ゾラ 374 はしない。ちょいと乾杯するだけで、それからそれそれうちないまでも、恥をかかないようにやりたいと思った。彼は親 ゅびわ 方から五十フラン借りた。それでます結婚指環を買ったが、 に戻っておねんねするんだ。 板金工は冗談を言ったりふざけたりしたあげくに、馬鹿騒十二フランの金の指環をロリュの世話で製造元から九フラン ぎはしないと誓いを立ててやっと若い女に決心させた。みんで手に入れた。つぎにミラア街の洋服屋でフロックコートと ながあんまり酔っぱらわないようにグラスの酒にも眼を配ろズボンとチョッキをあつらえ、二十五フランだけ内金を払っ う。こうして彼はラ・シャ。ヘル大通りにあるオーギュストのた。エナメルの靴と帽子とはまだ役に立った。子供たちはた だになるはすなので、自分とジェルヴェーズの会費分の十フ 店《銀風車》で一人前百スーの会費制宴会を催すことにした。 て一ろ それは手頃な値段の小さな飲み屋で、店の裏にある中庭のアランをとりのけると、貧乏人向きの祭壇でミサをやってもら う謝礼分の六フランがちょうど残った。もちろん坊主どもを カシアの木が三本立った下で飲んだり踊ったりできるように なっている。二階に席を取れば申しぶんない。十日間も彼は好まぬ彼にしてみれば、一杯ひっかける金が要るわけでもな いあの馬鹿者どもになけなしの六フランを献上するのは、な グット日ドール街の姉の家で参会者をあれこれと考えた。マ マダム・ゴードんとも気持が収まらなかった。しかしミサを挙げない結婚式 ディニエ氏、マドモワゼル・ルマンジュー など結婚式とはいえない彳。自分で教会へ値切りに行った。 ロンとご亭主。彼はまた《焼肉》と《長靴》のふたりの友だ ちを招ぶことを、結局ジェルヴェーズに承知させた。なるはそして一時間ものあいだ、汚い僧衣を纏った、こすっからさ ど《長靴》のやつは大酒呑みだが、またその喰いつぶりときでは八百屋も顔負けの年をとった小柄の司祭と激しくやり合 った。彼はその司祭の横っ面をはり倒したくなった。それか たらじつにおかしいので、割り勘の宴会にはいつでもみんな があいつを招ぶことにしている。この底ぬけの大飯食らいがら冗談半分に司祭に向かって、どうだね、あんたの店には、 六キロのバンの塊を一気に呑みこんでしまうのを見て、がめ中古でいいんだがあんまりそう傷んでなくて、善良な夫婦に はお買得だっていうようなミサはないものかね、とたすねた つい食堂のおやじが眼をむくのが面白いからだ。若い女のほ うでも、勤めさきのマダム・フォーコニエと律義者のポッシ年をとった小柄な司祭は、神はあなたの結婚を祝福すること とばやきながら結局 にいささかの喜びもお感じになるまい ュ夫婦を連れてゆくと約束した。しめて十五人が食卓に並ぶ ミサを五フランに負けてくれた。とにかく二十スーの節約に ことになる、これで十分だった。集まる者が多すぎるとかな けんか なった。手もとに二十スーが残ったわけである。 らず最後には喧嘩口論になるのがおちだ。 ジェルヴェーズのほうもなんとかして型どおりにやりたい とはいうものの、クーポーには銭がなかった。見栄ははら
フロペール 260 「アネット , 十四番の利札三枚を忘れるなよ」 そして彼女の生活は、もっとも内密な隅々にいたるまで、さ したい 女中が姿を現した。エンマはその理由を察して、〈〈訴追をながら解剖される屍体のように、 この三人の男の視線にすっ かりさらけだき、れた 停止させるためにはどのくらいのお金が必要か》を尋ねた。 や えんびふく 「もう遅すぎますな ! 」 執達吏アランは痩せた身体に燕尾服をきっちりと着こみ、 かわひも 「でも、何千フランかお届けしたら、四分の一、三分の一、白いネクタイを締め、ズボンの裾を留める革紐をひどくきっ ほとんど全額をお届けしたら ? 」 く結んでいたが、 ときどきこんなふうに繰りかえした。 「いやあ、だめですな、無駄ですよ ! 」 「よろしいですかな、奥さん ? よろしいですかな ? 」 彼は彼女を階段のほうへそっと押しやった。 たびたび彼は驚嘆の叫びをあげた。 「すばらし、 「お願いですから、ルールーさん、もう二、三日待ってくだ : じつに ~ 夫しい ' ・」 つば さいな ! 」 それから、左手にもった角製のインク壺に。ヘンをひたしな 彼女はすすり泣、こ。 がら、彼はまた書きはじめた。 「おや、まあ、涙ですかい ! 」 彼らはほうばうの部屋を終えると、屋根裏部屋へあがって 「あたくしをこんなひどい目にあわせて ! 」 「わたしの知ったことじゃありませんや ! 」ドアを閉めなが 彼女はロドルフの手紙をしまった机をそこに入れておいた。 ら、彼はそ , つ一一一一口った。 その机を開けなければならなかった。 「ああ、手紙ですな ! 」執達吏アランはみぶかい微笑をう かべて言った、「でも、よろしいですな ! 箱のなかに他の ものがはいってないかどうか、確かめなければなりませんか 翌日、執達吏アランが二人の立会人とともに、差押え調書ら」 を作成するために家に現れたとき、彼女は動じなかった。 そして、まるでナポレオン金貨をそこからこばれ落ちさせ どく ・伐らはポヴァリ ーの診察室から開始したが、 骨相学用の髑ようとでもするかのように、彼は手紙を軽く傾けた。そこで、 ろ なめくじ 髏は職業上の器具とみなして、記入しなかった。しかし台所 かって彼女の心が高鳴ったその手紙の上に、蛞蝓のような赤 すしよくだい たな では、皿、鍋、椅子、燭台を、寝室では、棚の上のすべてくぶよぶよした指の大きな手を見て、彼女は憤りに捉えられ がんぐ の玩具を数えあげた。彼女のドレス、下着、化粧室を調べた。 なべ つ ) 0 とら
1333 解説 ( 2 ) ノター 1 ポンド 作品であるが、十九世紀後半のこの時代は労働条件に大きな 5 ー・↓行サンチーム 変化が見られ、工業の急速な発達と下級労働者の都市集中化チーズ 1 ポンド ー↓芻サンチーム ハン 2 キロ が行われた。たとえばパリでは蒸気機関を備えた工場の数は、 ーー↓サンチーム 一八五二年の六千五百四十三から一八七〇年には二万二千八 食事代 ( 多くの労働者が家具付の安アバートに住み、安料 百五十一と飛躍的に増大している。またバリでは ( 『居酒屋』 理屋で食事をしていた ) 2 ~ 4 フラン の第十一、十二章に描かれているように ) オスマンの都市計ふつうのレストラン ・ ~ 1 フラン 画が大規模に実施され、一八六〇年代において土木工事がき安料理屋 わめて盛んだった。以下に当時の経済状況を略記しておく。 一般に生活程度きわめて低く、一八六〇年当時、労働者で 給料 ( 一八六〇年 ) 建全な生計状況にあったものは四分の一程度であった。 職種 別平均日給年間平均 家賃 失業期間 グットⅡドール街 ( 一八六二年 ) 機械工 5 5 フラン 三カ月 通りに面した暖炉なし一部屋 年フラン 大工 5 6 フラン四カ月 通りに面した暖炉付一部屋 年フラン ペンキ屋 5 5 フラン五カ月 一一部屋台所付 年 0 ~ 5 フラン ワ」ワ レース編み フラン 窓なし家具付一部屋 年フラン . フラン 造花女工 ・フラン 洗濯女 〔付記〕プレイヤード版《ルーゴンⅡマッカール一族》第二巻を 翻訳の底本とした。本訳ははじめ集英社愛蔵版世界文学全集に収 められたが、のち工藤庸子さんとクロディーヌ・フレーさんの協 物価 ( 第ニ帝政期にかなり上昇 ) 力をえて細かく訳文を改める機会があり、さらに今回、朝比奈弘 一八五〇年ーー↓一八七〇年 治氏に手伝って頂いて遺漏をただすことができた。 ・肉 1 ポンド サンチーム ぶゾ」 , っ酒 1 リットル サンチーム 女子男子 59 49
そして気の毒なことには、その上、彼には金の心配もあっ たのだ , ロ フ いたのだ。シャルルはそのあと品物を商人の店へ送り返すよ う言いつけた。が、フェリシテは忘れてしまった。彼には他 のいろいろな心配ごとがあって、そのことは思いださなかっ 4 た。するとルーレー。ゝ ノカまた催促にやってきて、脅しと泣き落 しをかわるがわる使いわけて、いろいろ駆引をしたので、シ ます第一に、オメーの店からもってきた薬剤全部を弁済すャルルは最後には遂に六カ月期限の手形に署名することにな るにはど , っすれよ、 しししか、彼には分らなかった。医者という った。しかしその手形に署名するやいなや、大胆な考えがひ とっ頭にうかんできた。それはルールー氏から千フラン借り 肩書を振りまわして、すぐ払わすにも済ませることはできた けれども、そういう債務を負うのはいささか恥すかしかった。ることだった。そこで、皮ま、 彳。いかにも困ったような様子で、 料理女がすべてを取りしきっている現在千フランを工面する方法はないだろうかとルールーに尋ね、 つぎは家計費だが、 では、これはすさまじいものになっていた。家のなかには請返済の期限は一年で利率は先方の望むようにする、と付けく 求書の雨が降りしきっていた。出入りの商人たちは不満を言わえた。ルールーは大急ぎで店へ取って返して、それだけの ーに書かせたが、 い。こした。ルールー氏は、とりわけシャルルをうるさく脳ま金を持参し、別の手形をもう一枚ポヴァリ せた。まったく、この男は、エンマの病気のもっともひどい それによると、ポヴァリーは翌年九月一日、金千七十フラン ころ て ) げ 頃、この情勢を利用して計算書を誇大にして、マント、手提をルールーの指図にしたがってお支払い申すべきことを明一一一一口 かばん 鞄、一個のはずのトランクを二個、さらにその他たくさんしたことになった。すでに取り決めた納品代百八十フランと 合わせると、これでちょうど千二百五十フランになった。そ の品をさっそく持参におよんだ。シャルルがこれは要らない ういうことになるのは、千フランの貸金については、年に六 と言っても無駄で、商人はこの品物はすべてご注文を受けた もので、いまさら引きとるわけにはゆかないと、横柄な態度分の利子で貸し、それに利息の四分の一の手数料が加えられ で答えた。それにまた、そんなことをしたら奥さまが全快なるからであって、また納品代のほうは最小限で三分の一の利 潤をあげるだろうから、その六十フランを足すと、一年間で、 さったときに、奥さまのご機嫌を損じることになるだろ , つ。 だんな 旦那さまもそれをとっくり考えるほ , つがいし 要するに、彼百三十フランの利益が出てくるはずである。そして彼の期待 は自分の権利を放棄するよりは、そして品物を持って帰るよするところでは、この取引はそれだけでは停止せず、先方は りは、むしろ医師を法廷へ訴えるほうがいし、、 、と決意を固めて手形を払えないので、書きかえということになり、彼の貧弱
は一切の抵当を解除され、年に八千三百フランの収益をあげわんようにすることですわ。このわたしがそう申しとるんで ることになるだろう。家屋敷の補修費および維持費として年すよ。じゃ、ま、このくらいにして、お休みなさりませ、奥 に千三百フランを計上する。あとには七千フラン残るわけださま」 ン サ が、そのうち一年の生活費として五千フランを使い、あとの 彼女は部屋を出ていった。 二千フランは不時の出費に備えてとっておくことにする。 ジャンヌは寝つかれなかった。レ・プープルを売り払うと モ 彼女は付け加えて言った。「残りは今までにすっかり使い いうのだ。ここから去らなければならないのだ、わたしの人 果たされちまって、もう何もありやしません。それから、 生のすべてがしつかりと結びついているこの家を離れなけれ いですかの、今後はこのわたしが鍵を預からせていただきま ばならないのだ、そう思うと目の前がまっくらだった。 すよ。ポールさんのことですけんど、あの方にはもう何も、 翌日、部屋に入ってきたロザリーを目にするなり、ジャン びた一文もやらんようにします。でなけりや、お坊っちゃんヌは言った。「ねえ、お前、わたしはどうしたってここを離 は奥さまから一文残らすしばりあげてしまいますて」 れようという気になれないんだよ」 つぶや 黙って泣くばかりだったジャンヌは、呟くよ , つに一一 = ロった。 が、女中は腹を立てた。「だども、そうせなけりやいかん 「でも、あの子が食べるものにも事欠いたら ? 」 のですって、奥さま。お屋敷が欲しいとおっしやる方を連れ 「ひもじくなったら、わたしらのとこへ食わせてもらいに来て、公証人が間もなくおいでになります。こうでもせんこと なすったらええですよ。ここにはいつでも、お坊っちゃんの には、四年もたてば奥さまの手もとには一文もないことにな ために寝床と食いものがちゃんと用意してあるんですからの。るんですからの」 ばうぜん 奥さまが最初から一文もおやりにならなんだら、ああいうい ジャンヌは呆然として繰り返すばかりだった。「できない ろんな馬鹿な真似をしでかすようなこともなかったとは思わわ、そんなこと絶対に我慢できそうにないわ」 んですか ? 」 一時間はどして、郵便配達夫がポールからの手紙を届けに 「でも、あの子は借金をしてたのよ。あの子の名誉が汚されきた。また一万フランよこせというのである。どうしたらい いだろう ? おろおろして、ロザリー るところだったんだから」 に相談すると、彼女は 「奥さまが一文なしにおなりだったら、お坊っちゃんもあん両手をあげて言った。「奥さま、わたしが何と申しあげたか なことをなさらんようになるんではないですかの ? これま忘れなさったんですか ? いや、まったく、わたしが戻って こなんだら、お二人ともどうなっとったかわかりやしません で払っておやりになったことはよしとして、今後は二度と払 かぎ
そこで、男爵はようやく落ち着きを取り戻して、ジュリア立てるのも当然じゃよ オいか。私生児を産んだあの娘に持参金 ンを制止しようとした。「黙りなさい , 女房の前でよくそを持たせなけりゃならなくなったのも、もとはといえば誰の んな話ができるもんだな」 せいなんだ ? あの子供は誰の子なんだ ? そのうえ、今度 は平気でおつばりだしてしまおうというのか ! 」 が、彼は猛りたって地団駄を踏んだ。「誰の前だろうと、 どぎも ジュリアンは、男爵の剣幕に度胆をぬかれて、じっと相手 ょに、構やしない。第一、女房のほうでも、これがどういう ことなのか、ちゃんと、い得てますよ。これは、彼女に損害をの様子を見守っていた。。 : カここで、今度は前よりも落ち着 与える、盗みとも一一一一口うべき行為ですよ」 いた声で言いだした、「それにしても、千五百フランぐらい ジャンヌは呆然として、何が何やらわからず、この場の光で充分だったじゃありませんか。嫁入り前の娘が子供を産む 景を見つめていた。「、つこ、、。 とうしたの ? 」と彼女はロなんてことは、ここらじゃ、ごく当たり前なんですよ。それ もよく回らぬままに訊ねた。 がたとえ誰の子供だろうと、何の変わりもありません。二万 するとジュリアンは彼女のほうに向き直り、期待していたフランの価値のある農場をくれてやるとなると、ばくらに損 利益をフィにされた共同の被害者として、妻を証人に仕立て害をかけるばかりじゃなく、あったことを逐一、世間に公表 た。少なくとも二万フランの価値はあるバルヴィルの土地をするも同然じゃありませんか。せめて、われわれの名誉と地 与え、ロザリーを嫁にやろうという企みの一部始終を、彼は位のことを考えて下さるべきだったのです」 自分の正当な権利と筋道のたった言い分に自信満々といっ いきなり妻にぶちまけて話した。「お前の両親は気違いだよ、 た態度で、彼は手厳しい口のきき方をした。男爵は、この予 、正真正銘の気違いだ ! 二万フランだぜ ! 二万 フラン ! どう考えても普通じゃないよ , たかが私生児一期していなかった理屈に困惑し、口論相手の面前でばかんと 立ち往生するばかりだった。こうなると、ジュリアンは形勢 人に二万フランも ! 」と彼は繰り返した。 ジャンヌは、興奮も怒りもおばえすに話を聞き、自分で自有利とみて、きつばりと結論をつけた。「まだ何も実行に移 分の平静さに驚いていた。今では、自分の子供のこと以外にされていないのは幸いでした。ばくは、あの娘を嫁に貰おう 生 という男を知っています。なかなかいい男ですから、あれが 一は、何の関心も持てなかったのである。 力とうとう本手なら万事うまくおさまりますよ。ばくに任せといて下さ 女男爵は自 5 をつまらせ、返す言葉もなかった。、 怒りを爆発させると、床を踏み鳴らして叫びたてた。「自分 こう一一一一口うと、たぶん言い争いが尾を引くことを具れたのだ まったく、腹を の言っていることをよく考えてみるがいし おそ
彼女は夫の言うとおりに手紙を書いた。 あらゆる人種の金貸とかかわりをもった。彼は自分の後半生 を危険にさらし、契約を履行できるかどうかもわからすに契 一週間後に、彼らは一切の希望を失った。 約を結ぶという危険をおかした。そうして、将来へのさまざ ン サ ロワゼルは、五年も老いこんで、宣言した。 まな不安や、自分におそいかかるであろう赤貧や、あらゆる 「あの首飾りの代りを見つけることを考えねばならない」 物質的欠乏と精神的苦痛の予測とにおびえながら、新しいダ モあくる日、首飾りの入っていた箱をもって、その名が箱のイヤの首飾りをとりに行くと、宝石商の勘定台に三万六千フ なかに記してある宝石商のところへ出かけて行った。宝石商ランをおいた。 は帳簿を調べた。 ロワゼル夫人がフォレスチ工夫人に首飾りを返しに行くと、 「その首飾りをお売りしたのは、奥さま、私どもではありま返されたほうは不機嫌そうに言った。 せん。私どもはただその箱をご用立てしただけのようです」 「もっとはやく返してくれなければ困るわ。わたしだって必 そこで、二人は宝石店から宝石店へとたずね歩いて、彼ら要になったかもしれないでしよう」 の記憶に当りながら、似たような首飾りを探した。二人とも、 フォレスチ工夫人は、友だちが恐れたようには、箱を開け 心痛と不安とのために病人のようになった。 なかった。もしすりかえられているのに気づいたら、夫人は ・らま、ヾ ノレ・ロワイヤルのある店で、探しているのとそどう思っただろう ? どう言っただろう ? 泥棒と思われて もしかたがなかった。 つくりのダイヤの首飾りを見つけた。それは四万フランした。 三万六千フランでゆずってくれると言う。 彼らは三日間それを売らないように宝石商にたのんだ。ま ロワゼル夫人はあのほんとうに貧しい人たちの恐ろしい生 た、二月末までにはじめのが見つかったら、これは三万四千活を知った。もっとも、彼女は、けなげにも、一挙に、決、い フランでひきとってもらうという条件もつけた。 をした。この恐るべき借金を払わねばならないのだった。自 ロワゼルは父親が残してくれた一万八千フランをもってい分は払うだろう。女中にはひまをとらせた。住居を変えて、 た。あとは借りるしかない 屋根裏に部屋を借りた。 彼は借りた。あるひとには千フラン、ほかのひとには五百彼女は家のなかの荒仕事や、台所のいやな辛い仕事を知っ フラン、こちらで五ルイ、あちらで三ルイというふうに。皮 た。彼女は皿洗いをして、油のついた陶器やシチュー鍋の底 は借用証書を書き、ありとあらゆる物を質に入れ、高利貸や、でばら色の爪をすりへらした。彼女は汚れた下着やシャツや つめ なべ
ゾラ 564 また一週と泥のなかにしだいに深く鼻をつつこんでゆくこと質流しをきめて質札も売ってしまった。たったひとっ彼女が にかわりはなく、ただ多少の深い浅いのちがいがあるだけで、胸を痛めたのは、差押えに来た執達吏に二十フランの手形の からつばの食器棚をまえにしてすき腹をさする晩もあれば、支払いをするために、振子時計を質に入れたことだった。そ 腹の皮が裂けるほど仔牛の肉を食べる晩もあった。歩道でクれまでは、この振子時計に手をつけるくらいなら飢え死にす ーポー婆さんの姿を見かけることがあれば、かならず、エプるほうがましだと誓っていたのである。クーポー婆さんが小 ロンの下に包みを隠して、散歩でもするような足どりでポロ さな帽子の箱に入れてそれをもっていってしまうと、彼女は ンソー街の公益質屋へ行くところでしかなかった。背中をままるで全財産をもってゆかれたように、腕の力もぬけ、眼を どん るめ、ミサに出かける信者のような信、いにこりかたまった貪うるませて、椅子にくすおれた。しかし、クーポー婆さんが よく 二十五フランもって帰ってくると、予想以上に借りられ、五 欲な顔をしていた。というのも、こういう質屋通いがまんざ らきらいでもなかったのだ。わすかな金のことで駆引きするフラン得をしたことで気持がなぐさめられた。この百スー貨 。しレオしただそれだけの目的で、彼女は のがおもしろく、古着の行商みたいなみみっちいやりとりが、を歓迎しなけれよ、ナよ、。 このおしゃべり婆さんの気持をそそったのだ。。、 ホロンソー街すぐさま老婆を走らせてグラスに四スー分の酒を買ってこさ の係員たちは彼女と顔なじみで、《四フラン婆さん》と呼んせた。このごろは、ふたりの気持がしつくりいっているとき でいた。二スー分のバターほどのお話にならない大きさの包は、よく、こんなふうにふたりで、。フランデーとカシス酒を みを差し出すのに対して三フラン貸すと、いつでも四フラン半々に混ぜたのを仕事台の片隅でなめていたのである。クー くれと頼むからである。ジェルヴェーズは家じゅうをたたきポー婆さんは、なみなみとついだグラスをエプロンのポケッ 売りしかねなかった。質屋病にとりつかれて、髪の毛をかた トに入れて、一滴もこばさずにもち帰るこつをこころえてい に金を借りられるものなら、丸坊主にでもなっただろう。質た。なにも近所の連中に知られる必要はないからね。じつは、 屋というのはなんとも便利なところで、バンを四ポンドほし近所の連中は先刻ご承知だった。八百屋の女房も、臟物屋の いとなると、どうしてもそこに金をつくりに行かずにはいら女房も、食料品屋の店員たちも、「ほら、婆さんが質屋へ行 れない。下着や服から商売道具や家具にいたるまで、一切合 くよ」とか「ほら、婆さんがいつもの安酒をポケットに入れ かいわし て帰るよ」などと言っていた。こんな暮しぶりを見て、界隈 財そこに流れこんでしまう。はじめのうちは、かせぎのいい 一帯は当然ジェルヴェーズに非難をあびせた。あの女はなん 週には質草をうけだし、つぎの週にはまた質に入れるという 具合だった。やがて、そんな品物などどうでもいいと思って、でも喰っちまう、もうすぐあの店も平らげてしまうさ。そう
フロベル 252 ら差押え : : : 処置なしですな」 たくしにもよく〈刀りませんな。わたくしはも , っ仲には、った エンマは彼を殴りつけたりはすまいとじっと我慢した。。 ウりいたしません ! 」 アンサール氏を静めることはできないかどうか、穏やかに尋 エンマは涙を流し、彼のことを《ご親切なルールーさん》 あくらっ 一ねた。 と呼びさえした。しかし彼はどこまでもあの《悪辣なヴァン 「いやあ、そうですか、ヴァンサールを静めるねえ。奥さまサール》に責任を転嫁した。それに、彼には一文の金もない はあの男をご存じありません。あれはアラビア人もかなわな し、このところ誰も支払ってくださる方もなくて、ただもう い血も涙もない男です ! 」 食いものにされるばかりで、彼のような貧しい金融業者が、 とはいうものの、やはりルールー氏がこの一件で仲には、 ひとさまにお貸しすることなどできない相談だった。 らなければならない エンマは黙りこんでいた。そして、ルールーは鵞ペンの羽 「お聞きくたさい , 今までのところ、手前どもはこれでも根を噛んでいたが、。 とうやら彼女の沈黙が気にかかったらし 奥さまのためには、 かなりお役に立ってきたつもりでおりま というのは、こう一一一一口葉をつづけたから。 「せめて近いうちになにがしかの入金があれば : : : 手前ども もなんとかできないものでも : そして、帳簿を一冊ひろげながら、 「この通りですよ ! 」 「それにこちらも」と彼女は言った、「バルヌヴィルの残金 がはいれば : つぎに、指で頁を下から上へたどりながら、 「さて : : : さてと : 「なんですって ? ・ 八月三日、二百フラン : ・ : 六月十七日、 : 三月二十三日、四十六フラン : : : 四月には 百五十フラン : そして、ラングロワがまだ支払いをしてないと知ると、彼 はひどく驚いたように見えた。それから、 いかに 7 も優ーし挈っ なにか馬鹿なことをしでかすのを心配してでもいるかのよ な声で、 や うに、彼はそこで止めた。 「で、お話しあいをどう取り決めればよろしいので ? だんな 「あら、それはあなたのよろしいように , 「旦那さまが署名なすった手形、一枚は七百フランのもの、 もう一枚は三百フランのものですが、これについてはなにも すると、彼は眼を閉じて考えこみ、数字をいくつか書き、 ぶばら 申しあげますまい ! 奥さまの少額の賦払い、利息のこととそしてこれはたいへん苦労することになるだろうとか、この やっかい なると、これはもう際限がありませんし、なにがなんだかわ一件は厄介だとか、血の出る思いがするなどとはっきり言っ
311 ポヴァリー夫人 発作の持病をもっていたが、この部分には、自分の最初の発作のときの 記憶が織りこまれているという説を唱える研究家もある。 一会下芳香酢酸薬用酢酸とも呼ばれ、酢を主成分として、薄荷、ラ ペンダー等十数種の植物性香料を加えて作られる。一般に気付け薬とし て常用されていたらしい 一犬下一年間で、百三十フランの利益が出てくるはずであるレオ ン・ポップの大著「ポヴァリー夫人注解』の説明を援用しながら、この 個所を要約すると次のようになる。・ー - - - 。。千フランの貸金にたいする利息 は年六パーセントで六十フラン、手数料はその利息の四分の一の十五フ ラン、利益は合計七十五フランになる。ところが、本文にはシャルル ; 翌年の九月一日を支払期日として、千七十フランを返済すると書かれて おり、五フランの差が生じる。これは借用期間が一年末満であること、 即ち貸借契約が成立したのは九月末頃であることを示している。結局、 その利益と、百八十フランの商品を売った利益六十フランを合計して、 百三十フランが儲かるとルールーは胸算用したわけである。 一九 0 上肉体は軽々として苦痛の圧迫もなくなりコナール版全集のテ クストでは、この . 個一町は Sa chair allégée ne pensait pas と印・ - され ているが、草稿、初版等でも動詞は pesait となっているらし、 し。後者 ・ド・ロネ を採用しているテクストも少なくなく ( たとえばクリュプ ・トンム版全集、ガルニエ版等 ) 、意味上そのはうが正しいと判断し て、この翻訳でもそれに従った。 一九一上ド・メーストル氏ジョゼフ・ド・メーストル ( 一七五三ー一 八一一一 ) 。フランスの政治家、哲学者。政治的には絶対君主制、宗教的 には法王の絶対的権威を主張して、フランス革命を激しく批判し、当時 のフランスの保守主義の一方の旗頭となった人物。 一九三下うまさが眼に飛びこみ : 元来は「眼に飛びこむ、跳ねかか いちもくりようぜん る」という具体的な動きを意味するこの表現は「一目瞭然である」 ひゅ 「明々白々としている」という比喩的な意味にも使われる。ここでは、 ひまっ 飛沫がはねかかるという意味と、見るからに旨そうだという意味を掛け しゃれ あわせて洒落を言ったのである。 一九四上そは笑いのうちに風俗を矯正する十七世紀のラテン語詩人ジ ャン・ド・サントウールがこれこそ喜劇の本義であるとして、道化役者 ドミニックに与えた一一 = ロ葉。フロ・ヘールはこれを陳腐な型通りの考えの一 例とみなしていたらしく、『紋切型辞典』の「喜劇」の項にも記してい る。ここでオメーにこの紋切型を口走らせたのま、 。いうまでもなく、オ メーという人物の特徴を示す配慮からであろう。 一九四上『パリの悪童』・・バイヤール ( 一七九六ー一八五三 ) が ヴァンデルビックと共作した通俗軽喜劇。一八 三六年、パリのジムナー ズ座で初演され、大当りを取った。 一九七上ランメルモールのリュシー ここではフランス語読みで表記し たが、ドニゼッティーの代表作のひとっとして知られるこのオペラは、 ウォルター・スコットの小説『ラマムアの花嫁』 ( 一八一九 ) にもとづ いて、カマラーノが台本を書き、一八三五年に初演された。また、歌手 ラガルデイトは、当時、バリのイタリア座で、このオペラのエドガール を持役としていたテノール歌手日・ロジェを下敷にして創造された 人物であるといわれている。 一九〈上小説を思いだすと台本が理解しやすい スコットの小説は 十九世紀前半のフランスで大流行したが、エンマが寄宿生時代にスコッ トを愛読し、どんなふうにスコットの世界に憧れたかはすでに第一部第 六章に語られている。この小説の舞台となっているラマムアは、スコッ トランド東部の荒涼たる丘陵地帯にある。 一一 0 三上タンプリーニ、ルビーニ、ベルシアーニ、グリージタンプリ ーニとルビーニは男性の、ベルシアーニとグリージは女性のオペラ歌手。 前記の日・ロジェとともに、当時のパリのオペラ劇場の花形的存在 一一 0 五上「ラ・ショミエール」 リのモンパルナッス大通りにあった野 外舞踏場で、学生、労働者、女工などが集まる手軽な遊戯場として知ら れていた。 一一 0 九下『ネールの塔』アレクサンドル・デュマ ( ペール ) とガイヤル デ共作の五幕散文劇。一八 三二年に初演された。ネールの塔は、昔、 リのセーヌ河左岸のほとりに実在した塔。十四世紀、フィリップ王の王 子たちの妃が、この塔に通行中の男たちを引きいれて乱脈な生活を送り、