金でおべで、海と同じくその源泉をつきとめることは難しい。また海 きまぐ つかなんか使わないぞ。仕事場にある鉄が全部金になって百との類似点は他にもたくさんある。定めなく気紛れで、一度 倍に増えたとしても、ご免だそ。マーサ、さあ寝ろ。おれは怒ると恐ろしく、道理もききわけもなく、残忍であるから。 よろいど 鎧戸を下ろして仕事にかかる」 金曜日の朝ウエストミンスターで気勢を上げた群衆と、そ 「こんなに朝早くから ! 」夫人が言った。 の夜デューク街とウオリック街で破壊作業に熱中した群衆と 「そうさ」旦那が陽気な声で言った。「こんなに朝早くから は、全体として見れば同じであった。大都会というものはい さ。さあ、来るなら攻めて来い。おれたちはこそこそ逃げ隠つでも大勢ののらくら者や犯罪人がいるに決っているのだか れしないことを見せてやるから。お天道様の明りの分け前をら、偶然また出くわすということを群衆は心の中で信じてい ちょうだいするのを怖がって、そいつを全部奴らにくれてやるのであるが、それを割引いたとしても、両方の場所にいた るなんて、真っ平ご免だ。さあ、楽しい夢を見て、諭央におのは同じ群衆だったと言えよう。しかし午後に解散した時に やすみ ! 」 は、てんでの方角にばらばらに散って行き、また会う約束を そう一言うと彼は妻にやさしくキスをして、さあ早くしない したわけでもなく、定まった目的や魂胆があったわけでもな

10. 集英社ギャラリー「世界の文学」03 -イギリス2

「イズに、メアリアン」とエンジェル・クレア夫人が、現実ち突然、テスががつくりきて、足もとのうすたかい麦穂の山 には妻といっても名ばかりであることを思うと、この上なくの上にへたへたと倒れ込んだ。 痛ましい、威厳を見せて言った、「あたしはもう、昔みたい 「あんたには耐えきれない仕事だよ、言わんこっちゃな にクレアさんのことをみんなと一緒になって話し合うわけに い ! 」メアリアンが叫んだ。「この仕事には、もっとたくま はいかないの。だって、わかるでしよう ? 今はあたしのも しい躰でなくっちゃね」 とから離れてはいるけど、あたしの夫なんだもの」 ちょうどその時、農場主が入って来た。「はうら、おれが イズは前まえから、クレアに恋していた四人の娘の中では目を離すとたちまちこんなざまだ」と、彼は彼女に言った。 しんらっ いちばん生意気で、最も辛辣な娘だった。「恋人としては、 「でも、損するのはあたしの方です」とテスは抗弁した。 たしかにほんとに素晴らしいひとだったな」と彼女は言った、「あんたじゃないわ」 「けどもさ、こんなに早々にあんたを置いて行くなんて、あ「全部片づけてくれよ」彼は頑強にそう言いながら、納屋を んまりやさしい旦那とは思えないみたいね」 横切って別の戸口から出て行った。 「仕方なかったのよ どうしても向うの土地を調べるため、「あいつを気にすることないよ、 いいね」とメアリアンは一言 彼は行かなきゃならなかったのよ ! 」とテスは弁護した。 った。「あたしは前にもここで働いたことがあるんだから。 「せめてこの冬を、あんたがしのげるようにして行ってくれさあ、あんたは向うへ行って横になっておいで。あんたの数 てもよかったじゃない」 は、イズとあたしで埋めておくから」 「あらーーそれはちょっとした事ー・ーー誤解があったからよ。 「そんなこと、あたし困るわ。背丈ならあたしの方があるん スでも、その議論はよしましよう」とテスは、涙声で一言一言だし」 の答えた。「あのひとに代って、申し開きすべきことは沢山あ けれども、ひどく参っていた彼女は、しばらくの間横にな ルるの ! よその旦那さんみたいに、あたしに何も言わずに出ることに同意して、納屋の向うの端にほうり投げてある抜き ヴて行ったんじゃないわ。彼の居所はいつもわかってるのよ」屑ーー真っ直ぐな藁を引き抜いたあとの屑藁ーーの山に寄り この後、一同はかなり長い時間夢想にしずんだまま作業をかかった。彼女が倒れたのは、激しい労働のためだったが、 つづけた。麦の穂をつかんで、藁を引き抜き、脇の下でまと同時に夫との別居の話題がむし返されて心の動揺を来たした めて、鉈鎌で穂先を切り落とすーー。納屋の中に響くのは、 ことも、大いにあすかっていた。彼女は意欲を欠いた、知覚 藁をしゆっとしごく音、ざくざく鎌で切る音だけだ。そのう力だけの状態で横たわっていた。他の二人の麦藁をしごく音 くず