とになるかもしれないのに、私はいまのところ、それ以外にんでしまったじゃありませんか。でも、あなたご自身がいま は、あなたを追求すべき決め手を何ひとっ持っていないので間違っておられるとしたら、どうなるんです ? 」 -4- すから。まあ、それでもやはり、私はあなたを拘留すること 「いや、ロジオン・ロマーヌイチ、私は間違ってはおりませ キになりますし、そればかりか、その事を何もかも前もってはん。毛筋を一筋だけ、握っているのです。その一筋を、あの フつきりお知らせするために、こうして伺ったほどですが ( こ時に見つけたわけです、神様のお恵みですな ! 」 れは普通の遣り方とはまるでちがいますがね ) 、それにもか「毛筋って、どんな ? 」 ロジオン・ロマ ドかわらず、そうするのは私にとって不利になるだろうと、あ「どんなものか、それは申し上げますまい なたにはっきり申し上げるのです ( これもやはり、普通の遣ーヌイチ。それに、いすれにせよ、私にはこれ以上猶予する り方とはちがいますが ) 。さて、第二に、私がこうして伺っ権利がありません。拘留します。ですから、よくお考えいた たのは : だきたい。私にとっては、今となっては、もうどっちにしろ 「さあ、それで、第二には ? 」 ( ラスコ ーリニコフはまだ息同じことなのですから、つまり、私はただただあなたのため に申し上げているわけです。ほんとに、そのほうがすっと、 を切らせていた ) 「さきほども申し上げた通り、あなたに何もかもはっきりお いですよ、ロジオン・ロマーヌイチ ! 」 話しするのを義務と心得るからです。私はあなたに人非人と ラスコーリニコフは毒々しい笑いを浮かべた こつけい 思われたくはありません。まして、これは信じていただける 「そうなると、もう滑稽どころじゃない、恥知らすと言って かどうか分りませんが、私は心の底からあなたに好意を抱いも、 しいくらいじゃありませんか。かりに僕が有罪だとしても ているのですからね。で、そうしたことを踏まえたうえで、 ( そんなことは全然言ってませんけど ) 、なんだってわざわざ 第三に、率直かっ端的にお勧めしようと思って伺ったのですあなたのところへ自首して出る必要があるんです、現にあな 自首なさい、 と。そのほうがあなたにとって計り知れな たがご自分から、僕はあそこへ入って落ち着くことになるん いほど有利ですし、それに、この私にとっても有利なのですだと、そうおっしやっているのに ? 」 肩の重荷がおりますからね。さあ、どうです、私として 「ああ、ロジオン・ロマーヌイチ、言葉をそう額面通りに受 は率直に申し上げているでしよう、ちがいますか ? 」 け取るものではありませんよ。もしかしたら、落ち着くこと にはならないのかもしれませんからね ! なにせ、これはた ラスコーリニコフは一分ほど考えていた。 「ねえ、ポルフィーリイ・ベトローヴィチ、あなた、、、 こすぎない こ自分だの理論、それも私の理論し ところが、この私な で心理学だけだとおっしやりながら、そのくせ数学に入り込どあなたにとって何の権威でもないじゃありませんか ? そ
トルストイ 696 ず、死んだ女の髪の毛を撫でてるだけだ。どうだな、ドリ 大変、もうつきっきりの看病になってしまいますもの」 医師が帰ると老公爵も書斎から出てきた、そしてドリイに イ」と彼は姉娘の方を向いた。「おまえのとこのおしゃれは せつぶん かたはお 片頬を突き出して接吻を受け、一一言三言交わすと、夫人の方どうしてる ? 」 「どうもしませんわ を向いた。 ノノ」と亠人のことだとき、とりながら、 「どう決まった、行くのかな ? それで、わしはどうなるんドリイは答えた。「出歩いてばかりいて、ほとんど会いませ んもの」彳 皮女はふんと鼻の先で笑いながら、こうつけくわえ だね ? 」 「あなたはお残りになった方がいいと思いますわ、アレクサずにはおれなかった。 ンドル」と夫人は言った。 「何だ、まだ山林の売却に田舎へ行ってないのか ? 」 「ええ、あいかわらす掛け声ばかりで」 「おまえの好きなようになさい」 「ママン、どうしてパパはお残りになるの ? 」とキティは一言 「そんなことだろうと思った ! 」と老公爵は言った。「では、 った。「いっしょの方がパ。ハだって楽しいでしようし、わたわしも支度をするわけだな ? ま、 。しかしこまりました」と したちだって」 彼は腰を下ろしながら、夫人に言った。「ところで何だな、 老公爵は立ち上がると、キティの髪を撫でた。彼女は顔をカーチャ ( キティ ) 」と彼は末娘の方を向いて、つけくわえ - ま - は - え た。「おまえはそのうち、ある美しき朝にだな、目をさまし 上げた、そして無理に微笑みながら、父を見つめた。父は彼 女のことをあまり口にしないが、家じゅうの誰よりも彼女をて、自分にこう一一一一口うがよい。そう、わたしはすっかり健康で、 さわ といっしょに朝早く冷たい 理解してくれている、いつも彼女はそんな気がしていた。彼気分が爽やかなんだわ、またパパ 女は、末娘として、父の秘蔵っ子だった、そして彼女に対す空気の中へ散歩に行こうっと。あ ? 」 父の言ったことは、何でもないあたりまえのことのように る父の愛が父の目に心を読む力をあたえているように、彼女 にはわれた。いノ ま彼女のまなざしが、じっと彼女を見つめ思われたが、キティはこの一一 = ロ葉を聞くと、証拠を突きつけら ている父の善良そうな青い目と出会ったとき、父が彼女の心れた犯罪者のように、。 とぎまぎして、頭がかっと熱くなった。 、ババはすっかり知ってるんだわ。何もかも見ぬ の中を見通して、そこでおこなわれているよくないことをす『そうだわ いていて、この一一 = ロ葉で、恥すかしいだろうが、その恥すかし つかり読みとっているように、彼女には思われた。彼女は顔 を赤らめながら、父の方へ身をよせて、接吻を待ち受けたが、さに堪えねばならぬ、とわたしに言ってるんだわ』彼女は何 か返事をしようと思ったが、その勇気がなかった。彼女はロ 父は彼女の髪を軽くたたいて、こう言っただけだった。 ほんものの娘まではとどかを開きかけ、不意にわっと泣きだして、部屋から走り出て行 「何だこのばかげた入れ髪は ,
」カいと - っ そう言いながら、彼女はあたふたと外套を引っ掛け、帽子 三人は通りへ出た。 をかぶった。ドウーネチカもやはり身支度をととのえた。彼 「ねえ、ドウーネチカ、明け方になって、ちょっとうとうと ゅめ 女の手袋はもうくたびれきっていたばかりか、穴さえあいてしたら、突然、亡くなったあのマルフア・。へトローヴナが夢 キ いるのにラズーミヒンは気づいた。しかし、それでも、この枕に立ったんだよ : : : 全身白ずくめで : : : あたしのそばに来 ス ると、手をとって、あたしを見ながら首を振るんだけど、そ フ誰の目にもあらわな装いの貧しさは、ふたりの婦人にかえっ て一種の気品を添えているほどだった。そまつな服を着こなの顔のきびしいこと、きびしいこと。まるで、あたしを責め ス : これはよいしらせなのかねえ ? ああ、ドミ すすべを心得ている人間にあっては、それは必ずそういうもるみたいな : ートリイ・プロコーフイイチ、あなたはまだご存知なかった のなのである。ラズーミヒンは畏敬の念を抱いてドウーネチ 力を見詰め、彼女のエスコートをつとめることに誇りを感じわね。マルフア・ベトローヴナが亡くなったんですよ ! 」 た。『あの王妃も』とラズ ] ミヒンは、いひそかに思った。『牢「いえ、存じません。マルフア・ベトローヴナとおっしやる 獄の中で自分の靴下をつくろったというあの王妃 ( フラ ) ス王ル 妃マリ ントワネット ) も、まさにそのような瞬間にこそ、晴れの儀式や「ほんとに突然でしたわ ! それもどうでしよう : 「後になさいな、お母さん」ドウーニヤが口をはさんだ。 出御にその栄華を極めていた時にもまして、まことの王妃ら たいいち、こちらはまだマルフア・ベトローヴナのことは しく見えたにちがいない』 「ああ、なんということでしよう ! 」プリへーリヤ・アレク まるでご存知ないのよ」 「あら、ご存知なかったかしら ? まあ、あたしったら、あ サンドロヴナは嘆声を上げた。「自分の息子に、 いとしいロージャに会うのをこわがるなんて、ほんとに夢になたはもう何もかもご存知だとばかり思い込んでしまって。 ・ : あた ごめんなさいね、ドミートリイ・プロコーフイイチ、この二 も思わなかったわ、こんなふうにこわがるなんて , し、こわいんですのよ、ドミートリイ・プロコーフイイ三日、もう頭がすっかり混乱してしまったものですから。 みつか え、それより、あなたはあたしどもにとって神様の御使いも チ ! 」おどおどとラズーミヒンのほうを見ながら、彼女はっ けくわえた。 同然なんですから、それで、どんなことでも最初からご存知 だろうって、信じ込んでしまったんですわ。あたし、あなた 「こわがることはないわ、お母さん。兄さんを信じたほうが のことを家族のひとりのように思ってしまって : : : こんなこ よくてよ。あたしは信じているの」 あたしだって信じてますよ。でと申し上げたからって、お怒りにならないで下さいな。あら、 「ああ、何を言 , つんだい , まあ、その右の手はどうなすったんですの ! お怪我 ? 」 も、一晩中、眠れなかった ! 」あわれな婦人は叫んだ。 ろう まくら
終的に確かめようと思ったからなんだ、まず第一に、君が気がま座っていらした。僕らはそのそばに突っ立っていた。ただ 狂っているというのは果たして事実かどうかをね。なにしろ、黙ってね。やがて、立ち上がると、『外出しているのなら、 君に関しては、これはもう気違いである、もしくは、その傾向がつまり、元気なんだし、母親のことは忘れてしまったんだね。 非常に強い人間であるという、そういう確信が存在しているとなれば、一尸口に立って、施しでも乞うように愛情を乞うの わけだ ( まあ、どこかそこいらに存在しているんだ ) 。正直は、母親の身として無作法だし、恥すかしいことだわ』そう 一一一一口えば、僕自身もその考えを支持する方向に傾いていた。まおっしやったよ。で、家へ帰るなり、寝込んでおしまいにな す第一に、君のなんとも愚かしくて、ある点ではけがらわし いまは熱がある。『あの子は、自分の女のためなら時 しとさえ一一一口える ( おまけに、。 とうにも説明のつけようもな 間があるのさ』ともおっしやった。お母さんの考えでは、自 このあいだの、お分の女というのはソフィヤ・セミョーノヴナのことなんだ。 い ) 振舞いの数々から判断して。第二に、 いいなずけ 母さんと妹さんに対する君の仕打ちから判断してだ。あのふ君の許嫁なのか、それとも愛人なのか、僕には分らないがね。 たりにこのあいだの君のような態度が取れるのは、気が狂っ僕は早速、ソフィヤ・セミョーノヴナのところへ行ってみた。 てないとすれば、人でなしだ、卑劣漢だ。とすると、君はすそりや、君、僕としては何もかも探り出したかったからだ。 さて、行ってみると、棺が置いてあって、子供達が泣いてい なわち気違いということになる : : : 」 る。ソフィヤ・セミョーノヴナは子供達の喪服の寸法をはか 「ふたりに会ったのは、だいぶ前なのか ? 」 っている。君はいない。それだけ見とどけると、詫びを言っ 「ついいましがたさ。君はあれ以来会ってないんだろう ? どこをほっつきまわってたんだ、お願いだから、教えてくれて、そこを出て、アヴドーチャ・ロマーノヴナにありのまま 。僕はもう三度もここへ来たんだぜ。お母さんが昨日を報告した。してみれば、何もかもでたらめで、自分の女な から病気なんだ、重いんだ。君のところへ行くんだとおっしんてまるでいやしないんだ。してみれば、一番確かなのは、 やってね。アヴドーチャ・ロマーノヴナがいくら止めても、発狂ということになる。ところが、なんと、君はそうして座 り込んだまま、ポイルドビーフをむしやむしややっている。 まるでだめなんだ。『もしあの子が病気なら、もし頭がおか しくなっているのなら、母親でなくてだれが看病するんでまるで三日も何も食べてなかったみたいにさ。そりや、まあ、 とす ? 』というわけさ。まさかひとりでご勝手にというわけに気が違ってもやつばり物は食うだろうけど、だけど、君、君 そろ 罪 はひと言も口をきいてくれないけど、でも、君は : : : 気違い 。し力ないから、三人揃ってここへ来た。この入口に来るま じゃ、な、 それは誓ってもいい。何はともあれ、気違いじ ですっと、僕らふたりしてなだめ続けてさ。入ると、君はい ゃない。だから、もう君達がどうなろうと知ったこっちゃな ない。お母さんは、そう、ここに座ってね、十分ほどそのま
す ドのそばの椅子に腰を下ろした。 肩にしがみつき、子供だけがもっ寝起きの甘い体臭とぬくみ どんなふうにして着替えをしてるの ? で母をおしつつみながら、その胸に倒れこみ、襟元や肩に顔「ママがいなしⅢ どうやって : ・・ : 」と彼女は明るく、素直に話しかけようとし をこすりつけはじめた。 たが、言いだすことができすに、また顔をそむけた。 「ばく知ってたんだよ」と目を開けながら、セリヨージャは 言った。「今日はばくの誕生日。ママが来てくれるのを、ち「ばく、冷たい水で顔を洗わないんだよ おっしやったので。ねえ、ワシーリイ・ルキッチに会わなか ゃんと知ってたんだ。い ま起きるよ」 った ? もうすぐ来るよ。あれ、ママはばくの服の上にすわ そして、そ , つ一一 = ロいながら、セリヨージャはまた、つと , っとし っているじゃないか ! 」 こう一一一一口うと、セリヨージャは声をたてて笑いだした。アン アンナは貪るようにわが子を見まわした。自分のいない間 に、すっかり大きくなり、変わってしまったのに、彼女は気ナはそれを見て、につこり笑った。 「ママ、ばくの大好きな、ママ ! 」と彼はまた母にとびつき、 、た。彼女は、毛布の下からっき出ている、いまはこんな に大きくなった裸の足が、見おばえがあるようでもあり、な抱きしめながら、叫んだ。セリヨージャはいまようやく、母 せつぶん いような気もした。すこしやせた顔や、よく接吻してやったの微笑を見て、起こったことの意味がはっきりわかったよう うなじの短く刈られた巻毛は、見おばえがあった。彼女はそだった。「こんなの要らない」と母の帽子をとりながら、彼 のど てのひら は言った。そして、帽子をぬいだ顔を見ると、はじめて母と れらすべてを掌でたしかめながら、涙で喉をふさがれて、 わかったように、またとびついて接吻した。 何も一一一口うことができなかった。 「でも、ママのことどう思ってた ? 死んだとは思わなかっ 「何を泣いてるの、ママ ? 」とすっかり目がさめて、セリョ ジャは一一一口った。「ママ、どうして泣いてるの ? 」と彼は位 ナ 「决して信じなかった」 一一きそうな声で叫んだ。 レ 「信じなかったのね、坊や ? 」 「ママが ? もう泣かないわね : : : 嬉しくて泣いたの。ずい カ 「ばく知ってたんだ、ちゃんと知ってたんだ ! 」と彼はこの ぶん永いこと坊やに会わなかったんだもの。もう泣かない、 ナ ン泣かないわね」と涙を呑みこみ、顔をそむけながら、彼女は好きな一一一一口葉をくりかえした、そして髪を撫でていた母の手を 言った。「さあ、もう着替えのお時間でしよ」と気をとり直っかんで、その掌を口におしあてると、接吻しはじめた。 川して、彼女は言いそえると、ちょっと言葉を切った。そして、 そろ セリヨージャの手をにぎったまま、服が揃えられているべッ むき、ば の
な ! ) しかしまあ、考えてもいただきたいものですよ。私も手ごわい方ですなあ ! 」彼はこのうえもなく開けっぴろげな また人間であり、 nihil humanum ・ : ( したがって、人間的笑いを浮かべながら言った。「ひとつ、ずるさをしてやろう なことは何ひとっ : : ・ ) つまり、この私だって女生に心を奪わと思ったのに、いや、これは参りました。あなたはのつけか れもすれば、愛しもする。その能力を備えているわけですら、そのものすばり、事の核心に切り込んでこられた ! 」 「そうおっしやりながら、相変らす、ずるさをなさっている ( これはわれわれの意志ではどうにもならないことですから ね ) 。そうお考えいただければ、何もかもしごく自然に説明じゃありませんか」 「だから、どうだとおっしやるんです ? だから、どうだとお がつくじゃありませんか。要するに、問題はただ、この私は 悪漢なのか、それとも、犠牲者なのかという一点にある。そっしやるんです ? 」率直そのものの笑顔で、スヴィドリガイ こで、もし犠牲者だとしたらどうでしよう ? なにしろ、わロフは繰り返した。「なにせ、これはいわゆる bonne guerre っしょにアメリカかスイスへで ( 正々堂々たる戦い ) というやつでしてね、こうしたずるさは が情熱の対象たるお方に、 も逃れようと申し出たとき、私は、もしかしたら、このうえあくまで許されてしかるべきものなんです , キ′いけーれ もなく敬虔な気持を抱いていたのかもしれないのです。いや、にしても、あなたに話の腰を折られてしまった。とにかく、 もう一度はっきり言わせていただきますが、例の庭での一幕 そのうえおまけに、お互いの幸福を築きあげたいとまで田 5 っ ていたのかもしれません , : 理性というものは情熱に仕えさえなかったなら、不愉央なことなど何ひとつなくてすんだ はずなのです。マルフア・ベトローヴナが : るものですからね。あるいは、私はわが身のほうをこそ、 「そのマルフア・ベトローヴナも、あなたが責め殺したそう っそうひどく滅ばしたのかもしれないじゃありませんか , じゃありませんか ? 」まことにぶしつけに、ラスコーリニコ フは相手の言葉をさえぎった。 「いや、問題はまるでそんなことじゃないのです」ラスコー けんお 「そのこともお聞きになっていらしたのですか ? もっとも、 リニコフは嫌悪の色を浮かべて、相手の言葉をさえぎった。 いや : しかしまあ、あなたの 「ただもうあなたが厭なだけなんです、あなたが正しかろうお耳に入らないはすもないわけだ : と、正しくなかろうと。だから、お近づきになるのはご免こそのご質問に関しましては、じつのところ、何と申し上げる とうむりたい、、 追ん出してやろう、というわけです。さあ、とべきか、私自身にも分らないのです。勿論、そのことでは、 罪 私の良心は最高に安らかではありますがね。つまり、私が申 っととお帰り下さいー し上げたいのは、そのことで、この私が何か危惧の念でも抱 スヴィドリガイロフは、突然、大声をあげて笑った。 いているのだなどとは思わないでいただきたいということで 「それにしても、あなたは : : : それにしてもまあ、あなたは、
情がひろがってきた。 ・抱えこんで、棒杭みたいに突っ立ってるだけだ。想像できる : そこであの男が : 「そんなばかな ! 」彼は血色のいい健康そうな首筋に水を注 : ほら、何と言ったかな : : : あい ぎかけてしたが、 : はなさない , : むりやり 、 ' 、洗面台のペダルから足をはなして、こう叫つが力すくでとろうとしたが : んだ。「考えられんな ! 」ローラがミレーエフとくつついて、 ひったくって、大公妃に差し出した。「これがその新型でご そで フェルチンゴフを袖にしたというニュースを、彼は笑いとば ざいます』と大公妃が言って、ひょいと裏返すと、どうだね、 やっこ した。「それで奴さんはあいかわらずのろまで、にたにたし何が出たと思う ? 梨やらポンポンやらがころがり落ちたの てるのかい ? ところで、ブズルーコフはどうしてる ? 」 さ。しかもポンポンは八百グラムもだぜ ! : 奴さん、あわ 「それだよ、。フズルーコフにもおもしろい話があってさ てて拾い集めたが、その格好ったらなかったぜ ! 」 傑作だぜ ! 」とベトリッキイは叫んだ。「知ってのとおり、 ウロンスキイは笑いころげた。そのあとしばらくは、もう やっこ 奴さんの情熱はー・・・ー舞踏会で、宮廷の舞踏会は一度も欠かし ほかの話し こ移ってしまってからも、彼はヘルメットの一件を たことがない。そこで、大舞踏会に新型のヘルメットをかぶ思い出して、美しくそろった堅い歯を見せながら、健康な笑 って出かけたものだ。新型のヘルメットを見たことがあるか いを爆発させた。 ひどく素敵だぜ、軽くてさ。で、奴さんが立ってると ニュースを一通り聞き終わると、ウロンスキイは召使に手 : しいから、聞きたまえ」 伝わせて軍服に着替え、申告に出かけた。申告をすませたら、 「うん、聞いてるよ」とけばだったタオルでごしごしこすり彼は兄のところや、べッチイのところや、さらに何軒かを訪 ながら、ウロンスキイは答えた。 問して、アンナに会うことができそうな社交界への道をつけ 「大公妃がどこやらの大使と通りかかった、そして奴さんにるつもりだった。。 へテルプルグではいつもそうだが、彼は夜 とって運のわるいことに、 たまたま二人の間で新型のヘルメおそくまでもどらぬつもりで、家を出た。 ナ ットが話題になったってわけだ。大公妃が新型のヘルメット レを見せようと思って : : : ふと見ると、奴さんがそこに立って カ へトリッキイは彼がヘルメットを抱えて立っている まね ン様を真似て見せた。 ) 大公妃はヘルメットをかしてくれるよ ア = っした うに頼んだ ところが奴さん、渡そうとしない まゆ ことだ ? みんなが目くばせしたり、顎をしやくったり、眉 をしかめたりして、渡せと合図をするが、奴さんはしつかり あご
ばあ 「ああ、 しいとも、何度でもお前の気のすむだけね ! それ るんだよ、銀のと、それに聖像と。あの時、婆さんの胸に投 まあれがありやよかったな、ほんも、真心からだよ、ソーニヤ、真心からだ : げ捨てたんだ。そうだ、い 彼は、もっとも、何かほかの事を言いたい気持だったので いや、僕はでたらめ とに、あれを掛けりやよかったんだ : とうして、ある。 ばかり言ってる、肝、いの用を忘れるところだった。、、 彼は何度か十字を切った。ソーニヤは自分のショールを取 : あのね、ソーニャーー・僕が来た こう気が散るんだろう , のは、じつは、お前にあらかじめ知らせておこう、知っており、頭にかぶった。それは緑色のドラデダム織りのショール だった。おそらく、あのときマルメラードフが『家族みんな : まあ、これで全部さ いてもらおうと思ったからなんだ : : 僕はただそのために来たんだ ( ふん、ほんとは、もっとで使っている』と語ったあのショールにちがいない。そうい ーリニコフの頭にちらりと浮かんだが、聞 話そうと思っていたんだけど ) 。なにしろ、これはお前が自う考えが、ラスコ いてみようともしなかった。実際、彼は自分が恐ろしいほど 分で希望したことなんだからね、僕があそこへ行くというこ ろうや い、なにか醜悪なまでに落着きを失っている とは。これから、 いよいよ、僕は牢屋へ入るから、つまりは、気が散ってしま お前の希望も実現されるわけだよ。おや、なんだって泣いてことに自分でも気づきはじめていた。そのことに、彼はそっ とした。ソーニヤが一緒に出掛けるつもりでいるという事実 いるのさ ? お前もやつばり ? やめておくれ、もうたくさ にも、突然、彼は激しい驚きを感じた。 んだ。ああ、そういうことが何もかも、僕にはつらくてたま 「お前、どうしたの ? どこへ行くの ? ここにいておくれ、 らないんだ ! 」 ここにいておくれ ! 僕はひとりで : : : 」狭量な苛立ちの発 それでもやはり、ひとつの感情が彼の心に生まれてきた。 胸がしめつけられるような思いで、彼はソーニヤを見詰めた。作におそわれたかのように、そう叫ぶと、彼はほとんど憎々 『この女は、この女はいったい何のために ? 』彼は心の中でしげな表情さえ浮かべて、ドアのほうへ歩きはじめた。「な つぶや 呟いた。「このおれが彼女にとっていったい何だというんんのために、お供の行列を従えて出掛けることがあるん だ ? なんだってこの女は泣いているんだろう、なんだって、だ ! 」部屋を出ながら、彼は呟、こ。 あいさっ ソーニヤは部屋の真ん中に取り残された。彼は別れの挨拶 まるでおふくろやドウーニヤみたいに、おれのお出掛けの支 」度を手伝ってくれるんだろう ? おれの乳母にでもなるつもさえ交わそうとしなかった。もう彼女のことなど忘れていた。 罪 ただ毒々しい疑惑の思いだけが、反抗を試みるかのように、 りだろうか ! 』 ちょうだい 心の中で煮えたぎっているばかりだった。 「十字を切って、一度でいいから、お祈りをして頂戴」臆 だが、ほんとにこ , つい、つこと、なのだろ , つか、 . 何もか、も、こ 病そうに、声を震わせて、ソーニヤが頼んだ。
「でもやはり、おれを悪く思わんでくれよな、コースチ だ百姓たちを搾取してるんじゃなく、思想があってやってる ャ ! 」その声はふるえた。 んだってとこを見せたいだけさ」 これが心の底から出た唯一の言葉だった。この言葉の裏に、 「よに、兄さんはそんなふうに思ってるのか、そんなら放っ ておいてもらいたいな , 」と左頬の筋肉が抑えようとしても「おまえも見て、わかってるだろうが、おれはよくないんだ よ、ことによると、もう会えんかもしれんな」という意味が ひくひくふるえだすのを感じながら、レーヴィンは答えた。 いまだってもっふくめられていたことを、レーヴィンはさとった。レーヴィ 「おまえは信念などもったためしがないし、 あふ ・皮ま、も、つ ンはそれをさとると、涙がどっと目から隘れ出た。彳。 てるわけがない。ただ自尊心を満足させたいだけさ」 一度兄に接吻したが、何も言えなかったし、言うべき言葉も 「そうかい、それならそれで結構さ、放っといてくれよ ! 」 知らなかった。 もうとうにそうすべきだったんだ、 「ああ、放っとくさ ! 兄が帰ってから三日目に、レーヴィンも外国へ発った。レ こんなとこへ来なきやよか ど , っとも勝王」にす・るがいいき、 ! ーヴィンは汽車の中で、キティの従兄にあたるシチェルバッ たししはかを見たものさ ! 」 それからは、兄の心をやわらげようとレーヴィンがどれほキイと出会った、そしてその暗い顔つきで相手をびつくりさ ど努めても、ニコライは耳をかそうとせず、別れた方がずっせた。 「ど , っしたんだ ? 」とシチェルバッキイはきいた。 とましだと、そればかりくりかえしていた。はかに理由はな ただ、楽しいことがこの世には少ないんで 「いや、別 兄には生きているのがもう堪えられなくなったのだ、と レーヴィンはさとった。 「どうして少ないんだい ? それならそのミュルなんとかは レーヴィンがもう一度兄のところへ行き、何か気にさわっ オしか。まあ見 たことがあったら許してほしいと、気まずそうにあやまったやめて、ばくといっしょに。ハリへ行こうじゃよ、 ることだな、どんなに楽しいか ! 」 ニとき、ニコライはもうすっかり出立の準備を終わっていた。 「いや、ばくはもう終わったよ。もうそろそろ死にどきだ レ 「はう、寛大なことだな ! 」とニコライは言って、にやりと カ 笑った。「おまえが正しいと思いたいんなら、その満足をあよ」 「こいつはおどろきた ! 」と笑いながら、シチェルバッキイ し、だがおれはやはり 、よ。おまえは正し、 ンたえてやってもいし ア は言った。「こっちはやっとはじめる準備をしたばかりだと 帰るよ ! 」 せつぶん い , つのに ニコライは弟に接吻し、不意に異 いよいよ出立の間際に、 「そりやばくもこの間まではそう思ってたんだが、もうやが 様なほど真剣な目でじっと弟を見て、言った。
いっかそのうちに話してあげるよ、僕がどんなふうに います。行くわね ? 行くわね ? 」あたかも発作を起こした 出掛けたかはね : 、ったい、僕はあの婆さんを殺したんだ かのように、全身を震わせながら、彼女は彼の両手をとり、 ろうか ? 僕は自分を殺したんだ、婆さんを殺したんじゃな かたくかたく握りしめ、火のように燃える目で彼の顔を見詰 キ まさしくあの時、僕はひと思いに自分をばらしちまつめた。 ス ばうぜん がくぜん フたんだ、永久に , : あの婆さんは悪魔が殺したんだ、僕が この唐突な感激の発作に、彼は呆然とした。いや、愕然と トじゃよ、 : もう沢山、もう沢山だ、ソーニヤ、もう沢山だ くもん ス よ ! ほっといてくれ」突然、苦悶の発作におそわれでもし 「それは、つまり、懲役のことかい ソーニヤ ? 自首をし たかのように、彼は叫んだ。「はっといてくれ ! 」 なければいけないって、そういうのかい ? 」暗い声で彼はた ひぎ 彼は膝に両肘をつくと、両の手のひらで、頭をぎりぎりとすねた。 あがな しめつけた。 「苦しみを受け、苦しみで贖う、それが必要なんです」 「ああ、ひどい苦しみだこと ! 」そういう叫びが、苦しい悲 「いやだ ! 奴らのところへなんか行かないよ、ソーニヤ」 河のよ , つに、ソーニヤの胸からほとばしり山山た。 「じゃあ、どうやって生きていくの、どうやって生きていく 「さあ、これからどうしたらいいんだろう、言っておく の ? 何を頼りに生きていくの ? 」ソーニヤは叫んだ。「い れ ! 」突然、頭を挙げ、絶望のために醜く歪んだ顔でソーニまさら、そんなことができると思って ? それに、お母さん ヤを見詰めながら、彼は問い掛けた。 には、どうお話しするつもり ? ( ああ、あの方達、あの方 「どうしたらいい ! 」そう叫ぶと、彼女は突然、跳ねるよう達はどうなるのかしら ! ) でも、あたし、なんてことを , に立ち上がった。涙に濡れていたその目が、突然、火のよう だって、もう、お母さんも妹さんも捨ててしまったんですも に燃えはじめた。「さあ、立って ! ( 彼女はラスコーリニコ のね。そうだわ、もう捨ててしまった、捨ててしまったんだ あっけ フの肩をつかんだ。呆気にとられたように彼女の顔を見詰めわ。ああ、神様 ! 」彳 皮女は叫んだ。 ながら、彼は立ち上がった ) いますぐ、いまこの瞬間、行っ 「そんなことは何もかも、このひと、自分で知っている , て十字路に立つのです。そして、まず、ひざますいて、あなでも、人間なしでどうやって生きていけるの、どうやって , せつぶん たが汚した大地に接吻するのです。それから、全世界に向かああ、あなたはどうなるの ! 」 って、四方に向かって、お辞儀をして、そして、すべての人「ちっちゃな子供みたいなことを一言うのはおよし、ソーニ こ聞こ , んるよ , つに、 こう言うのです。『私は人を殺しまし ヤ」彼。静かな声で言った。「奴らに対して、僕に何の罪が た ! 』。そうすれば、神様が、またあなたに命を授けて下さあるんだい ? なんのために行くんだ ? 奴らに何を話すん