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検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

ディアーナ女神の影のなかに足を踏みいれ、姿をあらわす女たしの肩にのっていた。ほほえみは甘美な平和をただよわせ、 ひとみ 神のまえに死んで行くひとのような心地がしたのだ。 エーテルのようにほのかな瞳が、し 、まはじめて世界の様子に それでもわたしは先に進んだ。一足ごとにますます不思議見入るようにうれしげで初々しいおどろきを見せ、わたしに な気もちになった。できたら飛んで行きたいほどだった。は向ってひらかれた。 やる心はまえへ、まえへとかりたてたが、足には鉛がついて長いことふたりははればれと、我を忘れて見つめあってい いるようだった。魂は先を急ぎ、生身の体はとりのこされた。 た。自分がどうなったのか、ふたりともわからなかった。と わたしの耳はなにもきかず、目のまえの姿はかすんでゆれた。 うとうわたしのなかで喜びがあまりにもふくれあがり、うつ こずえ 精神だけは早くもディオティーマのもとにいこ。 樹木の梢は とりと涙を流して声音をもらすと、失われたことばももどっ 朝の光にたわむれかかるが、下枝はまだ薄明の冷たさを感じてきて、無言で悦びに酔いしれていたあのひとをすっかり目 ていた。 ざめさせ、ふたたびこの世に呼びかえした。 ああ ! ヒュペーリオン ! わたしに呼びかける声がした。 やっとふたりはあらためてあたりを見まわした。 わたしはそちらへとんで行った。「ディオティーマ ! おお、 おお、昔なじみのなっかしいわたしの林 ! ディオティー ディオティーマ ! 」それ以上ことばはなかった。自 5 もなく、 マがそういった、まるで長いこと林の木々を目にしなかった 意識もなかった。 かのように。そういうあのひとの喜びには、これまでのひと 消えよ、消えよ、死すべきいのちょ、実入りの少ない日々りつきりの日々の記憶がまつわりついて愛らしかった。ふり の労苦よ、ひとりばっちの精神がかき集めた小銭をまえに、 つもったばかりの雪がタぐれの嬉々とした輝きを浴び、赤味 ためっすがめつながめては数えあげる ! 神の喜びのためにをおびて燃えたっときこ、 。影もまた愛らしくまといつくよう 生まれてきたわれらなのに ! ン ここにわたしの生涯のひとつの切れ目がある。わたしは死天使のあなた , とわたしはさけんだ。だれがあなたを理 んだ。目ざめると、この世のものならぬ少女の胸に身をもた解できるでしよう ? すっかりわかったといえるでしよう ? せかけていた。 不思議にお思いですの、あのひとはこたえた、わたしがこ ュ おお、愛のいのちょ , なんとおまえは優美にも花とひらんなにもあなたに心をよせていますのが ? たいせつな方 , いてあのひとにたち昇ったことだろう ! 至福の精霊の歌を誇り高くも謙虚な方 ! わたしもあなたのことが信じられぬ きいてうつらうつらとまどろむように、かわいらしい頭がわあの人たちのひとりでしようか ? あなたのことなら底まで

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

て、広い水面に目をやったが、降りしきる雨にけぶっていて、が浮かんだ。。 たが雨姫は早くももう笑顔にもどっていた。 あまり遠くまでは見渡せなかった。今朝はまだ足も濡らさず「ではよくお聞きなさい。今はもうどの泉からも元通り水が ほと・はし にあの池の底を歩いていったのだと思うと、身ぶるいしそう迸り出ていますから、近道ができます。このすぐ左手の堤 になった。アンドレースを残してきた場所はもうすぐそこのの下に小舟があります。心配はいりませんから、それにお乗 うでまくら はずだった。実際そのとおりで、高い木の下に、腕枕をし りなさい。そうすれば早くしかも安全に村に帰れます。それ て横になっているのが見えた。。 とうやら眠っているらしかつでは元気でね ! 」言い終わると、腕をマーレンの首にまわし、 た。ところがこのとき、自分とならんで芝生の上を歩いてい ロづけをした。「ああ、人間の唇は何と甘く生き生きとして る雨姫の、赤い唇に笑みを浮かべた誇らしげな姿が目に入る しることでしょ , っ ! 」 と、マーレンには、百姓娘の身なりをした自分が急に卑しく 雨姫はくるりと背を向けると、降りつづける雨のなかを、 醜い女に思われてきた。「これはまずいことになりそうだ。芝を踏んで歩いていった。と同時に、歌をうたいはじめた。 アンドレースにはこの方を引き合わせないでおくにこしたこ甘く単調な調べの歌だった。やがてその美しい姿が木立のな とはないわ ! 」それでも彼女は大きな声で言った。「送ってかに消えてしまうと、マーレンには、今もまだ自分の耳に聞 くださってありがとうございました、雨姫さま。あとはひと こえているのが、遠くからなおも響いてくるその歌なのか、 りで行けます。」 それとも降りしきる雨の音なのか、わからなくなった。 「でも、私はあなたの大切な方にお会いしなければなりませ マーレンはなおもしばらく立ちつくしていた。そのうちに、 不意に切ない思いに駆られたように、両腕を前につき出して、 「それにはおよびません、雨姫さま」とマーレンは答えた。 「さようなら、お美しくてやさしい雨姫さま、さようなら ! 」 「どこにでもいる若者で、つまりは村の娘がちょうど似合い と叫んだ。 しかし、返事はなかった。それでようやく納 なのです。」 得した、もう今は、聞こえているのは雨の音だけだというこ えぐ まなぎ 雨姫は抉るような眼差しでマーレンを見つめた。「わからとを。 姫ない人ですね、あなたは美しいわ。」そして脅すように指を マーレンがゆっくりと庭園の入口にむかって歩いてゆくと、 雨 立ててつづけた。「でも、本当にあなたは村一番の美人なの木立の下で若者が背筋をのばして立っているのが見えた。マ かーし、ら。」 ーレンは近くまで行ってから「いったい何を見ているの」と これを聞くと、かわいい娘の顔はまっ赤になり、目には涙尋ねた。

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

いと見てとるやひょいとはね起きて、ものすごい勢いで一目 散に走り去った。 「そうだ」自分の部屋にたどりついて、かっておのれの自我 ン マ と決闘したときの道化た服をながめているうちに、ノ丿オ フ 一人の男が踊りながら王子になり、失神し ホは思わすわれを忘れて叫んでいた。「そうだ、あそこに中身 かかっ一 : っ て大道香具師の腕のなかに崩れ落ち、それか が空つばになってころがっている馬鹿げた不恰好な怪物、こ らタ食の席でお抱え料理人の腕前に首をかし いし・よ、つ わたし リクオール・アノ 1 アイスス れがばくの自我なんだ。一方、この王子の衣裳の方は、陰険 げたこと。 鎮痛薬、並びに原因 な魔霊が黄色い嘴の鳥から盗んできて、このばくに着せたも 不明の大音響。ーーー愛と憂愁に沈める二人の のっと 友の、騎士道に則った決闘、並びにその悲劇 のだ。そうして絶世の美女のあの貴婦人たちが不幸にも瞞さ 的結末。ー・ー嗅ぎ煙草の害と見苦しさのこと。 れてばくが黄色い嘴野郎だと勘ちがいするように仕向けたん ある女性フリーメーソン、並びに新発明 ばくの言ってることはたわけだ、それは百も承知だ ばあ べアトリーチェ婆さんが眼鏡 の飛行機。 だけどその通りなんだそ。なぜってそもそも、あの自我に肉 を掛け、それからまた鼻から外したこと。 体がないもんだから、ばくは調子が狂っちまったんだからな。 しつかりしろよ、ほら、ばくの大事な肉体さん彼女まわれ、まわれ、もっとまわれ、息もつがすにぐるぐ よ ! 」言うがはやいかジーリオは着ていた美しい衣裳を憤ろるまわれ、踊り狂って ! あらあら、何もかも稲妻みたいに とまらない , しげにさっさと脱ぎ捨て、かの奇抜このうえもない仮面衣裳さっと流れてゆく ! 休むひまもない、 そで に袖を通すと、コルソをさしてつつ走った。 とりどりのいろんな姿をしたものが、仕掛花火の火花のしぶ ほ、つ , ゆっ さるはどにタンバリンを手にした天使の優美な姿を髣髴と くようにパチパチ爆ぜて、真黒の夜の空に消えてゆく。 させる一人の少女が近づいてきて、踊りのパ ートナーに誘っ楽しさが楽しさを追いかけてる。でもっかまらない。それが たので、ジーリオは、たちまち天上の歓喜に身をつらぬかれた。 また楽しさになっているのだわ。ーーー・何が退屈って、地面に で、本章に付加した銅版画は、ジーリオとその見知らぬ美根を生やして、こちらを見たり話しかけたりする人にいちい こた 女との踊りの場景を描いたものである。しかしその後二人のち受け応えしなきゃならないのほど、退屈なことってありや っ 踊るうちに起ったことの委細は、読者諸兄には章を改めておしないわ ! だから花なんかにちっともなりたくない 話し申すことになろう。 そ金プンになれたらなあ。金。フンになったらあんたの頭のま だま 第六章

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

659 ヒュペーリオン にいうだろう。たしかにそうだ , かわいそうな いまのばくには、ものをばれ、幸せにやっていると思っているのだ アラバンダ , さす名まえがないのだ。なにもかもがおばっかない いまではあのひとは、きみのものでも、ばく のものでもあるのだよ , ノターラ ! 教えてくれ、どこに逃げたらいいだろう ? カラウレアの森 ? ーーーちがいない , あの緑の暗がりのな あの男は東に去った。ばくは北西に向う船だった。たまた まそうなったのだ。 か、ふたりの愛を見ていてくれた、ばくらの樹木の茂ってい では、さようなら、きみたちみんなー るあそこなら、タ映えの色をして枯葉がディオティーマの壺 つも心にかけて におちかかり、そしてふたたび美しい枝ぶりがあのひとの壺きた愛するものらよ、青春の友らよ、お父さん、お母さん、 におおいかぶさり、ゆっくりと樹齢を重ね、やがて愛するひそしてギリシアの人たちみんな、苦しみに耐えているあなた との灰のうえにそっくりくずおれるーーーあそこなら、心おき方 , 感じやすいこどものばくを育ててくれたそよ風よ、おばろ なくばくもくらせる , だが近づいてはならぬ、ときみはいう。カラウレアは危険げに偉大さを精神に教えてくれたほの暗い月桂樹の森よ、切 。こ、と。たぶん、そうだろう。 りたっ岸よ、壮大な海原よーーーああ ! 悲しめる姿、それを アラバンダのところに行くように、それがきみのつもりだ見てばくのふさぎがはじまった。英雄の街をとりかこむ聖な よそお ろう。ばくにはよくわかる。でも、 砕け散ってる市壁、美しく旅人が粧って通りぬけた古い市門、神殿の太 しまったのだ、あの男は ! すらりとして、しかも頑丈なあ柱、神々のくずれた像よ ! そして、おお、ディオティー の幹も雨風にさらされてしまったのだ。あとは少年らが木端マ ! わが愛のあの谷、この谷、そして小川よ、おまえたち をひろい、火をおこしてあそぶだけだ。あの男は去った。 / 彼はあのひとの喜びの姿をながめたのだ。木々の茂みよ、そこ にはよき友だちといった男どもがいて、彼の心を軽くしてくであのひとがひと息ついていた。年ごとの春よ、花といっし ょにやさしいあのひとが生きていた。みんなばくを見すてて れるのだ。人生をいくぶん重荷に感じているひとを助けるに だが、さけられぬというのなら、甘美な思い出 は、まったくおあつらえむきのお仲間だ。その連中のところくれるな , , っせるがしし ひとのカではなにごと よ ! 消 , んるがしし に彼はでかけた。なぜ ? ほかにすることがないからさ。い いのちの光は思うがまま、やってきては去 いや、うち明けたところを知りたいだろう。情熱があの男のも変えられない。 って行く。 心をかむからだ。だれにたいする情熱か、わかるかな ? デ イオティーマなのだ。あのひとがまだ生きていて、ばくと結

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

。こト兇というものをよんだことはないかね ? 」ーーーわたしは と、それまでわれわれの話になんの注意も払わないようにみ ないと答えた。 「そうか、それでもきみは、一篇の小説えたフローラ嬢がいうと、いそいでそれをわたしの手からも の登場人物のひとりになったんだよ。つまりこういうわけさ、 ぎとり、ざっと眼を通すと胸の内ポケットにしまいこんだ。 フ 、いにまつわるごたごたがひどくなって、ついにそのある男自 「さあ」とレーオンハルト氏がいった、「すぐ館へ行か があいだにはいらなくてはな ン・身ーーーとはばくのことだが なくては。もうみんながばくらを待っているはすだ。そこで 工 ヒらなくなった。あたたかい夏の夜、ばくは馬にひらりとまた 結びはというと、いわなくてもわかるようなものだが、よく イ アがり、フローラ嬢を画家ギドーにして別の馬に乗せ、一路南できた小説にはいかにもふさわしいものさ。つまり、発見と、 をさして進んだ。、いにまつわる世間のうるさい声がきこえな後悔と、和解と。ばくらはまたみんな楽しく一堂に会して、 くなるまで、彼女をイタリアにあるさびしい城のひとつにかあさっては婚礼というわけなんだ ! 」 くまうつもりだった。だがばくらの跡をつけるやつらがいた 彼の話がまだ終わらないうち、繁みの中からだしぬけに、 ろう はたごや あのイタリアの旅籠屋の露台、きみがその前で眠りながらじ耳も聾せんばかりのティンパニー、トランペット、ホルン、 トロンポーンのひびきがわきおこった。その音にまじって祝 つにみごとに見張りをつとめた、あの露台から、フローラは 突然追手の姿を眼にしたのだ。」 「するとあのせむしの砲がとどろき、万歳が叫ばれ、小さな娘たちはまた踊りはじ だんな 日一男が ? ・」 「スパイだったわけさ。そこでばくらはひそめ、まるで大地からはえ出るように、繁みという繁みからっ かに森へはいり、予約してあった駅馬車できみひとりに旅をぎつぎに人の顔が突き出てきた。うなりと踊りのただなかで、 わたしはあちらからこちらへと、舞いあがらんばかりに跳び つづけさせた。追手はまんまと一杯食ったが、余計なことに、 山の城にいるばくの家来たちまでだまされてしまった。彼らはねていた。しかしもうあたりは暗かったので、昔なじみの は変装したフローラを首を長くして待っていたものだから、顔を全部見わけるにはかなり時間がかかった。庭師の老人は 職務熱心に洞察力もくもらされ、きみを令嬢だと思ってしまティンパニーをたたき、プラハの学生たちはみなのまんなか ったのだ。この館でさえ、フローラは岩山の上にいるものとで吹奏し、彼らの脇では門衛が、くるったように指を動かし ながらフアゴットを吹き鳴らしていた。思いもかけず彼の姿 思って、問いあわせを出したり、手紙を書いたりした このことばを聞くを眼にして、すぐさまわたしはかけよると、力いつばい抱き みは手紙を受けとらなかったかね ? 」 しめた。彼はおかげですっかり調子をくるわせてしまった。 が早いか、わたしは即座にポケットから例の紙片をとりだし 「ではこの手紙は ? 「わたしあてのものよ」 世界のはてまで旅しても、この男はあい変 「いやまったく、

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この声も、この歌も、いかにもふしぎな、しかも同時にとると、けたたましい笑い声を立ててべンチから跳びあがり、 うからなじみのもののようにきこえた。一度夢の中で聞いた三度手を鳴らした。と思うまもなく、たいへんな人数の小さ いしよう ことがあるような気がした。わたしは長いあいだ思案にふけな娘たちが、真っ白な短い衣裳をまとい、緑や赤のリポンを 「ギドー氏だ ! 」とついに叫ぶと、よろこびにあっけて、ばらの繁みのあいだからくりだしてきた。いったし きつね ふれてわたしはすばやく庭に跳びおりたーーー・あの夏の夜、イみなどこに隠れていたのか、わたしは狐につままれたようだ タリアの旅宿の露台で彼が歌っていたのと、それはまぎれも った。娘たちは長く編み合わせた花飾りを手にして、すばや なく同じ歌だった。彼を見たのもあのときが最後だった。 くわたしを輪にかこみ、くるくると踊りまわりながらこんな 彼はまだ歌いつづけていたが、わたしは花壇や藪を躍りこ歌を歌った。 えて、歌声のする方へとんでいった。最後のばらの繁みをか き分けて進み出たとき、わたしは突然魔法にかけられたよう すみれの絹のリポンをつけた おとめはなわ に、その場から動けなくなった。なぜなら、白鳥のうかぶ池 乙女の花環をあげましよう のほとりの芝生に、あかあかとタ日に照らされて、美しいや たのしい踊りにおつれしましよう さしいひとがすわっていたのだから。彼女はあでやかな装い 婚礼の日のよろこびに はなわ で、黒い髪には紅白のばらをかざし、うつむいて石のべンチ きれいな緑の乙女の花環 むち に腰をおろしたまま、歌声の流れる中に乗馬用の鞭で眼の前 すみれのように青い絹 の芝生をなぶってした。目 、艮を伏せたその姿は、美しいひとの 歌を彼女に披露せねばならなかった、あの舟の上でのひとと これは「魔弾の射手』の中の歌だった。小さな歌手たちの きと寸分違わなかった。彼女とさしむかいにもうひとりの若うち、幾人かはわたしにも見おばえがあった。村の娘たちだ 日 い貴婦人が腰かけて、茶色の巻き毛があふれるばかりに垂れったのだ。わたしは娘たちの頬をつねって、なんとか輪の中 者 らかかった白いまどかなうなじをこちらにむけ、ギターの伴奏からぬけだそうと思ったが、生意気な小さな連中はいっかな ・ー・ど , つい , っことになって でうたっていた。白鳥は静かな池の面にゆっくりと輪をかい わたしを逃がしてくれなかった。 の ぼうぜん ていた。 美しいひとはふと顔をあげて、わたしの姿を眼 いるのかさつばりわからす、ただ呆然としてわたしは立って にとめるなり悲をあげた。もうひとりは、髪が顔にふりか かるほどすばやくふり向いたが、しげしげとわたしを見つめ そのときにわかに、猟服を着たひとりの青年が繁みの中か

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

233 ファウスト 落着きがなくなったわ、 胸が重苦しいの。 やすらぎはも , つもどらない、 いつになっても。 ただ、あの方をさがして、 窓から外をながめ、 ただ、あの方を求めて、 家から外へ出て行くの。 あの方の凜々しい足どり、 けだかいお姿、 くち 唇のほほえみ、 まなざしの魅力。 そしてお話の、 たえ 妙なる流れ、 握りしめるお手、 それに、ああ、あの接吻 , 落着きがなくなったわ、 胸が重苦しいの。 やすらぎはもうもどらない、 くちづけ 三四 00 三三九五 三三九 0 いつになっても。 あたしの思いはこ。こ、 あの方を求めるのよ。 ああ、あの方をとらえ、 しつかり抱きしめて、 そして心ゆくまで、 接吻ができたら、ああ、 その接吻にわが身が、 一嵒けて消 , んよ , っとも ! マルテの庭 マルガレーテ。ファウスト。 マルガレーテ はっきり一言ってくださいな、ハインリヒさん ! ファウスト ええ、もちろん , マルガレーテ じゃ、おっしやってね、あなた、信心のこと、どうお 思いになってますの ? あなたは、はんとに、、 し方ですけど、 信、いということ、あんまり重く考えてらっしやらない くちづけ 三四 0 五 三四一 0

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513 ファウスト じると自分が持っているものを質に入れるが、それを請け出すためには せつぶん 接吻をしなければならないといった遊び。もちろん、ここでは比喩的に いっている。「除け者あそび」というのは、一種の鬼ごっこで、二人す つ重なって内側を向いて輪を作り、鬼に割り込まれた外側の者が、今度 は鬼になる。 かが 一一九四下屈んで生れた生れながら重荷を負う労働者の運命。 = 空上食客古代ローマの貴族の寄生虫のような権勢におもねる人物。 一一九五下天の火旧約聖書「創世記」第十九章第二十四節ー二十八節参 照。 一一九五下食い道楽食客自身のこと。食客はバトロンから食べさせても らうことばかりが念頭にあるので、かすかな匂いで食物が何であるかを 当てることができる。この特技を余興にして見せたりした。 一一九六下夜陰と墓場の詩人ドイツ・ロマン派のホフマンのような作家 を指す。 = 九七上優雅の女神たちローマ人が名付けたグロティア ( 美と優雅の 神 ) 。ゲーテがここに登場させているアグライア、ヘゲモネ、エウブロ ジュネの三人がそれに当り、ここでは贈与、受領、感謝の心をそれそれ あらわしている。 一一九セ上運命の女神たち運命の三人の女神、クロトーが命の糸をつむ ぎ、ラケシスが糸を分け、アトロポスが糸を切るのを、ゲーテはこの祝 祭の仮装でクロトーとアトロポスの役割を代えて、さらにそれに潤色を 加えている。 一一久下復讐の女神たち復讐の三女神は、復讐や刑罰を司る恐ろしい 形相の女神だが、ここでは少女のやさしい姿で登場。アレクトーは愛人 の仲を、メゲーラは夫婦の仲を割き、ティジフォーネは不実者を罰する 役をやる。 一一究下アスモーデウスへプライの悪魔。殺害によって婚約をさまた げる恐ろしい神。 ヴィグトー 三 00 上山みたいなもの巨象。国家権力を象徴している。背に勝利の 女神の玉座があり、首に「知恵」、両脇に鎖につながれた「恐怖」と 「楽観」がいる。 ふくしゅう わき にお 三 0 一下ツオイロー Ⅱテルジーテスツオイローは古代のアテナの修辞 家で、ホメーロスの文学のあらさがしをした人物。テルジーテスはホメ ーロスの『イーリアス』第二歌に出てくる醜悪な形相をした男で、英雄 こびと ののし アガメムノンを罵った人物。心のまがった連中だが、侏儒の姿でメフィ ストーフェレスが顔と後頭部にその二つの面をつけてあらわれる。 三 0 三上四頭立ての豪華な車少年が御者となって四頭の竜 ( 宝の番人 ) に曳かせる車で、プルートウス ( 富の神 ) が乗っているが、これはファ ウストの仮装にほかならぬ。 三 0 五上火花詩的感激の火花。少年は財宝をまきちらすとともに精神 の火をまくが、宮廷には無縁の代物。 三 0 六上「おまえは、わしの精神の精神だ」旧約聖書「創世記」第二章 第二十三節参照。アダムがイヴをたたえて「これこそわが骨の骨、肉の ・肉」といったことにた 6 ら , つ。 三 0 六上「愛するわが子よ、おまえはわが心に叶う」新約聖書「ルカに よる福音書」第三章第二十二節参照 三 0 六下痩せつばちの男メフィストーフェレスの仮装の姿。「強欲」を あらわすものとして出て来た。 かわびつ 三 0 九下目に見えない鎖金櫃のまわりに地面に魔法の圏を杖で描くの だが、これは同時に法律という鎖をも意味する。 三一 0 下必要のカ世の中の変革を指す。 三一一上大神パン牧羊神。祭のときには騒がしい妖精の群を引きつれ てあらわれる。パンは「全」の意で、大神ともとられ、皇帝がこれに仮 装している。 三一一上ひとが知らぬこと牧羊神。ハンが、ほかならぬ皇帝であること を「荒々しい群」のものたちは知っている。 三二上誰もいない圏プルートウスのかいた魔法の圏。前出三 0 九下目に 見えない鎖の注参照。 三二下ファウンたちローマの牧羊神、肉欲を代表する。 三一一下サテュロスローマのファウンに似たギリシャの半獣神。酒神 ディオニソスの従者。ここでは独善的支配者に当る。 三一一下グノームたち山と土の霊。宝の番人で、宝を掘り出しもする。 ・一・一ろこ・ 1 ろ かな わっえ

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こ , つい , っと、・伐女はいそい わたしはその場から眼をそらすことができなかった。庭も たかと思うだろうからね ! 」 祐で仮面をつけ、ト間使をつれてあらあらしく館のほうへ去っ木々も野もわたしの感覚からは消えうせてしま たいまっ 小ばかにしたように鼻をのばしヒ日 うつるのは、松明のふしぎな照明を浴びて立っ長身のたおや ていった。木々や繁みは、 フ をのばして、もの珍しげに彼女のうしろすがたを指さし、月かな姿、美丈夫の士官としとやかにことばをかわしたり、下 どうぎ ン 光はピアノのキーでもたたくかのように、彼女の大きな胴衣の楽師たちにやさしくうなずいたりするそのひとのさまばか 工 びんしよう ヒ を上へ下へと敏捷に踊りくるった。こうして、ときどき舞りだった。下の連中は喜びにわれを忘れていたが、わたしも イ ア 台で見た歌姫たちをそのままに、彼女はラツ。ハと太鼓の鳴りついにはこらえきれなくなって、根かぎりの声をあげいっし ょに万歳を叫んだのだった。 ひびくさなかにあわただしく退場したのだった。 しかしやがて彼女がまた露台から姿を消し、下の松明もひ ところでわたしは、木の上にとりついたまま、わが身がど とつまたひとっと消え、譜面台はとりかたづけられ、あたり うなったのやら実はすこしもわかっていなかった、ただじ と館に眼をむけているばかりだった。下の入口の階段わきのの庭はまたほの暗くなり、以前とかわらずさやさやと鳴りだ このとき、ようやくわたしは一切に気づいた 高みにつりさげた一連のカンテラが、きらめく窓をこえ、庭した の奥にまで奇妙な光を投げかけていた。ちょうどこのときそのとき、花を注文したのは叔母の方だけなので、美しいひと あるじ こで召使一同が若い主に夜曲をささげていたのだ。そのまんはわたしのことなど気にとめもせす、しかもとうに結婚して いるのだということ、わたしこそ途方もないばかだったとい なかには、美々しい装いをこらした例の門衛が、まるで大臣 かなんそのようにかまえて譜面台の前に立ち、うまずたゆまうことが、突然心にのしかかってきた。 ふち こうしたすべてがわたしを底知れぬ瞑想の淵に突きおとし ずフアゴットを吹き鳴らしていた。 こ。はりねずみかなんそのように、わたしはわれとわが思い 美しいセレナードこ し耳かたむけようと坐り直したとたん、オ にわかに館の上の露台のドアが、さっと左右にあけはなたれの針の中に身をつつみこんでしまった。館からひびいてくる た。軍服に身をかため、星ときらめくおびただしい勲章を胸舞踏曲もしだいに間遠になり、雲はわびしげに暗い庭をこえ てただようていった。そしてわたしは、ふくろうのように木 にかざった高貴な美丈夫が、露台の上にすがたを現わした。 ゆり の上にとまって、わが幸福の廃墟のただなかでひと夜をすご その彼の手がみちびいていたのはーー・夜の百合か、澄みきっ た大空をわたる月かとあやしまれるばかり、純白の衣に身をしたのだった。 朝の冷気がようやくわたしを夢心地から呼びさました。は つつんだ、あの美しく若くやさしい人だった。 はいきょ

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結んだり、またときには白い腕にギターをかかえてかき鳴ら 0 た。わたしはいつもうやうやしく挨携した、すると彼女は、 そのたびわたしにありがと 一 : っー ) 力しし ようがないのだが、 しながら、すばらしい歌声を庭ごしにひびかせるのだった。 うといってうなすき、そのうえなみなみならす優雅にまばた その歌のひとつでもたまたま心にうかぶと、今でもわたしの フ 胸は哀愁にうすくのだがーーーああ、すべては過ぎさった遠いきしてみせたりした。 たった一度だけだが、あの美しい ン むかしのことだ , ひとも自分の部屋の窓のカーテンにかくれて、そっとのそい 工 こんなことが一週間の余もつづいた。だがあるとき、彼女ているのを、わたしはたしかに見たように思う。 イ ア がまた窓辺にたたすみ、あたりのものみな森閑としすまりか 彼女を見ないでいるうちに、流れるように日々が過ぎさっ えっていた、ちょうどそのおりもおり、 いまいましい蠅がわた。彼女はもう庭にも出す、窓辺にも姿を現わさなかった。 あな たしの鼻の孔に舞いこんだ。こらえるすべもなくおそろしい庭師はわたしを横着者とののしり、わたしは世がはかなくな くしやみをすると、これがまたいつまでたっても収まらない った。神のひろやかな世界を見わたすにさえ、われとわが鼻 美しいひとは窓から身を乗りだし、繁みのうしろにかくれて先がじゃまをするのだった。 いるあわれなわたしを見つけてしまった。 恥すかしさの こういうわけで、ある日曜の午後、わたしは庭に寝そべっ あまり、わたしはそれからすっと窓の下へ行かなかった。 て、パイプから立ちのばる青い煙をながめながら、ほかの職 につけばよかった、そうすればすくなくともふつうの職人な ようやく思いきってもう一度行ってみた、が今度は窓はし まったままだった。四日、五日、六日と朝ごとに繁みの蔭にみに、連休の月曜日を楽しみにできたのに、と腹だたしい思 うすくまってはみたものの、彼女はもうふつつりと姿を現わ しにかりたてられていた。ほかの見習い小僧たちはみなごた さなかった。わたしはいらいらして、ついに覚吾をかため、 いそうに飾りたてて、近くの場末のダンスホールにくりだし その後毎朝だれはばかるところなく館に沿うて、あるかぎりてしまった。そこでは日曜日とあってだれも彼もがめかしこ の窓の下を歩いたが、美しいひとは二度と見られなかった。んで、明るい家々や辻音楽師たちにはさまれながら、あたた しかしそのときには、彼女の部屋からすこし行ったところで、かい大気の中を押しあいへしあい波打つように行きつもどり あの年かさの方の婦人がいつも窓辺にいるのが見えた。今まっしているのだった。、 たがわたしはといえば、庭のひっそり あし でこのひとを注意してよく見たことは一度もなかったが、彼した池の葦の葉かげに、サンカノゴイかなんそのように身を 女はほんとうにすばらしく血色がよく、ふつくらした肉づき かくして、そこにもやってある一艘の小舟に揺られていたの だ。タベの鐘の音が町から庭へひびいてくる、白鳥が近くの ップのようにはなやかな誇りかなたたずまいだ はえ そう あ