入っ - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

236 シリトー んだ ? 小鳥たちが囀りだしたちょうどこのとき、おれははっきり自 あご 足裏の小石の新しい感触が、鉄のような脚の筋肉にひびい分に言い聞かせることができた、あの顎のない背骨のない有 てくるのを感じながら、万国旗と場内の走路に向かって走る法者たちがどんなことを考えようが言おうが、おれはてんで につれ、競技場のざわめきと音楽が聞こえてくる。いぜん釘知っちゃいるもんかと。今奴らはおれの姿をみとめ、やんや かっ、い 袋はガラガラいってやがるが、まだけっして息切れなどしてと喝采してやがる。競技場のまわりに象の耳みたいにおかれ はいないし、その気にさえなれば、まだまだ疾風のように最た拡声器は、おれがうんとリードを保ち、この分では負ける 後のひとっとびをすることだってできるんだが、すべてはち気づかいはありませんと大ニュースをがなりたてている。だ ゃんとコントロールされているのだ。おれはよく知っているがおれはまだ、おれのおやじが死んでいった無法者の死のこ のだ、おれのスピードとスタイルに比肩できる長距離クロスとを考えている。医者たちが病院へ連れて行こうとすると、 カントリー走者は、イングランドじゅう捜したっていやしな とっとと出てけとどなりつけた ( 血だらけのモルモットみた か いことを。わがよばよば院長野郎、腐った死にぞこないのじ 、に、キイキイ噛みついた ) おやじのことを。おやじは奴ら あ じいは、空いたドラム缶みたいにポカンとしてやがる。奴はを追い出そうとしてべッドに起き上がり、骨と皮だったくせ おれとおれの競走生活から栄光を与えてもらい、持ったこと に、ねまきのまま階段のところまで追いかけて行ったものだ。 のない血と脈打っ血管を注入してもらい、おれがあえぎあえ薬を飲まなきゃいけないと言い聞かせようとした医者たちの ぎよろめくように決勝点へ辿りつくところを太鼓腹の仲間に 誘いにはのらず、おふくろとおれが通り向うの薬草店で買っ 目撃させ、こう言いたいのだ 「そうれ、やつばしうちがてきた鎮痛薬を飲んだだけだった。今になっておれにははじ あのカップを取りましたでしようが。賭はわたしの勝ちですめてわかるのだ、おやじがどんなに太い胆っ玉を持っていた よ。やはり誠実にやり、わたしの与える賞をもらうように努 かが。あの朝おれが病室へ行ってみるとおやじはねまきをは 力するのが賢明だと少年たちも知っとるんですな、よう知っだけ、皮をひんむかれた兎みたいな格好でうつ伏していた。 からだ とるんですな。この分じゃこれからも誠実一路でやってくれ白髪頭をやっと寝台の端にのせ、床の上にはおそらく身体じ つまさき るでしよう、わたしのしつけのおかげで」すると奴の仲間た ゅうにあっただけの血が全部流れ出ていただろう、爪先から じゅうたん ちは思うだろう 「なるほど、彼は青年たちにまっとうな上まで全部血まみれなんだ、リノリウムの床と絨毯がほとん 生き方を教えている。勲章ぐらいは当然もらうだろうが、ひどすっかり血につかり、薄く桃色に染まっていた。 とつわれわれで勲位でももらえるよう努力してみるか」 おれは走路を駆けて行った、大動脈をポールダーダムのよ やっ さえず

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

両方の目の間隔が開いている。彼は女房に先立たれ、リンド はしていなくて、灰色というか薄茶色というか、ともかく色 ーストの、すっと昔から人びとがごちやごちや住んでいるあせてしまった代物なのだが 。子供たちが散ったあとで、空 か′一 郊外の住宅街の小さな平屋でひとり暮しをしている。リピのの籠をきちんと荷台に積み上げ、ロープで縛って、それから ン 家のまわりには、正面に似たような高いべランダがある、同 リピは家に入る。 コじようなトタン屋根の、同じくらい小さくてみすばらしい家家の中までは誰も後を追ってこない。中に入ると、リピは イ 工が並んでいる。この家並みの背後の裏庭には、しわがれ声を帽子を脱ぎカラーとネクタイをはすし ( 猛暑の日でも取りは 出すアフリカ原住民の使用人たちが群がって生活している。ずし可能の硬いカラーをかならすつけている ) 、狭くて悪臭 ふろば しなびたバスト この連中は汚らしいはだしの足で歩きまわり、きている衣類を放っ風呂場で体を洗う。彼の「女中」 はばろばろである。もっと富裕な郊外の地域に住み、こざっ族の女で、その孫たちが裏庭で遊びまわっているーーがタ食 ばりとした仕事着をきた使用人たちとはまるつきり違う。こを出してくれる。スープ、肉入り野菜、とろ火で煮た果実と ちらの地域の雇い主がそういう富裕な地域の雇い主たちと違 いった変りばえのしない食べ物が、リピが新聞を表から裏ま う分だけ、雇われる側の方にも違いが出てくるわけである。 でゆっくり読んでいる間に、 いつもと同じ順序で出てくる。 南ア 夕食をすますと、頭上に明りをともし、べランダに腰を下ろ この通りに住むリピの隣人たちはすべてアフリカーナ人 ( フ 﨡の鉄道員か鉱夫である。その子供たちは時どきリピのして、通りの騒音だの、遠くで列車の入れ換え作業をする音 背後から、インド人を侮辱する時の罵り一言葉を混じえて「う だのに耳を傾ける。遅くまで起きていることはない。土曜日 す汚れユダ公ゃーい」と大声にはやし立てたりすることがあは一番忙しい日なので、大事な祭日だけユダヤ教会にいく。 る。リピの商売を嘲ってそういう言い方をするのだ。だ しかし、この地域のシオニスト協会の夕方の集会にはかなら 子供たちの母親はいつもタ方リピが帰ってくるのを待ちかまず顔を出す。集会に出ると、前列に座り、そこで語られるひ えていて、よそでは売れなかった、ぐにやぐにやになった人と言ひと言に、まるでお祈りをしている人のようにあの大頭 じん 参だの、はがれそうなほど開いてしまったキャベツだのを安でうなずきながら、熱心に聞き入っていた。 い値段で買うのである。すると、子供たちも寄ってきて、自 そのうなずき方はリピ独特のしぐさであった。それは黙従 いくらうなす 分たちへの施し物はないかとリピにねだる。リビが豆ざや船とも受容とも取れるしぐさであるが、しかし、 をひとっかみ取り出して、騒がしい子供たちに分けてやるこ いても、彼が頭の中でやっているらしい自己問答はなかなか とも珍しくない。但し、その豆ざや船ときたら、もはや緑色終りそうもない リピはシオニストの集会でうなすく。中型 あぎけ ののし

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

だし、ロをしつかり閉じてるかばかんとあいてるかも、腹が五つ六つあけてみながら言った。 「ないさ」と、まるでもう二十年もこの道の年期がはいって すいてるかどうかも、かいせんがむずむすするかどうかも、 いるみたいに言いやがった、「これで全部いただきだ」と言 ボタンがはすれてるかどうかも気がっかず、ただもう汚い たた つば 一一 = ロ葉を糞みたいに吐きだし、夜ふけの最後の霧の中に唾を吐って金庫を叩いてみせやがる、「これだけさ」 おれはまたいくつか引出しをあけてみた。伝票やら帳簿や きだすだけだ。自分でもさつばりわからないのだ。こんなと つよ、つまっていた。「これだけってどうし きはたして考えごとをするもんかどうか、とうていわかるもら手紙やらがいしし んじゃない。・ とやって窓をあけたらいいだろうかとか、どやてわかるんだ、ばけなす ? 」 ってドアをこじあけたらいいだろうかで夢中になっていると奴は登場を待っている闘牛みたいに、おれのそばを乱暴に きに、考えたり、気にしたりできるはずがないというもんだ。通りすぎた。「どうしてって、そうにきまってるからさ」 良かれ悪しかれ、おれたちは協力して行動をともにしなき 感化院へ行ってから何日も何日も手帳を持っておれに質問を ゃならなかった。おれは真新しいタイプライターのほうを見 しやがった四つ目玉の、白い上っぱりを着た奴がわからなか ネタ ったのもその点だ。おれもあのときは今ここに書いているよてよだれが出そうだったが、すぐ足がつく品だとわかってい たので、投げキスを一つしてあとを追った。「待てよ、いそ うに説明できなかったし、かりに説明できたにしても、奴に はわからなかっただろう、なぜならおれ自身、この今だってぐことはねえんだ」とおれはドアをちゃんとしめながら言っ はたしてわかるかどうかわからないからだ、努力だけはたし 「そんなにいそいじゃいねえよ」と奴は肩ごしに答えた。 かにしているつもりだが。 ゲンナマ 「この現金をばちばち使ってくのにどうせ何カ月もかかるん というわけで、気がついたときにはバン屋の事務所の中に おり、マイクの奴がまずマッチをすり、ありかをたしかめてだからな」とおれは中庭をつっ切りながら小声で言った 独 . 孤から金庫を取りあげるのを見守っていた。奴はピカピカの銀「だけどあの門をあけるのにあんまりきしらせるなよ、警察 者 にたれこむ奴らが聞き耳をたててるからな」 貨みたいな仕立ておろしの笑いを角刈り頭の顔に浮かべなが 走 離 「おれがそんなとんまだと思うんかい ? 」と奴は、街じゅう ら、べしゃんこに押しつぶしてしまいそうにその手を金庫の 距 出よう」と奴はカラカラ音がするに聞こえるぐらいギイギイ門をきしらせながら一言いやがった。 長ほうへにじり寄らせた。「 マイクはどうか知らないが、そこでおれは考えはじめた、 駟ほど頭を振っていきなり言った、「すらかろうぜ」 「もっとあるかもしれないそ」とおれは、デスクの引出しをあの金庫をジャンバーの中に隠して、どうやって無事に通り

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スパーク 840 関係にひびが入ることを恐れて、そんな話し。 こよ耳を貸そうと書いた しないだろう。 というのも、新学期の一月目、不安な気持でまた教壇生活 にもどった彼女は、カトリックとしての自分の立場にかかわ わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもる問題に気づいたからである。現実問題として、相手の婚姻 なく、熱くもない 関係の無効が正式にローマ教会で承認されないかぎり、離婚 歴のある男と結婚すれば彼女は教会を離れなくてはならなか った。彼女はこういうことをすべて、その根拠となる神学上 彼女が正常な理性をとりもどしたのは、新学期に入って、 六年前から教えている学校にもどってからだった。愛がますの論議とともにハリー・クレッグへの手紙に書いた。ひそか ろっ・はい ます深まるとともに、彼女にはその本質がわかってきた。も な狼狽に直面した、あるいは宗教的な疑問にとりつかれた人 う動きがとれなくなっていた。二人のあいだを往き来する手間らしい、極度に理性的な言葉をつらねた手紙だった。「論 いらだ 紙は議論の場となって、新学期の彼女を苦しめ、苛立たせた。 理性がなければ教会には何の意味もありません」と彼女は書 ふっしよく 彼女の本質にひそむぜったいに払拭できないもの、カトリ いた。「あなたのような方なら理解できると思うのです。た とえあなたには : ックの信仰があらわになってきたからである。 二人のあいだを往き来する愛の手紙は学者のそれだった。 彼はこんな手紙をよこす彼女の真意をはかりかねて、彼女 つまり愛の手紙とは言えなかった。二人の愛についての彼女を学校まで訪ねてきた。彼のような男が、新学期に入って三 の一一 = ロ葉は、あっさりと、 しいかげんなものにすぎず、まるでそ度目の土曜日にわざわざ現われたのである。彼女は居間の窓 んなものは根本的には問題でなく単に文明の遊びでしかない ガラスの前に立って、それを鏡代りにスカーフをかぶってい と考えているかのようだった。事実、彼女はある程度本気でるところだった。はちきれそうなさまざまの希望と神学的な あて そう考えていたのである。彼のほうはこつけいなまでに素朴議論のつまったハリ ー宛の分厚い手紙を出しに、郵便局まで だった。その愛の始末という問題になると彼女は真剣でもあでかけようとしていたのである。おんばろ自動車が砂利をき れば、実際的な性質を発揮して、問題点をまとめては理路整しませて入ってくるような音を聞いて窓から下を見ると、も 然と主張を述べた。この手紙のやりとりのあいだに二人の恋 う二年は使ったことがわかる、ハリーの地味なコンサルが見 愛は変質した。バ ハラの手紙は、時によると神学の論文に えた。彼の運転はじつに乱暴だった。 似たものになった。彼女は万年筆をかたく握りしめて手紙を彼女は階下へ駆けおりて行った。リッキーが見に出て来な

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すればよかったときみはいうんだ ? きみたち三人が帰って燃えていた一本の木が、爆弾のようにはじけた。高くかた もだ 立きたとき、きみが烽火を上げるんだというと、みんなばらば まっていた蔓草が一瞬現われ、悶えながらぶつ倒れた。小さ グらに亠疋っていった。くにま、、、 とうするチャンスもなかった い子供たちは、悲鳴を上げた。 ン イんだ 「蛇おに ! 蛇が見える ! 」 デ 「、い口減にしろ ! 」と、ラーフま党く 、、、ほら貝をひっ 西のほうでは、太陽が一人静かに沈みかけており、水平線 ゴたくった。「数が分ってなければ、分ってないで、それでい 上わずか一、二インチの所にかかっていた。みんなの顔は、 いんだ」 下のほうから光をうけ、真っ赤に輝いてした。。。 、「ヒキーは岩に もた 「ーーそれからきみたちはやってきて、ばくの眼鏡を無理や凭れかかって、両手でそれを握りしめていた。 りとった 「顔に痣のあるあの小さな子は しオい、ムフ。ころどこに ジャックが、彼のほうを向いた しるのか ? 姿がどこにも見えない、 どこにも見えな 「黙れ ! 黙れ ! 」 「ーーちびっ子たちは、し 、ま火が燃えているあのあたりをう 少年たちは恐怖に襲われ、不審そうに互いに顔を見合せた。 ろうろしていた。あの子たちがあそこにいないって、保証で「 しオい、ムフごろ、あの子はどこにいる ? 」 きるか ? 」 ラーフは、恥じているのか、ロごもりながら答えた。 ピギーは立ち上がって、煙と炎のほうを、指さした。囁き 「たぶんあの子は帰ったんだよーーー」 が少年たちの間に起り、消えていった。ある異様なことが、 彼らの足もと、つまり山腹の不気味な側では、轟音がまだ あえ ピギーに起りつつあった。彼は、息をつこうとして喘いでい続いていた。 「あの小さな子ーーー」と、ピギーは喘ぎ喘ぎ、いった あざ 「顔に痣のある子、あれが見当らないじゃよ、 オしか△フ、どこ にあの子はいるんだ ? 」 みんなは、死んだように沈黙した。 「蛇のことをいっていたあの子。あの子はさっきあの下のほ うにいたんだ 浜辺の小屋 ジャックは、からだを二重に折り曲げていた。湿っぱい地 面すれすれに鼻をくつつけて、短距離走者のような格好で前 かがみになっていた。本の幹と、その幹に飾りもののように つるくさ 絡みついている蔓草は、頭上およそ三十フィートくらいの所

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997 マンデルバウム・ゲイト よ , つに思えてきた。・ とこから考えてもガードナーが犯人である彼を無視して、スージは自分の話を続けた。「これから二 ちょうほう ることは明らかなのだ。諜報活動はフレディの担当ではな週間の計画を立てましよう。わたしにはどうすれば一番いし ろうえい ハラに万一のことがあったら、ア かったが、イスラエルの役所で最近の機密漏洩についての調か見当がっかないの。 査が進められており、まだ一向に見当はついていないもののンマンの英国大使館も力になってくれるだろうけど、それで ハラのヨルダン巡りはもうだめになっちゃうし、わた さまざまの疑点があることはわかってきて、それが解明でき ずにいるーーーそのくらいのことは知っていた。ナセルの郵便しの友達で一人か二人力になってもらえる人に頼んでもいし けど、そうなるとうんとお金を出さなきゃならなくなるわ。 局はどこなのか ? ここなのだ、とフレディは思った。そし てガードナーがホシだったのだ。そうか、とフレディは思っ だから一番いいのは運よく事がはこぶことだけど : : : 」彼女 は一枚のドアをあけると、ヨーロツ。ハのクレトン更紗を張っ た。しかしこれだけで結論を出すわナこよ、ゝ た居間に入ったところでこう結んだ。「アレクサンドロスに セロから始めよう。おれにわかっているのは、 らやり直しだ。。 今見たことだけだ。さらに監視を続けて、事態の全容を決定はそう約束したんですものね。運よく行くと思って計画を立 的につかむことだ。もしここがナセルの郵便局だとするなら、てましよう」 フレディはバッグを置いて彼女にほほえんだ。「風呂場を われわれの諜報部は一発で仕とめていたはずだ。それが当殀 いいだろう ? 」部屋に入ったとき、 なのだ。 使わせてもらえない ? 彼は前庭に井戸があることをばんやり意識していた。まる彼女はア。フダルそっくりの黒い顔の真青な目で彼をみつめた でその井戸に小突かれているような感じだった。たちまち喉のだった。風呂場から出て来てみると彼女はお茶をいれてい のかわきがひどくなってきた。さっきスージが姿を消したドる。彼はキスしながら、馬鹿なことになった、と思っていた。 かにそれとなくルース・ガードナーのこと、彼女がこの家にいる アが、まるで鍵などかかってはいなかったかのように静 あいて、彼女が顔を出した。「あら、そこにいたの ! 今まということに話を持っていくつもりだったのに。スージは言 でどこに隠れていたの ? ーバラはべッドよ。眠りかけてった。「あなたって笑顔もきれいだけどキスも上手ね」それ 、、、ント・一アイー るわ。薄荷茶を飲ませたの。わたしの部屋へ来て顔をお洗いを聞いた彼は、彼女とのキスに比べればルース・ガードナー なさいよ。あなたもミント・ティー飲む ? 」フレディは彼女のこと、この家でのことの調査など問題にならないと思った。 の後ろから幾つも天窓がある長い廊下に出た。両側にはずら話になるものか。そして、ひょっとすると初めからそのつも りでいたのに実行しなかったのではないか、馬鹿な話だとい りとドアが並んでいる。隠れていたわけではないと言いかけ 」ら一

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

ダルは嬉しくも悲しくもなかった。ひとつには、昼のあいだする務めとしても、まとめてみせますよ。わたし自身は生命 は何の感情も湧かない癖がついているせいだった。何らかの保険なんかどうでも、 しいと思ってるんですがね。くだらない 感情が湧くのはアッコの仲間がい っしょにいて、尾を引くよ ものですよ」 ク うな歌声を背に、自分も低い声で歌いながら踊っている時だ ハミルトンは頭を椅子の背中にもたせかけていた。その日 スナ . 。こっこ。 の午後はいつものように背筋をのばした座り方が出来ず、 「来週はよからぬ言葉をやりましよう」彼はしのび笑いをし ったり座っていたのである。頭をうしろへもたせかけて、今 ながら言った。「退屈なら文法の教科書はやめてもいし」 にも目を閉じてしまいそうになりながら、それでも目を半眼 、、、ルーノよ 「よからぬ一言葉をおばえようとは思わないが」ノ に開いて、まぶたの隙間からアプダルをじっとみつめていた。 散らかった部屋を見まわして言った。「とにかくもっとたく ア。フダルは、子供のころ年長者たちの前に座っていた時始 けんたい さん単語を覚えないといけない」 終経験したような午後の眠気と倦怠感にひたりながら、ただ 「そのとおり」アプダルは言った。「それならすこし会話のじっと座っていた。しばらくするとハミルトン氏はうとうと 文章をやってごらんなさい。 こんなのはどうです。『わたし眠り出したように見えた。目こそ完全にふさがってはいない は正直ものだがあなたは詐欺師だ』『なぜわたしを詐欺師だものの、息づかいが眠っている時のように規則正しくしかも わき というのです』『わたしの父の店を通じて生命保険に入ると高くなってきたのだ。アプダルはハミルトンの脇にある丸テ わたしに約束しておきながら、ヨルダンにいる英国人の友達ープルをちらりと見やった。さっきまで手紙を書いていたの にその気はないと言ったではありませんか』『どうしてそんだ。二通はすでに封をして切手をはり、すぐにも出せるよう なことを知っているのだ』『あなたの英国人の友達の家にい になって、斜めに重ねてあった。上の封筒のおかげで下のは あてさき る召使は父のスパイだからです』もちろん、こういう文章な宛先が見えない。上の封筒の宛先はオクスフォード、オー ら会話体のほうがうまく言えますがね」アプダルは言った。 ル・ソウルズ・コレッジ、・ T) ・デクスター教授になって びんせん 「正式の文章で表現できるように勉強したらどうですかね」 いる。この封をした二通のそばに何枚か書きかけの便箋が散 ハミルトンは「生命保険に入ると約束したおばえはない らばっていて、アブダルはそれに気がついた時から、これも よ」と言ったが、その声は疲れていた。 ハミルトンの体の具合が悪い証拠だと見ていた。いつものハ 「父は命がけで連絡をよこして、あなたを保険に入れるまでミルトンなら、ひとつの仕事を片付けないうちは次の仕事に 辛抱づよくやれと言ってきました。だからわたしは父にたい はかからなかったのである。 くせ

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さぎなみ マイクルは、こ , つつづけた。「ニック・フォーリーとは、 ても、小波はほとんど立たす、依然としてなめらかで黒くて、 きっと , つまくやってゆけるよ。あいつはときどき、ふさぎこ ぎらぎら光っている。トビーは水のなかに手を入れてみた。 むこともあるだろうけれど。むすかしい暮し方をしてきた男 でね。あいつも仲間がいれば、気がまぎれて、元気になるで 「ど , つだい ? トビー」とマイクルが一 = 日つ。 あいまい 「ええ」とトビーは、この曖昧な問いに対し、とっぜん、言しよう」 「ニック・フォーリ ー ? 」とトビーは驚いて言った。 葉ではうまく一一一一口えない熱狂を感じながら答えた。マイクルが ふたご ーの兄なんだ。双生児の兄妹 自分を見ているのが判ったし、微笑しているのがちょっと見「ええ、キャサリン・フォーリ それは手落 えた。そのときマイクルはオールをはすし、ポートの横にそでしてね。ジェイムズから聞かなかったかい ? ってなめらかに弓した。、、、 ー、 ' ホートのもう一方の側が、舟着き場ちだった。この世のことはうまくやれない気違いはかりが、 そろ にうまくぶつかる。トビーは飛び出してスーツケースを持っ揃ってるなんて、思われそうだな」 トビーは、ど , っしてなのかは判らなかったけれど、ロッジ た。マイクルがあとからついて来る。ポートは水の上でちょ にいる男がキャサリンの兄だということを知って当惑した。 っと動いている。 彼らの前には草の生えた小径がまっすぐに通じている。そこっそり横目を使って、マイクル・ミードのほうを見たが、 の向うに並木道があるのを、トビーはばんやりと見ることが顔は見えない。マイクルは落ちつかない様子で、困っている さえず できた。湖のそばで鳥が鋭く囀る。それはナイチンゲールでような感じだ。たぶんこの人は、ジェイムズと違って、人と うまくやってゆけないたちなのだ。トビーは困ってしまった。 十、 ( な、かつわ」。 もう、冒険めいた気持は失せ、不安だけが残っている。彼は 「ロッジに住むのを気にしてはいないだろうね」とマイクル が言った。「食事も労働も、そのほかのいろんなことも、みよろめくようにして、草地から車道の砂利道へ出て行った。 「はら、ここが車道」とマイクルは言って、「今日、見たり 、、エイムズが説明したでし んなばくたちといっしよなんだ。ノ 聞いたりしたことは、まだ忘れちゃいないだろう。入口から よう。眠るときだけの話さ」 つづいている並木道はここで終ってましてねーー道から館を 「ちっとも気にしていません」とトビーは言った。彼は、マ 眺めると、並木道が額縁みたいになっている。でも、車道は 鐘イクルたちの会話を立ち聞きしたことを打明けるべきかどう か、辛い気持で考えはじめた。打明けなければ、正直でない湖の端のほうへ曲って行ってるんだ。館までの道のりはすい ぶんあるんだよ、一マイル以上」 ことになるだろう。心を決しかねる。

9. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

/ 石を一つ蹴ると、そ ラーフは岩のほうへ動いていった。ト そして前面には丈の高い草が風にそよいでいた。敢然と、ラ れは跳ねながら海の中へ落ちていった。海はぐうっと沈んで ーフは前進した。 こっぜん ていさっ いった。すると、忽然として赤い、海草の生えた四角な岩が 少し行くと、以前彼がこのあたりの偵察にきたときにみん なが伏せていた所があった。そこは草が押し倒されたままに現われた。ラーフの左手、四十フィート下であった。 あいろ すそ 「ばく、安心してていいのかい ? 」ピギーは声を震わせてい なっていた。すぐそこには陸地の隘路があり、岩の裾をめぐ そび いわだな る岩棚があり、その上のほうには赤い岩が塔のように聳えてった。「おっかないんだ、ばく 彼らの頭上の塔のような岩の所から、突如として叫び声が 聞えてきた。それについで、鬨の声らしい声が起り、それに サムが彼の腕をつついた。 応じて岩の背後からおよそ十人ぐらいの喚声が上がった。 「煙が見える」 「ばくにほら目 ( をよこして、そこにじっとしてるんだ」 岩の向う側に、空中にゆるやかにたちのばっている小さな 「とまれ ! だれか ! 」 一条の煙が見えた。 「火を焚いてるんだな 、まき、かと田つんだけど」 ラーフは顔をそらして見上げ、岩の頂上にロジャーの黒い 顔を認めた。 ラーフはふり返った。 「ばくがだれだか分るだろう ! 」と、彼は叫んだ。「ばかな 「何もばくらは隠れる必要はないじゃな、ゝ まね 彼は一面に立ちはだかっている草をかき分けて、隘路のほ真似はよすがいい ! 」 彼はほら貝を口に当てて吹き始めた。蛮人どもが現われた。 うへ通じている小さな空地へと、どんどん歩いていった。 いろんなものを塗りたくっているので、だれがだれだか分ら 「きみたち二人はあとからついてくるんだ。ばくが先頭にた この連中は岩棚をまわって隘路のほうへ つ。一歩おいてピギーがばくについてくる。槍はいつでも使よいほどだったが、 ばうぎト ( じわじわ寄ってきた。みんな槍を携えており、入口を防禦し えるように用意しておくんだ」 ・ようえい ピギーは、自分とあたりの世界の間に揺曳している光り輝ようとする気構えを示していた。ラーフはなおもほら貝を吹 ン一・はり ヒキーが恐れ戦いているのも無視していた。 王く漠々たる帳を、不安そうに見つめていた。 だんがい 蠅「だいじようぶかい ? ロジャーが叫んでいた。 断崖があるんじゃないのかい ? 波 え、分ったか」 の音が聞えるけど」 「近づくんじゃない しばらくしてラーフは吹くのをやめて、息をつこうとした。 「ばくにびったりくつついていりやいいんだ」 ひとすじ おのの とき

10. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

かび 頭をぶつつけて、黴の粉末を吸い込み、咳き込み始めた。最があったかしら ? 緋色の羽なんて、わたしが付けるはすが 初のうちは庭と名のつくものにむりやり入っていくと、雌牛ないじゃないの。それからこの、手首に凝った小さなフリル かたつむり ひも か腹をすかした発育不良の子牛みたいに、あちこちでヘまをのついた手袋、銀色の紐飾りが蝸牛が縁を這ったみたいじ 仕出かした。筋金入りのたくましさがなくなってきていたのやないの。そのときどきについ買ってしまっては結局身につ けずじまいになった品々があることは彼女も知っていたが、 彼女はよろよろ歩きながら枯れた茎をちぎり、根をひっ こ抜いた。先の尖った板の柵はペンキが剥げ、それに沿って手袋と羽は思い出せなかった。それから本だ。本を読むわけ クしは自分で集めたものがある。年寄りは古 タチアオイが雷文細工のように見え、立ち腐れたヒマワリがでもないのに、ト 茶色の毛皮のように見えた。大きな青白いウスバカマキリをい本を人にやるのが好きだ。相手の気を悪くさせまいと、つ い受けとってしまう。例えば『ヒューバートがんばる』。主 一匹見つけると、彼女は飛びかかって、ゆっくりと背中をへ し折った。あまりにもあっさりと残酷なことを仕出かしてし人公の金髪のまき毛がきれいだ。ロイヤルの父親の本かもし れない。誰だって昔は子供だったのだ。それに大抵の者が子 まったので、後で悔やんだ。 しろかぶ 喪服を着たまま彼女はあえぎながらつっ立っていたが、つ供を生む。彼女も生んでいれば、せめて子供は白蕪ではなく あくび 、には欠伸をした。すると自分が投げ遣りにしてきたことがて、ウスバカマキリに近いということくらい分かったはずだ。 あんなに簡単にポキリと背中が折れてしまうのだから。 全部見えてきた。これから何年も生きていかないといけない のだと思うとうんざりしたが、こうはしていられないという本が入っていた箱に、「砂漠の都市」というカラーの絵が 、 : 彼女には覚えがなかった。燃え上がる幾つか 入ってしたが、 気もしてきて、顔を洗うために中へ入った。薬戸棚の上に、 誰も思いもよらず、むろんロ コップに入ったロイヤルの入れ歯がそのままになっていた。の都市から人々が逃げてい にしたこともない何かの罪を犯したためだ。岩の間を逃げて どこかに片づけるか、救世軍に渡してしまうかしないといけ いく。きっと「砂漠」の中だろう。人々の顔は陰気で表情が ないのに。とりあえず彼女はコップの水だけ入れ変えた。そ ない。最近経験した恐ろしい出来事で、表情を失ってしまっ 十れだけは忘れたことはない。入れ歯はびつくりするほど活き たのだろう。彼女は身震いしたが、同時にその光景に魅きっ 時活きしてきた。 五 その秋、そして冬にかけて、家の中、古い写真、本、衣類けられた。この期に及んでもたがいの体に腕を回し合って逃 いっそその などにいつのまにか塵が積もっていくのに気がついては、驚げていくカップルたち。まあ罪を犯したのなら、 きっ放しだった。鳥の羽がある。こんなもの身につけたこと罪にしがみついたほうがいいわよね。彼女は逃げていく人々