ロッテ - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

主要登場人物 しっと アルベルト ヴェルテル ルはいやます恋情と嫉妬に苦しめられる。 シャルロッテ ( ロッテ ) 落ちついた好青年。勤勉で、判断にくもりのな この作品の主人公。故郷をはなれ、自然の美し 郡長の娘。母親を早く亡くし、長女として八人い彼は、ロッテをよく理解し、信じているので、 い町で、雑務や書物から解放されて、孤独な自由 おうか ヴェルテルとの仲を疑うことはない。 を謳歌する。そんなある日、舞踏会へむかう馬車の弟妹の面倒をみている。美しい姿、いきいきし 一目で恋に落ちる。何かとロた会話、軽快な身のこなしでだれからも好かれてヴィルヘルム でロッテに出会い ヴェルテルの親友。手紙はすべてヴィルヘルム いる。アルベルトという婚約者があるが、純真無 実をみつけてはロッテの許にかようようになるが、 にあてられたものである。 ロッテにはすでに、いまは旅行中の婚約者アルペ垢に、恋に気も狂わんばかりのヴェルテルにたい ルトがいた。やがてアルベルトの帰郷。ヴェルテしても親しい態度をくすさない ヴィルヘルム 手紙で真情を語る ヴェルテル 恋 婚約者 アルベルト

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

苦しみをやわらげ、人々を仕合せにする。彼女は昨日の夕方、マールヒエン、こっちにおいで。ロッテは、マールヒエンの マリアーネと小さなマールヒエンを連れて散歩に出た。ばく 手をとって階段を降りながら、言葉を続けた。さあ、ここで、 テはそれを知っていたので、途中で待っていて、一緒に散歩し湧き出してくる水でお洗いなさい。急いで、急いで。そうす ゲた。一時間半ばかり歩いたあと、ばくらは町の方へ戻ってきれば何でもありませんからね。 ばくが上に立って見てい て、あの泉に来かかった。そして、あのばくのお気に入りのると、マールヒエンはその小さな手を濡らして、一生懸命頬 きせき 泉はその時以来、更に千倍も大切なものになったのだ。ロツをこすっていた。奇蹟の泉の水で洗えば汚れはみな流されて いや テはその時、低い石積みの壁に腰を下ろし、ばくはその前に しまって、醜い頬ひげが生えてくるなどという厭なことは決 立った。あたりを見まわすと、ああ、ばくがあれほどに孤独して起こらないと信じ切っているのだ。ロッテは、それでも であった頃のことが、またありありと甦ってきた。 愛すういいわ、と言ったが、 マールヒエンは、少な過ぎるよりは る泉よ、とばくは言った、あれ以来ばくはお前の凉気に身を多過ぎる方がよいというように、なおも熱、いに洗い続けてい 休めることなく、急ぎ通り行く時にはお前に眼を向けさえし ヴィルヘルムよ。断一一一一口するが、ばくはどんな洗礼の いだ 、ないこと、もしばしば。こっこ。 ばくは泉を見下ろし、マー席にも、その時以上に敬虔な思いを懐いて参列したことはな ルヒエンがコップに水を汲み、さもにしげにのばってくるの ロッテがまた上がってきた時、ばくはどんなにか喜んで を見た。 ばノ、はまる ばくはロッテに視線を戻した。そうしていると彼女の前に身を投げたいと思ったことだろうか ばくにとってのロッテの意味がすべてあます所なく感じられで、自分が一国民全体の罪を潔めた予一一一一口者の前にいるかのよ るのだった。そこにマールヒエンが水のコップをもってきて、うに思えたのだ。 マリアーネがそれを受け取ろうとした。だめよ , 小さなマ その夕方、心に溢れる喜びのあまり、ばくはその出来事を かわい ールヒエンはとても可愛らしく叫んだ。だめよ。ロッテ姉ちある男に話さずにはいられなかった。それはいつばし分別の ゃん、ロッテ姉ちゃんがます飲んでよ , ばくは、トさなある男だったので、人間らしい感受性もあると、ばくは思い マールヒエンがそれを叫んだ時の真実と善意の響きに夢中に込んでいたのだ。だ ばくはどんな目にあったことか。そ なって、自分の感情を表現するのに他のやり方を思いっかず、れはロッテさんが間違っとると、そいつは言うのだ。子供を せつぶん 思わすマールヒエンを抱き上げ、接吻の雨を降らせた。マー だましてはいけませんなあ。そうした嘘は多くの誤りと迷信 ルヒエンはたちまち大声を挙げ、泣き出した。 悪いことの元ですからして、小さな時から心して子供さんをそうした をなさいますのね。ロッテが言った。ばくは当惑した。 ものに触れさせんことですなあ。 ばくはその男が一週間 ころ 十・いは′れ きょ ほお

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

共感が鉛のように重く彼女の上にのしかかって、彼女の四肢しつかりと抱きしめると、その震えロごもる唇を燃え立っロ はしびれたかのように動かないのでした。彼女は気を取り直づけで覆いました。 ヴェルテル ! 彼女は身をもがきな ウエルテル , そうと深く息をすると、なおもすすり泣きながら、ヴェルテがら、声を詰らせて叫びました。。 ルに、その切ない もう地上のものとは思えない声で、先をか弱い手で彼の胸を押しのけました。 ヴェルテル ! 彼 続けてくれるようにと頼みました。ヴェルテルの身は震え、女は、気高い感情に支えられたしつかりした声で叫びました。 胸は今にも破れんばかりでした。彼は草稿を取り上げ、絶え 彼は抵抗しませんでした。彼女を腕から離し、その前に だえに読みつづけました。 正気を失ったかのように崩れ落ちました。ロッテは身を振り ほどいて立ち上がると、揺れ動く思いのうちに、愛と怒りと 何故に御身はわれを目覚し賜うや、春のそよ風よ ? 御身の間に動揺しながら、言いました。これが最後です ! ヴェ しずく なんじ も , つお目にかかりオせん。 は媚びたわむれて言う、われは天上よりの滴もて汝をうるおルテル , そして憐れな男に さんと。されど、わが定めの時は近し。迫り来る嵐がわが葉愛に充ちた眼差を投げると、身をひるがえして隣部屋へ走り ウエルテルはロッテのあとを追って を散らさん。明日こそはさすらい人来らん。来りて、かって込み、扉をしめました。。 彼女をとらえる勇気はありませんで 見し美しかりしわれを求め、はるかなる野を見渡し求め、求両腕をのばしましたが、 , す めてわれを見出すことなからん した。彼は、床に身を投げ、頭を長椅子に載せ、その姿勢の まま三十分以上も身動きひとっしませんでしたが、何か音が 今読んだ一一 = ロ葉のもっすべての力が、不幸なヴェルテルに襲したので漸くわれに返りました。それは食卓を用意しに来た いかかりました。彼は絶望に駆り立てられてロッテの前にひ女中でした。彼は部屋の中をあちこち歩きまわっていました み が、女中が去ってひとりになると、隣の小部屋との境の扉に ざますき、その両手を取ってわが眼に、わが額に押し当てま の ロッテ ! も , っ した。彼女の心を恐ろしい予感がかすめました。彼は何をす近よって、低い声で呼びました。ロッテ , テ ロッテは答えませ るつもりでいるのか。思いは千々に乱れ、ロッテは彼の両手ひと一言だけ ! お別れの言葉だけを ! 工 ヴをしつかりと握りしめてわが胸に当て、心の苦しみに押しゃんでした。ヴェルテルは待ち、頼み、待ちました。やがて彼 若られるかのように彼の方へ身をかがめました。ふたりの燃えは身を引き離し、叫びました。さようなら、ロッテ ! 永遠 に、さよ , つ、なら ! るような頬が触れ合い、ふたりの前から世界が消えました。 ヴェルテルは町と野畑を分かっ市壁の門まで来ました。見 ヴェルテルはロッテの身体に両腕をまわし、彼女をわが胸に ほお ようや あわ そして、

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れと全く同じものを一着、襟も折り返しもまったくそのまま彼の接吻は、とばくは言った、欲求から全く自由という訳 に、作らせた。それにまた黄色のチョッキとズボンも。 ではないようですね。自分を養ってくれるものを探して、中 だが、何かまだしつくりこない。何故なのだろうか ま味のない口づけからは不満足な様子で身を引きますよ。 ゲあ、時間がたてば、これもまた馴染んで来よう。 私の唇から食べもいたしますのよ、とロッテが言った。 彼女は唇に。ハン屑を少しくわえて、小鳥の方に差し出し 彼女の唇からは、無邪気な愛情の喜びが限りない悦楽と 九月十二日 なって輝いていた。 ロッテはここ二、三日、アルベルトを迎えに旅に出ていた。 ばくは顔をそむけた。ロッテは、それをするべきではなか 今日、彼女の部屋を訪ねてみると彼女がばくを迎えてくれた。 ロッテは、この天上の無垢と至福の情景をもって、 うれ ばくは嬉しさでいつばいになって彼女の手に唇を押しあてた。 ばくの想像力を刺戟するべきではなかった , ばくの胸をそ 一羽のカナリヤが鏡の前から飛んできて彼女の肩にとまっ の眠りから目覚めさすべきではなかった ! ばくの胸は、生 よ・つや 新しいお友達ですのよ、と彼女は言い、 それを自分への無関心の揺り籠に揺られて、漸く眠り込んだというの ロッテはば の手に移らせた。小さな弟や妹たちのためにと思いまして。 オカ何故いけないことがあろう ? かわい 本当に可愛いの。御覧下さいまし。パンをやりますと羽ばた くにこうも打ち解けているのだ。ばくがどんなに彼女を愛し せつぶん きをして、とてもお行儀よくついばみますの。私に接吻もい ているか、彼女には判っている , たしますのよ、ほら , ロッテが口を差し出すと、鳥はその可愛らしい唇の間にひ かれん くちばし 九月十五日 どく可隣に自分の嘴を押しつけた。それはまるで、わが身 の享けている至福を感じることができるかのようだった。 怒りに気も狂いたい、。 ウイルヘルムよ。この地上になお残 あなた 貴方にも接吻させなければいけませんわ。彼女はそう言っ されている価値あるものは数少ないが、それに対しさえ、何 て、島をばくに渡した。 その小さな嘴は、彼女の口からの感覚も感情も持ち合せない人間が存在するとは ! 君は、 くるみ ばくのロへ橋をかけた。そして、それがばくの唇をついばむあの胡桃の樹々のことを覚えているだろうね。ばくが聖 : 時、そこには、愛に充ちた享楽の微風、享楽の予感が吹き過村に誠実な老牧師を訪ねた時、ロッテとともにその下に坐っ キ、た たあの素晴らしい胡桃の樹々だ。あれはばくをいつもこの上 くず

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切り落そうと思わぬ人がいようか ばくには判らぬ ! 彼は無作法なむら気でばくの仕合せを妨げることなどなく、 比喩のなかで互いの尾つばに噛みついて堂々めぐりする心からの友情でばくを迎えてくれる。彼にとってばくは、ロ テのはやめよう。もう充分だーーーねえ、ヴィルヘルム。ばくだ ッテについで、この世でもっとも愛すべき人間なのだよ , ゲって、奮い立ち、すべてをふり捨てようと思う瞬間がある。 ヴィルヘルム、ばくらはふたりで散歩に出かけ、ふたり そしてその時ーー行くべき先さえ判っていれば、ばくは発つでロッテについて語り合うのだ。それを聞くのは純枠な喜び おか のだが。 だと思うよ。このふたりの関係ほど可笑しなものなんて、こ 夜の世にない。それでいながら、ばくはその関係を考えると涙 ゝ艮ににじんでくる ここ暫くなおざりにしていた日記を、今日たまたま手にし て驚いた。ばくは何と、すべてを知りつつ、一歩一歩この事彼はばくにロッテの誠実であった母親について話してくれ 態のなかに陥ち込んできたのだ。ばくは自分の状態をいつもる。彼女が死の床にあってロッテにその家庭と子供たちを託 はっきりと認識しつづけながら、それにもかかわらす子供のし、彼にそのロッテをゆだねたこと、それ以来ロッテのなか ように無分別にふるまってきた。そして今も同じようにはつでまったく新しい精神が目覚め、家計をやりくりし、家事の きりと認識しながら、事態改善へのきざしは全くない 面倒を見て行く真剣な毎日のなかで、ロッテは本当の母親と なったこと、そして一瞬たりといえども愛に充ちた活動、仕 車・なしに過、こすことがないこと、しかも、それにもかかわら 八月十日 ず、その快活さ、軽快な心は決して失われていないこと等々。 こうも愚かでさえなければ、ばくは世にも恵まれた、世に ばくはそうした話を聞きながら、彼と肩を並べて歩き、 も仕合せな生活を送ることができるのだ。ばくがいま暮して道々花を摘み、それを丁寧に花輪に編む。そしてーーできた いる環境ほどに人の心を楽しませてくれるよい諸条件がひと花輪を通りすがりの小川 に投げ込み、それがゆらゆらと流れ っところに集まることは滅多にない。ああ、ばくらの仕合せ去って行くのを見送るのだよ。 君にもう書いたかどうか はただばくらの心ひとつにかかっているというのは、もう確忘れたけれど、アルベルトはここにとどまって、宮廷で相当 かなことだ。ーー愛すべき家族の一員であり、老人からは息な収入のある地位に就くことになった。彼は、宮廷での受け 子のように愛され、小さな子供たちからは父親のように慕わがいいのだ。あれほどきちんと熱、いに仕事をする男は、ばく れ、そしてロッテからも , それから心正しきアルベルト。 も滅多に見たことがない

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だったならば , ロッテよ、あなたのために身を捧げるのだ ったならば , もし、あなたに、あなたの人生の平安と歓び をもう一度お返しすることができると判っていれば、ばくは 雄々しく、喜びをもって死んで行けるのです。だが、ああ , せんこう 自らの血をその愛する人々のために流し、わが身の死によっ 隣家の人が火薬の閃光と銃声に気づきました。が、そのあ て友らにそれに百倍する新たな生命を燃え立たすことは、た と、またまったく静かになったので、それ以上、気にしませ んでした。 だ数少ない気高い人々にのみ許されてきたことでした。 いま着ている服のままで、ロッテよ、葬って下さい。あな朝の六時、従僕が灯を持って部屋に入りました。彼は主人 たがこの服に触れ、それを聖なるものとしたのです。お父さ が倒れ、ピストルが落ち、床に血が流れているのを見つけま ひつぎ まにも、そのことをお願いしておきました。ばくの魂は柩のした。彼は主人に大声で呼びかけ、その身体をゆすってみま 上に漂うことでしよう。胸のポケットは探らないで下さい した。答えはなく、ただ苦しげな呼吸の音だけが続いていま この淡紅色の飾りリポン、ばくがはじめて子供たちに囲まれした。従僕は医者に走り、アルベルトを呼びに急ぎました。 て立っているあなたを見た時、あなたはこれをつけていたの呼び鈴の鳴るのを聞いた時、ロッテの全身はおののきました。 ですーー—おお、あの子たちにロづけしてやって下さい、千回ロッテは眠っている夫を起こし、ふたりは起き出しました。 かわい でも。そして彼らの可哀そうな友達の運命を話してやって下従僕は泣き叫び、言葉もとぎれとぎれに事件を知らせ、ロッ さい。あの愛らしい子供たち。その面影がばくを取り巻いてテは気を失って、アルベルトの前で崩れ落ちました。 離れません。ああ、どんなにばくはあなたに結びつけられて医者が不幸なヴェルテルのところへ駆けつけた時、彼は何 み 悩 いたことか ! あの最初の瞬間からもう、どんなに離れ難く の手当もされす床に倒れたままになっていました。脈は打っ の まひ ルなってしまったことか , このリポンは、ばくと一緒に埋ていましたが、四肢は麻痺状態でした。右眼の上のところで めて下さい。ばくの誕生日に、これを贈って下さったのでし頭を打ち抜いたので、脳がつぶれて押し出されていました。 工 しやけっ こうしたものすべてを、ばくはどんなにむさばるよう瀉血のために腕の血管が切り開かれ、血がほとばしり出まし 若な思いで求めたことか , ああ、ばくは思ってもみなかっ 呼吸は依然として続いていました。 たのです、やがてこの終局に至ることになるとは , 驚か 椅子の背に血が付いていたことから推して、ヴェルテルは ないで下さい、 ロッテ ! お願いです、驚かないで , 書き物机の前に坐って、引金を引いたものと思われます。そ 著一さ 弾はこめてありますーー十二時が打っています ! これで ロッテ , き、よ , つなら、ロッテ , さよ , つなら ,

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」10 -ドイツ1

の温泉がとてもよいそうだなどと語り、老人が次の夏はそこ 七月一日 で渦こすことにしたいと一一一一〕 , っと、よく決心なき、いましたと ロッテが病者にとってどれほどの慰めになるか、それをばめたりしていた様子、この前お会いした時に比べて、すっと ひんし ゲくは自分の胸に感じることができる。ばくの胸は、瀕死の床具合がよく、ずっと元気そうにお見えですと勇気づけていた に横たわる人々よりも、更に重く病んでいるのだから。ロッ ロッテの様子ーーそれを君は是非とも自分の眼で見なければ テはここ二、三日、町で、ある心正しい婦人のそばについて いけなかったのだよ。 ばくはその間に、牧師夫人への挨 過ごすことになった。その人は、医者の一一 = ロ葉によれば、もう 拶を済ませた。老人はすっかり元気になった。そしてばくは、 余命わすかで、その残された日々を、ロッテに身近にいてほ気持のよい影をばくらに投げかけている美しい胡桃の樹をほ しいと願っているのだ。ばくは先週ロッテと一緒に聖 : : : 村めずにはいられなかったのだが、老人はそれをうけて、幾分 の牧師を訪ねた。一時間ばかり山の方へ入ったところにある苦しそうにはしながらも、その樹にまつわる話をし始めた。 村。こ。ばくらは四時近くそこに着いた。ロッテは二番目の妹 古いほうの樹は、と彼は言った、もう誰が植えたものや くるみ・き わか を連れてきていた。二本の高い胡桃の樹が影を投げかけてい ら、私どもには判らなくなりました。あの牧師だったと一一 = ロう る牧師館の中庭にばくらが入って行った時、善良な老人は戸人もあれば、この牧師だったと言う人もありますがの。けれ すわ ロの前のべンチに坐っていたが、ロッテの姿を見て、急に ども、あそこの奥にある若いほうの樹は、私の妻とおない年 よみがえ 甦ったかのように元気づき、節くれ立った木の杖を取るので、この十月で五十歳になります。あれの父親が朝にあの樹 も忘れて彼女を迎えに出ようとした。ロッテは彼に駆け寄り、を植えた、その晩方にあれが生れましての。あれの父親は、 無理やり腰を下ろさせると、自分もそのそばに坐って、父親私の牧師職の前任者だった御方じゃが、この樹をどんなに大 あいさっ からのくれぐれもよろしくという挨拶を伝え、牧師が年をと切に思っていたか、ロでは言えんぐらいですて。私にとって ってからの子で、まだ羽もはえそろわぬ、不器量で不潔な末も、その大切さは変りません。二十七年前に貧しい学生だっ の男の子を、しつかりと抱擁してやるのだ。君はその時の彼た私が初めてこの中庭に足を踏み入れた時、妻は丁度あの樹 女を自分の眼で見なければいけなかったのだよ。彼女が老人の下にねかせてあった太い木の幹に腰かけて、編物をしてお の話相手になってやっている様子、その半ば聞こえなくなっ りましたのですよ。 ロッテが娘さんはどちらですかとた た耳にも聞こえるように声を張り上げ、若い丈夫な人たちがずねた。娘はシュミット氏と一緒に、草地の方へ雇い人たち 思いがけず死んだというような話をしたり、カールスパート の様子を見に行っていると答えておいてから、老人はその物

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れはクリスマスの前の日曜日でしたが、夕刻彼はロッテを訪ッテは、その一一一一口葉が彼を恐ろしい状態に陥れたのを感じて、 ねました。彼女はひとりでした。彼女は、小さな弟妹たちのさまざまな質問をして彼の考えをそらそうと努めたのですが、 がんぐ 判りましたとも、ロッテ。もう二度とお会 テために用意したクリスマスの贈物の玩具を整理している最中無駄でした。 いしきす・オい 何で、そんなことを、ヴェルテル ? と でした。彼は、小さな子供たちがさぞかし喜ぶだろうと言い ゲ こた 自分も子供の頃、扉を開くと思いがけすろうそくや砂糖細工、彼女は応えました。おいで下さっても、いえ、おいで下さら とうか、少し控え目にして下さいまし。お それに林檎に飾られた木が現われて、天にものばる気持で夢なくては。ただ、。 中になったものだったと、その時代を俵かしむのでした。お、どうして、一度わが物にしようと手をおのばしになった あなた ーー・貴方も、とロッテは当惑を愛らしい微笑で隠しながら言ものすべてに、これほどに激しくこれほどの清熱を籠めて執 いました。貴方も贈物をもらえましてよ、もし本当にお利巧着なさるお生れなのでしようか ? お願いいたしますわ。ロ ッテは彼の手をとりながら続けた。。 とうか、御自分を抑えて さんでしたら。長い飾りろうそくと、それからもっと。 とうしていろと下さいまし ! 貴方のお心ばえ、学問、才能をもってすれば、 お利巧さんでいるって ? 彼は叫びました。。 おっしやるんですか、どうしていればいいのでしようか、ロ どんなに豊かな人生の喜びだって、この先にひらけておりま ッテ ! ーー木曜日の夜が、と彼女は言いました、クリスマす ! どうか男らしくおなり下さいまし ! お気の毒と思う ス・イヴですから、弟や妹たちも参りますし、父も参ります。しか何もできぬ私のような女への悲しい愛着を、どうかよそ へお向けになって下さいまし。彼は歯噛みしながら、ロッテ そして、それそれに自分の贈物をもらいます。その時には貴 けれども、それまでは、を暗い表情で見つめました。ロッテは彼の手をじっと握りし 方もどうそいらして下さいまし。 。 . しばら ヴェルテルは、はっとめました。ほんの暫くでよいのですから、どうかお気をおし お訪ねにならないで下さいまし。 しました。お願いでございます、と彼女は続けました。今とずめになって下さいまし、ヴェルテル ! 彼女は言いました。 なっては、ほかにどうしようがごさいましよう。どうか私の貴方は、御自分で御自分をだましているとはお感じになりま 心に平安を与えると思って、お聞き入れ下さいまし。今のませんの ? 好きこのん・で破滅への道を辿っているとはお思い になりませんの ? 何故、私ですの、ヴェルテル ? ほかな まにしておくことはもう、それは本当にもう、決してできな いことですわ。ーー彼はロッテから眼をそむけ、部屋のなからぬ私ですの、もう他の人の持ち物になっている ? ほかな を行きっ戻りつ歩き、そして噛みしめた歯の間からうめくよらぬ決まった女ですの ? 間違っていましようか、ねえ、間 つぶや ロ ムこよ、それが不可能だから、私を手 、理っていましょ , つか、不。 うに呟きました。今のままにしておくことはできない , りん′」

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七月八日 ただひとつの眼差を求めてやまぬ 何と子供なのだろう , 七月十日 ばくらはヴァールハイムへ とは、何と子供なのだろう , 出かけた。。 人が集まっているところで彼女の話が出ると、ばくがどん こ婦人たちは馬車で来た。そして散歩している間、 なに馬鹿な振舞いをしてしまうか、君に見てもらいたいもの ロッテの黒い眼のなかには、確かに ばくは馬鹿だ。許し てほし、。 一だ。おまけに、彼女が気に入ったかなどと聞かれたりしたら 君は自分であの眼を見なければいけな、 気に入る ! ばくはこの一一一一口葉を死ぬほど嫌っている。 言で書けば ( ばくはもう眠くて、まぶたがふさがりそうなの やっ ロッテが気に入ったなどというのは、どんな奴だろう、彼女 だから ) つまりご婦人たちは馬車に乗り込み、そのまわりに 若い、ゼルシュタット、アウドラン、そしてばくが立っての存在で感覚のすべて、感情のすべてが充たされ尽すことな じようぜっ み この日司、くこ、 脳 く、ただ気に入ったなどと言える奴は , いたのだよ。男たちはもちろん浮き浮きした気分で饒舌に ルなっていたから、扉越しに馬車のなかの人たちとしきりにおオシアンの歌は気に入りましたかと聞いた奴がいた , ばくはロッテの眼を求めた。だ ルしゃべりを続けていた。 だれ ヴが、その眼はこちらの誰へ、あちらの彼へと向けられながら、 七月十一日 若ああ、ばくには、ばくには、ばくには、ただその眼のみを求 夫人の容態がひどく悪い。ばくは彼女の命のために祈っ めてひたすら忍従するばくには、決して向けられないのだ。 ばくの熱する胸は彼女に向かって千度もさようならを叫ている。ばくはロッテとともに耐えているのだから。ばくは 前に自分の子に洗礼を受けさせたばかりであることを思い出んだ。にもかかわらず、彼女はばくを見ない。馬車は動き出 したので、あえて抗弁もせず、わが胸のうちで真理に忠実でし、涙が眼に浮んだ。ばくは馬車を見送った。ロッテの髪飾 あるにとどめた。ばくらは子供たちに対して、神がばくらに りでかざられた頭が扉の窓から外に出るのが見えた。そのロ 対するがごとくあればいい神がばくらにもっとも大なる幸ッテの頭がこちらを振りむき、こちらを見た。こちらを、ば わか うれ くを、なのか ? 亠仄よ、ばくはそれが判らぬまま、田いま 福を与えたもうのは、ばくらをして嬉しい空想のなかを酔い 皮女はばくを見る どっている。それがわが心の慰めなのだ。彳 心地でさまよわせている時なのだ。 お ために振りかえったのかも知れない。かも知れない ! 休み ! ばくは、おお、何て子供なんだ ,

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くはもう彼女のところだ。ばくの祖母がよく磁石山の童話ををするのはいつも彼女らなのだからね。実際には、それは滅 話してくれた。そこにあまり近づきすぎた船は、鉄の装具を多と成功しないが。 くき テみな一遍に奪われ、釘という釘が抜けて山へ飛んで行く。そ 挈れはと 7 もか / 、、ば / 、はアルベルトこ し尊敬の念を寄せるに ゲしてあわれな船乗りたちは、ばらばらに崩れ落ちる板のあい ゃぶさかではない。彳 皮の落ち着き払った外見は、ばくの性格 だで破滅するのだ。 、、寸召【。こ。ばくの落ち着きなさは隠しょ の落ち着きなさとしし文具オ , つがなしノイ。 皮ま感清豊かで、ロッテの価値がよく判っている。 彼が不機嫌になることは滅多にないようだ。君も知っている 七月三十日 ように、それこそばくが人間において他の何よりもむ悪徳 なのだが。 アルベルトが到着した。ばくは出発する。仮に彼が誰より も善良で高貴な人間であり、ばくがどの点においても彼に兄彼はばくを分別ある男だと考えている。そしてばくのロッ 事する用意があったとしても、ばくは、彼があれほどに完全テヘの執着、彼女のあらゆる動作にばくが感じる暖かい喜び なる存在を所有するのを目撃するに堪ええない 所有すは、彼の勝利感をいやまし、彼は彼女をそれだけ更に愛する る , もう沢山だ、、、 ウイルヘルム。婚約者がきたのだ。行のだ。彼が折々あれこれとやきもちを焼いて彼女を苦しめて せんさく 儀のよい、愛すべき人で、こちらも悪い態度を取る訳には行 しオいかど , つか、それは詮索するまい少なくともばくが彼 あいさっ しっと かぬ。幸いなことに、到着の挨拶にロッテを訪ねてきた時、の立場だったら、いまいましい嫉妬の悪魔から逃げおおせる ばくは居合せなかった。居たらば、ばくの胸は張りさけたろ自信はない ロッテのそばにいると う。それに彼はとても律儀で、ばくの面前ではまだ一度も口 いや、彼の気持などどうでもいし ッテに接吻したことがなしネ 、。申よ、彼の善意に酬いたまえ , いうばくの喜びは終った。あれは愚行と呼ばるべきだったか、 いや、名づけたところ 彼がロッテに示す敬意故に、ばくも彼を愛さぬ訳には行かな自己欺瞞と呼ばるべきだったか ? ばくは、アルベル 彼はばくによくしてくれる。ばくは推察しているのだが、でどうなろう ! 事柄だけで充分だ , それは彼自身の気持からというよりは、ロッテの手がそこに トが来る前から、今知っていることはみな知っていた。ばく 働いているのだろう。だって、そうしたことにかけては、女は、自分が彼女に何かを要求することなど全くできないこと とい , つの たちは微妙な手腕を持っているし、また持っていて当然なのを知っていたし、実際何も要求しはしなかった 女たちが二人の崇拝者たちを仲よくさせておければ、得はつまり、あんなに愛すべき存在のかたわらにあって何も望 むく