レンツ - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

た。だが何もいわなかった。レンツが望んだ通りしてやった。 , つや / トは、ウアルトバッ、 ノの方へ帰り出した。ところが村の 同時にベルフォースの教師ゼバスティアーンに、山を下りて近くに来ると、稲妻のように引き返した、そして鹿のように 来て欲しい、という手紙を書き、色々と指令した。それからフディに跳んで帰った。二人はその後を追った。フディで彼 彼は馬で出かけた。 を捜していると、二人の小売商人がやって来て、ある家に一 その人はやって来た。レンツは前に彼としばしば会ったこ人の見知らぬ男が縛られている、その男は人殺しをしたとい とがあり、親しみをもっていた。その人はオーベルリーンと っているが、どう見てもそうは思えない。 と話した。二人が 何か話をしたかったのだというふうを装った。そして帰ろうその家に駆けつけてみると、その通りだった。一人の若者が とした。レンツは彼にいてくれるように頼んだ。それで二人彼に猛烈にせがまれて、恐る恐る彼を縛ってしまったのであ は別れずにいた。レンツはもう一度フディに散歩しようとい る。二人はレンツの縄をほどいて、無事にヴァルトバッ、 い出した。生き返らそうとしたあの子供の墓を訪れ、何度も連れて来た。そこにはオーベルリーンがその間に夫人と一緒 ひざまずき、その墓の土に接吻した。祈っているようだった に帰って来ていた。レンツは錯乱しているようだった。しか 。ゝ、非常に錯乱していた。墓の上にある花を思い出として何しやさしく親切に迎えられたのに気づくと、また元気が出て 本かむしり取ると、ヴァルトバッ、 ノの方へ帰り出し、また引 来た。その顔は気持よさそうに変っていった。彼は二人の連 き返してきた。そのあいだ教師ゼバスティアーンは一緒だつれに、親しみ深く、やさしく礼をいった。こうしてタベの時 た。まもなくレンツは歩くのが遅くなった。そして手足が非は静かに過ぎた。オーベルリーンは彼に、もう水浴びはしな 常に弱ったことを訴えてしたが、 、 : そのうちに死にもの狂いの しように、夜は静かにべッドにやすんでいるように、そして 速さで歩き出した。あたりの風景が彼を不安にした。それは もし眠れなければ、神様と話をするようにと、くれぐれも頼 狭すぎ、彼は何にでもぶつかりそうな気がしたのだ。い。 うこんだ。彼はそれを約束した、そして次の夜はその通りにした。 いわれない不快の感情が彼を襲った。自分の連れもしまいに 女中たちは彼がほとんど夜通し祈っているのを聞いた。 はわずらわしくなった。またその連れの意図もわかったらし つぎの朝、彼はうれしそうな顔をしてオーベルリーンの部 Äく、彼を遠ざけようとしだした。ゼバスティアーンは彼に逆屋にやって来た。色々と話をした後、彼はいつにないやさし しら レ らわないように見せて、兄弟にその危険を報せる手段をひそさでいった。 かに見つけた。こうしてレンツは一人どころか二人の監視人「牧師さま、あなたにお話しした女性は死にました。ええ、 を持っことになった。彼はその二人を散々引張り廻した。よ死んだのですーーあの天使は ! 」

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

状態だとは思わない この感覚は充分に独立してはいないのこのささやかな安自 5 は彼にはこの上なく貴重だったのだ だ。しかし生命はあらゆる形式に感動させられ、岩石や金属それなのに、彼にさまざまなことを思い出させ、話し相手に や水や植物を感する魂をもち、花が月のみちかけと共に空気なってしゃべったり、報告したりしなければならない、彼の を吸いこむように、自然の中のすべての存在を、まるで夢で事情を知っている人がやってきたのだ。オーベルリーンはす も見ているように、自分の中にとり入れることは、限りない べてについて何も知りはしなかった。彼はレンツを受け入れ、 幸悃に、いないと田曰つ、と五ロっこ。 世話してくれた。それが、この不幸な者を自分に遣わし給う おばしめ 彼はさらに自分の意見をうちあけた。すべてのものの中に た神の思召しだと思ったからである。彼はレンツを心から愛 は一一 = ロ ~ 果にい、 しあらわしがたい一つの調和、一つの調子、一つした。またレンツがここにいることは、家のみんなにとって の至福がある。それは高次の形態においては、より多くの器必要かくべからざることになっていた。彼はすっと以前から 官をそなえて、活動し、鳴り響き、把握する。しかし、それここにいるように、彼らの一員であった。そして誰一人、彼 たず 。こけにいっそう深く他から影響される。下等の形態においてがどこから来たのか、そしてどこへ行くのかを訊ねたりしな は、すべてが抑制され制限されているが、それだけに内部のかった 平和も大きいのだ。彳し 皮まそのことをさらに追求していった。 食事中、レンツは気分がよかった。文学の話になったが、 オーベルリ ーンはそれをとめた。それは彼の単純な気質からそれは彼の領域だった。理想主義時代が当時始まっていた。 は , れ・はく あまりにかけはなれていたからである。また別の時にオーベカウフマンはその一派だった。レンツは激しく反駁した。彼 ルリーンは彼に色の小さい見本を見せて、色がそれそれの人はいった。現実をあらわしているといわれている詩人たちも、 間とどんな関係にあるかを説明した。彳。 皮ま十二使徒を持ち出現実について何も知ってはいない しかし彼らは、現実を神 して、その一人一人が一つの色で代表されるといった。レン 聖化しようとする詩人たちよりも、まだ我慢ができる。こう ツはそれを理解した。彼はその問題をあれこれと考えこんで、も彼はいった。神様はこの世をあるべき姿にお作りになった しものをでつ 不安な夢想に陥った。そしてシュティリングのようにヨハネのだろう、だからわれわれは多分これ以上にい、 ちあげることは出来ないだろう、われわれの唯一の努力は、 黙示録を読みはじめた。そして聖書をたくさん読んだ。 なら いいなずけ レ そのころカウフマンがその許婚者を連れてシュタインター 少しばかり神に倣って創ることだ。自分はすべてのものの中 力し、 ) う ルにやって来た。レンツにとって、はじめこの邂逅は箭央で 生命、存在の可能性を求める、それがあればもういし はなかった。彼はこのような央適な場所をやっと手に入れた、のだ。われわれはそれ以上、それが美しいか、醜いかを問う だれ

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

のだ。彼女はレンンこ、 、ししくらかの食事を運び、寝床を指定しそれと同時に老婆が何かぶつぶついっていた、こうして月の てくれたが、 その間もひっきりなしに讚美歌をうたいつづけ光の交替を見、色々な調子を聞いているうちに、レンツはと ていた。少女は身じろぎもしなかった。それからしばらくし うとう深い眠りに落ちた。 や 彳は朝早く目覚めた。白んで行く部屋の中でみんなが眠っ て一人の男がやって来た。長身で痩せた男だった。髪が白く 、 ' ク女も静かになっていた。彼女はうしろによりかか なりはじめ、落ちつきのない、乱れた顔をしていた。彼は少てした。ト けいれん って寝ていた。左の頬の下に両手を組んで。その顔からは幽 女に歩み寄った。少女は痙攣的に身を起し、落ちつかないよ うすになった。彼は乾燥した草を壁から取って、それを少女霊のような不気味さが消えていた。今は名状しがたい苦悩の の手にのせた。すると少女は次第に落ちついて来て、意味の表清を浮べていた。彼は窓際に歩み寄って窓を開けた。冷た とれる一一 = ロ葉を、まのびした、胸を刺すような調子で、ロすさい朝風が吹きつけた。その家は、東に向って開けてゆく狭く んだ。男は、山の中で一つの声を聞いた、するとやがて谷のて深い谷の上端にあった。赤い光線が灰色の朝の空を突きぬ 上に稲妻が見えた、また何ものかに掴まれて、そいっとヤコけて、白いもやに包まれた谷に射しこみ、灰色の岩石にあた ブのように格闘した、と話した。彼はひれ伏した、そして低って火花を散らし、小屋の窓にぶつかってきた。男が目を覚 ひ い声で熱心に祈った。その間病める少女はまのびした、かすました。ふと彼の目は壁にかかった一枚の絵が陽に照らし出 されているのにぶつかり、じっとその上に注がれた。と、唇 かな声でうたっていた。やがて男は寝た。 レンツはまどろみ、夢を見た。やがて眠りの中で時計のチを動かし始め、低い声で祈った。その声は高くなる一方だっ 彼らは黙ってひれ伏し クタクするのを聞いた。少女の低い歌声と、それと同時に老た。その時人々が小屋に入って来た。 , 婆の声のあいだに、風のざわめきが、ある時は近く、ある時た。少女は痙攣を起したまま横になっていた、老婆は歌をう げ - ったり なり、近所の人々としゃべった。人々はレンツに物語った。 は遠くに響いた。そして月が、明るくなったり、か して、光を夢のように部屋の中に投げていた。一度声の調子あの男は大分前にこの土地にやって来たが、どこから来たの が高くなった、少女がはっきりときつばりと話していた。向か分らない。聖者だという評判で、地下の水が見え、精霊を じゅもん Äう側の岩壁の上に教会が立っているといっていた。レンツは呪文で呼び出すことが出来る。だからみんな彼のところにお からだ まいりに来るのだ、と。同時にレンツは自分がシュタインタ 見上げた。すると彼女は目を大きく見開いて、驅をまっすぐ ールからすっと離れたところへ来てしまったのを知った。彼 にしてテープルの向うに坐っていた。月が静かに光を彼女の はそこへ行く二、三人の樵夫たちと一緒にその家を去った。 顔に投げかけ、その顔から不気味な輝きが射すように見えた。 り

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した。レンツが中庭を走りぬけ、うつろな、硬い声でフリデら惚れこむ、第三の連中は品行方正になる、第四の連中は悪 まった ーケの名前を呼んでいた。極端な早ロで、錯乱と絶望をあ徳に陥る。ところが僕と来たらまったく何でもない、 らわにして。彼はそれから泉水槽の中へ跳びこみ、その中でく何でもない。 まくは自殺もしたがらない、自殺も退屈すぎ ナばちやばちゃした。と思うと、また出て来て、自分の部屋へるから , 一上って行き、また下りて来て水槽の中へ。こんなことを二、 おお神よ ! あなたの光の波に ビ三度しているうちに とうとう静かになった。 , 彼の下の子 あなたの真昼の明るさに、 供部屋で眠っていた女中たちが言った、自分たちはたびたび、 わたしの目は覚まされてきずつく うな しかし特別その夜はヤギ笛のほかには比べようのない唸り声 いったいもう夜になることはないのですか ? 」 うめ を聞いた、と。恐らくそれは彼の呻きであったろう。うつろ オーベルリーンは不機嫌そうに彼を見やって出て行こうと な、恐ろしい、絶望的な。 した。レンツはすっと彼に追いすがり、気味の悪い目で彼を 次の朝レンツは長いあいだ出て来なかった。とうとうオー見つめながら、 ベルリーンが彼の部屋へ上って行った。彼はべッドに静か「 「あの、いま僕の頭に浮んだのですが、ばくが夢を見ている 身動きもしないで横たわっていた。オーベルリーンは答えをのか、醒めているのか区別できるといいんですが。ほんとう 引き出すまで、長いこと質問をしなければならなかった。と に、それはとても重大なことです、研究してみようじゃない うとう彼はいった。 ですか」 「ほんとうに、先生、そう、退屈なこと ! 退屈なこと , 彼はそれだけいうと、またべッドにかくれてしまった。 おお、退屈でたまりません ! 何といったらいいか、もうま 午後オーベルリーンは近所のある人を訪問しようとしてい るで分りません。僕はもう色々な姿を壁に描きましたよ」 た。彼の妻はもう出かけていた。彼がちょうど外へ出ようと まえか一か オーベルリーンは神におすがりなさいといった。すると彼した時、戸を叩く音がした。そして、レンツが躯を前屈みに は笑っていうのだった。 し頭を低く垂れ、顔中一面、そして服にもあちこち灰をかけ、 「いや私があなたのように、そんな気楽な暇つぶしが見つけ右手で左の腕を抑えながら入って来た。彼はオーベルリーン られる程幸福だったらいいんですが。きっと時間がうまく埋 にその腕を引張ってくれと頼んだ。腕を挫いたのです。窓か だれ こも見られなかったので、誰 まったことでしようよ。すべては怠惰からです。というのはら飛び下りたのです。しかし誰 しもいいたくないのです たいていの人々は退屈からお祈りをする、他の連中は退屈か オーベルリーンは非常に驚い

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1121 レンツ 家へ帰るようにさとした。お父さんやお母さんを敬いなさい、 母さん、あのひとも僕を愛してくれた。僕はあなたたちを殺 等々と説いた。話を聞きながらレンツは激しい不安におちい したのだ」 ためいき った。深い溜自 5 をついた。涙が目からとめどもなくわいた、 オーベルリーンは答えた。恐らくその人達はみんなまだ、 彼はとぎれとぎれにしゃべった。 生きているのだろう。恐らく楽しく。何はともあれ、悔い改 「ええ、しかし私はそれに耐えられません。あなたはばくをめて神に帰依したならば、あなたの祈りと涙に対して、神は 追い出したいのですか ? あなたの中にしか神への道はない その人たちに多くのめぐみを授けて下さるだろうから、その のです。でも私はもう駄目です ! 私は神に背いたのです。人たちがそこであなたから受ける利益は、あなたがその人た 永遠に呪われています。私は永遠のユダヤ人です」 ちに加えた損失を恐らくしのぐだろう、と。彼はそれを聞い オーベルリーンは彼にいった、そのためにイエスは死んだてから次第におだやかになった。そしてまた絵をかきはじめ のだ、熱烈にイエスにすがるのです。そうすればイエスのめた くみにあずかれるだろう、と。 午後になって彼はまたやって来た。左の肩に一枚の毛皮、 レンツは頭をあげ、手をもみ、いった。 手には一束の若枝を持っていた。その若枝は、オーベルリー 「ああ ! ああ ! 神の慰めか ! 」 ンが手紙と一緒に頼まれてレンツに渡したものだった。彼は それから彼は突然やさしく、あの女性はどうしているでしその若枝をオーベルリーンに差し出して、これで自分を打っ ようとたすねた。オーベルリーンは、何のことだか分らない てくれと頼んだ。オーベルリ ーンはその若枝を彼の手から取 せつふん が、彼のためだったら何なりと力になるし、助言もしよう。 ると、彼のロに幾度か接吻し、そしていった。この接吻はわ しかし場所や事清や人間をいってくれなければいけないとい たしだけが君にしてあげられるのです。心を落ちつけて、君 いくらたたいても、 った。彼はきれぎれの一一 = ロ葉で答えるだけだった。 の問題を神と二人だけで解決しなさい。 「ああ、あのひとは死んだのだろうか ? まだ生きているの君の罪の一つたりとも消すことにはならないだろう。このこ だろうか ? あの天使は ! あのひとは僕を愛していた とをイエスが心配してくださったのだ。イエスにおすがりな と。彼は去った。 僕はあのひとを愛していた。あのひとはそれに価したーーーおさい しっと ゅううつ 夕食のとき、彼はいつものようにどこか憂鬱そうだった。 お天使よ ! 呪わしい嫉妬め、僕はあのひとを犠牲にしたの だーーあのひとはもう一人の男を愛していた。僕はあのひと けれども彼はいろいろなことについてしゃべった。しかし不 1 ろ を愛していた。あのひとはそれに価したーー。、おおやさしいお安そうに早ロで。夜中頃にオーベルリーンは物音に目を覚ま あたい

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ーンは部屋にいた。レンツは トから占いになるものを出したことなどを語った時、この信 彼は家についた。オーベルリ 仰、生活の中のこの永遠の神の国、神の中にこのように住む晴れやかな顔をして彼に近づいて来て、一度説教をしてみた ことーー聖書の世界が今はじめて彼にわかったのだ。こうし 「あなたは神学を学んだことがありますか」 た人々に自然はどんなに身近なことだろう、すべては神々し 「ええ」 い神秘に包まれて。しかし恐ろしくいかめしい風にではなく 「よろしい、次の日曜日に」 て、ずっと親しみぶかく ! レンツはよろこんで自分の部屋へ上っていった。彼は言教 ある朝彼は外へ出た。夜のうちに雪が降って、谷には明る めいそう に使う聖書の章句のことを考え、瞑想にふけった。こうして 、遠くの方は半分霧に包まれていた。 い日光が注いでいたが 夜々は安らかになった。日曜日の朝が来た。雪解けの天気に 彼はまもなく道からはすれて、なだらかな丘を上っていった、 なっていた。足早な雲、雲の切れ目の青い空。教会はわきの 人の歩いた跡もないところを、モミの森にそうて。日の光が 雪を水晶のように見せた。雪は軽く、ふんわりしていた、あ山の上の張り出した所にあった。教会墓地がそのまわりを囲 ちこちに野獣の足跡がかすかに雪の上についていて、山の中んでいた。レンツがそこに立っていると、鐘が鳴った。礼拝 いし。よう まで続いている。大気には、微風と、雪を軽く散らして飛ぶに来る人たち。婦人や娘たちは厳粛な黒の衣裳だ。白い折り さんびか たたんだハンカチを讚美歌集の上にのせ、マンネンロウの枝 鳥の羽音のほかは、何の動きもなかった。すべてが静かだっ きぎ た。そして遠くには紺碧の大気の中に樹々が白い羽毛をゆらを持って、方々から、岩間の狭いみみを上ったり下ったりし ゆらさせている。しだいに彼の心はなじんで行った。単調な、てやって来る。日が谷に時々さした。風がゆったりと流れた。 遠くの鐘の音。ー丨ーすべての 景色はもやの中にかすんでいた。 巨大な山の斜面と山の線は雪に包まれていたが、それらを前 ものが調和した一つの波に溶けてしまうようだった。 にしていると時々力強い調子で話しかけられるような気がし 小さな教会墓地には雪はなかった。黒い十字架の下の暗い た。なっかしいクリスマスの気分が、忍び寄った。時には、 、ヂ 母が樹の蔭から現われて、大きな姿をしていて、これはみん色の苔。咲き遅れたバラのしげみが墓地の塀にもたれかかり、 ′なわたしがあなたに贈った物なのですよ、といいそうに思っそれに咲き遅れた野花も苔の下から顔を覗かせていた。時々 レ オ谷におりると、彼は自分の影のまわりに虹が立つのを見日が射すが、すぐにまたかげつた。礼拝が始まった、人々の た。何かが額に触ったような気がした。それは彼に話しかけ声があつまって、きれいな澄んだ合唱になった。きよらかな すきとおる渓流を覗くような印象、歌がやんだ。レンツが説 て来た。

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のろ ぼ・つとく レンツはその冷たい手足に触れ、なかば見開いたガラスのそうな気がした。彼は神を呪った。神を冒漬した。そんなふ ような目を見た時、そっとした。子供が彼にはまるで見捨てうにして山の頂上に来た。そこにはばんやりした光がひろが られているように思われた。彼自身もひどくひとりばっちでり、白い石塊がごろごろしている下の方へのびて行った。そ ナ孤独に思われた。彼は死体の上にひれ伏した。死が彼を驚かして空はおろかしい青い目玉だった。月がその中にひどく滑 ヒ 一した。激しい苦痛が彼を掴んだ。この面もち、この静かな顔稽に、まがぬけて出ていた。レンツは声を立てて笑った。す ビが腐って行くのだーー彼はひれ伏した。彼は絶望の悲痛の底ると笑いと共に無神論が彼の内部に手をつつこみ、彼を確実 よみがえ かたく掴んだ。彼はさっきまで何にあんなに心 から、神よ、しるしを垂れ給い、子供を蘇らせ給え、たと え自分がいかに弱く、不幸であっても、と祈った。それからを動かされたのか、もう分らなかった。凍えてきた。もう寝 きぜん ようと思った、そして冷やかに、毅然として無気味な暗闇を 彼は自分の中にすっかり打ち沈んで、すべての意志を一点に 歩いて行ったーーすべてが空虚でうつろに思われた。走らす かき集めた。そんな風にして彼は長いことじっと坐っていた。 にはいられなかった。そして床についた。 それから立ち上り、子供の両手をつかんで、しつかりとした 翌日、昨日の状態を思い出して大きな恐怖に襲われた。今 大声でいった。 は深淵のほとりに立っていた。そして何度もその中を覗き、 「起きて、歩け ! 」 しかし、まわりの壁は冷やかにその声を反響させ、彼をこの苦しみを繰返したいという狂おしい気持に駆られた。す あ、け 嘲るようだった。死体は依然として冷たいままだった。彼ると別の不安が高まった、聖霊に対する罪が前に立ちはだか っ ? ) 0 はなかば狂ってがつくりと倒れた。それから駆り立てられる ンがスイスから帰って来た、 ように山の中へ走って行った。 それから数日してオーベルリー くらやみ 雲が急速度で月のおもてをかすめて行った。すべてが暗闇思ったよりもすっと早く。レンツはそのことに当惑した。し かしオー。ヘルリ ーンがエルザスの友だちのことを彼に話した に包まれたかと思うと、霧がかかっておばろな景色が月明り まわ とき、彼は央活になった。オーベルリーンは話をしながら立ロ 皮まあちこち走り廻った。胸の中には の中に浮かひ上った。彳。 テイターン 屋の中を行ったり来たりして、荷物を解き、中のものを外に 地獄の凱歌があがっていた。風が巨人族の歌のように鳴った。 彼は、巨大なこぶしをまるめて天につきさし、神をひきすり出した。その時に彼はプロフェッフェルのことを、田舎の牧 たた ひ 師の生活は幸福だと讚えながら、話した。さらにまたレンツ 出し、雲の中を曳きずりまわすことが出来そうな気がした。 に、お父さんの願いを聞いて、自分の職業に従事するように、 世界を歯で噛み砕いて、創造主の顔に吐きつけることができ

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十九世紀ドイツ短編集 グリム兄弟 アイヒエンドルフ クライスト ビューヒナー シュトルム シュティフター 拾い子 グリム童話集 雨姫 のらくら者日記 レンツ 池内紀訳 中田美喜訳 手塚富雄訳 藤川芳朗訳 須永直雄訳 川村二郎訳 957 1035 1089 1105 1129 1169

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絶えす登ろうとし、闘、、 そしてそのために、現在が与えるでその人の出発の近づくのを見ていたのである。 わ きれいな清水が湧いて ひとりで家に残るのがレンツには気味悪かった。天気はお ものをみんな永遠に放棄するのか , だやかになっていた。彼はオーベルリーンを山まで送ろうと 道にあふれているのに、のどをかわかすのか ! 今はどうに ナかやっていられる、だからここに僕は残っていたいんだ。な決心した。い くつもの谷が開けて平地になっている峠の向う 一ぜ ? なぜだって ? ただ気分がいいからさ。父はどうしょ 側で彼らは別れた。彼はひとりで帰った。山を色々な方角に さまよい歩いた。広い斜面が谷におりていた。樹木はわすか , っというのだ ? ばくに何かしてくれることができるのか ? できやしない , ばくをそっとしておいてくれ ! 」 で、強い山の線のほかには何もない、そしてはるか向うには 卞オオ広漠とした平野がけぶっている。大気の中の激しい風の流れ。 彼は激した、カウフマンは離れた。レンツは不幾嫌、、こっこ。 翌日カウフマンは立ち去ろうとした。彼はオーベルリーンそこここに、羊飼いたちが夏を過す荒れ果てた小屋が山腹に 一緒にスイスへ行こうとしきりに勧めた。長い間手紙を通もたれかかっているほか、人の跡はどこにもない彳。カ になった。恐らくほとんど夢見ごこちであったろう。すべて して知っているラヴァーターに直接逢いたいという願いを持 っていたオーベルリーンは行ってみる気になって、承諾した。のものが溶けて、一つの線になり、天と地の間を波のように 準備のためにもう一日待たなければならなかった。この件が上下しているように思われた。ちょうどかすかにたゆたう果 レンツの心に重くのしかかった。彼は限りない苦悩から脱れてしない海原に横たわっているような気がした。時々彼は腰 るために、あらゆるものにしがみついていたのだ。 / 。 彼ますべをおろした。そしてまた歩いた。ゆっくりと夢を見ながら。 ての安定はただ自分の頭が考え出したものに過ぎないのだと道を彼はさがさなかった。 いうことを、どの瞬間にも深く感じていた。彼は自分を病ん彼が、シュタインタールにくだる山腹にある人の住んでい だ子供のように扱っていた。色々な思い、激烈な感清に彼はる小屋に来た時は、暗いタ暮だった。戸は閉ざされていた。 たまらなくなって、やっとそれから脱れる。するとまた彼は彼はかすかな光がもれて来る窓の下に行った。ランプがほと 皮まふるえ、髪の毛んど一点だけを照らし出していた。光は、目をなかば開き、 無限のカでそこへ引きもどされるのだ。彳。 は逆立たんばかりだ、遂に極度の緊張につかれはてる。それかすかに唇を動かしながら、窓べにじっとしている少女の顔 に落ちていた。すっと奥の暗がりには、一人の老婆が坐って で彼は目の前にちらついて離れない姿の中に救いを求める。 たた かす いて、嗄れ声で讚美歌集の歌をうたっていた。長い間戸を叩 すなわちオーベルリーンの中に。その人の一一一一口葉、その人の一一一一口 いた。やっと老婆が開けてくれた。彼女は半分っんばだった 葉が彼には限りなくこころよいのだ。だから彼は不安な気持 のが

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作家と作品 書き、「農民の家には平和を、宮殿には戦争を」と標語をかかげた。 それによって彼はいつも逮捕におびやかされたが、そのあいだに、 三四ー三五年の冬に、フランス革命史の一コマを戯曲化した『ダン トンの死』を書いた。主人公ダントンを通じて、革命の激動の中で の存在の虚無感、英雄的なペシミズムを、この上なく生気に充ちた タッチで表現している。 外に ~ 各劇『レオンツ工とレーナ』、プロレタリアの悲境をドイツ で最初に扱ったといわれる断片の劇『ヴォィッェク』などがあるが、 ゲォルク・ビューヒナー ( 一 三ー三七 ) は、ナポレオンの失本書におさめた「レンツ」 ( 一 八三六年執筆 ) は、ドイツの短編の 脚とウィーン会議ののちの反動期のドイツにおいて、市民的な小世歴史においても最も注目すべき作の一つである。この主人公レンツ 界にこもりすぎているドイツ文学の中にまったく新しい響きをもた は、若いゲーテの知友で、シュトウルム・ウント・ドラング期の放 らした天才的詩人である。極めて短命だったが、彼の作品は、人間恣な詩人である。彼にとってゲーテは範例であり、競争者であった。 存在の無意義さに対する痛切な叫びであり、写実主義、自然主義をゼーゼンハイムの牧師の娘でゲーテの恋人であったフリーデリケに も乗りこえて、その後の世界文学の潮流の一つの最も早い先駆者の対して、彼は恋愛におけるゲーテの後継者となろうとする。彼女の 一人となっている。 思い出がこの作にも出てくる。ビューヒナーのこの作はエルザス地 ダルムシュタット市近傍に医師の子として生まれ、彼自身も医学方の牧師オーベルリーンの手記によったものであるが、この狂詩人 せいち と自然科学を学んだが、一八三〇年後のドイツの警察国家的な状況をあっかって精神病理学的な精緻さとその背景をなす生の虚無感、 せいぜっ の中で、一種の行動的な革命家となり、農民のために闘争的文書をそしてそのヴィヴィッドな描写は凄絶と言いたいものである。