マイクル - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4
188件見つかりました。

1. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

「ニック」とマイクルは呼びかけた。 しばらくのあいだ黙ってここへ腰をおろしていたい気持だっ た。しかしこういうことはみんな気ちがいじみた考えだった。 ほとんど同時・にニックが一一 = ロった。「トビーがどこにいるか 「一杯どうですか ? 」とニックが言った。 知りたくはありませんか ? 」 「いや、せつかくだけれど、ニック」とマイクルは言った。 マイクルはその問にひるんだ。彼は自分の顔の表情を悟ら つら 今はニックと視線をあわせるのが、ひどく辛い気持になってれまいとした。 , イ。 皮ま一一 = ロった。「トビーはどこにいるんです ? 」 いた。しかつめらしい顔には敵意があり、ほほえんでいる顔「あの子は森でドーラといちゃっいていますよ」とニックは には気持をそそるものがある。マイクルはゆがんだ微笑を彼答える。 のほうに投げかけ、それからまた視線をそらせた。 「どうして知っているんだ ? 」 ニックが立ち上ってマイクルのほうに近づく。彼が近づく 「二人を見かけたんです」 につれ、マイクルの体はこわばった。ニックがそのまま彼の 「丑須の一一一戸っことなんか一一 = ロじよ、 / ーオし」と一マイクルは一一 = ロった。ーしか すぐそばに来て体に手を触れるのではないか、とマイクルはし彼は信じていたのである。彼はつづけた。「とにかくわた せりふ 一瞬考えた。しかし彼は二フィートくらい手前で立ち止り、 しには関係のないことだ。」それは馬鹿げた台詞だった。ど 相変らすはほえみを浮べている。マイクルは今、彼をじっとの点から見ても、事件は彼の職務に属しているのだから。 見つめた。彼の顔からあのほほえみを追い払ってやりたいと ニックは後すさりしてテープルにのんびりと腰かけ、マイ 思う。彼は、手をさし伸べ、両手をニックの肩に置きたいと クルを見まもってまだほほえんでいる。 いう強い衝動に駆られた。奇妙な音での目覚め、月光、夜の マイクルは向きをかえて出てゆき、ドアをばたんと閉めた。 闇の気ちがいじみた感じ、それらのものが、とっぜんマイク ルの心に、二人の心の交流は許されたという感覚を呼び起し た。彼の全身は今、おののきながら、友人がすぐそばにいる ことを意識していた。今こそ、自分が二人のあいだに設けた 「ふむ、ところで何が起ったんです ? 」とジェイムズ・ティ ・ペイスが言った。 障壁をとりのぞく瞬間なのだ。障壁からは何の善も生じなか 鐘 った。そして、たとえそのことにどんな意味があろうと、ど 翌日の朝のことで、ジェイムズとマイクルは温室でトマト んな価値があろうと、自分がニックを愛しているという事実を摘んでいる。よいお天気は終りかけていて、太陽は依然と だけが残っている。ここから善が生れるかもしれない して照りつけているが、明け方近いころから吹きはじめた強

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

イムズの事務室へ通じる階段を昇りながら、こんなふうにジ 「どうしたんですか ? 」とマイクルは言った。「気が顛倒し エイムズが呼び出すなんていつにないことだと思い返してい ているように見える。また何か起ったんですか ? 」 た。いつもなら、ジェイムズは彼に会いたくなれば、どこに 「いや、そうも一言えるし、そうでないとも言える」とジェイ ク いようと探し出し、大声で用件を伝えるのに。彼はジェイム ムズが言った。「ねえ、マイクル、わたしは包み隠せないし、 ズの部屋の戸口まで来て、ノックしてはいった。 君もそう望まないだろう。トビーはわたしにすっかり打明け マ 部屋は大きくなく、事実上、家具は何ひとつない。傷カオ くさんついている、樫のぐらぐらするテープルを仕事机に使マイクルは窓の外を見た。彼はまたしても、あの奇妙な既 ヤ・ヴュ っていて、両側に一つずつカンヴァス張りの庭用の椅子が置視感にとらえられていた。こういうことは前にはどこで起っ いてある。手紙や書類が床の上の箱にいつばいである。机のたのだろう ? 続く沈黙のなかで、世界は彼のまわりでやわ 後ろの壁には十字架がかかっていた。床は塗ってなく、絨らかに罅割れてゆくように思われ、その姿に変りなくても、 たん ひび 緞も敷いてないし、天井は罅が入って蜘蛛の巣のようである。今にもこなごなに砕けるのではないかと思われた。しかし、 明るい秋の日ざしのせいで、もうもうと埃が見える。 災いというものはすぐには理解されない マイクルが入って行ったとき、ジェイムズは机の向うに立「彼が何をお話したんでしよう ? 」とマイクルは言った。 ち、もじゃもじゃの黒い髪に手を何度も突込んでいた。マイ 「そう」とジェイムズは言った。「君たちのあいだで起った クルは彼に向い合って座り、ジェイムズはカンヴァス張りのことをね。残念な話だ」 椅子に戻って腰をかけ、椅子を軋ませ、そしてふくらませた。 マイクルは十字架を見あげた。彼はまだジェイムズの顔を 「キャサリンは無事に発ちましたか ? 」とマイクルは訊ねた。見る気になれなかった。もうこれですべておしまいだ、とい いらだ 「うん」とジェイムズは言った。彼はマイクルの眼を避け、 う感じに奇妙につきまとう静かな苛立ちが、彼を、落ちつい 机の上のものをいじりまわしている。 た気持にさせる。彼は言った。「大したことではないんです」 「お呼びだったそうですが ? ジェイムズ」とマイクルは言 「それは見方の問題だね」とジェイムズは言った。 った。彼は気が気でなく、せきこんでいた。 秋らしく澄みわたった大気のなかで、遠くに猟銃の発射音 よど 「うん」とジェイムズは言った。言い淀んで、いじっていた が聞えた。マイクルの、いはめくるめくような感じでパッチウ レ ) , っ・も、 ものをもとの場所へ戻した。「いや失礼、マイクル。。 ェイと鳩のことを思い出した。あの現実の世界は今はもう遠 しししくし言なんたが」 くなってしまった。彼はジェイムズに、自分なりの立場から じゅう

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

彼はデイケンズの小説に登場する、端役の放蕩者のように見「何が ? 」とマイクルは言う。 まゆ しっと えた。ウイスキーのびんに手をのばし、眉をちょっとあげる。「嫉妬」 ク彼はたぶん、ポールが自分の結婚生活のごたごたについて打二階にポールの足音がする。彼はまごっきながら居間へお りてきた。 明けるときの率直さに対して、以前マイクルがたびたび感じ たように、保護者の立場におかれた驚きを表現したのだろう。「納得がゆきましたか ? 」とニックが言った。 マ しわ 「お早う、グリーンフィールド」とニックが一一 = ロった。「奥さ ポールはそれには答えず、不安のあまり顔に皺をよせて部 んはここにはいませんよ。こんなところにいらっしやるはず屋の中央につっ立っている。そしてニックに訊ねた。「彼が がないでしよう ? 一杯どうです ? 」 どこにいるか御存知ですか ? 」 いらだ ポールは苛立たしげに言った。「せつかくですが、わたし 「ガッシュですか ? 」とニックは一言った。「、 , ん、 ( はノ。は はウイスキーは飲みませんから」 ガッシュの番人じゃありませんよ」 「マイクルは ? 」とニックが一一 = ロ , つ。 ポールはまだ決心がっかない様子で立っていたが、それか マイクルは名前を呼ばれてぎよっとし、一瞬、ニックが何ら振り向いて出てゆこうとした。マイクルのそばで彼はちょ のことを言っているのか判らなかった。彼は首を振った。 っと立ち止る。「あなたが鐘について言われたことは、じっ 「トビーは二階ですか ? 」とポールが訊ねた。 に奇怪なことなんですよ」 ニックは相変らずポールに向ってほほえみを浮べ、ポール 「なぜです ? 」とマイクルは訊ねた。 やかた をしばらく待たせてから返事をした。「いや、あいつもいま 「この館には伝説がありましてね。あなたにお話しようと思 せんよ」 っていたのだが : 鐘が鳴ると人が死ぬと言われているん 「二階を見て来てもよろしいでしようか ? 」とポールが言っです」 た。そして彼は部屋を出てゆく。 「君はちょっと前に聞えた、あの奇妙な音に気がついたカ マイクルにも、ポールが本当に狂乱状態にあることがよう し ? 」とマイクルはニックに訊ねた。 やく判ってきた。彼は取り残されてニックと差し向いになっ 「何も聞えなかった」とニックが答えた。 た。マイクルはにこりともしないでニックのほうをちらりと ポールは荒ら荒らしく部屋を出て、車道を戻ってゆく。 見た。彼じしんもかなり狂乱状態であった。 マイクルはそのままとどまっていた。ひどく疲れて頭が混 ニックが微笑を浮べて、「大罪の一つだね」と言った。 乱している。もしニックが静かにさえしていてくれるなら、 ほうと・つ

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

の故障で動かないし、ニック・フォーリーは二度も頼まれたでいた。サイレンセスターよりも遠くへゆくのは、何週間ぶ りなのである。彼は大きな街へゆくのだと考えて、子供つば のに、まだ直そうとしない。時間が足りず、人数が足りない ので、こういう混乱状態になってしまう。ニックに修理させい楽しさを味わっていた。トビーといっしよというのも嬉し 自分が思いついたのでないだけに、それはなおさら嬉し るか、それとも村の修理屋に頼むかしなければならぬ、とい うことはマイクルによく判っているが、彼はこの問題を延びかった マイクルは、一時間ちょっとのドライヴのあいだ、田舎に 延びにしていた。それで、危険なくらい荷物を積みすぎたラ ンドローヴァーが、ペンデルコートに野菜を運ばなければなついてのトビーの質問に答えていた。一度は、村の教会を見 らない るためにちょっと車を止めた。スウインドンに着き、まっす マイクルははしゃいで上機嫌だった。彼は耕作機械を非常ぐにその店へゆくと、耕作機械はもう包んで、中庭に置いて に楽しみにしていたのである。これを買えば、辛い仕事がすある。トビーとマイクルは、店の者に手伝ってもらって、こ のすばらしい買物をランドローヴァーの後部座席に入れ、途 いぶん省けるし、何しろ軽いから女でも使える。マーガレッ トなら大丈夫だ。キャサリンは間もなくいなくなるから問題中で動かないよう、ロープで縛りつける。マイクルは忽れば 外だが、信仰会にはいって来るどんな女でも使いこなせるだれと眺めていた。黄いろいゴムで覆われた玩具のような車輪 ろう。ここでマイクルは、女の会員がもっとふえることを考が下から突き出ているし、きらきら光る、赤い、角張った胴 えて、ちょっと気分がめいったけれども、しかし自分は今い体は、四隅のところで包装紙を破って出ている。鋭い感じの かもしか とって る二人にはもうすっかり馴れたと考えた。信仰会を拡大する把手が、車の前方へ羚羊の角のように飛びだし、運転手席と ことは、あらゆる見地から見て必要欠くべからざるものであ助手席の間で屋根のところまで届いている。うまくおさめて しまうと、マイクルはそれをうっとりと眺めた。彼として残 る。そして現在ある集団がこわれるとき感じる気づまりは、 結局のところ、じきに乗り越えることができるものなのだ。念なのは、トビーの今の野心がトラクターを運転することで、 めめ ここにも、人員が多くなり、機械が多くなれば、健全な経済耕作機械というのはむしろ女々しいものに過ぎないという、 。ハッチウェイと同じ意見を持っているらしいことであった。 的な単位として形を整えるわけである。そして、今のような 鐘 その日暮しの制度 ( ロビンソン・クルーソーみたいな楽しさ 「さあ、何か食べるとしようか ? 」とマイクルは言った。早 はあるが、神経がすたすたになる ) は、終りを告げる。それく出発したので、二人はお茶は飲まなかったのである。結局、 にマイクルは、スウインドンへ出かけるという考えにも喜ん飲み屋でサンドイッチを食べることになった。マイクルは帰 つら

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

の一つである中庭は、厩の仕切りの三つの側面で構成され、頭はこちら側に出ている。体を半分出して仰向けになってお のき それは二階建てになっていて、二階の明りとりは葉飾りと軒り、頭は地面につけている。マイクルのほうに眼を向けたが、 じやばら 蛇腹の下に交互に並ぶ、円い窓と矩形の窓である。それはな立っているマイクルからはその顔は逆さに見える。微笑して ク いしぶ んとなく小さな居住区という印象を与える。石葺きの屋根の、 いるらしいが、逆になっている顔は、みような表情に見える 門と向いあったところに、細い時計塔がついている。ただしのでよく判らない。 時計はもう動かないけれども。建物の一部の右手は火事で焼「やあ大将」とニックが言った。 け、マイクルの祖父が寄付したトタン板がまだ一階の穴をふ「今日は」とマイクルは言って、「トラックを直してくれて さいでいる。中庭は湖のほうへはっきりと傾斜していて、高有難う。うまくゆくかい ? 」 い壁で車道と区切られている。今は日盛りなので、囲まれて「ふん、くだらない」とニックは言った。「直すも直さない いるため埃つばく息苦しいし、日の光を浴びてまばゆく輝いもありませんよ。どうして、もっと早くしなかったのかな。 はっきり言ってくれればよかったのこ。、、 ている。それはマイクルに地下勝手口を連想させた。 レカソリンの給動管が トラックは中庭のまんなかの壁の影からちょうどはずれたふさがっているだけですよ。これでもう大丈夫。」彼は寝こ ひげ ところに、湖のほうに向けて置かれてした。 : 、 ' オンネットはあろんだままでいる。髭の生えた悪魔のような、そのみような けてあって、車体の下から足が二本、突き出ているのが見え顔がマイクルを見あげている。 る。その近くで、埃のことなどおかまいなしに、キャサリ マイクルは、まだキャサリンの視線を意識しながら、無器 ン・フォーリーが地面に腰をおろしていた。スカートが腰の用に一一一一口葉を探した。「わたしはただ君の妹さんを探してたん ところまでたくしあげてあるし、足首のところで組んだ長いた」 足はすっかり日にさらされている。マイクルは彼女がこ , つい 「ばくは妹と話をしてたんで」とニックは言った。「子供の っしょに育ったから」 うポーズなのを見て驚いたし、自分を見ても立ちあがりもせ時分のことを話してたんですよ。 ず、すくなくともスカートをおろしもしないのにまた驚いた。 「ほう」とマイクルは間の抜けた返事をした。なんとなく二 そのかわり彼女は、微笑を浮べもせずに彼を見た。マイクル人いっしょでま扱、 。しにくかったし、二人がいっしょにいると は、彼女と会ってからはじめて、自分は嫌われているらしい ころを見かけたのは、今まで滅多になかったような気がする。 と考えた。 「思い出話に耽るなんてよくないってことは判ってますよ」 ニックがトラックの下からにじり出た。足は向う側に隠れ、とニックは言った。「でも許してもらわなくちゃならない

6. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

んでいた。失敗しないよう、彼は明らかに銃身を口にくわえ たのだった。これが彼の仕事の総仕上げというわけである。 マイクルは顔をそむけると、表へ出た。死体の上にかがみこ ク むようにしていたマーフィは、すすり泣くように吠えながら 一彼について来た。 ーにはマイクルとドーラが残っ 四週間以上が過ぎ、インバ ジェイムズとマークが並木道を走りながら近づいて来る。 ているだけである。十月も終りに近づいた。色とりどりの大 マイクルは彼らに叫んだ。「ニックが自殺した」 マークはすぐ立ちどまり、並木道のそばの芝生に座りこんきな布のような雲が、切れ目なく空いちめんにたなびき、太 だ。ジェイムズは走りつづけた。彼はロッジのなかを見て、陽は黄いろや赤褐色のこんもり茂った木立を、ときおりばっ また表へ出て来た。 と染めあげる。日中も寒くなり、朝はいつも霧で明け、湖面 もや 「警察に電話をして来てください」とマイクルが言った。 にはたえず靄が立ちこめている。 「くはここにいるから」 ジェイムズと尼僧院長のあいだで事は急速に運び、信仰会 きびす ジェイムズは踵を返すと、湖のほうに向って帰りかけた。 は解散することに決った。ジェイムズはロンドンのイース マークが立ちあがり、あとを追った。 ト・エンドに帰って行った。ストラフォード夫妻はカンバー と , っして、も マイクルはドアからなかへはいろうとしたが、。 ランドの僧院に付属している職人の信仰会と運命を共にする ことになった。。 ヒーター・トプグラスはマイクルにすすめら その気になれなかった。彼はしばらく立ったままで、ニック の手を見つめていた。よく知っている手である。引き返すと、れて、フェロー島に出発する博物学者の一行に加わった。バ 暖かい石の壁に背をもたせかけて、芝生に腰をおろした。さ ッチウェイは素気ないほどあっさりと、近くの土地に帰って ふくしゅう かんべき つき、ニックの復讐は水も洩らさぬ完璧なものだと考えた農耕に励んだ。マイクルは菜園の後始末をするために残り、 ドーラも ' 伐といっしょに残った。 けれども、あれま司違、。こっこ。 し尸、しオオ今こそ彼の復讐は完成した マーガレット・ストラフォードはまだロンドンのキャサリ のだ。熱い涙が眼の底から湧いて来る。彼はロをあけて身を ふるわせた。 ンのところにいた。キャサリンはインシュリン療法を受けて マーフィがすぐそばにいた。小きざみに身ぶるいしながら いて、たえす薬がきいている状態だった。まだ兄の死につい すすり泣き、マイクルの顔にじっと視線を投げている。犬はては知らされていない。マーガレットからの便りによれば、 マイクルのそばに近づいて来た。マイクルは犬を優しく愛撫 してやる、そのとき、あたりの風景が消し取られた。 あいぶ

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

の友達の家に泊ることになった。マーク夫人は何かニュースがいじりまわされていることにマイクルの注意を促した。マ があればすぐ、インバ ーに電話する約束だった。ロンドンに イクルとピーターは自分たちの発見を誰にも言わなかったが、 ゆくのが、キャサリンにとって本当にいちばんよいのたとい 記者たちはどうやらそれを嗅ぎつけたらしい。マイクルはピ ク ひきようあんど うことがはっきりしたとき、マイクルは卑法な安堵感を覚え ーターが見せてくれたものにびつくりしたが、 一旦それがま た。彼は今のところ、キャサリンが立ち去ってくれること、 ったくの事故ではないと納得すると、彼にはそれをやったの マ どこかよそで看病されることを何よりも望んでいたのである。は誰か、確実に判った。彼は漠然とではあったけれども、動 彼女がそばにいると、彼を恐怖で満たし、まだ宣告されない揺している心の状態につきまとう直感力で、ニックの動機を 告発にみちた、漠然とした、しかしたえず脅かす罪悪感で彼推測することさえできた。ニックが妹の宗教的使命を邪魔し の心をいつばいにするのだ。 たかったのなら、おそらく彼は思った以上の成功を収めたわ 疲れ切ってべッドに転がりこむと、マイクルはすぐに別のけである。 心配事を見つけて、寝つかれなくなった。明日の朝、インバ ニックのことは、一度すっかりとりつかれると、マイクル ーのことが新聞に大見出しで載るだろう。どんな嘘八百が並の意識を食いつくし始めた。午前三時ごろ彼はロッジに向け べてあっても、信仰会がそこから脱出することができるなどて出発しようと、ほとんどべッドを離れかけた。彼は明日の という甘い観測は、マイクルには持てなかった。こういう破朝早くニックに会う决意をした。、いの奥底には喜びに近い一 局のあとでは、近い将来、寄付金集めはまず不可能だろう。種の安堵感があったし、ここ二日ばかりの破局がいわば彼と この企て全体がもう駄目になってやしないかということは、 ニックのあいだに道を開いてくれたのを感じた。ときおり、 マイクルはなるべく考えないように努めた。何が救いあげら この破局は二人に道を開いてくれるため計画されたのではな れるかは時が明らかにしてくれるだろうし、マイクルは希望 いかとさえ思われた。犯罪者であると共に責め苦を負う者で を捨ててはいなかった。彼の心を覆っていたキャサリンにつあるニックに、今こんな劇的な会い方ができるためには、二 いての懸念をどうやらすこし遠くへ追いやってしまった今、人のあいだの壁をついに打ちこわさなくてはならない。今、 彼の心はニックについての、うなされるような懸念に大部分マイクルはニックのために祈りながら、神が二人を支えてく を占められていた。 れるのだ、神はお互いへの関心のよじれた糸を何か判らない ますビーター・トプグラスが、湖のなかへ鐘が沈んだのは方法で手に持っていてくれるのだという、あのとらえどころ 事故ではないと考えた。彼は自分で調査してから、木の橋脚のない感じをもういちど味わっていた。マイクルは今、ニッ うそ

8. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

さぎなみ マイクルは、こ , つつづけた。「ニック・フォーリーとは、 ても、小波はほとんど立たす、依然としてなめらかで黒くて、 きっと , つまくやってゆけるよ。あいつはときどき、ふさぎこ ぎらぎら光っている。トビーは水のなかに手を入れてみた。 むこともあるだろうけれど。むすかしい暮し方をしてきた男 でね。あいつも仲間がいれば、気がまぎれて、元気になるで 「ど , つだい ? トビー」とマイクルが一 = 日つ。 あいまい 「ええ」とトビーは、この曖昧な問いに対し、とっぜん、言しよう」 「ニック・フォーリ ー ? 」とトビーは驚いて言った。 葉ではうまく一一一一口えない熱狂を感じながら答えた。マイクルが ふたご ーの兄なんだ。双生児の兄妹 自分を見ているのが判ったし、微笑しているのがちょっと見「ええ、キャサリン・フォーリ それは手落 えた。そのときマイクルはオールをはすし、ポートの横にそでしてね。ジェイムズから聞かなかったかい ? ってなめらかに弓した。、、、 ー、 ' ホートのもう一方の側が、舟着き場ちだった。この世のことはうまくやれない気違いはかりが、 そろ にうまくぶつかる。トビーは飛び出してスーツケースを持っ揃ってるなんて、思われそうだな」 トビーは、ど , っしてなのかは判らなかったけれど、ロッジ た。マイクルがあとからついて来る。ポートは水の上でちょ にいる男がキャサリンの兄だということを知って当惑した。 っと動いている。 彼らの前には草の生えた小径がまっすぐに通じている。そこっそり横目を使って、マイクル・ミードのほうを見たが、 の向うに並木道があるのを、トビーはばんやりと見ることが顔は見えない。マイクルは落ちつかない様子で、困っている さえず できた。湖のそばで鳥が鋭く囀る。それはナイチンゲールでような感じだ。たぶんこの人は、ジェイムズと違って、人と うまくやってゆけないたちなのだ。トビーは困ってしまった。 十、 ( な、かつわ」。 もう、冒険めいた気持は失せ、不安だけが残っている。彼は 「ロッジに住むのを気にしてはいないだろうね」とマイクル が言った。「食事も労働も、そのほかのいろんなことも、みよろめくようにして、草地から車道の砂利道へ出て行った。 「はら、ここが車道」とマイクルは言って、「今日、見たり 、、エイムズが説明したでし んなばくたちといっしよなんだ。ノ 聞いたりしたことは、まだ忘れちゃいないだろう。入口から よう。眠るときだけの話さ」 つづいている並木道はここで終ってましてねーー道から館を 「ちっとも気にしていません」とトビーは言った。彼は、マ 眺めると、並木道が額縁みたいになっている。でも、車道は 鐘イクルたちの会話を立ち聞きしたことを打明けるべきかどう か、辛い気持で考えはじめた。打明けなければ、正直でない湖の端のほうへ曲って行ってるんだ。館までの道のりはすい ぶんあるんだよ、一マイル以上」 ことになるだろう。心を決しかねる。

9. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

談したりする。授業が終ってから一、二度、ニックは彼につて、ともかく外見だけは、純潔なままだったし、それにこれ 跖いてここへやって来て、議論をしたり質問をしたりし、部屋はごく一時のことだから危険はすくないと思われた。 ' 学期の のなかにちょっと足を踏み入れてから、せわしげに次の授業半ばを過ぎるまでのこと、学期の終りまでのこと、と彼は自 ク へと去って行った。もう上級生なので、あまり厳しいことは分に言い聞かせていたのである。次の学期になれば時間割が 一言われないし、授業がないときには、気の向くままにぶらぶ変り、マイクルは別の部屋へ移らなければならないだろう。 ら歩きまわることができるのである。秋学期のはじめのある一回ごとの出会いが、すなわち一種の別れであった。そして 晩、まもなく七時になろうというころ、マイクルが自分の部 どのときも、何事も起らない。少年はやって来て、二人はそ ふけ 屋で、一人きりで仕事をしていると、ドアにノックの音があのときそのときの話題に耽った。二人は彼のレポートこ った。ドアをあけるとニックが立っている。この少年が招かて論じあった。彼はマイクルから借りた本を根気よく読んだ れずに姿を見せたのは、はじめてのことである。彼はある本し、会話によって啓発されていることは明らかだった。そう を借りたいと頼み、すぐに立ち去ったがそのときの様子を思長くは部屋にいなかったけれども。 い浮べると、自分たちは二人とも、感情を覆い隠すことはむ あるタベ、ニックが来ても、マイクルはたそがれが部屋の ずかしいと気がついていたし、また二人とも、そのときから、オカし、し よゝこ漂、、次第に暗くなってゆくままにしておいた。会話 どういうことが起ろうとしているかを知っていたのだ、とマはタベの光が失せてもつづき、彼らはそのことに気がっかぬ イクルには思われるのであった。ニックはまたやって来た。 様子で、闇のなかで語りつづけた。そうしていることの魅力 今度は夕食がすんでからである。彼が返しに来た本について、があまり大きかったので、手を灯りのほうへ差し伸べること 二人は十分ほど話をした。少年はまた別の本を借りて行った。 はマイクルにできなかった。ノ。 彼ま低いアーム・チェアに腰を ときどき、夕食と就寝の合間に、彼が立ち寄るという習慣がかけていたし、少年はその足もとで床に寝そべっている。普 ほのお あくび 生じた。マイクルの小さな部屋で、ガス・ストーヴの焔が心 段よりも長居したニックは、伸びをし、欠伸をしてから、も 地よく燃えている。外では十月の宵が暗くなってゆく。たそう帰らなければならないと言った。彼は体を起し、教室でし あか がれが忍びより、灯りがつく。 た議論について意見を述べはじめる。しゃべりながら、彼は わか マイクルには、自分のしていることが判っていた。火遊び片手をマイクルの膝に置いた。マイクルは身動きしない彼 をしているということを知っていた。でも、傷を受けすに逃は少年に答え、少年はすぐに手を引込めて、立ち上り、帰っ れるだろうという気がしていたのである。すべては依然として行った。 やみ ひざ ゆか

10. 集英社ギャラリー「世界の文学」05 -イギリス4

ちょ、つしよ、つ のいい口をしよっちゅう歪めていて、嘲笑するような笑い気の毒に思い、彼は今はずっと謙虚なよい生徒になっている を浮べているか、あるいはロをかたく結んで、タフな感じでと考え、一、二度、二人きりで話をしたりした。 マイクルは、ニックの魅力がなみなみならず自分を動かし 他人を脅かす。冷笑することがうまくて、人を驚かせたり、 、皮ま、自分が多感 楽しませたり、あるいは誘惑したり、自分の顔をまるで仮面はじめていることを、よく意識してした。彳。 のようにいろいろなやり方で扱った。教室では皮肉な表情をなたちであることを知っていたが、それでも、改めて危険を 浮べて、長い手をまるで自慢するみたいに机の端から垂れて感じたりはしなかった。将来の計画に自信があったし、また、 できあい いる。教師たちは彼を溺愛していた。マイクルはこの生徒の幸福を感じていたからである。こんなふうに、自分よりすっ 美質に盲目では決してなかったけれど、しかし彼を、本質的と年下の男に愛着を感じたことが今まではなかったことも、 しカ ニックに対する愛情がかなり特殊なもので、危険なものでは には馬鹿なのだろうと思っていた。これが最初の一年間のこ 彼は、この若者がすぐそ ないと思わせるのに役立っていた。 とである。 二年目にマイクルは時間表の都合で、すっと多くニックをばにいるせいで喜びを感じることに、罪悪感も困惑も感じな 見かけるようになった。彼はまた、少年が自分に普通以上のかったし、自分の傾向の肉体的な兆候に気がついたときでも 激しい関心を示していることに気がついた。教室で椅子に腰べつに驚かなかった。仕事の上の必要でニックと会っても、 かけて、魅せられたような表情でマイクルをじっとみつめて快活で晴れやかな態度だったし、自分の精神生活の新しく手 にいれた堅実さ、穏かさを嬉しく思っていた。祈疇のときに いる。それは非常に大胆で露骨なため、みように刺激が強い。 は、ほかの人々の名前と同じように、この少年の名が唇にの しかし質問してみると、いつも授業にちゃんとついてきてい るようである。マイクルは彼の態度を生意気な冗談として受ばり、そして彼は普通の報酬を求めることのない善意を自分 け取り、腹を立てていた。しばらくすると少年は態度を変えの心に認めて、苦痛のまじった喜びを味わっていた。 たまたまマイクルの寝室兼書斎は校舎のなかにあったのだ た。うなだれて、心が乱れている様子で、質問されても以前 ほどはよく答えない。表情は前よりももっと真剣になり、そが、その建物は主として事務室で占められていて、五時すぎ になると人気がない。マイクルの部屋の戸口は裏手について のせいですっと魅力が増してきた。もう今では関心をいだい かんばく 鐘 いて、牧場に面しており、そこにはせいの低い樹木や灌木が てしまったマイクルは、以前に。教師たちを喜ばせるために ニックがそう装っていたものを、今はたぶん本気で感じるよ茂っている。彼はこの部屋に蔵書を置いていたし、生徒たち うになってしまったのだろうと推測した。マイクルは少年をはときどき会いに来て議論をつづけたり、参考書のことで相