1287 文学作品キイノート ノ 4 〃〃 G りん ヨハン・ W ・ V ・ケーテ しんえんかいま 。登場するだれもが、鯡やかなのもう一つの側面、底知れぬ深淵を垣間 らっ 未完の長編『ヴィルヘルム・マイスタ剌たる筆で描き出され、固有な人間的魅見せながら、それをも含めて、すべての ーの演劇的使命』 ( 一七七七ー八五 ) を力を放って輝いている。われわれもまた、 うえに、人間の内なる自然に寄せる詩人 もとに改作・完成された『修業時代』は、主人公とともに、思わず彼らの世界 に引の大きな信頼、「理想の風」 ( ヘッセ ) が 単なる演劇小説・芸術家小説を超えて、文き込まれすこま、よ、 し。しオし。なかでも、ロマ吹き渡っている。 クンスト マイスタ かれん 字通り、人生という芸術での親方・巨匠ン的で不思議な、可憐なミニョンの存在「、、 し力なる人間も『マイスター』のなか を目指して成長・発展する個の調和的形は、ひときわ生彩を放っている。故国イ に己れの修業時代を再発見するだろう」 成を扱う小説となった。同時にここには、タリアへのれと、ヴィルヘルムに寄せ これはゲーテと同時代の著名な人文 ヴェルテルにはついに叶わなかった、自る限りない思慕が、彼女の「謎」の本質主義者フンポルトの一 = ロ葉であるが、現代 のち きらめ 我と世界の調和が模索されている。ドイであると後に明かされるが、燦く宝石の作家中村真一郎が、 Goethe という綴り ゆえん ッ教養小説の典型と呼ばれる所以である。ように全編にちりばめられた彼女の歌は、を見るだけで「胸の奥の方で何か若々し たた わ もっとも、この小説の魅力は、こうし暗い情念を湛えた竪琴弾きの歌ともども、 し泉が湧き立ってくるような気分に襲わ た言わば「文学史的常識」で汲み尽くさまさに絶唱と言ってよい。、 月説に淇りがれる」と述べるとき、特に氏の念頭にあ れるわけではない。愛らしく浮気なフィ い奥行きを与えている、ゲーテの深い ったのはこの小説のことだったかも知れ ーネ、卑俗なメリーナ、幽暗な竪琴弾人間理解に支えられた二人の運命は、生ない 『親和カ』 Die を 2 ミ ~ ミミミ』 ch ミ、 e 一 809 《あらすじと登場人物》 れ配偶者と死別し、自由の身で再びめ ぐき籠ったのである。 男ざかりの富裕な男爵エドアルトは、 り合って結ばれたのだった。「かってあ そんなある日、エドアルトが、不遇に やしき 美しい落ち着いた妻シャルロッテと、広れほど心から願い、今遅ればせながらもある幼友達の大尉を邸に招き、領地の経 大な屋敷で庭園造りに日を過ごしながらようやく手に入れた幸せを、だれ妨げら営に腕を振るわせてやりたいと提案する。 平穏に暮している。若いころ相愛の仲だれることなく楽しみたい」ばかりに、夫シャルロッテの反対にもかかわらす、 った二人は、家族の反対にあって心なら妻はシャルロッテの一人娘ルチアーネを「何かを断念することに慣れていなかっ ずも他の相手と結婚したものの、それそ寄宿学校に入れて、田舎の夫の領地に引 た」夫は譲らす、けつきよく彼女も、娘 《解説》 あ一が
これまでおまえがこのわたくしに代って王様のお城を みごとに守ってくれたのなら、それはほんとうに立派 なことです。 けれども、女主のわたくしが帰ったからには、おまえ さが は引き退るよ , つ。 ほうび そうしないと、折角の褒美の代りに罰を受けることに なりかねません。 フォルキュアス 奉公人を脅すなどということは、神の恵みを受けた王 侯の 貴いお妃が、長い歳月立派に家をおさめられたならば、 どんなになさっても当然至極と言えるでしよう。 さて、あなたは改めてお妃として認められ、 ふたたび女主の地位に就かれるのですから、 長い間ゆるんでいた手綱を握りしめ、しつかりお指図 をなさいまし。 宝物もお納めになり、そして、わたしたち一同もお引 き一宀又けください けれど、何はさておき、美しい白鳥のようなあなたの そば 傍で ス そろ がちょ、つ 月もまだ生え揃わぬ鵞鳥にすぎない アがあがあ鳴く、当 フ こんな女どもを抑えて、年寄りのわたしを庇ってくだ き」い亠まし。 合唱隊を指揮する女 っ 美しい方の傍では、醜い女はいっそう醜く見えるわね。〈 2 フォルキュアス 頭のいい人の傍だと、頭の悪いのは、い っそう悪く見 える。 ( 以下、合唱隊から一人すっ進み出て問答する ) 合唱隊の女一 父は闇で、母は夜だ、と名乗りなさい フォルキュアス じゃあ、おまえは海の怪物スキュラと従姉妹同士だと 一一 = ロ , つがしし 合唱隊の女ニ あんたの系図には、いろんなお化けが出て来るわね。 フォルキュアス 地獄へお行き ! そして、おまえの親類を捜すんだね。谷五 合唱隊の女三 会 0 五地獄にいる者たちも、おまえさんの相手じゃ、みんな 若すぎるわ。 フォルキュアス く」ド ) 2 し あの糞爺いのティレジアスに色でも仕掛けるがいし 合唱隊の女四 ばあや やしやご オリオンの乳母が、あんたの玄孫だったんだわね。 フォルキュアス おそらく ハルピューエがおまえを糞のなかで育てたん だろうよ ハ台 0
ホフマン 850 しよせん それというのも、これは所詮、気まぐれな王女様かなんそに こんなに着飾っていて、それに白い絹の靴をはいていて、 ちがいないのだーー神様、この奇妙な苦難より、すみやかに ねずみ ほんの数歩にせよ、風や雨や雪の中をどうして濡れ鼠になら われを救い給え。いやはや、頭がどうかなりそうだ , いかにもテュス君は、 いましがた起こったことが、やがてずに歩けるものか、そんなことはおよそありえないと、ペレ きたるべき奇々怪々の事件のほんの序幕にすぎないことをつグリヌスには思えてならなかったが、極力そんな考えは払い とも ゆだに知らなんだ。だからこそ、ますもって神に救いを求め、のけ、ますはいま少し、彼女のお伴をしようと思い定めた。 おつむ 頭の分別の順調なれとこいねがったのは、無意識のなせるせめてもうれしいことに、お天気が回復していた。吹雪は拭 れいろ・つ ったように跡かたもなく、小さい雲が空にかかり、玲瓏の月 良策といえただろう。 つれだって二人が階段を降りきると、おのすから戸口のが照り、ただただ身を切るように冷たい大気に、これが冬の とびら 扉が開き、またつれだって二人が敷居をまたぐと、同じく夜と知れるばかりであった。 うめ ほんの数歩あるいたところで、小さな淑女はかすかに呻き 目に見えない手によって、大戸は固く閉ざされた。もっとも、 ペレグリヌスはこの不思議に全然気づかなかった。というの始め、ついで泣かんばかりの声を上げ、凍え死にしそうだと いちにん 訴えた。。 ヘレグリヌスの方は全身の血が湧き立っていたおり は、戸口には馬車もなければ、召使の一人だに影かたちなく、 ばうぜん から、寒さにはとんと気づかす、この女性がいかに薄着であ 呆然自失のさまであったからだ。 」とペレグリヌスは叫んだ。「あなたのお馬り、ショール一枚、スカーフ一枚として身にまとっていない 「一体全体 ことを、つい失念しておった。はたとわが身のうかつぶりに 車はどこにいきました ? 」「お馬車 ? 」と淑女は首をかしげ ペレグリヌスっ 5 、、たり、何はともあれと、彼女をマントの下にくるみこ て、「お馬車って、どなたの馬車ですの ? たら、あなた、まさか思ったりはなさっていないでしようね、もうとした。 ところが彼女はいやいやをして、悲鳴を上げた。「だめ、 あなたを見つけたくてたまらす、不安に責められていたのに、 そのわたくしがのうのうとここまで馬車に揺られてきたなんだめ、。ヘレグリヌス、それではだめーー足が、足がうすいて、 て。わたくし、憧れと希望に駆られて、雪と雨の中を駆けてくじけそう」半ば意識を失いかけ、彼女は倒れかかり、声を 振り絞ってこう叫んだ。「どうか、どうか抱いてちょうだ きたのですわ。やっとお会いできて、どんなにうれしかった ことかしら。さあ、いとしいペレグリヌス、ど , つかお , っちに やおらペレグリヌスは、子供を抱き上げるように、この羽 つれてってくださいましな。そんなに遠くはないのですも あこが
いたのかとか、今度はどんな新しいすてきな役を演るのかと きて下さるのはよろこんで許しましよう。でも、身分のちが 託か、お話しして下さいな ! ご存知のはずね、私はお話を聞 いが馴れなれしいふるまいは禁物にして、私たちの間に距離 くのが好きなの。もしもあなたがあのシニョール・キアー をもうけるでしようし、多少の束縛をあなたに押しつけるこ ン マ修道院長にたぶらかされて , ーー・だからといって神さまが修道とになるでしようけどね」 ホ院長の永遠の至福をお取り上げになりませんように , そ「ジアチンタ ! 」ジーリオは叫んだ、「なんて妙なことを一 = ロ ちょうだい んないまいましいお涙頂戴式の。ハ トスにはまり込んでいる い出すんだ ? 」 まんざら のでなければ、あなたのお話をうかがうのも万更悪くはない 「妙なことなんかちっともありません」ジアチンタが答えた、 のですもの」「ばくのジアチンタ」ジーリオは愛の痛みと針「そんなもの、ここではお門ちがいよ。まあお静かにおすわ に刺された痛みとにともどももだえながら言うのであった、 りなさいったら、ジーリオさん ! だけどこんな風に二人し 「ばくのジアチンタ、二人ともあの別離の苦しみは忘れようて気がおけない話をするのも、きっとこれが最後ね。 さっき しゃなしカ ! 幸福の、愛の、あまい至福の時がまためぐっ も、私の好意を当てになさってかまわなくてよ。先刻も言っ てきたのだよ」 たけど、あなたにたいして抱いてきた好意をすててしまうつ 「何を言ってるの」その言葉をジアチンタがさえぎって、 もりは毛頭ないのですからね」 「何をそうして馬鹿げたことをさえずっておいでなのかしら、 べアトリーチェ婆さんが入ってきた。両手にとびきり上等 私にはさつばりわけが分りません。別離の苦しみとかおっしの果物をいつばいのせた皿を二つ三つ抱え、そのうえ脇の下 やるのね。そりゃあ、あなたが私とはなれてたってことは、 にはとてつもなく立派なフラスコをはさんでいた。籠の中身 事実としてはそうだと思うけど、だからって私の方はべつにのご開帳とは相成ったようだ。開け放したドアの間からジー ちっとも苦しみなんか感じはしなくってよ。うけ合ってもい リオが見ると、炉の上には活気のある火がパチパチとはぜ、 ちそう いわ。あなたが至福の時とやらおっしやるのが、なんとかし台所のテープルの上はあれやこれやのご馳走がはち切れんば て私を退屈させようとあなたが躍起になる時間のことでした かりに山盛りだった。「ジアチンタちゃんや」べアトリーチ ら、そんなものが戻ってくるとは思えません。でも、ご安心工婆さんがニャニヤ笑いながら、「ささやかなお食事でもお なさい ジーリオさん、あなたには好もしいところがたくさ客さまをちゃんとおもてなしする気なら、もうすこしお金が んあるわ。あなたがとっても面白い人だったこともないでは要るんだけどねえ」「いいわ、お婆さん、要るだけ持ってつ なかった。ですから、今後もそういう機会があれば、会し 、にて」ジアチンタは答えて、言いながら婆さんに小さな財布を や わき あ
ながれた。両軍ますます近くなり、 しよいよい / 、き、は激しノ、 よっこ。 深々としたいのちの感情がまだのこっていてわたしの心を 挈」うかし 貫いた。手足のすみすみにいたるまで血が通い爽快だった。 心をこめ別れを告げるひとのよ , つに、これをさいごにと五感 をあげて自分を感じる精神だった。殺到する野蛮人に自分を 投げだし屠らせるよりましなことを知らないのだから、わた ふんまん しは忿懣やる方なく怒りのあまり目に涙をうかべて突進した。 べラルミンに そこに死が待ってくれていることを確信してね。 すぐ近くの敵とわたりあっていると、まわりで戦っていた ディオティーマとやりとりした手紙を書きうっしているあロシア人はまたたく間にのこらすたおされた。わたしはひと り堂々と踏みとどまり、乞食に銭をくれるように蛮人どもに いだ、気もちのよい夢を見ているようだった。さて、またき きみの手をとり底 いのちを投げだした。だがやつらはうけとろうとしなかった。 みにあてて書きだそうね、べラルミン ! の底まで、わたしの苦悩のいちばん深いところまでつれて行わたしを見る彼らの目つきは、へたにさわって罪を犯すのを こう。それから新しい日の輝くところへふたりしてぬけだす恐れている目つきだった。自暴自棄の様子を見て運命もわた しを敬して遠ざけているのかと思えたものだ。 のだ。愛するものはもうきみしかいないのだから , どうしても身を守る必要からついにひとりが切りつけてき ディオティーマに手紙で知らせた戦闘がはじまった。トル コの船団はキオス島と小アジアの沿岸にはさまれた海峡に逃た。一撃をうけ、わたしはたおれた。それからのことはおば ていはく ン げこんで、チェスメの街の近くの海岸づたいに碇泊していた。えていない。気がつくとパロス島にわたっていた。 オ ロシア艦隊の提督はわたしものっていた船をただ一隻船隊か戦いのさなかからわたしを連びだした従僕のあとからきか ぜんしようせん 。へらきり離し、トルコ軍の先頭の一そうに前哨戦をしかけだせてくれたところによれば、戦闘のロ火をきった二そうの船 ヒ した。さいしょの一撃で両軍ともたちどころに怒りに火がつは従僕が外科医の手をかりてわたしをポートにのせ、つれさ ふくーレゅ・う った直後、こつばみじんに吹き飛んでしまったという。ロシ き、見さかいをなくし、復讐に酔いしれたおそましい騒ぎ となった。二そうはほどなくたがいにロープでがっちりとつア兵がトルコの船に火を放ったのだが、二そうはしつかりつ 後篇
ゲーテ 380 たた ただ、ふしぎなのは、あなた方を讚える詩人がいない、 とい , っことです % それは、なぜでしようか、どうして、そんなことにな ったのでしよう ? あなた方のような、この上なく立派な方が絵に描かれ ているのを、わたしは見たことがありません。 彫刻家の鑿も、ユーノーやパラスやヴィーナスなどば かりではなく、 あなた方の肖像を刻もうとすればいいんですがね。 フォルキュアスたち だれ あたしたち三人は、誰も来ない、とても静かな暗いと ころに いつも引っ込んでいたので、これまで、そんなこと考 えたことがなかったのよ , メフィストーフェレス それは無理もないことですな。あなた方は世を離れて、 ここでは、誰をも見す、誰からも見られす、ですから ね。 そこで、あなた方は、たとえばこんな土地にお移りに なるべきですよ。 ′ ) うしゃ そこでは、豪奢と芸術とが、肩をならべて鎮座し、 毎日のように、大理石のかたまりが、英雄の姿となっ て、 あとからあとから生れてくるようなところです。 のみ 七究五 そこでは フォルキュアスたち お黙り、あたしたちをおだてないでおくれ , 、と思ったところで、あたし たとえ、それのほうがいし たちにとって、それが何になるの ? 暗黒の中に生れて、暗黒の血筋を引いているあたした ちは、 誰にもまったく知られす、自分にもよく分らないのだ から メフィストーフェレス そういうわけなら、たいして問題じゃありませんよ。 含 00 ひとつ、わが身を他人にあすければいいんです。 お三方で、目がひとつ、歯が一本で間に合わせていら っしやる。 そこで、三人分の実質を、お二方にちぢめていただき、 三人目のお姿を、わたしにお貸しくださることも、 神話学の上では、べつに差し支えはないでしよう、 ほんのちょっとの間のことですから。 フォルキュアスのひとり どうだろうね ? 他のふたり ためしに、やってみようかしら , 貸せないわ。 メフィストーフェレス 〈 00 五 つか ししカー ) ら ? ・ でも、目や歯は、 八 0 一五 含一 0
ゲテ 454 皇帝をあの狭い谷から救い出しましよう。 , つまく助けられれば、、水遠に助かることになる。 きいころ 骰子がどう転がるか、誰し こも分りません。 一あの人の運がよければ、味方に不足しませんよ。 ( 二人は中程度の山を越えて前へ出て、谷あいの陣地の 模様を望み見る。下のほうから太鼓と軍楽の音が聞こ える ) メフィストーフェレス 見たところ、陣取りはよくできているようです。 われわれが味方につけば、勝利は間違いなしですな。 ファウスト きみがやろうとしているのは、何なのだ ? いかき、まか、。こ ( かしの魔何か、まやかしの手 ) ロか メフィストーフェレス 戦いに勝っための戦略ですよ , あなたも目的をお考えになって、 腹を大きくして、覚悟を決めてください 皇帝のために、帝位と国土を救って差しあげる、 それから、あなたが御前にひざますく、すると、 あなたは、果てしれぬ海岸一帯を領地として戴けるん ですな。 ファウスト これまで、きみはいろんなことをやってのけてきた。 それでは、戦争にも勝ってみたまえ , いただ メフィストーフェレス いや、勝つのはあなたなんですぜ ! こんどは、 一 0 元五あなたが最高司令官なんですよ。 ファウスト そりや、結構なご身分だね、 何も知らないことの采配を振るなんて , メフィストーフェレス 仕事は、参謀本部のものたちに、委せておけばい、 です。 そうしておけば、元帥閣下はご安泰です。 わぎわい 戦争の参禍はずっと前から察していましたから、 戦争の参謀は前もってこしらえておきました、 一 0 き 0 山奥に住む野蛮人どもで。 あいつらを掻き集めたほうが勝ちでさあ。 ファウスト あそこに来たのは誰だ ? 武器を持ってるのは ? せんどう きみは山の連中を煽動したのか ? メフィストーフェレス ペーター・スクヴェンツ先生の一座 一 0 三 0 五、理 , っ ! と同様、 がらくたどもから選りすぐった奴らです。 ( 強大な三人の男、登場 ) ( 「サムエル記」下第二十三章 第八節 ) メフィストーフェレス え まか 一 0 三一一 0
の温泉がとてもよいそうだなどと語り、老人が次の夏はそこ 七月一日 で渦こすことにしたいと一一一一〕 , っと、よく決心なき、いましたと ロッテが病者にとってどれほどの慰めになるか、それをばめたりしていた様子、この前お会いした時に比べて、すっと ひんし ゲくは自分の胸に感じることができる。ばくの胸は、瀕死の床具合がよく、ずっと元気そうにお見えですと勇気づけていた に横たわる人々よりも、更に重く病んでいるのだから。ロッ ロッテの様子ーーそれを君は是非とも自分の眼で見なければ テはここ二、三日、町で、ある心正しい婦人のそばについて いけなかったのだよ。 ばくはその間に、牧師夫人への挨 過ごすことになった。その人は、医者の一一 = ロ葉によれば、もう 拶を済ませた。老人はすっかり元気になった。そしてばくは、 余命わすかで、その残された日々を、ロッテに身近にいてほ気持のよい影をばくらに投げかけている美しい胡桃の樹をほ しいと願っているのだ。ばくは先週ロッテと一緒に聖 : : : 村めずにはいられなかったのだが、老人はそれをうけて、幾分 の牧師を訪ねた。一時間ばかり山の方へ入ったところにある苦しそうにはしながらも、その樹にまつわる話をし始めた。 村。こ。ばくらは四時近くそこに着いた。ロッテは二番目の妹 古いほうの樹は、と彼は言った、もう誰が植えたものや くるみ・き わか を連れてきていた。二本の高い胡桃の樹が影を投げかけてい ら、私どもには判らなくなりました。あの牧師だったと一一 = ロう る牧師館の中庭にばくらが入って行った時、善良な老人は戸人もあれば、この牧師だったと言う人もありますがの。けれ すわ ロの前のべンチに坐っていたが、ロッテの姿を見て、急に ども、あそこの奥にある若いほうの樹は、私の妻とおない年 よみがえ 甦ったかのように元気づき、節くれ立った木の杖を取るので、この十月で五十歳になります。あれの父親が朝にあの樹 も忘れて彼女を迎えに出ようとした。ロッテは彼に駆け寄り、を植えた、その晩方にあれが生れましての。あれの父親は、 無理やり腰を下ろさせると、自分もそのそばに坐って、父親私の牧師職の前任者だった御方じゃが、この樹をどんなに大 あいさっ からのくれぐれもよろしくという挨拶を伝え、牧師が年をと切に思っていたか、ロでは言えんぐらいですて。私にとって ってからの子で、まだ羽もはえそろわぬ、不器量で不潔な末も、その大切さは変りません。二十七年前に貧しい学生だっ の男の子を、しつかりと抱擁してやるのだ。君はその時の彼た私が初めてこの中庭に足を踏み入れた時、妻は丁度あの樹 女を自分の眼で見なければいけなかったのだよ。彼女が老人の下にねかせてあった太い木の幹に腰かけて、編物をしてお の話相手になってやっている様子、その半ば聞こえなくなっ りましたのですよ。 ロッテが娘さんはどちらですかとた た耳にも聞こえるように声を張り上げ、若い丈夫な人たちがずねた。娘はシュミット氏と一緒に、草地の方へ雇い人たち 思いがけず死んだというような話をしたり、カールスパート の様子を見に行っていると答えておいてから、老人はその物
の小さな黒い点が蠢くようにみえた。角笛の合図がときどき女の子の手をとり、羊飼いのフィリップは男の子の手をとっ こ。ほかの者たちもめいめい、できるだけ手を貸した。かく 繰り返されて、だんだん近づいてきた。子供たちはそのつど、 返事をした。 て一行は道を歩き始めた。道はうねうね曲がりくねって、一 タ とうとう雪の斜面をこちらへ、何人もの男たちがステッキ方に進んだかと思うとたちまちそれと反対の方向に進む。下 フ イをついて、旗をまん中に立てて、下りてくるのがみえた。もるかと思えばまた上る。どこまでも、どこまでも雪の中を縫 テ ュ っと近づくと、誰だかわかった。角笛をもった羊飼いのフィ って進み、まわりの景色はどこまで行っても同じだった。急 リップとその二人の息子たち、それからエッシェンイエーガな斜面にかかると足にアイゼンをつけ、子供たちを背負って 進んだ。ながらくたってようやく、下のほうから鐘の音が柔 ーの息子、その他何人かのクシャイトの住人たちであった。 「ありがたや」とフィリップが叫んだ、「ここにいてくれたらかくかすかに鳴り響いてくるのが聞こえた。ふたたび下の か。山じゅうに人が出ているそ。だれか一人、ジーダーの原世界から送られてきた、それは最初の合図だった。じっさい へ下りてくれ。そして鐘を鳴らして子供らがみつかったことずいぶん近いところまで下りてきているに相違なかった。雪 かにいわ を皆に知らせるんだ。それから一人は蟹岩に登って旗を立ての峰がじつに高々とまたじつに青々と頭上に聳えているのを ま耳こえた鐘の音はしかし、ジー てくれ。そうすりや谷の皆がそれをみて号砲を打つ。それをみてもそれがわかった。い門 ダーの原で鳴らされたものだった。そこで落ち合うことにな みればミルスドルフの森でさがしている連中にもわかるし、 のろし っていたのである。もうしばらく下ると、やはりかすかに、 クシャイトにいる者も、狼煙を上げるさ。天まで高く上がっ た狼煙をみれば、まだ山の上にいる者らも皆ジーダーの原へ静まりかえった大気の中に号砲の音が上ってくるのが聞こえ 下りてくる。やれやれ、これでクリスマスになった」 た。旗が立てられたのに応じて鳴らされたものである。する おれ 「俺が原つばへ下りていく」と一人が言った。 と、空にか細い狼煙の柱が立ちのばるのがみえた。 しばらくして、ゆるやかな斜面を下りきると、ジーダー原 「俺が旗を立てに蟹岩にいく」ともう一人が言った。 ト屋の中 「それじゃ、俺たちは子供らをジーダーの原へ下ろしてやるつばの小屋がみえてきた。そこをめざして進んだ。 / 子供たち としよう。せいいつばい気をつけるさ。神の御加護あらばこでは、火をたいて、子供たちの母親が待っていた。 がエッシェンイエーガーに連れられてやってくるのを見るな そだ」とフィリップが言った。 フィリップの息子の一人は道を下り始めた。もう一人は旗 り、恐ろしい叫び声をあげて母親は仰向けに倒れた。 をかついで雪の中を登っていった。ェッシェンイエーガーが それから子供たちのほうへ走り寄った。子供たちの全身を う′め
ヘンセルま、。、 ホケットいつばいにつめこんだ。グレーテル がて、みおばえのある森にきた。家がみえてきた。ヘンゼル は、エプロンのポケットにおしこんだ。 とグレーテルは自 5 せき切ってとびこんで、父の首にかじりつ 「おみやげに、もらっていく」 兄「そろそろ、出発しよう。魔女の森から出なくちゃあ」 木こりは、子どもたちを置きざりにしてからというもの、 ム と、ヘンゼルがいった。 つらい毎日をおくっていたのだ。おかみさんは死んで、もう 二、三時間、歩いたとき、大きな川のほとりにきた。 「こ士ったな」 グレーテルがエプロンのポケットから、真珠や宝石をとり と、ヘンゼルがいった。 出した。ヘンゼルの手も、こばれるほどの宝物があった。悲 「舟がない。橋もない」 しみは、おさらばだ。こののち、三人は、たのしく、幸せに 「だけど、白いあひるが泳いでいるわ。たのんだら、わたし暮らした。 てくれる」 と、グレーテルがいった。 お話はこれでおしまい それそれそこをねずみが走る あひるどのあひるどの チャッとっかまえて ヘンゼルとグレーテルには 大きな毛皮の帽子をつくれ 舟がない橋もない おまえの背中にのせとくれ あひるがやってきた。ヘンゼルが背にのって、妹をうしろ にのせようとした。 と、グレーテルがいった。 「二人は、おもすぎるわ。ひとりすっ、わたしてもらおう」 順にわたしてもらって、なおもずんずん歩いていった。や