答え - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

ばくに借りてくれと彼はきみに一一一一口ったの ? 」 ホーイは一一一一口った。 起されたのだ。 : 彼女はしばらくためらった。懸命に記憶のなかをさぐって 「サ。フレ夫人が今すぐお話しになりたいとか」 いるようだった。それから、答えた。 わたしは急いで服を着ると、従妹を迎えた。 「ええ : んえ : : : ほんとうに」 彼女はひどく困惑していて、目を伏せたまま坐ると、ヴェ 「ご主人はきみに手紙で言ってきたの ? 」 ールをとらすに、一一 = ロった。 従妹はふたたびためらった。考えていた。わたしは彼女の 「ねえ、わたしはあなたに大変なお願いがあるの」 辛い頭の働きを見抜いた。彼女は知らないのだった。知って 「お願いって、どんな ? 」 いるのは、ただ、夫のために五千フランをわたしから借りな 「とても言いにくいことなのだけれど、でも、言わなければ。 ければならないということだけだった。そこで、彼女はあえ わたし、五千フラン必要なの、どうしても必要なの」 うそ て嘘をついた。 「寺 ( き、か、キ、みが ? ・」 「ええ、手紙で言ってきたわ」 「そう、わたしが。というより、夫が。夫がわたしにそれだ 「一体、いっ ? 昨日、きみはばくに何も一言わなかったじゃ けのお金をつくってくれと言うの」 あぜん わたしは唖然として、答えが言葉にはならなかった。わた 「今朝、手紙を受けとったの」 しは考えた、ほんとうに従妹はパラン博士とぐるになってこ のわたしをからかっているのではないか。これは前もって仕「その手紙をばくに見せてくれる ? 」 しいえ : : : だめ : : : 内輪のことが書いてあるか 組まれ、そして実に上手に演じられているたんなる狂言では ら : : とても個人的なことが : : : わたしは : : : 手紙を焼いて ないのか しかし、注意深く従妹を見つめると、わたしの疑いはすべしまったわ」 「じゃあ、きみのご主人は借金をしているということだね」 て消えた。彼女は激しい苦痛で震えていた。それほど、この 金策は彼女にとって心苦しいのだった。彼女は今にも泣き出彼女はふたたびためらった。それから、つぶやいた。 ラ 「知らないわ」 ルしそうにしている オ わたしはぶつきらばうに宣一一 = ロした。 わたしは従妹が大金持なのを知っていたので、言った。 「ばくは今すぐに五千フラン都合することはできないな、悪 「なんだって ! きみのご主人は五千フランを自由にできな いけ・、れゾ . 一」 いんだって ! さあ、よく考えて。ほんとうに、そのお金を つら

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

「ええ、ええ、そうだともさ ! 薬学を勉強していた頃、わ 相棒は眠っていた。それから、部屋のあまりにも重苦しい したい 9 たしは『市立病院』で屍体はたくさん見たよ。われわれは解空気のなかにいるせいで少し息苦しいので、司祭は窓を開け レ剖教室でポンスをこしらえたものさ ! 無も哲人を恐布させたが、そのために薬剤師は眼を覚ました。 かぎタバコ たりはせん。そればかりか、わたしはしばしば口にしている 「さあ、嗅煙草を一服どうぞ ! 」と司祭は言った、「お取り ロ が、のちのち科学に寄与せんがために、わが遺体を病院に遺 なさい、気分が晴れますよ」 フ 贈するつもりでさえおるのさ」 切れめのない犬のえ声が、どこか遠くで長々とつづいて 司祭はやってくるなり、ご主人はどんな様子かと尋ねた。 そして薬屋の答えを聞くと、こんなふうに言い添えた。 「犬が吠えているのが聞こえますか ? 」と薬剤師は言った。 「さよう、打撃がまだ生々しすぎますからなあ ! 」 「犬というものは死人を嗅ぎつけると言われておりますな」 はんりよ みつばち するとオメーは、司祭には普通のひとと違って愛する伴侶と司祭は答えた、「蜜蜂のようですね。蜜蜂は人間が物故す を失う破目に陥ることがなくて結構だと祝福した。その結果、ると巣から飛び立ちますからね」 司祭の独身生活について議論が起った。 ォメーはこの偏見を責めたてなかった、なにしろ彼はまた 「なにしろ」と薬剤師は言った、「男が女なしでいるのは自眠りこんでいたから。 がんじよ、つ 然ではありませんからな , いろいろな犯罪が見られたのも 。フルニジャン氏のほうが頑丈で、彼はなおしばらくのあ いだ唇をばそばそと動かしつづけた。それから、いつのまに あご いびき 「いや、なにを言っとるんですか ! 」司祭は声を張りあげた、 か顎をがつくり垂れ、分厚い黒い本を手から放して、鼾をか とら 「結婚生活に囚われている人間が、たとえば告解の秘密を守きはじめた。 れるものですかね ? 」 腹を突きだし、顔をふくらませ、顰めつ面をし、あれほど ォメーは告解を攻撃した。。フルニジャンは弁護した。告解多くの意見の食い違いがあったあとで、結局は人間としての によって本心に立ち返ったさまざまな場合を、彼は詳しく述同じ弱さのなかでやっと出会って、いま彼らは互いに向きあ べた。突如として正直になった泥棒の種々の逸話を彼は例に っていた。そしてそのかたわらの、こちらは眠っているよう めい - もう あげた。ある軍人たちは告解場に近づいてゆく途中で、迷妄に見える屍体と同じように、まったく動こうとしなかった。 シャルルが部屋にはいってきた際にも、彼らの眼を覚ます から覚めるのを感じた。フリプール ( スイス西部の都会。カトリク れ しの町にひとりの大臣がいて : ことはなかった。これが最後だった。彼はれを告げにきた ころ

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

従妹は苦しみの叫びのようなものをあげた。 一時間のあいだ、わたしは彼女を説得しようとしたが、し 「ねえ ! ねえ ! お願いだから、お願いだから、都合してかし、むだだった。 彼女が帰ると、わたしは博士のところへかけつけた。彼は ン サ彼女は興奮して、両手を合わせていた、まるでわたしに祈外出するところだった。そして、微笑しながら、わたしの話 るかのように ! 彼女の声の調子が変るのにわたしは気づい を聞いた。それから、彼は言った。 従妹は泣いてした、。 、 ' ともっていた。自分が受けた絶対的「ムフはもう信じますか ? 」 な命令に悩まされ、縛られて。 「ええ、信じざるをえませんね」 「ねえ ! ねえ ! お願いするわ : : : わたしがどんなに苦し 「お従妹さんのところへ行きましよう」 んでいるかわかってくれたら・ : : ・今日どうしても必要なの」 従妹は、疲れきって、すでに長椅子の上でうとうとしてい かわい わたしは従妺が可哀そうになった。 た。医者は彼女の脈をとり、彼女の目のほうへ片手をあげて、 「後ほど都合してあげるよ、必す」 しばらく彼女を見つめていた。彼女はこの催眠術の強い力に 彼女は叫んだ。 耐えられすに徐々に目を閉じていった。 「挈」 , っ , ・めり - がと , っ , ・亠めり - がと , っ , ・ ほんとうにあなた 従妹が完全に眠りこんだとき、医者は言った。 。しい方ね」 「ご主人はもう五千フラン必要となさっていません。ですか わたしは言葉をつしオ 、。こ。「昨日きみの家であったことを、 ら、あなたはお従兄さんにそのお金を貸してくれるように頼 おば きみは憶えているかい ? 」 んだことを忘れるでしよう。それで、お従兄さんがそのこと 「憶えているわ」 をあなたに話しても、あなたはなんのことやらわからないで 「パラン博士がきみを眠らせたのを憶えている ? 」 1 しょ , つ」 「ええ」 それから、医者は従妹をおこした。わたしはポケットから 「だったら、 ししかい、博士がきみに命令して、その五千フ財布をとり出した。 ランをばくに借りに来るように言ったんだよ。そして、きみ 「ほら、きみが今朝ばくに頼んだものをもってきたよ」 は今その暗一小にかかっているだけなんだ」 従妹があまりにも驚いたので、わたしはあえてしつこくは 従妹はしばらく考えこんだが、答えた。 一一一一口わなかった。ただ、 , 彼女の記憶をよみがえらせようとして みた。。 「だって、わたしの夫がお金が要ると言っているのよ」 たが、彼女は強く否定し、わたしにからかわれている

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

妹のどちらかがロいつばいにほおばったまま、ナプキンも取 払っていただけますか ? 」 らずに立ちあがって小部屋をのぞきに行く。戻ってきて、ロ 「いいえ、あの、全部はとても」ロリュ夫婦のまえでこんな 話をされるのにひどく当惑して、ジェルヴェーズはロごもりのなかのものも食べ終り、また席につくと、ほかの連中は隣 ながら言った、「おわかりでございましようが、こんな不幸の部屋に異状はなかったかと、ちらりとその顔を眺める。や がて、ご婦人がたが席をはすす度合もすくなくなり、クーポ がありまして : : : 」 「ごもっとも、でも、ひとそれそれに苦労はあるものでしー婆さんは忘れられていった。夜明かしでお通夜をする用意 にと、コーヒーのとても濃いのを大きな容器にいつばいつく て」もと労働者だった大きな指をひろげながら、家主が答え ってあった。。、 ォワッソン夫婦が八時ごろやってきた。家のも た、「お気の毒だが、もうこれ以上はお待ちできませんな 。明後日の朝までに払ってもらえなければ、やむをえまのは、コーヒーでも一杯いかがと声をかけた。すると、ジェ ルヴェーズの顔色をうかがっていたランチェは、どうやら、 せんな、立退令状ということになります」 いまこそ朝から待ちうけていた絶好の機会だと考えたらしい ジェルヴェーズは両手をあわせ、眼に涙を浮かべて、無一言 のまま哀願した。相手は骨ばった大きな頭をつよくふって、死人のいる家に入ってきて金の催促をするなんて、家主とい いくら頼んでもむだだということを吾らせた。それに、死者うやつらはまったく下劣きわまるとののしりながら、突然こ に対する当然の敬意として、一切の議論は禁じられている。んな一一一一口葉を言いだしたのだ。 「あん畜生、ミサで坊主の横に立ってお勤めをするみたいな 彼はあとずさりして、つつましくその場を引きさがった。 ジェズィット まあ、お 「お邪魔をしてまことに失礼しました。明後日の朝ですよ、格好をしやがって、とんでもねえ偽善者だ , れがあんたの立場なら、あいつの店なんかおつばりだしてや お忘れなく」と、彼はささやいた。 そして、帰りぎわにまた小部屋のまえを通ると、大きく開るんだがな」 いらいらし ジェルヴェーズは疲れきってぐったりとなり、 けはなしてある一尸口から、うやうやしく膝を折って、死者に ていたので、なげやりな口調で答えた。 最後にもう一度拝礼をした。 食事をはじめた一同は、はじめは食事を楽しんでいると見「ええ、もちろんよ、役人の来るのなんか待ってやしないわ あーあ、もううんざりしちゃったわ、もううんざり」 られたくないと考えて、急いで食べた。しかしデザートにな ロリュ夫婦は、これでちんばに店がなくなるかと思うとう ると、満ちたりたよろこびを味わいたいという気持から、ゆ つくりしはじめた。ときどき、ジェルヴェーズかふたりの姉れしくてたまらず、この言葉に大賛成だった。店を一軒もっ ひぎ

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

フロべール 224 いた。三人のそばで、小さな白いエプロンをかけたベルトが、 と、など、ゾつで・もい い話をしはじめたが、彼の健康状態は相 こみち シャベルで小径の砂をすくっていた。 変らすどうにかこうにかであり、とくに良くもなし悪くもな うわき ) だしぬけに、布地商人のルールー氏が柵を開けてはいってしだと言った。実際、世間で噂しているのとは裏腹に、彼は - も、つ くるのが見えた。 ノンにつけるバタ代ほどの儲けもないのに、それはもう大変 彼は、ご不幸に際してなにかお世話を申しでにきたのだ。苦労して働いているのだ。 エンマはべつにその必要はないようだと答えた。商人はそん エンマは彼にしゃべらせておいた。この二日間というもの なことでは降参しなかった。 もうすっかり退屈しきっていた , からだ 「まことに , 甲しわけ。こぎ、いませんが」と・彼は一一一一口った、「ちと 「それで、奥さまのお身体はもうすっかりよろしいので ? 」 だんな 特別なお話もございますのでね」 とルールーはつづけた、「本当に、あの頃の旦那さまのご心 それから声を落して、 労といったらなかったですからねえ ! じつに見あげたお方 もんちゃく 「あの件についてでございますよ : ですな、まあわたくしどもとは、ちょっと悶着もございま シャルルは耳もとまで真赤になった。 したけ・以」」 「ああ、ええ : なるほど」 彼女はどんな悶着かと尋ねた。というのは、シャルルま」 そして、どぎまぎしながら妻のはうを向いて、 の品物の納入についての口論を彼女に隠していたからである。 「やってくれるかい : 「いや、よくご存じではありませんか ! 」とルールーは答え 彼女は理解したらしく、立ちあがった。そこでシャルルは こ、「ほら、奥さまが気まぐれにご注文になった、例の旅行 母親にこう一一一一口った。 用トランクのことでで、こ、イ、いますよ」 「なんでもありませんよー きっと家事のつまらんことです彼は帽子を眼の下までまぶかに下げ、そして手をうしろに 組み、にやにや笑いながらそっとロ笛を吹いて、我慢ならな 彼は小言を恐れて、手形の一件を母親に知られたくなかっ いほどじろじろと、まともに彼女の顔を見つめていた。この たのだ。 男はなにか気づいているのだろうか ? さまざまな懸念が次 わ おび 二人きりになると、早速ルールー氏は、かなりはっきりし から次へと湧きおこって彼女を法えさせた。しかし、とうと た一一一一口葉で、エンマに遺産相続の祝いを述べだし、それから、 う彼は言葉をついで、 かじゅしよう 果樹墻のことや、作物の収穫のことや、彼自身の健康のこ 「旦那さまとはもう和解いたしましたし、またちょっと旦那 よろしいですね ? 」

6. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

かいせん べッドから追いはらわれて、あたしにはもう寝るとこがない いったん寝こんでしまうと、クーポー婆さんは疥癬みたい そうよ、あたしにはどうにもならないわ、あのひとが にたちが悪くなった。オカ こし、に、彼女がナナと一緒に寝てい 悪いんだもの」 る小部屋はまったく陰気くさい。孫娘のべッドと彼女のべッ 彼女はぶるぶるふるえていた、度を失ってしまった。そう ドのあいだには、ちょうど椅子ふたっ分の空間しかなかった。 やって、ランチェが彼女を自分の部屋に押していったとき、褪せたねすみ色の壁紙が、ばろばろになってぶらさがってい ナナの顔が小部屋の入口の、ガラスをはめた扉の向うにあらた。天井のちかくにあるまるい明りとり窓は、地下室のよう われた。この少女はいましがた眼をさまし、肌着姿で、眠くなうす暗い光を落していた。こんなところにいては、だれだ あお て蒼ざめた顔で、そっと起きてきたところだった。彼女は父ってふけこんでしまう、ろくに呼吸もできない人間ならとり おうとぶつ 親が嘔吐物のなかにころがっているのを眺めた。それから、わけそうだ。夜はまだしもで、なかなか寝つけなければ孫娘 顔をガラスにくつつけたまま、母親のペチコート、 が正面の別の寝自 5 に耳を傾けていて、それはそれで気晴らしになった。 の男の部屋に消えてゆくのをじっと見まもっていた。ひどく ところが昼間は、朝から晩までだれも相手をしてくれないの まじめな顔つきだった。いかにも手におえぬ子供らしいそので、彼女はぶつぶつ不平をこばし、泣き、寝返りをうちなが 大きな眼は、性への好奇心に輝いていた。 らたったひとりで何時間も、こう繰り返すのだった。 「ああ、なんてあたしは不幸せなんだろう , ああ、な ろうや んて不幸せなんだろう ! 牢屋だよ、まるで。あの子た ちはこんな牢屋であたしを死なせるつもりなのかえ ! 」 その年の冬、クーポー婆さんは呼吸困難の発作を起してあ そして、ヴィルジニーかマダム・ポッシュが容態をたずね ゃうく死ぬところだった。毎年十二月になると、彼女はきま にやってくると、婆さんは相手の一一 = ロ葉には答えすに、すぐさ ぜんそく って喘息で二、三週間寝たきりになってしまう。彼女はもうまお得意の泣き言をひとくさりはじめるのだった。 「ほんとにねえ、高くつくんだよ。あたしがここで食べるパ しい年で、聖アントワーヌ祭 ( ← + しには七十三歳になる。 屋しかも、ぶよぶよ肥ってはいたが、とてもひょわで、ちょっ ンは ! そうさね、他人さまのところで寝こんじまったって、 居としたことで息をぜいぜいさせる。この婆さんは咳きこみな こんなに辛い思いはしないだろうとも , こうなんだよ、 ろうそく せん がら「こんばんは、おまえさん、蝦燭が消えてるよ」と叫ん煎じ薬を一杯たのんだとするだろう、するとどういうの、水 でいるうちにいってしまうだろうと、医者は言っていた。 差しにいつばいに入れてもってくるんだよ。あたしががぶ飲 ばあ

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

いかなる音もたてないという特性 ての人たちに伝わっていった。幼いジャンヌさえ、子供の持りするようなこともない っ生まれながらの洞察カから、この叔母さんには一向に関、いを周囲の物にまで伝染させてしまうかのようだった。まるで を払わす、べッドへあがっていって接吻するようなこともし手が真綿でできているように、触った物をそっと軽やかに扱 ン うのである。 サないし、部屋へ入っていこうともしなかった。なにかとこの あ 部屋の面倒をみていた女中のロザリーだけが、部屋の在り処叔母さんがやってきたのは七月半ばのこと、今度の結婚の あんばい ことを聞き及んだだけで大変に興奮していた。お土産を山ほ モを心得ているという按配だった。 ど持ってきたが、例によって、彼女が持ってきた物だという リゾン叔母さんが昼食に食堂へおりてくると、「お嬢ちゃ ので、黙殺同然の憂き目にあった。 ん」は習慣的に額に接吻してもらう、それだけだった。 叔母さんが着いた翌日から、もう彼女がいることを気にと 誰か叔母さんに話したい人があると、召使を呼びにやる。 その場にいない時は、誰一人として彼女のことなどかまわす、める者もなかった。 彼女の心中には、ただならぬ興奮がわきたっていた。 気にかけなし 、。「おや、今朝はリゾンの姿を見かけなかった たず けど」と、心配して訊ねてみようなどと考える者はいなかっ彼女は、婚約した二人から片時も目を離さなかった。異常な までに一心不乱、熱に浮かされたように、彼女は嫁入り仕度 彼女は自分の席を持っていなかった。家族の者にさえ末知に精を出し、誰も遊びにこない自分の部屋で一介のお針子の ように仕事をした。 で、見きわめのついていないような存在、死んでも家のなか ししゅ・う っー」よに 自分で縁をかがったハンカチや頭文字を刺繍したナプキン に穴があきもせず空白も生じないというふうな、い 暮らしている人たちの生活にも習慣にも愛情にも加わるすべを、しよっちゅう男爵夫人に見せに来て、彼女はこう訊ねる のだった、「これでいいかしらね、アデライード ? 」夫人の を知らない存在、そういう存在だったのである。 ほうは、見せられた物をいい加減にざっと点検してから答え 「リゾン叔母さん」と誰かがロにしても、この二語はいわば 誰の心にもまったく愛情を喚び起こすことがなかった。「コる、「そんなに骨を折ってやってくれなくてもいいのよ、ね つば ーヒー沸かし」とか「砂糖壺」と言ったのと同じような感じえ、リゾン」 その月の終わりのある晩、蒸し暑い一日も終わって、月が昇 叔母さんはいつも、せわしなく、音もたてずに、小股でちる頃となった。人の心を掻き乱し、感じ易くし、いやがうえに たかぶ も昂らせて、魂のうちにひそんださまざまな詩情を喚びさま よこちょこと歩く。決して物音をたてず、何かにぶつかった こまた ころ やす

8. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

の両側に村長夫妻が陣取っている。村長夫人というのは、もすか ? 」 う年のいった、痩せつばっちの田舎女で、四方八方へちょこ彼女はまた頭を垂れてうつむいた。「答えてください、お ちょことやたらに会釈ばかりしていた。大きなノルマンディ願いですから」と、つつかえながら彼が言いつのると、彼女 は静かに目をあげて彼を見た。彼は、そのまなざしのなかに、 ー特有の帽子で細い顔を左右からぎゅっとしめつけている。 まんまるの目をいつも驚いたように見開いているところなど、彼女の答えを読みとることができたのである。 めんどり と」か まさしく鶏冠の白い雌鶏にそっくりの顔である。彼女は、ま るで皿の上の料理を鼻でついばんでいるような恰好で、素早 く小刻みな動作を繰り返して食べた。 男爵は、ある朝、ジャンヌがまだ起きださないうちに部屋 ジャンヌは、もう一人の名付け親である子爵と並び、幸福 すそ に入ってくると、べッドの裾のほうに腰をおろしながらこう の世界をふわふわと旅していた。何を見ても目に入らない もら もう何が何なのかもわからない。嬉しさに頭がばおっとして、言った、「ラマール子爵がね、お前を嫁に貰いたいって申し 込んできたよ」 ただ黙っているばかりだった。 彼女は毛布の掛け布の下に顔を隠してしまいたかった。 彼に訊ねてみた、「お名前のほうは何とおっしやるの ? 」 父親は一 = ロ葉を続けた、「ちょっと返事は待ってもらったん 「ジュリアンです。御存知じゃなかったんですか ? 」と彼は のど だがね」彼女は胸がいつばいになって喉がつまり、息をはず 一一一一口った。 ・はな - ス ませた。しばらくの間を置いて、男爵は頬笑みながら付け加 が、彼女は答えず、こんなことを考えていた、「わたし、 これから、本当に何度となく、この名前を口にすることになえた、「お前に話さずに何も決めたくなかったんでね。母さ オしが、かといって、お前 んとわたしはこの結婚に反対じゃよ、 るんだわ」 に押しつける気はない。お前はあの人よりすっとお金持ちと 食事が終わると、この庭のほうは漁師たちの勝手にさせて いうことになるんだけれど、人生の幸福はお金じゃよ、 おくこととして、一同は館の向こう側へ移った。男爵夫人は、 生 一男爵に寄り掛かり、二人の司祭に付き添われて、いつもの運ね。あの人にはもう一切の係累がないから、お前と結婚すれ 女 ば、わたしたちの家に息子が一人増えるわけだ。これが、他 動をやりだした。ジャンヌとジュリアンは、庭木の繁みのと みち の男と結婚するんだったら、お前のほうがよそへいかなくち 浦ころまで行き、草深い径に足を踏み入れた。すると、不意に ゃならないところなんだがね。わたしたちは、あの青年が気 男は彼女の両手をとった。「ねえ、ばくの妻になってくれま

9. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

ャルルはエンマの前に坐り、両手をこすりあわせながら幸せ昔ながらのものを、驚きを覚えながらしげしげと見つめるの だった。あの舞踏会は既になんと遙かなものに思えたことで そ , つにこ , つ一一 = ロった。 あろうか , いったい誰が、一昨日の朝と今日の夕方とをこ 「家に戻ってくると楽しいねえ ! 」 ナスタジーが泣いているのが聞こえた。シャルルはこの哀れほど大きく隔ててしまったのであろう ? ヴォビエサール 、か。的・しまっ れな娘をちょっぴり好いていた。以前、やもめ暮しの無聊に訪問は彼女の生活のなかに穴を開けてしまったのだ、ときお きれつ あらし り嵐がたった一夜のうちに山中に掘りこむあの大きな亀裂の 悩んでいた際、彼女は幾晩も話し相手になってくれたのだっ あきら た。この地方での彼の最初の患者であり、いちばん古い知りように。けれども彼女は諦めた。美しい衣裳、さらには繻子 たんす の靴まで簟笥のなかに大切にしまいこんだが、その靴の底は あいであった。 皮まとうとうそう一一一一口あの嵌木の床の滑らかな蝦で黄色くなっていた。彼女の心は 「本気で彼女にひまをやったのかい ? 」彳。 つつ ) 0 その靴のようだった。富貴と触れあったので、彼女の心の上 には今後もう消えはてぬなにものかが座を占めたのだ 「ええ。誰か止めだてするひとでもいるの ? 」と彼女は答え かくしてあの舞踏会を思いだすことが、エンマにとっての いつも彼女は それから寝室の用意ができるあいだ、彼らは台所で暖を取仕事となった。水曜日がめぐってくるたびに、 眼を覚ますとこう思うのだった、「ああ、一週間前には : った。シャルルは葉巻をふかしはじめた。彼はロを前に突き つば こま : : : 三週間前には、あそこにいたんだわ ! 」そし だして葉巻を吸い、しじゅう唾を吐き、一吹き煙を出すごと半月前し。 よ、つば・つ て徐々に、ひとびとの容貌は彼女の記億のなかでまざりあい にあとすさりした。 けいべっ 彼女はカドリールの曲を忘れ、召使たちの制服やさまざまな 「気持が悪くなるわよ」彼女は軽蔑するように言った。 部〕のことも、も , っそれほどはっきり眼に , つかばなくなった。 彼は葉巻を置き、ポンプのところへ行って冷たい水をコッ 人プに一杯飲んだ。エンマは、葉巻入れを掴んで、素早く戸棚幾つかのこまごました点は消え去ったが、しかし哀惜の念は 戈っこ。 一の奥に投げこんだ。 一日がなんと長かったことだろう、その翌日は ! 彼女は こみち ポ小さな家を歩きまわり、同じ小径を何度となく行ったり来た せつこう かじゅしよう りし、花壇の前とか、果樹墻の前とか、石膏の司祭の像の 前などに立ちどまって、それら彼女がとてもよく知っている つか しばしば、シャルルが外出しているとき、彼女は戸棚のな はる

10. 集英社ギャラリー「世界の文学」07 -フランス2

かす て、あなたから誘われたわけでもないのに、 つい , っカ , っ力と、 いものが洩れでてくるかのように、頭のなかには微かな音が あなたのあとに付いていってしまったのです。けれども、た 断こえてした。彳 、「皮らはさきほどから手を結びあわせていた。 こう・」っ えす、ばくは自分の愚かしさをだんだんと強く意識するようそして、過去、末来、追憶、夢、 いっさいはこの恍惚状態の やみ になり、そして思いきってすっとあなたのお伴をするだけの甘美さとひとつに溶けあっていた。夜の闇は壁の上にいっそ 勇気はなく、といってあなたとお別れしたくない気持で、ば う濃くなったが、そこにはなかば音闇にまぎれこみながら、 くはあなたのそばを歩きつづけました。あなたがある店にお四枚の版画の濃い色彩がまだ光っていたが、それは『ネール はいりになると、ばくは通りにいて、あなたが手袋をはずしの塔』の四つの場面を描いたもので、下のほうにスペイン語 て売台の上でお釣の勘定をなさっているのを窓ガラス越しに とフランス語で題語がついていた。上げ下げ窓から、尖った いち・ぐ、つ 見ていました。それからあなたはチュヴァッシュ夫人の家の屋根のあいだに暗い空の一隅が見えていた。 たんす ろ、っそく 呼び鈴を鳴らし、ドアが開いたのですが、ばくはあなたがな 彼女は立ちあがって簟笥の上の二本の蝦燭に火をともし、 かへはいるとすぐまた閉められたその重い大きなドアの前で、それからまたもとの椅子に腰かけた。 馬鹿のようにじっと立ったままでいました」 「それで : : : 」とレオンが言った。 ポヴァリー夫人は、彼の話に聞きいりながら、自分がすい 「それで ? 」とエンマが答えた。 ぶん年をとったのに驚いた。ふたたび現れでたこれらいっさ そして彼がとぎれた会話をどう繋ぎあわせようかと思案し いのものが、彼女の生活を大きくひろげてくれるように思わていると、彼女がこう言った。 れた。それは感情の広大なひろがりのようなものを作りだし、 「いままで、誰ひとりとしてそういう気持を言ってくれる方 彼女はそこで追憶にふけった。そしてときどき、小声て がいらっしやら、なかったのは、ど , つい , つわけかしら ? 」 まぶた 瞼をなかば閉じてこう一一一一口うのだった。 書記は、理想の性質というのは理解されにくいものなのだ と、声を高めて言った。が、 彼は最初に一眼見たときから、 夫「ええ、そうよ : : : 本当にそ , つよ : : : 本当にそうよ : かいわし きトっ - : っ 彼らは、ポーヴォワジーヌ界隈の種々さまざまの大時。ゝ 一一二ロー刀 ) 彼女を愛するようになった。もしも僥倖に恵まれて彼らが ア 、にほどけないよ , つにしつか 八時を鳴らすのを聞いたが、この界隈には、寄宿舎や教会やもっと早く出会っていて、お互し 誰も住んでない大邸宅がたくさんあるのだ。彼らはもう話をり結ばれていたならば、どんなに幸せだったろうと思うと、 彼はたまらない気持になるのだった。 しなかった。しかしお互いに顔を見あわせていると、あたか ひとみ もじっと見つめあう彼らの瞳からそれそれになにか響きのよ 「あたくしもときどきそんなことを考えたわ」と彼女は答え つり とも