619 パーナビー フッシ 十対一だったから。しかし喧嘩は起こらなかった。青い花形 いとは。今日は閣下がカトリック反対の請願をお出しになる リポン組はできる時には互いに追い越し合い このような雑日なんじゃよ」 踏の中で、出せる限りのスビードを出して歩き続け、自分の 「あの人ごみはそれと何の関係があるのですか」 グループでない通行人と出会っても、せいぜい会釈を交すだ 「何の関係があるか、じゃと , まあ、呆れたことを一一一一口う人 けか、それすらしないものもかなり多くいた じゃ。閣下が少なくとも四万人の善良忠誠な信徒が入口まで はじめは人の流れは左右二本の歩道だけだったが、何人か同行しないなら、国会へ請願には行かん、とおっしやったの が熱心のあまり車道を歩き出した。三十分かそこらもすると、をご存知ないのかな。大した人ごみだよ ! 」 車の往来は完全に人ごみで止められてしまい、群衆の間に挟「人ごみだって ! 」バ ーナビーが叫んだ。「お母さん、聞い まった馬車や荷馬車に邪魔されて、まったくのろのろの動き となったり、五分か十分ほど立ち往生してしまうことも時々 「噂によると向こうには十万人近くが集まっているそうじ はあった。 や」老人がまたロを開いた。「もっともジョージ閣下おひと ほば二時間もすると人の数は目に見えて減りはじめ、少し りだけで充分じゃよ。閣下はご自分の力をご存知じやから。 ずつ空いて来た橋の上は、やがてすっかり空つばになった。あそこの三つの窓の内側にや」河を見渡す議事堂を指さしな しかし時々帽子に花形リポンをつけた連中が上着を脱いで肩がら、「今日の午後勇敢なジョージ閣下が立ち上がれば、顔 さお に担ぎ、汗と埃にまみれながら、遅刻しては大変とばかり息 が真っ蒼になるような連中がたくさんいるし、それも当然の を切らして通りかかった。また時には立ち止って仲間はどっ ことじゃ ! そうとも、そうとも、ジョージ閣下おひとりだ ちに行ったかと尋ね、それを教えられると、一息入れた人のけで充分じゃ。充分じゃとも。よくご存知じやから ! 」老人 ようにまた足早に立ち去る者もいた。さっきのあれほどの人はそうぶつぶつ言いながら、くつくっ笑い、人差し指を揺らせ ひとけ ごみの後で、このように比較的人気がなくなったのは奇妙に ながら杖の助けをかりて立ち上がると、よたよた歩き去った。 すら見えたので、その時になってはじめて末亡人は、やって 「お母さん ! 」バ ーナビーが言った。「大した人ごみだと一一 = ロ ってるよ。さあ、行こうよ ! 」 来て隣に腰を下ろした老人に、この大変な人ごみは何ですか と尋ねる機会を得た。 「まさか仲間に入るつもりでは」 「おや、あんた方はどこからやって来た人じゃ」老人が言っ 「そうだよ、そのつもりだよ」彳は、、親の袖を引っ張った。 、つわき た。「ジョージ・ゴードン閣下の大連盟の噂を聞いたことな ほ一い・ 「、、だろ , つ。き、、あ、一げこ , っ ! 」 あき そで
デイケンズ 446 ひづめ たろう。はじめのうちはうつかりのように見せかけて、その来る馬の蹄の音が聞こえた。それがぐんぐん近づくにつれて 手の上に自分の手をのせ、一、二分して引っ込めていたのが、音も高まり、ヴァーデン夫人が悲鳴をあげると、乗り手は 次第に手を引っ込めないままで馬を走らせ続けるようになつ「味方だ ! 」と叫んで、息をはずませながら近寄り、一同の た。まるでそれが護衛の仕事の重要な一部で、そのためにわそばで馬を止めた。 き ) さい ざわざ出かけて来たのだ、とでも一一一一口うように。 この些細な出「また、この男 ! 」ドリ ーが身震いした。 「ヒューじゃよ、 来事に関してもっとも奇妙なことは、ドリ ーが全然それに気 オしカ ! 」ジョーが一言った。「何の用だ」 かぎや づいていないらしいことだ。彼女がジョーに目を向けた時で 「あんたと一緒に帰るようにつて」彼は答えながら鍵屋の娘 も、全然無邪気で知らん顔をしているので、これにはまったの方をちらと盗み見した。「旦那に言われた」 く頭に来てしまう。 「父さんが ! 」哀れなジョーは叫ぶと、小声で大そう親不孝 でも、彼女はロはきいてくれた。怖かったこと。ジョーがな演説をつけ加えた。「いつまでたっても、おれを自分で自 助けに来てくれて、ありがたかったこと。充分お礼を言い足分の面倒は見られる、一人前の男だと思ってくれないんだな りなかったのではないかしら、ということ。あの時からずつあ ! 」 と二人はいつもお友達ねーーとか何とか、そういったような 「そ , つだよ」と、ヒュ ーが前半の部分に対して答えた。「、 ことである。ジョーがお友達ではない方がいし と言った時、まは道が安全じゃよ、 オしから、あんたも連れがいた方がいした ドリーはびつくりして、敵じゃない方がいいでしよ、と言っろ」 た。ジョーがそのどちらよりも、もっと、 しいものになれない 「じゃあ、進め」とジョーが一言った。「ばくはまだ引き返さ かしら、と一一 = ロったら、ドリーは角に、他の日生よりもず - っと明 オし力、ら」 きまぐ るい星を見つけたわ、あれを見てごらんなさいよ、と言い出 ヒューは承知して、一同はまた進んだ。彼の気紛れかどう し、前にもまして千倍も無邪気で知らん顔になってしまった。 、皮ま馬車のすぐ前に馬を進め、いつも頭をめぐらして振 このようにして一同は進んで行った。ひそひそ程度の声でり向いていた。ドリーは彼が自分を見つめているのに気がっ 語り合い、道が実際の十倍以上の距離に延びてくれればいし いたが、彼女は目をそむけたままで、一度でも目を上げるの なと願いながらーー少なくともジョーはそう願っていた がこわかった。彼に脅された恐布が、そんなにも強かったの 進んでいったその時、森を抜けて、もっと往来の多い道路にである。 出ようとしていたところで、後ろの方から全速力で飛ばして これまでヴァーデン夫人はこっくりこっくり居眠りして、
ないので、犯人を夜が明ける前に監獄に入れてくれるよう頼ヘアディル氏は、では少なくともわたしのやることを邪魔し ないでくれ、村にある一台の馬車と二匹の馬を借りるのを默 む充分の理由があるだろうと思っていたのだ。それに暴徒が またもうようよし出したら、街頭で犯人を護送するのは非常認してくれ、と頼み込んだ。これもすんなりとは聞いてもら しいから好きなよ , つにし に危険なことであるのみならず、奪還をそそのかすようなもえなかったが、結局村人は、何でも、 と一 = ロった。 のであろうから。教会書記に馬を引くように命じ、犯人のすて、後生だからさっさと出ていってください、 たづな 教会書記に馬の手綱を預けると、彼は自分の手で馬車を引 ぐそばを歩いて、真夜中ごろに村に着いた 村人たちは全員起き出していた。寝ているうちに火をつけっ張り出し、それに馬をつなごうとしたが、村の郵便配達夫 が彼の熱意 のらくら者だが心のやさしい男であった られるのが怖いので、大勢で見張りをして互いに元気づけ合 くまでほ・つ にほだされて、武器の代りに持っていた干草熊手を放り出し、 おうとしていたのである。勇気のある数人は武器を持って、 切れにされてもかまわねえ、何も 広場の芝生に集まっていた。ヘアディル氏は自分をよく知っおらあ暴れん坊どもに小間 ているこの人たちに話しかけ、事情を簡単に説明すると、夜が悪いことをしねえ旦那がこんなひでえ目にあわされているの に、黙って手もかさねえで見てるわけにやいかねえだ、と言 明けるまでに犯人をロンドンに運ぶ手をかしてくれと頼んだ。 だれ ってくれた。ヘアディル氏は感激して彼の手を握り、心から ところが誰ひとりとして指一本かそうという勇気の持主は 礼を言った。五分もすると馬車の支度が整い、この善良なの いなかった。暴徒たちが村を通り抜けた際に、火事を消そう らくら男は引き馬の上にまたがった。犯人は馬車の中に入れ としたり、ヘアディルその他カトリック信者にちょっとでも ひょけ 味方する者がいたら、生命財産までたつぶり仕返ししてやるられ、窓の日除を閉め、教会書記が馬車の横木の上に座り、 そと脅しをかけたからである。わたしたちは自分の身を守るヘアディル氏は自分の馬に乗って車のドアのすぐそばに付き だんな ために集まっているのであって、とても旦那様に手をかして添い、このようにして真夜中に黙りこくったまま、ロンドン に向けて出発した。 わが身に危険を招くわけにはいかないと、申訳なさそうにた めらいがちな言訳をしながら、月光の下で遠巻きにしたまま、村人たちの恐怖たるや大変なもので、ウオレン屋敷の火事 まふカ ナ帽子を目深にかぶった頭を垂れて身動き一つせす、黙りこくを逃れた馬でさえ、世話をしてくれる者がいなかった。その 馬が道端の短い草を食べている脇を馬車が通り過ぎた時、ー って馬に乗っている気味悪い男を、ちらちらと眺めていた。 村人を説得するのは無理だとわかったし、連中があれだけき馬に乗った郵便配達夫は、かわいそうにあの馬ははじめ村 に迷い込んで来たのだが、仕返しを怖がる村人によって追い 得しようもないと諦めた 暴れ回ったのを見た後なのだから説 , あきら わき
・ころ もう遅くなって、いつもの解散の時刻をとうに過ぎていた に当る窓を開けると厩の方を眺めた。「この頃は以前ほど互 跖ので、一同今晩はお別れということにした。ソロモン・ディ しに顔を合わせなくなったしーー・・あの一家にもいろいろ変っ ジーはカンテラに新しい蝋燭をつけ、フィル・。ハ ークスとコたことがあったからなーーー威厳という点でもあの一家となる つわ、 ン ツ。フ氏の護衛のもとに家路をたどったのだが、護衛する方がべくうまを合わしといた方がいしし こんな噂がこそこそ ケ ひろ だんな される方以上にびくびくしているようだった。ウイレット日一拡まったら、あの旦那は怒るだろうーーああいう気質のお方 那は三人を送り出してから、またもとの場所に戻って、湯沸 にはあらかじめ打ち明けておいて、そのうえこっちの立場を ヒュ ゃい、こら , しの助けをかりて考えをまとめようとしながら、まだ激しさ有利にしておいた方がいし が少しも減っていない風雨の音に耳を澄ますのであった。 ゃい、起きろ ! 」 この叫び声を十二回ばかり繰り返して、眠っている鳩を全 4 部驚かした頃、こわれかかった古小屋のひとつの戸が開いて、 静かに安眠さえできねえとは、、 しってえ何の騒ぎだ、と野太 ジョン老が湯沸しを睨み続けて二十分とたたぬうちに、彼い声が尋ねた。 は考えをまとめて、ソロモンの物語に関連させてみた。彼は「何だと ! 一度で目が覚めないとは、もう充分ぐっすり寝 考えれば考えるほど、自分がいかに賢明であったかにますま込んでたんじゃないのか」ジョンが言った。 あくび す自分で感服してしまい、ヘアディル様もついでに感服させ「とんでもねえ、半分も寝ちゃいねえ」相手は欠伸をしなが ら、身をゆすった。 てやりたいという気持が強くなって来た。とどのつまりは、 この事件において自分が重要な主人公の役を演じたいし、ソ 「よくもまあ寝られるもんだな。まわりで風がごうごう、わ かわら ロモンや二人の友達の先を越したい ( この連中のロを通して、んわん唸って、屋根の瓦をカードみたいに飛ばしているとい 明日の朝食時までにこのニュースはいろいろ尾ひれをつけて、うのに」ジョンが言った。「でも、そんなことはどうでもい 少なくとも二十人、しかも当然ヘアディル様の耳に伝わるに 何かを着てここに出て来い。わしと一緒にウオレン屋敷 きまっていると、彼にはわかっていたから ) ので、寝る前に まで行くんだから。急ぐんだぞ」 す ヒューは小声でいろいろぶつぶつ文句を言いながら棲み家 ウオレン屋敷まで出かけて来ようと決心したのだった。 こんば、つ に戻ると、間もなくカンテラと棍棒を持ち、頭から爪先まで 「あの方はおれの地主様だし」と、ジョンは考えながら、 しよくだい 燭台を取り上げると風の来ない部屋の隅に置き、家の裏手古くて薄汚いぐにやぐにやの馬用毛布を身にまとって現われ 、つまや つまさき
べての娘にまされり , ほんとに、わたしその方にお眼にかかているような、そうした不安をもたらす心配の種を的確に指 りたかったよ、エンジェル。けがれなくて貞淑であれば、も摘したのだった。 う、母さんはそれだけで充分りつばなひとだと思うわ」 「あの娘には一点のけがれもありませんよ ! 」と彼は答えた。 クレアはもはやこれ以上辛抱できなかった。彼の眼は、溶そして、いまここで永遠の地獄に堕とされようとも、やはり うそ けだした鉛の滴のような感じの涙で、いつばいになった。彼この嘘をついただろうなと思った。 しんし 「じゃ、ほかのことは気にすることはないよ。何たってけが は自分が心から愛している、この真摯で純朴な両親に急いで おやすみなさいを言った。世間についても、肉、おのれの胸れを知らない田舎娘はど、きよらかなものは、現実にはます 中に巣くう悪魔についても、ただ何か漠とした自分たちとは見あたらないんだから。おまえの方が教育があるから、最初 この人びとに。彼は自分のは気にさわるようなそんざいな所があるかも知れないけれど、 無縁なものとしてしか知らない、 それはきっとおまえがっき合って教えてやれば、消えてなく 寝室にひき下がった。 母親はその後を追って行き、寝室の扉をたたいた。クレアなりますよ」 母親の盲目の雅量ゆえのこの恐ろしい皮肉に、クレアは、 、トこま、い配そうな眼つきの母が立っていた。 が扉をあけるとタし。 . 「エンジェル」と彼女は訊ねた、「こんなにさっさと引っ込もうあの結婚ですっかり生涯をだいなしにしてしまったとい 過去を打ち明けられた当初は考えてもみなかった、 んでしまうなんて、何か不都合なことでもあるの ? どうみう想い、 そうした二次的な認識をひしひしと胸に感じるのだった。な ても、いつものおまえみたいじゃないよ」 るほど、わが身かわいさに自分の生涯を気にやむことは、ま 「そうみたいですね、お母さん」と彼。 ス「その娘のことで ? ねえ、おまえ、母さんには判ってますずいにせよ、しかし両親や兄たちのためには、少なくとも恥 のよーーその娘のことでだってことくらいは ! 三週間にもなずかしくない一生を送りたいものだと、彼は思いつづけてい けんか たのだった。そして今、ローソクの灯を見つめていると、そ ルらないのに、喧嘩でもしたの ? 」 ほのお ヴ 「喧嘩ってわけでもないんだけど」と彼は言った。「でもちの焔は無言のうちに彼に向かって、自分は分別ある人びとを 照らすためにあるのであって、間抜けや敗残者の顔を照らす よっと意見の合わないことがあってねーー」 「エンジェルーーその娘は、前歴を調べられても大丈夫な娘のは、大嫌い、と語りかけるのだった。 、 ) うふん 彳は昂奮がおさまると、こうして両親を欺かざるをえない さんなんだろうね ? 」 ような立場に自分を追い込んだ哀れな妻にたいして、腹が立 母親の直観から、クレア夫人は、息子の心をいまかき乱し
彼は今にも、あまりにも魅惑的なその唇にキッスしようと 「とうとう、テス、ばくは自分の気持を打ち明けてしまっ しかけたが、 感じやすいその良心にしたがって思い止まった。 た」と彼は言い々。 、少こ捨てばちな溜め息をひとつもらしたが、 「許しておくれね、テス ! 」囁くように彼は言った。「いきそれは彼の、い情が判断の一歩先を行ってしまったことを、無 デなりこんなことをしてしまって。ばくー - ーー・自分で自分がわか 意識のうちにもの語っていた。「ばくがそのー・ー本当にきみ らなくなって。好き勝手してるんじゃない。 いとしいテッシを心から愛していることは、一一一一口 , つまでもない。でもばく ばくはまじめに、いからきみを愛してるんだ ! 」 今はこれ以上進まない方がいい きみを苦しめるだけだし このとき、オールド・プリティはとまどったように周囲を ばくも、きみと同じくらいびつくりしているんだよ。き ふせ 見まわしていた。そして、記憶にないほど古くからの置わしみはまさか思わないだろうね、ばくがきみの禦ぎようのない はず ではたった一人の筈なのに、二人も自分の腹の下にうずくま ところにつけこんだーーーーあまりにもせつかちで、分別がなさ っているのを見ると、機嫌をそこねて、後脚をもち上げた。 すぎるって ? 」 「牛が怒ってるわーーーあたしたちの気持がわからなくて 「ええ、そうねーー・わかりませんわ」 乳を蹴倒されたらたいへんだわ ! 」テスはそう叫び、そっと彼は、彼女の望むままに手を離した。そして一、二分もす 彼の抱擁をふりはどこうとした。その眼は牛の動きを気づかると、めいめい、また乳搾りに取りかかった。誰ひとり、二 っていたが、、いは、もっと深くクレアと自分のことを気づか 人が引力にひき寄せられて一つになるのを見た者はいなかっ っていた。 た。そして数分後、親方がその生け籬のかげに回って来たと 彼女はそっと腰をすべらせて立ち上がり、二人は向かい合き、誰が見てもはっきりと離ればなれのこの二人が、ただの って立った。彼の片腕はまだ彼女の躰を抱きかかえていた。 顔見知り以上の間柄であることをうかがわせるよすがは、何 遠くにじっとそそがれたテスの眼に、涙があふれはじめた。 もなかった。しかしクリックが彼らを最後に見かけてから、 これまでの間に、彼らの二つながらの本性にとっては、宇宙 「なぜ泣くの、ねえ、きみ ? 」と彼は言った。 つぶや 「ああーーーあたしにもわからないの ! 」呟くように彼女は言の枢軸を変えてしまうほどのことが起こっていた。それがど さげす んなふうなことかを知ったら、親方は実務家として蔑んだこ とだろう。けれどもそれは、いわゆる実務的な事柄を山と積 自分がどんな立場におちいっているのかが、しだいにはっ がんめい きりと見え、感じられてくるにつれて、彼女は心の動揺をおみあげたものよりも、さらに頑迷で、抵抗しがたい向にも ばえ、身をひこうとした。 とづいていた。ヴェールが一枚はぎ取られた。その時から、 き工こや
やっかいごと いた。自分はいわばこの絞首台の豊作の恩恵を一身に賜った これが一つの厄介事だ。なぜならば、もしあの二人の娘が発 硯ようなものと感じていた彼は、一生を通じて今ほど運命の女見され釈放されたら、おれをも極めてャパイ立場に置く証言 ちようじ 神の寵児のような気持になったこともなかったし、今ほどそをするかもしれぬから。かといって、あらかじめ絶対に他言 ズ ン の女神を敬愛し頼りにしたいと思ったこともなかった。 しないという約束をさせてから自由にしてやるなんて、とん ケ イ 自分も暴徒のひとりとして逮捕され、他の連中と一緒に処でもないことだ。絞首刑執行吏が足を早めながら、そして一 罰されるのではないか、という点に関しては、デニス氏はそ足ごとにヒューとタバーティット氏の助平根性を力をこめて もと ・はとう んなことはたわけた妄想にすぎぬと一笑に付した。自分がニ罵倒しながら女性たちの許に参上したというのも、女性との ューゲイト監獄でとった行動と、今日国のために尽した奉仕対話を楽しむなどという観念的意図よりも、この方面に潜む かりに暴徒に加わっていたという告発があったとして危険に対処するという目的の方が強かったのであろうと思わ も、それを償って充分あまりあるもの、というのが彼の論拠れる。 ろうおく みじ だった。自分の身が明日をも知れぬ人間から、デニスも一味三人が幽閉されている惨めな陋屋に彼が入って行くと、ド だったと証一一一一口されても、そんなものは何の意味も持つまい リーとヘアディル嬢は黙ったまま隅の方に身を潜めてしまっ 一き、い かりにおれの些細な軽率行為が不幸にしてばれたとしても、 た。しかしミッグズ嬢は自分の評判を特に気にする人間であ ひぎまず 現在おれがどれほど役に立っプロであるか、おれのなすべき ったので、たちまち跪くと、大きな声で泣きわめきはじめ たま 仕事がどれほどたくさん溜っているかを考えたら、そんなも た。「ああ、あたしの身はどうなるのでしよう ! 」 のは目をつぶって黙認してもらえるはずだ。要するにおれは たしのシマムはどこにいるの ! 」 「皆さん方、あたしの こういったその これまで慎重を期して勝負をし、土壇場のところで乗り換え女の弱さにお情をかけてちょうだい ! 」 て、暴徒の一番の親玉二人と、おまけに殺人犯ひとりを法の他もろもろの悲嘆の叫びを、極めて貞淑にお行儀よく口に出 手に引き渡したんだ、と、すっかり安らかな気持でいられた のである。 「おねえちゃん、おねえちゃん」デニスは人差し指で彼女を ただしーー・一つだけ例外の状況があって、この点に関して招きながら、小声で言った。「こっちへおいでよ , ーーーおいら はデニス氏といえどもあまり楽観的になれなかったーーそのは乱暴はしないから。こっちへおいでよ、仔羊ちゃんや」 や 例外的状況とはすなわち、ドリーとヘアディル嬢を自分の家 ミッグズ嬢は男が口を開くとわめくのを止め、じっと耳を のすぐ隣といってもいい家に、無理やり監禁したことである。澄ましていたが、このやさしい呼びかけを聞くと、またわっ たまわ こひつじ
出会うと、そのたびにリントンの消自」をたすねました。なにやろうとするとーーヘアトンはらんばうだけれど、性根まが 圏しろ彼はキャシーとおなじくらい家のなかばかりにいて、ちりじゃないものー、ーしまいにはきっとひとりがどなる、ひと けんか だんな っとも姿を見せないのです。女中の話によると、あいかわらりが泣くの喧嘩わかれ。旦那さんだって、あれでわが子でな むち ン すからだが弱く、厄介ばかりかけているようでした。それに、 ロ かったら、ミイラになるほどへアトンに鞭でぶちのめしてほ ヒースクリフはますます彼が気に食わないらしくて、なるべしいくらいよ。それにきっと、自分のからだをいたわってる く顔に出すまいとはしているものの、声を聞くだけでむかむことが半分でもわかったら、旦那さんは家の外へほうりだし かするし、長いことおなじ部屋にいられると、とうてい我慢ちゃうだろうけど、そんな気がおきるとあぶないから、坊や できないのだそうです。 の勉強室にはぜったいはいっていかないし、自分がいるとき 親子で話をすることもめったになく、リントンは勉強のと居間で坊やがそんなそぶりを見せようもんなら、すぐさま二 きもタ食後も自分の小部屋 ( 勉強室というんだそうです ) に 階へ追っぱらうのよ」 こもりきりだし、そうでないときは一日じゅう寝ています。 この話からわたしが知ったことは、だれも同情してやらな せき かぜ なにしろしよっちゅう咳が出たり、風邪をひいたり、頭が痛 いためにリントンがわがままないやらしい子になったことで かったり、どこかしら悪いのですから。 す。生まれつきかもしれませんが、とにかくわたしは彼のこ 「それにしても、あんな意気地のない子は見たことないね」とをあまり気にかけなくなりました。それでも彼の身の上は と女中は申しました。「自分のからだをかばうったらないのやはりふびんでなりませんし、あのままこちらのお屋敷にし よ。夕方ちょっとおそくまで窓をあけておこうものなら、も たらと、いつまでも心のこりでした。 うたいへんなさわぎ。ああ ! 死にそうだ、夜風があたる ! エドガーはわたしの情報あつめをよろこんでいました。甥 それに夏のさかりでも火がないと承知しないし、ジョウゼフのことがよほど心配なのでしよう。多少の危険をおかしてで の。ハイプたばこは猛毒らしいし。しよっちゅうお菓子やなに も会ってみたいらしく、わたしはある日命令を受けて、リン あらし かを食べてないと気がすまなくて、明けても暮れてもミルク、 トンが村へ出ることがあるかどうか嵐が丘の女中にきいてみ ミルクー・ーあたしたちが寒さにこごえててもおかまいなしました。 ーー自分だけ毛皮のマントにくるまって炉ばたの椅子にすわ彼女の返事では、まだ二回しか行かないし、馬に乗って、 りこみ 、トーストや水やほかの飲み物を暖炉わきにならべて、親子づれで行くんだけど、二回とも帰ったあとは三、四日、 ちびちびなめてるの。ヘアトンが、かわいそうだから遊んで疲れて動けないふりをしていたということです。
それがからかいだと目ざとくも勘づく ジョーがはじめてた奥方が、ドリーが自分の部屋の中でくよくよめそめそして ーが好きになった正確な日時を正直に白状すると、ドリ いたのを、いつも知っていたことも。要するに何ひとっとし ーも半分は自分から進んで、半分は皆から強いられて、ジョて忘れてはいなかったのだ。そして何の話をしても、いつも ズ ン ーを「からす思っている」ことに自分で気づいたのはいつどういうわけか知らぬが、結論は同じになってしまう。すな ケ デであったかを、顔を赤らめながら告白するーーーなどなど、話わち、今が一生で一番幸せな時だ、すべての出来事がめでた い結果を生み出すようにもともとできていたので、これ以上 の種、笑いの種は尽きなかった。 と。 それからヴァーデン夫人の疑念、母親としての危惧、鋭いめでたくなることは望むわけにいくまい 勘、などについて話がはずんだ。。 ウアーデン夫人の洞察と眼 このように皆がすっかり話に夢中になっていた時、表通り から仕事場に通ずるドア ( 家の中を静かにしておこうと、一 力にかかっては、何も隠しおおすことができなかったらしい たた あたしは全部はじめから知っていたのよ。はじめからちゃん日じゅう閉めておいたのである ) を、あわただしく叩く音が と見ていたのよ。いつも予言していたでしよう。ご当人二人した。ジョーがいかにもまめまめしく、ばくが開けに行くと よりも早くから気づいていたのよ。あたしは心の中でこう一一 = ロ 言ってきかず、そのために部屋を出て行った。 ジョーがそのドアがどこにあるのか忘れてしまったとした ったのよ ( その一一 = ロ葉を正確に憶えているわ ) 「ウイレットの 息子は確かにうちのドリーに目をつけているわ。あたしもあら、まことにおかしな話だし、かりに忘れたとしても、それ の息子に目をつけていなくては」と。そこであたしは目をつはかなり大きなドアで彼の真正面にあったのだから、おいそ けていて、いろいろこまごましたことを全部観察していたのれと見逃すはすはなかったのである。それなのにドリーは、 よ ( と言って彼女は、そのすべての実例をあげた ) 。今だつおそらく前述のように気もそそろであわてていたせいか、あ て他の誰もできないくらい綿密に、よ。というわけで始めかるいは彼が片腕ではドアが開けられないとでも思ったのか さいはい 彼の後 それ以外の理由とはどうしても考えられない ら終りまで実に抜目なくすべてに関して完全なる采配を振っ ていたらしいのである。 から急いで出て行った。そして二人が廊下でいつまでもぐず ぐずしていたのでーーーもちろんジョーが、あのドアを開ける もちろんジョーが馬車に付き添って皆を送って行ったのに、 ヴァーデン夫人が無理やり彼を追い返してしまったあの晩のと当然吹き込んで来る七月の風にドリーの身をさらしてはい 【ト .- 日ノ . またドアを叩く ーがジョーの名前を聞い と懇願していたからであろうが ことも忘れてはいなかった 音がした。しかも今度は前よりもいっそうすさまじい勢いた て気絶した晩のことも。ー。ー常に注意の目を怠ることがなかっ
997 ダーバヴィル家のテス もね。きっと、その娘さんと結婚なさるさ」 いるこのフルームの谷の真っただ中、しかも時は、あたかも よくじよう やみ 彼女らの聞いていた噂はごくわすかなものでも、夜の闇のじいっという沃饒の響きの下から、液汁のひたはしる音ま 中では、それをもとに惨めな、痛ましい夢想をきずき上げるでが聞きとれようという季節である。いかに気まぐれな恋で には充分であった。彼女たちは、彼が説きふせられて承諾すも激しく燃え上がらないわけにはいかない この地にいる人 いしよう る有様や、婚礼の準備、花嫁の幸せな気持、衣裳やヴェール、びとの、用意万端ととのった胸は、周囲の力を受けてみごも しき、い りはじめていた。 二人のこの上なく幸福な家庭などを、仔細に想い描き、そし てその時には彼との恋に関するかぎり、もう自分たちのこと 七月は彼らの頭上を通り過ぎ、つづいてやって来た熱月 などすっかり忘れ去られているだろうことを想像した。こうの気候は、トールポットヘイズ酪農場の人びとの心の状態に して語り合い、胸を痛め、涙をこばし合っていたが、やがて負けないようにと、〈自然〉の側でも励んでいるかに思われ 眠りが魔法の杖をふるい、娘たちの悲しみをかき消した。 春から初夏にかけてはあれほど爽やかだったこの土地の この噂を聞いてから後、テスは、もはやクレアが自分をち空気も、今はよどみ、人びとはいまにも気力を奪われてしま やほやしてくれることに何か深い意味、想いがこめられてい いそうであった。重たいその匂いが彼らにのしかかり、真昼 るなどという、ばかげた考えは抱かなくなった。あれは自分時ともなれば、あたりの風景は気を失ってのびているように ようば、つ の容貌に対するはかない夏の日の恋、恋のためのかりそめの見えた。牧草地の傾斜面の上の方は、エチオピアさながらの 恋。ーーーただそれだけのものだったのだ。この恋しい想いの頂焦げつくような炎暑にやられ、茶色く変色している。だが水 点ともいうべきイバラの冠、それはたとえ上っ面でも彼がげ路がさらさら音をたてているこの近辺は、まだ輝くような青 んにほかの娘たちをさし措いて選んでくれた自分、生来彼女草が生い茂っていた。そしてクレアは、この外の暑気にもま っていたが、、いの内では、日ましにつのってくる、やさし らよりも情熱家で、頭もよく、美しいこの自分が、適不適の おも 点からいえば彼の顧みない不器量な娘たちより以下、はるか くて寡黙なテスに対する熱い、激しい想いにしいたげられて 彼にはふさわしくない身であるということ、だった。 雨期は過ぎて、高地は乾燥していた。親方のバネつき荷馬 車が市場からの帰りを急ぐときなど、その車輪は街道の、路 っちばこり 面の粉のような土埃をなめ上げて、まるで導火線用の細長 土煙の白いリポンを後 流れ出るほど地味は肥沃で、ほかほかと醗酵の行なわれてく撤いた火薬に火をつけたみたいに、 ひょく はっ一 : っ さわ