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検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」04 -イギリス3
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」04 -イギリス3

り合うことができる、天国的にも地獄的にも、とくに地獄的 彼女の眼はそれを認めてひらめいた。 にね、完全に知り合うことができるから、天国や地獄を越え 「女については、ちょっとねえ」と彼女は言った。「二人のてーーその先はーーそこで万事がらがらに崩れちゃうのね 人間が生涯にわたって愛しあうってことはあると思いますわ その先はどこにもないんだから」 おそらく。けれども、結婚となると、そういう場合でも、 「行く先は楽園だ、とあれは言ってるんですよ」とジェラル それとは別問題ですわ。二人が愛しあっていれば、それで結 ドは夭った。 構。愛しあっていなければ なにも大騒ぎすることもない グドルーンは肩をすくめた。「楽園なんか、あたしの知っ じゃありませんか ! 」 たことじゃないわ」 「そ , つですよ」とジェラルドは一一 = ロった。「ばくにもそ , っ思え 「回教徒じゃありませんからね」とジェラルドは言った。バ ますね。ですけれど、ルー。、 ノトをどう考えます ? 」 ーキンは車を運転しながら、うしろの二人が何を言っている 「あたしにはまるで見当もっかないわーーーあの人自身にも他 か、まるで気づかず、身じろぎもせすに坐っていた。そして のだれにもわからないんじゃないかしら。結婚すれば、吉昏グドルーンはその彼のすぐうしろにいて、こういうふうにバ を通じて第三の天国かなにか に行けると思ってるみたいだわ ーキンをあばきたてるのに一種皮肉な喜びを感じた。 ずいぶん曖昧至極な話だけれど」 「あの人はこう一一 = ロうのよ」と彼女は皮肉に顔をゆがめて言い 「図星ですな ! いったい、第三の天国なんか欲しがってる添えた、「もし男女間の結合を受けいれ、しかも自分の独立 者がいますかね ? 事実は、ルーパトは安全になりたいと熱性を失わすにいれば、結婚によって永遠の平衡を見いだしう 望してるんですよーー、マストに自分を縛りつけたがってるんるんだ、男女が一体になろうなんて思っちゃいけないって」 ですよ」 「ばくにはビンときませんな」とジェラルドが一言った。 「そうなのよ。その点でも、あの人間違ってると思うわ」と 「まったくね」とグドルーンが ~ 応じた。 ち たグドルーンは言った。「あたし、愛人のほうが女房よりも忠 「ばくは愛を信じているんです。ほんとうの自己放棄の愛を る 実になれると思うわーーーそれは愛人のほうが自由だからよ。ね、それができるかどうかが問題なんですが」とジェラルド す は一一一一口った。 恋あの人の言うことはだめよーー・あの人、夫婦はほかのどんな 二人の人間よりも先のほうに進めると思うと言ってますけど 「あたしもそうよ」と女が答えた。 ノトも同じなんですよ その先がどこだか、説明なしなの。夫婦はおたがいに 知「それはルー。、 あいまい いつも喚きたててば わめ

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」04 -イギリス3

433 愛の報い ころだな。きみはどう思ってるんだ、、、 ウイク ? 」 ばりときいた。 「おれはどう田 5 ってる ? もちろん、これで充分だと思って 「いや、なんでもない。アバショーの奥さんの、エリザベス る」 の。フローチのことさ」 う ) んく」 フローチの話をす「ほんとに ? スタンプは胡散臭そうに鼻を鳴らした。。 るのに、なぜこそこそ隠れなくちゃならんのだ。しばらく沈「フレディにも、完成したって言っただろ。おれにとっては 完成したんだ。すっかり完成したんだ」 黙があり、そのあいだもトリスティはじっと絵を見つめてい トリスティは何も言わすに、両手を固く握りしめ、目をば た。それからトリスティが口を開いたが、それは、待ちうけ ちくりさせながら、 ( まるで、絵の監視を頼まれたので責任 ていたスタンプの耳にひどく不央に響く内容のものだった。 「ヴィク、この絵はほんとに完成したと思ってるのか ? 」授を果たさなければならないとでもいうように ) じっと絵を見 あんしよう 業で暗誦の練習をさせられているすなおな小学生みたいなつめていた。 調子で、トリスティはきいた。ただし、その暗誦はひどく大「トリスティ、あのごろっき野郎どもがあんたを呼び出して、 おれにもっと佃ノ、よ , つに一一 = ロ , んって一一一一口ったのか ? 」いまいまし 変そうだし、その事実を隠そうともしていない そうにスタンプが一言った。「そういうことなのか ? 」 「どういう意味だ ? 」とスタンプがきいた。 「いや、ばくもこの絵は、ほんとにもう一日か二日かければ、 「これで全部終わりなのかという意味さ」 「ああ、全部終わりだ。これ以上何をしろってんだ ? 」スタすっとよくなると思うんだ。そう思わないか ? 」 「思わんね」乱暴な調子でスタンプは言った。「フレディは ンプは怒りを抑えた調子できいた。 「さあね。きみがゴッホだったらどうするか、という問題だ自分で言えないからあんたに言わせたんだ。ほんとは自分の ロで言いたかったんだ。おれにはちゃんとわかってる。あい ろうね」疲れたような声でトリスティは答えた。 「あんたはどう思ってるんだ、トリスティ ? ゴッホならまつには自分で一言う勇気がないんだ。はっきり言ってくれりや、 おれだって言いたいことがあったんだ ! そうすりや、はっ だやめないと思うのか ? 」 トリスティはためらった。団体精神と友情が心の中で葛藤きり言ってやったんだ ! 」 トリスティは答えなかった。困った顔をして床を見つめて し、結局団体精神が勝った。 「そうだね、もうすこしつづけたほうがいいかもしれないな、 「おれはなにも、こいつが一級品の贋作だとかなんとか言っ ヴィク。ど , つかな ? ま、よくわからんけど、むすかしいと かっと・つ

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」04 -イギリス3

ろう 「たしかに、元気はあるわ。はんとに、あのくらい元気を見 朧と魅惑的に見あげられ、杉の木々が窓のほうに傾いていた。 やがせてくれる人、あたし、他に見たことがないわ。不幸なのは、 グドルーンはそれを仔細に調べているふうであったが、 て、 その元気の目処がどこにあるか、その元気がどうなるかって ことなの」 「すてきじゃないの、アーシュラ ? 」と訊いた 「そりや、わかってるじゃないの」とアーシュラは「最新式 「そう、とても。とても落ちついていて魅力があるわね」 の設備を備えるのよ」 「形式もあるしーー、、時代もあるわ」 「図星ね」とグドルーンが言った。 「いつの時代 ? 」 ・ワーズワス「知ってるでしよう、あの人が弟を射ったのを ? 」 「そう、十八世紀だわ、たしかに。ドロシー 詩人ウィリアム・ワーズワス、ヾ ) シェイン・オースティン当って「弟を射った ? 」とグドルーンは声を高め、信じられぬとい の妹。その『日記』が有名 , つよ , つに顔をしかめた。 ところ、そう思わない ? 」 「知らなかったの ? そうなのよ ! ー・ー知ってると思ってた アーシュラは笑った。 わ。あの人と弟が鉄砲をおもちゃにしていたの。あの人が弟 「そ , っ思わない ? 」とグドルーンがくりかえした。 たま 「まあそういったところね。でもクリッチの一家がその時代に鉄砲のなかをのそいて見ろって言ったの。鉄砲には弾丸が はいっていて、脳天を吹っとばしてしまったの。恐ろしい話 にびったりとは言えなそうね。なにしろジェラルドは家の照 明に自家発電機を備えつけたり、最新式の改良なら何でもやじゃない ? 」 し ! 」とグドルーンは声を高めたが、「でもそ 「まあ恐ろし、 っているんですものね」 れはずっと前のことなんでしよう ? 」 グドルーンはひょいと肩をすくめて、 「そりやそうよ、二人ともまったくの子供だったの。こんな 「それはどうにも仕方ないじゃないの」 「どうにもね」とアーシュラは笑って、「あの人は一気に何恐ろしい話ってないわ」 ち 「でも、あの人、むろん、弾丸がこめられてるなんて知らな 世代も若返ってしまったんだわ。だから家族に嫌われてるの 女 る かったんでしよう ? 」 よ。あの人は家族みんなの首根っこをつかんで、思いきり振 す うまや 恋 りまわしてるんだわ。何もかも改良してしまって、もう改良「ええ。なにしろ古いもので何年も厩にほうってあったんで 川するものがなくなれば、あの人、とたんに死んじまうでしょすって。発射するなんて誰も夢にも思わなかったの。むろん、 弾丸がこめられてるなんて誰も考えもしなかった。でも、恐 , つ。とにかく、元気はあることね」

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」04 -イギリス3

るのが気にかかってならない。 しまいにもうこれ以上は堪え嘴で突っついてる図案のあるーー」 きれぬ気がしてきた。もう二、三分もすれば自分はこの男の彼女は男のところに行き、あらわな美しい腕をかがめて、 足もとに倒れ、ひれ伏して彼の破壊に身をまかせるだろう。 バッグの中を手ぎわよくひっくり返し、精巧な塗りのその箱 ス ンそう思った瞬間、鋭い知恵と心の落ち着きが頭をもたげた。を見つけだした。 ロ自分はこの男のはうにふり向くまいとしているーーーところが、 「これよ、ね」と言って、彼の眼の下からそれを取りあげた。 男のほうは不壊のままに身じろぎもせずに立っているのだ。 こうなると彼のはうが気勢を殺がれてしまった。あとに残 全力を集中し、残っている自己抑制のすべてをかきあつめて、されて彼がバッグのベルトを締めているうちに、彼女はすば 彼女は朗とした響きのいい声をふりしばって、さりげなく言やく髪の手入れをして寝ても、 ししようにし、腰をおろして靴 の紐をはどきにかかった。もうこの人に背を向けるようなこ 「ねえ、そこのうしろのバッグのなかを見てくださらない、 とはするものか あたしのーーー」 彼は気勢を殺がれ、裏をかかれたのだが、それに気づいて そこまで言うと、急に力が萎えた。「あたしのなんだっけ はいない。彼女はいまや男にたいして優位に立っているので おび あたしのなんだっけ ? 」と口には出さす、い中に悲鳴ある。さきほど自分が恐ろしいほど脅えていたのには気づか をあげた。 れずにすんだと思った。まだ胸はどきどきしている。あんな ところが、彼のほうはもううしろを向いて歩きだしていた。に脅えるなんて、馬鹿にもほどがある、ほんとに馬鹿だっ 彼女がいつもは人に見せずにごく秘密にしているバッグのな ジェラルドが鈍感で盲だったので助かったのだ。何に かを見てくれと言われて、彼は面くらい、びつくりしていた。 も彼の眼にはいらないで、ほんとにやれやれという思いた レし。し力なかったが、その こうなると彼女もふり返らぬわナこよ、ゝ 彼女は腰をおろしてゆっくり靴の紐をほどき、彼も服を脱 顔には血の気がなくなり、気がたかぶりすぎて暗い眼が無気ぎはじめた。ありがたいことに危機は去ったのである。こう 味に燃えていた。見ると、彼はバッグにかがみこんで、ゆるなると彼がいとおしくもなった、愛しているといってもいし く締めたベルトのバックルをはすそうとしていた。いかにも くらいである。 無造作である。 「ねえ、ジェラルド」と彼女は愛撫するように、からかうよ 「君のなに ? 」と彼は訊いた。 うに笑った。「ねえ、あんた、教授のお嬢さんとよろしくや 「ええ、小さなエナメルの箱よーー黄色い 鵜が胸毛をつてたじゃないのーーー・さっき ? 」 くち - ・はし ひも あいぶ

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」04 -イギリス3

がら、 , つも ( 理う感じかたをする人間がいるものかと、悲し 「トリスト、五時半にバブで会おう。よし ! マーゴも来る はすだ。おいトリスト、十シリング貸してくれないか」 い気持ちで事実を認めながら、下を向いていた。彼としては もちろん同調するわナこま、 よ、彼ことっては、フレデ トリスティは胸のポケットからばろばろの書類の束をとり イはまったく無害な人間だ、むしろ、感じのいい男だ。しか だして、そのなかを探し、十シリング紙幣をスタンプに手渡 し、ともかくスタンプはこういうふうに世の中を見ているのした。 であり、トリスティとしてはどうしようもない トリスティが紙幣を手渡そうとしたとき つまり、ふた ふたりはトリスティの絵のほうへ戻っていった。アイザッ りの手が紙幣をつかみ、 トリスティはまだ完全には紙幣を手 ク・ヴォールが顔を上げて、につこり笑った。 離さす、スタンプはまだ完全には紙幣を受け取っていない状 「こうなると思ってました ! 」アイザックが突然言った。 態のとき ドアが威勢よく開いた。アバショーとサーモン 「ほ , つ、どうしてだね、アイザック ? 」スタンプが愛相よく が戻ってきたのだ。紙幣が手渡されて、オーストラリア人の きいた。 ポケットに消える現場を目撃したアバショーは、陰険そうな 「さあね、テレ。ハシーじゃよ、、 オし力な ! 」アイザックは〃テレ薄笑いをうかべた ハシー〃という一一 = ロ葉を面白がって、喉の奥でくつくっと笑い 「やあ、またお邪魔するよ」アバショーはすかすかと部屋に ながら言った。 入りながら、しわがれ声で言った。「ますいときに来てしま ったようだね」 スタンプは、イースト・エンド ( ) 住まいの眼鏡をか けた小男の冗談を聞いて、楽しそうに笑った ( 他人はどうあ「さて、おれはすらかるぜ ! 」スタンプがトリスティに言っ れ、彼はいま自分に満足しているのだ ) 。 、んがい 「しかし、あいつがトリストを使ってごちやごちや一一 = ロわなけ 「おやっ ! 」アバショーが自画像の残骸に目をとめて、大げ りや、こんなことはしなかったろうな」 さな調子で言った。「これは、これは ! 」 「おいおい ! 」 トリスティが非難するように言った。 , はいちだんと陰険そうな まさに、陰険そのものの輝 報「あれが我慢の限界だった」スタンプはユダヤ人の相棒に言きにみちたーーー薄笑いをうかべながら、スタンプの最新作の 愛った。「さてと、おれはここにはもう用のない人間だ。もう絵からスタンプへと視線を戻した。 「ヴィク、 仲間じゃない。それじゃ、達者でな ! 」 いったい何をしたんだ ! 」フレディが血相を変え 「お達者で ! 」とヴォールが言った。 て身を震わせながら叫んだ。「これは一体、どういうことな

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のろ とび出してきたが、。 ウイクターはその場にびったりの呪いのがよっぱど楽しいけれど、彼女は喉を思いっきり緊張させ、 まだ充分に元気を取り戻していない声を精いつばい張りあげ 一一 = ロ葉を発しながらうまくよけた。 「スタンプって名前が書かれてると、なんで逮捕されるんだ、て彼の質問に答えた。 ス イ 「わたしたちをここへ送りこんだ人たちが、そう仕向けたん マグ ? 」 だと思うわ。あなたを密輸団の親分と思わせるために、あな 「たぶんそうだと思うのよ」 たの名前を使ったのよ」 「おれの名前のことになると、すぐにおかしくなるんだな。 かしら 「四十人の盗賊の頭か ? 」 ほんとにおかしいよ、マグ」 「そ , つよ、ヴィクター。そんなとこよ。アバショーとショ 「そ , っ田つ、ヴィク ? 」 ンがあなたをだましたんだわ」 「ああ、そう思うね。おれの名前のことになると、必すおか 「あれはただの悪ふざけだ。サインのことを言ってるんだ しなことを言い出すんだ」 ああ、またしても、のんきな美男子に逆戻りだ。しかし彼ろ ? あれは冗談さ。ただの冗談さ」 「わたしはそうは思わないわ」 女は、すでにあらゆるためらいを捨て、いかなる美男子にた いしてもはんとのことをはっきり言ってやる覚悟ができてい 「しかし、要するにおまえは何が言いたいんだ ? おれがお ーワンとしてスペインの警察のプラックリス た。男前であることが魔除けになるなんて思ってたらとんで尋ね者のナンバ トに載ってるってわけか ? 」 もないことになる。闇の中を飛んでくる矢をよけてくれたり、 白昼のありふれた事故まで防いでくれるなんて思ってたら大「ええ、そうだと思うわ」 「しかし、なんでそうなるんだ ? え、どうしてなんだ ? 」 間違いだ。はっきりとそう言ってやるのだ。 「ヴィクター 彼女は新たな一一一一口 「あの人たちがそう仕向けたからよ」 これは断一言してもいし。 念に従って言った。「スペインの警察は、スタンプという男「裏でおかしなことをやってるってわけか ? 」 「挈よっよ」 を要注意人物としてマークしてるのよ。あなたは危険人物と おま , んはこ , っ しいかげんに目をさましてくれ、マギー してマークされてるのよ」 言いたいのか ? 大悪人のアプがスペインの警察長官に手紙 「どうしてだ ? どうしてそう思うんだ、マグ ? 」 どうくっ 車は森のなかを走り、彼女は洞窟みたいなひんやりした空を書いて、『スタンプという男を監視しろ。そいつが密輸団 気を顔いつばいに浴びていた。この央感に身をまかせたほうの親分だ』と密告したとでも言いたいのか ? 」 やみ

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ロレンス 864 として、いや、しばしば、そのバーキンが、こうも深刻に切裏切るおそれなそまったくなしに、愛しあう、それを誓わな 実に語るとなると、そこにほとんど偽善に近いもの虚偽に近ければならぬと思うのだ」 いものを感ぜずにはいられぬのである。 彼は発見の喜びから生まれた澄んだ楽しげな眼でジェラル ーキンの頭のうちにはまったく違った思いが浮かんでい ドを見た。。 「シェラルドはそれに魅せられて、相手を見おろし きずな た。突然彼は別の問題に直面してしまっていたのである たが、心しびれるような魅力の + こ、 . しぐしぐいひきす - りこまれ それは二人の男のあいだにおける愛と永遠の結びつきというてゆくのを感ずると、危惧の念も覚えて、その絆を憤り、そ 問題であった。むろんこれが必要なことはわかっていた の魅力を憎む気にもなるのだった。 これまですっと彼の心中にはそういう切実な欲求があったの 「いっか、おたがいに誓いあおうじゃよ、 オしカ ? ・」とハーキン であるーー一人の男を純粋に存分に愛したいという欲求が は訴えた。「ばくたちはたがいに力になるーーーた力しにイ むろん彼はジェラルドをつねに愛してきたのだが、またつねを守るーーーどこまでもーーー不可避のこととしてーーーたがいに にその気持ちを否定してもきたのだった。 とことんまで身をまかせあってー・。ーー取り消しのおそれなぞあ 彼はべッドに横たわって思案していた。一方ジェラルドは りえないと、誓いあおうじゃよ、 その傍に腰をかけて思いに我を忘れていた。それぞれに自分 ーキンは心の思いを伝えようと懸命になった。しかしジ たの の思いに耽っていたのである。 エラルドはほとんど耳を傾けていなかった。彼の顔は、諭し うれ さで明るく輝いていた。 嬉しくてたまらぬのである。だが彼 「君、昔ドイツの騎士の。フルト。フリューダーシャフト ( の誓い、あれを知ってるだろう」バ ーキンの眼は急に生きい は自分を抑えていた。手綱をひきしめていた。 きした光を帯びて幸せそうに輝いた。 「いっか、おたがいに誓いあおうじゃよ、、 オしカ ? 」とハーキン 「腕に小さな傷をつけて、その傷口にたがいの血をこすりつは言って、ジェラルドのほうに手をさしのばした。 けるんだろう ? 」とジェラルドが一一一口った。 ジェラルドは、自分のほ , つに伸ばされた、生きいきとした きやしゃ 「そうだーーーそして生涯、ひとつの血を持つものとして、変華奢な手にちょっと触れた。野放図になってはいけないとい うふうであった。 わらぬ信義を持ちあうと誓うのだ。ばくたちもそう誓いあう べきだと思うな。傷をつけるなんてことはやらないさ、もう 「もう少し考えさせてくれたまえ」と彼は言いわけがましく 一一 = ロった。 時代遅れだからね。だがわれわれは、君とばくは、おたがい に愛しあう、暗黙のうちにだが、欠けるところなく決定的に ーキンは相手を見つめた。小さな鋭い失望というか、お

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ってくる。興奮で自分の血がざわめくのが、はっきりとわか 時代のことが思いうかんでくる。 清欲の闇のなかでひらこうとしている目、明けそめる東のる。そう、これが彼女の体の匂い。荒々しく、ものうげな匂 いだ。かすかにぬくもった肢体は慕わしげなばくの音楽につ 空をもかすませる目。そのものうい優美さこそは秘めごとに 濡れたものではないのか ? そのほのかな光こそは、みだりつまれ、ひめやかなやわらかい肌着には彼女の肌の匂いと露 がわしいスチュワート朝の宮廷の汚水溜めをおおう浮き滓ががしみだすことだろう。 しらみ 虱が一匹、うなじを這いまわっている。彼はゆるいカラー はなつほのかな光ではないのか ? 彼は記憶によみがえる一言 - はくい→っ 葉のなかで、琥珀色のワインや、甘美な歌曲の消えゆく余韻のなかに親指と人さし指を器用にさしこんで、虱をつかまえ や、典雅なバヴァーヌの舞いを味わい、記憶の目をとおして、た。米粒のようにやわらかでもろそうな虱の体を、しばらく 親指と人さし指のあいだでころがしたあと、彼はそれを落と コヴェント・ガーデン界隈の多情なご婦人連がバルコニーか こび してやって、まだ生きつづけるだろうか、それとも死ぬのだ ら投げキスの媚を売るのや、また、あばた面の酒場女と若い ろうか、とふと思った。すると、コルネリウス・ア・ラピデ 人妻たちが、手荒な男たちにうれしげに身をまかせながら、 けいれん 何度も何度も痙攣するさまを思いえがいてみた。 ( 十六世紀から十七世紀にかけてのフラン 者 ) の奇妙な言葉が頭にうかんで そんなイメージを呼びおこしてみても、しかし、すこしもきた。その一一一一口葉によれば、虱は人間の汗から生まれるもので、 楽しくはならない。ひめやかで刺激的なイメージのかすかす神が天地創造の六日めにほかの動物たちといっしょに創られ 首すじの皮膚のむすがゆさの ではあっても、彼女のイメージにはどうもしつくりこないのたものではないという。だが、 だ。こんなふうにしても彼女の姿はうかんでこない。そもそせいで、彼の心まで赤くひりひりとうすいた。粗衣粗食の自 も、そんなふうに考えることからしてまちがっている。とす分の生活と、虱に食われどおしの肉体のことを思うと、彼は 像 山目 るなら、ばくの心はもう信用できないものなのか ? 古びたふいに絶望の発作におそわれて、瞼をとじた。瞼の裏の闇の の 家 よ、に、もろくかがやく虱の体が空から落ちてきて、落ちな 文句には、クランリーが光る歯のあいだからせせりだした無オカ 術 がらくるくると何度もまわるのが見えた。そうか。空から落 芸花果の種ほどの、気のぬけた甘ったるさしか残っていない 幻想をみているのでもなかったちてくるのは「闇」じゃない。あれは「輝き」だったんだ。 思いうかべるのでもなく、 若 が、それでも、彼女の姿がいま街を通って家路をたどってい 輝きが空から落ちてくる。 円ることだけは、彼にもばんやりとわかっていた。はじめはお ばろげに、やがてもっとするどく、彼女の体の匂いがただよ かす

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「まつまつまっ ! 」ジャックは彼女に負けすに、彼女よりも「打ち明ける必要なんてないね、ジル。打ち明けるものなん 大きな声で笑った。 て何もないんだ。ただ、あんたを見て妙な気分になっただけ さ。あんたが、 「あのときは何を考えていたの、ジャック ? 」 そのーーー」 ス イ 「さあね」 「そう、わたしは裸だったわ、ジャック ! 遠慮しないで言 、つカカ 「あの珍現象についてのご本人の説明をぜひ伺いたいわ」 いなさいよ。わたしは裸だったわ」 「何の珍現象だね ? 」 「それで、妙な気分になっただけさ」 「あのときのあなたの振る舞いよ。そりゃあ見物だった 「なるほどね」 「自分の気持ちが見抜かれそうなんで、あんたを見ないよう 「まあ、そうだろうな、ジル。たしかに見物だったろうな」 にしてただけさ」 「そうよ。あなたは頭のてつべんから足の爪先までおかしな ジリアンは笑った。彼女の笑いはものすごく冷たい笑いだ 人だわ。あなたと一緒にいると一分だって退屈しないわ」 彼女にはあまり笑ってもらいたくないとジャックはいつも思 「そりゃあ大したもんだ」 う。彼女にたいする彼の愛情に冷水をぶつかけるような笑い 「あんなふうに首を曲げて下を向いたまま、横目でこっそりであり、彼女が笑いはじめると、早くやめてほしいと彼はい わたしを見るなんて芸当は、あなた以外にはますできないでつも思う。 ダチョウは追いつめられ 「でもジャック、そんなことってばかばかしいと田わない ? しようね。ダチョウみたいに滑稽だったわ ( ると砂の中に頭を隠し、 誰にも見えない 仮にそういう気分になったとしても、どうしてあんなふうに ) ! あなたは自分のことをどう思ってるの ? つもりでいる あなたであることって、どんなご気分 ? ぜひご感想を伺い隠さなくちゃならないの ? 隠したからってどうなるの ? 」 たいわ」 「さあね。あんたがそう一言うなら、隠す必要はなかったよ、 ジャックはこ , つい , っことには、も , っ , つんイ、、りしていた。・目 ジル。しかしあのときは、わたしがそういう気分になっても、 まね 分がほんとに怒り出して、あとで後悔するような真似をしたあんたが気にしないってことまでは知らなかったんだ」 と思った。 くなければ、このへんで彼女を黙らせたほうがいし あくまで自然児である彼は激怒しながらも、彼女の言葉を、 「どんな気分かという質問かね、ジル ? 」ほんとに怒ったと勝手に誘惑の一一一一口葉と解釈した。何もかも普段着のままでいし のだ。よろしい きの、おそろしく間延びした調子で彼は言った。 隠し事は一切しないという線で行けば、 「そうよ、ジャック。何もかも正直に打ち明けなさいよ」 いわけだ。それが彼女の希望なら、もちろん望むところだ , みもの

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ロレンス 932 た。そしてはげしい血の鼓動は胸のうちでしだいに鎮まって 「いや、そんなことはないさ。人間はもみあったり、つかみ ゆき、それにつれて意識が徐々にもどってきた。彼は、自分あったりして、肉体的に接近しなければいけないんだ。そう が相手のやわらかい体の上に全身の重みをかけて寄りかカ ゝっすれば人間は健全になるのだ」 ていることに気づいた。もうとっくに身を退いたはすと思っ 「ほんとにそ , っ巴ってるのかい ? 」 ていたので、びつくりした。彼は気をとりもどし、身を起こ 「そうさ。君はそう思わないかね ? 」 すわ して坐った。だがまだ朦朧として安定を欠いている。身を支「うん、そのとおりだね」とジェラルドは言った。 えるために手を伸ばした。それが床に伸びているジェラルド 彼らの言葉のやりとりには、その都度長い沈黙の間があっ の手に触れた。するとジェラルドの手は突然バーキンの手をた。このレスリングは二人にとってなにか深い意味ーーその あたたかく握りしめた。こうして二人は、一人の手が相手の底をいまだ見せぬ意味があった。 手をかたく握って、疲れはてて息も絶えだえにしばらくその 「ばくたちは気持ちの上でも、精神的にも、親密なのだから、 ままでいた。握っているのはバーキンのほうで、その手が、肉体的にも多少なりとも親密になるべきなのだー , ・ーーそのはう すばやい反応を示して、相手の手を強くあたたかく握りしめ、がより健全だよ」 包んだのであった。誘いをかけたバーキンの握りかたは突発「たしかに、そうだ」とジェラルドは言った。それから諭央 的で瞬間的なものだったのである。 そうに笑って、つけ加えた。「ばくには、とにかくすばらし が、正常な意識がもどって来、潮のように退いてきた。バ い経験だよ」と彼は凜々しく両腕を突きだした。 ーキンはふたたび平素に近い呼吸ができるようになった。ジ 「うん」とバーキンは答えて、「でも、人間って奴は自分の ーキンはのろのろと、 ど , っして エラルドの手はゆっくりと退かれ、 やることに理屈をつけて弁護せすにはいられない、 眼まいを感じながら立ちあがって、テーブルのほうに一打っこ。 だかわからんがね」 ウイスキー・ソーダを一杯っしだ。。 、シェラルドも飲みに来た 「そうだなあ」 オし力、 , ん , ん ? 」とハ 「この取っ組みあい、本物だったじゃよ、 二人の男は服を着はじめた。 ーキンは陰の深い眼でジェラルドを見た。 「それに君は美しいなとばくは思、つ」とバーキンはジェラル きやしゃ 「まったくだね」とジェラルドは言った。彼は相手の華奢な ドに言った。「それも楽しいことだぜ。人間は与えられたも 体に眼をやって、つけ加えた。「君にはきっすぎやしなかっ のを楽しまなくちゃね」 たかね ? 」 「ばくが美しいってーーそれ、どういう意味だ、肉体的に