ジェルヴェーズが店に戻ってくると、やぶにらみのオーギ間のおねんねするときでもないのによ ! 」 ュスチーヌがクレマンスから思いっきり平手打ちを食らって だが突然いびきをかき始めた。そこでジェルヴェーズは彼 いるところだった。加熱器にのせたアイロンがひとっ汚れてがやっと寝ついて、気持のよい二重マットレスの上で酔いを あんどためいき うれ いるのをマダム・ビュトワにみつけられたためである。マダ醒ましているとわかって嬉しくなり、ほっと安堵の溜息を洩 ム・ピュトワがそれに気がっかず、ブラウスを一枚すっかりらした。彼女は円ひだ用の小アイロンから眼をはなさず、そ 汚してしまったのだ。クレマンスが自分のアイロンを掃除しれをてきばきと動かしながら、沈黙のなかでゆっくりと途切 ておかなかったことをごまかそうとしてオーギュスチーヌをれすに話した。 叱りつけ、アイロンの裏に糊が焼け焦げたままこびりついて「仕方がないわよね、あのひと聞き分けがないんだもの、怒 いるのに、神様に誓ってそれはあたしの使ったアイロンではるわけにもいかないわ。突きとばしてみたって、どうなるも ないと言ったので、見習い娘がそのような不当なごまかしにんでもなし。あのひとの一一一一口葉に調子を合わせて寝かしてしま 墳慨して、こんどは堂々と正面からクレマンスの服の上に唾うのがいいのよ。すくなくとも、すぐに片づいてしまうし、 を吐きかけたのである。そのためにしたたかに顔をぶたれてあたしも落着ける : 。それに悪いひとじゃあないわ。あた ろうそく しをとても愛してるの。さっきも見たでしよう、あたしにキ しまった。ゃぶにらみの少女は涙をこらえて蝓燭の切れつば しでアイロンの手入れをした。けれどもクレマンスのうしろスするためなら、。 とんな目にあったっていいと思ってるの。 を通るたびに、唾をためておいてはそれを吐きかけ、それがあれでとても優しいひとなのよ。飲むと女を漁りにゆく男の あのひとはここに真 スカートを伝わって流れ落ちるのを見ると腹のなかで嘲笑うひとがとても沢山いるんですもの : のだった。 直ぐ帰ってくる。そりゃあ、あんたたちにふざけたりするけ ど、どうってことはないわ。わかってくれるわね、クレマン ジェルヴェーズはまたポンネットのレースに円ひだをつけ る仕 . 事にとりかカオ ゝっこ。部屋が急に静かになると、奥の部屋ス、気を悪くしないでね。酔っぱらいってどんなものか知 から酔いでよく舌のまわらぬクーポーの声が聞えてきた。あているでしよう、父親だって母親だって殺してしまうかもし たわい あたし、 酒いかわらず他愛がなく、ひとりで笑いながらきれぎれの一 = ロ葉れないのよ、それも覚えちゃいないんだから : を口に出していた。 あのひとを心から許してるの。みんなと同じような普通の男 4 ・ 「馬鹿だなあ、女房のやっ , 馬鹿だよ、おれを寝かすなのよ、まったくねえ ! 」 なんて ! こんなことをだらだらと情熱もこめすに語る彼女は、すで まったく馬鹿馬鹿しすぎるよ、こんなまっ昼 あざわら あさ
ゾラ 438 いのに、骨の髄がからつばになるほど男に身をまかせていた。 物の下ばきの飾りを念いりにひたす。それから手をバケツに 突っこみ、まだ糊づけをしていないワイシャツや下ばきの上男にたつぶりと抱かれた翌日など、頭にも腹にもばろがいっ か′一 で手を振ってから、糊づけをした洗濯物を丸めて四角い籠のばいつまったようで、石畳を踏む足も宙に浮き、仕事をしな がら居眠りをしてしまう。それでもくびにならなかったのは、 底に置く 「ピュトワさん、この籠はあんたの受け持ちょ。いそいでち彼女ほどすっきりと男物のワイシャツにアイロンをかける自 ようだいね、すぐ乾いてしまうから。一時間もたったらやり信のある職人がいなかったからである。男物のワイシャツが 彼女の専門だった。 直さなくちゃいけなくなるわ」 「あたしの好きにさせといてよ」胸をたたきながら、とうと マダム・ピュトワは四十五歳のやせて小柄な女で、古びた う彼女はロを開いた、「かみつくわけじゃなし、だれにも痛 栗色の上っぱりのボタンをきちんとはめたまま、汗一滴かか ずにアイロンをかけていた。それどころか、もとの緑色が黄い思いをさせてなんかいないのよ」 「クレマンス、。フラウスを直しなさいよ」と、ジェルヴェ 色に褪せたリポンをつけた黒いポンネットを脱ぎさえしなか った。彼女には高すぎる仕事台のまえにぎごちなく立ち、両ズが言った、「ピュトワさんの言う通りよ、みつともないわ 。うちの店を変な所に間違えられてしまいますからね」 肱を張って操り人形のようなぎくしやくした仕種でアイロン そこで大柄なクレマンスは、ぶつぶつ言いながら服を直し をかけていた。突然、彼女が叫んだ。 「まあいやねえ、クレマンスさん、。フラウスを直してよ。あた。まあ、お上品ぶっちゃって ! それになによ、表を通る たし、だらしのないのがきらいなの。そんなにしているとな男たちは一度もおつばいを見たことがないっていうのかし わき にもかもまる見えよ、もう男のひとが三人も店のまえで立ちら ! そこで彼女は、自分の脇でシーツや靴下やハンカチー フなどにアイロンをかけている見習いのやぶにらみのオーギ 止まったじゃない ュスチーヌにうつぶんを晴らした。オーギュスチーヌを叱り のつばのクレマンスは、ロのなかで、なによ、この婆あ、 ひじ つけ、肱でこづいたのだ。しかしオーギュスチーヌのほうも と言った。息がつまりそうなんだもの、楽な格好したってい いじゃないか。あたしはひと一倍暑がりなたちなんだ。それ負けてはいず、みんなから意地悪にされる不器量な女独特の ひねくれた陰険さでもって、仕返しにこっそりとクレマンス になにが見えるっていうのさ。彼女が両腕をあげると美しい たくま 女の逞しい胸に肌着は裂けんばかりであり、短い袖は肩の辺の服の背中に唾を吐いた。 シェルヴェーズはマダム・ポッシュのポ そんなあいだに、。 りで弾けようとしていた。クレマンスはまだ三十にもならな そで
プールグアール らはただ息子の幸福だけを考えていきたいと言った。彼はずら大通りを流してるすれつからしなのよ。クレマンスは面白 そうざいや っと南フランスに行ったきりになっているクロードのことを半分であとをつけていった。淫売は惣菜屋に入って小えびと 口に出したことはなかった。毎晩エチェンヌの額に接吻して ハムを買った。それからラ・ロシュフーコー街に着くと、ラ したが、子供がそのままそばにいようものならなんと言ってンチェさんは家のまえの歩道に突っ立って、さきに部屋へあ よいかわからず、子供をそっちのけにしてクレマンスにお世がっていった女が窓からあがってらっしゃいと合図するのを 辞を言いはじめるのであった。それでジェルヴェーズも心が上を向いて待っていたのよ。だが、クレマンスがいくらいや 落着き、自分のなかで過去が死んでゆくのを感じた。ランチらしい説明をあれこれと付け加えてみても、ジェルヴェーズ 工が眼前にいるということが、かえって、プラッサンや《親は落着いて白いドレスのアイロンかけをつづけていた。話を 切館》の思い出をすりへらしてゆくのであった。彼とたえず聞いている彼女の唇にときどき微笑が浮かんだ。プロヴァン とれもこれも 会っているので、もはや彼を夢想することがなくなった。そスの男たちっていうのはね、と彼女は言った。。 れどころか、昔のふたりの関係を思い出すと自己嫌悪に襲わ夢中になって女の尻を追いかけるのよ。あの男たちにはどう れるほどだった。ああ、終ったんだわ、すっかり終りになっ したって女が要るの。ごみの山にシャベルを突っこんでも女 たんだわ ! いっかランチェが撚りを戻そうなんて言いだしをすくいあげてしまうほどなのよ。そして夜になって帽子屋 っ たら、返事のかわりに横っ面を両方ひつばたいてやる、 が来ると、クレマンスが金髪女のことで彼をからかうのを面 そのこと亭主にぶちまけてやるから。そして彼女は、あらた白がった。それに、ランチェのほうも見つかったことをかえ めて、なんのやましさもなく、この上なく甘い気持に浸りな ってうれしがっている様子だった。おやばれたか ! あれは おも がら、グージェのやさしい友清に想いをはせた。 昔なじみでね、いまでもだれの邪魔にもならないときに、と ある朝、クレマンスが仕事場に来ると、昨日の夜十一時ごきどき会ってるんだ。いかす女でね、紫檀の家具をもってる ろランチェさんが女に腕をかして歩いているのに出会ったとんだよ。そして彼は、その女の昔の愛人には子爵がいたし いう話をした。彼女は意地悪をしてやろうという気持をこめ大きな陶器商がいたし、公証人の息子がいたと数えあげてい て、ひどくきたない一一一一口葉づかいでこの話をして、女主人の顔つた。おれは香水の匂いのする女が好きだな。そう言って、 色をうかがった。そうなの、ランチェさんはノートルⅡダあいつが香水をかけてくれたんだとハンカチをクレマンスの ムⅡドⅡロレット街をあがっていったわ。女は金髪でさ、絹鼻先につきだしたところに、エチェンヌが戻ってきた。する しり のドレスの下はお尻をまるだし、やりづめでふがふがしながと彼は例のまじめくさった顔つきになり、息子に接吻し、女 ポン
「その子の邪魔をしないで。どうかしてるわよ、あなた」ジ 「ここがまえに垂れて旗みたいにひらひらするってわけ エルヴェーズは穏やかにきめつけた、「あたしたちいそがしね ! 」彼女はいっそう声高く笑いながらそう言った。 いのよ、わかるでしょ , ゃぶにらみのオーギュスチーヌがふきだした。それほどこ いそがしいだって、へえ ! それがなんだい ? おれのせのひとことがおかしかったのだ。彳 皮女は叱られた。この洟垂 いじゃねえや、なにも悪いことなんかしちゃあいない さわれ娘ったら意味もわからないのに笑うなんて ! クレマンス ってなんかないよ、見てるだけだ。神様がつくってくださっ が彼女にアイロンを渡した。アイロンがさめて糊づけをした た素敵なものをもう見ちゃあならねえっていうのかい ? そ衣類には不向きになると、この見習い娘がそれを布巾や靴下 れにしても色つばい腕をしてるねえ、垢ぬけてるじゃないか、 に使って熱を最後まで利用するのだった。ところが彼女は渡 やけど クレマンス ! 料金を二スー取って身体を見せたりさわらせされたアイロンをつかみそこなって、手首に長い火傷をして たりしたらいし 、よ、だれもお金をもったいないとは思わない しまった。彼・女はしくしく」きながら、わ、と , 火帽切をき、せた ぜ。一方、女のほうはもはや逆らわす、この酔っぱらいのあのだとクレマンスに文句を言った。ワイシャツの前身頃に当 けすけなお世辞に笑っていた。それどころか、彼を相手に冗てるためのすっかり熱くなったアイロンをとりにいっていた 談口を交すほどだった。彼はワイシャツのことにかけて彼女クレマンスは、そんなにいつまでも文句を言っているようだ をからかった。それじゃ、あんたはいつでもワイシャツのな と両方の耳にもアイロンをかけてやるよとおどかして、すぐ かにいるってわけか。そうよ、そのなかで暮してるようなも に彼女を静まらせた。そのあいだにも彼女は烏賊胸の下に毛 のだわ。ええ、まったくのところ、ワイシャツのことなら、織りの布を押しこんでから、糊がゆっくりと滲み出て充分に なにからなにまで、その出来具合まで知りつくしているわ。乾くようにアイロンをゆっくりと押し当てていった。ワイシ もう何百も何百ものワイシャツがあんたの手を通っていった ャツの前身頃は丈夫な紙のように固くなり、光沢がついた ってわけだね ! この界隈では金髪の男も茶色い髪の男も、 「へへえ ! 」大声でそうロにするクーポーは、酔っ払い独特 みんなあんたの手がけた品を身につけてるってことか。彼女のしつつこさで彼女のうしろで足を踏み鳴らしていた。 彼は背伸びをして、油の切れた滑車のような笑い声をたて 酒のほうは両肩を揺すって笑いながら仕事を続けていった。島 賊胸の開きからアイロンをいれて背中に大きな折り目を五つた。クレマンスが、両方の袖口をまくりあげ、両肱を宙に浮 まえみごろ つけてから、前身頃にアイロンを当て、それにも同じように かせるようにして張り、頸を曲げて、仕事台の上に強くのし かかるようにして力をこめて仕事をしているところだった。 大まかな手つきで折り目をつけていった。
こまねばならぬほど大きな鵞鳥だった。ゃぶにらみのオーギ部屋にすしづめになった。小型ソース。ハンをいくつも使って ュスチーヌが小さな腰掛けに坐って、ロースターの火の照り揚げ物をする音で話し声はかき消された。だれかのドレスが 返しをまともに受けながら、真剣な顔をして長い柄のスプー ロースターにひっかかって、ひやりとさせた。鵞鳥の焼ける ンで鵞鳥にたれをかけていた。ジェルヴェーズはべーコン入匂いがぶんぶんしてきたので、みんなの鼻の穴が大きくひら りのグリンピースにかかっていた。クーポー婆さんはこんな いた。そしてジェルヴェーズはたいへんに愛想のいい態度で、 にたくさんの料理にかこまれて頭がばうっとなって、うろうひとりひとりに花の礼を言ったが、それでも深皿でホワイト ろしながら、豚の骨つき背肉とホワイトシチューを暖め直すシチューのためのルーをつくる手を休めなかった。花の鉢は、 時間のくるのを待っていた。五時ごろになると招待客が来は鉢を包む背の高い白い紙をつけたまま、店のテープルの端に じめた。ますはじめが店で働いているクレマンスとマダム・ 置いた。花の甘い香りが台所の匂いと入り混じった。 ピュトワのふたりで、前者は青い色の、後者は黒い色のよそ 「千 . 」忸いましょ , つか ? 」と、ヴィルジニーが一 = ロった、「あん 行きの服を着ている。クレマンスはジェラニウムの、マダたたちは三日も前からこのご馳走をつくってるのに、こちら ム・ピュトワはヘリオトロープの鉢を手にしていて、ちょう はそれをあっという間に平らげてしまうっていうんじゃ ど小麦粉で手を真白にしていたジェルヴェーズは、やむなく 手をうしろにまわして、彼女たちひとりひとりの両頬に大き 「当り前じゃよ、 オし ! 」と、ジェルヴェーズが答えた、「ひと せつぶん な音をたてて接吻した。すぐっづいてヴィルジニーが、通りりでにできるってものじゃないもの : しいのよ、手を汚 をひとっ渡ってくるだけなのに、プリント模様の薄地ゥール さないで。ほら、もうすっかり支度はできてるの。あとはポ タージュだけ : のドレスにショールと帽子という奥様然とした服装ではいっ てきた、彼女は赤いカーネーションの鉢をもってきた。そし そこで、みんなはくつろいだ。ご婦人がたはべッドの上に て自分のほうから洗濯屋の女主人を大きく腕にかかえ、つよ ショールや帽子を置き、それからスカートを汚さないように く抱きしめた。つぎにポッシュが三色すみれの鉢を、マダまくりあげてピンで留めた。食事の時間まで管理人室の番を もくせいそう 酒ム・ポッシュが木犀草の鉢を、マダム・ルラがレモン草の鉢させるため女房を帰したポッシュは、はやくもクレマンスを をもって現われたが、マダム・ルラの紫色のメリノ・ウールアイロン加熱器のある片隅に押しこんで、あんたはくすぐっ のドレスが鉢の泥に汚れていた。一同は接吻を交し、三つのたがり屋かい、とたずねていた。クレマンスは息をはずませ、 からだ かまどとロースターとから息苦しい熱気の立ち昇るなかで、身をよじって身体をまるめ、服の胸のあたりが乳房ではちき ほお そう かたすみ
念いりに仕上げていった。 かを確かめた。自分のわきの板石にこすりつけ、腰にさげた 静かになった。しばらくのあいだはアイロンを当てる鈍い布で拭ってから、三十五枚目のワイシャツに向かい 、ますョ 音しか聞えなかった。四角い大きなテー。フルの両側で、女主 ークと袖にアイロンを当てた。 ゾ人とふたりの店員と見習いとが立って、それそれ仕事の上に 「あら、クーポーさん」すこし間をおいてからクレマンスが かがみこみ、肩を丸め、腕をたえまなく往き来させていた。 一一一一口った、「ブランデーをちょっと一杯というのは悪くはない それそれ右側に、熱すぎるアイロンをのせておくための焦げ ものよ。あたしはそれで元気が出るの : それにたちまち れんが 目のついた平らな煉瓦を置いていた。テープルのまんなかにお酒がまわるなんてかえって面白いじゃないの。あたしはこ は深皿にきれいな水をいつばいに張り、そのまわりに布巾との世に夢なんかない、長生きできそうもないってわかってる づけ 小さな、、フラシがひたしてあった。。 フランデー漬のさくらんばのよ」 ゆり そろ をいれてあった壺に活けた大きな百合の花束は咲き揃って、 「いやなひとねえ、お葬式の話なんかして ! 」と、マダム・ 雪のように大きな花の房がそこにまるで王宮の庭園のような ピュトワが口をはさんだ。彼女は陰気な会話を好まなかった。 趣を添えていた。マダム・ピュトワはジェルヴェーズの整え クーポーは立ち上がっていたが、。 フランデーを飲んだと非 た洗濯物の籠に取りかかって、ナプキン、ズボン、プラウス、難されていると思いこんで腹を立てていた。自分の首、女房 カフスなどにつぎつぎとアイロンをかけていった。オーギュや子供の首にかけても、おれは一滴だって身体に。フランデー スチーヌは大きな蠅が一匹飛びまわっているのに気をとられを垂らしこんでなんかいない、 と彼は誓った。そしてクレマ て顔を上に向け、自分の受け持ちの靴下や布巾をあたりにひンスに近づいて、その顔に息を吐きかけ、匂いをかがせた。 ろげたままでいる。のつばのクレマンスはというと、朝からそれから彼女のむきだしの肩のほうに顔を向けて、にやにや もう三十五枚目のワイシャツに取りかかっていた。 笑いだした。のそきたかったのだ。クレマンスはワイシャッ 「いつでも葡萄酒なんだ、安物のプランデーなんそは絶対に の背中をたたみ、その両側にかるくアイロンをかけてから、 えり やらねえんだ ! 」板金工がだしぬけにこんなことを言ったの袖ロと衿に取りかかった。しかし、彼がどんどんにじり寄っ は、はっきりさせておかなければいけないと感じたからだ、 てくるので折り目をつけそこなってしまい、皿からプラシを 「プランデーはおれには毒だ、ありゃあいけない ! 」 とってその部分を湿らせなければならなかった。 クレマンスはプリキに皮を巻いた柄を握って、加熱器から 「おかみさん、旦那がこんなふうにあたしのうしろにくるの アイロンを取り、頬に近づけて充分に熱くなっているかどうをやめさせてください ! 」 はえ
落着き、新しい習置におさまった。ジェルヴェーズは汚れ物の隠れ家であったようである。 がちらかっていることにも、ランチェがうろうろすることに はじめのころ、ランチェはボワッソニエ街の角にあるフラ も慣れてしまった。ランチェのほうはあいかわらず例の大仕 ンソワの店で食事をしていた。しかし、一週七日のうち三度 事の話をした。ときどき髪をきちんととかし、白いワイシャ か四度はクーポー夫婦と一緒にタ食をした。そこでしまいに ツを着て外出し、どこへ行ってしまうのか、外泊することも は土曜日ごとに十五フラン出すから食事つきにしてくれない あり、帰ってくると、 いかにも疲れきり、頭が割れそうだと かと申し出た。そうなると彼はもう家をはなれす、すっかり いう様子で、まるで二十四時間ぶっとおし重大な用件を議論腰を落着けてしまった。朝から晩まで上着もきすに店と奥の してきたかのようだった。事実はうらうらと遊びまわってい 部屋を行ったり来たりして、大声でなにかものを言いつけて たのである。まったく、この男が手にたこをつくる心配など いる。お客の応対までやり、店の指図をした。フランソワの 亠め、り - はーしよ、 いつも十時ごろ起きて、お日さまの具合が店の葡萄酒が気にいらなかったので、ジェルヴェーズを説き 気に入れば午後は散歩し、雨降りだと店で新聞に眼をとおしふせて、これからは隣の石炭屋のヴィグルーのところで買う ている。まさしくこここそが彼にうってつけの場所だった。 ようにさせた。注文に行くついでにポッシュと張り合ってそ スカートにとりまかれていればご機嫌この上なく、女たちが この女房をものにしようと考えたのだ。つぎに、クードルー 一番集まっているところにはいりこみ、女たちの下品な一一 = ロ葉の店のパンは焼け方が悪いと言いだし、フォープール・ボワ が大好きで、なんとかしてそれを言わせようと仕向け、一方 ッソニエールにあるウィーン出の。ハン屋メイエのところにま 自分のほうは上品な一一 = ロ葉づかいを守るという男だったのであで、オーギュスチーヌを買いにやらせた。食料品屋のルオン る。彼が洗濯女につきまとってはなれない理由はここにあっグルも変えさせてしまい、残ったのはポロンソー街の肉屋、 て、そもそも彼女たちはおよそ淑女ぶらないからである。クでぶのシャルルの店だけだったが、これは政治的意見が彼と レマンスがこまごまとした話をあけっぴろげにまくしたてる一致したからである。ひと月もたっと、彼はあらゆる料理に と、彼は粋な口ひげをひねりながら、やさしそうに微笑してオリーヴ油を使ってくれと言いだした。クレマンスが彼をか 屋 、た。仕事場の匂い、腕をまくりあげてアイロンをたたきつらかった一一一一口葉を借りれば、このプロヴァンス野郎にやつばり 居けている汗まみれの店の女たち、近所のご婦人がたの下着が脂っ気がくびをもたげてきたのである。彼は自分でオムレッ ちらばっているまるで女の寝室のようなこの片隅が、彼には、をつくったが、両面をひっくりかえしてクレープ以上にこん 夢にまで見たねぐらか長いあいだ探し求めてきた怠惰と逸楽がりと焼くので、まるで軍用ビスケットみたいに固かった。
「そのまえはポトフーがしし を使っているロリュ夫婦と仲直りをした。すくなくともロリ 、じゃない ? 」と、ジェルヴェ ュ夫婦が食事をしに降りてきて、グラスを片手に和を結ぶとズが言った、「スープに、ゆでた肉を切ったのが入ってるの、 いうことに話がきまった。もちろん、身内でいつまでも仲たあれはいつでもおいしいものよ : 。それから煮込んだ料理 がいをしているわけには、ゝよいし、それに誕生日だと思う も一皿いるわね」 とどちらの気持もなごんでくる。こういうときは断われない のつばのクレマンスが兎の煮込みを提案した。しかし、 ものだ。ところが、この仲直りの計画を知って、ポッシュ夫つもそればかり食べているので、みんなが飽きている。ジェ 婦はとたんに愛想のよい微笑を浮かべて、ていねいな物腰でルヴェーズはなにかもっと高級なものを考えていた。マダ ジェルヴェーズに近づいてきた。そこで彼らにも食事の席に ム・ピュトワが仔牛のホワイトシチューというのを口に出す 加わってほしいと頼まざるをえなくなった。なんてことだろと、彼女たちはたがいに顔を眺めながら、そろってしだいに 好をくすしていった。それま、、 う ! 子供は別にしても十四人になってしまう。彼女はこれ 思、つきだ、仔牛のホワ ばんさんかい イトシチューほどうってつけのものはない。 はどの晩餐会を開いたことはなかった、そのことにひどくう ろたえたが、 「そのあとにもう一皿煮込み料理がいるわね」ジェルヴェー またたいへん得意でもあった。 誕生日はちょうど月曜日にあたっていた。それは好都合だズがつづけた。 クーポー婆さんが魚はどうかと考えた。だが、他の女たち った。ジェルヴェーズは日曜日の午後から料理の準備をはじ めるつもりだった。土曜日には、アイロンかけの女たちは は顔をしかめて、アイロンをもつ手を乱暴に動かした。だれ も魚は好きではなかった。腹ごたえがないし、それに骨がた 早々に仕事をやつつけてしまおうと精を出しながら、店のな くさんある。ゃぶにらみのオーギュスチーヌがえいが好きだ かでながながと議論をして、結局のところなにを食べたらい と一一一一口いだしたので、クレマンスは荒々しい言葉で彼女を黙ら いかしらと話し合った。一品だけは三週間もまえからきまっ がちょ、つ ていた。よく肥った鵞鳥のローストである。みんなはその皿せた。女主人がやっと豚の骨つき背肉の煮込みにじゃがいも め のことを食い意地のはった眼つきで話しあった。それどころをそえた皿を思いつくと、みんなの顔がまた明るくなったが、 酒か、鵞鳥はもう買い入れてある。クーポー婆さんがそれをもちょうどそこにヴィルジニーが上気した顔で、すごい勢いで 居 しときに来たわ ! 」と、ジェルヴェーズが ってきて、クレマンスとマダム・ピュトワに手で目方を測ら入ってきた。「い、 せた。感嘆の叫びが上がった、黄色い脂肪にふくらみ、むつ叫んだ、「お母さん、鵞鳥を見せてあげてよ」 そこで、クーポー婆さんがまた鵞鳥を取りに行き、ヴィル ちりした皮につつまれたその鳥は、ひどく巨大に見えたのだ。 うき ) ぎ
せていたが、そのじつ、不良少女らしく聞き耳をたてていた。プラウスはいつでも上のほうがすり切れていたから、きっと とが マダム・ピュトワは唇をすばめて、クーポーのまえでそんなあのオールドミスは肩の骨が尖っているにちがいない。それ ことをしゃべるなんて馬鹿だ、と思っていた。男は汚れた下に同じものを二週間も着ていてもすこしも汚れないのだから、 着類なんそ見るものじゃない、ちゃんとしたうちではこんなきっとあの年ごろでははとんど木の端きれみたいになってし しずく になにもかもさらけ出さないものだ。ジェルヴェーズのほう まっていて、なにかの雫一滴さえもなかなか引っ張りだせな は自分の仕事に一所懸命で、そんな話は耳にもはいらない様 いのだろう。この店のなかで洗濯物のよりわけが行われるた 子だった。帳面に書きこみながら、彼女は注意深い眼で洗濯びに、このようにグットⅡドールの界隈全体を裸にしてしま 物を眺めて、つぎつぎと手渡されてゆくのがだれの品物であうのであった。 すご るか見きわめていた。彼女はけっして間違えず、臭いや色で「これは凄いわ ! 」新しい包みを開けながらクレマンスが叫 ひとつひとっ持主の名前をつけていった。そのナプキンはグんだ。 けんおかん ジェさんのものだ、見ればすぐにわかる、鍋のお尻を拭く ジェルヴェーズは急にひどい嫌悪感に襲われて後すさりし のになんか使われたことがないからだ。これはたしかポッシた まくら ュさんの出した枕カバーだ、マダム・ポッシュがどの下着や「マダム・ゴードロンの包みよ」と、ジェルヴェーズが言っ シーツにも塗りつけてしまう軟膏がついているから。マディ こ、「ここの洗濯物はもうやりたくないわねえ、なにか口実 ニエ氏のフランネルのチョッキはわざわざ鼻を近づけなくてを見つけて : あたし、なにも別にはかのひとより気難し もわかる、あのひとときたら、ひどい脂性で毛織物の色が変 ってわけじゃないし、これまでにすいぶんいやな洗濯物に さわってきたけど、でもほんとに、 わってしまうから。ほかのいろいろな特徴、お客ひとりひと これだけはごめんだわ。 りの清潔さの秘密、絹のスカートをはいて通りを横切ってゆげろを吐いてしまいそうよ : あのひとったら下着をこん く近所の女たちの下着のありさま、だれが一週間に靴下を何なに汚すなんて、いったいなにをしているんでしよう ! 」 そ , つ一言いながらもジェルヴェーズは、クレマンスにさっさ 足、ハンカチーフを何枚、シャツを何枚汚すか、ある種の下 とやってくれと頼んだ。でもクレマンスのほうはあれこれと 酒着がいつでも同じところでどんなふうに破れているか、そう いうことを彼女は知りつくしていた。だから彼女はこばれ話注釈を続け、穴の開いたところに指を突っこんでは意味あり を山と知っていた。たとえばマドモワゼル・ルマンジューのげな仄めかしをあれこれと述べたて、それをまるで勝ち誇っ 。フラウスについて、限りなく注釈をつけ加えることができた。 た汚れ物の旗のように振りかざした。そうこうしているうち なんこう ほの かいわし
ゾラ 510 いやあ、この上でこんなに働いたことは、たぶん一度た。「恋の火山』が終ると、すぐにつづけて十八番のひとっ もなかっただろうな ! 」 「フォルビッシュ男爵夫人』を歌いだした。第三節までくる この意地の悪い冗談は大当りだった。気のきいた洒落が雨と、彼はクレマンスのほうを向いて、ゆっくりと、色つばい のように降りはじめた。それからというもの、クレマンスは、声でささやくように歌った。 さてアイロンをちょいとかけるかと一言っては、苺をひとさじ のり 呑みこみ、マダム・ルラは、カテージ・チーズが糊の匂いが 男爵夫人にやお付きがすらり、 すると言いはるのだった。一方、ロリュの女房は、さんざん そいつは四人の妹たちで、 苦労してかせいだ金を、同じこの台の上でこんなにすばやく 栗毛が三人、金髪ひとり、 食っちまうとは、こりゃあうまい思いっきだ、とロのなかで うっとりしちまう八つのおめめ。 あらし 繰り返していた。笑いと大声の嵐がまきおこった。 しかし、突然、大きな声がみんなを黙らせた。ポッシュが するとみんなは熱狂して繰り返し句を歌った。男たちは 立ちあがって、だらしのない下品な態度で、「恋の火山、別踵で拍子をとり、ご婦人がたはナイフをもち、調子をつけ 名、女たらしの兵隊さん』を歌いだしたのだ。 てグラスをたたいた。みんながわめいた おんやまあ ! だれがおごるのさ おれは。フラヴァン、美人をたらしこむ : せつ ちょっと一杯、斥 : : : 斥・ : ・ : 斥 : ・ プラヴォー おんやまあ ! だれがおごるのさ 第一節が終るのを待ちうけたように、雷のような喝采が せつ オしカ ! めいめい おこった。そうだ、そうだ、歌おうじゃよ、 ちょっと一杯、斥・ : : ・斥・ : : ・候さんに , お得意のをやるんだ。こいつがいちばんおもしろい。そうし て一同は、テープルに肱をついたり、椅子の背にひっくりか店のガラスが鳴りひびき、歌い手たちの大きな息がモスリ えったりして、聞かせどころでうなずいたり、繰り返し句のンのカーテンをまくりあげた。その歌のあいだに、ヴィルジ こつけい ところで一杯飲んだりするのだった。ポッシュのやつは滑稽ニーは二度も姿をくらましていて、戻ってくると、ジェルヴ な流行歌がお得意だった。彼が帽子をあみだにかぶり、指をエーズの耳もとに口をよせて、小声でなにごとか知らせるの ひろげて兵隊のまねをすると、水差しまで笑いだしそうだっ だった。三度目に、ちょうど大騒ぎの最中に戻ってくると、 かかと せつ せつ せつ 第」う