、るのはただ人 「賢い魔法使も、善良な仙女もいやしない。し 「君はあれを見に来なくちゃいかんよ、え、どうだね」 間だけだ。悪い人間と愚かな人間だけだ。善について言われ 間、いろいろ口実をもうけて断わっていたが、 少年は長い ついに折れて、二人といっしょに出かけていった。ところがていることはみんなおとぎ話だ ! でもばくはそのおとぎ話 おば 、市さんは金持ちの 憶えているかい々 彳といいなすけの男が足場のてつべんに登った時、二人はそを現実のものにしたい。 こから落ちた。男は地面めがけて石灰の容器にまっさかさま。家ではすべてが美しいか、さもなきや賢くなければならない 弟の方は服が足場にひっかかって宙づりになり、石工たちのと言ったね ? 豊かな町でもやつばりすべてが美しくなけり だっきゅう ゃいけないんだ。ばくは郊外に土地を買って、そこにばくや、 皮ま片手片足を脱臼して顔に打撲傷 手で下におろされた。彳。 わきばら を負っただけですんだが、いいなずけの方は脊椎が折れ脇腹ばくのような障害者のための家を建てるつもりだ。この町か ら彼らを連れ出すんだ。ここは彼らには暮らしにくいし、姉 は破裂していた 姉はひきつけをおこして身をふるわせ、地面を引っかいてさんみたいな人たちにとっても障害者を目にするのは不央 だろうからね : : : 」 彼女は長いこと、ひと月以上も は白い埃を舞い上がらせた。ノ しいえ、無論そんなことできやしないわ。ばかげた考え 、 : そのあとは母親に似てきた。痩せて棒のよう 泣いてしたが、 になり、しめつばい冷たい声で話すようになった。 やくびようがみ 「これは姉さんの考えだよ」 「あんたはわたしの疫病神よ」 二人は抑えた口調で冷たく議論した。それはお互いに強、 弟は大きな目を地面におとして沈黙を守った。姉は黒い服 をまとい、眉を真一文字に寄せて、弟に対するときには、頬憎しみを抱いている者たちがその憎しみを隠す必要がないと 骨が鋭くとびでるほど歯を食いしばった。弟は姉の目を避け、きに交す口調と同じだった。 「もう決まったんだ」弟は言った。 いつも一人で黙りこくって何かの設計図をひいた。成年に達 するまで彼はそんなふうに暮らしていたが、あの日から二人「わたしが決めたんじゃないわ」姉は答えた。 五ロ しばらくのち姉は土地 枷の間には公然とした闘いが始まり、日夜それに明け暮れるこ弟は瘤を持ち上げて出て行ったが、 ア とになった。それは相互の侮辱と恨みという強固な環で結びが購入されたことを知った、その上、すでに土掘り人夫たち が土台の穴を掘っており、何十台という荷馬車がレンガや石 イつけられた闘いだった。 成人に達した日、彼は姉に向かって年上のような口調で言や鉄や材木を運んできているとのことだった。 「まだ子供のつもりでいるの ? 遊びだと思っているんでし つ ) 0 せきつい
709 ジャン に眠っていた。チャガターエフがそばに行くと、ギュリチャ中もやってきたので、みなはまたヌール・ムハメッドのあと タイは目をあけたが、 について歩きだした。アイドウイムも今度は一人で歩き、チ 何も言わなかった。盲目のモーラ・チ ャガターエフと笑い交わしたりさえした。額にさわってみて エルケーゾフが、幸福そうな弱々しい姿で、彼女の腕につか びんしよう まっていた。母はばんやりと息子を眺めた。彼女は相手を知も、熱はなく、彼女はふたたび生きいきした敏捷な少女に なっていた。正午頃、スフィャン老人が乾ききった道からそ ってはいたが、身近に会っていない以上、おばえてはいなか った。チャガターエフはなおも母を見つめつづけた。母は息れてわきの方へチャガターエフを引っ張って行った。老人は、 子から目をそらした。弱った不幸な姿で、息子の前で生活しアムウ・ダーリヤの支流の近くでまだ時折り、二、三頭の年 ているのが恥ずかしかったからだ。彼女は忘れていた以前のとった羊にでくわすことがある、と語った。それらの羊は、 ような力で息子を愛してやりたかったが、今はできなかった。自分たちだけで暮しており、もう人間を忘れてしまっている 人間を見ると、昔の牧童を思いだして、駈けよって 今や彼女の心は自分の呼吸のためにやっと足りる程度だった。のだが、 くる、というのだ。その羊は、かって大地主たちがアフガニ 彼女には、息子のかぶっている赤軍の鉄かぶとが気に入った。 ばうだい 眠る時に頭をあたためるため、いずれあれを譲り受けなけれスタンへ送りこもうとして、はたせなかった、野生の尨大な ば、と彼女は思った。 群れからはぐれたり、生きのびたりしたのである。そして羊 たちは数年間、牧羊犬といっしょに暮していた。やがて犬ど しばらくして、さまよいつづける人々は途上に乾いたあた さび たかい砂を見いだし、朝までまどろむために横になった。チもが羊を食いはじめ、そのうちに死んだり、淋しさのあまり ャガターエフは眠くなかった。彼は母とモーラ・チェルケー 四散したりして、羊だけがあとに残り、水もなしに砂漠の中 ゾフの間にアイドウイムを横たえると、朝までどうすごすべで迷って、老衰や、野獣のために、しだいに死んで行った。 しかし、そのうちのごく少数は生きながらえ、今でも、一頭 きか、わからぬまま、一人きりになった。そして、退屈した り、微笑したりして、まるで不必要なもののように人生をすだけ取り残されるのをおそれて、身を寄せ合い、ふるえなが 、」うや ら、さまよいつづけているのだ。羊たちは不毛の曠野を、大 ごしながら、一人何やらつぶやいていた。 きな円を描きながら歩きつづけ、その円周からわきへそれよ , っと 1 し、ない ここに彼らの生活の知恵が存していた。なぜな ら、羊たちが残った行程を歩き通して、以前の場所に舞い戻 朝までには、ゆうべ道に倒れたり、衰弱で遅れたりした連ってくる間に、食いつくされ、踏みしだかれた草は、また芽
鳴る茶色のでなければならぬ。 那がやって来た。しゃれたズボンにゲートルっけて、胸には 時計を光らせ、手にはステッキを持っている。ちゃんと用事「じや仕方がない」と婆さんは言った。「つれて行かっしゃ かたき れ。まさかお前さんもキリスト様の仇でもござらっしやるま があって来たのだ。セミョーン・ギーリンの森を買おうとい : けれども旦那、 いから、ちゃんと食っては一にき、りましょ , っ : うので。ところがちょうど運わるく、。フルイガはそのとき水 うなず を汲みに出ていた。これを見た町の旦那は、何やら心に頷き千万金じゃあんまり少なすぎます。この婆を可哀そうと思う ながら、クターフィヤの家へ駈けだした。そして、まるで濡て、もう三ループリだけ奮発さっしゃれや : : : 」 旦那はそこでからからと笑い出した。胸に垂らした金鎖が れた木の葉のように、婆さんにこびりついて離れない。一生 懸命かき口説く、その口からは酒の匂いがぶんぶんして、ま踊りおどって、腹が今にもチョッキの下から溢れ落ちそう。 旦那は金入れを取り出して、コペイカ玉で百ループリだけ数 ともに婆さんの顔へ吹きつける。 あんばい えて渡した。いい塩梅に、婆さんは明きめくらなので。しか 「あれは何かい、お前の孫とでもいうのかい ? 」 も、根が優しい人間なので、なお三ループリだけ増しをやり、 「孫でございますよ、あなた、孫なので : : : 」 「嘘つきなさんな、婆さんーーーあんなしろ物が人間であって早速承知してくれたお礼に、もう五十コペイカにぎらせた。 クターフィヤはほくほくもので、旦那が。フルイガを袋へ入 たまるものかい : : 婆さん、あの化けものを売ってくれない か ! おれは根が善人だから、決してあれのためにならん事れるのを手伝った。・フルイガは、そうはさせまいと暴れ出し はしないよ。腸づめも食わしてやれば、自転車にも乗せてやて、旦那の手袋に噛みついた。すると旦那はいまいましそう るよ。そして、二十コペイカの木戸銭で世間の人にも見せて やるつもりだ : ・ : ・売りなさい、婆さん、千万金でも惜しみや「うぬ、この化けものめ : : : 」 と、プルイガのみそおちを一つ食らわしたので、こちらは しないよ ! 」 かわい 婆さんはとつおいっ思案に迷った。可哀そうのようでもあおとなしくなってしまった。素性も知れぬ畜生に、手間ひま はず ガれば、一向なんともないようでもある。どのみち夏ころには入ろう筈がない , イ 旦那は袋の中へ。ハンの切り端を突っ込んだ。この生きもの 逃げてしまうだろうし、旦那は中々立派な人らしい。第一、 千万金という金は、そこらにごろごろしていない。それにまか飢え死にしない用心なのだ。百三ループリ半という金は、 そり たこういう事もある。婆さんはもう大分前から、お祭りの晴決して端た銭ではない。袋を橇へ放り込み、もいちど馬の れ着がほしくてたまらなかったー - ーそれも、しゆっしゆっと嘶くような声で笑って、それなり村を立ってしまった。請
しることくらい、わかっていたが、そんなものに関、いはなか 金も払わずに腹のくちくなるまで食いにカカったが、商人た ちは無言でたたずみ、この貪欲な人々を打ち据えようともし った。人間は何かで自分の魂をみたさねばならないのだし、 なかった。チャガターエフはゆっくり食べ、殺人を期待してもし何もなければ、心は自分自身の血を貪欲に吸うのだ、と いうことを彼は知っていた。 あたりを眺めまわしていたので、メロンをたった一つ平らげ 四日たっと、足はちゃんと動くし、目にするのはごく普通 ただけだった。たらふく食ってしまうと、人々はわびしげな 様子になった。楽しみはすぎ去り、死がこなかったからだ。の白日の光景だというのに、スフィャンとチャガターエフは、 幻覚を見はじめるほど、強い空腹に苦しむようになった。ラ ギュリチャタイはチャガターエフの手をひいて砂漠に向い クダは二人と別れようとしなかったが、彼らから離れて、行 人々もみな自分たちの古い生活の場所に帰って行った。 ちそう チャガターエフと母はサルイ・カムイシに戻った。チャガきずりの草のご馳走のあるところを歩いていた。スフィャン ターエフが今スフィャンと立っている、この固い灰色の草のは何の希望もなく、ゆらゆらと漂う自己の幻覚に眺め入り、 チャガターエフは幻覚にほほえんだり、苦しんだりした。マ 上で、あの時人々は休み、母が息子に言ったのだった。 ンギルチャルダルのわきで、ダリヤルイクの支流まで行きっ 「また生きて行こうね、死ななかったんだもの ! 」 くと、二人は野宿するために足をとめた。スフィャンは、水 「二人とも無事だったね」チャガターエフは同意した。「ね とうせ僕らな がより濁った濃厚な、養分の多いものになるよう、岸辺の水 え、母さん、生きて行こうよ、何も考えすに。。 をかきまわした。そのあと、心ゆくまで水を飲んでから、二 んて、いないも同じなんだから」 「母親のお腹の中で死んだ者は幸せだよ」ギュリチャタイが人は、まだ生きていることを身体が忘れてくれ、夜が少しで 言った。 も早くすぎ去ってくれるよう、洞窟の中に横たわった。翌朝、 あわ 彼女はその時、息子を見た。彼女の顔は幸福と憐れみの色目をさまして、チャガターエフは死んだラクダを見いだした。 を表わしていた。 ラクダは化石したような目をして近くに倒れており、頸に切 今やチャガターエフは、まだ自分の生れる前に死んでしまロの血が凝固していた。スフィャンが、宝物の袋でもあさる ン ったのに、相変らす深い死んだ根で、生あるもののように身ように、内臟をかきまわし、それから、きれいな血のついた ャ ジ を支えているために、何の変りもなく今まで生きつづけてい新な部分を選りわけて、腹をみたしていた。チャガターエ る、この昔の草をなでるだけがやっとだった。スフィャンは、フもラクダに這いよった。切り開かれた身体の中から暖気と チャガターエフの心の中に今、何らかの生命の波紋が生じて飽満とが吹きただよい、血がまだしたたりおちて、胴のくば どんよく どうくっ
1233 文学作品キイノート てくれなんて、おれがいっ頼んだ ? 」と に、シャリクは敬意の念すら抱く。 わきばらやけど 一九二四年の冬、左脇腹の火傷の痛み拾われてから一週間が過ぎ、シャリクどなりちらす。猫を追いまわして、騒ぎ に苦しみ、空腹にあえぐ一匹の野良犬が、はすっかり養生し、いたずらをして家人を起こすなど、依然として犬としての動 の物的衝動から抜けきれないシャリコフだ に怒られることはあっても、アパート 吹雪のモスクワの街をさまよっていた。 が、身分証明書を求め、シヴォンデルに 一員とみなされるようになった。だ 犬の名はシャリク。思いのままいたぶつ O た卑劣なコックや玄関番を憎み、愛人のついに十二月二十三日という恐怖の日をそそのかされて居住証明書を取得し、し 、こ、こ一個の人間としての権利を主張す ために身も心も削る貧しいタイピストの迎える。手術台に乗せられ、プレオプラたしし るようになる。彼は「犬の心臟」ではな 娘に同情するシャリクも、絶望にうちひジェンスキイ教授と助手のポルメンター せいのう くて、「人間の心臓」をすでに持ってし リの手で、死んだ男の脳下垂体と精嚢の しがれ、もはやひとり寂しく死んでいく のを待つばかりであった。だが、シャリ移植手術を受ける。手術後の容体は一進まったのである。 なぞ クの前に謎の紳士が現われ、ソーセージ一退を繰り返し、やがて回復するが、肉金を盗んで酔っ払って帰宅したり、若 を餌に、オプホフ横町にある七部屋の豪体に変化が生じる。脱毛し、骨格が変容い女中のジーナに手を出そうとしたり、 。紳士は回し、言葉を口にし始める。一月の終わシャリコフの行動はますます目に余るよ 華なアパートへと連れていく うになる。そのあげく、「モスクワ市清 りには、シャリクは完全な人間に変身し 春術の世界的権威、フィリップ・フィリ 。若返りの実験のために行なった移植掃局動物 ( 猫その他 ) 追放課長」の職を ッポヴィチ・プレオプラジェンスキイ教 得、二日後には、何の事情も知らない職 手術は、犬から人間を創造してしまった 授であった。 場の若いタイピストを結婚相手として連 プレオ。フラジェンスキイ教授の家で飼のである。 われることになったシャリクは、教授の人間となったシャリクは、ポリグラれてくる。さらにはシヴォンデルと結託 ひばう 診察室に身を落ち着け、教授と来客とのフ・ポリグラフォヴィチ・シャリコフとし、教授を誹謗する公文書を作成したこ やりとりを傍観し、さまざまな思いをめみすからを名のり、傍若無人の生活を始とが発覚し、プレオプラジェンスキイ教 ぐらす。食堂と診察室の明け渡しを要求め、教授のアパートの秩序を乱す。人間授の怒りが爆発する。教授とポルメンタ ーリは職場から戻ってきたシャリコフを するアパートの住宅管理委員会議長シヴ生活の約束事を教え込もうとする教授に オンデルを撃退する教授の鉄面皮な態度対し、シャリコフは反発し、「手術をし捕え、手術室へ連れ込む。 ミハイル・プルガーコフ 『大の心臟』 C06aqbe cepA11e 一 925 《あらすじ》 えさ
し網は、どういうわけか、誰かのポケットにひっかかって、散り、暖炉の上の鏡には星のようなひびがいくつもでき、漆 やっきよう 出てこなかった。 喰の埃が飛び、使用ずみの薬莢が床の上で跳ね、窓のガラ ひんし スは割れ、銃弾に射ち抜かれた石油ストーブからはべンジン 「瀕死の重傷を負った猫を救うただひとつのもの」と猫は一一 = ロ がほとばしりはじめた。こうなると、もはや猫を生け捕りに : 」そして、どき、くき、に った。「それは一滴のべンジンだ : ヘンジすることなど問題にもならす、反撃に転じた一同は、モーゼ 、ム旧由口に口をつけて、、、 まぎれて、石油ストープの丸し冫 ンを飲んだ。そのとたん、左の前足から流れ出ていた血が止ル銃で猫に狙いをつけると、頭に、腹に、背中に、猛然と銃 まった。猫は息を吹き返し、元気いつばい石油ストープを脇弾を浴びせかけた。銃声はアスファルトの中庭に大混乱をひ キト起 ~ こした。 に抱えて起きあがると、それを抱えたままふたたび暖炉に しかし、この銃撃戦もそれほど長くはつづかす、ひとりで びあがり、そこから壁紙を掻きむしりながら壁を這いあがり、 に静かになった。じつは、猫も人間も、この射ち合いでなん 二秒後には、人々の頭上高く、窓の上の金属のカーテンレー の損害も受けなかったのだ。誰一人として殺された者がいな ルの上にすわっていた。 かったばかりか、負傷者さえ出す、猫も含めて全員が、かす またたく間にカーテンにしがみつき、カーテンをレールも ろとももぎ取ってしまい、そのため、これまで暗かった部屋り傷ひとっ負わなかったのである。このことを最終的に確か に日光が射しこんだ。しかし、不思議なことに、元気をとりめようとして、誰かが呪わしい猫の頭に五発射ちこみ、猫の もどした猫も、石油ストー。フも墜落しなかった。猫は石油スほうも連射でこれに猛然と応酬した。それでも結果はまった 苗まノヤンデリアの上で揺 トープを抱えたまま、宙に身を躍らせると、部屋の中央に吊く同じで、いずれも無傷だった。。、、 れていたが、 しだいにその揺れの幅を小さくしながら、なぜ るされたシャンデリアに飛び移った。 タ かプローニングの銃口に息を吹きかけ、前足につばを吐いて 「段梯子を ! 」と下から叫び声がとんだ。 いた。その下でロもきけずに立ちつくしていた人々の顔には 「さあ、決闘だ ! 」人々の頭の上を揺れ動くシャンデリアに ガ まったく当惑げな表情が浮かんでいた。これは銃撃戦がいカ つかまって飛びまわりながら猫は大声でどなり、すぐにまた マ と前足に。フローニングを握り、石油ストー。フをシャンデリアのなる効果もあげえなかった唯一の例、あるいはめったにあり 巨枝と枝のあいだにはさんだ。猫は狙いを定め、人々の頭の上えない唯一のうちの唯一の例であった。もちろん、猫のプロ おもちゃ ごうおん ーニングが玩具のピストルだったということはおおいに考え を振子のように飛びまわりながら銃火を浴びせかけた。轟音 られるが、しかし、ここを急襲した人々のモーゼルに関して が部屋を揺すった。シャンデリアのクリスタルの破片が床に
プラトーノフ 684 王国をさまようことに数日をついやした。ラクダは、一人取何年もの間、好きな時にキスしたり抱いたりできるというこ さび り残されて、淋しくなるのをおそれ、自発的にあとについてとが、彼女の心を慰めてくれるのだった。 きた。今にも泣きだすか笑うかしそうなはど神経をはりつめ、 チャガターエフは首をあげた。ラクダは何やら痩せた骨っ 注意深くなっていながら、それができずに苦しんでいるこのばい草を食べており、一匹の小さな亀が、倒れている人間を 人間を、時折りラクダは永いこと眺めていた。 黒いやさしい目でものうげに眺めていた。この亀の意識の中 砂漠のあちこちで夜を明かし、最後の食糧を食いつくしな 、今どんなことがあるのだろう ? ことによると、神秘的 がら、チャガターエフはわが身の安全については考えなかっ な巨大な人間に対する好奇心の、魅惑的な思いかも知れない た。その昔海底だった場所をたどり、不安にかられて急ぎな し、あるいは惰眠をむさばっている理性の悲しみかも知れな がら、彼は無人の盆地の奥底に向っていた。 一度だけ、昼の 旅のさなかに倒れ伏し、大地に頬を押しあてたことがあった。 「お前一人を見棄てたりしないさ ! 」チャガターエフは亀に 胸がとたんに痛みだし、彼はそれとたたかうだけの忍耐心も言った。 力も失った。みずからの感情を恥じ、それを棄てさろうとし彼は、生存しているものを神聖なものとして心を配るあま ながら、彼はクセーニヤを思って泣いた。理性と思い出の中り、気晴らしとして役立ち得るものにまで気づかぬほど、心 で、彼女は今、身近な存在として目に映じた。彼女は、心でが貧しくなっていた。 だけ愛すことはできても、抱擁されるのは望まず、怪我する彼はラクダを連れ、ウスチ・ウルトをさしてさらに先へす ことをおそれるようにキスをおそれる稚い女のいじらしい微すんだ。そこには、丘のすぐ麓に世捨て人の老人が一人で暮 笑を、彼に送ってよこした。・ ウェーラは遠くに座って、夫としていた。老人は乾いた止の斜面に穴を掘ってそこで寝起き せいそく の別れを早めるために子供の下着を縫っており、もはや彼にし、台地の細い谷間に棲息する小動物や植物の根を常食にし はほとんど無関心だった。なぜなら、もっといとしい 心細ていた。苔の生えそうな老齢と貧しさとが、この老人をおよ げな別の人間が、胎内でうごめき、苦しんでいたからだ。 , 彼そ人間らしくないものにしていた。普通の人間の一生などと 女はその子を待ちわび、顔を見るのを切望し、その子との別 うの昔に生きぬき、あらゆる感情を味わいつくし、頭脳はこ れをおそれていた。しかし、やがて子供が成長して、「い、 の土地の自然を自明の真理のような正確さで学び、おばえこ 加減にしてくれよ、母さん、しつこくつきまとうのは。母さんでいた。何千とある星さえ、彼は慣れによって全部そらで んなんて、うんざりしたよ ! 」と一一一一口うようになるまで、まだ知っており、もう飽きあきしていた。 ほお おさな ふもと かめ
的な手法を用いて共通する主題が展開されているプルガーコ的」なものと断定することは誤りであろう。革命そのものを フの初期作品の傑作といえよう。『犬の心臓』は、脳下垂体文学によって積極的に支持したり、否定したりする有効性の とどろ 理論を拒否したところにこれらの作品は成立していて、文学 の移植手術に関してはヨーロッパにも名声を轟かせているロ シアの医者が、ある日、モスクワの街角で拾った野良犬に人によって現実を変革できると確信する機能的な発想とは断絶 せいのう した地点で、。フルガーコフは作品を書きはじめているからで 間の脳下垂体と精嚢を移植するという二重手術の実験をし、 その実験によって犬が人間に変わるという話である。この作ある。既成の秩序が音を立てて崩壊し、すべての価値が大き く転換する革命のさなかに、書くことによって自己の存在を 品の医者は『運命の卵』の科学者と重層し、科学ないし合理 ふくしっ 的なものが偶然によって生する不合理なものによって復讐確認せねばならなかった作家にとっては、解体されつつある せんえい されるという、革命直後のロシアを背景にすると尖鋭な意味現実を否定しつくし、虚構の世界を再構成することが不可欠 となる。革命期の芸術のもっている破壊的な現実否定のエネ をもっ主題を形成する。 ルギーは、激動する歴史の過程における民衆のエネルギーの 『犬の心臟』における、犬が〈人間〉に変身し、そして人間 に立ち向かおうとするとき、反逆した〈人間〉は殺されて犬噴出と軌を一にしていて、ここから。フルガーコフの豊かな構 にもどるというグロテスクなイメージ、あるいは一九二四年想力に支えられた想像世界が出現する。そのとき、これらの 口にたいする批判で終わるのではなく、も 乍ロは、単なる革ム卩 に書かれ、一九二八年のモスクワを予測する的世界を創 っと深い地点での二十世紀の文明にたいする批判をも含んだ 造した『運命の卵』における、赤色光線を卵にあてることに よって生まれた怪物が群れをなして押し寄せてくる行動的な作品となっていることを理解できるのである。 そう′ = っ 未完の遺稿となった『劇場』は、、。フルガーコフの苦難にみ イメージは、科学が分析し、綜合しきれないものは、科学に どのように対応したらよいのかと疑問を提出し、ロシアにおちた自伝的な要素の濃厚な作品で、このなかで描き出される こんとん いては不合理な混沌のなかから成立した革命後の社会を、一文学や演劇の世界は、ある程度、一九二〇年代のソヴェトの つの科学によって変革してゆこうとする歴史の実験と対応し、文学界や演劇界の内幕を伝え、当時のモスクワ芸術座をめぐ しかし、作亠名が「ロ 説歴史の主体である人間を歴史的必然の名において追放しようる皮相な風俗小説とみなされかねない 解 口にたいするアンチ・テーゼマン」とみずから銘を打ったこの作品は、当時の風俗を題材 とする傾向の見られはじめた革命 としながらも、やはりこの作家独自の構想力に支えられた自 ともみなすこともできよう。 しかし、これらの作品を単なる「革命の戯画」、「反革命立した文学世界を創造しているとみなければなるまい
著 ) つりく ところでなぜ「疑惑を抱いたマカール」のような作品が当 兵士たちがあっさりと殺戮を繰り返す死の一大絵巻でもある が、その中をプホフは逞しく生き延びていく。「コミュニス時発表できたのか、その後の文学官僚や検閲機関の反応を思 い合わせると、むしろ不思議な気さえする。一九二九年とい トってのは、頭のいい科学的な人間だ」と教えられると、 第ま おれ ノ「そんなら俺はなりたくねえ、何しろ俺は天然自然の馬鹿者えば、その前年に第一次五カ年計画案が発表され、比較的自 だからな」とうそぶくプホフを通して、作者は革命の意味を由だったネップ時代が終結し、強制的な農業の集団化も本格 。フ問い続けたあげく、最後に「革命こそが人間にとって最良の化し、新たな締めつけの時代がまさに始まろうとしていた時 発表の場が、当時文壇を牛耳っていたラップ ( ロシア・ 運命だ。辛く厳しいものだが、新しい生命が誕生する時みた いにすぐに楽になるのだから」とプホフに楽天的に語らせてプロレタリア作家協会 ) の機関誌であり、。フラトーノフ自身 がプロレタリアート出身であったことも幸いしたと思われる が、たまたま二八年から二九年にかけてショーロホフの『静 初めての批判丨ー「疑惑を抱いたマカール」 かなドン』の第一部から第五部が同じ「十月」誌に発表され、 けれどもプラトーノフは、一九二九年、ここまで順調に延大反響を呼んでいたため、編集部はそちらの対応に追われて、 さてつ びてきた作家人生で初めて大きな蹉跌に出会う。「十月」誌プラトーノフの作品にはさして気も留めすに出してしまった に発表した短編「疑惑を抱いたマカール」で、激烈な批判キというところもあったようだ。 それだけに、スターリン自身がこの作品を批判したという ャン。ヘーンを張られることになったのである。田舎の村から へきれき 清報は、ラップの親玉アヴェルバッハにとっても青天の霹靂 国家の中枢モスクワに出て来た百姓マカールが、ソヴィエト あわ 社会の現状に疑問を持っというこの風刺作品は、プラトーノであり、慌てふためいて過激な批判論文を発表することにな とろ たま おり ったわけだ。もっともプラトーノフに対する批判はその少し フの心の中に次第に澱のように溜っていた疑惑の念を吐露し たものだが、プラトーノフはこの少し前からこれと同じテー 前、『中央黒土地方』の発表を機に始まりかけてはいた。 マの作品を書きはじめている。いすれも地方都市の官僚主義九二〇年代当時、沢山あった文学グループのどれにも属さな かったプラトーノフが、すでに『消されない月の話』で批判 や、人々に絶対服従を強制する国家の姿勢を痛烈に風刺、批 判したもので、中編『グラドフ市』、ピリニャークとの共同キャンペーンの洗礼を受けていた。ヒリニャークと共作のルポ チェー・チェー ルタージュを出したこと自体、文学官僚たちに批判の好餌を 執筆であるルポルタージュ『中央黒土地方』、短編「国家の 与えたと言えそうだ。 住人」などがそれである。 カ
ならまだたいしたことではありません。悪いのは、人間がと 「なにがお好きですか ? 」と見知らぬ男はくり返した。 きとして、突然に死ぬ破目になるということで、それこそ最 「そう、それでは、《われらのマーク》」とべズドームヌイは 大の問題なのです ! それに、だいたいからして、人間は今 敵意をこめて答えた。 見知らぬ男はたちどころにポケットからシガレット・ケー晩なにをするかも言えないのですからね」 《なんと愚劣な問題の立て方か : : : 》とベルリオーズは思い スを取り出し、べズドームヌイの前に差し出した。 一仄駁しこ。 「《われらのマーク》です」 「まさかそんなこと、それはどうも言い過ぎでしよう。今晩 編集長と詩人を驚かせたのは、シガレット・ケースのなか にはかならぬ《われらのマーク》があったことよりも、むしのことぐらいは、わたしだってほばはっきりとわかっていま れんが ろシガレット・ケースそのものであった。純金製の大型のシす。もちろん、・フロンナャ通りでわたしの頭に煉瓦でも降っ ガレット・ケースで、蓋を開けると、三角形のダイヤが青とてこなければの話ですが : 「煉瓦なんて、理由もなく誰かの頭上に降ってくるものでは 白の光を放って輝いた。 そこで、編集長と詩人はそれそれ異なった考えを抱いた。ありませんよ」と見知らぬ男は教えさとすようにさえぎった。 《いや、外国人だ ! 》とベルリオーズは考え、べズドームヌ「とりわけあなたの場合、請け合いますけど、そんな危険は 挈 : つじゃよ、ゝ まったくありません。そんな目に会って死んだりはしません イのほうは、《畜生、こいつはすごい から」 と考えたのである。 「ひょっとすると、わたしがどんなふうに死ぬかを正確にご 詩人とシガレット・ケースの持主は煙草に火をつけ、煙草 存じなのじゃありませんか ? 」ベルリオーズはまったくばか をすわないベルリオーズは、それを辞退した。 げているこの話に惹きこまれて、しごく自然な皮肉をこめて 《この男にはこんなふうに反論してやらなければ》とベルリ オーズは、いに誓った。《確かに、人間は死ぬ運命にあり、そたすねた。「教えていただけませんか ? 」 ガ 「喜んで、お教えしましよう」と見知らぬ男は答え、これか のことは誰も否定しないし、議論の余地もない。だが問題は マ らベルリオーズの洋服を仕立てようとするときみたいに、相 匠 巨 しかし、こういった一一 = ロ葉を口にしようとしたとき、外国人手の全身をじろじろと見まわし、ロのなかで、《一 : 六は不幸 : マーキュリイは第二の家に : : : 月は沈んだ : は古しはじめた。 うれ 「確かに、人間は死ぬ連命にありますが、しかし、それだけ夜は七 : : : 》とつぶやいたあと、大声で嬉しそうに宣言した。 ふた ひ