てんびん はつらっ ういうものは天稟だ』と、ある芸術家の影響をうけた実直な ど漫剌として、愛情に満ちていたら、どうなることでしょ : あなたの自意識はただれてしまう。それはあなたのひとびとは謙虚に言います。そしてかれらの善良な意見によ 額に極印がうたれていて、その極印はあなたが何千人のひとれば陽気で崇高な効果は、絶対に、陽気で崇高な起源をもっ と自覚するかているにちがいないというわけで、誰も、この天稟なるもの のなかにいても、誰の眼からも逃れられない、 が極端に悪い条件の、極端にいかがわしい天稟なのかもしれ らです。ばくはある天才的な俳優を知っていましたが、彼は ないなどとは邪推したりしないのです : : : 芸術家が傷つきや たえず病的なほどの内気さとたよりなさと戦っていなければ 一方、善良な良心と堅 ならない人物でした。過敏になった自己感情が役柄への不足、すいことは誰でも知っています、 かんべき 演技上の使命とあいまって、この完璧な芸術家であり、貧困実に基礎づけられた自己感情をもつひとびとはふつうそうで 化した人間である彼をそんなふうにしたのですね : ・ : ・芸術家はないことも周知の事実です : : : ところでね、リザヴェータ、 ばくは心の底ではーー。。。精神的なものに転位した上でのことで を、たんに世間的な職業が芸術であるのではない本当の芸術 家、あらかじめ定められた、呪われた芸術家をあなたはちらすがーー芸術家というタイプに完全に嫌疑を抱いているので す。それは、遠くの小さな町に住んでいたばくの尊敬に価す と炯眼をはたらかせるだけで群衆のなかから見抜いてしまい ます。分離と、ひとびとに識別され観察されているという感る先祖たちがみな、自分の家にはいりこんできた香具師や危 清、王侯であると同時に当惑したような様子が顔にあらわれ険な軽業をやる芸人に対して抱いたにちがいないのと同じ嫌 ています。平服で民衆のあいだを歩いて行く王侯にそれに似疑なのです。こんな話があります。ある銀行家、もう老年の たものが見られるかもしれません。しかし平服は役に立たな実務家ですがね、この男は小説を書く天稟をもっているので いのです、リザヴェータ ! 変装したって仮面をかぶったっす。彼は余暇にこの天稟を行使します。しかも彼の作品はし 一て、あるいは大使館員か休暇中の近衛少尉の服装をしたってばしば非常に優れたものなのです。この高尚な素質にもかか この人 しいですか、にもかかわらす、ですよ いいさえすれば、誰わらず クだめです。あなたが眼を見開いて、一一一一一口 もがあなたは人間ではなくて、なにかある異様なもの、不思物は、非のうちどころのない人物とは言いかねるのです。そ オ れどころかかって監獄に入ったこともあるのです。しかも重 ニ議なものだということがわかってしまいます : しかし、芸術家とはなにか ? もともと人類は怠隋で認識大な犯罪によってです。そしてじつに監獄のなかで彼ははじ めて自分の才能に気づいたのです。そして監獄での経験が彼 に不精なのですが、人類はほかのどの問題よりもこの問題に 対するほど、その根強さをしめしたことはありません。『その全作品の基本的なモティーフになっているのです。このこ ししカん
とから、多少大胆に推論すれば、詩人になるためにはなんらるのです : : : 芸術家という存在の由来、随伴現象、条件に関し と一一 = ロえるでしよう。てま、 囲かの種類の監獄に入らなければならない、 。しくどとなくじつに奇妙な経験をするものですよ : わ しかしこういう嫌疑が湧いて来ませんか。彼の監獄での経験「それはほかの芸術家についてのお話でしよう、トーニオ・ ン マ以上に彼を監獄に入れさせるに到った素質が、芸術家としてクレーガー 失礼ですけれどーー。それともほかの芸術家に ゅちゃく の彼の根源と起原とに癒着しているのではないか、という嫌っいてばかりではないのですか ? 」 疑が 小説を書く銀行家、というのは奇現象ですね ? 彼は黙り込んだ。そして斜めな眉をあつめて、ばんやりと しかし犯罪者的でない非のうちどころのない、堅実な、それロ笛をふいた。 これはありえません。 でいて小説を書く銀行家、 : あ「お茶を召し上がりなさいな、トーニオ。それはあまり濃く なたは笑っていますね。たしかに半分は冗談ですが、半分は ないのよ。それから煙草もおすいになって。それにあなたは 本気でばくは言っているのですよ。どんな問題だって、この物事を、それがかならすそう見られなければならない、 世のどんな問題だって芸術家という存在とその人間的な作用うのとは別なふうに見ることもよくご存知なのでしよう ほど狂わしいものはありません。あのもっとも典型的な、そ きせき れゆえにもっとも強烈な芸術家の奇蹟的な作品を考えてごら 「ホレーショの答はこうでしたね、リザヴェータ、「物事を んなさし 、。「トリスタンとイゾルデ』のようなきわめて病的そんなふうに見るということは、物事を過度に正確に見ると で疑わしい作品を考えてごらんなさい。そしてこの作品がひ い , っ一ことた』 ? ・ とりの若くて健康なごくふつうの感じかたをする人間に及ば 「わたしが一一一一口うのは、物事を反対の側からでも同じように正 す作用を観察してごらんなさい。するとこの人間が高揚し、確に見ることができる、ということですよ、トーニオ・クレ カづけられ、温かい真正な感激に駆られて、ひょっとすると、 ーガー。わたしは絵を描くというだけのばかな女にすぎなく 自分も「芸術的な』創作をする気になるのが見られます : て、もしわたしがあなたになにか答えることができるとした ディレッタントは善良なものですよ ! ばくたち芸術家の内ら、もしわたしがあなたに反対してあなたご自身の職業をす 面生活はこの人間が『温かい心臓』をもち『真正な熱狂』をこしでも弁護できるとすれば、わたしが言えることはきっと もって夢想するのとは完全に別物です。ばくは芸術家が熱狂なにも新しいことではなく、ただあなたがよくご存知のこと し歓声をあげる女性たちや青年たちに取りまかれているのをを思い出させてあげるだけなのですわ : : : つまり、文学の浄 見たことがありますが、かれらの気持をばくはよく知ってい 化し聖化する作用、認識と言語による情熱の破壊、理解とゆ
荒くて、すでに三階のあたりから滴が垂れ始めたからである。 雄猫たちに打ちかかった、そしてとうとう、ビスマルクとい だぶつ う名の雄猫も含めて四匹とも息を引き取ってお陀仏してしましかしごみ箱はかなりつまっていたので、箱の蓋を閉めるた った。たとえ部屋の中の雄猫の匂いはそのしつこさを少しもめには、音楽家はごみとその袋をぎゅうぎゅう押しこまなけ ればならなかった。彼がそのアパートを離れてーー猫の匂い 失 , っことはなかったにしても。 がしみこんでいるが猫のいない家へ帰る気がしなかったのだ 昔々一人の時計屋がいた、その男はラウブシャートという 「通りのほ , つに ( 打きかかったとき、ぎゅ , っギ、ゆ , つにつめこ 名前で、うちのア。ハートの二階に二間の家を借りて住んでい ひろ まれたごみがふたたび拡がり始め、その袋と、そして袋とい た、その部屋の窓は中庭に面していた。時計屋のラウブシャ ートは独身で、ナチス厚生協会と動物愛護協会の会員で、疲っしょにごみ箱の蓋を押しあけた。 れた人間と病気の動物と壊れた時計の厚生を助けていた。時昔々一人の音楽家がいた、その男は飼っていた四匹の猫を 叩き殺し、ごみ箱に捨て、家を出て、友人たちを訪ねた。 計屋がある日の午後もの思いに耽り、その日の午前に行なわ 昔々一人の時計屋がいた、その男はもの思いに沈んで窓辺 れた隣人の葬式のことを考えながら窓辺に坐っていたとき、 に坐り、音楽家のマインが半分はどっまった袋をごみ箱に押 同じアバート の五階に部屋を借りている音楽家のマインが、 しずく しこみ、その足で中庭を出て行くのを見ていた。それから、 下のほうが濡れているらしくて滴の垂れている半分はどっま マインが立ち去って何秒も経たぬうちに、ごみ箱の蓋が持ち ったじゃがいも袋を担いで中庭に行き、二つあるごみ箱の一 つにそれを押しこむのを見た。しかしごみ箱は四分の三ほどあがり、相変らず少しすっ持ちあがりつづけているのを見て ふた 、つばいだったので、音楽家は蓋を閉めるのがやっとだった。 昔々四匹の雄猫がいた、彼らはある特別の日に特別強く匂 昔々四匹の雄猫がいた、その一匹はビスマルクという名前 いを発したので、叩き殺され、袋につめて、ごみ箱に埋めら だった。この猫たちはマインという音楽家に飼われていた。 鼓去勢されていなかった猫たちは部屋じゅうにひどい匂いを立れた。しかし猫たちは、その一匹はビスマルクという名前だ ったが、まだ完全に死にきってはおらす、猫というものがま のてたので、ある日、特別の理由からその匂いが特別鼻につい たた キ てたまらなかった音楽家は四匹の猫を火掻き棒で叩き殺してさしくねばり強いように、ねばり強かったのである。彼らは しまった。そして死骸をじゃがいもの袋に入れ、四つの階段袋の中で動き、ごみ箱の蓋を動かし、相変らすもの思いに耽 じゅうたん さお りながら窓辺に坐っていた時計屋のラウブシャートに問いか を運びおろし、中庭の絨毯を干す竿のそばにあるごみ箱に けた、当ててごらんなさい 、音楽家マインがごみ箱につつこ その包みを急いで押しこんだのであった、その袋の布は目が
ながら、玄関を出、二頭のライオンのあいだを通って、外へた 彼はミューレン是防とホルステン堤防を通って行きなが 出た。 ら、木々をざわめかせきしませている風にとばされないよう どこへ行くのか ? 彼はほとんどそれを知らなかった。彼に帽子をしつかりとおさえていた。それから駅から遠くない ′ ) う 1 一う がふたたびこの奇妙に威厳のある、そしてむかしからなじみところで堤防をおりて列車がひとっ不器用に急いで轟々と通 かそ 深い破風の列、塔、アーケード、噴水にかこまれるやいなや、りすぎるのを見ながら、ひまつぶしに車両の数を算え、最後 すわ はる の車両のてつべんに坐っている男を見送った。リンデン広場 遙かな夢のかすかなそして厳しい芳香をはこんでくる風の、 へ来ると、彼はそこにならんでいる綺麗な屋敷のひとつの前 強い風の圧力をふたたび顔に感じるやいなや、彼の心はヴェ に立ちどまって、ながいあいだ庭を眺めやり、窓を見上げて ールと霧のとばりのようななにかにつつまれてしまった : ど ちょうつがい いたが、やがて蝶番がぎいぎいきしるほど格子扉をゆすぶ 彼の顔の筋肉がゆるんだ。そしておだやかになった視線で彼 さび はひとびとや物を眺めた。ひょっとするとあそこの、あの街ってみた。それから彼は冷たく錆だらけになった自分の手を 眺め、古いずんぐりした市門をくぐり、波止場に沿ってすす 角で、彼はやつばり目を覚ますかもしれない : どこへ行くのか ? 彼は自分がとった方向がゆうべ見た悲み、それから急勾配の風のつよい小路を彼の両親の家へとの ばって行った。 しい、ふしぎに後悔に満ちた夢と関連があるような気がした 両親の家は、その破風より高い近所の家々に囲まれながら、 : 彼は市場のほうへ歩いて行った。肉屋が血まみれの手で オ三百年以来のように灰色にいかめしく立っていた。そしてト 商品を量っている市庁舎のアーケードを通って、高く尖っこ ーニオ・クレーガーは家の戸口の上になかば消えかかった文 幾条ものゴシックふうの噴水がある市場の広場へ行ったので ためいき けいけんしんげん 一ある。そこへ来ると彼は一軒の家の前に立ちどまった。間ロ字で書かれた敬虔な箴一言を読んだ。それから彼はほっと溜息 わんきよく 一の狭い、簡素な、ほかの家々と同様に彎曲して、風穴のつをついてなかに入って行った。 彼は胸がどきどきした。それは自分が通りすぎて行く地階 クいた破風のある家である。彼はわれを忘れてこの家に眺めい った。入口の標札を読んで、窓のひとつひとつをしばらくじのドアのひとっから、いまにも事務服を着てペンを耳に挟ん オ っと見つめた。それから彼はゆっくりと方向を変えて歩き出だ父が出て来て、自分を呼びとめ、自分の自堕落な生活をき びしくとがめ、自分も父の言い分をはんとうに正しいと思い 彼はどこへ行くのか ? 家へ帰るのである。しかしひまがそうな気がしたからである。しかし彼は何事もなくそこを通 りぬけた。風よけ用の自在扉が閉められすにただ半開きにな あったので、回り道をして市門の外へぶらぶらと歩いて行っ が きれい
ヘッセ 472 には殳所は何もなかったけれども、堂々とした門構えの新し宿をとっていた。その連中のなかに、おっちょこちょいの磨 い家や旧い家、美しい古風な木組みの家々、感じのいい明るき粉売りのホッテホッテや、あらゆる犯罪や罪悪を取り沙汰 い破風などがあった。この通りには片側に家並みがあるだけされている鋏とぎ屋のアダム・ヒッテルらがいた なので、親しみやすく、居ごこちがよさそうで、明るい感じ だった。通りの反対側は、角材の手すりのついた外壁の下を ト学校の一、二年のころは、ハ ンスはよく「血鳥屋」月し 川が流れている。 出かけていったものだった。ばろをまとった淡い金髪の子供 ゲルバー通りが長く、幅広く、明るくて、ゆったりと上品 たちのあやしげな一団にまじって、悪名高いロッテ・フロー だったとすれば「鷹屋」小足はその反対だ。ここには、傾き ミュラーの人殺しの話もきいた。この女は小さな宿屋の亭主 しつくい かけた暗い家がたち並び、漆喰はしみでうすよごれて、ばろと別れてから、五年も懲役に行っていた。昔は評判の美人で、 ばろになっているし、破風は前に傾き、押しつぶされた帽子職工たちのあいだにたくさんの情人を持ち、よくスキャンダ にんじようざた のようだった。ドアや窓はつぎはぎだらけで、煙突はまがり、 ルや刃傷沙汰の種をまいた。いまはひとり暮しで、工場が 雨樋はこわれていた。入りくんだ家々が場所と光をうばいあひけたあとの夕方の時間を、コーヒーを沸かしたり、話をし 路地は狭くて奇妙に曲がりくねって、年じゅううす暗かて聞かせたりして過ごしていた。そのときはいつも戸を開け くらやみ った。雨の日や日暮れすぎには、じめじめとした暗闇に変わはなしておくので、おかみさん連中や若い工員たちのほかに、 さおひも ってしまう。窓という窓から、竿や紐に洗濯物がところ狭し近所の子どもたちが敷居のところにむらがって、うっとりし とつるされていた。それは、この小路が狭くてみじめだった たり、そくそくしながら、この女の話に夢中になった。 のに、間借人や宿泊人の頭数を抜きにしても、相当の家族が 小さな石かまどにかかっている鍋のなかではお湯がぐらぐら 住んでいたからだ。傾きかけたおんばろ長屋の隅から隅までとたぎり、そのそばには脂ろうそくが燃えて、青い石炭の炎 人間がすし詰めになっていて、貧困と罪悪と病気が同居してといっしょに気味わるくゆらいで、超満員のうす暗い部屋を いた。警察や病院は町のそこ以外の全部のところよりも、 照らした。大勢の聞き手の影法師が大きく壁や天井に映しだ 「鷹屋」小路の数軒の家に世話をやかせられた。チフスが発されて、お化けのような姿がゆらゆらと動い 生したといえば、かならすここだったし、人殺しがあったと この家で、八歳の少年ハンスはフィンケンバイン兄弟と知 いえば、やつばりここだった。町で盗難があれば、まっ先に りあって、父が堅くとめたにもかかわらず、約一年間ほど友 「鷹屋」小路が捜査された。旅まわりの行商人たちはここに だちづきあいをした。この兄弟はドルフとエーミールといい、 あまどい は寺、み
リルケ 90 どだ。しかし他の人々もいて、といっても大勢ではないが、 若い人たちならまるで足をと そ知らぬ風で通りすぎていく。 めよ , っともし・ない こうした物を、なんらかの特性にかかわ る点で一見しておくことが、自分の専門と多少ゆかりがある とで、もい , つ、 . ならば、一古ま日 : 、こ。 フランスの中部、 それでも若い娘がその前に立っている姿なら、時には見受 今は女と一角獣の壁かけも、もはやプサック ( クルーズ県にある 昨今の時節には、一切合財家のけられもする。つまり博物館には、もはや何一つ確保してお 町 ) の古城の所蔵ではない。 中から飛び出ていってしまう。家の中にはもはや何一つ確保けない家々から出てきてしまった、若い娘たちがどっさりい しておけるだけの力がない。確実性よりも危険性の方が、よるのだ。彼女たちはこの壁かけの前にきて、いささかは忘我 壁か の境にさまよう思いを味わう。彼女たちはいつも感じていた り確実なものになってしまったのだ。デル・ヴィスト家 ( ナ ている第れ ) のだれひとり、そのあたりでばくらに立ちまじるこのだ、このようなものが、ゆるやかな、決してあからさまに はならぬ身ぶりの織りなす、このようにかすかな生活が、か ともなければ、この家の流れを汲むという者もない。だれも うたかた かもはかない泡沫と消えてしまったのだ。だれがあなたの名ってはあったのだと。彼女たちはおばろげに思いおこすのだ、 これが自分たちの生活になるのではないかと、ひところは夢 を口にするだろうか、ピエール・ドビュソノ ( 一四〕一三ー一五〇三。 ン・トルコ帝国メクメ ) よ、連綿たる家系に生まれた偉大な騎士修見てさえいたことを。しかしそれから、そそくさとノートを ット二世を撃破した 道会長よ。あなたの意志にもとづいて、これら壁かけの画は取りだすと、彼女たちはスケッチをはじめる。花であれ、ご 織られたのだったろう、一切をほめたたえ、何一つむきつけ機嫌な様子の小さな動物であれ、委細かまわず。たまたま何 と聞か にさらけだすことはない、 これらの画は。 ( ああ、どうしてを写すことになろうと、それはなんでもかまわない、 されていたのだ。そしてたしかに、それはなんでもかまわな 詩人たちは、女たちについてこれとちがった書き方をしてき 大事なのはただ、描くことなのだ。そもそも描くために たのだろう、その方がさらに委曲をつくしているなどと、ど うして得々と思っていたのだろう。この画以上のことを知る彼女たちは、とある一日、かなり強引なやり方で家を出てき 必要は、いささかもなかったのだ。 ) そこで、たまたま来合てしまったのだから。みな良家の生まれなのだ。しかし今、 スケッチしながら腕をあげると、服の背なかのボタンがかか わせた人々にまじってたまたま画の前に立った者は、ここに がくぜん っていない、少なくともすっかりとめられてはいないという 自分が招かれていないことに、愕然とせずにはいられないほ
1133 解説 べきであろう。「人生は夢」が「人生はドラマ」になってい ったところに、ホフマンスタールの伝統や秩序への傾斜をた 一九〇一年の結婚以後の第二期で目立っているのは、アレ んにこちこちの道徳主義とは見なしえないゆえんがある。 シュレーダー、ルドルフ・ポルヒャルトとのあ ともあれ、そういう共同体と伝統を思想的背景として、ホクサンダー いだに熱い交遊が生じ、同人誌の刊行が試みられたことであ フマンスタール、演出家マックス・ラインハルト、作曲家リ ヒャルト・シュトラウスがそれそれに夢を託したザルツ。フルる。その延長線上で、第二期から第三期にかけてのホフマン とだ ク祝祭劇は発足し、その後もこの地の祝祭劇は跡絶えることスタールは出版に関心をもち、雑誌を出したり、種々のシリ ーズを刊行したりするようになる。またドイツの過去の文学 なく今日にいたるまで開催されている。そしてこれに倣って、 各地で祝祭劇、フェスティヴァルがその後そくそく誕生した者のアンソロジーを作ったり、政治的発言を行うようになっ ことを思うと、ホフマンスタールは現代芸術の存在形態の一たのも、同じ線に結びつけて理解できるだろう。そのほか、 っちか つの根を培ったとも言えるだろう。『チャンドス卿の手紙』前に言したような演出家ラインハルト、作曲家リヒャルト・ とならんで彼の演劇志向を大きく評価する必要がそこにあシュトラウスとの協力を別とすれば、この時期には最も美し る。 いドイツ語の作品とたたえられている多くの珠玉のような散 『アンドレアス』について 上 / ロダウンの住居 「緑のサロン」にて ( 一九〇八年 ) 中 / 演出家 マックス・ラインハルト 下 / 『薔薇の騎士』上演後に 前列中央 リヒャルト・シュトラウス 後列中央 マックス・ラインハルト 左隣ホフマンスタール
くりヂ くなかったのである。彼は栗毛の馬にまたがるようになってで、ふたたび酔いも醒め悲しみに沈んでいたとき、彼はまっ 祐も、音楽家の耳を失ってはいなかった。それゆえ彼は墓地でたくの一人ばっちで、家には四匹の猫しかいないことに気づ 力いと・つ 一口ジンを飲み、トランペットを吹くときには平服の外套を いた。猫たちは彼の乗馬用の長靴に身体をこすりつけていた。 ス に。し , れ 广制服の上に羽織ったのである、初めは、制帽はかぶらないまそこでマインは新聞紙いつばいの鰊の頭を彼らに与えた、猫 でも、褐色の制服に身を固めて、墓地一帯にトランペットをたちを彼の長靴から引き離すためだった。あの日はことに、 吹き鳴らすつもりでいたのだが。 部屋の中は四匹の猫の匂いが強かった。みんな雄猫で、その あし 昔々一人の突撃隊員がいた、その男は、若き日の友の墓で、うちの一匹はビスマルクと呼ばれ、白い趾で歩くとあたりが まったくすばらしく、ジンのよ , つに晴れやかにトランペット 黒くなった。しかしマインは家にジンを置いてなかった。そ を吹いたとき、騎馬突撃隊の制服の上に外套を羽織った : とのためますます猫あるいは雄猫の匂いが強くなった。もし彼 この墓地にも姿を見せるあのシュガー・レオが参列者たちにの住居が屋根裏の五階でなかったら、おそらくうちの食料品 お悔やみを述べようとしたとき、みんなはシュガー・レオの屋までおりてきて、ジンを買っただろう。ところが彼は階段 お悔やみの言葉を聞かされたのだが、ただ一人突撃隊員だけ が恐かったし、隣近所の人びとも恐かった、その人たちに彼 はレオの白い手袋を握ることができなかった、なぜなら、レ はしばしば、ジンを一滴たりとも音楽家の唇には触れさせま こわ オは突撃隊員を知っていて、非常に恐がっており、大声に叫せん、しらふの新しい人生を始めます、今後は新秩序に身を びながら、手袋とお悔やみの言葉を引っこめたからである。 まかせて、もはやふらふらと、 しいかげんに送った青春時代の 突撃隊員はお悔やみの言葉をもらわずに、冷たいトランペッ 銘酊とは縁を切りますと、誓っていたからである。 トを抱えて家に帰った。うちのアパート の屋根裏の彼の住居昔々一人の男がいた、その男はマインと呼ばれていた。あ で彼は彼の四匹の猫を見いだした。 る日彼が四匹の猫と、そのうちの一匹はビスマルクという名 すわ 昔々一人の突撃隊員がいた、その男はマインと呼ばれてい 前だったが、屋根裏の住居にばつんと坐っていたとき、雄猫 毎日毎日ジンを飲み、とてもすばらしくトランペットをの匂いがひどく鼻についた、彼は午前中につらい体験をした 吹いていたころから、マインは自分の家に四匹の猫を飼ってからであり、家にはジンがなかったからである。つらい気持 のど いて、そのうち一匹はビスマルクという名前だった。突撃隊ちと喉の渇きが増して、雄猫の匂いをますます強めたとき、 員が若き日の友ヘルベルト・トルツインスキーの葬式からも根っからの音楽家であり、突撃隊騎馬軍楽隊の隊員であった どり、ある人が彼にお悔やみの一一一一口葉を言ってくれなかったの マインは、冷たいルン。ヘンストーヴのそばの火掻き棒を掴み、
備・ーーそれもひょっとしたら不十分かもしれない準備、これ山々の上空にただよう青い雲とただひとつにとけあって、甘 だけがすべてだった。ほんとうにおれは、あらゆる場合の用美な憂愁とあこがれの霧になるのだった。ここは、この世界 意ができているだろうか ? そもそも彼女は家にいるだろう は、どれほどそれと違っていたことか。晴れやかであると同 一カ ? 敵軍が進駐して来たので、もっと安全な地方へ逃げて時にもの悲しく、ゆるやかで柔和な山腹のひめたるやさしさ ロ しまったのではないだろうか ? 家にいるとして、夫もいっ はも , つなかった。ここではライラックもまばらで、きれいに ー ) よ」っつ , つか ? ・ いずれにせよ行ってたしかめねばなるまい ペンキをぬった垣根のむこうのゆたかな花房ももうなかった。 ずきん ファルメライアーは馬車に馬をつながせ、出発した。 頭巾のような、深ぶかと下方に達する幅の広いわら屋根の、 それは、五月のある朝、かなり早い時刻だった。軽い二輪背の低い小屋、ちつばけな村々、それらが遠くのほうに埋没 馬車に乗り、花の咲いている牧草地を横に見ながら、うねう し、見通しのきくこの平地ですら、いわばかくれているのだ ねとした砂つばい街道を走った。ほとんど人の住んでいない った。国々はなんとさまざまなことだろう ! 人間の心もそ あたりだった。兵士たちがいつもの訓練をうけに、武器をが うだろうか ? 彼女におれの気持も理解できるだろうか ? たっかせながら行進して行った。明るく高くひろがった青空 ファルメライアーはこ , つ自問した。 彼女におれの気 もみ 、姿は見えぬひばりがさえずった。密で黒々とした樅の木持も理解できるだろうか ? ヴァレフスキー家の領地に近 しらか、は の小さな森が点在し、そのあいだに、明るく楽しげな白樺のづけば近づくほど、この問いはますますはげしく彼の心に燃 銀色があった。朝の風が、はるかかなたから、遠くの兵舎でえあがった。しかしまた、近づけば近づくほど、夫人が家に 歌う兵士たちの声を、とぎれとぎれにはこんできた。ファル しるということも、ますますたしかに思われてきた。まもな メライアーは子供の頃のことを、故郷の自然のことを思った。 く彼は、彼女からへだてられているのもあと数分だけだとい 彼は、戦争がはじまるまで勤務していた駅から程遠くないと うことを、もはやまったく疑わなくなった。そう、彼女は家 にいるのだ。 ころで生まれ、そこで育った。彼の父も鉄道官吏、下級鉄道 官吏、つまり倉庫の管理人だった。ファルメライアーの幼年領主の家に通じるゆるやかな登り道の前ぶれであるまばら 時代は、その後の生活と同様、鉄道のにおいと物音、そしてな白樺の並木がはじまると、ファルメライアーはすぐに馬車 自然のにおいと物音にいつもみちていた。機関車が汽笛をな からとびおり、もうすこし時間が長くかかるように、徒歩で らし、よろこばしげに歌う鳥たちと対話した。石炭の重いにその道のりをあとにした。年老いた園丁が彼の願いをたすね おいが、花の香にみちた野にたれこめ、汽車の灰色の煙が、 とファルメライアーは一一 = ロった。 た。伯爵夫人にお会いしたい、
一味となったが、 そうだといって、なんの義務を負わされた ばいにひろがっている匂いの中へ、足をふみ入れさえすれば、 わけでもなかった。また、カン。へチェ ( メキシ「の、カタン半島西岸 設 ) それでもうおおよそはきまってしまったのだ。取るに足らぬ ほどのことはまだ変わりもしたろうが、全体としては、家の を攻囲したり、べラ・クルス ( キ メキシ「湾に臨むメ ) を仼服したり した。そう感じようと思えばそのまま、一軍全体とも、馬上人々がそれと思い描いている通りの人間に、彼はなっていた の司令官とも、海上の船ともなることができた。ちょっと思のだ。彳 皮のささやかな過去と彼らの願望から、とうの昔に一 ぜんだ いついてひざますけば、たちまちデオダート・ド・ゴゾンでつの人生がお膳立てされていた人間に、 昼も夜も彼らの愛の しっせき あって、悪龍を退冶しながら、かかる雄々しいおこないが、 ほのめかしの下に立ち、彼らの希望と疑いのあいだに、叱責 しよ、つ」ん おごりたかぶった、服従を知らぬ仕業であると人のいうのをと賞讚の前に立つ一家の共有物になっていたのだ。 耳にして、烈火のごとく憤るのだった。つまり、この話に属そんな彼にとっては、極度の慎重さで階段をのばることも、 していることは、何一つ省略しなかったのだ。しかし、どれなんの甲斐もないのだった。みなが居間にいて、ドアがあき ほど多くの空想が湧き出てこようとも、そのあいだに、なんさえすれば、 っせいにそちらを見やるのだ。彼。暗がりに の鳥かは知らす、一羽の鳥でしかないようにわが身を思いな立ったままでいて、彼らが問いかけるのを待とうと思う。が、 す一刻も、まだ、あるのだった。ただ、家路につく時のやっそれから、いちばんいやなことがはじまるのだ。 , 。 彼ま手を取 てくるのが、鳥とはちがうところだった。 られ、テー。フルのそばに連れてこられる。するとそこにいる ああ、その時になると、なんでもかでもが、脱ぎ捨てられ、限りの人がみな、物見高げにランプの前へと身を乗りだすの 忘れ去られねばならなかったのだ。きつばりと忘れてしまう だ。彼らはいい気なもので、自分たちは暗がりにいて、彼一 ことが肝要だったのだ。さもないと、家の人が問いつめてき人にランプの光が降りそそぎ、さらに、顔をさらしものにす た場合、心の秘密をさらけだしてしまいかねなかった。。 とんるという屈辱のすべてが、降りそそぐのだった。 己なにのろのろと、あたりを見まわしながら歩いても、ついレ 彼はいつまでも家にいるだろうか、家人らが彼にあてがう 手家の破風が浮かびあがってきた。上の最初の窓が、彼を見つ しい加減に見当っけた生活を、そのままに生きていくような テめた。だれかそこに立っているのかもしれなかった。 一日じふりをして、ついにし顔ごと彼らみなと似てくるだろうか マゅう、いやまさる期待に胸を焦がしていた犬どもは、急いでおのれの意志のやさしい真実と、その真実を打ちこわす見え 繁みをかけ抜け、力を合わせて、彼を、日ごろなじみの少年すいたまやかしとのあいだで、どちらっかすの生活をするの へと押しもどしてしまった。残りの仕事は家がした。家いっ だろうか ? ひょわな心しか持ち合わせぬ家族の面々に、わ 二 = ロ