の頃より少しも衰えることのないはげしい思いをよせられ、思われ、正しいこと、大君のお気に召すことのみに力をつく 変ることなくお心をおかけになっておられます。クレーヴのされるお方でしたら、大君が奥方におよせ遊ばされるなみな みならぬご寵愛を、賞めたたえずにはいられないでしよう 人奥方は、二十五歳を過ぎた身でありながらも、なお人に深く 恋い慕われることなどとてもありえぬこと、とお思いになっ に」シャルトルの奥方はさらに一一 = ロ葉をおつづけになって「私 とっ そばぎみ 工ていられるので、祖母君となられ、近ごろおん孫娘を嫁がせのような年かさの女は、よく若い頃の話をしたがるものだと ごと アられたほどのお年のヴァランチノワの奥方に、国王さまが思 一一一一口われますが、もしもあなたが老いの繰り一一一一口などとおっしゃ フ 慕の情をもちつづけられているお姿には、ただただおどろからなければ、あなたにお教えしてさしあげましよう。王さま れるばかりでありました。母君のシャルトルの奥方に、そのとヴァランチノワの奥方とのなれそめのことや、いまは亡き ことをよくお話しになるのでした。 先王さまの宮中にあったことどもを。それは現に起っている 「お母さま、国王さまはあれほど久しく思いをかけられてい さまざまなことと、たいそう関係があるのですから」と申さ らっしゃいますが、いったいそういうことがありうることなれます。 のでしようか。ご自分より遙かに年かさで、しかもおん父君 クレーヴの奥方は言葉を返されます。「昔話の繰り言をお とうして愛しいお気持をおもちに っしやるなどとなじるつもりはございません。でもお母さま、 のご寵愛をうけたお人に、。 なれるのでしようか。人づてに伺ったところでは、ほかにもお母さまは今のこともお教えくださらなければ。これまで宮 多くの男君をおもちのお方だというお話ですけれど」 中のさまざまな利害のからみ合いや、敵味方の結びつきもお 母君はお答えになります。「国王さまが思いをかきたてら話しくださらなかったではありませんか。そういうことにま しと れ、変らす恋い慕うておられますのは、ヴァランチノワの奥ったく暗いものですから、先だってまだ、大元帥さまと王妃さ 方がすぐれたお方であるからでも、真心のあるお方であるか まは、たいそう仲がおよろしいとばかり思っておりましたの」 らでもありません、ほんとうですよ。そのことは国王さまも シャルトルの奥方はお答えになって、「あなたは真実とは 譏りをお受けになっても仕方がありませんね。もしも奥方が、 うらはらのことをお考えでしたのね。王妃さまは大元帥さま ゆいしょ 由緒ある家柄の生れであるばかりか、若さと美しさとをおもを、うとましくお思いなされておいでです。もしおできにな ちで、ほかのことにはまったく目もくれずに、ひたすら真心るものなら、大元帥さまにきっと思い知らせてさしあげるこ わきばら をこめて国王さまをお慕い申しあげるお方でしたら、そしてとでしよう。国王さまのお子様方のうちで、お脇腹のおん子 ばかりが父君に似ていらっしやると、大元帥さまがいくたび 権勢も栄達もお求めにならず、ただ国王さまご自身を大切に はる おおきみ
、また まに思いをこがすこの若殿の、いわば相談役となり、その役方たちに、何事によらす望むところをいつも妨げられてしま います。こちらとしては、そういう方がたのお気に召すよう 柄から宮さまのもとにも出入りされるよ , つになりましたが、 に、ひたすら心がけておりますのに。ですから私を贈らしく 人それが分別もわきまえぬ不幸な恋のはじまりとなり、後にそ スコットランド女王、マー のためにお命まで落とされることになったお方です。 お思いになるもとはと申せば、母君 ( ド・ロレーヌ、一五一五ー六〇 工 ところで、ダンヴィル殿はそのタベ、怠りなく王太子妃ののことがあったからなのです。むかし母君は、あの方がたに ア宮さまのもとに伺候いたし、宮さまのお望みのままに働くべ不安や嫉妬のたねをおまきになったのですから。国王さまは みずか フ く自らが選ばれたことを光栄と存じて、かならず仰せのとおヴァランチノワの奥方をいとしくお思いになる以前、私の母 りにいたしますと、お約束申しあげました。ところが、かね君を慕っておられました。お妃さまをお迎え遊ばしてしばら てよりヴァランチノワの奥方はこのご縁組のもくろみをお聞く、お子さまがお生れになりませんでしたので、ヴァランチ きになっており、なんとか不調に終らせようと心をくだいてノワの奥方を思ってはおられましたが、お妃さまとの離婚を むね なさって、私の母君を、お妃にお迎えになるようほとんど心 おいででした。国王さまにその旨を申しあげておかれました ものですから、ダンヴィル殿がお願いに参上いたしましたとをお決め遊ばしたご様子でした。それで、ヴァランチノワの ころ、その結婚は認めるわけにはいかぬと仰せになり、その奥方は、国王さまがかってお慕いになり、その才智と美しさ ちょうあい ようモンパンシェの若殿にも伝えよとの仰せ言がありました。の故に、ご自分に向けられておりましたご寵愛に影のさすこ あれほどに願わしくお思いだったことが、かなわぬことと知とのあるやも知れぬ女君を恐れられ、モンモランシー大元帥 られたシャルトルの奥方の心中は、どんなものであったか、 さまを味方におつけになったのです。モンモランシーさまも、 察するにあまりあると申せましよう。このような不幸ななり国王さまがギュイーズご兄弟の姉君をお妃となさることには ご反対でした。おふたりは先君フランソワ一世さまも味方に ゆきに、敵方はますます勝ち誇るばかり、姫君にはまことに おひきいれになりました。先の国王さまはヴァランチノワさ 憂き目を見させることになってしまいました。 、とも優しく、自まをたいそううとましくお思いでしたが、今のお妃さまをお 王太子妃さまは、シャルトル姫に向かいし くちお かわい 分がなんの役にも立てなかったことの口惜しいお気持をお洩可愛がりになるあまり、おふたりに味方されて、なんとかア らしになりました。「おわかりでしようが、自分にはた、しンリさまのご離婚を思いとどまらせるように手をつくされた たカがないのです。王妃さまからも、ヴァランチノワの奥方のです。私の母君を嫁になどというお考えを、きつばりやめ からも贈まれているので、そのおふたりや、おふたりに従うていただこうと、お薨れになった王妹の宮のマドレーヌさま おこた きさき
ご家来は後をつけてまいりますと、夕方出ていかれたあの同 ヌムール殿がご退出になれると思われたからです。奥方はい じ村にお入りになります。ヌムール殿はその日一日をそこで ろいろ考えられてみると、どうも思い違いをなさったように 人思われ、ヌムール殿のお姿をおみかけしたと思ったのは、ど過ごされることに決められ、日が暮れたらまたクーロミエに 夫 行かれ、クレーヴの奥方がまたもご自分を避けるようなむご うやら物思いのなせる業だとお考えになります。ヌムール殿 いことをなさるか、それとも無慈悲にも見られるようなとこ 工がシャンポールにいらっしやることはご存知ですし、こんな イ 向こう見ずなことをなさるお方とも思えませんでした。奥方ろにお姿をお見せにならないかを見とどけようと思われるの ア フ はなんべんも小部屋にお戻りになって、お庭にだれかいるかでした。あれほど奥方がこちらのことを思うてばかりいられ 見にいこうかと思われるのですが、おそらく奥方には、ヌムるお姿に、なんともうれしく感じられるとはいえ、ご自分か ール殿がそこにいらっしやることを願うお気持と同時に恐れら逃げられるお振舞いが、あまりにもあたり前のことと思わ よデ . るお気持がおありのようでした。しかし結局、分別とみ深れるだけに、ひどいお歎きにうちくれるのでした。 この時のヌムール殿の胸にあふれる思いほどに、優しくも さがほかのすべての思いをおさえて、無理をしてことを確か めるくらいならば、むしろ疑いのなかにとどまっていた方がまたはげしい思いは、かってどんな恋するお人も感じられた よいとお考えになります。ヌムール殿がそんなに近いところことのないものと申せましよう。殿は、隠れ家の後をさらさ にいられるだろうと思うと、その場所から出ていく決心をすらと流れる小川に沿うて、柳の緑に生い茂るそのしたを歩い おもや るのにもだいぶ手間どられまして、結局母屋にお戻りになっていきました。だれからも見られることのないように、聞か れることもないように、できるだけ遠くまで遠ざかりました。 たとき、もうほとんど夜が明けかけておりました。 ヌムール殿は、明りがついているのが見えている間は庭をそして恋する思いの酔い心地に身をまかせます。すると胸が なにかたいそういつばいになり、そこばくの涙が目に浮かび 離れずにいられました。クレーヴの奥方がご自分のいるのに 気づかれて、ただ避けようとなさって出ていかれたことがお流れるのをせきとめられません。しかしその涙は、辛さのあ わかりになっているのですが、どうしても奥方にお会いするまり流す涙ではありません。やさしさにみち、恋を知る心に 望みが捨てきれないご様子です。あちこちの戸がたてられるのみ宿る不可思議な力のまざる涙でした。 こちらが思い慕うようになってから、奥方がとられたさま のをごらんになると、もうどうにも望みが絶たれたとお考え になります。そしてクレーヴ殿のご家来が待ち伏せしているざまなお振舞いを、ひとっぴとっ思い返されます。奥方もう いつもなんという操正 場所のすぐそばまで戻られ、馬にお乗りになりました。このとましく思ってはいられないものの、 わぎ
いのち 生命までも投げうつようなことを敢えてしたのですが』 つもりなのか、私は。わかりすぎるほどに、わからせ申した このように堪えがたいことばかりをつぎつぎと思われて、 ことを、なおも、申しあげようというのか。かってお慕いし のちはただあふれる涙にうちくれるばかりでした。でもこのておりますと申しあげる勇気もなかったこの私が、あなたが ような悲しみにさいなまれながらも、心の底では、もしヌム私を思うていられるのは存じておりますなどと、ぬけぬけと ール殿がご自分の意にかなうお方であったならば、この苦しお話しするつもりなのか。正面切って私のはげしく燃える思 ずうずう みに耐える力がもてたかも知れないのに、と思われる奥方で いを口に出そうというのか。見込みが少しでてきたので図図 しくなった男と思われるのが関の山だ。あの方のおそば近く いつばうヌムール殿も、奥方に劣らず心安まらぬお気持で によることさえも、考えられないのではないか。私の姿をお した。シャルトル侯に話してしまったというはしたないお振見せして、あの方がお困りになるようなことをしてよいもの 舞いと、そのはしたなさがひきおこした厄介なことどもを思 だろうか。どうやって身の証しをたてたものか。どんな弁解 うにつけ、堪えがたい後悔の念にさいなまれておいででした。 も覚束ない。クレーヴの奥方のお目にふれる資格もない私だ。 さきほどごらんになった奥方の困り果てて、心乱れ、悲しみあの方が私の方に目を向けられることなど、決して願っては にうちくれているお姿を思い出されると、胸ふたがる思いをならない私なのだ。あの方は私から身を守ろうと、いろいろ せすにはいられません。このたびのことで、さまざまなこと手だてを探し求められ、探しあぐねていらっしやったのに、 あやま を奥方に申しあげましたが、 それらを思うと悔まれて仕方が この私が、私の犯した過ちから、この上ない手だてを与えて まれ ないのです。本来は愛しさあまりの言葉でしたが、いまにな しまったのだ。私のはしたない振舞いのために、世にも稀な ひと って見れば、厚かましくもぶしつけな言葉でした。奥方に向愛すべく、敬うべきお女から、慕われるという仕合せと名誉 ひと かって、はげしい恋に思いを焦がしているお女とはあなたのをいまや失うのだ。同じ名誉を失うにしても、あの方が苦し 方ことで、思いを寄せられているのはこの私だなどというようまれたり、死ぬほどにつらい思いをされないですむのだった のなことを言ってしまったのですから。せめて望みうることとら、まだましなのだが。今の私は、あの方のために私の感す 一申せば、奥方とお話をすることでしようが、いやいや、そのる辛さよりも、あの方に感じさせた辛さばかりが心にかかる ク ようなことを望むどころか恐れなければならない自分なのだのだ』 とお思いなされるのでした。 こうしてヌムール殿は、長いこと悲歎にくれ、ただ同じこ ヌムール殿は歎きの声をあげられて、『あの方に何を言う とばかりをお考えになるのでした。クレーヴの奥方とお話し
シャルトルの奥方は、娘君の素直さにおどろかれましたが、れることになっても、そのお心ばえまでもお変えになるとは おどろかれるのも無理からぬところで、これほど大らかで自お思いになれませんでした。夫となることによって、まこと 人然な素直さをもつお人は、たえておらぬからです。それにし に大きな権勢をわがものとなさったとは申せ、奥方のお心の ても、それに劣らすおどろかれたのは、娘君のお心に恋しい なかに占めるご自分の位置は、これまでと別に変りようもあ 工お気持があらわれていないことで、クレーヴ殿に対しても、 りません。夫となられましたものの、得られたもののさらに イ アほかのお方以上に心をゆり動かされていないことがおわかり多くを望みたいなにかしらが、いつも生れてまいるもので、 になっただけに、母君のおおどろきはなみなみならぬものが恋人のときと変らないようなお心でおられるのでした。奥方 ありました。それだからこそ母君は、なんとかして夫となるとの仲は、まことにお気のあったお暮しぶりではありました べきお方をお慕いするようにたいそう心をくだかれ、殿が姫ものの、かけることのないおよろこびにひたりきっていられ をどちらの方かも存じあげないうちから、姫に好意をおもちるとも申せません。奥方に対し、はげしく燃えながらも不安 になり、どなたも姫のことをあえて考えようとしない時に にみちた思いをおもちつづけになり、喜びもかき乱されがち ほかのどんなご縁組よりも姫を選ばれて、そのはげしい思い のご様子でした。と申しても、嫉妬がましいお気持が、この をお一小しになったことを、ありがたくお思いにならなければ 心の乱れに忍びこんでいるわけではありません。夫として、 ならないと、おさとしになるのでした。 クレーヴ殿ほどに嫉妬にかられることのないお方も珍しいし、 ご婚儀の次第もととのし 、、ルーヴル宮にて式がとり行なわ妻として、この奥方さまほどに嫉妬をおこさせるようなたね おんなぎみ れました。そのタベ、国王さまや女君方は、宮中一同をおをおっくりにならないお方もありませんでした。さりながら、 ばんさん ひ ) と つれになって、シャルトルの奥方のもとでの晩餐の席におで奥方は宮中のあやうさに身をさらされておいでで、日毎のよ ましになりました。それはもう贅の限りをつくしたご歓待ぶうにお妃方や王妹の宮さまのもとに伺候いたします。若若し うたげ つや すま りであります。ギュイーズ殿はこの宴の席をご遠慮申しあげ く艶ごのみのいずれの男君も、奥方のお住居や、義兄君でど るような他の方がたとは違った振舞いをお見せすることもな なたをも温かくお迎えになるヌヴェール公 ( フランソワ・ド・クレー やかた ヴェール公とな らす、参じましたものの、そのうちしおれたご様子は、さす ) のお館で、奥方にお目にかかることがおできに る。一七頁参照 うやま がに隠しおおせるものでなく、どなたの目にも著く見られるなるのです。しかし奥方のお姿を前にすると、ただ敬う気持 ほどでありました。 ばかりがかきたてられて、とても艶めいたことなど起りよう さて、クレーヴ殿は、シャルトルの姫君がおん名を変えらもないご様子なので、大胆で国王さまのおん覚えもめでたい しる
いることは、だれもご存知ないはずとお思いですから。それ 王太子妃さまからお呼びがかかっている旨をお伝えしに来た にしても、そのお一一 = ロ葉は奥方に辛い思いをかきたてたことは、 おっきの方と出会われました。早速にお部屋に伺うと、寝台 のところにおられた王太子妃さまが、そこから奥方に大きな容易に察せられることでありましよう。 とし′ ) ろ お声で、じりじりしてあなたをお待ちしていたのですよと声奥方は申しあげます。「ヌムール殿のようなお年頃で、あ のようなご容姿のお方ですから、べつにおどろくほどのこと をかけられました。 クレーヴの奥方はお答えになり「王妃さまがじりじりお待とも思われませんが」 王太子妃さまは言葉をつづけられて、「あなたをびつくり ちくださっても、お礼を申しあげる必要はなさそうに存じま すが。私にお会いになりたいのではなくて、なにか別のことさせるお話は、そんなことではありません。ヌムール公が思 うているお方が、まだ一度も、その素振りをお見せにならな がおありのようで」 いことなのです。そればかりか、そのお方はご自分の恋する 「おっしやる通りです。でもやはり、私にお礼をいっていた だかなければ。これからある出来事をお話ししてさしあげまお気持を押えつけられないことを恐れるあまり、夫君に打ち 明けられ、宮中から遠ざかりたいとお願いになったそうです すが、きっと聞いてよかったと思われるにきまってますか よ。今お話ししていることは、ヌムール殿がご自身のお口か ら申されたところとか」 クレーヴの奥方は寝台の前に膝をおっきになりましたが、 クレーヴの奥方は、はじめのうち、このことはご自分とは 運のよいことに、お顔はかげに入っておりました。 ぞんじ すこしもかかわりないこととお考えになってさえ、心苦しさ 王太子妃さまは申されます。「ご存知でしようが、ヌムー ル公のあれはどのお変りようが、いったいどこから来ているをお感じになったのですが、王太子妃さまのこの最後のお一言 のか、私どもが知りたがっていることは。どうやらそれがわ葉は、ご自分にかかわりすぎるくらいにかかわっていること ひたん 方 かったように思われるのです。そしてそれには、あなたもびが確かになりましたので、もうすっかり救いようのない悲歎 きれい にくれておしまいです。王太子妃さまがお話をつづけていら のつくりなさるでしよう。宮中でも、一、二を争うお綺麗な方 に、ヌムール公は身も世もあらぬお慕いようで、そのお方もれる間にお返事をすることもできず、寝台の上に顔をかたむ レ ク けておいでです。ご自分のお話にすっかり心を奪われて、奥 たいそう思いを寄せられているとか」 このお一一 = 〔葉を伺ってクレーヴの奥方は、ご自分のこととは方がたいそう悩んでいられるのにお気づきにもなりません。 お思いになれませんでした。なぜなら奥方が殿をお慕いしてクレーヴの奥方は、しばらくしてやや気をとり直されると、
これだけおっしやるとクレーヴ殿は、奥方のお部屋から退 うにあなたも私にできないことを望んだわけです。私が分別 を失わないでいることなど、どうして期待できたのですか。出されました。翌日は、お顔もおみせにならぬままに、旅立 私が身も世もあらずあなたを慕っていること、そして私があたれました。しかし、悲しみと誠意と優しさにみちあふれた なたの夫であること、これをあなたはお忘れになったのですお手紙を書き送られました。奥方もたいそう心を打つご返事 か。このふたつのことの一方だけでも、我を忘れるほどひどをさしあげました。その書中で奥方は、これまでのお振舞い くのばせあがるものです。それなら、そのふたつがい っしょの間違いのなかったことを誓われ、行く先のお振舞いもその になったらどうなりますか。現に、こんなふうになっているようになさると誓いをたてられておりました。その誓いは真 のです。荒荒しくて不安定な気持ばかりがあって、自分でも実をもとにしているものですし、偽りのないお気持から出た 抑えることができないのです。あなたは私にはもったいない ものですから、そのお手紙はクレーヴ殿の心をいたくゆさぶ ほどのお方だと思うと同時に、私はあなたにはもったいない いささか心安まるのを覚えられました。その上、ヌムー とも思えるのです。あなたが好きだ、そしてあなたが憎い ル殿はご自分と同じく、国王さまのお供をしているので、ヌ あなたを傷つけながら、あなたに許しを乞う。あなたをすばムール殿が奥方と同じ場所にいないことがおわかりになり、 らしい人だと思いながら、そう思う自分が恥しくなる。つま ご安心でした。奥方も、夫君と話されるたびごとに示される り私の心には、もう落ち着いた考えも分別もなくなっている夫君の情愛、誠実なご様子、そして奥方も胸こ、。こ ししオく愛し六、、 のです。あのクーロミエで話を聞いた日から、そしてあの出夫君につくすべきっとめなどが深く、いにしみついて、ヌムー 来事が人に知られていることを、あなたが王太子妃さまから ル殿を思う気持はうすらいでいくのでした。しかしそれもほ 教えられたあの日から、われながらよくも生きてきたこととんのしばらくの間のことで、やがて以前よりなお生き生きと、 思いますよ。どういうふうに、あのことが人に知れたのか、あざやかにその面影がよみがえってくるのですが。 方 ヌムール殿が発たれたのちしばらくは、殿のいられないこ このことでヌムール殿とあなたの間になにがおこったのか、 せんさく の詮索しようもないでしよう。あなたは決して説明してくださ とがたいして苦にはならなかったものの、やがてそれがとて らないし、私も説明してくれと頼みはしません。ただひとつ、も辛いものに思えてくるのでした。ヌムール殿に思いを寄せ レ ク このことだけは覚えていてください この私という男を、こるようになってからというもの、出会うことが恐ろしかった の世でいちばんの不仕合せにつきおとしたのは、あなただと り、願わしかったりしない日とてありませんでしたが、いま い , っことを一」 はもう偶然の力にたよっても、あの方にはお会いできないと いつわ
, っ思いによるところも少なからすありました。。 こ自分のお気お待ち申しあげておりましたのに。お約束どおりにおもどり 持を、ご自分ではもうどうすることもならす、どなたでも同ならなかったことに、お限み申しあげなければなりません。 人情をし、カづけてくださる方がいてほしいと思っている矢先今朝がた、トウルノンの奥方がお亡くなりになった便りを知 、母君に先立たれ、ただひとり打ち捨てられては、ひたすったのですが、それでまたまたこのように悲しい思いをして 工らわが身の不幸をかこつよりほかありません。クレーヴ殿がおりますが、おわかりでしよう。存じあげていないお方だっ イ おっとぎみ ア心をこめてつくして下さる有様に、奥方は、夫君になすべたとしても、こういう知らせには心を痛めるものです。まし わずら きことをなにひとっ怠ることのないようにしようと、今までてあの方のように若くて美しいお方が、わずか二日の患いで ラ になく強く心に誓うのでした。そしてこれまでなさったこと亡くなるとは、ほんとうにおいたわしいことです。それのみ もないほどこ、 しいとおしさとやさしさをお表わしになり、ひか、あのお方は私のこの世でいちばんお好きなお方のひとり とときも側を離れていただきたくないと願い、夫君にしつかですし、大へん賢くてよいところもたくさんおもちの方でし りおすがりしていれば、ヌムール殿から身を護れるだろうと たのに」 思われるのでした。 クレーヴ殿はお答えになります。「昨日戻れなかったこと ヌムール殿は田舎まで、クレーヴ殿をたずねて来られます。は、すまなく思っています。なんとか慰めてあげなくてはと 奥方にもなんとかお目にかかろうと、あれこれなさいますが、思って、不幸な男をどうしても見すててこられなかったのだ 奥方はどうしてもお迎えしようとはなさいませんでした。おから。トウルノンの奥方といえば、そんなに悲しむことはあ ちえ 会いすれば好もしいお方とかならす思うにきまっていること りませんよ。智恵もあり、あなたの尊敬にふさわしい女とし がおわかりで、なんとしてでもお目にかかるまい ご自分でて、悲しんでいるようだけれども」 ど , つにでもできる場ムロには、。 とんな時でもお会いしそうな破 クレーヴの奥方は言葉を返されて、「まあおどろきました 目には陥らぬようにしましようと、いにしつかり決められるのわ。あなたはよく、あの人ほど尊敬できる女君は、宮中には でした。 いないとおっしやっていらっしやったのに」 クレーヴ殿は宮中に伺候するため、 、リにお出かけになり夫君はお答えになります。「それはそうだが、 ・女とい , つ、も ましたが、翌日には戻るからとお約束されたのに、お帰りはのはわからないものだね。いろいろ女を見てくると、あなた 一日遅れられてしまいました。 のようなお人といっしょになれたのは、まったく仕合せで、 きのう お帰りになるとクレーヴの奥方は申しました。「昨日一日 この幸福はいくら讚えても讚えきれないほどのものだから」 おこた ひと
で奥方をお慕いし、奥方のためにすべてをないがしろになさであったことがやはり思い起されるのです。さらに夫君は、 り、奥方の苦しんでいることまで大切にしてくれ、見られる死にのそんで、奥方がヌムール殿の妻になるのではないかと ことも考えすにただ奥方を見ることばかりを思 。い、なによりの恐れをお表わしになったことも思い出されます。そうなる 人 のよろこびであった宮廷を離れ、奥方をとじこめている家のと、ご自分のきびしい貞節が、あのような考えをしたことで 壁をながめに来るかと思えば、奥方に出会う望みもない場所 いたく傷つけられ、ヌムール殿に嫁ぐなどということは、夫 工 イに行ってはもの思いにふけっていられる。要するにただ奥方君の生前にそのお方に思いを寄せたことに劣らず罪深いこと フ の情愛によってのみ思われるのにふさわしいお方。たとえ慕に見えてまいります。奥方は、ご自分の仕合せをおし殺すよ 一フ われることがなかろうとも、こちらからあの方をお慕い申し うなこういったさまざまな反省に沈みこんでいかれ、さらに あげることになるはどに、はげしい思いをあの方によせるのは、。 こ自分の安らぎを守っていたい、 この若殿に嫁いでも行 だ。そればかりか、あの方はこちらの身分にもふさわしい高く先いろいろ辛いこともあろうと言ったような、いろいろな - ) とわり い地位にもあるお人なのだ。この自分の思いをはばむような理由をつけて、そのご反省をさらに動かせぬものになさるの っとめ 義務も操ももうありはしない。あらゆるしがらみはとりのそでした。こうして結局、二時間もの間を、その東屋で身じろ かれ、ふたりの過去の生き様から残るのは、ただヌムール殿ぎもせずに過ごされたあげく、家にお戻りになりましたが、 っとめ のご自分によせるはげしい思いと、ご自分がヌムール殿によ もうその頃には、あの方にお会いするのは、ご自身の義務に せるはげしい思いはかり。 まったく反することなのだから、なんとしても避けなければ とこういったさまざまな考えは、どれも奥方にとってはは と、すっかり思い込まれるようになられておいででした。 じめてのものばかりでした。クレーヴ殿のお亡くなりになっ しかしこう思い込まれたのは、奥方の分別と貞節から出た なげ たお歎きが、奥方の心をいつばいに満たしていたものですか反省によるものですが、奥方の情はそれにひきずられません こころね ら、このようなお考えに目を向けるいとまもなかったのです。でした。、い根は依然としてヌムール殿にはげしくひきよせら いまヌムール殿のお姿を目のあたりにしたことで、そのようれていて、痛ましいほどのご様子で、もう心の安まるいとま たば なお考えが心のうちにどっと束になっておしよせてきたのでもない有様です。その夜は、これまで過ごされたこともない ほどにつらい夜でした。あくる朝、最初になさったことは、 した。しかし、そんなお考えが胸にいつばいつまった後でも、 結婚することもできそうに思えるこの同じお人が、夫君の生こちらに面している窓辺にだれかいないかを見に行くことで もと 前にご自分の慕ったお方であり、夫君の死の因となったお人ありました。行ってごらんになると、やはりヌムール殿のお ぎま とっ
とでしようね。知らせのあった通りにしたので、全軍を救う くる敵から、それはもうあらんかぎりの憂き目を見られるこ 判ことができたのです。 とに、なりました。。 ウアランチノワ公の奥方はこのように、お ふくしゅ・う 人この奥方は、裏切りが首尾よくいったことを、そういつま 、いにそぐわぬ方がたを残らず心ゆくまで復讐なさったわけ でも喜んでいられるわけにはまいりませんでした。それからです。そうして国王さまのお心を動かす奥方のお力は、王太子 ッ はやりやまい 工間もなくして、オルレアン公さまがなにか流行病におかかであられたころよりもはるかにうむをいわせぬものとなりま カく アりになって、ファルムーチェでお薨れになったのですから。 した。国王さまのご冶世は、もう十二年にもなりますが、奥 きれい ひとり フ この君は宮中でもっともお綺麗な女君のお一人と、相思の仲方は並ぶもののない権勢を誇っておいでで、役職の任免、 まつり」と でいられましたけれど、そのお名前は申しあげますまい。公政事のことどもも意のままになされ、トウルノン枢機卿、 のなきあとも、たいそう立派な生き方をされ、オルレアン公オリヴィエ大法官、ヴィルロワさままで追放の憂き目におあ きようじよ、つ さまにお寄せになった思いを一心にお隠しになっていられるわせになりました。奥方の行状を国王さまに告げロなどな ので、まことに評判にふさわしいお方ですからね。ォルレアさる方は、みなそのために身を滅ばすことになるのです。砲 カく ン公さまがお薨れになった知らせをうけられたちょうど同じ兵総司令官のテー伯爵は、奥方がおきらいでしたので、その おっとぎみな ねた ご自分の夫君の亡くなられたことを知らされたので色好みのこと、とりわけ国王さまが以前より嫉ましくお思い つや すから、不思議なめぐりあわせです。それを口実として本当のだったプリサック伯爵との艶ごとを申しあげすにはいられま ーーカ ふき。よ・つ 悲しいお気持を、なんの憚りもなくお隠しになれたわけです。せんでした。ところが、奥方はたちまちテー伯爵がご不興を ところで国王さまも、その王子のあと間もなくはかなくお蒙むるようなされ、伯爵はその職務から追われることになり なりになりました。二年後に崩御遊ばしたのです。トウルノ ました。とても信じられぬことですが、奥方はその職に。フリ すうききよう ゆい ン枢機卿とダヌポー提督をお用いになるよう王太子へのご遺サック伯爵をつけるようはかられ、ついでフランス元帥の名 ごん そね 言でしたが、当時シャンテイイに謹廩中であられた大元帥さまえまでお授けになったのですよ。とはいえ国王さまの妬み まについてはお一言葉がありませんでした。ところが王太子さ ははげしくなるばかりで、元帥が宮中におられるのがなんと みくらい しっとしん まが御位に即かれてはじめになされたことは、大元帥さまをもつらくお思いでした。ほかの方なら嫉妬心ははげしくあら まつり′ ) と お呼びもどしになり、政事の采配をおまかせになることだあらしいものですのに、国王さまのは、ヴァランチノワの奥 ったのです。 方にひどく気がねをなさっていられるせいか、なんともなま こいがたき デタンプの奥方は宮中を追われ、力を得てかさにかかってぬるく控え目になさるのです。それでその恋敵をしりそけ っ ′一う