看護婦 - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

ルは批評をすっかり断念するわナこ、、 しレし力なかった。現こ、ど 帽の脇に折り重ねるように放りあげてあったが、 全体として のこり -4 ・ この無骨者がやったのか、鋸で戸棚の足をあわてていいカみると、出来そこないのケーキのようだった。やはり帽子棚 減に切り落としたものだから、床の上に水平に置いたつもりの中にだが、薄い本が一ダース、いろいろな色の背を見せて、 ス ラなのが、ゆがんでいたのである。 あまった毛糸のつまっている靴のポール箱によりかかってい この家具の内部の整頓は非の打ちどころがなかった。右側 にある三つの深い仕切りの中には、下着やブラウスが重ねて オスカルは頭をかしげてみたが、 本のタイトルを読むには あった。白やビンクがあるかと思うと、洗っても色がさめそもっと近よらなければならなかった。寛大に微笑しながら、 うにない明るい青もあった。赤と緑の市松模様の防水布製のばくは頭をふたたび縦にもどした。善良な看護婦ドロテーア かばん 鞄を二つ結び合わせたのが、右扉の内側に、下着棚に近くぶは、探偵小説の愛読者だったのである。しかし、この洋服簟 らさがっていた。上の鞄には、修繕すみの靴下が、下の鞄に笥の中の私的な部分についてはこれくらいでやめておこう。 は、伝染病にかかったままの靴下がしまってあった。マリ さて、これらの本のおかげで、いったんこの戸棚に近よせら アが、彼女の雇い主で崇拝者の男から贈ってもらって現にはれたばくはその好都合な場所を去ろうとしなかった。それば 、刀。りノ、カ・ いていたあの靴下と比べて、この防水布鞄にはいっているも ばくは戸棚の中へ頭を突っこんだ。この戸棚の一部 のは、糸の太さには変りないが、しかし、もっと目がつんで になりたい、看護婦ドロテーアの姿の少なからぬ部分を引き いて長持ちしそうに見えた。戸棚の中の広い左の部分には、 受けているこの戸棚の中身になりたい、 という欲求がますま のり えもんかけに糊付けした看護婦服が鈍く光ってかかっていた。す強くなり、ばくはもう抵抗できなかった。 その上の帽子棚の中には、感じやすく素人の手でさわられる実用的なスポーツ靴が戸棚の床に平たい踵をくつつけて置 のをいやがるふうに、素朴で美しい看護婦帽が並べてあった。 いてあり、几帳面に磨きあげられて外出を待っていたが、ば ばくは下着の棚の左にかけてある平服には、ちらっと視線をくはそれを脇へ片づけるまでもなかった。まるで最初から招 そろ 投けただけであった。安物をいい加減に取り揃えてあるとい待を予定していたかのように、戸棚の中は都合よく整頓して ひそ う感じで、ばくの秘かな期待がこれで裏書きされた。すなわあったので、オスカルはこの戸棚の真ん中に靴を履いたまま ち、看護婦のドロテーアはこの種の装身にはやはりたいしてうずくまり、かかっている服を押しのけるまでもなく、ゆっ 関心を寄せていなかったのだ。同じように三、四の鉢型の帽 くりとそこに隠れることができそうだった。そこでばくは、 子が変な造花を押しつけあいながら無造作に帽子棚の看護婦期待に胸ふくらませて中へ入りこんだ。 せいとん かかと

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

グラス 936 死んでいた。みんなは叫んだ、ニオペーた糸し、、 、こ、色こ塗ったニばくに手紙を取りに行く優先権をゆすった。したがって、ガ オペー、琥珀の眼で見つめるニオペー ニオペーは木彫り、 サガサと音がした後、真っ先にそこへ行くのはオスカルだっ 裸体でふるえず、凍えす、汗をかかず、息もせす、木喰い虫た。ばくは、そっと行動した。。 とうせ彼女のところまで、ば むしょ さえつけていない。歴史的な貴重品だったから、虫除けの薬くの立てる音が聞こえてしまうのは、わかっていたが。 を噴霧してあったのだ。一人の魔女がこの像のために火あぶは廊下の電灯をつけなくてすむように、ばくの部屋のドアを りにされた。この像をつくった彫刻師の有能な手は切り落と開け放しにして、郵便を全部いちどきに掴んだ。その中にマ された。船が何隻も沈んだが、その像は泳ぎついて助かった。 ーアの手紙があれば、それを寝間着のポケットにつつこむ。 ニオペーは木彫りでありながら不燃性だった。何人もの人間 ーアは毎週一度、自分と子供とグステのことについて、 を殺しながら貴重な品としておさまっていた。高校生、大学念入りに報告した手紙をばくにくれるのだった。それをポケ 生、老司祭、一群の美術館員たちをニオペーは、彼女の静か ットに入れたあと、残りの郵便物をざっと調べた。ツアイト さで静かにさせた。ばくの友ヘルベルト・トルツインスキー ラー家宛のものや、ミュンツアー氏とかいう名の、廊下の反 は彼女と交尾して命果てた。しかしニオペーは依然として乾対の隅の住人に宛てたものは全部、立ちあがらないで、屈ん いたままであり、 っそう静かさを増した。 だままでいたばくは、それをふたたび廊下の上にそっとすべ 看護婦が早朝六時ごろ、彼女の部屋を出て、廊下を通り、 らせた。看護婦宛の手紙があれば、オスカルはひっくりかえ はり鼠の住居を去ると、あとはとても静かになった。もっと しながら匂いを嗅ぎ、手触りを楽しみ、もちろん、ついでに も、彼女は部屋にいるときでも少しも騒音を立てるわけでは差出し人の名も確かめた。 なカったが。とにかく、このまったくの静寂に耐えるために 看護婦ドロテーアにはあまり手紙がこなかったが、それで オスカルは、ときどき自分のべッドをきしませてみたり、椅もばくよりは多かった。彼女の正式の姓名はドロテーア・ケ 子を動かしたり、あるいは林榴を浴槽のほうへ転がしてみた ンゲッターというのだった。けれどもばくは、彼女切こと りしないではいられなかった。八時ごろにガサガサという音を単に看護婦のドロテーアと呼ぶことにした。ときどき、彼 がした。郵便配達人が封書や葉書を、ドアの差入れ口かみ廊女の姓を忘れることもあったが、看護婦の場合には、姓とい 下の床の上へ落としていった音だ。オスカルのほかに、ツア うものが事実それほどに無用の長物だったのである。ヒルデ イトラー夫人もこの音を待っていた。彼女は九時になるのをスハイムにいる彼女の母親から彼女は郵便物を受けとった。 待って、マンネスマン社の秘書の仕事を始めるのだったが、封書や葉書が、西ドイツの種々様々の病院からきた。看護婦 りん 1 」 あて

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

あと がねぶとの痕でくしやくしやになっているせいか、首をほとみたいだった。看護婦のヘルムトルートが布地にさわりたが ったので、さわらせてやった。四七年の春に、ばくたちはク んど動かそうとしなかった。肩を落とし両腕を前に垂らした ルト坊やの七つの誕生日を、自家製の卵酒とカステラーー作 まま、その >< 脚をまっすぐに伸ばそうと努力していた。ばく で祝ったのであるが、ばくはこのとき、 の新調の服はとくに、ばくが両腕を胸郭の前で組み合わせ、り方、ご自由に , それによってばくの上半身の横幅を大きく見せ、右のきやし鼠色の粗毛製のマントをクルト坊やに買ってやった。看護 ばくは彼女 ゃな脚を支え脚に用い、左脚のほうはなげやりに曲げている婦たちの中にはゲルトルートも加わっていたが、 デモーニッシュ と、なにか魔的な知性をばくに与えてくれた。微笑をたたえたちにチョコレート菓子を提供した。輝緑岩のおかげで、二 て、コルネフの驚くようすを楽しみながらばくは鏡に近づき、十ポンドの赤砂糖といっしょに入手したものである。クルト 左右逆のばくの映像が支配している平面に近々と立った。キ坊やはばくに言わせれば、学校へ行きたがりすぎた。女の先 ばくはただ、息を生は、まだくたびれておらず、断じてシュポレンハウアー スすることもできるはどの近さだったが、 吐きかけるだけにし、ついでにこう言った、「よう、オスカタイプでなかったが、彼女はクルトのことを賞めて、利発で あるがただ少し深刻ぶったところがあると言った。看護婦と ル ! あとネクタイピンが欲しいところだな」 いうものにチョコレート菓子を提供すると、なんと大喜びす ばくが一週間後の日曜日の午後に市立病院に出かけ、ばく ばくは看護婦室で、ほんのしばらくのあい の看護婦たちを訪ね、ばくの晴れ姿を得々として格好よくみることだろう , だゲルトルートと二人きりになったとき、彼女がいつの日曜 んなに見せつけたとき、ばくはすでに真珠のついた銀製ネク 日に暇があるか訊いてみた。 タイピンの所有者であった。 人のよい少女たちはばくが看護婦室に腰かけているのを見「そうね、今日だって五時以後は暇よ。でも、町に出てみて あぜん もしかたないわ」と、ゲルトルートは諦めきったロぶりだっ て、唖然として一一 = ロ葉を失った。四七年の晩夏のことだった。 ばくは実験ずみの方法で、背広の腕を胸郭の上で組み合わせ、た。 鼓 太 とにかく試してみなければ、というのがばくの意見だった。 革手袋をもてあそんだ。ばくは一年以上も石工見習いをつと の キ 彼女は、初めのうち試してみる気はぜんぜんなく、むしろ、 スポンの脚を組んだが、 め、溝彫りにかけては名人だった。。 あつら プ斤り目には注意を払った。人のよいグステはこの誂えの品をぐっすり眠ったほうがよいという気持ちだった。そこで、ば 囲よく手入れしてくれ、まるでこれが、帰還してなにもかもをくはもっと単刀直入に招待を申し出、それでも彼女が決心し 一変するケスターのために仕立てられたのと勘違いしているかねていたので、意味あり気にこうしめくくった、「ちょっ ねずみ あきら

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

グラス 540 高価なものに対して良いセンスの持ち主であったばくの母の因となる講和条約をでっちあげていた。・ ウイスワ河口一帯、 要求に応じてやった。そのころ日記をつけていたという話だつまり、ネールング河畔のフォーゲルザングからノーガトⅡ さんいっ 、残念ながら後に散佚してしまった。ばくの祖母は、若い に沿ってビーケルに至り、そこでヴィスワ河と合流してチャ ースまで 一一人の結びつきをーーーそれは親類同士の付き合いを越えたも トカウまでくだり、直角に左に曲ってシェーンフリ のであるといわざるをえないーーー・我慢していたらしい 行き、そこからザスコシンの森を迂回してオトミン湖に行き、 うのも、ヤン・。フロンスキーは戦後も少しのあいだトロイル マッテルン、ラムカウ、わが祖母のビッサウを過ぎ、クライ の狭い家に住んでいたからだ。彼は、マツェラートという男ンⅡカツツでバルト海に達するこの一帯は、自由国家に指定 の存在がもはや否定できなくなり、それを認めるに至ってやされ、国際連盟の管轄下に置かれた。。、 オーランドは旧市・内に っと引っ越していった。その男は、ばくの母がオリーヴァ付自由港と弾薬庫のあるヴェスタープラッテを確保し、鉄道を 近のジルバー ハンマー野戦病院に補助看護婦として勤務して支配し、ヘヴェリウス広場に独自の郵便局を持っことになっ いた一九一八年の夏、母と知り合ったにちがいない。アルフた。 レート・マツェラートはラインラントの生まれで、大腿部を 自由国家の切手がハンザ同盟の船と紋章をあらわす赤と金 きれいに貫通されてそこの病院に入っていたのであるが、ラの華やかさを手紙に与えたのこ寸し、。、 し文ホーランド人はカジー インラント人特有の央活さからやがて看護婦みんなに好かれミエシュ大王とバトーリ 王の歴史を図柄にした陰気な紫色の るようになったーーー看護婦アグネスも例外ではなかった。彼光景の切手を貼った。 は、傷が治りかけると、あれこれの看護婦の腕にすがって廊ャン・プロンスキーはポーランドの郵便局に転勤した。彼 下をびよんびよん跳びながら、アグネス看護婦のいる炊事場の転勤は自発的に行なわれたものであり、彼がポーランド国 に手伝いにやってきた。彼女の丸い顔に看護婦の小さな帽子籍を選んだことも同様であった。多くの人びとの言うところ がよく似合ったからであり、また、彼はスープにさまざまな によれば、彼がポーランド国籍を得たのは、ばくの母の態度 感情をこめることのできる熱狂的なコックであったからだ。 に原因があったのである。一九二〇年、ピウスッキ元帥がワ 傷がすっかり治りきっても、アルフレート・マツェラート ルシャワ近郊で赤軍を撃破し、ヴィンツェント・プロンスキ とど はダンツイヒに留まり、そこですぐ紙の加工をかなり手びろ ーのような人びとは処女マリア様のお陰だと言い、戦争の専 門家たちはシコルスキ将軍やウェイガント将車の功績だとい くやっているラインラントの会社の代理店に仕事を見つけた。 きせき 戦争はすでにすっかり終っていた。人びとは将来の戦争の原うヴィスワ河畔の奇蹟が起こったあのポーランドの年に、ば

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本文を読んでみても、とくに優しい言葉は一つも見当たら機械的にばくはその便箋を封筒の中にしまい、無神経にも のり 立なかった。。 ウエルナーは、前日、男子個室病棟へ通じる両開ヴェルナーの舌が触れたはすの封筒のゴム糊の部分を、今度 きの扉の前で看護婦のドロテーアを見かけたのに、面談でき はオスカルの舌でぬらし、それから笑い始めたかと思うと、 ス ずに終ったのを残念がってした。・ 、ウエルナー博士には不可解たちまち平手で額と後頭部を交互に叩きながら笑いつづけた。 なのであるが、ドロテーアはその医者が看護婦の。ヘアーテすると、叩いているうちに、うまいぐあいに右手がオスカル すなわちドロテーアの女友だちーーと話しているところの額を離れてドアのハンドルにのったので、ドアを開けて廊 まわ に現われたかと思うと、すぐに廻れ右をして引き返していっ下へ出、ヴェルナー博士の手紙をドロテーアの部屋の前へ持 てしまったのだ。・ ウエルナー博士はただ説明を求めただけだ、 参し、ばくに馴染みのその部屋を灰色に塗った板とミルク色 なぜなら彼とべアーテとの会話は、純粋に仕事上のものだっ のガラスで閉ざしているドアの下に、半分ほどその手紙を差 たのだから。ドロテーアもよく承知しているとおり、彼はこ し入れた。 のいくぶん奔放なところのあるべアーテに対して距離を保つ まだばくはしやがんだまま、一本か二本の指を手紙の上に のにさんざん苦労してきているのだ。それが容易なことでなのせたままだった。そのとき、ばくの耳に廊下の反対の端の いというぐらい、ドロテーアだってべアーテをよく知ってい部屋から、ミュンツアー氏の声が聞こえてきた。ゆっくりと るのだから、わかってくれなければ困る。べアーテという看した、書きとらせるためのような誇張した発音だったので、 護婦はしばしば考えなしに感情をむきだしにするのだから。 一語一語ばくは理解した、「ああ、もし、すみませんが、水 こた もちろん彼、ヴェルナー博士がこれに応えるようなことはけを少々持ってきてくださいませんか」 っしてなし 、。吉びの文章はこうだった、「どうか、 ばノ、の一一 = ロ ばくは立ちあがって考えた、あの人は病気なんだろうと。 うことを信じてください。あなたには、いつでもばくと面談しかし同時に、ばくは認識した、あのドアの向うの人は実は できる可能性が与えられているのです」。これらの文面には病気ではなく、ただオスカルが水を持って行く理由として、 形式ばって、冷淡で、それどころか尊大ともいえる態度が見病気だと思いこんでいるだけなのだ。なぜなら、なんの理由 られるのではあるが、しかし、この・ヴェルナー博士の手もない単なる呼びかけでは、ばくとしても赤の他人の部屋へ 紙のスタイルの仮面を剥ぎとって、この手紙の正体を熱烈な出かけて行く気にはとうていなれなかったろうからだ。 恋文と断することぐらいばくにはけっしてむずかしいことで アルミ鍋の中の、さきほどばくが医者の手紙を開封するの 亠よよ、かっこ。 を手伝ってくれたまだ冷めきらないお湯を、最初ばくは、彼

6. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

後について寝室を出ていった。ばくは隙間から眼を離した、 鰻を蔽い隠した。そして傷がふたたび開いたとき、もう血は 流れておらず、赤は見えず、馬は黒かった、海は瓶のように やがてカードを切る音が聞こえた。小さな控え目な笑い声が 緑だった、材木を積んだフィンランド船は少しばかり画面に した。マツェラートがカードを切り、ヤンが配った、それか さび も , つばくに鳩のこ ら彼らは点数をせりあげた。ャンがマツェラートをせりあげ銹を運んできた。そしてかもめたちは たようだ。すでに彼は二十三点を越えていた。次に母がヤンとは言わないでもらいたいーー犠牲に群がり、翼の尖端をさ を三十六点までせりあげた、そこで彼もおりなければならな げて、鰻をばくのインゲ看護婦に投げてよこした、彼女はそ ネし、かもめになり、姿を変え、聖霊 かった、そして母はグランを試み、わすかのところで負けた。れを受け取り、それを兄、 シングル 次のダイヤの単はヤンが圧倒的に勝っこ、 オ一方母は三回戦 になることはあっても鳩にはならす、次にそこでかもめと呼 ばれているあの姿に変り、雲のように肉の上に舞いおりてき の 2 なしのハートの手をやっとのことで勝っことができた。 この家庭スカート遊びが、かき卵ときのことじゃがいものて、聖霊降臨祭を祝うのである。 夜までつづけら 揚げたのでちょっとのあいだ中断されたが、 こんな苦しい思いはやめて、ばくはそのとき簟笥を見限り、 れたことは確かである。ばくは食後の勝負にはもうほとんど不承不承鏡付きの扉を両側に押し開き、その箱から外に出た。 耳を貸さなかった。むろんインゲ看護婦と彼女の眠りを誘う鏡で見ると自分が前と変っていないことがわかったが、いず 白衣にふたたびもどろうとしたのである。しかし、ばくがホれにせよ、カーター夫人がもう絨毯を叩いていないのがうれ しかった。なるほどオスカルにとって聖金曜日は終っこ、、ゝ、 ラツツ博士の診療所にいても、ばくの、いはいつまでも晴れな かったようである。緑と青と黄と黒が繰り返し赤十字の。フロ復活祭後にやっと受難の時が始まるのである。 ーチの赤いテキストに口をさし挟むだけではなく、午前中の 出来事もその中に押し入ったからだ。つまり、インゲ看護婦 足のほうへ行くほど細くなる の、る診療室のドアが開くといつも、看護婦の清潔で軽やか しかし母にとっても、この鰻のうごめいている馬の首の聖 太な白衣は見えないで、沖仲仕がノイファールヴァッサーの突 是の航路標識の下で、滴を垂らしてうごめいている馬の首か金曜日の後やっと、プロンスキー一家とともにいかにも田舎 ら鰻を引きだしているのだった。そして白だと自称するもの、らしいビッサウの祖母とヴィンツェント伯父の所で過ごした 硼ばくがインゲ看護婦の同類だと思うものは、実はかもめの翼復活祭の後やっと、陽気な五月の天気にさえも影響を受けな であり、それがその瞬間人を欺くように、腐肉と腐肉の中のかった受難の時が始まるのである。 うなぎ

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

ラートにばくの眼の前で裸にされるとき発するような、女性咲いて赤になる、赤はインゲ看護婦のプローチだった。彼女 の体質であることを証明してくれるはずの匂い、そんな匂いは赤十字をつけていた、正確にいうと、彼女の看護婦制服の せつけん たくわ はむろんインゲ看護婦は貯えてはいなかった。彼女は石輪と、洗った襟に。しかし、いつまでもつづくことはまれだった、 人を疲れさせる薬品の匂いがした。彼女が、病気だというこあらゆる観念の中でこのいちばん単色の観念にとりつかれて いるのは、洋服簟笥の中でもできなかった。 とになっているばくの小さな身体に聴診器をあてているあい 。こに、ばくは眠りに証服されることがしばしば起こった。白居間から響いてくるすごく派手な騒音が簟笥の扉にぶつか って、ちょうど始まったばかりのインゲ看護婦に捧げるうた 衣の襞から生まれた軽やかな眠り、石炭酸で蔽われた眠り、 夢のない眠りだった、彼女の。フローチが遠ざかり大きくなるた寝からばくを目覚ませた。白々しい気分になり、厚い舌を フローチは大きくなり、なぜだかわからぬが旗して、ばくは膝に太鼓を置いたまま、さまざまな模様の外套 のを除けば。。 の波、アルプスのタ焼け、ひなげしの原になる、だれに対しのあいだに坐っていた。マツェラートの制服の匂いがした、 けんこう てだかわからぬが暴動の準備がととのい、インディアンや桜剣帯、騎銃懸鉤のついた負い皮が身近にあった。もはや看護 んばや鼻血に対して、鶏のとさかや赤血球に対して集合し、婦の白い襞はなにもなかった。毛織物が落ちてきた、毛糸が そして最後に、目路の限りの赤が、ある晴熱のための背景とぶらさがっていた、あぜ織りがフランネルとぶつかった、頭 なった。その清熱はあのときも今日もはっきりそれとわかる上にはここ四年間に流行した帽子があり、足もとにまヒ 踵、金を打ったのも打たな さな靴、磨かれた革のゲートル、 のに、赤という一一 = ロ葉ではなにも言い表わすわナこま、 いのも、があった。一条の光線が外から射しこんで、あらゆ から、なんとも名付けようがないのだ。鼻血ではだめだし、 るものの輪郭をはっきりさせた。オスカルは鏡付きの扉のあ 旗の生地は色が変る、それにもかかわらずばくが赤とだけい ひるがえ 、だに隙間を空けておいたことを残念に思った。 うとき、赤はばくを嫌い、そのマントを翻して黒に変る、 居間の人たちはいったいばくになにを送ってよこしたのだ 黒い料理女がやってきて、ばくを驚かせて黄色にする、ばく はくはだまさろう ? ひょっとしたらマツェラートがソファーの二人の不 太をあざむいて青くする、ばくは青を信じない、、 ま かんおけ キ れない、緑色にならない。緑はばくが草を食む棺桶だ、緑は意を襲ったのかもしれない。そんなことはほとんどありえな いことだった。ャンはスカート遊びのときばかりではなく、 ばくを蔽う、緑はばくだ、ばくは白に変る、白はばくを黒だ いつも、わずかながらでも最後の用心だけは怠らなかったか という、黒はばくを驚かせて黄色にする、黄色はばくをあざ むいて青にする、ばくは青を信じないので緑になる、緑は花らだ。多分、そして実際そうであったのだが、マツェラート さ著、

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んざりするまで。鰻にだけでなく、人生にもうんざりするまてて扉が左右に開き、突然の明るさがばくを興奮させた、そ 州で、とくに男たちに、それからもしかしたらオスカルにもうれでオスカルは、すぐそばにかかっているドロテーアの袖付 んざりするまで。いすれにせよ、彼女は不断はけっしてものきエプロンにしみをつけまいと骨を折らねばならなかった。 ス あきら 一フ を諦めるということができなかった人なのに、突然寡欲にな ばくは、ちょっと一区切りつける必要を感じたし、予期に り、ましくなり、そして。フレンタウに埋葬された。ばくも反してばくを疲れさせた簟笥内の滞在を軽くときほぐそうと ところでこうした傾向を、母から受けついでいるらしい いう気もあってーーーここ数年来なかったことだがーー・簟笥の くは、一面なにごとも諦める気になれないのに、他面、何も うしろの乾いた板壁を太鼓代りにして、気ままなリズムを少 くんせい なくても我慢していける。ただどんなに高価でも、燻製の鰻しばかり、いささか器用な手つきで叩いてやり、それから篳 。こけは、ばくが生きて行くうえに欠かすことができない。鰻笥を出て、もう一度、内部を汚さなかったかどうかざっと吟 のほかに、看護婦のドロテーアについても、同じことが一一一一口え味したーー大丈夫らしかったーーエナメルのベルトもその輝 た。ばくは、彼女に会ったこともないし、彼女のエナメルのきを失っていなかった。いや、曇った個所が二、三あったの ・ヘルトがそれほど気に入ったわけでもなかったのだがー - ーそは、こすったり息を吐きかけたりして、元どおりの、幼いこ れなのに、ばくはそのベルトから離れられなかった。そのべろノイファールヴァッサーの突堤で捕まったあの鰻を思わせ つまるべルトにしこ。 ルトの魔力は終ることがなく、むしろいや増してきた。 り、ばくは空いているほうの手でズボンのボタンをはずした ばく、オスカルは、看護婦ドロテーアの部屋を立ち去った のだが、たくさんのエナメルのような鰻や入港中のフィンラが、そのときあの四十ワットの電球のスウィッチを切ること ンド船のために姿がばけてしまったあの看護婦を、もう一度を忘れなかった。ばくの訪問を終始見つめていた電球である。 、いに田 5 い浮べるために、そうしたのであった。 何度も港の突堤へ追い返されていたオスカルも、ついにか クレップ もめの助力をえて、看護婦ドロテーアの世界を、空つばだが 魅力的な彼女の制服の宿になっている、この洋服篳笥半分の それからばくは淡いプロンドの束を紙入れに入れたまま、 中に、首尾よく再発見できた。ばくが、彼女の姿をついにま廊下にたたずみ、その束をなめし皮をとおして、上着の裏地 ざまざと眼にし、彼女の顔の造作の一つ一つを確認できるよとチョッキとワイシャッとアンダーシャツをとおして感じと うに思ったとき、磨滅した留め金がはずれた。不快な音を立ろうと、一秒間ほど努力してみたが、ばくはひどく疲れ、あ

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心から熱愛していることを。 を匍って、彼女のドアの前まで行き、ドアの木をひっかき、 のろ さて、意地の悪い人がいて、看護婦ドロテーアがばくを呪少し身体を起こして、乞い求めるように片手を下の二枚のガ げんこっ いの言葉と拳骨でもって、椰子絨毯の上へ突きとばしたなど ラスの上にさまよわせた。しかし、ドロテーアはドアを開け と考えるかもしれないが、オスカルはもちろん悲哀感を拭えようとはせず、飽きもせずに洋服簟笥と鏡のついた簟笥のあ グ ぬとはいえ、同時こ、、 ししささかの満足感をも覚えながら、報 いだを往き来していた。ばくにはわかっていたが、 納得でき 告することができるのである。すなわち、看護婦ドロテーアなかった、看護婦ドロテーアは荷物を纏めて逃げるのだ、ば は両手と両腕を、ただゆっくりと考え考え、と言いたいくら くから逃げるのだということが。彼女が部屋を出て行くとき、 いためらいがちにばくのこぶから離したにすぎない。それは少なくともその顔を電灯の光で拝むことはできるだろうと、 いわば、無限に悲しい愛撫に似ていた。そして、彼女はすぐ ほのかな期待を抱いたが、 この期待さえもばくは葬り去らね にすすり泣きを始めはしたが、それも激しくばくの耳を打つばならなかった。まず最初、ミルク色ガラスの向う側が暗く ようなものではなかった。彼女がばくと椰子のマットの下でなり、それから鍵の音が聞こえ、ドアが開いて椰子絨毯の上 身体を脇へすらしながら、ばくからすべり抜け、ついでにば に靴が現われた ばくが彼女のほうへ手を伸ばすと、スー くの身体をすべり落ちさせた、と気づいたときには、彼女の ッケースにぶつかり、靴下をはいた脚にぶつかった。すると 足音を早くも廊下の敷物が吸いこんでしまった。ドアの開く彼女は、洋服簟笥の中にあったあの頑丈なハイキング靴でば 音が聞こえ、鍵をまわす音がした。するとすぐに、看護婦ド くの胸を蹴とばし、ばくを絨毯の上へひっくりかえした。そ ロテーアの小部屋のミルク色ガラスの正方形六個が内側から してオスカルがもう一度はねおきて、「ドロテーアさん」と 光と現実を受けとった。 哀願したときには、もう玄関のドアが閉まるところだった。 オスカルは横たわったまま、マットでもって身体を蔽った。一人の女性がばくを見捨てたのである。 そのマットには悪魔的戯れのぬくもりが、まだいくらか残っ あなたがた、ばくの悲しみを理解してくださるすべての人 ていた。ばくの両眼は灯のともった四角形に釘づけされてい びとは、ここでおっしやることだろう、べッドへお行き、オ た。ときどき一つの影がミルク色ガラスの上をかすめて動いスカル。こんなに屈辱的な出来事があったというのに、この だんす た。今、彼女は洋服簟笥のところへ行った、今度は化粧簟笥うえまだなにを廊下の上で求めようというのか。朝の四時だ のところへだ、とばくは自分に言いきかせた。犬のような試裸のままおまえは、椰子絨毯の上に横たわり、繊維質のマッ みをオスカルは企てた。ばくはマットをつけたまま絨毯の上 トでかろうじて身体を蔽っているだけだ。手や膝をすりむい わき

10. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

グラス 638 きにしておき、どんな音もばくを追ってこないことを確かめとんどそれとわからぬおちついた喜びでもって受け取るに十 て安心した。さらにばくは、オスカルがべッドの下にいるほ分なほど豊かなのであった。 洋服簟笥の中のほうがいいかいろいろと考えて ばくが精神を集中し、ばくの能力にふさわしく生きるとき、 みた。ばくは簟笥のほうを選んだ、べ ッドの下では、ばくの しつもそうであるように、ばくはプルンスへーファー通りの デリケートな濃紺の水兵服を汚す恐れがあったからだ。簟笥ホラツツ博士の診察を受け、毎週水曜日の医者通いのうちば の鍵にちょうど手が届いた。それを一度まわし、鏡のついた くにとって大切なあの部分を楽しんだ。つまりばくが思いを 扉を両側に引き開け、太鼓の撥で、一列に並んだ外套や冬着めぐらすのは、ばくをますます詳しく診察する医者のほうで のかかったハンガーをわきに寄せた。重い生地に手を伸ばし、 はなく、むしろ彼の助手の看護婦インゲのほうだった。彼女 それを動かすためには、太鼓の上に昇らなければならなかっ はばくの服を脱がせ、服を着せることが許されていた、彼女 すきま た。とうとう簟笥の真ん中に隙間を作ることができたが、そオレしを 。こナまくの身長を測り、目方を測り、テストすることがで れは大きくはないにしても、簟笥に匍いあがってその中にうきた。つまり、ホラツツ博士がばくに試みる実験を、インゲ ずくまったオスカル一人を容れるには十分の広さがあった。看護婦は正確に、しかしいくらか不機嫌に行ない、そしてと そのうえばくは、なんとか苦労して鏡付きの扉を引き寄せ、きどきいくぶんかの皮肉をまじえて、実は失敗だったと教え 箱の隅に見つけたショールを、つまりその織り耳を扉のあ いてくれたのである、ホラツツ博士は一部成功したと言ってい のり だに挟むことができた。そのため、指一本はいる隙間ができ ばくがインゲの顔を見るのはたまにしかなかった。糊 て、必要ならば外を覗くこともできるし、また空気の流通ものきいた清潔な看護婦の白衣、彼女が帽子のように身につけ 可能になった。ばくは太鼓を膝の上に置いたが叩きはしょ オかている圧迫感を感じさせない姿、赤十字の飾りのある簡素な った、そっと叩くこともしなかった。ばくの意志とは関係な プローチに、ばくの眼と、ときどき叩かすにはいられなくな 、冬外套の匂いがばくを捕え、ばくの身体にしみ入るままるばくの鼓手の心とは釘付けになった。彼女の白衣のいつも ひだ にまかせていた。 ピンとした襞に眼を留めているのは、なんと気持ちのよいこ 簟笥があるということはなんと良いことだろう、ほとんど とだったろう。彼女は白衣の下に肉体を持っていたのだろう 息もできないほど重い生地が、ほとんどすべての考えを一つか ? 彼女のだんだん老けてくる顔と、 いくら手入れをして まと に纒め、それを束ね、一つの理想像にプレゼントすることをも無骨な両手とは、インゲ看護婦がそれでも一人の女である ばくに許してくれたとは。その理想像は、この贈り物を、は ことをどうやら感じさせた。ばくの母が、ヤンかまたマツェ