だったならば , ロッテよ、あなたのために身を捧げるのだ ったならば , もし、あなたに、あなたの人生の平安と歓び をもう一度お返しすることができると判っていれば、ばくは 雄々しく、喜びをもって死んで行けるのです。だが、ああ , せんこう 自らの血をその愛する人々のために流し、わが身の死によっ 隣家の人が火薬の閃光と銃声に気づきました。が、そのあ て友らにそれに百倍する新たな生命を燃え立たすことは、た と、またまったく静かになったので、それ以上、気にしませ んでした。 だ数少ない気高い人々にのみ許されてきたことでした。 いま着ている服のままで、ロッテよ、葬って下さい。あな朝の六時、従僕が灯を持って部屋に入りました。彼は主人 たがこの服に触れ、それを聖なるものとしたのです。お父さ が倒れ、ピストルが落ち、床に血が流れているのを見つけま ひつぎ まにも、そのことをお願いしておきました。ばくの魂は柩のした。彼は主人に大声で呼びかけ、その身体をゆすってみま 上に漂うことでしよう。胸のポケットは探らないで下さい した。答えはなく、ただ苦しげな呼吸の音だけが続いていま この淡紅色の飾りリポン、ばくがはじめて子供たちに囲まれした。従僕は医者に走り、アルベルトを呼びに急ぎました。 て立っているあなたを見た時、あなたはこれをつけていたの呼び鈴の鳴るのを聞いた時、ロッテの全身はおののきました。 ですーー—おお、あの子たちにロづけしてやって下さい、千回ロッテは眠っている夫を起こし、ふたりは起き出しました。 かわい でも。そして彼らの可哀そうな友達の運命を話してやって下従僕は泣き叫び、言葉もとぎれとぎれに事件を知らせ、ロッ さい。あの愛らしい子供たち。その面影がばくを取り巻いてテは気を失って、アルベルトの前で崩れ落ちました。 離れません。ああ、どんなにばくはあなたに結びつけられて医者が不幸なヴェルテルのところへ駆けつけた時、彼は何 み 悩 いたことか ! あの最初の瞬間からもう、どんなに離れ難く の手当もされす床に倒れたままになっていました。脈は打っ の まひ ルなってしまったことか , このリポンは、ばくと一緒に埋ていましたが、四肢は麻痺状態でした。右眼の上のところで めて下さい。ばくの誕生日に、これを贈って下さったのでし頭を打ち抜いたので、脳がつぶれて押し出されていました。 工 しやけっ こうしたものすべてを、ばくはどんなにむさばるよう瀉血のために腕の血管が切り開かれ、血がほとばしり出まし 若な思いで求めたことか , ああ、ばくは思ってもみなかっ 呼吸は依然として続いていました。 たのです、やがてこの終局に至ることになるとは , 驚か 椅子の背に血が付いていたことから推して、ヴェルテルは ないで下さい、 ロッテ ! お願いです、驚かないで , 書き物机の前に坐って、引金を引いたものと思われます。そ 著一さ 弾はこめてありますーー十二時が打っています ! これで ロッテ , き、よ , つなら、ロッテ , さよ , つなら ,
ゲーテ 92 来の、真実の動因を見出すことはひどくむつかしいものであ なおさら ってみれば、尚更にそうでありましよう。 ふんまん 忿懣と不央の清が、ヴェルテルの魂のうちにますます深く 根をはり、互いに固くからみ合って、次第次第に彼の存在の すべてを占め尽してしまいました。彼の精神の調和はまった く破壊され、内的な熱狂と固執が彼のうちにあるすべてのカ を徹底的に混乱させ、無残なばかりの影響を彼の心身に及ば われわれの友人の最後の特異な日々について、彼自身の手して、終いに彼は、完全な消耗状態に落ち込みました。そし による記録が充分に残されていたならばと、どんなにか私はて、その消耗から立ち上がろうとすると、あらゆる災禍と戦 願ったことでしよう。そうであったなら、彼の残した手紙の ってきた今までよりも、もっと強い不安が彼をとらえるので 語るところを、私の説明などで中断する必要はなかったのでした。彼の胸に食い込む不安が彼の精神の他の諸力、その快 す。 活さ、理解力を食い尽しました。彼は人々との交わりのうち 私は、彼の運命に詳しいだろう人々の口から、正確な資料にあっても悲しみの故に心を開かず、日々不幸のうちに沈み を集めるべく、心を砕きました。その物語は簡単であり、何込み、不幸のうちに沈み込むにつれ、日々身勝手にもなって 人もの人々の語るところは、わすかな細部を除いては、みな行きました。少なくとも、アルベルト側の人々はそう言いま 一致しました。ただ、登場人物たちの気持のありようについ す。彼らは主張します。アルベルトは心清く平静なる人物で あ てのみは、人々の意見は異なり、そのよし悪しについての判あり、長い間待ち望んだ幸せを今手中にして、その幸せを末 断も分れました。 長く保ちたいと願ってした。・ 、「ウエルテルには、その彼の人物 ウエルテ 従って、私たちにできることと一言えば、せめて、くりかえと振舞いとを正しく理解することができなかった。、、 あした し苦心を重ねて知りえたところのことを忠実に物語り、死んルは、いわば日々朝にその財産のすべてを食い尽しては、タ で行った人の遺した手紙をそこにはさみ、そして見出されたべに飢えと窮乏に苦しむ性格なのだから。アルベルトの人柄 寺、、い 覚書類のもっとも些細なものをも無視せぬようにすることだ が、と彼らは言います、そんなに短い期間に変ったはすはな ひせん けではないでしようか。卑賤ならざる人々の間に起こる事柄 アルベルトは、ヴェルテルがはじめから知っているまま にあっては、単純に見える行為であっても、それを動かす本のアルベルト、ヴェルテルがあれほどに重んじ、尊敬してい 編者から読者へ みいだ
ざに落ちました。ほら、これがその指、このとおり、指環が ついてます」 と、 いいながら、娘は指をとり出して、人々にみせた。 兄花むこの顔は、白墨のように、まっ白だった。やにわに立 ム ちあがり、逃げ出そうとしたが、人々にとりおさえられ、裁 判所に引きわたされた。こやっ、ならびに仲間どもは、ひと りのこらず、悪行のむくいで、首をはねられた。
ら ! 彼は告白した、いや、過去を再び呼び返す時のあの喜以前と変らす彼女を愛し、尊重していること、そして、こん びと幸福に酔いながら、物語るのだった。彼の女主人へ寄せなことを口にしたことは今までにはなかったのだが、たた っ テる情熱が日々につのって行ったこと、終いには、自分が何を自分が決してまったく異常ですべての思慮を失った人間では ゲしているのか、彼の表現をそのままに言えば、どこへ自分のないことをばくには判ってもらいたい、ただそれだけのため そしてここで、 に、今それを話すのだということだった。 頭を向けて行っていいのか、すべて何も判らなくなってしま ったこと。もう食べることも飲むことも眠ることもできす、わが最良の友よ、ばくは昔ながらの歌をまた始める、ばくが のどもと 永遠にくりかえすだろうわが歌を。もしばくがこの男を、彼 喉元をしめつけられた思いで、してはならぬことをし、言い がばくの前に立ったその姿で、いや今も立っているその姿で、 つけられたことを忘れ、悪霊に追い立てられているかのごと 、も ) しば / 、が くに日々を送り、ついにある日、女主人が階上の一室にある君の前に立たせることさえできたなら、とー いや、それに引き寄せられにすべてを語り尽すことができ、君に、彼の運命に寄せるば ことを知って、そのあとを追い くの心、寄せすにはいられぬばくの心の隅々までも、感じ取 て行ったこと。女主人が彼の嘆願に耳を貸そうとしなかった しいのた。 時、カずくで彼女をわがものとしようとしたこと。自分自身、ってもらうことができたなら、と , らないが、神かけて、自分の意図君はばくの運命を知り、そしてまたばくをも知っているのだ 自分がどうなっていたか」 まじめ から、その君は判らすにいるはすはない、何がばくをすべて が真面目なものであり、自分が心のすべてを燃やして望んだ ことは、ただ彼女が自分と結婚し、自分と生涯をともにしての不幸なる人々に引きつけるのか、なかんすく、この不幸な くれることばかりであったこと。そ , つい , つよ , つにひとしきり男に引きつけるのか 話しているうちに、皮は、まだ話すべきことがありながら、 今、続み返してみて判ったのだが、話を結末まで話すのを がそれは容易に察しがつくことだ。女主人は あえてそれを口にすることをためらう様子で、ロごもり始め忘れていた。、ゝ、 た。が、漸く最後に彼は思い切って、まだおすおずながらも、男に抵抗し、彼女の弟がそこにやって来た。弟はもう久しく 女主人が彼にちょっとした親密さを許していたこと、彼が随男を憎み、彼を家から追いはらいたがっていた。姉が新たに 分とそばに近づくのを拒みはしなかったことを告白した。そ結婚すれば、自分の子供たちから遺産相続の機会が失われる 市こよ目下のところ子供がいな ことをおそれていたからだ。々しし れを語りながらも、彼が二度三度と話を中断し、くりかえし 念を押したのは、彼の表現のままに言えば、決して女主人をかったので、これはなかなかにいい見込みだった。この弟が 悪く塗ろうと思ってそれを言っているのではないこと、彼は男をすぐに家の外へ突き出し、精一杯騒ぎ立てたものだから、 よ、つや
ぬこととなったのである。それから三日続けて毎日同じこと が試みられ、しかもいつも同じ結果に終った。三日目にまた もや絞首台に縛られずじまいに階段をおりる羽目となったと スき、彼はたけだけしい形相で両手を天にあげ、自分を地獄に イ ラ行かせてくれぬ非道な掟をののしった。彼はすべての悪魔の ク 軍勢に向かって、われをさらえとさけび、自分のたった一つ えい 1 う の願いは処刑され永却の罰を下されることであると誓い、も しそうすれば地獄に行ってふたたびニコロにめぐり会えると いうのなら、坊主の首であろうがぶつつかりしだい締め殺す 人々が教皇にこれを ことも辞さぬといい切るのであった 伝えたとき、教皇は彼を罪の赦免なしに処刑することを命じ た。一人の僧も付き添わす、人々は彼をごくひっそりとデ つる ル・ポポロ広場に吊した。 原題 DER FINDLING
から至福の感情を汲み上げてその脳髄にそそぎ込む力を持たの面影はいつもばくの魂の前を去りません。今日、ばくは、 すわ おけ す、わが身はすべて神の御眼の前に涸れた泉、底の割れた桶先日貴女が馬車からお降りになったその場所に坐っていまし むな 彼女は話をそらした。ばくがその主題に深入りするの のごとく空しくさらされている。ばくは、容赦なき青銅色に 晴れ上がった空と乾きにひび割れる土地を前にして天に雨をを避けたかったのだ。最良の友よ。ばくはもう失われてしま っこ。ばくはも , っ彼女の田つがままだ。 乞う農夫にも似て、幾度となく大地に身を投げ、神に涙をば 乞うて祈ったのだった。 しかし、ああ、ばくは感ぜずにはいないのだが、神がその 十一月十五日 雨と陽光を与えたもうのは、ばくらの熱烈に性急なる希求に こた ヴィルヘルムよ、君の真情溢れる関、い、ばくによかれと願 応えてではないのだ。あの日々、今となってはその追憶がば くを苦しめるあの日々は、何故あれほどの至福に充ちみちてっての助言に、ばくは感謝し、かっ、安心してほしいと懇願 いたのか ? それはばくが静かに耐えつつ神の精霊の臨在をする。ばくをして耐え続けせしめよ。疲れ果てているとは言 え、なお生き抜くに必要なる力は残されている。ばくは宗教 待ちうけ、ひとたび時至って神がわが上に歓びをそそげば、 内なる感謝に胸をいつばいにしてそれを享けたからに他ならを敬う。それは君も知るところだ。ばくは、宗教が疲労にあ えぐ人にとっての杖であり、病みおとろえた人にとっての蘇 生の薬酒であることを心に感じる。ただーー宗教は、誰に対 しても、そうでありうるのか、必すそうであるに違いないの 十一月八日 か。広い世界を見渡せば、説教に触れる機会があったにせよ、 み 脳 ロッテがばくの不節制を非難した ! ああ、それも、どんなかったにせよ、宗教によって支えられえなかった幾千もの 、ゐン一、つ ばくが時々、葡萄酒を一杯人々、また、宗教によって支えられえぬであろう幾千もの ルなに愛らしく非難したことか , びん のつもりで飲み始めて、ついには一壜明けてしまうのは、度人々を見ぬ訳には行かない。そして、ばくは宗教によって支 とえられうるのか ? 神の御子クリスト自身が言ってはいない あればかりはおやめ下さい , ヴが過ぎるというのだ。 だろうか、自分のまわりに集うのは父なる神が自分に与えた とうか、ロッテのことも考えて下さいまし。 若彼女は言った。。 もうた人々だと ? もしばくが、神の御子に与えられたその ロッテのことも考えて ? ばくは言った、そうおっしゃ あなた る必要がおありでしようか ? 考えようが考えまいが、貴女人々のひとりではないとするならば ? もしばくを、父なる あふ
ああ、君たちってのは、とばくは叫んだ、何事につけ、す引きさらわれた人間は、すべての思考能力を失うが故に、泥 あ ぐに、愚劣だ、賢い、良きことなり、悪しきことなり、と言酔者、発狂者と見なされる。 テわすには済まさないんだね。だが、そんなことを言って、そ ああ、君たち理性的なる人々よ ! ばくはほほえみつつ叫 ゲれでどうなるっていうんだ。君たちはそれを言うために、ひんだ。情熱 ! 泥酔 ! 狂気 ! 君たちはそんなにも平静に とつの行為が生れるに至る内的諸関係を探ってみたことがあそんなにも同情なく、そこに立っている。君たち道徳的なる なぜ りますか。それが何故起きたか、ロ 何故起こらすにはいなかつ人々よ。そして酒飲みを非難し、愚かものを忌み嫌い、彼ら たか、その原因をはっきりと解き明かすことができるんですの傍らを僧職者のごとき表情で通り過ぎ、自分が彼らのよう か。それができさえすれば、そんなに軽々と判断を下すこと に造られなかったことを思ってパリサイ人のごとく神に感謝 はないはすです。 する。ばくは一度ならず泥酔した。ばくの清熱は狂気と分ち 君も認めてくれると思うのだが、 とアルベルトは言った、 ばくは、それ 萸しが、そのいすれをも、ばくは悔いな、 ある種の行為は、どんな原因によって起きたにせよ、罪悪で によって、わが身なりに知り得たのだ。偉大なること、不可 あるに変りはないですよ。 ム北とも見 , んることに、。 しとむ非凡人たちは、すべて、歴史始ま あくば ばくは肩をすくめ、彼の言い分を認めた。 だけどもね、って以来、妄想に酔うもの、狂気につかれたものと悪罵をあ 君、とばくは一一一一口葉を続けた。そこにだって、若干の例外がなびせられてきたのだということを。 い訳じゃない。盗みは悪だ。それは本当だよ。しかし、自分 だがまた偉大ならざる日常の生活においても、堪えられな と自分の家族を目前の餓死から救うために盗みに出かける男 いことだ。誰かが自由な、志ある、予期せざる行為に出ると、 は、同情と刑罰のどちらに値するか。当然の怒りに駆られてその半ばにして、殆ど必す、後指をさされるのを聞かなけれ 不実な妻とその品性なき誘惑者を血祭りにあげた夫に対し、 ばならない、あいつは酔っている、あいつは馬鹿だ、と , 誰が最初の石を投げるだろうか。恋のとどめがたい喜びに押 、君ら賢 恥じるがいい、君ら醒めたる人々 ! 恥じるがいし し流されて、悦楽の時間のうちに自分を失ってしまった少女明なる人々 , しやくしじよ、つギ、 を、誰が責めうるか。われわれの法律、この冷血な杓子定規また君の妄想の虫が始まったな。アルベルトは言った。君 でさえもが、堅い心を動かされ、刑罰を下すのを控えるではは何でも話を誇張してしまう。それに、 いま問題になってい 、・玉、ゝ 0 るのは自殺なんですから、少なくとも、それを偉大な行為に それは全く別のケースだ、とアルベルトは応じた。清熱に たとえてしまっているのは、間違いですよ。それは弱さ以外
つるぎ とか , あっ、彼らを死が ! 彼らの剣は戦いの血に染ま甘やかにこそ響かん故に。 る ! おお、わが兄よ、わが兄よ ! 何故御身はわがザルガ これこそは、コルマに代り、おおミノナ、優しく頬をそめ ルを ? おお、わがザルガルよ ! 何故に御身はわが兄を ? るトルマンの娘よ、御身のうたいし歌。われらの涙はコルマ 御身らはわれにとりて、ともにかけがえなき人なりしを , おお、ザルガル、御身は幾千の人々に埋まる丘に立ちても美を悼みて流れ、われらの魂は暗く閉ざされた。 たてごと やがて竪琴を持ち歩みいでしはウリン、そのうたいしはア しさに輝き、そしてわが兄は戦いのさなか、ひと際たけだけ しき戦士たりしを ! わが問いに答えよ、わが声を聞け、わルピンの歌ーーアルピンの声は優しく、リノの魂は炎の輝き。 おくつき だが、ああ、彼らは黙す ! とわに黙なれど、ふたりは既に狭き奥津城に休み、ふたりの声はゼル が愛する人々よ , マの城に響きゃんだ。いまだふたりの勇士の倒れざる前、狩 す ! 彼らの胸は今、土くれのごとく冷びえと。 こ耳を傾 より帰るウリンは、丘の上に立ちて競うふたりの歌し おお、丘に峨々たる断崖より、嵐荒れる山の頂より、語り 語りたまえ、御身らの声にわけた。ふたりの歌は優しくも悲しく、勇士がうちの勇士たり たまえ、御身ら死者の魂よ , おく しモラルの死を倬み嘆いた。モラルの魂はフィンガルの魂に れの臆するはずはなし ! ーーー御身らは何処にその身を休めた みいだ しかし彼は戦 も似、彼の剣はオスカルの剣に等しかった もう ? 連なる山並にひそむどの洞にこそ、御身らを見出し いに倒れ、その父の嘆きはやまず、妹ミノナ、雄々しきモラ うるや ? ーーー吹き過ぎる風のうちに、かすかに響く声すらな あふ ルの妹ミノナの眼は涙に隘れた。ウリンが歌う時モラルの妺 丘に荒れる嵐のうちに、うめき叫ぶ答えさえ聞こえず。 ミノナは、西空にかかる月が嵐と雨の来るを知ってその美し 悲痛なる思いのうちにわれは坐し、涙とともに待たれるは、 かんばせ われ 朝。墓をこそ掘れ、死者たちの友らよ。されど、その墓を閉い顔を雲のうちに隠すごとく、顔を伏せ退いた み じることなかれ、われのそこに至るまで。わが生は夢のごとオシアンもまた竪琴を取り、ウリンとともに嘆きの歌をかな の にこでいでた。 く消え、いかにしてわれのなお永らえうべきそ ? ここ 、レ そ、われは住まん、わが親しかりし人々と、岩も鳴る流れの 工 リノの歌 ウまと一り , ・こ 丘の上に夜が訪れ、荒野に風の吹き過ぎる時、 若わが魂は風のなかに立ち、親しき人々の死を悼まん。仮の宿風と雨は過ぎ去り、昼は静かに明るく、雲は切れて流れる。 かりゅうど りに伏す狩人は、わが声を聞き、恐れつっそを愛さん。あれ定めなき太陽は、西へ移ろいつつ丘を照らし、山腹の清流は ほどにいとしくありし親しき人々を思う時、わが嘆きの声は赤々と峡谷へ流れ落ちる。御身の呟きは、清流よ、甘やかに だ一ん・かい ほお
てやった。だもんで女房も、仕立屋が薬屋に入り、身体のあのときがたって、ある日の夕暮れどき、ザクセンハウゼンの ったまる火酒をちょいとたしなみたいというと、こころよく人々がふと上を見上げると、一つの火の球が見えたのである。 承知した。仕立屋は、早速、薬屋に入り込み、くだんのものそれはまばゆく輝いてあたり一帯を照らしていたが、やがて を注文した。ところが、薬屋には見習いの小僧がいただけで、次第に輝きを失いながら地上に落下した。一体何が落ちてき 斉師もいなければ、おかみさんもおらず、つまり、気のき たのかと、人々が駆けつけてみると、そこにはひとつまみの いたのが出払っていたものだから、小僧め、注文をとっちが灰の塊があったきり。ただそのかたわらに、靴の締め金の心 せん びん しゆす 棒が一本、花模様つきで卵の黄身じみた色の繻子の切れはし、 え、薬棚からしつかり栓のしてある壜を下ろしてもってきた が、その中には胃袋の霊薬などひとたらしも入ってはいず、それになにやら黒いものが見つかった。最後のやつは、どう 気球をふくらますための発火性の気体が入れてあったのだ。やら黒い角でできたステッキの握りの部分であるらしかった。 見習い小僧は、こいつをなみなみとグイ飲みに注いでさし出どうしてこんながらくたが火の球となって天から落ちてきた のやらと、だれもが首をかしげたものである。ところがここ した。仕立屋は得たりかしこしと口にあてると、ありがたし に、あの行方不明となった仕立屋の女房がやってきて、見つ 霊水と思い込み、ひと息に飲みほした。ところがたちまち、 かった品々を目にしたとたん、手を揉み、身をよじらせて、 なんともおかしな気分になってきて、何やら両のわきに羽根 でも生えたように、それともだれかが自分をポール球にしてこう叫んだ。「ああ、なんてこと、これは夫の靴の締め金の 投げつこをしているかのように思えてきた。それというのも、心棒だわ。これは夫の晴着用のチョッキだわ。それにこれは 身体がぐんぐん浮き上がったかと思うと、こんどはふんわり夫のステッキの握りだわ ! 」しかしながら、ある偉い学者先 , つつひえ 沈むのである。「うつひえー ! 」と仕立屋は叫生のお説によると、ステッキの握りとやらは、実はステッキ いんせき んだ。「どうしたわけだ。身の軽い踊り子みたいになっちまの握りなどではなく、隕石もしくはできそこないの天体であ ったそ ! 」 一方、見習い小僧といえば、びつくり仰天、るそうな。まあこのようにして、ザクセンハウゼンの人々は もとより、広い世間の人々にもまた知れ渡る次第となったの ポカンと口をあけたなり突っ立っていた。このとき、だれか 方 親が勢いよくドアをあけたものだから、真向かいの窓がはねあだが、薬屋の見習い小僧が胃袋の霊薬の代りに発火性の気体 蚤 いた。戸口から空気がさっと流れ込み、仕立屋を呑みこんで、を飲ませたばかりに、哀れ仕立屋は空中高くで燃えてしまい はやて 開いた窓から疾風のように空中へ駆け上がった。以来、仕立隕石もしくはできそこないの天体として地上に落ちてきたの 屋の姿を見た者はひとりとしていなかった。それからかなりである。
でばちやばちゃもがいた せてきた。たちまち彼はわが家にいるような気分になった。 とつはく その蒼白な子供つばい顔、それがいま微笑んでいた。その生人々がやって来た。それを聞きつけたのだ。人々は彼に呼 き生きとした話しぶり ! 心は安らいだ。昔の人々や、忘れびかけた。オーベルリーンも駆けつけて来た。レンツは我に やみ ていた面影が再び闇の中から現われて来るような気がした。 返っていた。自分の状態を完全に意識した。気分がおちつい よみがえ 昔の歌が蘇った。彼は我を忘れた、すっかり我を忘れた。 てきた。すると今度は親切な人たちに心配をかけたことが恥 ようやく部屋を去る時刻になった。道の向う側に案内されずかしく、悲しかった。彼は人々に、水を浴びるのが習慣な 皮まのですといって、また上へ上って行った。疲れきっていたの 、牧師館は狭かったので、校舎の一室が与えられた。彳。 階上へ上って行った。上は寒かった。広い部屋、がらんとしで、やがて静かにやすむことが出来た。 ていて、高い寝台が奥にあった。灯りを机の上に置くと、彼次の日は調子がよかった。オーベルリーンと馬で谷を行っ き・よう た。広い山の斜面、それはすばらしく高い所からのびて狭 は行ったり来たりした。今日のことを、どうやってここへ来 たのか、今自分はどこにいるのかを、思い出そうとした。灯隘な曲りくねった谷に終っていた。それらの谷は色々な方向 ひろ かわい りがいくつもっき、可愛い顔が並んでいた牧師館の部屋、そに山に沿って高まっていた。下の方が拡がっている大きな岩 れも影か夢のように思われた。するとまた山上にいた時のよ塊、わすかな森、しかし、すべてがきびしい灰色の色合を帯 うな空虚な気分になった。だがその空虚な気分をいまはもうびていた。平地を見はるかし、山なみを望む西の展望。その 何ものによっても満たすことは出来ない。灯りは消えてしま山なみは南北に向ってまっすぐに延び、その峰々は雄大に、 った。闇がすべてを呑んだ。い うにいわれぬ不安が来た。彼荘厳に、あるいはばんやりした夢のように、静まって立って いた。巨大な光のかたまりが金色の流れのように時々下の谷 は跳び上った。部屋を突き抜け、階段を駆けおりた。家の前 あふ に出た。だが駄目だった、すべては闇で、無だ こーー・ー彼自身が から溢れて来る。そしてまた積雲の集団、それは一番高い峰 かす 一つの夢だった。い くつかの想念が頭の中を掠めた。彼はそに横たわっていたかと思うと、ゆっくりと森にそうて谷の中 ひしよ、つ れらにしがみついた。ひっきりなしに「主の祈り」を口にしへ下りてきた。と思うと飛翔する銀色の幽霊のように日のき ないではいられないような気がした。もう自分自身が分らならめきの中に沈んではまたのばった。音もなく、動くものも つまず なく、鳥一羽いない。ある時は近く、ある時は遠くに風が吹 かった。おばろげな本能に駆られて、逃げ出した。石に躓き、 くぎ Ⅷ釘でひっかいた。その痛みが彼の意識を回復させ始めた。彼くだけだった。するとまたいくつもの点々とした物があらわ 屋の骨組が出、黒いくすんだ色の板囲いにわらが葺 は泉の中へ跳びこんだ、しかし水は架くはなかった。その中れた。小 ほほえ