はたしてたがいに見わけがつくだろうか ? 二人はあまり顔たとたんにオリヴィエは顔を赤らめた。この赤面をふいに目 にとめたエドウアールは、これまた同じように気をまわして、 祐を合わせたことがないのだ。オリヴィエがひどく変わってい ・ 4 ・ : ああ ! おやっ ! オリヴィエじゃな なけれ、よ、 はじめに自分が清熱をこめて腕をにぎりしめたので、オリヴ イエは顔を赤らめたのだと思いこんだ。 ジ 先に口をきいたのはエドウアールだった。 「きみの出迎えなんかあるはすはない、そう思いこもうとし エドウアールとオリヴィエの再会の喜びがもっとあからさていたんだよ。でも腹の底では来るにきまってるとも思って まに表にあらわれていたら、それにつづいて起こったことは、 いたけどね」 うめば なんらわれわれの慨歎の種にならなかったはすだが、奇妙な こんな一一一一口葉をオリヴィエが自れととったな、とエドウア ルは思いこんだ。オリヴィエがさり気なく、「ちょうどこ ことに二人とも、相手の心情や精神のなかで、自分がどの程 度の評価を受けているのか推し量ることができず、すっかりの界隈に来る用があったものですから」と答えるのを聞いて、 ぎごちなくなってしまい、めいめい自分の喜びにうつつをぬエドウアールは甥の腕をはなし、その浮き浮きした気持ちも かして、感動しているのは自分だけだと思いこみ、喜びがひたちまち沈んでしまった。両親にあてた葉書はじつを言って きみのために書いたのだが、それに気づいたかどうかオリヴ しひしと胸に迫ってくるのがまるで恥ずかしいとでもいうよ イエにたずねてみようと思っていた矢先に、出鼻をくじかれ うに、浮き浮きした様子を露骨に見せまいとして懸命になっ ていた。 てしまったのである。他方オリヴィエは、エドウアールをう 会いたくて矢も楯もたまらず駆けつけてきたと言って、エんざりさせはしないか、自分のことを話して誤解されはしな 、ところを、オリヴ ドウアールの喜びをつのらせてやればいし いかと心配になって黙りこんでいた。エドウアールの顔を眺 イエは、まるでこうして出かけてきたことの一言訳でもするみめているうちに、その唇が心なしかふるえているのを目にし まな こ、に、ちょうど午前中この界隈に用があったので、などとてびつくりしたオリヴィエは、すぐさま目を伏せた。この眼 ざし 一一一一口う始末だった。ひどく気をまわす質のオリヴィエは、自分差こそエドウアールの待望していたものだったが、自分が老 がここに来ているのをエドウアールは小うるさがっているに けすぎて見えはしないかと気がかりでもあった。彼は紙きれ うそ いらだ のはじっこを指の間にはさんで苛立たしそうにまるめていた。 違いないと、頭から決めてかかっていたのだった。嘘をつい 力いたん たて かい、わい たち
ていたのだけれど、オリヴィエのロをついて出てきたのは、わずかに老けていた。ベルナールはこのエドウアールに近づ く腹を決め、オリヴィエが離れるのを待ち受けていたものの、 ただ一一一一一口だけだった。 、こく月並みな「き、よ , つなら」 しのやら ? どんな口実を設けて近づけばい、 しわくちゃ 皺苦茶になった小さな紙きれが、うわの空のエドウアール の手中からすり抜けるのを、ベルナールが目にとめたのはそ 、 ' ヘンチの時である。拾いあげたとたんに、手荷物預り証であること 照りつける太陽でベルナールは目をさましてした。。 かっこう がわかった : : しめしめ、これで恰好の口実が見つかった から起き上った彼は猛烈な頭痛をおばえていた。朝の美しい まわしい孤独感がひしひしと身にそー 勇気は消え失せていた。い ベルナールは二人連れがカフェに入るのを見て、一瞬とま せまり、胸は何かしらいがらつばいものでふくれあがってい どったのち、また例のひとり一言をはじめた、「これがそこい たが、それを悲しみと呼ぶのはどうしてもいやだった、しか あほう し目には涙があふれてした。。 、 ' とうしようか ? どこへ行こうらの阿呆だったら、何はさておいても、この紙きれを持って : オリヴィエが出向くはすの時刻に、ベルナールはサ行ってやるところだろうな」 ンⅡラザール駅のほうへ向かって行った、しかしはっきりし とれもこれも この世の置わしというやつは、。 た意図があってのことではなく、友人にまた会いたいという、 なんと、うとましく、味気なく、甲斐なく思えること ただそれだけの欲望につき動かされてのことだった。朝の唐 突な出立がうしろめたかった。オリヴィエは気分を害してい (r ハムレット』第二幕第二場 ) るかもしれなかった。ベルナールがこの世の誰よりも好きな : そのオリヴィエがエ のはオリヴィエではなかったのか ? ・ せりふ ハムレットのこんな科白を聞いたことがある。ベルナール、 ドウアールと腕を組んでいるのを目にしたとき、ベルナール のうり は、自分の姿を見せないようにして、しかも二人連れのあとベルナール、どんな考えがおまえの脳裡をかすめているの か ? 昨日すでに引出しをあさったおまえではないか。おま 金をつけてやろうという、奇妙な気持ちにとりつかれた。自分 が余計者のように感じられて辛かったが、そのくせ二人のあえはどんな道に身を賭けているのか ? しつかりするんだそ、 : ししか、しつかりするんだそ、正午になれば工 いだに割りこみたくてならなかった。エドウアールはすてきおまえ、 ドウアールに応対した手荷物預り所の係員は、昼飯を食べに な人物に見えた、背丈はオリヴィエより、い持ち高く、挙措は
ジッド 648 たいこと、考えていること、生命全体を集中して注ぎこんであとでの自殺ならと、言ってました」 いた。ようやくオリヴィエの手がかすかながら、握手に反応 二人はそれ以上なにも言わず、見つめ合っていた。彼らの しはじめたようだった : : : そこでエドウアールは身をかがめ、、いに光明が射しはじめていた。やっとエドウアールは目をそ しゃべ 途方もない、不可思議な苦悩が皺を刻んでいる額に唇を置いらした。ベルナールは、うかうか喋ってしまったことを後悔 していた。二人でベルカーユに近寄った。 呼鈴が鳴った。エドウアールは立ち上ってドアを開けに行「困るのは」と、そのときベルカーユが言った、「決闘をす った。ベルナールとリュシャン・ベルカーユだった。エドウるのがいやなばっかりに、オリヴィエが自殺を企てたと思わ アールは二人を玄関に引きとめたまま事情を話した。それかれかねないことですね」 ら、ベルナールだけを脇に呼んで、オリヴィエは、目まいや その決闘のことなど、もうエドウアールの念頭にはなかっ 。とっぜんべルナール 発作をよく起こすのかとたずねた : のうり の脳裡に、前日かわした対話と、それから特にオリヴィエが「何事もなかったかのように処置したらいい」と彼は言った、 口にしたある言葉が浮かんだ、昨日は聞き流したその言葉が 「デュルメールに会いに行き、彼のほうの立会人に会わせろ 今やはっきりと耳によみがえってきた。 と言いたまえ、もしこのばかげた事件が自然に落着しないよ うだったら、先方の立会人にきみから事情を説明すればいし 「彼に自殺のことを話したのはばくです」とベルナールはエ ドウアールに吾った、「ばくは訊いてみたんです、人間が単じゃよ、 オしか。デュルメールは、あまり気がすすまないふうだ ったからね」 なる生命の過剰により、ドミトリ・カラマーゾフのいう《熱 「一丁ュルメールには、なんにもエし、ませんよ、ばノ、らは」と 狂によって》自殺しうるってことがわかると。ばくは考えに しり′」 没頭していたんで、あのときには自分の一一 = ロ葉に注意をはらっ リュシャンが言った、「やつのはうで尻込みしたことにして、 ているだけでした。い , 赤恥をかかしてやりやいいんです。やつは逃げを打つにきま ま彼の返事を思い出しました」 ってますからね」 「どんな返事だったの ? 」とエドウアールが問いつめた。べ ルナールが一一 = ロ葉を切って、それ以上話したがらないようにみ ベルナールは、オリヴィエに会えないかとたずねてみたが、 えたからである。 静かに休ませてやりたいとエドウアールは思っていた。 ベルナールとリュシャンが外へ出ようとしたときに、ノョ 「彼は、人間が自殺する気持ちはわかる、ただし歓喜の絶頂 に登りつめて、それ以後は下るより仕方がない状態に達した ルジュ少年がやって来た。パッサヴァン邸に赴いたものの、 しわ っ
ひそう ナ′」し、カこ 倒してしまうからさ、それはそれで結構じゃよ、 そこが悲愴なところなんだな、観念は人間を喰いものにして 「でも、現実から遊離し、おそろしく抽象的な領域に迷いこ生きている」 んでしまい、生きた人間の小説ではなく観念の小説をおっく ベルナールは一言も聞き洩らすまいと注意を張りつめて聞 まゆ りになる懸念はございませんか ? 」とソフロニスカがおずお いていたのだった。エドウアールの話はまったくの眉つばも すとたすねた。 のだという気がしてきて、そんな彼がベルナールにはあやう 「それだってかまわないでしよう ! 」といっそう語気鋭くエく空想家に見えるところだったけれど、最後のところで、エ ドウアールは叫んだ、「道を踏み間違えたとんまな連中がい ドウアールの雄弁に心を動かされたのである。この雄弁の息 たからと言って、観念小説そのものまで断罪していいもので吹に自分の考えがなびいているような感じを受けたのだが、 ーしょ , っカ ? ・ いままでわれわれに与えられていたのは観念小 ベルナールは内、い考えていた、 風が吹き過ぎたのちの葦のよ うに、自分の考えもやがてもとどおり立ち直るだろうと。彼 説ではなく、まったくひどいテーゼ小説 ( る道徳や主義主張の いま問題にしているのは学校で教わったことを思い出していた、つまり、人間を導 説 ) ばかりだったのですよ。しかし、 はそのことじゃない、そうでしよう ? 正直に打ち明ければ、 ということである。その くのは情念であって観念ではない、 かん ばくにとって観念 : : : そう、観念のほうが人間より興味があ間にもエドウアールは弁舌をつづけていた。 ります、何ものよりも興味があります。観念は人間と同じよ 「いいですか、ばくがろうとしているのは、バッハの『フ くもん , つに圧 ~ キス巨し 、死の苦悶を味わいます。もちろん、われわ ーガの技法』みたいなものなんです。音楽でできることがど れは人間を通してしか観念を知ることができませんけどね、 うして文学ではできないのか、納得がゆきませんね : : : 」 はん・はく なびいている葦を見てはじめて風があることを知るようなも その発言に対してソフロニスカがこんな反駁をした。音楽 んですよ。しかしいずれにしろ、風のほうが葦より大切ですは数学的な芸術である、そのうえバッハは音楽の記号性だけ をもつばら重視し、音楽から哀愁とか人間らしい感情を放逐 「風は葦とは別個に存在してますよ」と思いきってベルナー し、退屈きわまる抽象的傑作を、いわば天文学の殿堂みたい っルが口をはさんだ。 なものを創ることに成功したが、そこには数少ない通人しか 贋すいぶん前からベルナールのロだしを待っていたエドウア入ることができない、と一一一一〕うのである。エドウアールはすぐ ルは躍りあがった。 さま反論した、自分はその殿堂をすばらしいと思うし、そこ 「うん、そのとおりだ。観念は人間を通してしか存在しない、 ハの全生涯の到達点と極点があるのだと。 あし
ジッド 478 あげていた、彼は《あなたの意見》あるいは《あんたの意ら気持ちを傷つけられるだろうし、語り口に誇張があると思 見》と言いたかったのだ。声に出して言わなかったにしろ眼われる懸念はないにしろ、一一一一口葉のはしはしから、内心をかき けんそん 差が雄弁に語っており、エドウアールは謙遜かお愛想の一一一一口葉乱し、激しくざわめいている感情が、 はからすも表面にあら と受けとっていた。それにしても、ひどくぶつきらばうにこわれることになろう。それで、オリヴィエはロをつぐんでい んな返事をする必要がどこにあろう。 たのだけれども、表情がこわばってくるのが感じられ、エド 「ああ ! 意見なんてのは、自分に求めるか、あるいは仲間 ウアールの腕に身を投げ出し、泣きたいような気持ちになっ に求めるもんだ ! 先輩の意見なんそ、三文の値打ちもない」ていた。エドウアールのほうでもオリヴィエのこの沈黙、こ オリヴィエは考えた、「この人の意見を求めたわけでもなわばった表情を勘違いしていた、オリヴィエを深く愛するあ いのに、なんでこんなにむきになるんだろう ? 」 まり、心のゆとりを失っていたのである。エドウアールはや 両人とも自分のロをついて出るのは、そっけない、、 っとの思いでオリヴィエに目をやった、すると無性にこの少 やくした一一一一口葉だけなのが口惜しくてならなかったし、それそ年を腕に抱きしめ、子供のようにあやしてやりたくなった、 れ相手の気づまりや苛立ちを感じとって、自分がその対象でそして少年の陰気な眼差に出会ったとき、 あり原因であると思いこんでいた。なんらかの救いの手が差「なるほど」と彼は考えた、「このばくにうんざりしている : ばくがわすらわしくて、やりきれんのだろう。かわい しのべられないかぎり、こんな対話から良い結果が生まれるな : 挈 : つに ! はすもない しかし救いはどこからも来なかった。 さあ行きなさいと、たった一言いってもらいたい オリヴィエの今朝の寝覚めは悪かった。目をさましたとき、んだな」、相手がかわいそうでたまらなくなり、その一言を エドウアールはロにした。 かたわらにベルナールの姿が見えなかった淋しさ、「さよう なら」も言わすに彼を出発させてしまった淋しさ、エドウア 「さあ、きみも帰らなけりゃなるまい。ご両親が昼食に待っ ール再会の喜びのためにつかの間ながらまぎれていた淋しさているに違いないからな」 力いまや暗い潮のように内、いに昇ってきて、あらゆる思念 オリヴィエも同様のことを考えていた、今度は彼のはうが を沈めていた。オリヴィエはベルナールを話題にし、エドウ勘違いした。あわてて立ちあがり、手を差し出した。彼はエ アールにすべてを語り、ともかく友人に関、いを寄せてもらい ドウアールにせめてこう一一一一口いたかったのである、「今度はい たかったのである。 っ会えるでしよう ? いつお会いできますか ? いっ会うこ しかし、ちょっとでもエドウアールからにやっと笑われた とにー ) ( ー ) よ , っカ ? ・」 : エドウアールもこの一言を期待し さび
ジッド 552 ナチュラリスト めていない。だからこそ、優れた自然科学者 ( の 自撚主義堵 ) か負担で暮していること、しかもその代りとして何も彼に与え ならすしも優れた小説家になりえないと、ばくは考える。 てないことだった。さらに正確に一一一一口えば、彼女のほうはすべ ばくはローラをソフロニスカ夫人に紹介してやった。あてを与えて悔いないつもりなのに、エドウアールが代償を何 りがたいことに、二人は馬が合うらしい。二人がお喋りをひとっ求めないことだった。モンテーニュによればタキトウ していることがわかると、ばくはあまり気をつかわずにひスは、《恩恵が快いのはその返礼ができる場合にかぎる》と とりになれる。ベルナールには同じ年頃の仲間がここにひ言っているそうだ、おそらくこれは高貴な魂の持主にしかあ とりもいないのは残念だけれど、ともかく彼も試験準備でてはまらないことだろう、しかしむろんローラはこの高貴な 一日に数時間は取られる。ばくもふたたび小説にとりかか魂の持主だったのである。彼女のほうは与えたがっているの れるようになった。 に、もらってばかりいる羽目になり、そんなことをさせるエ ドウアールが限めしかった。そのうえ、昔のことを思い出し だま てみても、彼女はエドウアールに騙されたような気がする、 つまり、彼女のなかに今なお生き生きと感じられている恋心 めいめいがいわゆる《譲歩をして》、ちょっと見には円滑を目ざめさせておきながら、彼はその恋心に肩すかしをくわ なようだったが、 エドウアール叔父とベルナールとの関係は、せて逃げを打ったのである。これが彼女の錯誤の、ドウーヴ 半分ほどしかうまくいってなかった。ローラもまた満足してイ工との結婚の、エドウアールにすすめられるがままに諦め いるわけではなかった。それにどうして満足できるわけがあて踏み切ったあの結婚の、ひそかな動機ではなかろうか ? ろう ? いろんな事情から、柄にもない役轡を引き受けざるその後間もなく、うかうかと春の誘いに応じてしまったひそ をえず、廉直な彼女は居心地の悪い思いをしていた。もっと かな動機も、それではなかろうか ? 彼女も自認せざるをえ も献身的な妻となる愛情こまやかで従順な女性たちと同じよないのだけれど、ヴァンサンの腕に抱かれていながら、彼女 うに、ローラには支えとしてしきたりが必要であり、枠からがなおかっ求めていたのは、エドウアールだったのだから。 はみ出てしまうと自分が無力に感じられるのだった。エドウ ローラは愛人のあの冷淡さがとんと納得がいかず、もし自分 アールに対する自分の立場が、日増しにまやかしに見えてき がもっと美人で、もっと大胆でさえあれば、彼をものにでき た。とりわけ彼女の苦になっていたこと、すこしでもこだわたはずだと心に言い聞かせ、自分がいけないのだと考えてい って考えるとやりきれなくなることは、自分がこの保護者のた。そして彼を憎むことができず、彼女は自分を責め、自分 とし ) ろ あきら
ても、けつきよく彼は卑小な男になり、彼女は偉い女になるポールⅡアン。フロワーズは、霊感は芸術にとってもっとも有 立ばかりなのき」」 害なものと見なしているけれど、その意見にはばくも同意す 「ずいぶんかわいそうですね」とベルナールは言った、「しるし、抒情的な精神状態を制御できなければ芸術家にはなれ かし、そんなふうにひれ伏すことで、彼もまた偉い男になるないことも進んで認める。しかし、それを制御するには、ま かんじん ことを、どうしてあなたは認めないんです ? 」 ず体験してみなければなるまい、それが肝腎な点だよ」 じよじよ、つ 「それはね、あの男に抒情精神が欠けているからさ」とエ「神に魅入られたような、そうした精神状態は、生理学的に ドウアールは、きつばりと一一 = ロい切った。 も説明できると、お考えになりませんか ? つまり : 「おっしやる意味は ? 」 冫力な ! 」と、エドウアールがさえぎった、「そんな見解 「それはね、体験しているもののなかに彼が没頭できないこ は、間違っていないにしろ、愚か者たちを困惑させることに と、したがって、偉大なものは何ひとっ感じとれないという しかならないな。もちろんどんな神秘的衝動にだって、それ ことだ。それについては、あまり問いつめないでくれ。ばく に対応する形而下的状態はある。だからどうだというんだ しやくし なりの考えはあるけれど、杓子定規なものではない、だから 精神は自らを顕一小するのに、物質によらざるをえない ばくもしやにむに測定してみよ , っとは思っていない。ポー そこからキリスト受肉の秘儀が生じる」 ルⅡアン。フロワーズは、ロぐせのように言っている、自分は「逆に、物質は精神がなくてもいっこうにさしつかえありま 数値で測れないものは、何も勘定に入れないと。彼は《勘定せんね」 しゃれ に入れる》という一一一一口葉で洒落を言ってるんだと思う。なぜっ 「さあ、そいつはどうかな」とエドウアールは笑いながら一一 = ロ て、世間のいう《その勘定》では、いやおうなく、神を除外った。 せざるを得なくなるからね。彼が言わんと意図しているのは、 ベルナールは、エドウアールからこんな話を聞くことがで それだ : ・ ばくが抒情精神と呼んでるのは、甘きて、ひどく愉央だった。ふだんエドウアールは、めったに 心中を打ち明けなかったからである。今日は高揚した気持ち んじて神に打ち負かされる人間の状態のことだ」 「熱狂って一一一一口葉が意味しているのも、まさしくそれじゃありを表にあらわしているけれど、それもオリヴィエがいたから ませんか ? 」 だった。ベルナールはそう察しをつけていた。 そのじっオリヴィエに聞か 《おれに話しているみたいだが、 「霊感という一一 = ロ葉の意味も、たぶんそれだろう。そう、ばく はそれを言いたかった。ドウーヴィエは霊感に無縁な人間だ。せたいんだな》と彼は考えた、《オリヴィエが彼の秘書にな
ジッド 580 の推薦でばくが願い出れば、生徒監だか自習監督だか知りま ばしためらいながら言葉を探した ) これ以上ばくといっしょ にいると、きみに道を誤らせてしまう、数日前からそんな確せんけど、ともかく職が見つかるわけでしよう ? ばくは自 活しなけりゃなりませんからね。ばくがあそこで働くことに 信が生じているのだ」 なっても、たいした報酬はいらないんです、食べさせてもら エドウアールがロに出して言わない先から、ベルナールも 、寝かせてもらえれば、それで十分ですよ。ソフロニスカ ずっと同じことを考えていたのだった。しかし、もちろん工 ドウアールには、ベルナールの、いをつかみ直すのに、これ以 はばくを信頼してくれてますし、ポリスはばくと馬が合いま 上的を射た言葉はなかったはすだ。逆手に出ようとする本能す。ばくはあの子を保護し、助け、教師でしかも友人になっ はんばく てやるつもりです。とはいっても、いつなりとあなたのご用 が頭をもたげて、ベルナールは反駁しこ。 ばくも自をし、合間合間にあなたのために働き、ちょっとご指示さえ 「あなたはばくのことをあまりごぞんじじゃな、 いただければ、何なりとお役に立つつもりなんですが。で、 分のことが良くわかっておりません。でもあなたは、ばくを 試してみたことがないじゃありませんか。もしばくになんのこのことをどうお考えになります ? 」 《このこと》という一一 = ロ葉にいっそうの重みを持たせようとで 不満もおありにならないなら、もうすこし待っていただけな もするかのように、ベルナールはつけくわえた。 いものでしようか ? ばくたちは似たところがほとんどない 「このことはもう二日も考えました」 のは認めます。でも実のところ、ばくたちは似すぎていない それはほんとうではなかった。このすばらしい計画はたっ こ、、ゝ、ことっていいことなんだと、考えていました。 ばくが異質たいま思いついたのである。そうでなければとっくにローラ もしお手伝いができるとすれば、ほかでもない、 な人間なので、あなたに斬新なものをもたらすことができるに打ち明けていたはすだから。しかし、ロにこそ出さなかっ からだと、信じてます。もし勘違いしたら、いつなんどきでたけれど、実を言って、エドウアールの日記をこっそり読み、 、。くは不平不満を鳴らしたり、ロ答えをローラに出会ってから、しばしば彼はヴデル塾のことを考え、 も注意して下さし。 オリヴィエの友人で、オリヴィエがいちども話してくれたこ するような男じゃ絶対にありません。ところで、提案したい とのないアルマンを知りたいと願っていた。それにもまして ことがあるんです。ばからしい考えかもしれませんが : その好奇心は心の底に ばくの思い違いでなければ、ポリス少年はヴデルⅡアザイス知りたかったのは姉のサラだったが、 塾に入るわけですね。あの子が少々途方に暮れはしないかとひそめておき、ローラへの敬意から考えないようにしていた。 エドウアールは何も言わなかった、しかしベルナールから いう懸念を、ソフロニスカは話しませんでしたか ? ローラ
「あなたは彼を愛している。ああ ! ローラ、ばくが妬いて悪におちこませようっていうつもりですね」 いるのは、ドウーヴィエでも、ヴァンサンでもなく、エドウ 「人生のことがまるつきりわかってないのね。あなたは人生 アールなんだ」 にすべてを期待できるのです。わたしの過ちは何だったかご 「なぜ妬くの ? わたしはドウーヴィエも愛しているわ、エぞんじ ? それはね、人生に何も期待しなかったことなの。 ドウアールも愛しているわ、でも別様にね。もしあなたも愛ああ ! もう何も期待すべきものはないと信じこんだとき、 さなければならないとすれば、それはまた別な愛情からでし自分を捨ててしまったの。この春はポーで暮したんだけど、 よ , つよ」 もう別な春がめぐってくるはずもない、何もかもどうでもい 「ローラ、ローラ、あなたはドウーヴィエを愛しちゃいない いというふうな暮し方でした。いまそのために手ひどい罰を あわ そりや、彼に対して優しい気持ち、隣れみ、敬意などは持っ受けているんですから、ベルナール、これだけは言ってあげ ているだろうさ、でもそれは愛じゃない。あなたの悲しみのられるわ、決して人生に絶望しちゃだめよ」 秘密 ( だってローラ、あなたは悲しんでいるんだ ) は、生活情熱に燃え盛っている青年にこんなことを言ってみて、何 によって自分が分割されていることだと思うな。あなたの愛の役に立つだろう ? だから、ローラはベルナールに向けて はどうしても不完全でしかない、だって、あなたはただひと こんな一一 = ロ葉を言っているのではなかった。ベルナールの共感 りの男に与えたいと思っているものを、数人の男に分配してに誘われて思わす彼女は、内心の思いを声に出して彼の面前 いるんだから。ばくは自分を分割できないものと感じている、で言ってみたのだ。ローラは心のうちを隠すのも、気持ちを 全身を投げ出す以外に手はない」 制御するのも下手だった。エドウアールのことを頭にうかべ 「そんな口をきくにしては、まだ若すぎてよ。揚げ足をとるたとたんに抑えきれなくなり、恋心がはからすも表に出てし みたいだけど、あなただって、生活によってご自分が《分割まうあの衝動にまず屈したように、彼女はまさしく父親ゆず され》ないともかぎらないわ、いまからそのことがわかるわりの説教癖をついつい出してしまったのだった。しかしベル 式けもないでしよう。わたしに下さると一一一一口うその : : : 真心だけナールはたとえローラの口から出たものであろうと、勧告と か忠告が大嫌いだった。彼の苦笑にローラははっとなり、穏 金で、結構なのよ。他のことにはそれなりの要求もあるでしょ うから、ほかのところで満足させてもらうより仕方がない やかな語調で一一一一口葉をついだ 「あなたはバリに帰っても、エドウアールの秘書をつづける 「本気で言ってるの ? のつけからばくを自己嫌悪、人生嫌おつもり ? 」
す。ばくはかまいません。なにしろ、この家の住人なんだかれは皮肉であり、演説に終止符を打ってやろう、という魂胆 らしかった。しかしそれもむなしく、ジェスティニアンは弁 舌をつづけ、何をもってしてもその雄弁をくじくことはでき 門番の注意を引かないようにと気をきかして、ベルナール 、パッサヴァン伯爵をほめ は表門を細めに開けておいたのだった。ややあって、自動車なかった。、まや彼は美辞麗句で 、こ。『鉄棒』は新しい『イーリアス』であるかの ハンテオンの前におろした。工たたえてしオ は三人をタヴェルヌ・デュ こうふん ような口吻だった。パッサヴァンの健康を祝して乾杯した。 ドウアールが運転手に金を払っているとき、十時が鳴った。 エドウアールもベルナールもサラもグラスを持っていなかっ たので、乾杯しないですんだ。 宴会は終わっていた。食事の後片づけはすんでいたけれど、 さかびん ジュスティニアンの演説は、新しい雑誌への期待と末来の それでもテー。フルにはコーヒー・カップやら、酒壜やら、グ ちょうあい ラスやらが、満載していた。みんながタバコをふかしていた。編集長への讚辞で終わった。《ミューズの寵愛を受けたる、 』の編集長の細若くして有能なるモリニエの、高貴にして清らかな額に、遠 息苦しいほどの空気だった。『アルゴノート げつけいかん からず月桂冠が飾られるであろう》と一一一一口うようなしめくくり 君デ・プルッス夫人が、空気を入れましようと言っていた。 そのきんきんした声がそれそれの談合の間をつんざいた。窓であった。 オリヴィエは、すぐ友人たちを迎え入れられるように、入 が開いた。ところが、一席ぶちたいと思っていたジュスティ シュスティニアンの大げさな讚辞に、きま ニアンが《音響効果のために》、すぐ窓を閉めさせた。立ちロの近くにいた。。 たた りわるい思いをしていることは明らかに見てとれた。しかし 上るやスプーンでグラスを叩いたものの、注意は集まらなか かっき、い ルッス会長がオリヴィエは、その後につづくささやかな喝采を逃がれるこ った。『アルゴノート』の編集長、通称デ・ブ 介入して、やっといくらか静かになった。ジュスティニアンとができなかった。 三人の新参者は、ごく簡単なタ食をしたためてきたあとな の声音が、退屈な弁舌を延々とくりひろげていた。とめどな たぐ いんべい ひゅ い比喩が月並みな思考を隠蔽していた。エスプリがないのでので、会合の調子に馬を合わせられないでいた。こうした類 いの会合では、遅れてきた者には、ほかの連中の興奮がわか 9 誇張した表現で述べたて、誰かれかまわずにわけのわからな 一んじ 、讃辞を呈していた。エドウアールとベルナールとサラが入らないか、わかりすぎるか、どちらかである。彼らは批判す ってきたとき、演説に一段落がっき、お愛想の拍手が鳴り響るにふさわしくないときに批判し、無意識のうちに容赦ない いた。ある人たちはいつまでも拍手をしていたが、たぶんそ非難をあびせたりする。すくなくとも、その夜のエドウアー