1146 ごちそう が幾つもできあがっている。これをみると子供たちはいつも前の御馳走の並んだ食卓につき、祖父と祖母と一緒に食事を したが、 その間も祖母はとくべつおいしいものを子供たちに 大喜びだった。 祖母は子供たちが来るのを早くも目にとめてもう迎えに出とり分けてやった。食事がおわると祖母はそのあいだにすっ タてきてしたが、、、 、 : サンナの凍えた両手をとって二人を部屋の中かり赤くなったザンナの頬っぺたを撫でてやるのであった。 フ イ それから祖母はにしく往ったり来たりして、男の子には仔 へ入れた。 テ ュ子供たちの厚手の服を脱がせて、暖炉にさらに薪をくべさ牛皮のランドセルにいつばい物を詰め、その上ありとあらゆ サンナの小さなポ せると、やって来る道中のことを尋ねた。 る物をポケットにまで詰め込んでやった。。 ケットにも色々の物を入れてやった。各々に、途中で食べる 返答を聞きおえると祖母は言った、「そうかい、そうかい、 それはよかった。おまえたちがこうやってまたたすねて来てようにとバンを一きれずつ与え、もしもおなかがすいて仕方 がなかったら白パンがもう二つランドセルの中に入っている くれてとっても嬉しいよ。でもきようは早く帰らないといけ と言ってきかせた。 ないよ。日が短いし、それに冷え込んでくるからね。朝のう みやげ 「お母さんへのお土産には炒った上等のコーヒー豆を入れて ちはミルスドルフでは氷は張っていなかったのだよ」 せん おいたよ」と祖母は言った、「それから、濃く煎じたコーヒ 「クシャイトもそうでした」と男の子が一一 = ロった。 ーの汁を小さな瓶に入れて栓をしてよく包んであるからね。 「、、ゝ、、だからおまえたちは、夕暮時にかかって冷え込 まないうちに、急いで帰らなくてはいけないよ」と祖母は答お母さんがおまえたちの家でいつも作るのよりずっと上等の えた。 だよ。まあどんなものか、お母さんに試しに飲んでもらって それから祖母は、母親はどうしているか、父親はどうしておくれ。それは本当のお薬なのさ。とっても強いからほんの 一口飲んだだけでもおなかが暖まって、冬のいっとう寒い日 いるか、クシャイトでは何か変わったことはなかったかどう にもからだが凍えすにすむくらいだよ。ほかにも、箱に入れ か尋ねた。 ひととおり尋ねおえると祖母は食事の心配を始め、いったり、紙に包んだりして、ランドセルの中に入れたものがあ もより早く仕度ができるように気を遣い、また自ら子供たちるけれど、こわさずに持ってお帰り」 こしら もうしばらく子供たちと話をしてから、祖母は、そろそろ のためにささやかなお菓子を拵えた。このお菓子をつくると と一一 = ロった。 子供たちが大喜びすることがわかっていたからである。それ出発したほうがいい から染物屋を部屋に呼んで、子供たちは、大人と同じに一人「気をつけて、ザンナ」と祖母は言った、「汗をかいてあと
七月二十六日 七月二十四日 しいですとも、愛するロッテ。ばくがすべて手配し、準備 ばくが絵を描くことを怠っていないかどうか、君はひどく します。もっともっと、用を言いつけて下さい。もっと始終。 気にかけてくれているから、ばくはむしろ何も言わすにいた ほとん いのだが、実を一言えば、あれ以来、殆ど何も描いていないのただ、ひとつだけお願いがあります。手紙を下さる時、イン だよ。 ク吸取り用の砂を使わないで下さい。今日、頂いた手紙を急 いで唇に押しあてました。すると、歯がじゃりじゃりしまし ばくが今ほど仕合せだったことはなく、ばくの自然に向け られる感覚が、ひとつの小石、一本の草に対してさえ、今ほ ど充実し、親密になっていることはない。だが、それにもか かわらず いったいどう一言ったらよいのだろう。ばくの描 七月二十六日 写能力はひどく衰弱していて、すべてがばくの魂の前で漂い ばくはもう何度か、彼女とこんなに会うのはやめようと決 揺れるのみで、事物の輪郭を掴むことが全然出来ないのだ。 ろう けれども、ばくは思っているのだが、粘土か蝦が手元にあれ、いした。が、いったい誰がそんな決心を守れるだろうか ! ば、きっと何かっくり出すことができる。実際、こんな状態来る日も来る日もばくは誘惑に負ける。そして自分に神聖な 誓いを立てる。せめて明日こそは訪ねないでおこう。そして、 が長く続くのなら、ばくは粘土を使うことにするつもりだ。 そして、何かこねまわしてやろう、たとえ出来上がったものその明日が来ると、ばくはまたしてもいかにももっともな理 由を見つけ、何もしかとは判らぬうちに、もう彼女のかたわ が菓子だって構わない ! み 悩 らにいる。ある時は彼女が前の晩に言ったのだ。明日もいら ロッテの肖像を、ばくは三度描き始めて、三度失敗した。 一の - しばら っしやるわね ? そう言われて誰が行かすにいられよう。あ 暫く前まで、デッサンの調子がとてもよかっただけに、ば くはそれでひどく気を滅入らせた。仕方なくばくは彼女の影るいはまた、彼女がばくに頼み事をした。となれば、自分で 工 オしかあるいは、あまりに 答えを持って行くのが礼儀じゃよ、 ヴ絵を描いた。それで満足しなければならない。 美しい天気だ。ヴァールハイムに出かけよう。どうせヴァ ルハイムまできたとなれば、彼女のところまであとたった三 ばくはもう彼女の引力圏にいるーーえい 十分だ , つか
から至福の感情を汲み上げてその脳髄にそそぎ込む力を持たの面影はいつもばくの魂の前を去りません。今日、ばくは、 すわ おけ す、わが身はすべて神の御眼の前に涸れた泉、底の割れた桶先日貴女が馬車からお降りになったその場所に坐っていまし むな 彼女は話をそらした。ばくがその主題に深入りするの のごとく空しくさらされている。ばくは、容赦なき青銅色に 晴れ上がった空と乾きにひび割れる土地を前にして天に雨をを避けたかったのだ。最良の友よ。ばくはもう失われてしま っこ。ばくはも , っ彼女の田つがままだ。 乞う農夫にも似て、幾度となく大地に身を投げ、神に涙をば 乞うて祈ったのだった。 しかし、ああ、ばくは感ぜずにはいないのだが、神がその 十一月十五日 雨と陽光を与えたもうのは、ばくらの熱烈に性急なる希求に こた ヴィルヘルムよ、君の真情溢れる関、い、ばくによかれと願 応えてではないのだ。あの日々、今となってはその追憶がば くを苦しめるあの日々は、何故あれほどの至福に充ちみちてっての助言に、ばくは感謝し、かっ、安心してほしいと懇願 いたのか ? それはばくが静かに耐えつつ神の精霊の臨在をする。ばくをして耐え続けせしめよ。疲れ果てているとは言 え、なお生き抜くに必要なる力は残されている。ばくは宗教 待ちうけ、ひとたび時至って神がわが上に歓びをそそげば、 内なる感謝に胸をいつばいにしてそれを享けたからに他ならを敬う。それは君も知るところだ。ばくは、宗教が疲労にあ えぐ人にとっての杖であり、病みおとろえた人にとっての蘇 生の薬酒であることを心に感じる。ただーー宗教は、誰に対 しても、そうでありうるのか、必すそうであるに違いないの 十一月八日 か。広い世界を見渡せば、説教に触れる機会があったにせよ、 み 脳 ロッテがばくの不節制を非難した ! ああ、それも、どんなかったにせよ、宗教によって支えられえなかった幾千もの 、ゐン一、つ ばくが時々、葡萄酒を一杯人々、また、宗教によって支えられえぬであろう幾千もの ルなに愛らしく非難したことか , びん のつもりで飲み始めて、ついには一壜明けてしまうのは、度人々を見ぬ訳には行かない。そして、ばくは宗教によって支 とえられうるのか ? 神の御子クリスト自身が言ってはいない あればかりはおやめ下さい , ヴが過ぎるというのだ。 だろうか、自分のまわりに集うのは父なる神が自分に与えた とうか、ロッテのことも考えて下さいまし。 若彼女は言った。。 もうた人々だと ? もしばくが、神の御子に与えられたその ロッテのことも考えて ? ばくは言った、そうおっしゃ あなた る必要がおありでしようか ? 考えようが考えまいが、貴女人々のひとりではないとするならば ? もしばくを、父なる あふ
そのようなことは、この土地ではいたしません。 メフィストーフェレス いたすもいたさぬもありませんよ ! すればいいんで すよ。 どうか、先をお話しください , メフィストーフェレス わたくしはご臨終に立ち会いました。 芥溜よりはいくぶんましなところでしたが、 わら 腐りかかった藁の上で、しかし、ご主人は、キリスト 教徒として死んでゆかれました。 、つばいあると悟られ まだ罪ほろばしをしないことがし て、 しんそこ 「おれは、自分自身が心底から憎らしくなった」と言 われるんです。 「こんな渡世で、女房をああして残して行くんだか ら ! ああ、思い出すだけで、もう死にそうになる。 せめて息のあるうちに、女房に許してもらえたら , ス ウ マ テ ( 泣きながら ) ア フなんていいひと ! とっくに、あたしは許してるわ。 メフィストーフェレス 「だけど、神さまはご存じだ ! おれより女房のほう ごみため 一一九五 0 = 九五五 うそ が罪がふかい」 嘘ばっかし ! 何さ ! 死ぬまぎわまで嘘をつくなん メフィストーフェレス わたしにや、よくは分りませんが、 いまわきわ 臨終の際のうわごとだったかもしれませんよ。 こう言いましたよ。「おれは、おちおち暇つぶしもで きなかった。 かせ 子どもはつくらされる。食べさせるパンは稼げと言わ れる、 ハンといっても、何から何までふくめてのことだ。 そのために、おれは自分のぶんを落着いて食うことさ えできなかった」 あのひと、あたしの心づくしも愛情も、すっかり忘れ ちまったのね、 夜昼なしに、あんなに苦労したことも ! メフィストーフェレス どういたしまして、そのことは、、 こ主人が肝に銘じて おいででした。 こう言っておられましたよ。「おれがマルタ島を発っ ときにや、 妻子のために、一心にお祈りをしたんだ。 た 一一九六 0 元七 0 一一九六五
それはそうだ ! その親しい関係は、はっきりしてい る。 テたしかによく悪口を言われるが、褒められるほうが多 娘でも、冠でも、金でも、くらいつくにかぎる。 フォルトウーナ くらいつく者には、たいてい幸運の女神が情をかける。 蟻たち ( 巨大な形の ) 金と言われたが、わたしたちは、どっさり集めて、 ほらあな こっそりしまいました。 岩の中や洞穴「 ところが、アリマスペン族が嗅ぎ出して、 遠くのほうへ運んで行って、どうだとばかり笑ってる んです。 グライフたち 必ずそいつらを取りおさえて、泥を吐かせてやる。 アリマスペン たのしみ この自由な歓楽の晩ぐらいはのんびりさせてくれ。 明日までには、持ってるものは残らず使い果たすんだ。七一一 0 こんどは、きっと , つまくやれるさ。 メフィストーフェレス ( スフィンクスたちのあい すわ だに坐って ) ここに置れるのはわけないし、とても楽しい おれには、おまえたちの一一 = ロうことがよく分るからな。 スフィンクス あたしたちは、霊の声を吐き出してるのよ。 あり きん ちか 七一 00 それを、あなたがはっきりしたものにしてくれるんだ わ。 これから、 いっそうお近づきになるわけですけど、ま ず、お名前を。 メフィストーフェレス 世間じゃ、おれのことを、いろんな名で呼んでるよ ここにイギリス人はいるかね ? あの連中はいつも、 七一 0 五出歩くのが好きで、戦場やら滝やら、 しせき そうぜん 廃墟の石壁やら、古色蒼然とした史蹟やらを探しまわ る。 かっ・一う ここの土地も、おそらくあいつらの恰好のねらい場所 イギリス人どもは、またこんなのを作ったんだ。奴ら の古い芝居で、 オールド・イニクイティ * おれのことを「古い罪」と呼んでいた。 スフィンクス どうして、そう呼んだんでしよう ? メフィストーフェレス どうしてか、このおれにも分らない。 スフィンクス そうかも知れないわね ! あなた、星のことなら、少 しは . 知 . ってらっしやるでしよ、つ ? いまは、天文の上で、どんな時刻でしようね ? はいきょ 七一一一 0 七二五 七一一一五
809 砂男 るように、人物の姿を描き上げられるかもしれないのだ。読とはいえ建築家なら彼女の体形のみごとなプロポーションを うなじ かっ・ ) う おとなしやか 者よ ! あなたはきっとこう思われるにちがいない。現実生頌め、画家なら頸や肩や胸の冾好はいくぶん貞潔すぎはし きてれつ 活ほど奇妙奇天烈かっ気違いじみたものはないというのに、 まいかと案じたとはいえ、反対にすばらしいマグダレーナ風 詩人はそれを、磨きをかけていない薄ばんやりした鏡のなかの髪には誰もが手もなく惚れ込み、バトーニのマグダレーナ とら の曖昧な鏡像としてしか捉えられないのだ、と。 像そっくりの色彩効果だとちやほや持てはやしたものだ。画 まずはじめに知っておく必要のあることをもうすこしつま家たちのなかでもさる正真正銘の奇想家は、奇妙なことに、 びらかにするには、右の三通の手紙の外に次の点をつけ加えクララの眼をルイスデールの湖水風景になそらえた。雲ひと よくや ておかなくてはならない。 つない空の青や、森と花々に埋れた田園や、沃野のとりどり よろこ ナターナエルの父親が死んでからまもなく、同じく大黒柱の悦ばしい生活を鏡と映しているあのルイスデールの湖であ を失って孤児としてのこされた遠縁筋に当る一家の子クララる。 とローターレが、 丿ナターナエルの母の手元に引き取られた。 詩人や芸術家たちはしかし、さらに一歩を進めてこう一言う ひ クララとナターナエルはおたがいに熱烈に惹かれ合った。二のだった、「何が湖だーーー何が鏡だというんだ , 彼女の 人の仲に周囲の誰ひとりとして文句をつける筋合いはなかっ 目から生れるあえかな天上の歌と響きの光に照らされて、そ し おくか た。そこで二人は、ナターナエルが故郷を去って (.-D 市で勉学れが心の奥処に沁み入ってゆくと、内部なるすべてのものが を続けている間、婚約者同士の間柄だったのである。最後のめざめて生きいきとしてくる。この娘をながめていると、そ 手紙を書いたときのナターナエルはその市にいて、高名な う思わずにはいられなくなりはすまいか ? よしんば私たち 物理学教授スパランツアーニの講義を聴いている。 詩人が気のきいた歌を詠めなくても、それは私たちの責任で さて、これで私は安心して物語の先を続けることができるはない クララの唇のまわりに漂うあのあえかな微笑みを見 ようだ。それにしても、いまはクララの姿がありありと目にても、それははっきり分るじゃないか。むりに彼女に歌いか 浮び、話の運びがどうなろうが、彼女がやさしい微笑を浮べけようとしても、一つひとつの音がごちやごちゃに入り組ん てみつめてくれているのだから、いかんせん彼女から目をそでとび出してきても歌であることに変りはない、 とい , っ風に らすわナこま、 しか歌えはしないのだ」 クララはかならずしも美人というわけではなかった。職業その通りだったのである。クララは、明るくこだわりのな 人として美を解する人間なら異ロ同音にそう言っただろう。 い無邪気な子供の活発な空想力と、深い、やさしい女の情緒 あいまい
たような意見かも知れないなんて、本当に考えてもみなかっ まぬなどということが可能な限りにおいては、という意味だ そして今、もうひとりの男が現実にやってきて、当たんだ。だが、根本においては、君は正しいよ。ただ、ひと この世の中で、あれかこれか、で片 の少女を奪って行ってしまったと言って、馬鹿男は驚いて目つだけ、聞いてほしい。 をまわしているのだ。 がつくことなどは滅多にない。人間の感情や行動は微妙な変 あざけ ばくは歯がみし歯ぎしりして、自分のあわれさ加減を嘲る。化をもって移行するもので、それは鷲鼻と獅子鼻という両極 そして、もうどうしようもないから諦めるのだなどと一一一一口う奴端の間にさまざまな段階が存在すると同じなのだ。 カカ だから、君は決して悪く思わないと思う。ばくは君の主張 そんな案山 らのことは、その倍も、三倍も嘲ってやる。 ばくは森のなかをぐるぐをすべて認めるのだけれども、それにもかかわらす、そのあ 子野郎は願い下げにしてくれ , ると歩きまわる。そして、ロッテのところへ行くと、アルべれかこれかの間をすり抜けて、なお自分の逃げ道を探すのだ すわ ルトが庭の木蔭で彼女に寄りそって坐っていて、ばくはそれよ。 あほう 君は言う。お前は、ロッテをわがものとする可能性を、持 をどうにもできない。そこでばくは飛び切り阿呆になって、 つか、持たぬか、ふたつにひとつだと。さて、その前者なら ありとあらゆる馬鹿ふざけ、無茶苦茶を始めてしまう。 ば、それを追求し、お前の望みを充たすべく努めよ。が、彳 お願いですから、と今日ロッテが言った、昨晩みたいなこと はやめて下さいまし ! あんなに陽気におなりだと、おそろ者ならば、男らしく立ち直り、体内のすべての力を食い荒ら しくなってしまいます。 打ち明けての話だが、ばくは彼さすにはおかぬ惨めな情熱から逃れむと努めよと。ーーー友よ、 がほかに用事がある時間を狙っている。そっと、ばくは出かその言やよく、そして、言うはやすく、だ。 忍びよる病のために死へむかってとどめようもなく一歩一 け、そして彼女がひとりでいるところに出会えば、ばくはい み っ 歩近づいて行く不幸な男がいたとする。君はその男に、 悩つも上機嫌だ。 そ短剣のひと突きで苦しみに終止符を打つべきだと言うこと ができるかい。そしてまた、彼の力を食い荒らしている疾病 工 八月八日 ・ウ そのものが、まさに、そこからわが身を解き放つに必要な勇 若本当なんだ、愛するヴィルヘルム。君のことなんかじや全気をも奪ってしまうのではないだろうか。 ひゅ もちろん君は似たような比喩で反論することができよう。 然なかったんだ。ばくは、避けえぬ運命に当面しては忍従が ののし ためらい迷って命を危険に陥れるよりは、むしろ腕の一本を 大事だと説く連中は我慢ができないと罵ったけれど、君が似 ねら あきら わし
ホフマン 720 にうねり、風の精霊たちはおたがいに陽気な騎上試合のようれは、心の底からの快さの肉体的表現というより、心のな に、組んすほぐれっしながらざわめき吹きたけりあいます。かの精神のカの勝利を祝うよろこびの肉体的表現だったと申 魔術師はまたもや空中に舞い上って、大マントをひろげましさなくてはなりません。 ほうじゅん かんばせ た。するとすべてのものが立ち昇る豊醇な香気につつまれ、 丿リス女王の貌には変容の輝きが浮び、その美しい顔立 そうきゅう ほんもの ほうえっ その香気が融けさると、精霊たちの闘技場の上には、蒼穹ちにはじめて真物の生の、まぎれもない天上の法悦のしるし のように澄みきった壮麗な水鏡が、きらめく岩石や珍奇な薬をさすけて、つとに女王の心がすっかり変ってしまったこと こっぜん あか 草や花々をつつみ込みながら忽然と出現し、その真中に泉がを証し立てていました。さもなければ女王の変容はその笑い さざなみ たのしげに吹き出して、いたすらそうに戯れながら漣をひ方からして推測するほかはなかったでしよう。だってその笑 カ たひたとあたりいちめんに波立たせるのでした。 い方は、かって王を悩ませていたあの馬鹿笑いとは雲泥の差 魔術師ヘルモートの謎を秘めたプリズムが融けて泉と化し があったからです。例の女王の馬鹿笑いについてはわけ知り たちょうどそのとき、王と女王は長い魔法の眠りから目をさの人びとが言ったものです。笑っているのは女王その人では ましました。オフィオッホ王とリリス女王は、二人してどう なくて、彼女の胸のなかに巣食っている彼女とはまるで似も しようもない欲望に駆り立てられたように、 一目散に駆けっ つかない生き物なのだ、と。オフィオッホ王の笑いについて けてまいりました。あの水のなかをのそいたのは二人が最初も事情に変りはありませんでした。こうして二人はそんな独 でした。すると二人がその底無しの淵のなかに、まっ青な輝特の笑い方をしながら、ほとんど同時に声をそろえて叫びま く空や、茂みや、樹々や、花々や、自然のすべて、それに自した、「ああーーー私たちはさみしいよそよそしい異国で重苦 ふるさと いまはめざめて故郷にいる 分たち自身の姿を、さかさまに映して眺め入っていたときのしい夢を見ていたのに、 ことですが、なにやらふいに、 暗いヴェールがするすると巻は自分自身のなかに自分をみつけているのだから、もう見捨 き上って、生命と歓喜にみたされた新しい壮麗な世界があざてられた孤児ではないのだ ! 」そう言って二人は、心の底か やかに眼前に生成してくるように思え、その世界が見えたと らの愛をこめて胸と胸とをひしと相寄せました。 二人がこうして相擁している間に、ようやく駆けつけてき 同時に、これまで味わったことのない、予想もしていなかっ こうこっ た恍惚感が身内に燃え立ちました。二人はすいぶん長い間水た人びとが水のなかをのぞき込みました。王の悲愁に感染し ていた人たちは水鏡にながめ入ると、王と女王が味わったの 鏡にながめ入っておりましたが、やがて立ち上るとおたがい に見交し合い 声を上げて笑いました。笑うといってもそと同じ効果を感得しました。一方、ふだんから陽気だった人 みなし ) ) とっくに
ただもうすくみ上 にもあのいやったらしいベスカーピの家へとんでってーー金ので、職人は一一 = ロも返答ができぬままに、 貨ならここにあるーー一時間もしたらあの娘を自由にしてやってジーリオの目のなかをのぞいているだけである。「こン れるんだが。 でも、真夜中がどうした ? さあさあはやいと畜生、おれの言ってることが分んないってんだな。さっさと いだてん こ助けにいったりだ ! 」そう一言うなりジーリオは韋駄天のよ手前の主人の、あの地獄の犬野郎をここへ連れてこい」ノ うにとび出していった。婆さんがあとを見送ってゲラゲラ笑 ーリオはそうわめき散らして職人をはがいじめにした。する っ 0 0 とこのときシニョール・ヾ ノスクワーレの家で起ったのと同じ だが、あわてては事を仕損じるというもの、よくあること事態に遭遇したのである。職人がすさまじいうなり声を上げ、 へスカーピ だが、ジーリオもまた、ローマの街を息もっかすに走り出しそれにつれて八方から人びとが流れ込んできた。・ てからはじめて婆さんにベスカーピの家のありかを聞いておご本人も駆けつけてきた。だがベスカーピは彼の姿を一目見 けばよかったと思い当った。相手の住所を全然知らなかった ると、こう言った、「あれまあ、こいつは発狂した役者のあ オしかっかまえておく からである。ところがたまたま最後にスペイン広場にやってわれなシニョール・ファーヴァじゃよ、 おばめ きたとき、運命の思し召しか、偶然の戯れか、ジーリオが大んな、皆の衆、つかまえてくんな ! 」 声を上げて「畜生、ベスカーピの野郎の家はどこだ ! 」と叫そこで一同いっせいに襲、 しカかり、難なくジーリオを取り ぶと、ちょうどそこがベスカーピの家の真前だったのである。ひしいで手足を縛りつけ、べッドの上にころがした。ベスカ それというのもすぐに一人の見知らぬ男が、ベスカーピ親 ーピが近づくと、彼は、この業つくばりめの、残忍無道のと 方ならその家に住んでいる、きっと仮面衣裳を注文したのだ手きびしい悪態をいやというほど浴びせかけ、。フランビラ王 ろうが、それならすぐ受け取れるさ、と言いながら、彼の腕女の衣裳だの、血の汚点だの、借金だのなどと言いまくるの を抱えてその家に案内してくれたからなのであった。部屋にだった。「まあ落着けよ」ベスカーピが物やわらかに言った、 女 入ると男は、ベスカーピ親方は留守なので、注文した服はご 「まあ落着きなって、親愛なるシニョール・ジーリオ、お前 王 ラ 自分で確かめてこれと指してほしい、 と言った。きっと単純さんを苦しめてる幽霊を追っ払っちまいな。じきに何もかも ・ヒ ジーリオはしかすっかり別物に見えるってことよ」 一、フなタバルロ (ä一 ) でしよう、それとも し、なんのことはない実にまっとうな裁縫職人であるその男 ベスカーピがそう言った意味はまもなく判明した。という くび しみ の頸っ玉をやおらひつつかまえて、血の汚点だの、監獄だの、のも外科医が一人やってきて、どうじたばたしようがむなし 借金だの、すぐに釈放しろだのとごちやごちゃに言い立てた く、あわれなジーリオの静脈を切り開いたからである。 てめえ 1 」う
193 ファウスト 自由万歳 ! 酒万歳 ! メフィストーフェレス わたしも、自由に敬意を表して乾杯したいところです 、、ゝ 0 どうも、あなた方のお酒がもうちょっと上等でしたら ね。 もう一度言ってみろ、承知しないぞ , メフィストーフェレス ここのおやじから文句を一言われそうですが、 かまわなければ、みなさんのために、 わたしどもの酒蔵のやつを差し上げたいんですがねえ。二五 0 かまわない、出してくれよ。文句はこっちで引き受け る。 フロッシュ 上等の酒を出してくれるなら、褒めてやるぜ ! だけど、ちょっぴり舐めさせられるだけじゃ、舌にな らない おれに味ききをさせようってんなら、 ロつまい、たつぶりでなくちゃ、おさまらないそ。一一 = 五五 アルトマイヤー ( 小声で ) あいつら、ラインから来たんだそ、どうもそうらしい メフィストーフェレス 錐を持って来てください ! プランダー そんなもので、どうしようってんだい ? さかだる = = 四五まさか、戸口に酒樽が来てるわけではあるまい ? アルトマイヤー あそこの奥に、おやじの道具箱があるよ。 メフィストーフェレス ( 錐を取り、フロッシュ さあ、言ってください、お好きな酒は、なんですか ? フロッシュ それは、。 と , つい , っことだい ? そんなにいろいろある のか ? メフィストーフェレス みなさんのお望みしだいで。 アルトマイヤー ( フロッシュに ) あれ ! こいつ、もう舌なめずりしてやがる。 フロッシュ ワイン よし、好きなものをというなら、おれはライン酒をも らお , つ。 国産のものが、なんといっても一番だ メフィストーフェレス ( フロッシュのすわっているテープルのふちに穴をあけ ながら ) 蝋をすこしください。すぐ栓をするので , きり ろう