ろうとしたとき、それを右手から左手へ持ちかえようとして、れた』ーーそりや何のことです ! つまり、この私が、わざ 料危うく落しそうになった。で、僕はまた想い起こしたわけでわざ金を入れたと一言うんですな ? いったい何のために ? す。というのは、そのときまた、同じ考えが頭に浮かんだか どんな目的で ? いったい何の共通点があるんです、私とこ キらです。つまり、これはあなたが、僕に内緒で、このひとにの : : : 」 フ慈善をほどこすつもりなんだなという考えがです。僕が特に 「何のため ? いや、それは、僕自身にも分らないのですが、 さあ、そそれでも、 ト注意深く見守るようになったのは当然でしよう いまの僕の話が偽りのない事実だということは確 れで、あなたが首尾よくお札をこのひとのポケットへ忍び込実です ! あなたはけがらわし、 し、犯罪的な人だ。いや、僕 ませるのに成功したのを、僕は見た。見たんです、ちゃんと が間違うはすはない。なにしろ、あの時、僕があなたに感謝 見たんです。宣誓してもいい ! 」 して、握手したあの時、さっそくひとつの疑問が頭に浮かん レベジャートニコフは息を切らさんばかりだった。四方八だことまで覚えているはどなんですから。 ったい何故、内 方から、さまざまな叫び声があがった。ほとんどは、驚きの緒でポケットに忍び込ませるようなことをしたんだろう ? 叫びだった。けれども、威嚇的な調子を帯びた叫びもまじっ つまり、何故、内緒でしなければならないんだろう ? 僕が ていた。皆はピヨートル・。へトローヴィチのほうへつめよっ反対の信念を持っている、つまり、何ひとっ根本的に治療す た。カチェリーナ・イワーノヴナは、レベジャートニコフのることにはならない私的な慈善というものを否定していると もとへ駆け寄った。 いうことを知っているから、それで、僕の目から隠したかっ 「アンドレイ・セミョーノヴィチ ! わたし、あなたを誤解 たという、ただそれだけのことなのだろうか ? で、僕はま していました。この子を護ってやって下さいまし ! あなたあ、あなたが僕の目の前で、あんな大金を人に与えるのが本 おひとりがこの子の味方です ! この子はみなし児です、神当に恥すかしかったんだろうと、そう決めてしまったのです。 様があなたをつかわして下さったんですわ ! ああ、アンドそれに、もしかしたら、この人は彼女にあっと驚くような贈 レイ・セミョーノヴィチ、やさしいお友達、ご親切な恩り物がしたかったのかもしれない、あとで彼女がポケットの 中に百ルー。フリも入っているのを見てあっと驚くさまを想像 そして、カチェリーナ・イワーノヴナは、ほとんどもう無するのが楽しかったのかもしれないと、そうも考えました 我夢中で、いきなり彼の足元にひざますいてしまった。 ( なにしろ、慈善家の中には、そんな手の込んだ善行の大好 「たわ一言だ ! 」怒り狂ったルージンが怒鳴った。「たわ一一一一口ば きな人もいますからね、僕は知っていますけど ) 。それから、 かりおっしゃいますな、あなた。『忘れた、思い出した、忘あなたは彼女を試してみたかったのかなとも思いました。っ
のドアがあった。してみれば、その奥にもまだ幾つか部屋がそんな疑念が頭にひらめした。。 、 ' とちらも、じっと相手の様子 ラスコーリニコフが入ると、ポルフィー をうかがっていたが、その視線が合うたびに、どちらも、稲 あるにちがいない。 リイ・ベトローヴィチはすぐさまそのドアを閉めてしまった妻のような早さで目をそらせてしまうのだった。 キので、彼らはふたりきりで差し向かいというかたちになった。 「僕は届けを持って伺ったのです : : : あの時計の : : : これな フポルフィーリイ・ベトローヴィチは、一見このうえもなくんですが。書き方はこれでよいのでしようか ? それとも、 央そうな、愛想のよい顔で客を迎えた。ただ何分か経ったあもう一度、書き直しますか ? 」 ドとでようやく、その素振りのここかしこから、ラスコーリニ「何でしよう ? 届けですって ? ああ、ああ : ろ・う・はい コフは相手が狼狽ぎみらしいのに気づいた。あたかも不意打 心配なく、これで結構ですとも」ポルフィーリイ・ベトロー めんくら ちを受けて面喰ったとでもいうような、あるいは、たったひヴィチは、まるでどこかへ急いででもいるように、せわしげ とりで内緒事にふけっている現場を見られたとでもいうよう な口調でそう言い、もう言ってしまってから、届けを手にと な様子が感じられたのである。 って、目を通した。「ええ、これで結構ですとも、何も付け 「おや、これは先生 ! ようこそ : : : 当方へ : : : 」両手を差加える必要はありません」同じような早ロでそう繰り返すと、 し出しながら、ポルフィーリイはロを切った。「さあ、どう彼は届けをデスクの上へ置いた。それから、もう一分も経っ そ、お掛け下さい、ねえ、あなた , もっとも、あなたには、て、別の話題に移ったあとで、またしてもそれを取り上げ、 お気に召さないかもしれませんな、先生とか、ねえ、あなた書類入れに移した。 とか これじゃ tout court? ( 近しすぎますか ? ) なれなれ「たしか、日 乍日おっしゃいましたね、例の : : : 殺された末亡 に : : : おたずねになり しすぎるなどとお取りにならないで下さいよ : : : さあ、こち人と : : : 僕との関係のことで : : : 正式 、こ。『いや、な らへ、このソファーへどうそ」 たいと ? 」ラスコーリニコフはまたロを開しオ ラスコーリニコフは腰を下ろしたが、 目は相手から一瞬もんだって、たしかなんて言葉を持ち出したんだ ? 』稲妻のよ うに、そういう考えが頭をかすめた。『いや、なんだって、 離さなかった。 わ 『当方へ』にしても、なれなれしさに対する詫び言にしても、 たしかを持ち出したことなんか気にしているんだ ? 』またし tout court というフランス語にしても、その他のいろいろなても稲妻のように、そういう考えがひらめいた。 点にしてもーーーすべてが意味深長だった。『それにしても、 すると、突然、ただポルフィーリイと接触しただけで、わ この男、両手を差し出しておきながら、片手も握らせなかつずか二言か三言、言葉を交わし、わずか二度か三度、目を見 た。うまいぐあいに引っ込めちまいやがったんだ』ちらりと、合わせただけで、たちまち、自分の猜疑心がグロテスクなほ
すっかり理解し合ったのだ。今夜の彼女は、いつもよりもはの終着駅に出かけた。そして正面の大階段で最初に出会った つきりと、おれを愛していることを告げていた。それに何とのは、オプロンスキイだった。彼は同じ列車で着く妹を待っ 愛くるしく、純情で、しかも、おれを信じきっていたことていたのだった。 イ 「やあ ! 伯爵 ! 」とオプロンスキイは大声で呼びかけた。 か ! おれは自分でも、自分がすっと立派な、ずっと清らか ス だれ 「きみは誰を迎えに ? 」 ルな人間になったような気がする。おれには心があり、 かわい ころがたくさんあることを、おれは感じるのだ。あの可愛い 「母ですよ」オプロンスキイに出会うと誰でもそうだが、ウ ロンスキイはにこにこ笑って握手をしながら、こう答えた、 恋におびえた目 ! ええ、とっても、と言ったときの : : : 』 『だからどうしろというのだ ? なあに、、、 とうってことはなそして並んで階段をのばっていった。「今日ペテル。フルグか いさ。おれも楽しいし、彼女も楽しいのだ』そこで彼は、今ら着くはすなので」 「おい、昨夜は二時まで待ったんだぜ。シチェルバッキイ家 夜はどこで打上げにしようかと考えはじめた。 から、 いったいどこへしけこんだのさ ? 」 彼はこれから行けそうな場所を、頭の中であたってみた。 「宿へまっすぐ帰ったよ」とウロンスキイは答えた。「実は、 遊 ) を一勝負やって、 『クラ。フにするか ? べージック ( びの一種 挈一うかい いや、よそう。シ シチェルバッキイ家の夜会のあと実に気分が爽快なので、ど イグナートフとシャンパンでも飲むか ? ャトー・ド・フルーレモスクワの有名な ) はど , つかな、きっとオこへも ( 打ノ、刄がしなノ、てね」 らくいん しゅんめ ノヤンソン、カンカン。いや、 。フロンスキイがいるはずだ。、、 「駿馬は押された烙印でわかり、恋する青年はその目でわか もううんざりだ。まったくこれだからおれはシチェルバッキる、というからな」とオプロンスキイは、まえにレーヴィン に言ったとまったく同じように、朗読口調で言った。 イ家が好きなのさ、こっちまでまじめになってくるものな。 ウロンスキイは、 皮ままっすぐにホテル・デュソーの 別に否定はしませんよという顔で、にや おとなしく家に帰ろう』彳し すぐに話題を変えた。 自分の部屋にもどると、夜食の支度を言いつけた。それからりと笑ったが、 まくら いつもの 「して、きみは誰を ? 」 服をぬぎ、頭を枕にのせるのがやっとで、すぐに、 うる 「ま / 、力し ? ・ 美わしき麗人さ」とオ。フロンスキイは言った。 ように、朶いおだやかな眠りに沈んでいった。 「へえ ! 」 「〈悪く気をまわすと、赤面するぜ ! 〉妹のアンナだよ」 「ああ、あのカレーニン夫人の ? 」とウロンスキイは言った。 「きみは、たしか、知ってたな ? 」 翌朝十一時に、ウロンスキイは母を迎えにペテル。フルグ線
ほお 、、まに・もおど 小き、な 頬を真っ赤にして、元気に散歩からもどってくると、 「そりやもう喜ばないわけがありませんよ , にこ笑っているのつば 記自分を高いところから見下ろしてにこ り出しそうにしてここを出ていきましたよ」 力いと、つ の玄関番の爺やに、ひだのついた外套を渡しながら言った。 「それから、何かとどいてる ? 」とちょっと間をおいて、セ イ リヨージャはきいた。 ノバが会ってあげた ? 」 「今日も来た、あの包帯の役人 ? 「ええ、坊っちゃま」と頭を振りながら、玄関番は小声で言 ル「お会いになりましたよ。事務主任が出かけるのを待って、 わたしが取り次いであげましたのでな」と片目をつぶって、 った。「伯爵夫人さまからとどいてますよ」 玄関番は陽気に言った。「どれどれ、わたしが脱がしてあげ セリヨージャはすぐに、玄関番が言ったのは、リーディ オしょ , つ」 ヤ・イワーノヴナ伯爵夫人からの誕生日の贈りものであるこ 「セリヨージャ ! 」とスラヴ人の家庭教師が、奥の部屋に通とをさとった。 じるドアのところに立ちどまりながら、言った。「自分で脱 「ほんとだね ? どこにあるの ? 」 ギ、なき、い」 「コルネイがお父さまのところにお持ちしました。きっと、 だがセリヨージャは、家庭教師の弱々しい声を聞いたけれ素敵なものですよ ! 」 このくらい ? 」 ど、それには耳もかさなかった。彼はその場に立ったまま、 「 , 入キ、きは ? 片手で玄関番のバンドにつかまり、顔を見上げた。 「もうちょっと小さいけど、でも、いい物ですよ」 「どうなの 、。ハバは役人の頼みを聞いてあげたの ? 」 「本かな ? 」 「いいや、おもちやですよ。さあ、いらっしや、 玄関番はうなすいてみせた。 ワシーリイ・ルキッチが呼んでますよ」と玄関番は、 包帯の役人は、もう七回も何かの頼みごとをもってカレー ニンを訪ねて来たので、セリヨージャと玄関番の関心の的に近づいて来る家庭教師の足音を聞きつけ、手袋を半分脱ぎか なっていた。セリヨージャは一度玄関の間で彼を見かけ、玄けたまま・ハンドにつかまっている小さな手をそっとはすして 関番にとりすがるようにして、子供たちをかかえて飢え死すやりながら、言った、そして、目くばせしながら、頭を振っ るほかはないと言いながら、取次ぎを頼んでいるのを聞いたてルキッチの方を示した。 ことがあった。 「ワシーリイ・ルキッチ、すぐ行きます ! 」と仕事熱心なワ それからセリヨージャは、玄関の間でもう一度役人を見か シーリイ・ルキッチをいつも参らせてしまう、央活な、なっ けて、その役人に関、いをもつようになった。 っこい微笑を浮かべながら、セリヨージャは答えた。 「それでどうなの、ひどく喜んでた ? 」と彼はきいた セリヨージャは楽しくてたまらなかったし、何もかもあま いらっし
幸福の微笑で顔を輝かせながら、言った。 「町から荷物が着いたかね ? 」とレーヴィンはクジマに訊ね 「わたしだってそうよ , もうどこへも行かないわ、特にモた スクワへは」 「いま着いたばかりで、解いております」 「何を考えていたの ? 」 「早くいらしてね」と彼女は書斎から出ていきながら、彼に 「わたし ? わたしね : いや、いけないわ、書きものをな言った。「さもないと、 いらっしやらないうちに手紙を読ん さい、気を散らしちゃだめ」と唇をとがらせて、彼女は言っでしまいますわよ。そのあとで、ピアノの連弾をいたしまし た。「わたしも早くこの穴を切りぬかなくちゃ、ほら見えるようよ」 かばん でー ) よ ? ・ 彼は一人になると、彼女が買い整えた新しい書類鞄にノ は、み 彼女は鋏をとって、穴を切りぬきはじめた。 ートをしまって、すべて彼女とともにあらわれた優雅な備品 しいから、言ってごらん、何を考えていたの ? 」と彼女ののついた新しい洗面台で、手を洗いはじめた。レーヴィンは そばにすわって、小さな鋏のまるい動きを見まもりながら、 自分の考えに苦笑し、どうもいかんなというように頭を振っ 彼は言った。 た。後悔に似た感情が彼を苦しめていた。い まの彼の生活に 「あら、わたし何を考えていたかしら ? そう、モスクワのは、ひそかにカプーア的第〔い ) と名付けていた、何 こと、それからあなたのうなじのこと」 か恥すかしい、柔弱なものがあった。『こんな生活はよくな 「ほんとにどうしてばくにはこんな幸福が恵まれたんだろ いな』と彼は思った。「やがて三月になろうというのに、お う ? 不自然なほどだ。あまりにもしあわせすぎるよ」と彼れはほとんど何もしていない。真剣に仕事にとりかかったの 女の手に接吻しながら、彼は言った。 は、今日がはじめてといっていいほどなのに、どうだろう ? 「あら、わたしはその反対よ、しあわせなほど、自然のよう手をつけたと思ったら、もう投げ出してしまった。日常の仕 ナ な気がするの」 事でさえも ほとんどほったらかしだ。農場の見まわりに レ 「おや、髪がほっれてるよ」と彼はそっと彼女の頭をまわし も、ほとんど出やしない。あれを一人でおいとくのが可哀そ カ ながら、言った。「小さな一房が。ほらここの。いや、こんうになったり、さびしそうにしてるのが見えたりするもので、 ナ つい出そびれてしまう。まったく ンなことをしてちゃいかん、仕事をしようよ」 、結婚前の生活なんて、適 しかし、仕事はもうつづかなかった、そして二人は、クジ当なもので、まあ大した意味はないが、結婚後にこそ、ほん 川マがお茶の支度ができたことを知らせにきたとき、わるいこ とうの生活がはじまるんだと思っていたのに。それが、もう じき三カ月になるとい、つのに、。 とうだ、こんなにぶらぶらと とでもしていたみたいに、急いではなれた。
トルストイ 1308 指示をあたえただけだった。つづいて彼女は、馬車が付けらとお伝えするように言われました」 れ、扉が開いて、彼がまた出てゆくのを聞いた。。 「そう。ちょっと待ってね。いま手紙を書きますから。これ 彼はまた玄関に入り、誰かが二階へかけ上がって行った。従をミハイルにもたせて厩舎へとどけさせてちょうだい。大急 僕が忘れた手袋をとりに行ったのだった。彼女は窓に近づき、ぎでね」 彼が見向きもせずに手袋を受け取り、御者の背をつついて、 彼女はすわって、手紙を書いた。 何か言ったのを見た。それから、窓の方を振り返りもせずに、 『わたしがいけなかったのです。すぐにおもどりください、 馬車に乗りこむと、脚を組んでいつもの姿勢をとり、手袋を はめながら、町角へ消えて行った。 話し合う必要がありますもの。お願いですから、おもどり になって。わたし怖いのです』 彼女は手紙に封をして、召使にわたした。 『行ってしまった , これですべてが終わったのね ! 』とア いまは一人でいるのが怖かったので、彼女は召使のあとか ンナは窓辺にたたすみながら、自分に言った。すると、このら部屋を出ると、子供部屋へ向かった。 ろうそく やみ 問いに答えるように、蝦燭が消えた瞬間の闇と恐ろしい悪夢『あら、これはちがうわ、坊やじゃないわ ! 坊やのあの青 かわい とこへいって の印象が、ひとつに融け合いながら、冷たい恐怖となって彼い目は、きまりわるそうな可愛らしい微笑は、。 み 女の心を充たした。 しまったのかしら ? 』これが、黒いちぢれ毛の、むっちりし 『ちがうわ、そんなはずはない ! 』と彼女は叫ぶと、部屋をた、 血色のいい女の子を見たときに、最初に彼女の頭に浮か 横切って、強く呼鈴を鳴らした。そして、一人でいるのがあんだ考えだった。彼女は頭が混乱して、子供部屋にセリヨー まりにも布かったので、彼女は召使の来るのを待たずに、自 ジャがいるものと思いこんでいたのだった。女の子はテープ 分の方から出向いて行った。 ルのまえにすわって、コルクの栓でテーブルをあきもせずに たた 「伯爵がどこへお出かけになられたのか、聞いてきておく 力いつよ、叩いてしたが、 、 : 二つのすぐりの実のような黒い目 からだ れ」と彼女は言った。 で無、いに母を見た。イギリス人の保母に、もうすっかり身体 きゅうしゃ た 召使は、伯爵さまは厩舎においでになりました、と答えの調子がよくなったことと、明日田舎へ発っことを答えると、 アンナは女の子のそばにすわって、女の子のまえにコルクの 「奥さまがお出かけになるようなら、馬車をすぐもどすから、栓をくるくるまわしはじめた。。こが、 オ女の子のかん高い笑い
, つ、ドリイに , 知 . らせよ , つか ? 」 ヒロードのケープにくるまり、プラトーク 小さな橇の上に、。 彼女は夫を見たが、その言葉は聞いていないらしかった。 で頭をつつんだリザヴェータ・。へトローヴナが乗っていた。 「ええ、ええ、さあ、行ってらして」と彼女は眉をしかめ、 『ああよかった、ありがたし ! 』いまは特に真剣な、厳粛に イ 追い立てるように片手を振りながら、ロ早に言った。 さえ見える表情の、プロンド髪の小さな彼女の顔に気づくと、 ス 彼はもう客間に出ようとしたとき、不意に寝室から痛々し レーヴィンは躍り上がりたいような気持でロ走った。御者に いうめきが聞こえ、すぐに消えた。彼は思わす立ちどまった、 止まらぬように言いながら、彼は橇と並んで、家の方へ走り そしてそれが何であるか、しばらく理解できなかった。 『そうだ、あれはキテイだ』と彼はつぶやくと、頭を抱えて、 「じや二時間くらいですね ? それ以上じゃありません かけ下りて行った。 ね ? 」と彼女はきいた。「あなたはピヨートル・ドミートリ あわ 「主よ、憐れみたまえ ! 許したまえ、助けたまえ ! 」と彼チ先生を呼んできてください。でも、そんなにせかさなくて はどういうわけか不意にロに出た思いがけぬ一一一一口葉をくりかえもいいですよ。それから薬局でモルヒネをもらってきてちょ しつぶやいた。しかも神を信じない彼がこの言葉をくりかえ うだい」 したのは、口先でだけではなかった。いま、この瞬間、自分「じゃ、あなたの考えでは、大丈夫なんですね ? 主よ、憐 の疑念ばかりか、理性的には信じることができないと主張すれみたまえ、助けたまえ ! 」と門から走り出て来る自分の馬 る自分の内部の声までが、神にすがろうとする自分をすこし橇を見て、レーヴィンはつぶやいた。彼は橇にとび乗り、ク まはそれらすべてが、 も妨げぬことが、彼にはわかった。い ジマと並んですわると、医者のところへ急ぐように命じた。 灰のように、彼の心から飛び散ってしまった。彼がいま自分 の身体も、自分の心も、自分の愛もその手の中にあることを 感じている神以外の、誰に頼ることができたろう ? 馬車の支度はまだできていなかった。しかし彼は、体力と、 医者はまだ起きていなかった。召使が「おそくおやすみに これからなさねばならぬことに対する注意力の、特別の緊張なりましたので、朝は起こさぬように言われましたが、もう を自分の内部に感じながら、一分もむだにせぬために、馬車やがてお目ざめになるでしよう」と言った。召使はランプの の支度を待たずに、クジマに追い付くように命じて、歩きだ ほやみがきにかかっていて、ひどくにしそうだった。召使の ランプのほやに対する熱意と、レーヴィン家で起こりつつあ ばそり 街角で彼は、こちらへとばしてくる夜の辻馬橇に出会った。ることに対する無関、いは、最初彼をびつくりさせたが、すぐ
トルストイ 1258 しかし、農民が酒を飲む話など、キティには興味がなかつると、キティは言った。「手紙は誰からでしたの ? 」 彼は妻に答えると、そのおだやかな態度に安心して、着替 。彼女は夫が顔を赤らめたのを見て、そのわけを知りたか , こ一丁っこ。 ひじかけいす もどって見ると、キティはさっきの肘掛椅子にそのまます 「それで、それからどこへ行ったの ? 」 わっていた。彼がそばに寄ると、キティはちらと彼を見上げ 「スチーワがどうしてもときかないので、アンナ・アルカー たと思 , っと、わっと泣きだした。 ジェヴナのところへ」 「 : っしたの ? ・ゾ」 , っしたの ? ・」と彼はをつしたのか、も、つ士 そして、それを一一一一口うと同時に、レーヴィンはいっそう赤く 、ことだったか、 えもって知りながら、きいた。 なった、そして、アンナを訪ねたのが、いし 「あなたはあのいやな女が好きになったのね、あの女に誘惑 それともよくないことだったか、という彼の疑惑が最終的に されたのね。目を見てわかったわ。そうよ、そうよ ! そん 解決された。彼。いまになって、あれはしてはいけよかった なことをしたら、どうなると思って ? クラブでお酒をさん のだと、思い知った。 ざん飲んで、遊んで、それから出かけてゆくなんて : : : それ アンナの名を聞くと、キティの目は大きく見開かれ、きら も誰のところに ? もういや、田舎へ帰りましよう : : : わた 無理に自分を抑えつけて、内心の動揺をかく っと光ったが、 し、明日帰りますわ」 し、夫の目を欺いた。 レーヴィンは長いこと妻の気をしずめることができなかっ 「まあ ! 」と彼女は言っただけだった。 た。結局、あわれみの感情に酔いが重なって頭が混乱し、ア 「きみは、ばくが訪ねたことを、怒らないだろうね。スチー 、 : つかっ ンナの狡猾な感化力に屈したことを告白し、これからは彼女 ワの頼みだし、ドリイも望んでいたことだから」とレーヴィ を避けることを誓って、彼はやっと妻をなだめることができ ンは一一一一口った。 その目 た。こんなに長くモスクワに暮らしていて、不慣れな話や、 「あら、怒ったりなどしないわ」と彼女は言ったが、 に、彼は、よいことは何も約束してくれぬ、無理に自分を抑飲み食いばかりしていたので、頭がばうっとしてしまったの だという告白だけは、何よりも真実な彼の心の声だった。二 えつけている色を見てとった。 、、まんとこ、まんとこ、こ 人は朝の三時まで語り合った。三時になって、二人はやっと 「あの人はほんとに心のやさしし わしい、立派な女性だね」と彼はアンナの印象や、その仕事眠りにつくことができるまでに、仲直りをすることができた。 のことや、キテイへの伝一一一口を話したあとで、言った。 「ええ、そうね、ほんとに可哀そうな方ね」と彼が話し終え
どうしても思い出せないことがある。彼は問いかけるように、 いよ。そろそろ六時になるかな。六時間とちょっとは寝てた ラズーミヒンの顔を見詰めた。 わけだ : 「おや ! 」ラズーミヒンが言った。「忘れちまったんだな , 「なんだって ! いったいおれは , どこへ き、つきもひょいと田 5 ったけど、丑須はまだほんと , つに : キ「おい、何いってんだ ? 眠りは薬だよ。 : ほんとうに、顔色 も , つほんと , つに目を覚ましたよ , つだな : フお急ぎなんだね ? あいびきか ? もう僕達の時間じゃない もすっとよくなった : : ・感心、感 」心 ! さあ、仕事にかかろ 。僕はこれでもう三時間も待ってたんだぜ。三度ものそい ス うぜ ! なに、すぐにちゃんと思い出すさ。さあ、見てくれ、 てみたけど、あいもかわらすおやすみなんだからな。ゾシー モフのところへも二度ほど行ったのに、留守なのさ。外出中ロージャ」 とうやら、その包みがよほど いや、なに、そのうちに来る彼は包みをひろげはじめた。。 でございますの一点張り , : なにか用事でもあるんだろうよ。ねえ、僕は今日、気になるらしい ゝ、。業まも , っこれが気が 「ねえ、ロージャ、分ってくれる力しイ。 引っ越してきたぜ、本式に引っ越してきたんだ。伯父貴とい っしょにね。いや、僕んところにはいま伯父貴が出て来てるかりでしかたがなかったんだぜ。なぜって、君を人間並みの それより仕事、仕姿にしてやらなきゃならんからね。さあ、それじゃ、上から : なに、そんなことどうでもいい ) んだ・ : 始めようぜ。ほら、この鳥打帽を見てごらん」彼は包みの中 事 ! : : : 包みをこっちへおくれ、ナースチェンカ。さあ、 から、かなり結構な品にはちがいないとはいえ、また同時に、 : ところで、君、具合はどうだね ? 」 : ラズーミヒン、君はすっ なんともありふれた安物の学生帽を取り出すと、調子よくま 「健康だよ。病気じゃないんだ : くしたてはじめた。「大きさが合うかどうか、ちょっとかぶ と前からここへ来てたのか ? 」 ってみてくれないか ? 」 オしか、三時間待ったって」 「だから一一一一口ったじゃよ、 「このつぎにしてくれ、あとに」いかにも不機嫌そうに手を 「いや、その前さ ? 」 振ると、ラスコーリニコフが一 = ロった。 「その前 ? そりや何のことだ ? 」 「だめだよ、ロージャ、一一 = ロう通りにするんだ。このつぎじゃ 「いっからここへ来るようになったんだ ? 」 オしか。覚遅すぎるよ。それに、僕は気がかりで一晩中眠れやしない。 「おいおい、も、つき、つき、、なにもかもエしたじゃよ、 なにしろ、寸法が分らんから、あてすつばうに買ったんだか えてないのかい ? 」 ラスコー リニコフは考えてみた。まるで夢の中の出来事のらね。おや、びったりだ ! 」帽子をかぶせて見て、ラズーミ ヒンは勝ち誇ったように叫んだ。「びったり寸法通りだ。頭 ように、さきほどのことが頭にちらついた。ただひとつだけ、
そして彼は独特の明央さで、このきわめて重大な、興味あ れている一般的な条件であり、働く場所のいかんを問わず、 、まは何よりも農業経営に g ここへ来る途中の老百姓のところのような、何かああした労る新説を、かいつまんで話した。し 働者の関係の組織は、空想ではなく、解決しなければならぬ関する考えに心を奪われていたにもかかわらす、レーヴィン イ は、主人の話を聞きながら、こう自分に訊ねていた。『この ト課題なのだという考えが、これまで一度もなかったほどに、 ル彼の胸を騒がせていた。そして彼は、この問題は解決できる男の頭の中はどうなってるのだろう ? それにしてもなぜ、 なぜポーランド分割なんかに興味をもつのかしら ? 』それで し、それをやってみなければならないような気がした。 あいさっ スヴィヤジスキイが話し終わると、レーヴィンは思わす訊ね 婦人たちにおやすみの挨拶をして、明日もう一日滞在し、 だんがい こ。「だから、ど , ったとい , つんたね ? 」しかしど , っとい、つこ 、つしょに馬で官有林の断崖の絶景を見にゆくことを約束すオ ると、レーヴィンは寝るまえに、スヴィヤジスキイにすすめともなかった。ただ、そういう事実が判明したということが、 たが、スヴィヤジスキイは、なぜそ られた労働問題の本を借りるために書斎に立ち寄った。スヴおもしろいだけだった。。 イヤジスキイの書斎は広い部屋で、まわりにすらりと書棚がれがおもしろかったかは説明しなかったし、説明する必要も 認めなかった。 並び、テー。フルが二つ置いてあった。一つはどっしりしたデ 「なるほど、しかしばくはあの怒りつばい地主にひどく ( 味 スクで、部屋の中央にすえられ、もう一つは円テー。フルで、 ためいき ランプのまわりに各国語の最近の新聞や雑誌が星形に並べらをもったね」と溜息をついて、レーヴィンは言った。「頭は だんす しいし、かなり真実を語ってたよ」 、 ' テスクのかたわらに書類簟笥が置かれ、引出しに れてした。。 「おやおや、きみがそんなことを言うとはねえ ! 腹の中は 金のレッテルで関係書類の分類が表示されていた。 頑固な農奴制擁護者だよ、あの連中はみな同じだがね ! 」と スヴィヤジスキイは本を選び出して、揺り椅子にすわった。 「何を見てるんだね ? 」と彼は、円テープルのそばに立ちどスヴィヤジスキイは言った。 「だってきみはそういう連中の会長じゃないカ まって雑誌を見まわしているレーヴィンに、声をかけた。 「そうだよ、だが連中を別な方向へ導こうとしてるだけさ」 「あ、そう、そこにひじようにおもしろい論文があるよ」と スヴィヤジスキイは、レーヴィンが手にとった雑誌を見やりと笑いながら、スヴィヤジスキイは言った。 ながら、一一一口った。「それによると」と、彼は楽しそ , つに活気「ばくがひどく関、いをもってるのは、こ , ついうことさ」とレ ーヴィンは言った。「ほかでもないが、あの地主が言った通 づきながらつけくわえた。「ポーランド分割の最大の責任者 はぜんぜんフリードリッヒではなかったというんだよ。実はり、わが国の農業、つまり合理的経営は、さつばりうまくい かす、うまくいってるのは、あのおとなしい地主のとこのよ