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検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」16 -アメリカ1
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」16 -アメリカ1

メルヴィル 122 らには、危険という観念が軍人稼業に対する世間の好感をあ いまや数において他国すべての鯨捕りを束にしたのよりも優 れほど強めているのなら、請け合ってもいし 砲塁にむかるのはなぜか ? 七百を越える捕鯨船の大群、一万八千の乗 おく って臆せす進撃を重ねてきた歴戦の勇士も、眼前に現われた組員、年間の出費四百万ドル、出航時の船価二千万ドル、そ 抹香鯨が、 巨大な尾を打ち振って頭上に旋風を巻き起こす、して年々港に持ち帰る漁獲高七百万ドル これが鯨捕りの その光景には、たちまちすくみあがってしまうだろう。恐怖威力を示すものでなくて何であろうか ? わぎ と驚異とがひとつに結びついた神の業に比べれば、たかが人 だが、これでもまだ半ばに満たない。先へ進もう。 わざ だれ 間業にすぎないものの恐怖など、何ほどのことがあろうか , わたしは誰はばかることなく主張するーーーここ六十年のあ けいべっ しかし、世間はわれわれ鯨捕りを軽蔑しながらも、それと いだに、ひとつの総合体としてのこの広い世界を平和に保つ 気づかすにもっとも深い敬意を捧げているのだ。然り、満ちのに、気高く雄壮なわが捕鯨業にもまして力強い影響をおよ あふれるほどの崇敬を ! というのは、この地球上のいたるばしたものがひとつでもあるか、四海同胞主義の哲学者が血 ろうそく ところで燃えている灯心、ランプ、蝦燭のほとんどすべてが、 まなこになって探したところで見つかりはしないだろう。 たた 神前のともし火と同じように、われわれの栄光を讚えて燃えろんな意味で、捕鯨業が生み出した成果はそれ自体めざまし ているものにほかならないからである , いものであっただけでなく、つぎからつぎへと継続的に重要 しかしながら、この問題をもっと別の光に照らして見てみなものを派生させていったのであって、その点、あのエジプ はかり よう。これをあらゆる種類の秤にかけて、われら捕鯨業者とト神話の母親ーー彼女が産んだ子供たち自身、すでに受胎し は現在いかなるものであり、また、これまでいかなるものでた体で子宮から出てきたという、あの母親にも比すべきもの あったかを検討してみよう。 がある。こうしたことがらをすべて列記していけば、いつま デ・ウィット時代のオランダ人が、その捕鯨船隊に提督をでたっても終る見込みがない。だから、ほんのひとっかみだ 配置したのはなぜか ? フランスのルイ十六世が、その私財けで満足しておこう。多年にわたって、捕鯨船は世界のもっ ぎそう へきえん を割いてダンケルクで何隻もの捕鯨船を艤装し、われらのこ とも僻遠の地、未知の秘境を探り出す先駆者の役割を果たし のナンタケット島から、礼を尽くして数十世帯もの家族を招てきた。クックやヴァンクーヴァーなどの航海者も行ったこ いたのはなぜか ? 一七五〇年から一七八八年にかけて、イ とのない、海図にも記されていない多くの海域や群島を探険 してきた。かっては蛮地であった港に、いまアメリカやヨー ギリスが捕鯨業者に対して百万ポンドを越える助成金を出し たのはなぜか ? そして最後に、われらアメリカの鯨捕りが、 ロッパの軍艦が平穏に乗り入れるとすれば、最初にその航路 ま一

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・錯綜した時代を乱反射する、文学の新たな視角朝人間存在の重みを語りかける人と愛の物語 巻①世界文学の流をなす古典非学暑劇の集成 ロシ冖 /. Ⅱ 0 古典文叫子集 フ - フンスⅢ ・ドストエフスキー「罪と罰」・ト・ルストイ「アンナ・カレーニナ」 ・ギリシア悲劇集 / アイスキュロス「アガメムノーン」ソボク・プルースト「スワン家の方へ」・ジッド「贋金つかい」・モー レース「アンテイゴネー」エウリーピデース「バッコスの信女」 全 リャック「テレーズ・デスケルー」・マルロー「王道」・サン " 朝激動と波乱、一一十世紀ロシアが叫ぶ自由への希求 ・ダンテ「神曲」・セルバンテス「ドン・キホーテ」 テグジュ。ヘリ「夜間飛行」・二十世紀フランス短編集 ロシ / Ⅲ 学 ②歓喜悩の乱舞、人間心理劇場の幕が開く ・ゴーリキー「イタリア物語」・ザミャーチン「われら」・プル ⑨人間存在の不条理をえぐり出す極限の精神 ガーコフ「巨匠ーこマルガリータ」・プラトーノフ「ジャン」・ソ フ一フンスⅣ の ルジェニーツイン「イワン・デニーソヴィチの一日」・一一十世 ・シェイクスピア戯曲集っ夏の夜の夢」「オセロー」他・シェイ・カミュ「異邦人」・サルトル「壁」「水いらず」・ジュネ「 紀ロシア短編集・ロシア詩集 クスピア計討集・デフォー「ロビンソン・クルーソー」・スウィ 日記」・セリース「なし′主。しの死」・・シモン「ル・パラス」 界 フト「ガリヴァ旅行記」 ・ロプⅡグリエ「ジン」 ⑩新大陸を舞台として誕生したアメリカ文学の原点 → /. メリ . カ [ 3 激しい運命の力が明らかにする人間の輪郭 ⑩文学運動 , こ社会運勲が激し、父錯する十九世紀ドイツ ・メルヴィル「白鯨」・ホー「アッシャー館の崩壊」「黄金虫」他 イ、ィリ ,. スⅡ ドイツ , ・ホーソーン「緋文字」・マーク・トウェイン「ハックルべリ ・・プロンテ「嵐が丘」・デイケンズ「バーナビー・ラッジ」 ・ゲーテ「若きヴェルテルの脳み」「ファウスト」・ヘルダーリ ・フィンの冒険」・ヘンリー・ジェイムズ「密林の獣」他 ・ハーディ第ーバヴィル家のテス」 ン「ヒュペーリオン」・ホフマン「フランビラ王女」「砂男」「蚤 の親方」・アイヒエンドルフ「のらくら者日記」・グリム暃弟失われた世代と、それに続く世代の群像 ャ④不断に湧出する意識の流れに人間の内面を探る 「グリム童話集」・十九世紀ドイツ短編集 ′ . メリ . カⅡ キイ、キリ . スⅢ ・フィッツジェラルド祠雌大なギャッビー」・フォークナー「ア ・ジョイス「若き日の芸豕の肖像」・ウインダム・ルイス「愛①人間精神の深淵を究めるドイツ文学の真髄 上 プサロム、アプサロム ! 」・ヘミングウェイ「日は疹舁る」・ の報い」・ジューナ・バーンズ「夜の森」・・・ロレンス「恋 ドイツノⅡ ヘンリー・ミラー「南回帰線」・フィリップ・ロス「狂信者イ する女たち」 ーライ」・アメリカ短編集 ・リルケ「マルテの手記」・ホフマンスタール「影のない女」・ トーマス・マン「トーニオ・クレーガー」「ヴェネッィア客死」 集⑤現代イギリス文学の正統と異そして反逆〈の渇望 病める現代アメリカをえぐる三人の巨人 ・グラスラリキの太鼓」・一一十世紀ドイツ短編集 イ、ギリスⅣ → / メリ・ . カⅢ ・ゴールディング「蠅の王」・シリトー「長距離走者の孤独」・芳醇に薫るヨーロッパ小説世界の結品 ・ソール・べロー「その日をつかめ」・ポールドウイン「ビール・ ィーヴリン・ウォー「ピンフォールドの試練」・フラン・オプ ストリートにロらば」・ジョン・バース「酔いどれ草の仲買人」 ドイツⅢ・中欧・東欧・イタリア ライエン「ドーキー古文書」・マードック「鐘」・スパーク「マ ・カフカ「変身」「流刑地にて」他・ムージル「三人の女」・ゴン欧米文学に衝撃をえたラテンアメリカ文学の世界 ンデルバウム・ゲイト」・イギリス現代短編集 プローヴィッチ ( ポ ) 「フェルデイドウルケ」・シュルツ ( ポ ) 「肉 一フ - アン「′ . メリ . カ ⑥フランス心理小説の開花が見せる美し、 ) 愛の華 桂色の店」・・クンデラ ( チェコ ) 「存在の耐えられない督さ」 ・ボルへス「伝奇集」「エル・アレフ」「砂の本」・アストウリア ・モラヴィア ( 伊 ) 「侮蔑」・パヴェーゼ ( 伊 ) 「流刑地」他 フ一フンス ス「大い下」・ドノソ「プルジョア社会」・プイグ「赤い唇」 ・ラ・ファイエット夫人「クレーヴの奥方」・プレヴォ「マノ ・ガルシア日マルケス「族長の秋」・ラテンアメリカ短編集 ・ロシアの大地に育まれた重厚華麗なる名作群 ン・レスコー」・コンスタン「アドルフ」・スタンダール「赤と の来るべき世紀の鮮烈さを秘めた文学の新たな領土 黒」・バルザック「谷間の百合」 ・プーシキン「オネーギン」・ゴーゴリ「死せる魂」「鼻」「外套」中国・「′ン→′ . ニ / フ一リノカ ⑦人間の心理を活写するリアリてムの巨人たち ・レールモントフ「現代の英雄」・ツルゲー不フ「初恋」・レス・朝鮮短編集・魯迅「阿正伝」他・巴金「寒い夜」「憩園」・ フ一フンスⅡ コフ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」・ガルシン「赤い花」茅盾「子夜」・・・コーツィー ( 南ア ) 「夷狄を待ちながら」 ・フロべール「ポヴァリー夫人」・ゾラ「居酒屋」・モーパッサ「四日間」・チェーホフ戯曲集「桜の園」「かもめ」・チェーホフ・・・ナラヤン ( 印 ) 「マルグディに来た虎」・・イドリー 短編集「可愛い女」他 ン「女の一生」・フランス短編集・ポードレール「悪の華」 ス ( エジプト ) 「黒い警官」他・マフフーズ ( エジプト ) 「花婿」他

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」16 -アメリカ1

「そうなんです、おたくはこのわたしに似合いの仲間ですよ。しは文句など言っているのではありません」 わたしには申し分のない仲間です。それにしても、かっての 「堕ちたって一一 = ロうけど、。 とういった身分から堕ちたのじゃ ? あの高貴な身分からこれはど下等な人間の仲間にこのわたし どこから陏亠ちたとい , つんじゃ ? 」 を引きすり落したのはいったいだれであったのか ? それは 「ああ、信じては下さらないでしよう。世間はだれも信じよ ほかならぬわたし自身なのです。みなさまがた、あなたがた うとはしませんーーーーでも、それでいいのですー・ーどうしよう もないことですから。わたしの出生の秘密というのは を責めているのではありませんーーーとんでもありません。だ れも責めたりはしていません。自業自得というものなんです。「出生の秘密じゃと ? まさか、おめえは 冷たい世界よ、わたしにたいして、最悪の仕打ちをするがよ 「みなさん」って、この若え男が、しごく厳粛な顔して言っ ひとつだけわたしにはっきりいえることがあるーーーわた た、「わたしはその秘密をみなさまがたに明かすことにしま しよう。みなさまが信頼できるかたであると思うからであり しの墓はかならずどこかに見つかるはずなのだ。この世界は、 これまでわたしにやってきたことを、これからも続け、わた ます。わたしは、権利からいって、公爵なのであります ! 」 それを聞いたジムの眼玉はだね、いまにも飛びださんばか しから、あらゆるものをーーそう、愛する者と、財産と、す 。しかし、わたしの墓をりにみえたな。おれの眼玉も飛びだしてたかもしれねえ。す べてのものをーー奪っていくがよい 奪っていくことはできないはず。いつの日か、わたしはそのると、はげ頭が言った。「まさか ! おめえ、それ本気で言 険墓に横たわり、すべてを忘れ、あわれなる失意のわが心も安っとるんじやか ? 」 そうそふ 「そうなのです。わたしの曾祖父、。フリッジウォーター公爵 らかに眠るであろう」彼は、ひっきりなしに、涙を拭った。 の ン 「あわれなるわが失意の心なんてもの、くたばっちまえっての長子は、自由の清らかな空気を吸おうと、前世紀末ころ、 フ んだよ」って、はげ頭が言った、「なんで、おめえは、そのこの国に逃れて来たのであります。そして、この国で結婚し、 失意の心でわしらに文句つけるんじゃ ? わしらはなんにも一人息子をあとに残して世を去ったのであります。ほば同じ ころ、その父公爵も世を去りました。ところが、亡き公爵の しとらねえそ」 ク 「その通りです、なにもしておりません。みなさまがた、あ次男が、爵位と財産を横取りしてしまったのですーー幼い正 なたがたを責めているのではありません。こういうふうに堕統の公爵は黙殺されてしまいました。わたしはその幼児の直 そう、自業自得と言っている系の子孫ーーっまり、正統の。フリッジウォーター公爵なので ちたのはわたし自身のせい まのわたしは、身寄りもなく、高貴 のです。苦しむのは当然ーーーまったく当然なのです , ーーわたあります。ところが、い

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系統の「モレラ」をはじめとする一群の物語、さらにはその 分をそこから吸収したゴシック小説の城館の魔力と表面的に 主題、技法、文体などが異なるとはいえ、ポーの代表的な怪は多分に似通っていると言えるだろう。しかし、曰オトラン 奇小説にも多かれ少なかれ一言えると思われる。たとえば、ゴトの城」にせよ、曰ュードルフォーの秘密にせよ、ゴシッ ポシック風の荒涼たる館の崩壊が、そのまま、そこの主人口デク小説における城館はおしなべて、亡霊や悪魔の出現すらも リックの閉鎖的な自意識の世界の崩壊を暗示している「アッ不自然に感じさせぬ一種異様な、悪夢的な空間を創り出した が、多くの場合その魔力がなかの住人たちの自我を破壊する シャー館の崩壊」。あるいは自分が自分を見るといういわば 鏡地獄に落ち込み、最後に、閉ざされた室内の鏡に映った自までにはいたっていない。言うまでもなく、その理由は、ゴ 分を刺し殺そうとした挙句に結局自分を殺してしまう二重人シック小説一般において、そこに出現する亡霊や悪魔が、密 ちんにゆう 格者の物語「ウィリアム・ウイルソン」。さらにはリジーア室の外の世界から闖入するという作品構成上の主たる特徴 が死の数日前に作った詩の一節「さあれ見よ、この道化の群に由来している。この闖入者たちは確かに、密室のなかに住 れのなかに、 / 逾い寄り来るもののあるを ! / 血のごとく赤む人間たちに恐怖や戦慄をもたらす。しかし彼らが、この超 きもののたうち来る / 舞台の奥より ! 」を思わせる赤死病を自然的な存在の圧倒的な魔力によって自己を破壊され、狂気 避けて、壮麗な僧院に引きこもったプロスペロウ大公の一行や死に追いやられることはない。その存在はあくまでも外部 ゅうとうギ」んまい からの一時的な侵入者として眺められ、はなはだしい恐怖と 。ゝ、遊蕩三昧に耽っていた華やかな仮面舞踏会の最中に、室 外からと言うよりもむしろ、最初から室内に、つまりは遊宴戦慄を経験するにもかかわらす、密室の内部にいる人間たち にうつつをぬかしていた人間たちのうちに潜んでいた死によの生活は根本的な変化をいささかもこうむることなく、現実 って破壊されるという、擬人化された死と言い、歓楽者たちの世界における価値の基準にしつかりと根をおろした、常識 さまざまな点で寓意的な と理性を尊重する典型的に十八世紀的な人間としての生をま の死の意識を象徴する時計と言い メメント・モ っとうしていくからである。要するに彼らは、その肉体は密 意味を汲み取ることのできる、中世風の「死を忘れるな」の 室の内部にありながら、その精神は密室の外の世界を志向す 主題を巧みに変奏した物語「赤死病の仮面」などである。 しやだん これらの怪奇幻想の物語はみな外界から完全に遮断されたるといった二重傾向を、ことさらに解消も、激化させること 室内を主要な舞台にしているが、その室内の異様な魔力に呪もなく、合理主義的な人間観、世界観が支配的であった時代 のなかで抑圧され、禁止されていた悪や破壊的衝動や本能に 縛された住人たちは、室外へは一歩も出て行こうとはしな、 日常の現実から切り離されるという点では、ポーが多くの養照明を当てる役割を忠実に実行しているのである。 せんりつ

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わしてもよいものを、それさえしなかったのだ。 , イ 皮女に求めなかった。 とい , っことだけだっ たのは、最初はただ笑わないでほしい、 「それが何であれ」彳 皮女ははっきり見ぬ いた。「まだ起こっ た。ありがたいことに、彼女は十年間もそうしてくれたうえ、てはいないのですね ? 」 いまも笑ってはいなかった。そうしてみると、遅まきながら 完全に彼女の軍門に降りながら、彼は首をふった。「まだ 感謝すべきことは無数にあった。しかし、そのためには、自なのです。ただ、それはばくが何かするというようなことで 分が昔、彼女にどう話したかを確かめる必要があった。「正はないのです。つまり世間で何らかの功績をあげるとか、有 確なところ、ばくはどんなふうに説明したのでしようか名になるとか、人の称賛を博するとか、そういうことではな いのです。ばくもそれはど馬鹿ではありませんからね。もっ と、も、 「あなたがお感じになっていたことについてですか ? そう っそ、そうであれば、かえってよかったでしよう ですね、ごく簡単なお話でしたのよ。ご自分が何かしら世に もまれな、多分、途方もなく恐ろしいことのために特別に選 「ただ甘んじて受けいれるしかないことなのですか ? 」 ばれている、という感覚が、ごく早い時期から心の底におあ「そうですね、言ってみれば、待ちうけるべきものなのです りだったということ、その何かは遅かれ早かれ起こるであろねーーー・突然ばくの人生に姿を現わすのを迎え撃って、対決す うということ、それについては確かな予感と確信を持って、 るのです。もしかすると、それつきり意識を失って、ばくそ らっしやること、おそらくそれはあなたを押しつぶすであろのものも滅びるかもしれません。場合によっては、それはば う、といったお話でした」 くの世界の根底を襲ってすべてを変えてしまい . 〉田不がレをつ 「そんな話が簡単だとおっしやるのですか ? 」ジョン・マー なるにせよ、ばくをその成り行きにまかせるというだけのこ チャーは言った。 とかもしれません」 ちょ・つしトっ 彼女はしばらく考えてから言った。「お話をうかがってい これを聞き終えてもなお、彼女の目の光には嘲笑の影は 獣る時に、わたくしにも理解できる気がしたせいでしようか」見られなかった。 の 「理解してくださるのですか ? 」彼は熱、いにたすねた 「ひょっとすると、あなたがおっしやるのは、大勢の人たち 彼女はやさしい目をしてもう一度彼を見つめた。「いまもの知っている、恋におちるかもしれないという予感、あるい 信じていらっしゃいますの ? 」 はその危険の予感にすぎないのではありませんか ? 」 「ああ」彼は当惑して言った。簡単に言えるようなことでは ジョン・マーチャーは疑問をおばえた。「以前にも同じこ

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外的現実や日常生活の場の欠落、ないしはそれからの遊離、るというわけである。入口も出口もない閉ざされた夢幻的な すなわち非日常的、非現実的な世界のなかで生起するもので球体を連想させる室内は、こうして主人公たちの内的意識を あることはいまさらことごとしく述べ立てるまでもなかろ投影したいわば「客観的相関物」となるのである。 外界から完全に離脱し、放恣な夢想 ( あるいは阿片夢 ) の たんでき まるでいっさいの日常的現実から隔絶し、それとは何の関世界に耽溺するポーの自閉症的な室内生活者たちが、ポード わり合いもないかのような生活を送るのが、ポーの物語の多レールからユイスマンス、ワイルドにいたる世紀末文学にお ) = っしゃ くの主人公たちである。とりわけ印象的なのは、「リジーア」 ける、人工の粋を尽した豪奢きわまる夢の部屋の住人たちの や「アッシャー館の崩壊」や「赤死病の仮面」などをはじめ先住者であることはすでに知られている。そして、世紀末の とする、彼の代表的な怪奇小説の主人公たちの奇妙な生活で頽廃的な室内生活者にとってそうであるように、。、 ホーの部屋 ある。彼らは不調和なはどけばけばしく飾り立てられ、さまの住人たちにとってもまた、時代や様式をまったく異にする ざまの工夫を凝らした豪華な室内に閉じこもるのがつねであすこぶる折衷的な、金に糸目をつけることなく世界各地から しやだん しゅうしゅう るが、外界から遮断されたその室内は、彼らにとってまぎれ寄せ集め、蒐集されたきらびやかな、しばしば悪趣味な印 もない一つの宇宙である。「豪華で幻想的な壁掛け、厳粛な象を与える室内の家具や装飾類は、まさしくその奇怪な、悪 じやばら ふ ) かギ、 エジプト彫刻、不規則な蛇腹や家具、金色の総飾りのついた夢めいた雰囲気を醸し出す折衷様式の採用のうちに、住人た じゅうたん きくそ、つ 絨毯の気違いじみた模様」 ( 「リジーア」 ) 。偏執的な細密さちの混乱し錯綜した心的状態だけでなく、彼らの時間的、空 てら の限りを尽して描き出される、そうしたことさらに奇を衒い 間的限定からの超越の志向をはっきりと露呈させているので 異様にグロテスクな効果を与える照明によって、幻像的にゆある。その志向が認められるのは、家具や室内装飾ばかりで らめく家具や室内装飾に取り囲まれた密室のなかで、彼らのはない。室内生活者たちにとっては、彼らが室内で生活を共 感覚や神経は鋭くとぎすまされ、香りと色と音が互いにイを にする女性たちもまた、それぞれにそのような志向を完璧に に照応し合う神秘的な交感、ないしは共感覚を経験する。実現した人間としてとらえられ、家具や室内装飾以上に時空 「アッシャー館の崩壊」の冒頭に掲げられたド・べランジェを超越した夢幻的な雰囲気を帯びている。たとえば「リジー の詩句の示すとおり、「彼の心は吊されたリュート / 触れれア」。あるいはその作品と同系列に属する「モレラ」「べレ一一 ばたちまち鳴り響く」のだ。魂の内奥にひそむ恐怖や神秘はス」、そして「エレオノーラ」のように。ロマン派的な理想 げんわく まさに、室内のさまざまな眩惑的な事物のうちに示現してい美や愛の主題を追求したこれらの物語は、その基調において 0 つる かーも

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しんえん ともないのだ。 のできぬ深淵を秘めた存在であるからだ。したがってそれぞ すでに述べたように、エイハプにとって、白鯨が象徴してれ違った読者との出会いによって、そこから自すと違った新 いる「世界」は彼の自我主義を阻む巨大な壁であって、しか しい意味が生まれ出てくるべき性質のものなのである。 もそれは牢獄の壁であり、彼はこの牢獄としての世界の中に おそらく白鯨は、宇宙の盲目意志、原初的自然の魔性と無 生きる囚人として自らを意識しているのだ。囚人は壁を打ち垢、これらすべてを体現しているものなのだろう。だが、自 破ることによってしか外に出ることができない また彼にとらを神の座にまで祀り上げようとする近代西欧の、あるいは っては、彼自身に・ーー・あるいは人間存在一般に 災禍をも欧米の自我主義者は、宇宙や自然の盲目意志ないしは魘性に たらす宇宙、世界、自然はどこかが狂っているとしか考えら挑戦するあまり、自然の無垢までも扼殺しようとする。たと えばそうした西欧の近代精神を継承し、しかもいわば宗教の れす、これを創造した神もまた悪なる存在なのだ。したがっ て白鯨に対するエイハプの挑戦とは、宇宙における神の創造世俗化ともいうべきプロテスタンティズム精神を極限にまで やくさっ の秩序を揺るがそうとするものなのである。そしてそれがい推し進めてきたアメリカ文明は、その自然の征服や扼殺行為 においてとどまるところを知らない かに不可能な夢であり、 いかに形而上学的狂気とアナーキズ 。この自然の無垢の犠牲 ムを秘めたものであるか、またそれがいかに宿命的に悲参なの上に立って構築された現代文明は、いすれ致命的な報復を 受け、取り返しのつかない破局にいたるであろう。そしてそ 敗北と破局に終わるしかないものであるか、語り手のイシュ のときは、白人はいうまでもなく、インディアンや黒人も、 メイルも、作者のメルヴィルも知りすぎるほど知っていた。 さて、モービー ・ディックが宇宙や原初的自然の象徴でああらゆる種族がエイハプ船長の亡霊と運命を共にするであろ う。いや、『白鯨』の登場人物の一人であるクイークエグ、 るにしても、それは宇宙の盲目意志の体現者なのか、自然の 内奥に潜む魔性の体現者なのか、それとも自然の無垢の体現つまり語り手イシュメイルを通して徹底的に理想化されてゆ 者なのか。『白鯨』の読者にとって、この問題を快刀乱麻をくこの南海の異教的蛮人、自然との全き調和のもとにあるが 故に自らの生も死も自由に左右できるという存在、またそれ 断つがごとく明央に割り切ることははとんど不可能に近い 説それは、モービー ・ディックがさまざまな登場人物の眼にさ故にこそ、自然から無限に疎外されているエイハプへの無言 まざまな象徴として映るからというのではない。それは、作の批判となっているはすのクイークエグすらも、破滅の運命 者メルヴィルのはとんど無意識の、あるいは潜在意識の領域を免れることはできない ( ことのついでにもう少し言わせて もらえば、もし最初にイギリスのべントリー社から出た英国 から創造された白鯨が、彼自身明確な一言葉で言い表わすこと まっ

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ためいき 解するところでは、必要をみたすに足るだけの器量を持っためにひどい苦痛をなめさせられたわけではなく、溜息と共に 検査官であったはすである。思考力と想像力と感受性とを持捨ててしまわすにおれない気持になったわけでもないことを、 った人間ならば ( 検査官に必要な分量の十倍は必要かもしれ今思い返しても嬉しく思う。文学談義という点では、たしか ン に、もと海軍士官というのがいて、これはすばらしい男であ ノないが ) 、当人がその労を厭いさえしなければ、いつだって 実務家にはなれるだろう。私の同僚も、私が職務を通じて何って、私といっしょに就職し、私よりも少しおくれて退職し らかの接触を持つに至った商人や船長たちも、私を実務家とたが、しばしば、ナポレオンとかシェイクスピアとか、彼の してしか見ていなかったし、おそらくは私の他の面など彼ら気に入りの話題のあれこれを持ち出しては、私を議論に引き これは は知らなかったであろう。彼らのうち一人として私の書き綴込んでくれた。それからまた税関長の次席秘書も ったものなど一。ヘージだに読んだことがあるまいし、かりに 若い紳士で、ときどき政府の公用便箋に何かしら ( 数ャード 全部を読んだにしても、それによって私に対する関心が少し離れたところからは ) どうやら詩のように見受けられるもの でも高まりはしなかったろうと思う。よしまたそれら無益なを、書き連ねていると囁かれていたが、これが私のことを本 文章が、バ ーンズとかチョーサーとか、かって私と同じよう についてはおそらく精通していると見たらしく、ときおりあ に税関の役人をしたことがある著名な文人の手によって書かれこれの本を話題に私に向かって話しかけてきたものである。 うれ れていたにしても、事はいささかも嬉しい変化を示さなかっ これが私の文学的交際のすべてであり、かつまたこれで私の たはすだ。文学的名声をゆめみ、文学を通じて世界の名士の必要は十分に満たされたのであった。 間に列することを胸に描いてきた人間にとっては、自分の一一 = ロ もはや私は、自分の名が本のタイトル・。ヘージに記されて、 い分が容認される狭い世界から一歩出て、その世界の外では、広く世間に知れ渡ることを求めも願いもしなかったので、 自分がこれまでに成し遂げたことも、自分が目標としているまやそれが別の形で盛んにもてはやされていることを考えて、 ・一ーてよ・つ ー染 ものも、すべて、全く意義を持たないものであることを知る笑いを誘われすにいられなかった。胡椒の袋やアナット カ - 一 のは、よい教訓である。往々にしてなかなかきびしい教訓で料剤の籠や葉巻の箱、その他各種各様の課税商品を入れた梱 に、それらの商品が既に関税を払い、正規の手続きを経て税 はあるかもしれないが。私は、警告の意味でも懲戒の意味で も、自分が特にこの教訓を必要とするかどうか知らないが、 関を通過したものであることを証明する印として、税関の捺 とにかくこれを十二分に吾らされたことは事実である。しか 仁が、型板と黒ペンキでもって私の名をしるしていたので . しまた、その真実を骨身にしみて認識したとはいえ、そのたある。こうした奇妙な名声の輸送機関に乗せられて、私の存 イ ) ) や びんせん なっ

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1263 解説 在意識や無意識の探求へと向かったり ( この方面の代表作は、カルミオンの対話」など ) 。 これらのことからも容易に察せられるように、その主題、 ある行為が悪い、あるいは誤っているということを充分わき まえているにもかかわらず、格別これという理由や動機なし技法、文体など、一見多種多様に見えるポーの作品に一貫し あまのじゃく に、その禁を犯さすにはいられぬ衝動、つまり「天邪鬼」のて認められ、その本質を決定していると思われる要素が少な くとも二つある。一つは地下的、冥府的な世界、一口に言え 心理を扱った「黒猫」「天邪鬼」「告げロ心臟」などや、いわ ゆる二重人格や転身を主題にした「ウィリアム・ウイルソば死の世界への下降、あるいは彼が「グロテスクな物語とア あへん ン」や「鋸山奇談」であろう ) 、あるいは阿片とか、ポーのラベスクな物語」に付した「序文」のなかの一一 = ロ葉を用いると、 時代に新興科学であった催眠術を用いて、生死の幽暗な境界「魂の恐怖」の世界の呪縛である。もう一つは神秘的、天上 的な美の世界への限りない上昇である。この二つの、きわめ を探ったり ( たとえば「リジーア」や「催眠術の啓示」とか てロマンティックな特徴が魂の領域、あるいは地獄にも等し 「ヴァルドマル氏の病症の真相」など ) 、また生死の境界を一 くもん く感じられる暗い内面の世界の呪縛によって苦悶しつつも、 気に乗り超えて神秘的な、ほとんど天上的な美の光彩を放っ ひしよう ている趣のある永生の世界へと飛翔を試みることにもなるのそれからの脱出を夢見てやまないという魂の両極性に深くか かわっていること、この魂の上昇と下降の運動のいすれもが、 である ( たとえば、「モノスとウナの対話」や「エイロスと 、 / 実母エリザベス・ポー 中 / 妻ヴァージニア 下 / 女友達サラ・ヘレン・ ウィットマン ポーは彼女から霊感を 受けて 。詩「ヘレンに寄す」を

10. 集英社ギャラリー「世界の文学」16 -アメリカ1

来この地に生存を続けてきた。その間常にれつきとした世間 除かれんことを祈るばかりである。 しゅんげん 的体面を保ち、私の知る限り、やくざな人間が現れて汚点を しかしながらこの峻厳にして怖い顔をした二人のビュ ただ リタンが、おのれの家系の年ふりた幹が、品位に満ちた苔を記したことは唯の一度もない。だがまた逆に、記憶に残るべ たつぶりと生やしはしたものの、長い歳月の末に、その末端き功業を打ち立てた例はおろか、公の注目に値する底の事を なしたことすらたえてなかった。一家は徐々に衰えてほとん の枝に私のような怠け者を生じたということで、おのれの犯 した罪が十二分の応報を受けたと考えたであろうことも疑いど人目につかなくなり、それは町のあちこちで、古い家屋が、 を入れぬところだ。私が抱いた如何なる目標も、彼らはむ新しく積み重なる土壌の下に、軒先近くまで埋没しているの 仁ていよう。わが家の者たちは、父から息子へと受け継ぎ べきものと認めはしないだろうし、私の生活がかりに家庭の 外の世間にあって、成功に輝くことがあったにしても、私のながら、百年以上もの間にわたって、船乗げを業としてきた。 十 収める成功なんぞ、積極的に恥入るべきものとは言わぬまで白髪まじりの船長が後甲板から家庭の中に引退する間に、 ぜんしよう も、価値あるものとは決して見なさぬことであろう。「何だ、四歳の若者が親の後をついでの水夫となり、前檣前の甲 あいつは ? 」ほの暗い影のように浮かぶ先祖の一方がもう一板に立ちながら、かってはみすからの父親や祖父に向かって つぶや 方に向かって呟く。「物語の本なそ書きおって ! あれが人吹きつけた潮しぶきや烈風に立ち向かうのを代々の伝習とし 間の仕事と言えるものかーーーあんなもののどこが神の栄光をてきたのである。その若者はまた、時来れば前檣楼から船長 はらん え、どこが同じ時代、同じ世代の同朋の役に立っというの室へと居を移し、波瀾万丈の男ざかりを過ごした末に世界を だ ? どうせ堕落するのならば、ヴァイオリン弾きにでもな股にかけた放浪の旅から戻り、挙句の果てに年老いて、そし なきがら て死に、自らの死骸を故郷の土に混ぜ合せてきたわけだ。こ ってくれた方がましというものだな ! 」これがすなわち、 しんえん 時の深淵を隔てて、私の祖先の大祖父たちと私との間でやりのように一つの家系と、彼らが生まれ、かっ葬られた一つの あいさっ とりされる挨拶というもの ! とはいうもののしかし、大祖土地との間に、長きにわたる結合が持続するうちには、人間 けいべっ 父たちが私を軽蔑するのは意のままとは申せ、彼らの性質のと地域との間に、その土地の風景とか道徳的環境とかとは無 関係な、ある血縁のような繋りが誕生する。それは愛ではな 字強烈なる特徴は、私のそれとないまぜになってしまってもい 緋 むしろ本能である。新しく来た住民には、本人が他国か るのである。 しんし よ、つらん わが一族は、この町のそもそもの揺籃期に、真摯にして強ら来た場合でも、本人の父や祖父が移って来た場合でも、自 らをセールム人と称するだけの資格はない。古くからこの地 壮なこれら二人の男性によって深々とここに根を下ろし、以 また つなが