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検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

それでもヴィルジニーはやっと話が一段落して、またコッ とにへんてこなものだもの、ランチェが初恋に戻ってくるこ プに鼻を突っこみ、眼をなかばつぶって残りの砂糖をすすっ とだって、いかにもありそうじゃないの。ジェルヴェーズは た。そこでジェルヴェーズは、自分のはうからなにか一言わな急に居すまいを正し、きつばりとした、いかめしい態度を示 ければならないと気づいて、なにげないふうをよそおって、した。自分は結婚をしている身だから、ランチェがやってき たすねた。 たら外につまみだす、それだけのこと。彼とのあいだには、 「で、あのひとたち、いまもラ・グラシェールにいるの ? 」 もうなんにもあるわけがない、握手ひとつだってしない。あ 「とんでもない ! 」と、相手は答えた、「じゃあ、話さなかの男と正面から見つめあう、そんなふうには絶対なるものか、 力し ったのかしら ? ・ 一週間まえからもう一緒にはいないのそれこそ腑甲斐ないってもんだわ、ほんとに , よ。ある朝アデールが自分の着るものを運びだしてしまって、 「そりゃあ、エチェンヌはあのひとの子だから、あたしには きずな ランチェはそのあとを追いかけなかったの、ほんとのこと切ろ , ったって切れない絆があるわけよ。ランチェがエチェン ヌにキスしたいっていうんなら、あの子をあのひとのところ 洗濯屋の女主人は思わすかるい叫び声をあげ、高い声でこ に行かせるわ、だって、父親が自分の子供を愛するのを邪魔 でも、あたしのほうは、ねえ することはできないもの : う繰り返した。 「あのひとたち、もう一緒にいないのね ! 」 マダム・ボワッソン、指一本でもさわられるくらいなら、身 しったい、だれのこと ? 」クレマンスが、クーポー婆さん体を切り刻まれたはうがましよ。もう終った仲なんですも やマダム・ピュトワとの話を打ち切ってたすねた。 「だれでもないわ」と、ヴィルジニーが言った、「あんたの この最後の言葉を口にしながら、彼女は、まるで自分の誓 知らないひとのこと」 約を永久に封印するかのように、宙に十字を切った。そして、 しかし彼女はジェルヴェーズをしげしげと見つめて、相当話を打ち切りたかったので、はっと眼を覚ましたような格好 こうふん 昂奮しているようだと思った。ジェルヴェーズのほうにまたで、雇っている女たちに大声で言った。 。いかにも、話をつづけるのに意地悪 「さあ、あんたたち ! 洗濯物にひとりでにアイロンがかカ 酒身を寄せるその態度ま、 い脱びを感じているようだった。それからだしぬけに、もしるとでも思ってるの ? ・ 怠け者ね ! さあ ! 仕事 -4- ランチェがあんたのまわりをうろっくようになったらどうすよ ! 」 るつもり、とたずねた。だって、結局、男っていうのはほん 女たちはすこしも急がす、怠けているうちすっかりだらけ

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

ゾラ 560 このとき、グージェが部屋で咳ばらいをした。ジェルヴェを返してくれれば、ちょうど具合がいいのだけれど。でも、 ーズはかすかに身ぶるいした。あのひとのいるまえでこんな払えないからといって、自分のほうから執達吏をさし向けた 目にあうなんて、ああ、どうしよう ! 彼女は部屋のまんな りはしよい。借金の話がはじまってからは、ジェルヴェーズ かで困りはて、取り乱したまま、汚れ物を渡されるのを待つは、うなだれて、編み目をひとつずつつくろってゆく夫人の ていた。だが、マダム・グージェは品物をかそえるのをやめ針のすばやい動きを眼で追っているようであった。 てから、静かに窓ぎわの席に戻って、レースの肩掛けのつく 「でもね」と、レース編みの女は一一 = ロ葉をつづけた、「すこし ろいをはじめていた。 切りつめれば、借金を返せるようになると思うのよ。だって、 ちそう 「で、洗濯物はございませんの」洗濯屋の女主人はおずおずあんたのところではご馳走を食べて、きっとたいへんな散財 をしてるんでしよう : とたすねた。 せめて毎月十フランすつでも払っ 「ええ、けっこうよ、今週はなんにもなし」老婦人が答えた。てくれれば : ジェルヴェーズは蒼ざめた。お得意を失くしてしまったの彼女の一一 = ロ葉は、「母さん ! 母さん ! 」と呼ぶグージェの だ。そう思うと頭がばうっとなり、脚の力がぬけてしまって声にさえぎられた。 間もなく戻ってきて坐り直すと、彼女は話題を変えた。た 椅子に坐りこまねばならなかった。もう言いわけどころでは なく、やっとの思いでこう言っただけだった。 ぶん鍛鉄工がジェルヴェーズに金を返せとは言わないでくれ 「グージェさん、ご病気なんですの ? 」 と頼んだのであろう。それでも、五分もすると、彼女は知ら そう、具合が悪くて、工場まで行かずに引き返してこなけずしらずまた借金の話をしていた。はんとうなの、ジェルヴ ればならなかったの、いまべッドに 横になって休んだところエーズの先行きがどうなるかちゃんとわかっていた。 屋根屋 です。いつものように黒い服を着て、修道女風の髪で白い顔さんが店を飲みつぶしてしまい、奥さんをまぎそえにするつ をふちどったマダム・グージェは、重々しい口調で話した。 てことが。だから、自分の一一 = ロうことを息子がちゃんときいて ポルト職工の日当がまた安くなって、九フランから七フラン いたら、あの五百フランはけっしてお貸ししなかった。そう に下がったの、なんでも機械でやってしまうご時世ですからすれば、 いまごろは息子も結婚していて、一生思いが報われ ね。そこで、万事切りつめねばならなくなったことを説明し、ぬままで終りそうだと考えて、つらい気持で胸がい 以前のように洗濯物はまた自分でしようと思っていると言っ なることもなかったのに。彼女は興奮して、ひどくきびしい た。もちろん、クーポーさんのところで、息子の貸したお金口調になり、ジェルヴェーズがクーポーとぐるになって、息

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

「あら、ちょっとのお金をずいぶん大事になさるのね ! 」と古臭くなるばかりだから。二人で芝居に行ったり、料理屋に 彼女は笑いながら言った。 行ったりしましようや、乱痴気騒ぎをやらかすとしましよう 会うたびごとに、レオンはその前の媾曳以来の行状をすつや ! 」 ていしゅ 「まあ、このひとは かり彼女に話さなければならなかった。彼女は詩を、彼女の ! 」ご亭主が冒そうという気になってい たた おび ための詩を、彼女を讚える恋の一篇を求めた。どうやってみる正体のはっきりしない危険に怯えて、オメー夫人は清愛を ても、彼は決して第二行目の韻を見つけることができず、と こめてそうささやいた。 うとう贈答用装飾本からあるソネットを写しとることにしこ。 「いやあ、なんだと ! 薬品類の絶えまなく発散する臭気の それは虚栄心のせいというよりはむしろ、ただひたすら彼なかで暮らしていても、わたしは健康を損ないはしないとで 女の気にいられたいという目的からだった。彳。 , 皮ま彼女の考えもお前は思っているのか , もっとも、それが女どもの特徴 しっと ることに異議を唱えなかった。彼女の好みをすべて受けいれというものだがな。女どもは『科学』に嫉妬し、つぎには正 た。彼女が彼の清婦であるというよりも、むしろ彼のほうが当な気晴しをすることに反対するのさ。それはどうでもいし 彼女の情婦になった。彼女は優しい言葉を語り、そこに彼のが、とにかく当てにしててくれたまえ。近いうちに、わたし たいま、 魂を奪いさるような接吻をまじえるのだった。そういう頽廃はルーアンにふいに現れますぜ、そして二人で一緒に銭子を を誘うような妖しい魅力、深遠であり包み隠されているせい 大いにばらまきましょ , つや」 で、ほとんど形のない捉えがたいそういう魅力を、はたして薬屋は、以前ならこんな表現はたしかに差しひかえたであ 彼女はどこで習い覚えたのであろうか ? ろう。しかし彼はいまやバリふうの浮かれた流儀に陥ってい て、それを最高の趣味だと思っていた。そして隣人のポヴァ ー夫人と同じように、都の風俗について根掘り葉掘り書記 げんわく 人 に質問し、眩惑するために : : つまり俗物どもを眩惑するた 夫 彼女に会いに出向いてくるときには、レオンはしばしば薬めに隠語をしゃべり、おんばろ家 ( チュルヌ ) 、淫売屋 ( バ ヴ剤師の家でタ食をすることがあったが、儀礼上、こちらからザール ) 、お調子者 ( シカール ) 、滅法すごい ( シカンダー ジュ・マン・ヴェ も薬剤師を招待しなければならないとかねがね思っていた。 。フレダⅡストリートそして「もう行きます」のかわり ・ラ・カッス 「喜んで行くともさ ! 」とオメー氏は答えた、「それに、わに「もうすらかりますぜ」と言った。 しのちせんたく きんじし たしは少しは生命の洗濯をしなければいかんしな。ここでは、 それゆえ、ある木曜日、エンマは「金獅子」館の調理場で、 あや とら ム

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出てくるものだ」ドロップを口いつばいにほおばりながら、 ヴィルジニーが彼をつねった。だが女にかけてはしたたか ランチェがもったいをつけて言った。 の帽子屋は、あいかわらす微笑を浮かべたまま、悪に報いる ヴィルジニーは眼をなかば閉じて大公夫人のようにそっく には善をと、カウンターの下で彼女の腿をなでまわした。そ り返り、あいかわらず洗い方に注意しながらときどきくちば して、亭主が顔をあげ、土色の顔にもじゃもじゃとはえる赤 しを入れた、「右のはうをもうすこし。こんどは板張りによ い皇帝ひげとロひげを見せると、さりげなく手を引っこめた。 「ち一よ , っゾ く気をつけてね : このまえの土曜日はあまり気に入らな しい」と、巡査が言った、「いまっくってるのは かったわ。汚れの残ってたところがいくつかあったの」 きみのためなんだよ、オーギュスト。友清の記念にな」 そして帽子屋と食料品屋のおかみのふたりは、玉座にでも 「なんだ、そうか。じゃあ、きみのお手製はたいせつに取っ 坐っているようにますます悠然とかまえ、一方ジェルヴェー とくさ ! 」笑いながらランチェが答えた、「どうだろう、リ ズはふたりの足もとで黒い泥のなかを這いまわった。ヴィレ ポンで頸につるしておこうか」 ジニーは楽しくて仕方がないらしく、猫のような眼は一瞬黄それからだしぬけに、まるでこの着想からふと思いだした ひらめ 色い閃きに輝き、うす笑いを浮かべてランチェを眺めるのでように、 あった。これでやっと、記億にこびりついてはなれなかった、 「そうそう ! 昨日の晩、ナナに会ったよ」と大きな声で言 あの洗濯場でお尻を打ちのめされた仕返しができた ! そんなあいだにも、ジェルヴェーズが手を休めると、いれ これを聞いたとたんに、、ンエルヴェーズははっと胸をつか のこぎり かわりに奥の部屋からかるい鋸の音が聞えてくる。開いたれて、店じゅうにひろがっているきたない水たまりに思わず フラシを手に、そのまま、汗にまみれ、 ドアから、中庭の蒼白い光のなかに浮きだして、ボワッソン坐りこんでしまった。。 の横顔がのそけた。今日は非番なので、暇を利用して小箱っ息をきらせていた。 くりの趣味に没頭しているのだ。彼は本のまえに坐って、葉「まあ ! 」そうつぶやいただけだった。 「そうさ、マルチール街をくだっているときにな、ふとまえ 巻入れのマホガニーの箱に唐草模様をおそろしく念入りに刻 を見ると、小娘が爺さんの腕にからみついて歩いてるじゃな 酒んでいた。 あだな ハダング ! 」と、慣れなれしさからまたこの渾名でいか。で、どうも見たことのあるけつだなと思ってね : 呼びはじめていたランチェがどなった、「きみの箱を予約しそれで足を速めてみたら、あのナナ公と顔をつき合わせたっ てわけさ : なあに、心配することはないよ。とても幸せ とくよ、あるお嬢さんに贈り物にしたいんでね」 もも

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

では、たとえ一日にせよ、一分にせよ、広大な情熱、高遠な たが、それというのも、自分からそう決断するだけの勇気は 企てが達成できると思ったことがあるものなのだから。どんなかったからである。 なばっとしない蕩児ですらサルタンの妃にれたことはある。 それでも、女というものはいつでも恋人に手紙を書いてい ぎんがい どの公証人も心のなかに詩人の残骸を抱いているものなのでなければならないという考えにしたがって、なおかっ彼に手 ロ ある。 紙を書きつづけた。 フ いまではエンマがふいに、彼の胸ですすり泣いたりすると、 しかし、手紙を書いていると、彼女には他の男が見えてく 彼は遣りきれない気になった。そして彼の心は、さながらあるのだった、こよなく熱烈な思い出、こよなく素晴らしい読 る一定の分量の音楽にしか耐えられないひとびとのように、 書、こよなく強烈な渇望でつくりだされた幻影が見えてくる そのこまやかな魅力もいまでは聞きわけられなくなった恋ののだった。そして、それは遂にはすっかり真実のもの、そば ざわめきを意に介せずに、まどろむのだった。 に近づくことのできるものになるので、彼女は驚きを誘われ 彼らはお互いによく知りすぎたので、互いに相手を所有して震えておののくのだが、そうかといって、その幻影を鮮明 あう喜びを百倍にもする所有しあう驚異を感じられなくなっ に想像することができるわけではなく、それは異教の神のよ てしまった。彼が彼女に飽きてきたのと同じくらい、彼女の うに、ありあまるほど多くの属性のなかに姿を没してしまう ほうも彼に嫌気がさしてきた。エンマは不義の恋のなかに、 のだ。それは青みがかった国、花々の息吹のもと、月の光の なわばし 1 結婚生活の平板な味気なさをすべてそのまま見いだした。 なかで、絹の縄梯子が露台で揺れている青みがかった国に住 しかしどうすればそれを振りはらうことができよう ? そんでいた。彼女はその幻影をすぐ身近に感じたし、それはい れに、こういう恋の喜びの低劣さに屈辱を感じはしたけれど まにもやってきそうだったし、そうなればきっとただ一度の も、それもしよせんは無駄であって、習慣から、あるいは自接吻で彼女を身心の隅々まですっかり奪い去ってしまうだろ 堕落な気分から彼女はそれに執着した。そして、毎日、彼女う。そのあと、彼女は疲れきってぐったり倒れた。このよう いんとう はそれにますます熱中するようになり、あまりに大きな幸福 な取りとめのない恋の感情の激発は、激しい淫蕩にもまして を望んでは、かえっていっさいの幸福を凅れさせてしまうの彼女を疲れさせるものであったから。 だった。期待が裏切られると、あたかもレオンが彼女を欺き 彼女はいまや身体中が絶えす到るところ凝っていると感じ でもしたかのように、それを彼のせいにして責めたてた。そていた。しじゅう、召喚状とか印紙を貼った書類を受けとっ して彼らを離別させるような変事が起ればいいと願いさえし たが、ろくに見ようともしなかった。もう生きていたくない、 十め一一が すみずみ

6. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

テー。フルがあるんだから : それとも、ちょっとおしゃべ 「ええ、あたしにもそれはわかるの」と、彼女は答えた、 どうか気りするのもいやなほどばくが嫌いなのかい ? 」 「ほんとにすまないと思 , つわ、クーポーさん : もしもかりにあたしがおかしな 彼女は彼の気を悪くしたくなくて、ふたたび籠を置いた を悪くしないでちょうだい。 一フ 考えをおこすとしたら、そりやほかのだれよりもあんたのとそうしてふたりは仲よく話をした。彼女のほうは洗濯物を届 けにゆくまえに食事をすませていた。彼のはうは、今日はス こへ行くだろうと思うわ。あんたはいいひとのようだし、親 ープと牛肉を急いで呑みこんで彼女を待ち伏せにやってきた 切ですもの。だから一緒になれると思うわ、そしてそうなっ たらそうなったで、なんとかうまくやってゆけると思うの。 のだった。ジェルヴェーズは気さくに答えながら、。フランデ あたし、なにもお高くとまってるわけじゃよ オい。なにがなんー漬の果物のはいった広ロ壜の並ぶあいだの窓ガラス越しに でもだめだって言ってるわけじゃないの : でもね、仕方街の動きを眺めていたが、ちょうど昼飯どきのため、押し潰 されそうなほどひどい人出であった。家並みに狭くしめつけ がないわ、あたしにその気持が起らないんですもの。あたし られた両側の歩道にあわただしい歩みが行き交い、腕が揺れ、 二週間まえからフォーコニエさんのお店に行ってるの。子供 、 ' 士事に引き留められて いつまでも肱がぶつかり合ってした。イ たちは学校に通ってます。あたし、働いているし、満足して とう、たカらいちはん、、のよ、、 しまのままでい るわ : ・ おそくなった労働者たちが、空腹に不機嫌な顔をして、大ま ることなのよ」 たに車道を横切り、正面のバン屋にはいってゆく。それから 半キロのバンを腕に抱えて出てくると、三軒上手の《双頭の 彼女は身をかがめて籠を取ろうとした。 スープと牛肉 ハン屋の 「おかげで話しこんじゃった、お店ではきっと帰りを待って仔牛》に六スーの定食 ( ) を食べにゆく。 とから成る ひと るわ・ : あんたはだれかほかの女を見つけることね、クー 隣にまた八百屋が一軒あって、じゃがいもの空揚げとムール ポーさん、あたしなんかよりもっときれいで、ふたりの連れ貝の煮たのを売っていた。長いエプロン姿の女工たちがつぎ つぎと行列をつくって、紙袋に入れたじゃがいもの空揚げと 子なんかないひとをね」 彼は鏡に嵌めこまれた円い掛時計を眺めた。彼女をもう一茶碗に入れたムール貝の煮たのを抱えていった。また、帽子 をかぶっていないかばそい感じのきれいな娘たちが赤かぶの 度坐らせながら、大きな声でこう言った。 まだ二十束を買っていた。ジェルヴェーズが身を乗り出すと、もう一 「まあ待ってくれよ、まだ十一時三十五分だ : そうざいや それに、ばくが妙なまねをするかもしれない軒お客でいつばいの惣菜屋が眼についたが、そこからは子供 五分ある : ・ なんて心配してるわけじゃないだろ、あいだにちゃんとこのたちがカツかソーセージかゆでたての腸 ( 豚扣血→身 ) を脂 の

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して人びとを近づけた。親戚の連中がわが物顔で部屋にのさ ある夜、ロリュの女房は、意地悪にもだしぬけにジェルヴ ばった。全央まではひどくかかる見通しだった。医者は四カエーズにたずねた。 月と言っていた。そこで板金工が眠りつづけているあいだに、 「ところでさ、あんたの店、いっ借りるのよ ? 」 ロリュ夫婦はジェルヴェーズのことを馬鹿だとこきおろした。 「そうそう、管理人があんたをまだ待ってるよ」ロリュが冷 亭主をうちへ連れてきたりしたから直るのがうんとおくれた笑した。 んだ、病院にいれておけば二倍も早く起き上がれるようにな ジェルヴェーズは息のつまる思いだった。店のことはすっ るのにね。ロリュは、自分だったらラリボワジェールに入院 かり忘れていたのだ。しかし店の話があれ以後だめになった するのを一秒たりとためらわない、その証拠にどこかちょっ と考えて、この連中がほくそ笑んでいることに彼女は気がっ ・す・いほ・つ と痛いとこでもできて病気になってみたいくらいだ、と言っ いた。実際彼らは、その晩以来というもの、彼女の夢が水泡 た。女房のほうは、退院してきた奥さんを知ってるんだけど、 と帰したのをなにかにつけてからかうようになった。なにか ひなどり それがどう、朝晩雛鶏を食べてたんだよ。そしてふたりで、実現できそうもない希望が話題になると、ジェルヴェーズが 四カ月の回復期間がクーポー一家にどれほどの支出になるか 通りに面した立派なお店の主人になる日までおあすけにしょ を何度となく計算し直した。まず、仕事に出られなくて取り うと一一一一口うのだった。そして蔭にまわると、ひとまえでさんざ 損なった賃金、それから医者代と薬代、あとになれば上等のんに悪口を言った。ジェルヴェーズのほうとしてはそんなひ 葡萄酒を飲ませたり、血もしたたるビフテキを食わせなけれどい邪推はしたくなかったが、 はっきり言って、ロリュ夫婦 わず クーポーたちが僅かなへそくりを食いつぶすだの顔を見ると、グットⅡドール街に洗濯屋の店を出す話が駄 けですめばもつけの幸いと思わなければいけないな。だけど 目になったのでクーポーの災難をいまでは喜んでいる、とい あの連中、借金を申し出るかもしれないそ。きっとそうなる。 うふうに見えたのである。 とんでもない、あいつらの責任なんだ。なんたって、親戚を そこで彼女のほうにしても、わざと陽気にかまえて、夫の 当てにしてもらっては困る、おれたちは自分の家で病人を養治療のためどれほど惜しげもなく金を使うか見せつけてやり たくなった。彼らのいるまえで、振子時計の覆いガラスの下 酒ってやるほど金持じゃないんだから。ちんばには気の毒だけ 居 ど、みんなと同じように亭主を病院に運んでもらったほうが から貯蓄銀行の通帳を取り出すたびに、彼女は陽気に言った。 よかったんだ、そのうえ高慢ちきときちゃ、もう一一一一口うことな 「行ってお店を借りてくるわ」 し六、。 彼女は貯金を一度におろそうとは思わなかった。簟笥のな

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ところが、ある日、プーレは彼女に面と向かってこう言っ 供に宗教教育もせす、信徒としての最初の務めも果たさせす にまっておくわナこ、ゝ ししし力ないではないかと言いたてた。叔母 こ、「申譱はどこにでもいるけど、教会にだけはいないんだ しゃべ よ」叔母さんの教えてくれた不思議な話を祖父に喋ってしまさんは、あの手この手の限りを尽くして説き伏せにかかり、 ン サっていたのである。 さまざまな理由をあげてせめたてたが、なかでも特に、日ご 子供は十歳になっていた。母親のほうは、もう四十歳ぐらろからお付き合いのある方たちがどう思うかを考えなければ からだ モ いにも見えた。子共ま、 イ。いたって身体の丈夫な、騒々しい暴いけないとこのことを強調した。子供の母親は戸惑い、どう れん坊で、樹によじのばって遊んだりするくらい元気活発だしたものか心を決めかね、ただ迷うばかりで、まあ、もうし いかん ばらく待ってもいいではないかとしか一一一一口えなかった。 たが、如何せん、物を覚えるほうは一向に進歩していなか が、一カ月後、ブリズヴィル伯爵夫人を訪ねると、夫人に った。勉強が退屈で仕方なく、すぐに中途で放りだしてしま たず たまたまこう訊ねられた、「ポールちゃんが初めての聖体拝 うのである。男爵が子供をちょっと長いあいだ本の前に引き とめておこうものなら、そのたびにすぐさまジャンヌがとん受をなさるのは、確か今年でしたわね」ジャンヌは不意を打 できて、こう一言うのだった、「さあ、もう遊ばせてやってちたれて、とっさに「そうですの、奥さま」と答えてしまった。 ようだい。疲れさせてはだめよ、まだ小さいんですもの」彼そう答えたことで、にわかに彼女の考えも決まってしまった。 女にしてみると、この子は相変わらず半歳か一歳の子供でしで、父親には何も打ち明けす、彼女は子供を教理問答に連れ ーズに頼んだのだった。 よかった。彼が、もう小さな大人のように、ちゃんと歩きていってくれるようリ しオがある晩、 一カ月ぐらいのあいだは、万事うまく、つこ。、ゝ、 まわったり、走ったり、ロをきいたりできるということさえ、 せき のど 立日には咳が出るよ , つにな よく呑みこめているのかどうか怪しいくらいだった。彼女はプーレは喉を痛めて帰ってきた。羽 しよっちゅうびくびくしながら暮らしていた。ころびはしな った。母親はおろおろと取り乱して、一体どうしたことかと かぜ 風邪をひきはしないか、動きまわって暑がっているの事情を問い質した。すると、お行儀が悪かったというので、 ではないか、食べすぎて胃をこわしはしないか、食べなさす司祭が彼を外に追いだして、授業が終わるまで吹きさらしの ポーチに立たせておいたのだとわかった。 ぎて発育によくないのではあるまいか、という調子である。 そこで、彼女はもう子供を家から出さないことにして、自 子供が十二歳になった時、大変な難題が持ち上がった。す トルビアック神父は、 分で宗教の初歩知識を教えこんだ。が、 なわち、最初の聖体拝受をどうするかという問題である。 リゾンが一心に頼みこんでも、充分な教育を受けていないと ーズがある朝ジャンヌのところにきて、これ以上長く子 ただ

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ゾラ 696 もちろんグットⅡドール街では、ポッシュ夫婦をはじめとらと心配だったのだ。それでも、もう一度頭を下げて頼ませ とうだい、 する面々が彼女の帰りを待ちうけていた。。 クーポようとしてるんだなどとは思われたくなかったので、彼女は ー親爺はまだもってるかい ? ええ、まだもってるわよ。ポ二、三度、小さく跳ねはじめた。、 たが、なんとなく気分が悪 ッシュは茫然自失の様子だった。クーポーは晩までもたない くなって、うしろにとびさがった。。 とうしても、出来ないの というほうに、葡萄酒一本賭けていたのだ。なんだって、まよ ! 失望のささやきが流れた。がっかりだな、真似つぶり だもってるのか ! みんなも、腿をたたいて驚いた。よく頑は申し分ないんだが。 そ でも、出来ないんなら仕方ない , 張る野郎だよ , ロリュの女房がこれまでの時間を計算した。 して、ヴィルジニーが店に戻ってゆくと、みんなはもうクー 三十六時間プラス二十四時間、六十時間だよ。すごいや、もポー親爺のことなど忘れて、目下てんやわんやのボワッソン う六十時間も脚と口を動かしつづけなんだね。こんな力業に夫婦のことを熱心に話しはじめた。昨日、執達吏が来たんだ はお目にかかったことがない。 しかし、ポッシュは酒一本まよ。巡査はくびになるだろうな。ランチェのほうは、隣のレ きあげられたことで苦笑いしながら、疑わしそうに、やっこ ストランの娘をつけまわしてるんだ。これがまたいい女でね さん、まさかあんたが出てきたあとでくたばったりはしょ オかえ、あそこで臓物屋をはじめたいんだってさ。みんなは面白 ったんだろうな、とジェルヴェーズにたずねた。大丈夫よ、 がった、あの店に臓物屋のおかみさんになっておさまってい すごく元気に跳びはねていたもの、とても死ぬ気なんかない るところが、もう眼に浮かぶような気がするのだ。お菓子の しつよう わ。するとポッシュは、さらに執拗に、。 とんなふうなのか、あとは、ずっしりとお腹にこたえるものってわけさ。それに またちょっとやって見せてくれないか、と頼んだ。そう、そしても、あの寝取られ男のボワッソンというのは、こんなに ひとよ 、れ刀、い、 > もう一度ちょっとやってみてくれ、みんなが知りなっても、ほんとにお人好しだねえ。悪賢さを商売にしてる たがってるんだ , どうだろう、やってくれればありがたい 男が、なんだってまた、家のなかだとあんなに間抜けなんだ んだがな、ちょうど昨日見ていなかった近所のおかみさんがろう ? だが、みんなはふいに口を閉ざした。だれからも見 ふたり、わざわざ見物に下りてきたところだし、と一同は言向きもされなくなって部屋の奥で、ひとりばつねんと腰を下 った。管理人の女房がみんなに、脇にどいてくれないかと叫ろしていたジェルヴェーズが、手足をふるわせて、クーポー ひじ び、みんなは好奇心にわくわくしながら肱でつつつきあって、の真似をはじめているのに気がついたからだ。よう、それそ 管理人室の中央をあけた。けれども、ジェルヴェーズはうなれ、そいつを待ってたんだ。彼女は夢からさめたような顔つ だれていた。ほんとに、あたしも病気になるんじゃないかしきで、ばんやりとしていた。それから、足早に逃げだした。

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」 , つじゃ、ない ? ロリ 若い女の顔から手へ、足の先へと、まるで裸にして肌のきめあんた、丈夫そうじゃないわね : まで見届けたいとでもいうように見まわして言った。考えてユ、このひと、丈夫そうには見えないわね ? 」 いたよりもいい女だ、と思わないわけにはいかなかた 「そう、そうだ、このひと、丈夫じゃないよ」 「弟はたしかに好きなようにしていいわけだわ」と、彼女は彼らは彼女の脚のことはロに出さなかった。しかし横目を とりすました調子で一言葉をつづけた、「そりゃあ身内にして使ったり、唇をすばめたりすることで、彼女の脚を当てこす みれば、できたらこうしてもらいたいって思うこともあった 、 ' 皮女は黄色 っているのがジェルヴェーズにはわかってした。彳 からだ だれだっていろいろ計画を立てるもんですからね。に棕櫚の模様のついた薄いショールをきつく身体に巻きつけ でも物事っておかしな具合になってゆくものだね : あたて彼らのまえに立ちながら、まるで裁判官をまえにしている しとしてはひとと争いたくはないの、それが第一。たとえ最ように手短に答えていた。彼女が苦しんでいるのを見て、ク 低の女をひつばってきたって、きっとこう一言ってやったわ、 ーポーがついに叫んだ。 『ああ、そのひとをもらうがいいさ、あたしのほうはそっと 「そんなことだけが問題じゃあない : あんたたちの言っ しといて : : : 』でもね、このひと、あたしたちのところに来てることなんかどうでも、 しいようなことなんだ。結婚式は七 ていて具合が悪かったわけじゃないんですよ。こんなに丸々月二十九日の土曜日にやるよ。暦で調べたんだ、それでいい してるでしよ、食べものに不足がなかったことはひと目でわね、都合はどうかね ? 」 かる。そればかりじゃよ、、 オしスープはいつでも熱かったし、 「あたしたちはいつだっていいよ」と姉が一一一口った、「あたし ねえロリュ、こ 一度も待たせたことはないんですから : たちに相談することもなかったのさ : ロリュが証人にな のひとテレーズに似てると思わない ? ほうら、お向かいのることだって反対はしないよ。仲良くやっていきたいから あのひとよ、肺病で死んだ : 「なるほどちょっと見はよく似てるね」鎖イりが答えた。 ジェルヴェーズは手持ちぶさたでうつむいたまま、仕事場 ひしがた 「それにあんた、子供がふたりあるんだってね、こりゃあ、のタイルを覆っているすのこの菱形に足のさきを突っこんだ 屋どうもね、あたし弟に言ってやったのよ、「子供がふたりも りしていた。だが足を引き抜くときどこかこわしたのではな 居いるひとと、なんだって結婚するのかあたしにはわからない いかと気になって、かがみこんで手で触ってみた。ロリュが ね : : : 』あたしが弟の利益を考えるからっていって、あんた、 素早くランプを近づけた。そして疑わしそうな眼つきで、彼 怒っちゃいけないわ、当りまえのことでしよう : それに女の指のあたりを調べた。