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検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

ホフマンスタール 184 染め入れをした長い布地が垂れさがっていた。まだ大人にな背中が曲がり腰が萎えて足をひきすっていた。 としか」 りきっていない子供たちが、染め桶や黒に染めた布地を、水 〈ほんとうになあ、兄弟〉と、いちばんの年嵩らしくみえる さら に浸して洗ったり水晒ししたりするために、引きずってゆく。 片眼の男が言った。〈二十二年前し こ、おれの眼玉をえぐりと とりて 老女は染物屋の家並みのつづくそのなかでも、丈の低い一軒りやがった捕吏のやつだって、兄貴の女房がああして兄貴に あらそ の家の前で立ち止まると、その奥から洩れてくる言い諍う人むかってするような真似は、おれには何もしなかったものだ びとの声に聴き耳をたてた。何人かの男たちが激しく憤ってがなあ〉 いる声が聞こえてきたが、それに対して、まだ若い一人の女〈いかにも、そのとおりさ〉と、露地を行きながら片腕の男 たけだか の声が怒気をふくんで威丈高に応じているのだった。そのう が言った。〈十五年前、おれの片腕をもぎとりやがった搾油 あねき ち、低い、おちついた調子で別の男の声がまざって聞こえだ機だって、義姉のようなことは、何もしなかったぜ〉 らくだ したが、それはどうやら、仲直りを説得している声らしかっ 〈九年前、おれの背中を踏んづけて曲げてしまった駱駝にし た。しかし、若い女の声は前よりもいっそう毒々しい、威丈たってそうさ ! 〉と、いちばん若い弟も口をだした。 あま 高な調子にふくれあがった。 〈そうだとも、あの女ときたら〉と、また年嵩の男が口をだ えやみ 〈あの声がよさそうでございます〉と、乳母は言って、塀のして、〈高慢ちきで意地悪で、疫病みたいな禍だな。だから べっぴん すぐそばに寄るように、妃に合図をした。 またあの女は、ああして若くて別嬪のくせに、兄貴も男のな けんか うまずめ 屋内の喧嘩はいよいよ烈しくなって、とうとういちばん口かの男だというのに、 いつまでたっても石女なのさ〉 数の少なかった低い声の男までも、何か命令する一一一一口葉を、た 〈あれがわたくしたちのめざす家なのですよ〉といって、乳 いそうつよい調子で言いだした。それでも、その声はみごと母は三人の男が追い越していってしまうと、くるりとその染 な冷静さを保っていた。やがて他の男たちの、不満らしい 物屋の家のほうに向きを変えた。彼女はすばやくその家のな さわがしい乱れ声が、戸口のほうに近づいてきた。そこで乳 かに入ると、床を滑るように進み、古くなっていまにも崩れ 母は、家並みのさきへ歩いてゆくような素振りをはじめた。落ちそうな低い納屋のなかに忍びこんだ。そして、自分のあ まるで、すっかり老いばれたうえの病気で、少しずっしか進とから、妃もそこに引き入れた。 めないかのように、のろのろと。妃はそのかたわらにそっと 〈亭主が出ていってしまうまで待たなくては〉と乳母は囁き、 のぞ 歩み寄った。そのとき、家のなかから三人出てきた。 一人は横手の壁の割れ目をさし示した。彼女はそこに眼をつけて覗 片眼の男、一人は片腕の男で、もう一人はすっと若かったが、き、妃にも別の割れ目を教えた。こうして二人は、たった おけ ) 亠こや

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

の異様な男を好奇心といくらかの嫌悪感とをもってじろじろ警察が手を打ったんでさ : : 」男は身振りをしてみせる。 と眺め、指先に貨幣をつまんで、男のフェルト帽のなかに投「それならいい」とアシェンバハはまた短く低声で言って、 げ入れて、なるべくその帽子には手がさわらないようにして不相応なほどたくさんの金をすばやく帽子のなかに落した。 ン マ と目くばせした。男はに いた。この男と上品なホテル客のあいだの事実上の距離がなそれから彼は、もう行ってもいい、 くなると、たしかに一座の熱演はみなを大いに楽しませはしやにや笑いながら、お辞儀をしいしい遠のいて行った。しか たが、そこにはやはり一種の当惑が生じる。男はそれに気づし階段まで行かないうちにもうホテルの従業員がふたり、男 ついしよう いていて、お追従でそれをごまかそうとした。男は例の匂のところへ駆けよって、顔を男の顔へ当てるようにしながら、 いとともにアシェンバハのところへやって来た。ところが周囁き声で尋問を始めた。男は肩をすくめていろいろと断言し、 囲のひとは誰もこの匂いをおかしいと思わないらしかった。 なにも一一一一口わなかったと誓った。それが手にとるようにわかっ 「おい」とアシェンバハはほとんど機械的に声をひそめて言 た。放免された男は前庭に戻って、街燈の下で仲間となにや った。「ヴェネッィアは消毒されているな。なぜだ」道化者ら相談したのち、お礼とお別れの歌をうたうためにもういち しわが は嗄れ声で答えた。「警察の命令でさ。こんな暑さとシロッ ど進み出た。 コが吹くときにはそれがきまりなんで。シロッコは , つつと、つ それはこれまで聞いた記憶のない歌で、わけのわからない しいですからね。健康によかありませんや : : : 」男はそんな方一言の厚かましい流行歌で、笑い声のリフレインのところへ ことを尋ねる人間がいるのは不思議だとでもいうように答え、来ると一座はありったけの声を出して、笑うのであった。そ お ひろ 拡げた手で圧すようにして、いかにシロッコがうっとうしい のリフレインのところへ来ると文句も楽器も伴奏もびたりと かを身振りで表現してみせた。 「ではヴェネッィアに病やんで、リズミカルにいちおう秩序のある、ごく自然な笑い 気がはやっているわけではないのだな」とアシェンバハは、 声しか聞かれない。 ことに例の男は才能を発揮してじつに真 っそう声を低くして囁くように尋ねた。 まではまた 道化役者の筋張に迫った、活き活きとした笑い声を響かせた。い った顔は滑稽な当惑の渋面に変った。「病気ですって。いつ見物人と自分とのあいだに距離があるので芸がしやすく、男 たいどんな病気です。シロッコが病気ですか。うちの警察がはまたさきほどの大胆不敵な調子をとりもどした。そしてテ 病気だとおっしやるんですかい 旦那、おからかいになっちラスのひとびとに投げつけられる彼の作り笑いは嘲笑であっ ゃいけません。病気だなんて。そんなことがあるものですか。 た。歌の一節が終るところまで来るともう笑いをこらえるの あ 予防措置ですよ、旦那。うっとうしい天候の影響を考えて、 に懸命だ。むせぶようなふうで、声が乱れる、ロに手を宛て こつけい イ」き、や

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

わたしを見ておいて。でも、ちゃんとわかってくれなくちゃ たことを、みんなに証拠立てる声だった。 嫌だよ、薄のろで、自分の寝床を盗まれてもわからないやっ 〈急いでくださいまし〉と、乳母は叫び、握り拳を一つ、宙 つめ につきだした。彼女は黒い爪のあいだに七匹の小魚をつかん のように、あんたが馬鹿にされるのは嫌だからね〉 かぎ わ ハラクは暗がりに突っ立ったまま動こうともしなかった。 で女房に差しだした。環をとおしてつらねた鍵のように、魚 えら ただ上体を前に傾けたので、歯並びと、真っ赤にもえた眼とは一本の柳の枝を鰓にとおして並んでいた。 が見えた。女房はいよいよ睫を伏せ、いまにもぶつりと切れ〈これを向こうの焔に投げこんでから、わたしどもといっし ょに、らっしゃいまし。 いまこそその時でございますか んばかり張りつめた絃のような声をだして、喋りつづけるの 〈ごらんよ、わたし、美人だろう。あんたなんかと人種が違女房は唇をかみ、魚を手につかんだ。 うのさ。だからあんたは、わたしの心の結び目を解くことも 〈汝ラ、消工失セョ、而シテワガ影ノモトニ住マエ ! 〉と、 できないわけ。わたしの美しさが別の男を喚びだしたのさ。老女が女房に囁しオ しかし今度はバラクが一歩彼女のほうに踏みだした。彼女 美しさというのは、効き目の強い魔法だからねえ〉 声が変りそうになった。けれども、彼女の心のなかの荒々は後退した。その唇が動き、何かの文句を呟いていたが、自 彼女は魚を持った手を肩よ 分ではそれも知らぬげであった。 , しい、決然としたものが続けて喋らせているのだった。 りも高くあげ、魚を投げた。けれども睡ったままそうしてい 〈だからわたしは契約を結んで、わたしの影をくれてしまっ るかのように見えた。彼女は契約を果たしたのだ。だがそれ たよ。影といっしょに、生みたくない子供も。影を売れば、 ご褒美がつくんだよ。それを教えようか。いつまでも頬がふは何も果たさなかったようなものだった。眼はバラクにひた ゆが と向けられ、唇は叫び声をあげようとする子供のように、歪 つくらとして、乳一男がいつまでも凋まないということだよ。 それを見ると、わたしにご機嫌とりにやってきたやつらが震んでいた。 女 えるようなね。 で、わたしはこれから、そのなかでも第〈ああ、母さん ! 〉と、彼女は叫んだ。その声は五歳の子供 皮女は決心のさだ の声のように、薄っぺらな響きを立てた。彳 一の男のものになるのさ〉 の 影彼女は顔をあげて、ロをつぐんだ。短いざわめきがバラクまらぬ足つきで数歩あるいていったが、だれもそれを扶け支 えなかった。唇を噛みしめて、彼女は立ち止まった。バラク の胸のうちから押しあがってきた。それはほとんど人間の音 がもう彼女の背後にきていた。不安を感じながら気をとり直 声らしくはなかった。しかしその声は、彼が妻の話を理解し 、つ ) 0 - 」ぶし たす

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

ら永遠なるもののように、女は、たえず変身する男のそばに の方が自然界よりもはっきりしていたからだ。しかしあるい 託は、ここに詩人の偉大さの限界があったと、いっか明らかに 立ちつくしている。愛するものは愛されるものに常にまさっ ケなる日がくるかもしれぬ。この愛の女が彼の課題となったのている、というのも人生が運命よりも大きいからだ。女は際 彼は課題に答えなかったのだ。彼に答えることができな限もなく身をささげつくそうとする。それが女の幸福だ。し かったのは、どういうわけか ? このような愛には答えはい かし女の愛にとっては、身をささげるのもほどほどにせよと らないのだ、それは誘う声と応答をあわせ持ち、われとわが要求される、それほど辛いことはないのだ。 声に耳かたむけるのだ。それにしても詩人は、あらんかぎり女の嘆きといえば、この嘆きにきまっている。ェロイーズ の装いをこらそうともこの愛の前にヘりくだらねばならなかの最初の二通の手紙には、そのことしか書いてない。五百年 前出九十二。ヘージ、マリ ったろう。 ) の手 ハトモス島のヨハネのように、ひざまずいたまま、を経て、この嘆きはポルトガルの尼 ( アナ・アルコフォラド この愛のロ述を両手で書きうっさねばならなかったろう。こ紙から湧きおこる。鳥の叫びのように、またしてもそれと判 の声、「天使の職を代行」し、おとずれるなり詩人をくるみじとられる嘆きの声だ。思いもかけす、この直観の明るい空 こみ、永遠へと引きゅく声に対して、いなやをいいたてる余間を、こよなくはるかにサッポーの姿がよぎる。幾世紀とい うもの彼女の姿は杳として知れなかったのだが、それは連命 裕はなかった。火に包まれた昇天の車が設けられていた。詩 人の死には、暗黒の神話が用意されていた。彼はこの神話を、の中ばかりで、さがしもとめられていたからだった。 成就されぬままに放棄したのだ。 彼から新聞を買う気には、とうとうなれなかった。ほんと 運命は図案や図形を作りだすことを好む。こみ入っているうに何部か新聞をたずさえて、リュクサンプール公園のほと のが、運命の厄介なところだ。しかし人生それ自体は、単純りを一晩じゅうぶらついていたものかどうか、考えてみれば さゆえにむずかしい。われわれにふさわぬほどの規模を持つおばっかない話だ。彼は格子に背をむけ、手で、格子を植え こんだ石垣をなでて行く。からだをべったりと張りつけてい 事物といえば、人生にはほんの数えるほどしかない。聖者は、 運命を拒絶しながら、神の前でこの事物を選びとる。ところるので、彼の姿が目にもはいらぬまま毎日通りすぎる人も数 かす しいかにも彼は、声の残り滓をまだいくらか持っていて、 で女は、その本性からして、聖者と同じ選び方を、男の前で多、 しなければならないが、まさしくこのことが、すべての愛の呼びかけてはいる。しかしその声は、ランプのさざめきかス トーヴの唸り、さては、一風変わった間のおき方で、洞穴の 宿命を呼びおこす。運命にかかわりなく断乎として、さなが だんこ つら

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

幕舎を去ったかどうか、緊張して耳をかたむけた。、ゝ が足音は この崩壊した町のどこかの穴蔵でくらすなどとそなたは思う きこえなかった。彼女は、そしてアガメムノンも、そこで少のか。もしかするとそなたといっしょにな。沖を通りかかっ しも動かなかったのだ。彼は食卓のそばに坐り、カサンドラた船は、残骸のなかからほそばそと煙がたちのばるのを見て、 ク ツは彼に向いあって立っているのだろうか。そしてたがいにじあざけるように指さしていうだろう。あれでも国王か。あの ノっと見つめているのだろうか。あんなに緊張して待ちかまえ男は、トロイを滅ばしたことを後悔しているだろうよ、と。 ていて、しかも彼らがどういう表情をしているのかがわから がわたしは後悔はしない。よいか。それともそなたは、そん ないのは、じつに苦しかった。中に入っていってカサンドラなわたしを見てたのしむためにやってきたのか。というのも、 をつれ出すのが自分の義務ではあるまいか、とわたしは考えもしそなたのいうとおりになったら、誰よりもよろこぶのは た。カサンドラは王にとってうるさいのだ。それとも彼女は、そなただろうからだ。わたしはそなたからすべてを奪った。 王のやり方を知らないから、去るようにいわれたのがわからそなたはわたしが意のままにできる奴隷なのだからな。さあ なかったのかもしれぬ。そうはいうものの、わたしはほとんそなたたちは、ほかにわたしになんの用があるのだ。もうほ っち ど息もつけすにいたのだ。港湾の方から槌で打っ音がきこえ っといてもらいたい。事が起って、決着をつける段になると いつもわたし、いつもわたしだ。それにしても、わたしがと こ。航海のために船の仕あげをしているのだ。時々、幕舎の あたりを通りすぎる人々の話し声もきこえてきた。誰かが報うとう戦争を終らせたことだけはよろこんでもらいたい。人 告や問いあわせにやってきてくれたら。あるいは諸侯の一人民はわたしからこれ以上なにがはしいというのだ』 とわた でもいいのだ。そうすれば万事はうまくいくのだが、 なぜかわからぬが、明日の犠牲に定められている牛どもの しは考えた。しかし誰もこなかった。わたしたちはまるきり うなる声が闇をつらぬいてきこえてきた。わたしたち三人は この世にたった三人でいたのだ。 身ぶるいした。わたしは思わずちょっと身をかがめた。 それから声がきこえた。『わたしはつかれた』それは人の そのうなり声がきえたとき、アガメムノンはいった。『よ 心をかきむしるような声だった。王の声だ。それから彼はも ここにおるがよい』彼の声はやさしくしずかになってい う一度気をとりなおして押し出すようにいった。「なぜまだ そこにいるのか。いったいなんのためにそなたはそのような わたしはやっとまた身動きができた。いそいで幕舎をとび ことを話すのだ。こうなれば、わたしが他のものたちだけを出したが、あまり遠くへはいかすに、また仕事にかカった 国へかえすとでも思っているのか。わたしがここに残って、用事ができたらすぐにわたしの居場所がわかるようにと考え やみ

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リルケ 126 いささかも古びを見せていない。今日でもひょっとすれば、 とする者がいなくなる。シュイスキーは、彼の目と鼻の先に いよいよ大詰という場面を語るのに、精根っくす物語作者がまで近づいていたが、絶望してとある窓をふり仰ぐと、大声 出てくるかもしれない。そうしたとしても、少しもおかしなをあげた。彼はむき直りもしなかった。窓にだれが立ってい ことはない この大詰には実に多くのことが起きるのだ。彳 皮るか、わかっていたのだ。あたりがしんとしすまりかえるの は前後不覚に眠りこんでいたが、、ゝ がばとはね起きて窓辺にか が、それこそだしぬけにしんとしたのが感じられた。さあ今 けよると、窓を飛びこえ、中庭の、衛士たちのあいだに舞いだ、声がひびいてくるのは。彼にはあの時からおなじみの、 おりる。ひとりでは立ちあがれない。行 新士たちは彼に手をかむやみに気張ったこしらえもののきんきん声が。するとその さなくてはならなし とうやら足をくじいたらしい。二人の声が、母なる太后の声がきこえた。その声は彼を息子ではな いといっていた。 衛士にもたれかかったまま、彼は、二人が自分を信じている のを感じる。見まわすと、ほかの衛士たちもやはり彼を信じ ここまでは出来事の流れが、おのずからのようによどみな このえたいし ている。なんだかこの巨漢そろいの近衛隊士たちが、かわい したがこれからは、ど , っしても物誣作者に出てきてもらい そうになってくる。随分な所まできてしまったものだ。このたい というのも、この後に残った数行からは、問答無用の 連中はイワン雷帝のありし日のたたすまいをすみずみまで知すさまじい力が湧きおこらなくてはならないのだ。口にされ りつくしていたというのに、このおれを信じているのだ。は たかされなかったか、それはいすれにせよ、太后の声とビス んとうのことをいってやろうか、という気持さえおこりかねトルの音とのあいだに、際限もないまでに押しつめられて、 なかった。しかし口をひらけば、ただわめくことにしかなら いま一度、すべてでありたいと願う意志、すべてでありうる なかったろう。足の痛みはすさまじく、この瞬間、自分がど力が、疑いもなく彼のうちにほとばしったのだ。もしそうで うであろうと知ったことではなく、わかっているのは、痛し なければ、その後おこったことの歴然たる首尾一貫性が理解 はんと ということばかりだった。もう猶予はない。叛徒らが押しょできないはずだ。叛徒たちが彼の夜着をつらぬき、盲滅法に せてくる。首謀者シュイスキーが立ちはだかり、彼の背後に 刺しまくり、生身の人間のしたたかな硬さを感じとろうとし 総勢が控えている。今はこれまで。しかしこの時、衛士たちたことカ 。ゝ。ほとんどあきらめてしまっていた皇帝の仮面を、 が円陣を作った。彼をかこんで守りをかためたのだ。すると死後三日というもの彼がなおもかぶりつづけていた、という きせき 奇蹟が起きる。この年老いた男たちの信念があたりにったわことが るやいなや、だれ一人として、これ以上足を前にふみだそう

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

かわせなかったのか。彼女は自分の愛から、何かをめざすと 嘘のことばをかさねて行くのを。 いう働きを一切排除しようと願っていた。それはばくにもわ とうしてかはわからない。それかっている。それにしても彼女の誠実な心が、神は愛の方向 また静けさがおとずれた。、、 せき 咳でしかない、愛の対象ではない、ということを、思いちがえ から人々はからだを動かし、ぶつかり合い、失ネとしし 神から愛のお返しを受ける気づか をした。もやもやした騒音が今にも一面にひろがろうとしてたりしたものだろうか ? いなどないことを、彼女は知らなかったのか ? このすぐれ いた、その時だしぬけに、声がほとばしり出た。ゆるぎなく、 た愛人のつつしみ深さを、歩みののろいばくらに、心の営み 広やかな、すみずみまで隙間なくみたされた声だった。 をことごとく成就させようと、神があっさりと央楽を先に押 きみはわたしをひとりにするきみならわたしは手放せしやってしまうことを、知らなかったのか ? それとも、キ る。 リストに会いたくなかったのか ? 道の途中でキリストにつ っとききみがいたかと思えばもうさざめきのきこえかまり、彼のおかげで愛される者になってしまうことを懸念 したのだろうか ? それでユリエ・レーヴェントローのこと 「つ、は、かいノ、 を考えるのがいやだったのか ? またはただひたすらにただよう香り。 まずそうではないかとばくは思う。考えてみれば、神をや ああ抱きしめたものはすべて失われ わらげるこのキリストという存在に行き会って、メヒティル きみだけがくり返しまた生まれでる。 トのような素朴な愛の女や、アビラのテレサのようなはげし 引きとめねばこそいつまでもきみはわがもの。 い女、リマの聖女ロサのような傷ついた女が、唯々諾々と崩 だれ一人、この声を予想もしていなかった。だれもが、これ伏し、愛されることになってしまったのだ。そうなのだ、 弱い人々にとっては救い主であった存在も、これらの強者に の声の下に頭を低くしているようだった。結びへくると声は は不法な介入でしかないのだ。限りない道よりほかには何一 手安らいだ確信にみち、何年も前から、この瞬間に歌となるこ っ待ち望まなかったのに、緊張にみちた天国の前庭で、彼女 テとを知っていたのかとさえ思われた。 マ いま一度明確な形をそなえた存在が進みより、旅 らの前に、 昔、折にふれてはわれとわが胸にたすねてみたことだが、宿を提供してのんびりくつろがせ、男性としての魅力で心を いま一度、すでに平 どうしてアベローネは、自分の大らかな感情の力を、神にむ惑わす。屈折の強い彼の心のレンズは、 一三ロ

8. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

いのだった。ばくは疲れを知らぬ叫びでもって、テープルク ないということだった。この界隈の無教養なチンピラのなら ず者が壊した窓ガラスはどれもこれも、ばくの、あるいはむロスの模様を消すこともできなかったし、石器時代のように しろ、ばくの声のせいにされたからである。初めは母も正直一所懸命こすり合わせなければ出てこない、上下に増大し、 にきちんきちんと、たいていはバチンコで破壊された台所の長く尾を引く二つの音でもって、熱を生みだし、高熱に変え、 窓ガラスを弁償したが、しまいには、母にもばくの声の現象最後には必要な火花を発して、居間の二つの窓の煙草の煙の 。ゝ理解できて、弁償しろと言われても、証拠をだせと言い張しみついてかさかさに乾いたカーテンを、きれいな模様の ほのお り、素気なく灰色の眼をむいて見せた。近所の人たちは不当焔にしてしまうことにも成功しなかった。マツェラートと かアレクサンダー ・シェフラーが坐っている椅子の脚を、歌 にばくをいじめた。この時点では、ばくが子供の破壊欲にと りつかれて、ガラスやガラス製品を見るや、子供たちがときではずすこともできなかった。できることなら、ばくはもっ どき殺人狂みたいになって、自分の暗いやみくもな嫌悪の情と害の無いもっと自然なやり方で身を守りたかった。しかし を見せびらかすのと同様に、なんとも説明のつかないやり方害の無いものはなに一つばくのいうことを聞こうとしなかっ た。ただ一つガラスだけがいうことを聞いた。その代り弁償 でガラスを憎むのだと人びとが思っているとしたら、それよ しなければならなかったのである。 りひどい間違いはないのである。遊び人だけが、気まぐれに この種の見せ物でばくが最初に成功したのは、三つの誕生 破壊するのだ。ばくはけっして遊ばなかった。ばくは太鼓を 日の少し後のことだった。そのときばくは、太鼓を手にして 勉強していたのだ。そしてばくの声についていえば、声をだ すのはなにはさておき、正当防衛のときだけだった。ばくがおそらくたつぶり四週間は経っていただろうが、そのあいだ、 太鼓の勉強をつづけられるかどうか心配なときだけ、目的達持ち前の勤勉さで、太鼓を叩き潰してしまったのである。な 成のために声帯を使う必要があったのだ。もしも、グレートるほど赤白に塗り分けられた胴はまだ太鼓の底の部分と上面 ヒエン・シェフラーの空想から生まれる、縦横十文字に刺とを結合しているが、音を発する面の真ん中にあいた穴はも 。し。しかなくなっていた。ばくは太鼓の底 はや見過ごすわナこま、 太繍を施したいくらか退屈な模様のテー・フルクロスを、同じ ぶべっ キ 音、同じゃり方で切り裂くか、ピアノの黒いニスを剥がすこを侮蔑していたから、穴はだんだん大きくなり、すっかりば とができるならば、ばくは喜んで、すべてのガラス製品を、ろばろになって、縁は鋭くぎざぎざにめくれ、か細い音をだ 無傷で響き豊かなままにしておいたろう。ところがばくの声す・フリキは裂け、太鼓の中に落ちて、打ったびごとに不機嫌 じゅうたん ミこ。ゝた鳴った。そして、居間の絨毯や、寝室の赤褐色 にとって、テー。フルクロスやニスなんか相変らずどうでもよ しゅう かいわい

9. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

ハルべ広場へ、そこからノイショットラント、アントン・メのそばの住宅地まで、つまり街全体に知られるようになるに ラー通り、マリ ーエン通り、クラインハンマー公園、アクチは、長い時間かからなかった。隣近所の子供たちはばくを見 にー ) ん へスタロッるとーー子供たちの遊び、「酢漬け鰊、一、 三」とか スエンビール工場、アクチェン池、フレーベル原、。 ツィ学校、新市場をまわり、ふたたびラーベス通りにもどっ「黒い料理女はいるかい」とか「おまえの見ないのをばくが グ てきた。ばくの太鼓はそれに耐えた。大人たちは我慢ならぬ見る」とかにばくは興味がなかった 待ってましたとばか そろ らしく、ばくの太鼓をさえぎろうとし、ばくの・フリキを邪魔り、声を揃えて下手な合唱をした、 しようとし、ばくの太鼓の撥に足払いをかけようとした しかし自然はばくに気をつかってくれた。 ガラス、ガラス、小さなガラス 子供のプリキの太鼓を叩いて、ばくと大人たちとのあいだ ビールなしの砂糖ばかり に必要な距離を生みだすことができるという能力は、地下室 ホレ小母さんは窓を開け の階段から墜落してまもなく完成したが、またほとんど同時 ピアノを弾く。 に声も大きくなり、声を高音に保ってふるわせながら歌った り、叫んだり、叫びながら歌ったりすることが可能になった。 たしかに、問題にならない馬鹿げた子供の歌だ。そんな歌 そのためだれも、耳をかさかさにするばくの太鼓をばくから にばくはほとんど邪魔されなかった。ばくは太鼓を先立てて 取りあげようとはしなかった。太鼓を取られるとばくは大声真ん中を通り抜け、小さなガラスやホレ小母さんを足踏みな をあげたからであり、大声をあげると、どんな高価なものでらして通り過ぎ、魅力がなくもない単調なリズムを拝借し、 も粉々になってしまうからであった。ばくは歌でガラスを壊ガラス、ガラス、小さなガラスと太鼓を叩きながら、子供た ねずみ すことができた。ばくの叫び声は花瓶を殺した。ばくの歌はちを引き寄せたが、に ーメルンの鼠取り」になったわ すきまかぜ けではない。 窓ガラスをがらがらと崩おれさせ、隙間風の天下にした。ば くの声は、純潔であるゆえに仮借のないダイヤモンドと同様今日でも、プルーノーがばくの部屋の窓ガラスを拭いてい ガラス戸棚を断ち切り、純潔を失うことなしに、。 カラスるときなどには、この歌の文句とリズムを少しばかり太鼓で 叩いてみることがある。 戸棚の中で、愛する人からの贈り物であるうっすらと埃をか ぶった高貴で調和のとれたリキュールグラスに暴行を加えた。 近所の子供のはやし立てる歌よりも邪魔になり、とくにば ばくの能力が、ばくたちの街、プレーゼン通りから飛行場くの両親にとって腹が立ったのは、費用がかかってしようが

10. 集英社ギャラリー「世界の文学」11 -ドイツ2

しかし答えを待っていたのではなかった。その表情はすっ から流れ出てきた。しかしそれはすぐにまた涸れた % かり変っていた。彼女はにやりと笑った。声が震えて、子供〈あの人は、夜、わたしのそばにいたよ〉と、彼女はさらに つばい声になっていた。 語りつづけた。〈馬鹿だね、はんとうのことじゃないよ。眼 ばあ 一〈おまえはわたしを病気にしてしまったね、婆さん〉と、彼をあけたままで横になっていたって、実際の出来事みたいに ス女は言った。〈喉が渇きすぎて、泉のとこまで足を引きずつ夢に見ることができないわけはないじゃないか。襤褸を着て かも - ー ) か マてゆくこともできなかった人がいるっていう話を、聞いたこ寝ていたって、からだの下の寝床は羚羊の皮のような感じだ ホ とがあるけど、わたしがいま、そんなぐあいなんだよ〉 ー ) 、十・。もの・↓よ白印 - 土〕「みこ、一こ又土、、 、ちばん上等のやわらか てん 彼女は、乾燥した草の根をつめてある袋の上に腰をおろしい貂の皮の毛布のように感じることだってできるのさ。でも、 それが何になるのかねえ。すばらしいことなんか長つづきは 〈おまえがわたしを病気にしたのじゃない、あの人だよ〉と、 しないものだね。何か寝床のうしろに隠してあるね、子供の 彼女は自分に言いきかせるように言った。〈あの人が、わた死骸みたいなもののにおいがする。片づけなくちゃ〉 しを何から何まで、すっかり引っかきまわしてしまった。わ 彼女は立ちあがり、腰をおろしていた場所から離れた。そ おそ たしに触りもしないで、女房にしてしまった。なんの意味かの顔にはむかっきと怖れがあらわれていた。まるでほんとう わかるかい、婆さん。おまえの昔のいい男はだれだったの ? に、そこにそんなものがあるかのように。それから彼女は、 だれがおまえに教えたの ? なんて言ったってあの人たちが、 またもや病的な注意深さで、戸外の物音に耳を傾けた。不意 わたしたちに教えこんだのだものね。いったい、あんな人が に一陣の突風が、戸口の葦むしろをゆさぶった。、、 さわめきが おまえに連れられてくるなんて、だれがおまえに入れ知恵をそれに伴って起こった。それはバラクの声であったかも知れ したの ? どうしておまえはそんなにえらくなったのさ ? 〉 なしが、もしかすると、川の向こう岸から漂ってきた聞き しゃべ まるで自分ひとりのような、返事も待たないお喋りがつづ知らぬ声だったのかも知れなかった。彼女はむしろを片隅に ーっぱってゆき、扉の中央に立った。ヾ ノラクは踏み終わった 〈そう、あの人は顔を赤らめるのにも二種類あるっていうこ 服を、きれいな板の上に張り拡げ、それを改めて白粘土でこ とを、教えてくれた。わたしは一生涯、いつどんなときだっすっていた。妃がそれをそばで手伝っている。血の色に染ま てあの人のものになるだろうよ〉 った汚水が、横に倒した桶から、下水溝に流れこんでゆく。 彼女はにやりと笑ったが、それといっしょに涙が眼のなか二人はせっせと働いていて、こちらに眼を向けもしない。女 か