ルイス 248 告を受け入れようが受け入れまいがどうそご勝手に、とにか 部屋の中央のテー。フルに置かれた二本のろうそくが、ここ くおれの意見は述べました、といった感じだ。 ではいちばん頼りになる明かりだ。セラフィンはその明かり 「無視する ! 」。ハー シーがびつくりして壁龕からとびおりた。 で、タイプの手紙を調べていた。かごの新聞を広げたときに 仲間の言葉にすっかりあわてている。「どうしてだ ? 」 ーシーが発見した手紙だ。 「なぜなら ! 」 " なぜなら〃という言葉が、独房のなかでゆ 「あと三時間くらいだな」とセラフィンが言った。 つくりと震えた。「無視したほうがいいからだ ! やめたほ シーが一一 = ロった。 「そんなもんだ」とハー あんたの好きなようにしたらいいが、でも、待っ セラフィンは腹の前にだらしなく手紙を持ったまま、テー 」ほ、つがしし」 。フルから向き直り、壁龕でうずくまっている囚人と向かい合 「しかし、理由は何なんだ ? 」 った。彼はむつつりした顔で、でぶっちょの革命家の人物査「理由なんてない。やめたほうがよさそうだと思うだけだ。 定でもするみたいに、じろじろと囚人の顔を見つめた。そのなんだか様子がおかしい」 査定の結果を頼りに、何かの決断を下そうとしているみたい 「この手紙はほんものじゃないっていうのか ? ちゃんとし た英語で書かれてるじゃないか。どこがおかしいんだ ? 」 「さあ、ど , つかね ! 」ハ ーシーが眼鏡の上からのそきながら 「どこもおかしくない」セラフィンは肩をすくめた。「そう 一 = ロった。 じゃない。手紙は問題ない しかし、とにかく今夜はやめた 「ドノ・ ! 」セラフィンが苦しそうに口を開き、不 一ま , っ【刀しし」 吉な沈黙で重味を持たせるかのように言葉を切った。 シーはセラフィンの手から手紙をとりあげ、ろうそく 「何だね ? 」ハー シーはズボン吊りに両手をすべりこませ、のそばへ持って行って、最後までしつかりと読み返した。 吊り包帯みたいに手首を引っかけた。 「こいつを書いたのはたしかにイギリス人だ。たぶんロジャ ンティングだ。すぐにすらかったほうがいし 「今夜はやめたほうがいし ! 」ようやくセラフィンが言った。 、と一一一口って 「この手紙は無視したほうがいい」手に持っている手紙にはる。外の事情をよく知ってる男がそう言ってるんだ」 目をくれず、イギリス人の囚人のほうを、つまらなそうにば 「イギリス人には命の危険はない。あんたの言う通りだ、ド んやり見つめている。彼の忠告にたいしてどんな返事が返っ スペイン人はイギリス人を撃たん」 てこようと、まったく関心がないといった感じだ。おれの忠 「仲間の判断に任せるしかない」
では道はこれだけしか残っていないのか ? あの幸福な創 に落ちこむのである。 この道程はじつに長いものであることをーー・創造的精神が造的存在から脱落する以外に、何も道は残っていないのか ? ーキンは吾時すでに遅しというのか ? われわれの創造的生の日は終り 死んだのち何千年もつづくものであることを、 った。彼はまた、そこに封印を開かねばならぬ偉大な秘密のを告げたのであろうか ? われわれに残されているのはただ ぎんがい ひとっ崩壊状態にある知恵の異様な恐るべき残骸、あのアフ 数々、男根崇拝などというものをはるかに超えた官能的で非 へきがん おそ リカ的知恵だけであり、それも。フロンドに碧眼の北方民族で 知性的な畏るべき秘密の数々があることを悟った。西アフリ カ人たちはその倒錯した文化のうちにあって、男根的知恵をあるわれわれにあっては別のものとなっているあの知恵だけ 超えて、かってどの点まで進んでいたことだろうか ? はるなのであろうか ? ーキンはふ ゝに、はるか遠くに進んでいたにちがいない。バ ーキンはジェラルドのことを考えた。ジェラルドこそ、 たたびあの女体の像を思い起こした。細長く伸びた長い長い破壊的な氷結の神秘のうちに達成を果たした、白くして異様 な、驚嘆すべき悪鬼の一人である。そしてジェラルドはこの 胴体を、思いもかけす奇妙に突きでた重い臀を、環で閉じこ められた長い頸を、甲虫のような小さな眼鼻だちを持った顔ような知恵のうちに、このような氷結の知恵という一つの道 を、思いだした。あれはいかなる男根的知恵をもはるかに超程のうちに、完全な冷気による死によって、去りゆく運命を えたものであり、男根的な探索の範囲をはるかに超えた官能負っているのであろうか ? 彼は、白さと雪となって万物が 的で微妙な実在なのである。 崩壊してゆくその先触れであり、前兆なのであろうか ? ここま ーキンはぎよっとする思いであった。とともに、 こういう道、こういう恐るべきアフリカ的な達成の道程が 残っている。白色人種はこの達成をべつの道程で果たすであで考えてきて、疲れも感じていた。異様なまで緊張していた ろう。白色人種は背後に極北を、氷と雪との広漠たる抽象界注意力が急にがつくり崩れて、もうこういう神秘な事柄に心 を持っているがゆえに、氷のごとくに破壊的な知恵という神を向けることができなくなった。別の道があるのだ、自由の ち た秘を、雪のごとくに抽象的な絶滅という神秘を、達成するで道が。純粋な個的存在の楽園にはいりこむ入口があるのだ。 る あろう。これに反して西アフリカ人は、サハラ沙漠の燃えるその楽園では個々の魂は愛や結合への欲求に優越し、いかな す 恋死のごとき抽象界に支配されるがゆえに、太陽の破壊のうちる情念の痛みにもまして強いのである。それは自由で誇らか 、太陽光線の腐敗した神秘のうちに、達成を果たしたのでな単独性という甘美なる状態であり、そこでは他者との永久 ある。 の結合の義務を受けいれ、相手とともに愛の束縛に従いなが
どざえもん 面を出したやつら。あのノラ、でんぐり返りをして頭を心臓かね』って。おれは土左衛門になってこの世のしがらみを断 かかと 、どんなに雨が降ったあとだから にぶつつけ、扇に踵をつつむような具合いに人生を心におしち切るような人間じゃな、 ひづめ つつみ、ロビンへの愛に骨まで腐りついたあの女。畜生め、といって、馬の蹄のあとに身を投げるような役目はごめんだ どうしてあの女は一つの観念にしがみついておられるのか , しぎ いつのまにか人々のあいだにささやきが始まってい、給仕 ああ、こいつを語 それからあの老いばれの鴫、ジェニー ればとてつもなくひどい話になる、だが、このおれを裏切者たちは近くへ寄ってじっと見守っていた。元司祭は思い出し だとぬかすやつがいるか。この世の物語はこの世へ向かって笑いのようなほほえみを浮かべていたが、オコナーは、自分 の心臟以外には何も聞こえす見えすといったふうだった。 するがいいんだ ! 」 「人によっては」と医師が一言う、「どんな水の中へでも頭から 「嘆かわしい腐ったご時世さ」と元司祭が言う。 飛びこむやつがいる、そこでグラス六杯分の水を飲んだあと マシュー・オコナーはもう一杯注文した。 は、水に含まれる悲惨にあたってハーレムあたりの誰かが腸 「なぜみんなおれのところへ来るんだ。なぜ何もかも話しな がら、それがおれのなかにひっそりとしまわれてると思うんチフスにかかる。神さま、わが手をとらえ、この大いなる議 だ、え、死期を予感して巣に帰る兎みたいにだ。それからあ論からわれを引き出してくだされー・ーー自分の本性に逆らえば 天よ、わ の男爵のフェッリクスの野郎、生涯にほとんど一語も発した逆らうほど、その何たるかがわかってくるのだ が声を聞きたまえ ! わたしのこれまでの行動、わたしのこ ことがないくせに、あの男の沈黙は水たまりの青みどろのよ うに繁殖する、それからやつがロビンにひり出させた餓鬼のれまでの状態、これはすべてわたしの希望に反したことばか 主よ、どうかこの光を消したまえーーーそこで、 グイードー、目に涙をためてダニュープ河の向こう岸を懸命りだった に見ている、フェッリクスめ、その手をひしと握り、ちびは、わたしはここに、打ちのめされ、打ちひしがれ、すすり泣き 暗赤色のリポンにさがった聖母像にこれまたひしとしがみつながら立っています、自分が自分で思っていた通りの人間で たぐい き、そのメダルから聖なる高揚を感じとりながら、そいつをはないこと、的はすれのことをなす善人の類ではなく、たい したことは何ひとつなすことのない的はすれの人間だという の母と呼んでいるのだ、そしてこのおれは、自分の終末がどっ 夜 ちの方角から来るのかさえわからない。それでフェッリクスことがわかってしまったのです、ああ、そして、自分に語り かけるのでなければ、なんでこんな話を皆の衆にしようか が、『この子は虚弱体質なんでしようか』とぬかしたとき、 おれは言ってやったのだ、『バイエルン王は虚弱体質だったおれがおしゃべりなのは、おまえたちが黙ってつつみかくし う ) ギ一
身を包んで、きわめて印象的ではあるが、「死の舞踏」じみままでハーマイオニに二度ほど会ったことがあるが、お互い たそっとする感じがあった。人々は彼女が通るとき口をつぐ に好きにはなれなかった。ロンドンでは知人が雑多であって、 あお あざけ んでいた。強い印象を受け、煽られ、嘲ってやりたいとは思そういう知人の家で対等の関係で知合いになったあと、二人 ス ン レ っても、なぜか口がきけないのである。のけぞらせている細の社会的地位がまるでかけ離れているこの中部イングランド ロ 長く青白い顔は、ちょっとロセッティ ( + 九世紀後半のイギリス画家。 ) でまた顔をあわせるとなると、これは妙なことになろう。な の絵の人物じみてもいて、麻薬を飲んでいるのではないかと にしろロンドンではグドルーンは社会的に名も知られていて、 見えかねない、あたかも身うちに一種異様な想念のかたまり美術界と接触している、格式なんぞを重んじない貴族階級の がとぐろを巻いていて、それからどうしても逃げられないか なかに友人を持っていたのである。 のようである。 ーマイオニは自分が立派な衣装をつけていることを意識 アーシュラは魅せられたように彼女を見つめた。この女のしていた。またウィリー・グリーンで会うような人なら誰に ことは多少は知っている。中部イングランドではいちばん人しても、自分のほうがはるかに上層でないにせよ、少なくと むかしかたぎ 目にたっ女である。父親は昔気質のダービシャーの従男爵も社会的に対等であると意識していた。自分が教養と知性の クルトウ だが、娘のほうは新しい型の女で、頭から足まで知性でいっ世界において認められていることも知っていた。彼女は文化 ール・トレーガー ばい、意識の重荷で神経をすりへらしている。改革に熱情的の担い手であり、理念を育てる仲介者であった。社交界にせ な関心を持っていて公共の福祉に献身的である。しかし実のよ、思想、公共活動の領域にせよ、あるいは美術においてさ さいせんたん ところは男に憑かれた女であり、彼女を支えているのは男のえ、彼女はその最高なるものと一体であり、最尖端を歩み、 なんびと 世界であった。 それらに精通していた。何人も彼女をおとしめることはでき ちょうろう 彼女は、才能のあるさまざまな男たちと、さまざまな形でず、何人も彼女を嘲弄することはできなかった。彼女は第 心と魂の親密な触れ合いを持っていた。それらの男たちのう 一級の人々とともにあるからであり、彼女に反対するものは、 ち、アーシュラの知っているのは、州の視学のルーパト 身分においてであれ、富においてであれ、はたまた思想と進 ーキンだけであった。、、ゝ、 カグドルーンのほうはロンドンで、歩と理解力の高度の結合の点においてであれ、彼女以下のも 他の男たちとも会っていた。美術家の友人たちとともに、し のだからである。それゆえに、彼女は傷つくことのない人間 ろいろ違った社会に出入りしていたから、グドルーンはすでのはずであった。これまでの生涯を通じ、彼女は自分を、傷 に地位や名声を持った多くの人々と知合いになっていた。い つくことのないものとし、攻撃されることのないものとし、 ンズ
の痛みで精神がへとへとになり、肉体もくたくたになって血る。彼女は信仰も持たす罪の自覚も持たぬ尼僧であり、すで にすりきれてしまった教義のなかで哺育され、自分でもあり の気が失せ、さてこういう苦労をしたあげくにおもむろに、 とどのつまりの不毛の知識の結論に到達するのだが、自分ががたく感じていない秘儀を反復するように宣告されているに 単に雌としか考えぬ他の女たちの前に この苦い結論を自信すぎない。が、逃れる道はないのである。彼女は枯れんとし 満々、宝石のように身につけて現われるのであった。宝石同ている木についている一枚の葉であった。してみれば、しな 様、この結論が自分に、疑う余地のない優越さを与え、一段びきった古くさい真理のためになおも闘いつづけ、すりきれ ー・つとく と高い位置に立っことを許すのだと思っているのである。彼た古くさい信仰のために死に、冒濆された秘教に従う汚れを とんな救いがあるだろう 女はアーシュラのような、情緒一点ばりにすぎぬと考えてい知らぬ聖なる尼僧である以外に、。 る女たちにたいしては、一段上に立って親切にしてやるとい か ? 古い偉大な真理はかっては真実だったのである。そし うふうであった。思えばこのハーマイオニという女も哀れなて彼女はいまはすがれんとしている古く偉大なる知恵の本の ものであって、この痛ましい確信だけが、彼女の唯一の財産一枚の葉なのである。それならば彼女としては、たとえその ちょ・つしよう なのであり、彼女の唯一の自己弁護資料なのである。この点魂の奥底にはシニシズムと嘲笑がうすくまっているにして においては彼女は是が非でも確信を持っていなければならぬも、古き最後の真理に忠実でなければならぬのである。 じゅもん うれ のであって、それはあきらかに他の点では自分が受けいれら 「お目にかかれて嬉しいわ」と彼女は、呪文のような、持ち れぬ不完全なものだと感じているからなのである。思想の生前のゆっくりした声で言った。「あなたとルーパトはたいへ 活、精神の生活では、彼女は選ばれたる者の一人だった。そん仲よしになったというじゃありませんか ? 」 して自分でも普遍的でありたいと欲していた。が、、いの奥底「ええ、そうですのよ」とアーシュラが言った。「あの人、 いつもどこか眼につかないところから、あたしを見てるみた にはものみなを荒廃させるシニシズムがあった。彼女は自分 いなんですのよ」 の持ちだす普通概念などというものも信じてはいなかった ち ーマイオニは答える前に間をおいた。相手の女の誇らし まやかしなのである。内面生活というものも信じてはい 女 るなかったーーーそれは実在ではなく、ごまかしなのである。精げな気持ちがまる見えである。無作法もはなはだしいという ものだ。 恋神世界も信じてはいなかったーー。見せかけにすぎないのだ。 「そうなの ? 」と彼女は落ち着きはらって、ゆっくりと言っ 最後の頼みとして、彼女はマンモン f) と肉と悪魔を信じ これらのものは少なくともまやかしではないからであた。「で、結婚するおつもりなの ? 」
もう何をもってしてもこの男をとどめることはでき こでこんなことを申しあげて悪いが、確認している内容のも 料なかった。医師は大きな目を公爵夫人に向けただけだったが、の。両の膝には、嘘じゃない、片方に『我は』、もう片方に そうしたあとではじめて女とその服装に気づき、とっくに忘 『できる』、この二つを一緒にしてごらんなさい ! 胸部を横 そう ン れていたものの何か連想の働く事柄を突然思い出したらしく、 切って、帆をいつばいにひろげた麗しい帆船が一艘、その下 急に吹きだして叫んだ。「いや、これは奇態、神様のお蔭で にひしと握り合わせた両手、手首の骨のところには手編みレ 、よ一こ、 ニッカのことなんですがね、いまわた 思い出した , ースの雷文がついている。両側の胸乳の上には矢に貫かれた しずく しが考えているのは。昔パリ・ サーカスで熊と格闘を演じて心臓、彫ってある頭文字はそれそれ違うが血の雫の数は同じ わき いた黒人ですよ。やっこさんいましたな、闘技場狭しとばか ときている。それから一方の脇腹には腋の下へ向けて、すっ と下から、ヘンリー七世王の皇子、アーサー・チューダーが り、そこかと思うとここ、身を低くしましてね、一糸もまと わず、といってもあまり隠しのきかない腰布だけはつけてい新婚の夜、水 ( 水でしたつけ ? ) 、まあとにかくそれを一杯 ましたが、そいつがまるで深海魚を入れたみたいにむつくり所望なされたときにおおせられた言葉。侍従はかくなるお渇 つまさき とふくらんで、それに頭の先から爪先まで、ありとあらゆるきの理由はそも何かといぶかりその旨をお尋ねすると、ただ アムプルマン いれずみ ばらつばみ 一言の御返事、それがもうまったく警句的かつどうみても偉 退廃の装飾模様の刺青 ! 薔薇の蕾と悪魔の半端細工でもう はなわ まったく見ものでした、あれは , と大にして貴き大英帝国にふさわしからぬものだったから、侍 身体中花環のよう らち 言っても、やっこさんにちゃんと埒をあける男としての能力従は仰天して立ちつくしたと、まあそこらが限度でしよう、 、つわさ たた があったわけじゃない ( 黒人についてはいろんな噂を聞きまわれわれにわかるのは、もっとも」と片手で尻をばんと叩い マッキャフェリー て言った、「みなさんがタイニー のよ , っ すがね、それもわきまえたうえで話しているつもりです ) 、 たとえですよ、あの男をですね、あの毛ばだった器の中に一 に推測の名人なら話は別だが」 週間立たせたとしてもですな、ええ、デズデモーナはほんの 「で、脚は ? 」とフェッリクスが心地悪げに尋ねた。 ひとっきされただけでたちまちその魔力にとりつかれたと「脚は」とオコナー医師は続けた。「これすべて唐草模様で したね、てつ。へんに、ロスチャイルド家のハン。フルク邸の冠 ( 話によれば ) いうことではありますがね。それはさておき、 つるばら 腹部一面にシャルトル寺院の天使像、半ばおおやけ、半ばわ石から写しとった黒っぱい蔓薔薇がからみついていました。 たくしといった風情の尻たぶには、それぞれ魔術の本からの足の甲の一面には、どうもこうも、わたしは信じたくないが、 昔の修道士の書体ーー下品という人もいればゴチック風とい 引用文、これすなわちャンセン派の信条を、これはどうもこ
「じゃ、あたしたち、自分たちの完成した場所はけっして持「あの人たちにあげましようよ」とアーシュラがささやいた。 しょたい っちゃならないっていうのねーー・ー家庭もね ? 」と彼女は言っ「ねえ、あの人たち、世帯を持とうとしているのよ」 「ばくは、世帯づくりに手を貸したり、そそのかしたりした くないね」とバーキンは苛々して言った。一瞬のうちに、腹 ン「願わくは、この世界では、否だね」と彼は答えた。 はんばっ レ に子を抱えた積極的な女に反撥を感じ、ばつんと離れて人目 ロ「でも、世界って、この世界だけしかないじゃないの ? 」と を避けている若者に同清してしまったのである。 彼女は抗生我した。 「ねえ、そうしましようよ」とアーシュラは声をたかめた。 彼は無関心の身振りを示して、両手をひろげた。 「じゃ、当座は、自分たちだけのものを持つのだけはやめと「あの人たちにびったりよーー他にあの人たちにあげるもの なんかないくらいだわ」 「、いだろう」とバーキンが言った。「君がやるんだね。ば 「だって、いま椅子を買ったばかりじゃないの」と彼女は言 くは見ている」 アーシュラはちょっと法すおすしながら若い二人連れに近 「いらないって、いまなら断われるさ」と彼は答えた。 彼女はふたたび考えこんだ。やがて顔を妙にちょっとひきよった。二人は鉄の洗濯台のことで話しあっていた うよりも、まくしたてているのは女のほうで、男は囚人のよ つるよ , つにして、 「そうね、いらないわね。あたし、古いものにはうんざりでうに、人目をはばかりながら、いぶかしそうにそのとんでも ない代物に眼をやっていた。 すもの」 「あたしたち、椅子を買ったんですけど」とアーシュラが言 「新しいものだって同じことさ」 った。「欲しくなくなりましたの。受けとってくださる ? 二人はあとにひき返した。 うれ するとーー何かの家具を前にして、あの若い二人連れが、それだと嬉しいんですけど」 お腹の大きい女と細面の若者が立っていた。女は金髪に、背若い二人連れはふりむいて彼女を見た。まさか自分たちに かっこう 話しかけているとは信じられないのである。 は低いほうで、ずんぐりしている。男は中背で、冾好のいし 「どう、お気に召さない ? 」とアーシュラはくりかえした。 体つきである。黒い髪を帽子の下から額に斜めに垂らし、ま 「ほんとに、とてもきれいなのよ・・ - - ・ーーでもーー、でもーー彼 るで堕地獄の宣告を受けた者のように、ばつんと離れて立っ 女はちょっとまぶしそうに微笑した。 ているのが異様であった。 つつ。
「さてと」とジャックは言った。その目はまったく新しい輝や、人絹は、、、 してすな ! 」 きを帯び、机のむこうの小柄な実業家の顔つきが一変してト 「そうです、要するに、美女たちが肌に身につけるもので リストラムをびつくりさせた。何が起きたのか、もちろんト ス イ リストラムにはわかる由もない。春の森が、甘い香りと騒々 ジャックはばうっとした顔で、死ぬほど大好きな下着を満 しい物音とともに事務所に侵入したのだということも、目の喫しながらげらげらと笑った。 前に座っているのは国税の謎を解明する人間ではなく、牧神 「そういったものは、当然お宅に送られてくるんでしような、 の使いなのだということも、もちろんわかるはすがない しフィップスさん。しかし、どうやってお描きになるんです ? かし、トリストラムはとにかく自分が火をつけたのだと気が芸術的な絵を描くときみたいに、モデル嬢を雇うんですか 子でないといけません ついて、寛大な微笑をうかべた。相手の、いに、わいせつな気な ? でしような。スタイルのいい 持ちが頭をもたげたらしいということはわかった。かん高い 声に喜びの響きを聞きとったのだが、しかしもちろん、牧神「いえ、そんな余裕はありません」 のほんとうの姿まではわからない。 この牧神は、泉や池にひ「よに、 かくすことはない。ほんとはモデル嬢を使わなくち そむ狩人であり、豊満なニンフの、大きな白い肉体が泳ぐ姿ゃいかんのでしよ、フィップスさん ? 芸術家はみんなそう してるじゃないですか」 を見つけ、さっそく茂みにかくれて見張りをはじめ、ふたた びそのニンフが現われたらなんとしてでも捕まえて、岸へあ「人体模型がありますから」 たくま げて、逞しい腕のなかでのたうたせようと待ち構えているの 「え ? ああ、なるほど、木の人形ですな ? 」 である。 「そうです。それに、もちろん妻もいます」 「なんとか、もう少し安くしてみましよう ! 」とジャックは「奥さんがあいつを身につけるんですか ? なるほど、そい 言った。「つまりその絵は、絵入り雑誌で見かけるやつですつは便利だ。すると、フィップスさんは結婚なさってるんで すな」ジャックは紙きれにメモした。「ええと、妻帯者控除、 「そうです、ああいったもんです」 これで百四十ポンドは安くなる。お子さんは ? 」 いえ、子供はいません」 「シュミーズとか、ズロースとか ? 」 「人形はおいくらでした ? 「そうです」 「ほほう、それに、コルセットとか、人絹の下着とか なそ
まゆ 「ああ」彼女が着がえをするのを見ながら彼は眉をひそめた。んどは宙に浮いて足場を失ったみたいに、ふらふらと倒れそ うになった。背の高い草が強風にあおられておじぎするみた 「五時にべンジャミンがくるんだ」 、に、 ( 当然下をむいて ) 椅子の背に手をかけたまま、寝て 「五時 ? わかったわ、わたしは七時すぎに戻るわ」 ス いる主人の顔のほうへむかっておじぎをした。 彼女は小さな流しへ行き、ヴィクターは寝返りを打って前 まくら 「むだなこった ! 」とヴィクターは言った。 と同じ状態にもどり、日光に背をむけて黄色い枕にすつばり しばらくして、玄関から戻ってくる彼女の声が聞こえた。 顔をうずめた。マーガレットが流しで顔を洗う静かな水音が 聞こえ、それから彼女が化粧に精を出しているあいだ、静寂朝の牛乳を取りにいったハイアム氏の「スタンプさん、すば のなかに低いガスの音がかすかに聞こえていた。突然彼がばらしい朝ですな ! 」という陽気なあいさつにこたえて、彼女 うめ かでかい呻き声を発して、自分でびつくりして激しく咳きこ独特の小さなうつろな声で「そうですね」と言っている。 手紙を何通か持って彼女は戻ってきた。手紙は三通だ。彼 んだ。 女はそれをベッドの上に大切そうに置いて、腰をおろした。 「ヴィクター、何か言った ? 」台所から彼女が叫んだ。 「いや、何も言ってない、また眠ちゃったんだ」彼女がお盆彼は一通目をとりあげて、ちらっと見てから彼女に手渡した。 を持って部屋へやってくると彼は言った。「物干し綱の上だ彼が出品した三点の絵がきよう返送されるという、「人民芸 術連盟」からの通知の手紙だ。この三点の絵は「人民芸術連 って眠れそうだ」 しゃなし」盟」の巡回展覧会に出品されて、ヴィクトリア朝的な大文字 「ほんと ? わたしが出かけたらまた眠ればいし みけん 「男は働かなくちゃ ! 」眉間にしわを寄せて、顔の半分にクつきの芸術をイギリスとスコットランドの三十の町々に送り ラーク・ゲー。フル・スマイルをうかべながら彼は言った。 届けた。町の住人たちは田舎の健康的な不信感をもってこれ 郵便配達夫の冷たい儀礼的なノックが、下の玄関から聞こを眺めた。安い値段につられるなんてことはない。むしろ逆 えてきた。やる気のない起床太鼓みたいな、かすかな鈍い音だ。安い値段を見れば、こいつはやつばり一文の値打ちもな い駄作なんだと確信するだけだ ( 分割払いでも結構ですなん ひんと頭を立てた。 だ。彼女は注意深い小鳥のように、。 「手紙がきたかどうか、見てくるわ」マーガレットは幽霊みて一言われれば、その確信はますます確かなものとなる ) 。六 たいにそっと立ちあがりながら、消え入るような声で言った。ポンドありやいろんなもんが買える、わざわざこんなわけの 彼女は、ひどい緊張と浮き浮きした気分がいりまじったようわからん油絵や、 > ・ ( サインの値打ちもないんだ ! ) と イニシアルが書かれた水彩画なんそ買うことはない、と彼ら な、青ざめた顔をして立ちあがり、完全に立ちあがると、こ
っていた。相手の存在にひきつけられて、離れ去る気になれかも当座彼女から去って、その重要さを失い、彼女の世界で ほとんど意味を持たなくなったかのようであった。彼女は自 ないのである。 「じゃあ、さようなら」バーキンはそう言って掛けぶとんの分自身の友だちを持ち、自分自身の仕事、自分自身の生活を ス ン 持っていた。彼女は彼から離れて、以前の生活にもどり、そ 下から手をさしだし、輝くような眼差で微笑した。 レ ロ 「さようなら」とジェラルドは言って、友のあたたかい手をれに喜びを感じていたのである。 しつばう、グドルーンは、一時はおのれの全血管のうちに きつく握りしめた。「また来るよ。君が水車小屋にいないと さび 片ときもジェラルド・クリッチを意識しないことがなく、肉 淋しいよ」 体的に彼と結びついているといっていいくらいであったが、 「二、三日したら行くよ」とバーキンが言った。 いまは希淡といえるほどに彼のことを考えなくなっていた。 二人の眼はまた合った。鷹のように鋭いジェラルドの眼は 彼女はどこかへ出かけて新しい生活をはじめてみたいとあれ いまはあたたかな光と口には出さぬ愛情をみなぎらせていた。 ーキンは測り知れぬ未知の暗黒のなかからのぞくように見これと計画をあたためていた。当初から、彼女のうちには、 その眼には何ともいえぬあたたかさがあって、そなにかしらジェラルドと決定的な関係を結んではいけないと 返したが、 彼とは行きずりの知合い以上の れが豊かな眠りさながらに、ジェラルドの脳髄を浸して流れ戒めるものがひそんでいた。 , 関係にならぬほうが賢明であり身のためだと、彼女は感じて てゆくかに思われるのだった。 「じゃ、さようなら。なにか用はないかね ? 」 「べつにないな、ありがとう」 彼女はペテル。フルク ( 現在のル」 ) 行きを計画していた。そこ には彼女と同じ彫刻家の友だちがいて、玉飾り作りを道楽に ーキンは黒い服を着た相手の姿が部屋の外へ出てゆくの している金持ちのロシア人と暮らしていた。ロシア人の根な を見つめた。きらきら光る頭が消え去ると、彼は寝返りをう し草のような気持ちまかせの生活に彼女は心ひかれていた って眠りについた ノリというところは乾燥無味で、 ハリへは行きたくなかった。ヾ 根っから退屈なのである。ローマかミュンヘンかウィーン、 産業王 それでなければペテル。フルクかモスクワに行きたかった。ペ ベルドーヴァでは、アーシュラもグドルーンも二人ながらテル。フルクに友だちがひとり、ミュンヘンにもひとりいた ーキンはあたそのそれそれに手紙を出して、部屋のことを問いあわせた。 中休みの形だった。アーシュラにとっては、バ たか