つきりと形を成していない漠然たる恐怖がミックをとらえては仏頂面である。 いたのである。 どこかへ行く約束でもあるのか ? と彼は訊ねた。 ミスタ・ド・セルビイ、とミックはねんごろな調子で 別に。あんたさっきのことどう思った ? 何と言ったらよいものやら。あの会話はあんたの耳に 切り出す、ハケットとわたくしを食事に御招待くださいまし も入ったと思うが。あたしたち二人は同じ会話を聞いてたん た御好意はまことに有難く存じますが、実のところわたくし だろうな はすでに朝食をすましておりますので。そういう次第ですか ら、ここでおいとまするのがよろしかろうと存じます。 信じてるのか : : : あれが実際に起きたんだってこと いずれ近いうちにお会いしましよう、とハケットが調を ? それ以外に手がないじゃないか 子を合わせる。そして今朝の事の成行きについて改めて語り ますは一杯ひっかけなくちゃ。 合いたいものです。 ド・セルビイは肩をすくめ、それから例の器具を積み込む彼らは黙りこむ。さきほどの降神術の集い ( 誤解を招きや すい一一 = ロ葉だが、この際あえて使わせて頂くとして ) について ようマクゲティガンに身振りで合図した。 それもまたよしといたしましよう。彼は丁重に応じた。考えるのは、心が乱れるばかりで実りは少ないとわかっては いるものの、さりとてそれにまつわるさまざまな思いを頭の わたしとしては何か軽くつまめばすむことですし、それにお なかから締め出せといわれてもとうてい無理な相談であった。 そらくティーグが付き合ってくれるでしよう。彼の話ですと 雲行きが険悪でまがまがしい空模様になるということでもあともあれミックはこの件についてハケットと話し合っても得 るし、わが家に避難して朝食カオカオ言 、こ、、ゝこ舌し合うのも一興と思るところはないと思った。彼自身もそうなのだが、ハケット ったのです。 の精神にしても解きほぐすすべもなくもつれきっている。一一 = ロ 書 ってみれば彼らは道なき荒野でばったり出くわした二人の浮 それもたしかに一興だろうが、あんたが持ってる例の 文 びん 古壜は滋養分たつぶりの液体入りだってこともお忘れなく。声浪者というところなのだ。絶望にうちひしがれながら、すが キ かはっきり通るようにバイプを口からはなしたティーグは顔るような思いで互いに道を訊ねあっているのである。 ところで、とハケットが思いあぐねたように切り出し を輝かしている。 このようにして彼らは別れ、ハケットとミックは程遠からた。昨日おれが言った麻薬の件についての疑いはまだすっき たど ぬドーキーへの道をぶらぶらと辿った。自転車を押すミックり片がついてないし、催眠術ってことだって考えられないわ
り道の途中にある、スウインドンをちょっと出たところで見つい酒でね。やってみるかい ? よかろう、ここで待ってい たまえ。ばくがお酒とサンドイッチを運んで来る」 力。た、こぎれいな田舎ふうの飲み屋のことを思い出した。 彼らがそこへ着いたのは、七時半ごろである。その飲み屋 サンドイッチはおいしかった。新しい白バンに、薄くて柔 ク は、マイクルが思っていたよりはかなり堂々としていた。彼いロースト・ビーフ。。ヒクルズとマスタードと、ポテト・ク 一らは特別室へはいってゆく。かなり擦りきれて黒ずんだ、古 リスプスも来た。林檎酒は金いろで、すつばくはないが、す い樫の羽目板。せいの高い木の長椅子には、今ふうの赤い革こし渋くて、非常にきつい マイクルは懐かしい酒をごくり が張ってある。かけてある絵はさりげないヴィクトリアふうと飲んだ。子供のころからのお馴染みの酒なのである。だか わ の狩猟の版画で、カーテンの模様は、一バイント入りのコッ ら、一兀気がつくし、さまざまの思い出が湧いてくる。どれも さかびん プとカクテル・グラスの図案だ。バ ーの背後には酒壜が陽気 これも楽しい思い出ばかりだ。 「でも、このへんはウエスト・カントリーじゃないでしょ に光り輝いていて、それに向い合って、大勢の赤ら顔の男た ちが楽しそうにしている。みんなツィードの服を着ていて、 , っ ? 」とトビーが訊ねた。「ばくはいつも、スウインドンと 農夫なのか、それともビジネス・マンなのか判らない。 一一 = ロうのは、むしろロンドンの近くだと思ってた。スラウとご マイクルはトビーを、窓際のかけ心地のよい大きな長椅子っちゃにするくらいですよ」 「ここはウエスト・カントリ に腰かけさせて、彼を喜ばせた。その窓からはこの宿屋の中 ーのはじまりなのさ」とマイク 庭が見えるので、貴重な荷物を積んだランドローヴァーを見ルは言った。「ばくはいつも、そう思ってます。だって、林 張ることができる。 檎酒がその証拠じゃないカ ばくはこの土地の生れでしてね。 「本当はいけないわけだね。君をここに連れて来るのは」と君はどこで育ったんだい ? トビー」 マイクルは言った。「まだ十八になってないでしよう ? あ「ロンドンです。残念ながら。せめて寄宿制の学校にゆきた っこよ あ、ちょうどなの ? それなら大丈夫だ。さて、何を飲む ? 何かアルコール気のないものにしようか ? 」 しばらくのあいだ、トビーの子供のころのことが話題にな 「そんなのいけませんよ ! 」とトビーはびつくりして言った。 った。マイクルはあまり楽しいので、その気になれば大声で にいるの 「この土地のお酒を飲みたいな、どうでしよう ? 」 叫ぶこともできそうな気がした。こんなふうにバー 「なるほど」とマイクルは言って、「じゃあ、ウエスト・カは、すいぶん久しぶりだった。バ ーで椅子に腰かけ、この少 ントリー林檎酒だよ。みんなが飲んでいた。あれはかなりき年に話しかけ、林檎酒を飲むーーそれは、ほかの欲望がはい
707 鐘 けいべっ いやむしろシニカルな聞き手ならば、 たしのことを、気がすむまで軽蔑させればよかったのだ。ノ 彼っていた。元気のいし は今、あの事件のせいでじつに激しくゆすぶられた、自分に今の状況をもっと普通な、こんなに大げさでない見方で見て、 この状況が彼に及ばしている力を減少するのを助けてくれる ついてのトビーの評価を改めるために、あの出会いは自分に とって必要だったのだということを考えはじめていた。 だろうと、彼は無気力に感じていた。しかし、聞き役になっ だれ いけないのは、自分が、善良な人間に属している行為をおてくれる人は誰もいない。それで彼は、自分の行為がもたら こ、なったことだった、とい , っことがい ( マイクルには判る。 した結果を、たえず惨めな気持で意識しつづけている。わた だが、これは逆説になるけれども、善良な人間はあの行動をしはトビーの心の平安をすっかり乱したのだ。わたしはあの 必要とするような立場にはならないだろう。問題を完全に打少年を、伸びやかで陽気な勤勉な若者から、不安で秘密が多 ち切るような、情感に訴えないやり方でトビーと会うことだ く正体の不明な何者かに変えてしまったのだ。トビーの行動 ってできたろう。ただそれはマイクルにはできぬことだった。の変化はマイクルには非常にはっきりしているように見えた 彼は自分の祈りのことを、それから、自分がこの事件をほとので、誰もそれに気がついていないらしいことに彼は驚いて んど信仰の試金石のように見なしていたことを思い浮べてい た。架い信仰の持主なら、大胆に行動して罰を受けないとい それに彼は、自分じしんの心の平安をも失ったのである。 彼ま着実に仕事をしたが、 うことは正しいだろうが、マイクルはそういう人間ではない。不健康な興奮は彼を疲れさせた。 , 。 彼が失敗したことは、まさしく自分じしんの智恵の評価であ仕事の出来ばえは感心しない。毎朝、自分が好奇心と期待を った。自分の精神的なレベルの評価であった。そして彼はこ いだいて目覚めるということに彼は気がついていた。自分が のことについての遅ればせの反省から、今日のこの説教の内 トビーをたえず観察しつづけることを制止できなかった。ト 容を作ったのであるーーー苦い心で。人間は、自分がなんとか ビーのほうもまたマイクルを避けているし、彼を極度に意識 こなせる自分の格より低い行為をおこなわねばならぬ。自分していることは明らかだ。マイクルはまず一般論から推測し より高い行為をおこなってしくじるのではなく。 て、次に少年の振舞を見て、反応がはじまったということを よたかみち マイクルま、、 しま進行中のことの重要性を過大評価するの知った。あの夜鷹の径でトビーと話をしたとき、自分が感じ は危険だということに気がついていた。彼は、自分の行為を、ている清緒には反響があったと彼は吾った。このことを思う 嘆かわしいことではあるがしかしもう災厄をもたらすことな と、彼は今でも心をゆすぶられる。そしてトビーの感情がい たくま うらや かたく しに完了したものとして見なす、逞しい常識を、羨ましく思ま衰えかけているという感じ、次第次第に心を頑なにして行
777 鐘 いになった。思わず嫌悪の念にかられて身が縮みさえした。分を悪しざまに罵り、鐘についてとりとめのないことを口走 キャサリンに抱きっかれたときのことを思い出すと、身ぶるるのである。ニックはストラフォード夫妻から聞いて、キャ いがした。同時に彼は自分を責め、心苦しく思った。一体ばサリンが運びこまれるとすぐ、彼女の部屋に来た。医者がも う来ていて、彼は待たなければならなかった。面会が許され くは、キャサリンが実際に、。 とんなことを考えていたか思い やったことがあるのだろうか。あるいは思いやろうと努めたると、彼は黙って妺のそばに座り、手を取り、何も一言うこと がないままに、上気したような傷ついたような表情を顔にた ことが。そして今、彼女の心の一部が明らかになったのに、 そで してやれることはほとんどないではないか。彼は、彼女にったえていた。彼女のほうは彼の手や袖にほとんど無意識にす 三の正気の がりついたが、視線をまっすぐ向けないで、二、 いて考えることが永遠の祈りになるように努力した。 まくら 一一一一口葉、窓の開け閉めや枕を取ってもらうというようなことを キャサリンが今まで彼を愛しつづけ、今も愛しているとい うことは、どう見ても、自然の道に背いているように思われ口にしただけだった。たぶん、彼はあまりにも彼女の分身で た。マイクルは自分にどう言い聞かせたらいいのか判らなかありすぎるため、こんな場合、支えにも脅かす存在にもなれ ないのだろう。彼はその日の大部分を彼女のもとで過し、そ った。普通の言葉はまったく当てはまらない。キャサリンが だれ ゝ、ほかの見舞客 ほかの誰かを好きになってかまわないのと同様に、自分を好ばを離れたのは、彼女が眠っているときとカ きになってはならない理由はないではないかと言い聞かせてがいるときだけで、その間は館のそばの庭を一人で一廻りす どうてん 誰とも話を みても、そう感じることはできなかった。また、好きになつるのだった。彼はひどく動顛したらしかったが、 しなかった。それにこの混乱しきった日のあわただしい最中 たのは時期が悪かったけれど、そういう対象に選ばれるのは 彼に話しかける暇のある者はいなかった。マイクルは二、 一つの特権だ、とも言い聞かせてみた。キャサリンは精神錯 乱を起しているらしいから、彼女の愛はある意味では無効だ三度、彼と出会ったが、最初のときに遺憾の意を伝えた。ニ ックに話しかけるのは恐しかった。二人のあいだには、キャ と言ってみても、それが事態をよくするか悪くするか、確信 サリンが死体のように横たわっていると思われた。ニックは が持てない 彼女の今の容態はたしかに深い不安の種をまいた。昼間はマイクルの一一 = ロ葉に軽くうなづいて、行ってしまった。 夜が更けてから、ようやくキャサリンのロンドンゆきの手 かなりのあいだ眠って過し、残りの時間はべッドに横たわっ てすすり泣き、マイクルがいようといまいと、彼に向って語筈がととのえられた。マーク夫人が彼女に付き添い、もしそ りかけ、はっきりしないけれど、さまざまの罪を犯したと自のほうがよければ、病院にいる彼女に毎日会えるように近く ののし
らカを尽して努めなければならない。そのあとにこそ救済の的発展における神経症的欠陥であって、かかる状況は気候風 みな 芳香を漂わす魅惑的な花がこの世に咲き出ずるのである。聖土の不安定性がおそらくはその重大要因であると看做しうる ぶどう のである。喫茶店やコーヒー店だってたしかにあることはあ 職につこう、そして、かの古き葡萄園 ( 霊的努力の場所を指す。「マタ ン ・グラスを優 工人を葡萄園に雇うために、朝早く ) にて最善の努力を尽そう、という思る。それにホテルのラウンジに行けばシェリー 雅に傾けることが山山来る。しかし、ど , つい , つものかこ , ついっ プいが心にはじめて浮かんだのは、聖スティーヴンズ・グリ オンにおけるこのひとときなのであるー・ー・と彼は考えた。もっ た場所の雰囲気はいずれも男同士の話し合いにはふさわしく とも後になってみるとそれほど確信は持てなくなったけれど。 ないのであるーーー黒ビールが飲めないからというわけでもな こみち いのだが。 彼は立ちあがり、曲がりくねった小径を心ここにあらすと 何をするにも時と場所というものがある。これは せいこく いった様子で歩きまわった。とりとめのない気分で彼はこのたしかに陳腐な言い草ではあるが、それでもやはり正鵠を得 際放棄すべきものの数々に思いを馳せていた。母のことはどているのは否みがたい。その気になれば入浴中にアコーディ うしよう ? あのしつかり者も今は年老い、その健康もたしオンを弾くことも出来よう。しかしおそらく実際にそれを試 かに衰えを見せている。しかしドロイーダには彼女の妹がい みた人はいないのだ。だしぬけに彼は足をとめ、べンチに腰 る。これもまた末亡人だが、レ ナっこう裕福にやっている。そをおろした。だいぶ歩いたがここでもグリーンの眺めは平凡 うだ、老いた母と離れて暮すことになっても支障はいささか だが美しい。急ぎ足で行く人たち。飛びまわり、ちょこまか くじゃく も生じないだろう。それどころか、息子が司祭になろうとしと歩き、鋭い声で鳴く小鳥たち。そして孔雀一羽、低い茂み ろうそく ているという思いは、消え行く彼女の晩年を蝦燭の光のようの陰をひっそりと歩く。申し分なく整然としているものには に照らし出すであろう。 いつも何かはかない思いがっきまとっているのではあるまい それから放棄断念すべきこと、もう一つ。自由になる金をか ? 酒に使いすぎる。といっても酒浸りの暮し、あるいは酒色に 醒めた目で直視すれば、メアリとの関係は実のところまこ 耽る生活を送っているわけではないのだが。まずいことに居とに皮相かっ卑小なものであった。おそらくは陳腐なという 酒屋というものが到るところで彼を待ちうけているのだ。。 タ表現がより適切であろう。たしかにそれは罪に汚れた関係で だれ プリンにおいて誰かと何かについて話し合おうとすれば、そはなかった。たとえばハケットという名前から連想されるよ の話題が重要であろうとなかろうと、とにかく必然的に居酒うなたぐいの行為はいささかも含まれていなかったのである。 屋が会合の場所となる。この件は社会的悪弊であり、共同体この関係に終止符を打っても彼としてはなんら失うところが
マードック 718 測った点まで吊り上げられる。トビーが貯蔵庫に見つけた第た。ドーラのイメージが、あの空白な女性の形 ( それに対す 二の太綱がここで使われ、その一方の端は鐘を引き上げ、そる自分の好みを、トビーは半信半疑の気持で眺めていたの して太綱は梁の上を通って、近くにある木の股に、太綱のも だ ) を否応なしにみたして行った礼拝堂でのひととき以来、 う一方の端の環に通した金梃子に縛りつけて固定される。ト 彼は彼女の支配下にあるように感じていたし、もっと正確に ラクターにつけてある第一の太綱はこうしてほどかれて、鐘一一一一口えば彼女の命令下にある感じだったのである。ドーラが結 は吊されたままになっている。トラクターは木曜の早朝、耕婚しているという事実はトビーをすこしも苦しめなかった。 作のために戻される。鐘は小屋に吊されて木曜日を過すわけ彼は自分の心の状態がどういうものかを、ドーラに述べるつ つるくさ である。ドーラは緑の枝と蔓草をたくさん集めて来て、それもりも、言葉や身振りで告げるつもりもなかったのだ。彼は で鐘をカモフラージュする。もっとも実際はその日のうちに この控え目な態度を誇りに思っていたし、満足していた。む 見つかることはほとんどと言っていい位あるまい。木曜の夜しろ彼は、ほとんど見かけたこともなければ、これから決し には手押車が運ばれてきて、鐘の下におかれる。綱のゆるみて所有する気持のない高貴な婦人に対する憧れのせいで悩む、 もふくめて、トビーの測定が正しければ二つの面はびったり中世の騎士のような気持だったのである。彼女が遠くへだた と合うことになる。もし彼の測定が正確でなかったら、手押った存在だと考えることは、彼女がここに生き生きした様子 車は地面や石の上ですこし持ちあげられるか、それとも小屋でいること、および寛いだ友達づきあいを彼女としているこ の床を掘って、鐘の縁を受けとめるようにすればよい と ( 彼らの奇妙な事業においては彼女は彼を友達として扱っ して太綱はほどかれ、鐘は手押車の上に置かれることになる。ている ) を、楽しいものにした。彼女は彼にとって光であり さわ こういう見事な手配によって、トラクターを次の晩も使う必権威であった。そして彼女がまきおこす爽やかな感情は、ま 要はなくなるのである。 るで純潔がよみがえったような感じを彼に与えてくれる。 この計画の機械を扱うこまごました事柄は、トビーに一種 トビーが、ドーラのせいで ( もちろん彼女は無意識なのだ ・一う - 一つ の恍惚を味わわせた。それは非常にむずかしいし、しかも精が ) 自分じしんについての新しい発見をしているとき、同時 密にやれば決して不可能ではないので、彼はまるで美術品に にマイクルについての暗いねじれた関心がつづいていて、彼 ついて考えるように、その計画について思いをこらしたのでの心では二つの心理が奇妙な共存をおこなっていた。トビー ある。それはまたドーラへの尊敬のしるしであり、自分が恋はマイクルを避けながらしかも彼を見まもっていたし、彼の うら をしているということを自分じしんに証拠だてるものであっ ことを考えずにはいられなかった。そして彼の感情は怨みと また くつろ あ、 ) が
「君はひどいひとだ」とノーアルが言った。「君はポールを事おじゃんなのよ。だから、お願い。天使みたいになって、 まるめこんでいて、我慢ができないとなると逃げ出す。そのお帰りになってよ。あとですっかりお話するわ。ただ、とっ くせこわくなると、また、あいつをまるめこもうとする。すてもこみいっているの。さあ、帰ってよ、ノーアル。何か持 ちあがらないうちに」 つかり降参しちゃうか、さもなければ負けずにやりあうか、 ドーラ。今度ばかりはノーアルおじさんも、 二つに一つなんだぜ。ほかのことは抜きにしても、君の今の「残念だけどね、 やり方は、ポールに対してだって公平じゃあない。一度あい君の望みどおりじゃなく、自分のしたいことをするつもりだ。 けんか どこに車を置いたらいい ? 坊さんのロールス・ロイスのた っと対等の立場で、はっきりと喧嘩してみるまでは、い ょに暮していたいのかどうか、自分の本心が判りやしないんめ、道をあけとくほうがいいだろうな」 だぜ。逃げまわってばかりいたって駄目さ。い つ。へん喧嘩を「あたしをいじめるのね ! 」とドーラは泣き出しそうになっ はじめたら、ポールといっしょに暮すのなんか、とてもできて叫んだ。 ない相談だと判るのに。ばくが興味を持ちはじめたのは、そ「おいおい。ばくが君の思ってるようにしないで、自分の計 いじめてるなんて言いだすんだね。なる 画どおりにすると、 このところさ。君は当てにならない人だし、だらしがない。 ほど、ポールもこれじや気の毒だな。ここがよさそうだ。こ なんにも知らないし、まったく人をいらいらさせるけれど、 ど , つい , っ・ものか、ばノ、は須に、旱、ばにいてほしいのき、」 の庭のなかに車を入れよう。」彼は車に乗り、エンジンにス 「まあ ! まさか、あたしに忽れたんじゃないでしようね」イッチを入れ、ぐるりと廻って、厩の中庭のあいているドア からは、つこ。 と呆れてドーラは叫んだ。 「ばくはそういう一一 = ロ葉は使わないことにしている。君がいな ドーラは絶望的な気持で見まもっていた。彼の態度から、 くて寂しいと言いたいね。去る者、日々に疎し、じゃないん絶対ここを立ち去らない決意だということがよく判る。これ だよ」 以上哀願しても無駄だろう。騒ぎが起らないようにするため 「まあ , しいこと、ノーアル。今こんなことしてる暇はな には、別の手を打たねばならぬ。これではきっと、一晩中ポ いのよ。とても残念だけど。お気持はありがたいし、本気だ ールと喧嘩をすることになるにちがいない、と彼女は思った。 鐘ってことも判ったわ。でも、あとで説明してあげるけど、今しかし、さしあたり彼女の心を占めているのは、みんなの見 ざた はしなくちゃならないことがあるの。もちろんポールには関ている前で暴力沙汰を惹き起さないようにするということだ 係のないことよ。あなたのせいで事件が起ったりしたら、万った。結局のところ、彼女のあの祭祀が儀式の最高潮になる あき ひ
ぎんげ ええ。 女たちだって懺悔する気になろうってもんじゃないか もちろんあんたもね。どっちみち物笑いの種になるば ではティーグ・マクゲティガンへの伝一一一口をお願いしま す。七時半に馬車で迎えに来るよう伝えて下さい。例のマスかりさ。少なくともあんたに関するかぎり、また酔っぱらっ やっかい て管を巻いてると言われるだけだろうよ。 ク一式をかついで行くとなると、なかなか厄介でしてね。 てはず あの一週間もののおみきはこたえられない逸品だった、 ト・セルビイは愛想よく客たちを こうして手筈が整った。。 し・はら あいさっ まったく。暫くの間を置いてからハケットは思い入れよろし 戸口に導き、別れの挨拶をかわした。 つぶや く呟いた。気分は上乗なんだ。でも、あれに何か麻薬めいた もと ものが仕込んでなかったかどうか、その点がいささか心許な かんまん くてね。作用が緩慢な催眠薬とか、それよりもたちが悪い何 か頭に直接くるやっとか。コルザへ着くころにはすっかりい 二人はドーキーに向かってヴィーコ・ロードをぶらぶらと まゆ おりていった。ハケットはかすかに眉をひそめ、むつつり黙かれちゃってるかもしれないぞ。フォトレル巡査部長に逮捕 りこくっている。ミックは、いここにあらずという風情である。される羽目になるかもな。 そんな、い配なんかくそくらえだ。 考えがうまくまとまらないのだ。晴れわたっていたタ景の残 法廷に引っぱり出されて、今日のことをありていに申 照がまだほのかにあたりを明るくしていた。 し述べよってなことになったら、こいつは御免蒙りたいな。 このての珍事はめったにお目にかかれるものじゃない 例の約束は明日の早朝ということになっているのだか よな、ハケット。 ら、とミックは注意を促す。今日のことは他一一一一口無用としよう 不可思議なウイスキーを振舞われるってのはたしかに じゃ . ないか。 日常茶飯事とは言いかねる。ハケットは陰気な声で応じた。 書 明日の約束を守るつもりなのか、きみは ? しかも同時に死刑の宣告を申し渡されたってわけだからな。 文 そうとも。でもその時刻にブーターズタウンからここ 古ほかの連中にも警告しといたほうがいいんじゃなかろうか キ へ来るには自転車を使う必要があるな。 せめて付き合ってる女たちなんかには。 びまん 二人は歩き続けた。ロもきかず、それそれの思いに耽って。 そんなことをしたって結局のところ失意と不満の瀰漫 くん 、よら コルザ・ホテル、その所有者ミセス・ラヴァティー をもたらすくらいがおちというものさ、とミックは尊大な訓 ふんいき びにそこ独特の雰囲気について語るのは容易ではない 戒周 言いったい何の役に立っというのだ。 力し たね ふけ
くろも同じだったんだろうが、し 、くらバリッとした青い五ポは新しい就職口を捜しにだと言ってーーー街をほっつき歩いた。 だいじん ンド札の束があったって、そいつがそこいらの店主の銭箱へまあはっきり言やあ、すっかり身についたお大尽暮らしがい ついつまでも永遠につづくよう、また五百ポンドでも手には とびこみ、それと交換にカウンターごしにとびきり上等な品 いらないもんかと考えてたってわけだ。なぜなら、違った生 物を渡してくれなきや、生きてる仏さんにはどうってことは ないもんだ。というわけで、金がはいるとさっそく、おふく活に馴れる早さというものは驚くばかりだからだ。まずテレ ビの広告はおれたちに、世の中にはおれたちが夢に見たより ろはおれと五人の兄や姉をつれて街へ行き、新しい服を買っ てお人形みたいにめかしこましちまった。そのあとおふくろどんなに多くの買いたい品が、店の飾り窓をのぞいたときも は二十一インチのテレビと、古いのはおやじが死んだときのどうせ買う金がないもんで全部は見なかった品が、あるかと じゅうたん いうことを教えてくれた。それにテレビはそんな品を、おれ 血だらけで洗っても落ちないもんで、新しい絨毯を買い たちが考えていたより二十倍もよく見せてくれた。映画館で いつばい買いこんだ食い物の袋と新しい毛皮のコートをかか とても信じ見る広告ですらつまらん退屈なものに見えた。そんなものは えてタクシーで家へ帰った。ところがどうだ ちゃもらえないだろうが・ーーそのあくる日、おふくろのパン親しくわが家でお目にかかっていたからだ。せんには店に並 ハンにふくらんだハンドバッグの中には、まだ三百ポンド近んだ動かない品物を見てふんと鼻先であしらったものだが、 くが残ってたもんだ。となりや、だれが仕事なんかに行くか急にそれらの真価がわかりだしてきた。画面を飛びまわり、 ってんだ。かわいそうなのは死んだおやじだ、とうとう一度ピカピカ光り、肉まんじゅうみたいな顔の娘っ子が夢中でマ も陽の目を見られず、一人で苦労して、こんな大金を残してニキュアをした手で飛びついたり、口紅を塗ったロカノ、 リかぶりついたり、何しろ死んだみたいな新聞やポスターの 死んじまったんだから。 ふた 毎晩毎晩、おれたちは片手にハムサンド、もう片手には板けちな広告とはてんで違うからだ。半分蓋のあいた箱や缶な どがそこいらを自由に飛びまわり、さあ早いとこさらってく 孤チョコ、そして足のあいだにはレモネードの瓶をおいてテレ かぎ 者ビの前にすわり、そのあいだおふくろは、どこぞのいい男をれと言わんばかりじゃないか。ちょうど店の窓ごしに鍵のか かってない金庫が見え、店のおやじが何も警戒せずお茶を飲 離二階へひつばりこんで、注文仕立ての新しいペッドの中だっ 長た。まったくほしい放題金があったあの二、三カ月のおれたみに行っちまってるみたいな感じだ。その点じゃ、テレビの かばん ゲンナマ ちくらい、しあわせだった家族もあるまい。やがて金がなく映画もなかなかイカした。現金をいつばいつめこんだ鞄をか かえ、 ( 最後の瞬間までは ) うまくずらかってそいつを使え なると、とくに何を考えるでもなく、おれはーーおふくろに
またそれを下におろし た。ラーフはほら貝を唇に当てたが、 「大人がいたら、なんていうだろうな」と、ピギーはまたく りかえした。「あのざまを見るがいし ! 」 まね 「問題は、はたして幽霊がいるのだろうか、ということなん 狩猟の真似をしている音、ヒステリー気味の笑い声、それ だど , っ田 5 , つ、ピギー それとも獣がいると思 , っ ? 」 にそっとするような物音が、浜辺から聞えてきた。 「もちろん、そんなものいないさ」 「さあ、ほら貝を吹くんだ、ラーフ」 「事なせ、い、 ( ない ? ・」 ビギーがすぐ近くまで顔をすりよせていたので、残った一 まち 「だって、そんなもの意味ないもの。家だとか街だとか 枚の眼鏡のガラスがきらっと光るのが、ラーフにも分った。 「火を燃やすというたいせつなことがある。連中にはそれがテレビだとかなら別だがーーーそんなもの意味ないだろう」 分らないんだろうか」 踊ったり歌を歌ったりしていた少年たちも、踊りつかれ歌 いっかれ、今はその歌も、言葉にもならないただリズムだけ 「ムフこそ、きみはしつかりしなくちゃ。自分の思うとおり、 のものになっていた。 連中にやらせるんだ」 ラーフは、用、い深い声でそれに答えたが、それは何かの定「しかし、かりにそんなのが意味ないとしても ? つまり、 ここでは、この島の上では意味ないとしても ? かりにそん 理をそらんじているみたいだった。 なのが、どこからか、ばくらを見張っていて待ち伏せしてい 「もしばくがほら貝を吹き、しかもみんなが戻ってこないと すると、それでばくらはおしまいなんだ。火を燃やし続けるるとしたらどうなんだ ? 」 ラーフは激しく身震いして、ピギーにからだをすりよせた。 ことは、もう思いもよらないことになる。みんな動物みたい になる。救われるなんてことは絶望だ」 二人は、ものに法えたように飛び上がった。 「そんなふうに話すのよしてくれ ! ね、ラーフ、ただでさ 「きみが吹かなくても、どっちみちばくらはすぐ動物になる。 あいつらが何をやっているのかばくには見えないけれど、だえばくら閉ロしてるじゃないかそれに、ばくは、こわくて いたい聞けば分るんだ」 もうこれ以上辛抱できないんだ。もし幽霊がいるとしたら 王ばらばらになっていた連中も、砂の上でいつのまにかかた 「やつばり、ばくは隊長を辞めるべきだと思うんだけど。あ 蠅まって、真っ黒な塊となってぐるぐるまわっていた。彼らは えいしよう いつらの声を聞くがいい」 何か詠誦らしいものを歌っており、くたびれきったちびつ 「とんでもない , ・ そんなの、よしてくれ ! 」 子たちは泣きながら、そこからよろめき、離れようとしてい