まれません。 ない、ぜったいに結婚する必要がある、と思った。これでは とんでもないことだ。去年の夏の自由を思い出すと、彼女は これからのことは今のところ決めていませんが、学校へ ューモアに富んだ恋人がなっかしてくてならなくなった。 はほんとうにもどれません。 ク とにかく学校をやめることだ、と彼女は思った。これでは わたしの荷物をどうするかについては、あとでまたご連 スリッキーと親しくなりすぎている。あの学校をやめることだ。 絡します。帰国しだいお電話するつもりです。来週、寺院 それも今すぐ。一学期の予告期間など無視して。手紙でけり めぐりにヨルダンへ ~ 打きますーーー、どのくらいヨルダンにい ることになるか、それはわかりません。 をつけてしまおう。こう決心がつくと彼女はどっと安、いした。 こんな簡単なことをなぜ今まで思いっかなかったのか、それ 心配しないでね。心配することは何もないのです。 が解せなかった。彼女には多少とも資産があったから、すぐ 愛をこめて に次の仕事を探す必要もなかった。 彼女はテープルに向かうと手紙を書いた。 意識せすにどんどん書いていたのに、彼女は自分の字がい リッキ つもよりわずかながら大きく、 いかっくなっているのに気が 今くわしくお話しできないことがたくさんあるのですが、ついた。封をして切手をはり、階下のポストへ出しに行くと、 それはいずれまたということにします。怒らないでほしい ちょっと外へ出て日差しにあふれた街路を眺めてみた。部屋 のですが、あなたとお話し合いをする余裕もないまま、結 へもどって。フラインドをおろすと、凉しくなった途端に彼女 局はあなたを苦しめ、ご迷惑を掛けることはわかっているは今まで背負っていたものの重さと解放感にぐったりして、 決心を固めたのです。 どすんと座ってしまった。この時ばかりま、 しいかにも自分は 学校にもどることはできなくなりました。一学期の予告ヴォーン家の人間だと思った。心の中にどんな葛藤があろう 期間も置かすにこんなことを言って、ほんとうに申訳なく と、あるいは自責の念があろうと、ヴォーン家の一族ならば ちゅうちょ 思います。急な話になりましたが、後任がすぐみつかって、ぜったいに躊躇せずこうしていただろう。他人のことにロ あなたのプリタニー旅行にもさしつかえなければと思いま出しをする人間はやつつけなければならない。要するにそれ す。 リッキー、わたしのためだと思って、プリタニーへは だけのことなのだ。彼女は結婚について ハリーと ~ 詁しムロった ぜひでかけてください。そうでなければ、わたしは、ここ とき、自分が言ったことを思い出した。 ひと かっとう
あなたは驚くと思いますが、やはり になるのかと考えながらその時の自分の視線を思い出し、同 と , っしてこんなこと 時にリッキーのその脚を思い浮かべた。・ になるのだろう ? リッキーにはレスビアンの素質があるの愛するリッキー 精力的に旅行を続けていたので、今まで長い手紙を書く だろうか。そしてわたしのほうは ? わたしは彼女にしつか 暇がありませんでした。しかし今夜こそちゃんとした手紙 り握られてしまっている。しかし、彼女のほうだってわたし を書くことにして、まず第一にお知らせすることは ーのことを今まで に握られているのだ。そうだ、なぜ、 彼女に話さなかったのだろう ? どうしてなのだ ? あるい なっかしいリッキー はどうして素直に手紙の中で書かなかったのだろう。書いて ・クレ 喜んでいただけると思いますが、わたしはハリー もよかったではないか。わたしの最大の親友であるからには、 ッグと結婚するつもりですーーー去年の夏知り合った考古学 何のさしつかえもなかったはすだ。わたしのほうでは親友だ 者なのです。わたしたちはとても愛し合っています。その と思っているのだから。リッキーがわたしのことを洗いざら ためには彼の以前の結婚無効についての教会の決定が大事 い知りたがるのはきわめて自然なことだ。 なのですが、しか バラがこの三週間、いに引っかかっていた、リッキーに すべてを打ち明ける手紙を書くというとてつもない難事業に リッキー ふたたび立ち向かってみたのは、つい前の晩のことだった。 しかしこんどもだめだったのだ。すぐそばのデスクの上には 暑い上に、精力的な 書き損じた便箋が破られもせず、朝になっても片付けもしな イ ゅうべ 言さなかったのは手紙に書くつもりでいたからだ、とヾ いまま今も放り出されていた。すべては昨夜の失敗の跡だっ ム バラは思った。それなのにこわくて書けなかった、それが事 実なのだ。これではまるでリッキーと結婚でもしているみた デ いだ、むしろそれよりなお始末が悪いくらいだ。 ン ひ マ わたしはリッキーの男性的な魅力に惹かれたのだ、と彼女 は思った。べッドの中でリッキーと抱き合っているところを 想像してみた彼女はおぞけをふるって、結婚しなければいけ リッキ 前からお知らせするつもりでいましたが リッキ びんせん
はまだ消えず、彼女は嬉しかった。わたしはあの手紙を出しの矛盾のなさというものが、一つの理念として理解できない てよかったと思っている、と彼女は考えた。けれどもリッキのだった。彼女は行動の動機が支離滅裂であってもそれとは ーはやさしい人だ、わたしに捨てられたらショックだろう。 無関係に行動に移れる、それでさしつかえないと考えていた。 ク ol ある意味では、リッキーはわたしに家庭を与えてくれていた この点が違う以上、 リッキーとこんどの問題を徹底的に話し スわけだ。 ーバラは思った。 合うとなったら動きがとれなくなる、とバ 彼女は解放感でぐったりしていた。家がないというのはす リッキーはすでに自分のさまざまの動機を健全なものだと決 ばらしい気持だった。リッキーはわたしがこの聖地へ来た動めこんでいて、わたしの結婚にも善意から反対しているのだ。 機について、あれこれと考えることだろう。信仰の旅だなん とにかくリッキーと徹底的な話し合いをすることはすまい 1 ー・、一フ十 6 て ! 恋人じゃないの。男がいたんじゃないの。 ーバラは決、いした。誰かととことんまで話し入口 , っとい , っ しよう リッキーと初めて知り合ったとき、すでにカトリックになつのは、彼女の性に合わなかった。彼女の中のヴォーン家の血 ていた。二人は用心ぶかく宗教的な議論は避けた。ただ一、 がそういうことを嫌うのだった。彼女はハリ ーに会いたくて 二度、リッキーがバー ハラの信仰に不満を持っているのがわならなかった。求愛するにもほとんど口をきかす、真情をさ かったことがある。またリッキーがあるカトリックの教義に らけだした告白など求めす、おたがいの心の中を打ち明けて ついて不用意な一言葉を吐いて、彼女がその教義を認めていな涙を流すようなむだなことをしなかった人間は、彼一人だっ しはかりでなくとんでもない誤解をしていることがわかり、 バラがいらいらしたこともあった。リッキーは、正しい リッキーはどうしているだろう。冬の夜、自分の部屋で本 理性によって正しい行動をする、それだけが建前の女なのだや書類が散らかっている学校生活の活気に浸りながら、スト ハラにと った。すべての動機が原理原則一辺倒だった。バー ッキングの下から黒い毛をのそかせて椅子にもたれているこ っては、宗教にふくまれている道徳哲学の第一の魅力は、そとだろう。リッキーの蔵書は天井まで四方の壁を理めて並び、 ちり れが人間を行動にいざなう動機の避けがたい複雑性を認めて、塵一つなく輝いていた。リッキーはたしかにそのほとんどを その結果、現実の言葉と思想と行為を重視するという点にあ読んでいたが、読み終わればあとは本棚に片付けてしまうだ った。一人前の人間なら、ある行動の動機がただ一つなどとい けのことで、こうして並んでいる本と同じように、彼女とい うことはまずありはしない。大切なのは、さまざまの動機の う人間がそれで変わるということは何年たってもないのだっ あいだに矛盾がないということだ。リッキーにはこの意味でた。バ ーバラは自分にはあまり興味のなかったいろいろな書
ープでもなさそうな女が一人、離れた所に立って、ショルダ女に近づいてはなりません。そばへ寄らないで。お訊きにな ひも りたいことがあるのなら、このわたしに訊いてください」 ーバッグの紐を片手の親指でしつかり握りしめながら、あた りを見まわしていた。片手には紙切れを持っていて、あきら「失礼しました」リッキーが言って後へさがると、周囲にい た人びとも彼女にならった。スージは紙切れに並んでいる字 かに何か誰かに尋ねたいことがある様子だった。スージとバ ーバラはすでに地下室まで降りていた。その女は彼女たちのを見ると、声を出して読んだ。「十字軍宿。聖ヘレナ修道院 ・ハリルを訪ねたいと一一 = ロう , はのガイドと何か仕事のこのアミン・マハグウブにジャパー ガイドに近づいて行ったが、 こと」スージが十字軍宿への道順を教えているあいだ、バー とで相談に引返して行った。すると取り残された女は、バー バラはヴェールの陰からリッキーを見ていた。何の感情も湧 ハラとスージが加わっているグループの中の一人の男に近づ 、 > ナ′ノ ハラのヴェールから、息を吐けば届きそうな距離かなかった。すきすきと脈打っている彼女の頭の中では、こ ・リックウォードだった。れ以上悪い事態はもう起こりようがなかったのだ。スージが だった。女はリッキーだった。ミス リッキーに向かって宿の主人のハリル氏のところへ行けと一一 = ロ 彼女は男に紙切れを見せて、「失礼ですが、アラビア語がお 、ハリル氏のところの住所は リッキーが礼を一一 = ロいながら わかりですか ? 」と言った。男はだめです、わたしは読めま すでに聖ヘレナ修道院の門番から教わっているのだと話して せんが、おそらくガイドならと言ってあたりを見まわしてい いるのが聞こえた。修道院ではその日の朝伝染病が発生した たが、ちょうどその時にはガイドの姿は見あたらなかった。 ために、中へは入れてもらえなかったという。「そして」と 「これは」とリッキーは言っていた、「わたしが訪ねて行くよ リッキーは言った。「わたしは英国人の友達の行方を探して うに言われた住所なのです。友達を探してるんですが」する いるのです。ここのミサへ来ているかも知れないと思いまし と男はリッキーと同時にバ ハラの姿に目をとめて、「あそ イ こにアラブ人の女の方がいます」と言いだした。「あの人なてね」 ム 「ではよくお探しになって」スージはまるでリッキーとバ ハラに近づいてきた。 リッキーは紙切れを片手にバー ウ ハラの関係に多少気がついてでもいるように、この邪魔者を 〔「失礼ですが、お手数でも デ スージの腕が紅海を押しもどした旧約の世界さながらの勢きつばりしりそけた。スージはすでにガイドが待っている、 ン マ いでさっと伸びた。「この召使はロがきけないのです」彼女十字架発見の場の祭壇のほうへグループといっしょに歩いて ーバラに付いて、自 5 苦しくなるほどの人 はきつばり一言った。「まったくだめで、しかも信、いぶかい人 ~ 打った。びたりとヾ おばめ ごみをぐんぐんかきわけて行くと、こんどは人びともこのエ なのです。アラーの思し召しです ! この信心ぶかい不幸な
結局彼女は男まさりでいながら頭が悪く、そのくせきわめて出生証明書騒ぎこそは、彼らの人生の悪戯というほかなかっ ゆたかな女性的な情感に恵まれていたのであり、もし現実にた。 筋骨たくましい、初老の堂々たるアラブ男に出会うようなこ ハラもハリーも教会も知らなかったこと、そして ク 一とがあればたちまち官能の炎を燃やす、まさにそういう女だありがたいことに永遠に知らずじまいになったことがあった。 スったのだ。。、 リッキーはジョ ノヨー・ラムデズはリッキーが理解できる唯一の ー・ラムデズと知り合ってまもなく、大切に タイプの男だったのである。リッキーは、おそらく、清事とたずさえてきた最初の書類を破棄して、実にみごとな偽造ぶ いうものはすべてああいう具合に始まって後は一気に行くも りではあったが、嘘の事実を記載した二つ目の書類とすりか ・ラムデズがそそのかしたこと のだと想像していたのではないか、それに男と寝られる女なえたのである。これもジョー らば、誰だって、ジョ ー・ラムデズのようなタイプの男となで、彼はリッキーを裏切って悲しませた女、そしていわば彼 ーバラは思った。 ら寝るだろうとも、 の指のあいだからするりと逃げて国外へ逃亡してしまった憎 こう考える以外、リッキーがジョ ・ラムデズと出会ってむべきユダヤ女バ ハラ・ヴォーンにたいして、何とかリッ あだう からでさえも、そもそもバ ハラを聖地まで追いかけてきたキーのために仇討ちをしてやりたかったのだった。 目的、 ハリー・クレッグとの結婚を阻止しようという計画を 「まちがいだったのよ」後日この陰謀がどこかでしくじった あき 放棄しなかった理由には納得がいかなかった。彼女は呆れた ことに気がついた時、リッキーは語った。「 : : : わたしたち ッ ) とこ、リ ーの出生と洗礼についての書類の写しをたずさえはね、クレッグがカトリックの洗礼を受けた証明があれば、 てきたのである。ハリーと彼の弁護士たちは計画的に探索を前の結婚についての無効宣告は絶対に受けられないものだと あきらめたというのに、リッキーはそれを必死になって見つ信じていたの。カトリックでは離婚を認めないでしよう ? け出して来たのだった。彼女はバ ーバラが結婚したがってい そこのところがさつばりわからないのよ」 る相手は私生児だという、 ハラ自身すでに知っている事そこで彼女はあるカトリックの神父に話してみたのだが、 いらだ 実を証明しようという、無茶苦茶なことを考えたのだった。 神父は彼女の声に苛立ちを感じとったらしく、妙な顔をして ところがその結果は、リッキーがバー ハラに見せてやろうと彼女を見ると、「いや、これがあるほうがいいんじゃありま 思って持出した書類のおかげで、 ーの前の結婚についてせんか ? 」と言ったのだった。「あなたがこの証明書を見つ 教会が無効宣告を下す上の障害はきれいになくなり、 けておいでになって、そのお二人にはほんとうによかった」 ラは教会に背かずに結婚できることになったのである。この リッキーは自分の企みを気どられてはと思って、よかった
の、 歳の大柄な娘が町の映画館主と関係して妊娠したとき、リッ リッキーにはほとんど現実の業績がないということだっ うしろだて 判キーはこう言ったものだ。「あの娘は生殖の理論を自分で証 た。しかし、二人はどちらも家柄などという後楯なしに、 明してみせただけのことよ。生まれながらの経験主義者なの自力でこれまで仕事をしてきた人間なのである。そしてこれ ク ね、頭のいい娘だわ」そして放っておけば、熱い試験管で指は実際の姿というよりも、むしろバー ハラの頭の中の問題だ スに火傷をした生徒の親に出すのと同じような手紙を、大真面ったのだが、容姿という点でもハリーはリッキーに似ている 目で書きかねないところだった。 のだった。二人を並べて見たことは一度もない。二人が似て 自分でもそれほどしつこく期待しているつもりでもないの しるのは、結局バ ハラ自身の愛情という孤独なランプの光 ーバラはヨルダンからの白い封筒がさしこまれてはい が投げかける光と影のせいだということも、ある程度はわか すきま っていたのだが。 ないかと、ドアの下の隙間にちらりと目をやった。 昔一人の男が、 リッキーに思いを寄せたことがある。生徒 リッキーは生徒たちに熱心に聖書を読ませた。彼女自身は ざせつ の父親で、妻を亡くした内気な人物だった。その男からすば清教徒的な傾向を持っ挫折した組合教会派だった。バー らしいプレゼント 。カ , ノ ・クレッグとの恋におちた去年の夏休みのあとで、 一本一本すべて種類の違うバラばかり 十四本の花束が届いたことがある。すると「あら」とリッキ リッキーが聖書に述べられているキリストの再臨についての ーは言った。「この人、わたしが園芸を勉強してるって、どェッセイを書けという課題を、上級生に出したことがある。 こで聞いたのかしら。誰かがそんな話でもしたのね、 彼女はその書き方を指導するのに、キリストがこの世に審判 を下すためにもどって来る一節を引用してみせた。「そのと しかしリッキーについて、あるいはバ ーバラが彼女が恋しき、ふたりのものが畑にいると、ひとりは取り去られ、ひと くなったさまざまの本当の理由について、ここで語っていた りは取り残されるであろう。ふたりの女がうすをひいている のではきりがない。バ ハラに一番よくわかっていたのは、 と、ひとりは取り去られ、ひとりは取り残されるであろう。 ・、一フよリ - ッ リッキーがいろいろの点でノ 、リーに似ているということだっ だから : : : 」四】四〇ー生 l) そばに立っていたバー ーこま上の空だったも 大きな違いは、ハ リーは男だという点だった。もう一つキーが教えようとしている本質的な教訓し。 の違いは、彼のほうはこの世界で実際に業績をあげていて、 のの、その文字通りの内容は正確に聞きとっていた。同じ仕 それはすでに到るところで認められているのにたいし、南ア事をしている二人の女が、結果的にはおよそ違った人間にな しカ フリカ生まれで、奨学金で英国へ来たにしては出世したものる、そもそもこんな話は馬鹿げているとしても、リッキーは、
女の学校にいると教えてくれなかったのだろうと思った。だ紙は、いつもなら難しい言葉ばかり並べたぶつきらばうなも ししょ , っ がきっと知らなかったのだろうと気がつくと、こんどはあんのだった。ところがこの激情的な、告白と言っても、 しゃべ なに何でもフレディに喋ってしまった自分に腹が立った。もな手紙ーーどうなったのだろう ? これではまるで裏切った ク おんな う一度手紙を読み返してみたときには、猛烈な吐き気をもよ情人に腹を立てた男の手紙、あるいは家に寄りつかない夫へ できあい スおしたほどだった。 の妻からの手紙、溺愛している十代の娘に母親が書く手紙、 たか 修道院を出たがっている尼に神経を昂ぶらせた修道院長が書 わたしの驚きは言葉では表現できません。慄然としたの いた手紙ではないか。 リッキーにとって、このわたしは何だ はもちろんです。わたしはあなたの親友だから、あなたが というのだろう。そしてわたしにとってのリッキーとは ? ぜったいにそんなことを考えるはずはないと一一一一〔える、と言単に友達というだけではないか。愛の誓いなど立てていはし いました。クレッグさんとのお付き合いというのはわずか な間のごく偶然のもので、恋だ愛だというようなものでは イスラエルの朝はすでに暑くなっていたが、バ ーバラは部 ない、あなたという人に結婚する気持など毛頭ありはしな屋のプラインドを上げると腰をおろして、縮れた黒い髪を短 いことは、このわたしが断言できると言いました。あなた くカットした、りんご色のおてんば娘のようなリッキーの顔 がご自分の人生をめちやめちゃにしてしまったりしたら大と、小太りの姿を思い浮かべてみた。冬ならばツィードのス 変です。 カートにウールのジャンパーを着て底の平らな頑丈な靴をは もちろん、クレッグという人があなたの世界にいるとい いた、夏ならばコットンのドレスにサンダルばきの、小柄で う話を他人から聞かされただけでも、わたしにはたまらな がっしりしたリッキーの姿が目に浮かんだ。 ' 学校のあるあい いことでした。その人のことをあなたがハミルトンさんに だはストッキングの編目から、夏休み中は素足にもじゃもじ 言したという点については、まだ証拠はありませんが、おや見えていたあの黒い毛。夏になってまだ休みにはならない そらく : 夕方など、 ーバラはリッキーの家の狭いべランダに座って 夕食後のコーヒーを飲みながらレコードを聞いていることが ーバラは声を上げた 「まだ証拠はありませんが」よくあったが、 そんなとき彼女の目は無意識のうちに黒い毛 何ていうことだろう ! ひどい リッキーとわたしのの生えているリッキーの脚をじっと見ていたのだった。バー 間はどうなるのだろうーーー彼女は思った。リッキーからの手 バラは、女同士のありふれた友情というものはこういう結果 りつぜん
うるさいほど実にこまかな点まで正確だということだった。 「その通りじゃない ? 」彼女は言った。 「こいつは傑作だ」フレディが言うと、こみあげてきた解放こういう長所をそなえているとなれば、当然ューモアは解さ 感と勝利感に、彼らは月の光のさしている明け方の大気の中ないということになる。一つの問題をめぐって何時間でも真 で声を上げて笑った。車はエルサレムを出ると何に妨げられ剣に話せるという点はみごとだったけれども、その話にはみ じんもウィットがなく、ユーモアを持っている人間がとかく ることもなく南へぐっとカー。フを切り、ポッターズ・フィー やるようにとんでもない脱線をするということがない代り、 ルドへ向かった。 ぜったいに主題からそれないというのが美点だった。実存主 義哲学の歴史と発展についてなら、リッキーは何時間でも論 ーバラは楽しかった。実存は本質に優 ハラのもとへは、英国からずることができた。バ イスラエルを出る十日前のバ つもアメリカ先するという説をリッキーが展開している前で、ときどき相 は思いがけず二通の手紙が来たというのに、 づち かばん 筋の鞄にしのばせてアンマンから持ち込まれていたヨルダン槌を打ちながら、たとえ頭の中だけでもじっと聞いていると、 ・クレッグからの手紙は、期待に反して届かなかっ ーバラは何となくこの人生で立派なことをしているような 気持になれたのである。 た。彼女はホテルの部屋へ帰ると、ドアのそばのカーベット リー・クレッグ しかしリッキーには、この思想を現実に生きている世界に の上にすべり込ませてある封筒を探した。ハ ハラという人間に対して から何とも言ってこないおかげで、同じ日の朝いっしょに届応用する力があるだろうか ? ーバラは、このイスラ いた二通の英国便がすこし腹立たしかった。一通は彼女が教も。彼女自身に対しても。その朝、 エルのホテルの自分の部屋を眺めて、べッドの片付けもでき 師をしていた学校の校長で旧友のリッキー、つまりミス・ イ ゲ ックウォードからのもの、もう一通は弁護士のいとこ、マイていないのにうんざりしていた。手紙は二通とも下へ持って ム ケル・アーロンソンからだった。 行って、中庭で読むことにしようと思った。ところがすぐに ウ また気が変わって腰をおろしてしまった。リッキーは、男と 彼女はまずミス ・リックウォードの手紙を開けた。すこし デまリッキーが恋しくなっていたからである。リッキーには欠女の心理学的生物学的相違についてなら、過去現在の別なく マ 点も数え切れないほどあったが、 これはあまりはっきりしな微に入り細にわたって論ずることができる。またその将来に ついて語ることもできた。、 たが彼女には、現実の男と女が感 い程度のものだったのに、長所のほうははっきりしていた。 じ合う魅力がわかるのだろうか ? 彼女の学校の生徒で十五 その一つは記憶力が異常にすぐれていて学問的に頭がよく、
わたしに対してこの話は嘘だと言いたいのではないか、ハー 妙な目に遭い続けでした。参ってしまうほどではないにし バラはふとそう思った。リッキーにも、いすれ、わたしの運ても、すいぶん悩んだのは本当です。実を一一一一口うとあなたに しものかどうか、いわば進退きわまった感じ 命は彼女のとは違うということがわかる日が来ることだろう。打ち明けてい、 彼女はまずリッキーの手紙をひろげた。マイケルからの手で、まだ迷っているのです。簡単に言ってしまえば、この 二週間わたしは苦しみどおしで眠れませんでした。昨日に 紙には、とくべっ個人的なおもしろいことが書いてありそう なって、あなたにこの苦しみを打ち明けようと決心がつい には思えなかったのだ。待っていたのはハリーからの手紙だ ったのだから、はぐらかされた苛立ちをかかえている彼女と たのです。その原因を何もかもお話しして : しては何か劇的な、気のせいせいするようなことでもありは つつ、つ・はい し・刀 ーバラは、あた その興奮しきった言葉づかいに狼狽したバ 、喧嘩でも何でも、どんな刺激でも、 しいから「欲しい 気持で、ますリッキーの手紙をひろげたのだった。すると初ふたと先のほうに目を走らせると、夢中で数枚読んだところ ・クレ ハ一フ、刀ノ めのほうはちっともおもしろくなかったのだが、やがて彼女で大体の察しをつけた。リッキーはバー を仰天させる話が出てきた。 ッグと婚約したことを知った、それだけのことなのだった。 バラ以上にリッキーと親しくなったエルジ 生徒の母親でバー ハラ、 コニントンとま、バ 愛するバ ハラも一度会ったことがあったが、 お葉書二通ありがとう、どちらも先週、火曜日と金曜日 この夫人が週末にリッキーを招き、その家に滞在中に、ハミ に届きました。まあまあの旅を続けていらしてけっこうでルトン夫人というハロゲイトにいるエルジーの母親を訪ねた す。この経験はためになるでしようーーー学問的にはどうでのである。エルジーは、フレディ・ハミルトンの姉らし、 イ ゲ も、精神的には ! : ところがフレディが母への手紙の中で、ミス・ヴォーン ム こんな現世的な、それでもやはり必要なものの話を持出と知り合 いになったこと、そして彼女がカトリック教会の許 ウ ・クレッグと結婚するつもり しては聖地をけがすことになるかもしれませんが、食物にしさえ出れば考古学者のハ デ 問題がなければいいと祈っています。あなたがスペイン旅でいると書いていたのだった。その話をハミルトン夫人がリ ン マ ッキーにしたのである。どうやらそういうことらしかった。 行から帰ってからの数週間のことは、今でも忘れられませ ーバラはまずフレディがっ 艸ん : ・ : ・『もうわかったわよ : いや事実そうだったのである。 びつくりなさるかもしれませんが、わたしはこの二週間 まらないことを書いたのに腹を立て、どうして自分の姪が彼
フレディはいつもと違う場所で眠っていたせいで、車が近しはそこへごいっしょに泊めていただくのです」 やす 「でも、あなたはどこでお寝みになるの ? 」 づいて来てもスージほどはよくわからなかった。「何の音だ 「、こいっしょのヘ ・ツドに。命ゆたかな方と」 し ? 」彼は一一 = ロった。 えいしよう こういう具合にはこぶのだということ、それなら昔から知 その時ジェリコの方角から三時の最初の詠誦の声が上が り、続いて別の回教寺院からも高い声が聞こえてきた。「実っていたような気がリッキーはした。彼女は救われたような、 これで青天白日の身になれたような気持だった。この時くら に美しい響きだ」フレディはそう一一 = ロうと彼女に体を寄せた。 ハラ・ヴォーンに一泡吹かせてやりたい気のしたこ 「車が家へ来るのよ」彼女は言った。もう聞き違えようのな い音だった。車は外の、玄関に近い辺りで停まった。スージとはなかった。 リッキーがジョ ・ラムデズと熱烈な恋をしている、独り はべッドから出て、窓のところで聞き耳を立てていた。夜空 いたずら ものの休暇の悪戯ではなく真剣な恋なのだということを聞い にはあらゆるモスクからの詠誦の声があふれ、やがて中庭か あぜん ーバラは初めは唖然として信じられなかったけれど らもさらに高い声が響いてきた。と、こんどは外で女のやさ きめ も、やがて一歩退いて、自分はいつごろからリッキーを誤解 しい声と、衣すれの音、複数の足音が聞こえ、車のドアがバ タンと閉まった。「ラティファ ! 」と叫ぶ男の声がした。「ラするようになったのだろうと考えてみた。医者だって、時に は患者がなぜ死なないのかわからないことがあるではないか、 ティファ ! 」 「父よ」スージは言った。「誰かを連れてきて、中へ入れろと彼女は思った。だがリッキーとはもう六年以上も付き合っ ・ラムデズのような ているのに、彼女の中にたとえばジョ と怒鳴ってるわ」 イ 男とべッドを共にできる能力がひそんでいることを発見でき なかったのはなぜなのか、それはどうしてもわからなかった。 ム ウ バラはふと気が付いたのだったーーーそしてその確信 「この部屋であなたとごいっしよさせていただくことになるたがノー . リックウォードは一一 = ロった。 は、やがてリッキーが結婚して英国の学校を売り払ったこと、 ルというのですか ? 」ミス ー・ラムデズ ン「むろんです」ジョー ・ラムデズは答えた。「というより、回教を熱烈に信奉して、いっさいの運命をジョ マ リッキ わたしがあなたとごいっしよさせていただくというほうがい にゆだねたことを知るといっそう強まったのだが ーの、いには別にかくれた部分があったわけではなかったので あなたは大切なお客さまで、この部屋もあなたのお言い つけで用意させたんですからな。ここはあなたの部屋、わたある。ただ明々白々のことを見落としていただけのことで、