415 アプサロム、アプサロム ! ませんといってやるつもりだったのに。彼がこんなことまでいう必 させられません。 要はなかったんだよ、ヘンリー ばくを思いとどまらせるためにば だれがばくをひきとめられる、ヘンリー ? くが黒んばだなんてきみにいう必要はなかったんだ。そんなことま でいわなくともばくは思いとどまったのになあ、ヘンリー レ」へンリ、ーがい、つ だめです ! とヘンリーが叫ぶ。 だめ ! だめ ! ばく さて今度はポンがヘンリーを見守る番だ。彼があの微笑ともいえ 彼はとびあがった。その顔はひきつっている。こけた頬いつばい ないような表情を浮かべながらそこに座ってヘンリーを見ていると、 に生えている柔らかいひげの奥の歯、荒い息が肺のなかでもがくよ またもヘンリーは白目を見せている。ポンの手が毛布の下に消え、 うに目玉が眼窩のなかでもがいているかと思われるようなヘンリー また現われると、ピストルの銃身のほうをつかんでいて、銃尾のほ ーに差しだされる。 の白目が、ポンに見えるー丨丨・その荒い息づかいをやめ、息を抑え、丸うがヘンリ じゃあ、いまやれよ 太に座っているポンを見おろすと、吐息のような低い声で、 あなたは、思いとどまったのに、といったけれど、それはど ヘンリーはピストルを見る。いまや彼はあえいでいるうえに、さ ういう意味ですか ? らに震えている。そしてなにかいおうとして声にならす、吸いこん 今度はポンが答えない。彼は丸太に座ったまま、自分のほうにか だ息がつまったまま、吐きだすこともできすに、かろうじて、 ーが、あいかわら あなたはばくの兄さんだ。 がみこんでいる顔を見つめている。そこでヘンリ しや、そうじゃな、 ず吐息のような低い声でいう。 ばくは黒んばで、きみの妹と寝ようと しているんだ、きみがとめなければね、ヘンリー でもいまは ? あなたはつまり そうだよ。ほかになにができる ? ばくは彼の判断にまかせ 突然ヘンリーはそのピストルをつかみ、ポンの手からもぎとって、 たんだ。四年間も決断の猶予を与えてきたんだ。 そのピストルを手に持ったまま、あえぎあえぎ立っている。ポンが くのことじゃなく、 彼女のことを考えてやってください。 目とロのあたりにあの微笑ともいえないような表情を浮かべながら 彼女のことを。 丸太に座ってヘンリーを見つめると、またヘンリーのでんぐりかえ った白目が見える。 考えたさ、四年間も。きみと彼女のことをね。今度は自分の ことを考えているんだ。 やるならいまだぜ、ヘンリー めまい とヘンリーがい , つ、 ヘンリーは眩量をおばえ、からだまでくらくらさせながらピスト がんか ほお
はねつけたのかどうか、その辺のところはだれにもわからな見越していたらしいのだが、それは彼がいまだにそんなもの ) き、い しそれにポンが、はたしてサトペンが自分の父親であるこは戦略上の些細なミスにすぎなかったのだと信じていたから だ。そんなわけで、いってみれば、彼は、圧倒的な数の敵を とを知っていたかどうか、だれも知らないし、彼が初めは母 親のかたきをうつつもりだったのに後になって恋におちいり、前にしながら、ただじっと我慢して賢明におちついて油断な ねら ミス・ローザにいわせるとサトペンに源を発してポンの血をく身を持してさえいれば敵をけ散らしひとりずつ狙いうちで ( 黒い血も白い血もともに ) そうなるよう宿命づけたあの応きると信じこんで絶対に退却しないでいるひとりの散兵であ 報と因縁の流れに身をまかすことになったのかどうか、だれった。そして案の定、ヘンリーはそうした。たぶんサトペン はヘンリーが次にど , っするかとい , っことも、つまりへンリー しかしとにか / 、挈・、れは明らかに , っ ( ノ \ ゅ・か にもわからない もニューオー ーンズへ行って自分の目でそのことを確かめ ず、やがて次のクリスマスが近づいてヘンリーとポンがまた サトペン荘園にやってきたが、こんどはサトペンももう手のてくるだろうということも知っていた。それから一八六一年 になり、サト。ヘンには今度は彼らがなにをするか、ヘンリ ほどこしょ , つがないこと、ジュー一丁イスがポンに亦 5 してしま ふくしゅう がなにをするかということだけでなくへンリーがポンになに ポンが復讐するつもりでいるにせよ、運命の流れにと らえられ、そこに身を沈めているにせよ、どちらでも同じこをやらせるつもりかもわかっていた。たぶん ( 悪魔なので ばんさん もっともすでに悪魔でなくとも戦争が近いことはわかっ とだと見てとった。そこで彼はあのクリスマス・イヴの晩餐 のまえにヘンリーを呼びよせて ( 父がいうには、サトペンはていたが ) 彼はヘンリーとポンが大学の学生部隊に入隊する ニューオー リーンズへの旅行から帰って以後、ジューディスだろうと予見していた。彼はどうやら彼らの名前が登録名簿 ム にのった日を見知っていたらしいし、お祖父さんが学生部隊 に先にそ , つい , っ話をするのはよくないとわかるくらしに。 ロ サ の所属する連隊長になるまえからすでに学生部隊がどこにい というものがわかるようになっていたらしいのだが ) ヘンリ ア ーに話をした。彼にはヘンリーがなんというかわかっていたるかを知っていたらしい。やがてお祖父さんはピッツバ ム し、案の定へンリーはそういったわけだが、彼は自」子にそれグ・ランディング ( 一 年シー戦いの舞台とな 0 た都ル場 ) で負帽切して ロ うわ ) うそ サ ( ポンもここで負傷した ) 右腕をなくして帰還したが、サト は嘘だといわれても黙っていた。ヘンリーは、父親が噂つき ア ペンも一八六四年に、二つの墓石を持って帰ってきた。そし といわれても黙っているので、父親の話は本当なのだと思っ た。それに、おやじの話では、彼 ( サトペン ) はどうやらへて彼はふたりが戦地へ戻る前日に、事務所でお祖父さんに話 ンリーがどうするかも知っていてヘンリーがそうすることををしたのだ。おそらく彼はヘンリーとポンがどこにいるかを、
ーレ・よ・つふ 験を恥辱に思うピューリタンの伝統ーーテングロ・サクソン安息日に殿方が町まで買いに行く娼婦と、貴婦人たちのため 特有のあの伝統ーーを受けついでいたのだ この陰気で無に働き、ときには彼女らが処女でいられるのもそのおかげだ 骨な田舎者が、服装や態度はいわすもがな、家までが嫉妬深といえる奴隷女たちというわけだがーー・そんなことは若くて ばんじゃく ナ い加虐的なエホバの姿に似せて建てられている磐石のよう血気さかんなヘンリ ーにとって問題ではない、若い者の血を ク 一な伝統から、住民が自分たちの家や個人の装飾品や官能生活煮えたぎらせる乗馬や狩猟に明け暮れするきびしい独身生活 フ のイメージに似せて、全能の神とそれを支える美しい聖者やの犠牲者たるヘンリ ーにとっては。彼のような若者は、そう かわいい天使たちの九位階の合唱隊を創造した土地へ、突如 いうことに時間をつぶさざるをえなかったのだ。同じ階層の ほうりだされたのだ。そうだ、わしにはポンが話をだんだん娘たちは禁制で近づくわけにゆかず、第二の階層の女たちに そっちのほうへもっていって、ショッキングな真相をさりげは金と距離の都合で近づけなかったから、奴隷の娘とか白人 めひ なく伝えようとしているところが想像できる。ちょうど狭いの女主人に身ぎれいにしてもらった奴婢とかあるいは野良仕 岩だらけの畑地にはそれだけの準備をしたうえで植え付けを事をして汗くさいからだをした娘たちくらいしか相手にでき やり望みどおりの収穫をあげようとするように、ヘンリーのす、若い者は馬で畑までのりこんでいって監視人を呼び、気 ピューリタン的な心に備えて巧みに計算しているところが。 にいった娘をあれこれ名ざしでよこしてくれと頼んでおいて、 ヘンリーがこだわったのは、それがどんなものだったにせよ、森のなかで馬からおりて待つわけだ。そうじゃないんだ、ヘ ともかく式を挙げたという事実だったようだ。・、 ホンにはそれンリーがこだわったのは式を挙げたことなのだ。なるほど黒 オし、ヘンリーとジュ がわかった。情婦や子供のせいじゃよ、 人を相手に挙げたものかもしれないが、やつばり式は式だ、 ディスは黒人の血が半分まじっている姉といっしょに育ったそんなふうにポンは考えたにちがいない。だからわしには彼 のだから、黒人の情婦や子供がいることくらいなんでもない。 が想像できるよ、彼のやり方が。つまり彼はヘンリーの田舎 ヘンリーにとって情婦くらいなんでもない、ヘンリーみたい者らしい魂と知性との無邪気な種板を撮ってそれを徐々にこ ちまた な育ちの青年にとっては黒人の情婦くらいなんでもない、女の密儀の巷にさらし、だんだんと望みどおりの写真に仕上げ というものが貴婦人と女と雌の三つにはっきり分けられて、 していったのだ。わしにはわかっているが、彼はまえもってな て、 ( そのうち二つは ) 越えるにしてもただ一度だけ一方に にもいわず、なんの予告もなしに、真相をつきとめにくるの しか越えられない裂け目で隔てられているような環境に生ま が当然だと仮定して、ヘンリーを堕落させてだんだんと粋な れ育った若者にはーーっまり、いっか殿方が結婚する処女と、郭にひきずりこんでいったのだ、ヘンリーをゆっくりと上 くるわ
うのはたしかその翌日のことだったはずだが、この四年間 ムーンの夜だって、たまたま買った娼婦との取り引きだって、い 同じように ( 一時 ) 私室を占領し、同じ順序で同じ着物をぬは中休みの時期で、その間に、すでに機の熟していた結論が、 がせ、シングルべッドで同じように交わるなら、きみはそれ南北戦争という合衆国の重大な ( そしてとうてい信じられな いような ) 運命における愚かしくも血なまぐさい異常な事件 を結婚というだろう ? それを結婚といってどこが悪いんだ によって、先に持ち越され、気勢をそがれてしまったが、も い ? 』するとヘンリーが、『ああ、わかった、わかりました しかするとそれは、やむをえす人間を道具やだしに使う場合 よ。あなたはばくに 2 たす 2 はいくつかと訊いておいて 5 だ の運命につねに見られるように、あの因果の理法が奇妙に欠 、、ほんとに 5 になっている。それでもやはり結婚の問 と一一一一口し ばくの言葉をしゃべれ落しているあの一家の宿命によってひきおこされたのかもし 題は残っています。いま仮にばくが、 ないひとに恩義を感じているとして、そのひとにそのひとのれない。それはともかく、ヘンリーは彼ら三人をあの未決の 一一 = ロ葉で恩義を言いあらわせるとしたらばくはそれに賛成です状態、あの拘禁状態に縛りつけたまま四年待ち、ポンがあの よ。でも、そのひとがばくの気持を心から受け取ってくれる女を捨てて結婚を解消するように願いながら待っていたわけ ー ) は結婚とは認めす、またあ だが、その結婚を彼 ( ヘンリ その言葉をばくがたまたま知らないからといってそれだけば いや、ますの女と子供を見たときにただちに彼はポンがあの女を捨てな くの感じている恩義が薄れるものでしようか ? いだろうということがわかったにちがいない。事実、時がた いよいよ白取後 ます重く感じるだけですよ』するとポンが の切り札を出し、声も穏やかに、『この女とこの子供が黒んってヘンリーはあいかわらす結婚であることを認めていない 、 : あの ミシシッピのサトペン荘あの式のことにそうこだわりを感じなくなってしたが、 ばだということを忘れたのかい ? ム ことにはヘンリーもひっかかっていたようだーー。一一度の式の ・サトペンともあろうきみが ? きみはこんな 園のヘンリー ロ ホンが重婚をもく ことじゃない、ふたりも女をもっことだ。 : プ所で、結婚だの、結婚式だのというのかい ? 』するとヘンリ ア いまや絶望し、それでもまだ断固として負けすに最ろんだことじゃなくて明らかに彼の ( ヘンリーの ) 妺をいわ ム後の苦々しい叫びをあげて、『うん、わかってる、それはわばハレムの二号さんにしようとしていたことだ。ともかく、 サ かってますよ。でもまだその問題は残ってるさ。それはいけ彼は四年間、望みをかけて、待っていた。その春彼らは北部 ヴァージニア北東部 ア の川の名で、南北戦 ません。たとえあなたでもそんなことをしてはいけません。のミシシッピに帰ってきた。プル・ラン会戦 ( 争の」一一鍍の ) はすでに終わったあとで、大学でも学生のあい 四たとえあなたでも』 だで一個中隊が編成されていた。ヘンリーとポンはそれに参 「それで全部だ。それで全部のはずだ。四年後のあの午後と
231 アプサロム、アフ・サロム ! ら次にヘンリーを眺めてポンにヘンリーの知らないフランスろい質問を待ちうけるようにだ。しかしもうへンリーは『よ 語で話しかけると、ポンはちょっと白い歯をのそかせてフラんのためにきみはーー彼らは決闘するんだろう ? 』などと訊 かなくてもわかっていた。 ンス語で返事をした。『彼と ? アメリカ人と ? いや彼は お客さんだよ。決闘するんなら彼に武器を選ばせなきゃなら 「そうだ、ヘンリーはもう知っていたか、あるいはもう知っ おの なかったろうし、ばくは斧で決闘するなんてごめんさ。いや、ているつもりだったらし い。たぶんもうこれ以上ひどいこと いや、そうじゃないんだ。鍵だけでいいよ』鍵だけもらうと はあるまいと考えたのかもしれないが、そうじゃない、そん 固い門が彼らの目の前でではなくその背後で閉ざされ、高く ななまぬるいもんじゃない、あの最後の一撃、手ひどい打撃 て厚い壁ごしには下町の風景は一切見えなくなって騒音もほ が待ちうけていたのだ。それはちょうど外科手術の痛みが、 きようちくとう とんど聞こえず、夾竹桃とジャスミン、ランタナとミモザショックをうけた患者の神経にはもはや感じられす、初めの ゃぶ の迷路のように入り組んだ藪が、粉々に砕いた貝殻を撒いてショックが場当り的な、仕上げを欠いたものであることを感 くまで 櫛を入れたようにきれいにし、熊手でかいて掃除した裸の地じさせないのに似ている。つまりあの結婚式の問題が残って いたのだ。 : べたを、またしても壁のように取り囲み、ただごく最近のど オンにはヘンリーがこの問題にこだわり、それを す黒い汚れだけが見えていて、そして声が この先輩、こ腹にすえかね、根にもつだろうことがわかっていた。うん、 の案内人はそのとききまじめな田舎者の顔をよく見るために彼は悪賢いやつだ、ヘンリ ーにはこいつのことが週を追って わきのほうに立っていたが き、りげ・ . なく木しげに . 打ち明け ますますわからなくなってゆくというのに、この赤の他人み 話をするような声がした。『普通のやり方ではまず背中合わたいな男は、ヘンリーを女に紹介するための正式な、ほとん せに立って、ピストルを右手に持ち、左手で相手のマントのど儀式のような訪問の準備にわれを忘れて熱中し、その際へ すそ 裾をつまむ。それから合図と同時に歩きだしてマントがびんンリ ーにぜひ着てもらおうと思ってヘンリーのために注文し と張ったと思ったらふりむいて射つわけだ。なかには血の気た新調の洋服が似合うかどうか、まるで女のように気にして の多いのや鈍い土百姓なんかで、ひとっマントにくるまって いた。この洋服で訪問からへンリーが受けるはすの印象全体 ナイフを使うほうが好きなやつもたまにはいるけどね。ひとを、ふたりが家を発つまえに、ヘンリ ーが女と会うまえに、 っマントにくるまって面と向き合い、左手で互いに相手の手あらかじめ確定しておこうというつもりだったわけだ。また 首をつかむんだよ。でもそんなのはばくはごめんだね』 田舎者のヘンリーのほうは、足もとでかすかに潮流が動きだ さりげなく、打ちとけた調子で、この田舎者ののしているのをいちはやく感じてとまどい、その行きつく先は、 かぎ
子だ。おれはどうやら自分がなにを求めているのか自分でもわからそんなふうにして彼はその家へ入っていったのだ。そのとき ないらしい〉と田 5 っていたのかもしれない しかし実際にはの彼を見ていたひとがあったら、おそらく彼の顔にはあれと 自分がなにを求めているのか、ちゃんとわかっていたのだ。 よく似た表情が。ーー・ヘりくだったような、といって自尊心も クただそういってみたまでのことだーーー人目をしのんで、こっ失わない、完全に傾倒したようなーーー彼がよくへンリーの顔 そりと、あの肉体に触れてみたかったのだ。あの肉体が彼の に認めていたような表情が、あらわれているのに気がついた フ 肉体を暖めるために彼に伝えてくれた血、そして今度は逆に ことだろう。おそらく彼は、〈どうやらおれは自分がなにを求め 彼が、あの先代の肉体と自分自身の肉体が死滅したのちもなているのか知らないばかりでなく、自分で思っているよりもはるか お子孫たちの血管や四肢に沸々と音たてて流れるべく、後代に若僧らしい〉と考えながら、彼の父親とおばしき人物に対 に伝えようとしていたその同じ血によって、彼がまだ生まれ面したのだが、なにごとも起こらなかった なんの衝撃も、 るまえに暖められていたあの肉体に、現実に触れてみたかっ 一一 = ロ葉でさえぎるいとまもないほどの骨肉の熱い交流も、なに たのだ。さてクリスマスがやってくると、彼とヘンリーはサもなかった。彼はそこで十日間すごしていったのだが、その トペン荘園まで四十マイルの道のりを馬で行ったが、ヘンリ 間、・皮はヘンリ ーが大学ですでにまねするようになっていた ーはあいかわらすしゃべりつづけ、彼ら三人 ( ヘンリーとポ訳知りの遊び人、絹の市松模様の鞘におさまった鋼鉄の刃で ンと妹 ) が実体もないのにその内部の真空中でさまざまなポあったばかりではなく、 ( きみのおやじさんにいわせると ) ーズすら見せて存在し、生き、動きまわっているあのお伽噺サトペン夫人にいたっては、彼を一個の芸術品として、物腰、 かがみ ふいちょ、つ の風船玉に、たえす息を吹きこみながら、それを膨らませ、身だしなみともに紳士の鑑として受け入れ、またそう吹聴 虹色に輝かせて、ふわふわと浮かしておくのだった。ところしたそうじゃよ、、 オしカ ? ( それに、彼女はあの四人のうちで他 が肝心のポンのほうはその妹を見たことがなかったばかりか に入札者がいなかったら、彼を買ってジューディスを代価と ( ヘンリーにはわからなかったが ) もっとさし迫った問題のして彼に支払ったかもしれない と、そうきみのおやじさ ほうに心を奪われていたので考えてもいず、ヘンリーの話なんはいわなかったかい ? ) そして彼がヘンリーを連れて消え ど半分うわのそらで聞いていたのだ。そして、ヘンリーは気てしまうまで、彼女にとって彼はずっとそういう存在だった。 づいていなかったようだが、家に近づくにつれて口数が減り、それ以来、彼女は彼を見ることもなく、やがて戦争が始まっ 話題もとばしくなり ( これにもヘンリーは気づいていなかって苦難と悲嘆と食糧難に明け暮れているうちに、しばらくす たようだが ) ますます聞こうとしなくなっていったらしい ると自分が彼のことなど忘れてしまったことさえ思いださな ふつふつ さや
よそもの にもないが〉ーーあるいは、そんなばかな、そんなことは嘘っていたが、ポノは、仮に立場を逆にしてヘンリーが余所者 であり、自分が御曹司で、しかもいま自分が思っているよう だ、そんな暗合は書物でしかありえない、などと自分に言い きかせていたのかもわからない。そしてこの退屈した、宿命なことを知っているとしたら、ヘンリーも同じようなことを いうだろうか、と考えていたーーーあるいはそんなことは考え 論者の、孤独を求める野良猫ともいうべき男が、〈あの土百姓 なかったかもしれない が、ともかく ( ポンは ) けつきょ の小伜の青一一才め、あいつをどうやって追っぱらってやろうか〉と く同意して、『よし、クリスマスにはいっしょにきみの家へ 考えていると、声が、別の声が、〈心にもないことをいうじゃな いか〉というので、彼は、〈まあね、でもやつばりあいつは土百行こう』といった。しかしそれはヘンリーのお伽噺の第三の 姓の小伜だ〉といったかもしれない ) ー、ーーまた昼は昼で、午住人に会うためではなかった。彼女のことは一度も考えたこ 後になると、彼らはよくいっしょに乗馬をやったが ( ここでとがなかったし、彼女のことは話に聞いただけなのだから、 もヘンリーは、自分のほうが乗馬はうまいくせに、彼のまね妹にムムうためではない。〈これでやっと彼に会えるぞーー・・おれは をした。ヘンリーはポンのいわゆるスタイルは悪かったかも彼に会えるなどとは思いもよらずに育てられ、彼がいなくともひと りで生きてゆくことをおばえてしまったのだが〉と考えていたの しれないが、それが問題にならないほどじようずに乗りこな したし、馬に乗るのは歩くのと同じほど自然なことで、どんだ。自分がその家へ入っていって自分をつくった男に会えば ひらめ な馬にでも、どこででも、どんな乗り方でも乗れた ) そんな得心がゆくだろうと考えていたらしいのだ。ばっと閃くもの とき彼は自分がヘンリーの楽しげな夢のような一言葉の洪水のがあって、一瞬のうちにお互いをまごうかたなく認識しあう ことだろうし、そうすれば確実に、永久に得、いがゆくことだ なかに落ちこみ、沈んでゆき、彼ら ( 彼自身とヘンリーと、 ろうーーーそしてなおも、〈おれが求めているのはそれだけだ。彼 ム彼が会ったこともなければ会ってみたいと思ったこともない とぎばなし おれは彼に、そんな サ妹との三人 ) 以外にはだれもいないお伽噺のような世界にのほうでおれを認知してくれなくたっていし ことをしてくれなくとも、 しいこと、おれはそんなことを期待してい アひきずりこまれてゆくのを、じっと見守っていたにちがいな たず ム ないし、それで傷つくこともないことを、即座に理解させてやろう、 そうしてヘンリーとならんで馬に乗りながら、なにも訊 ロ サねす、話の先をうながすこともなく、ただ黙って聞いている彼のほうでもおれが彼の息子だということを即座におれにわからせ アと、ヘンリーは自分と隣にいる男とが兄弟だとはっゅ知らす、てくれるだろうが〉と考え、あの微笑とは似ても似つかない、 輛口を開けば声帯をふるわせて、〈これからは、ばくと妹の家はあ土百姓の伜には見当もっかないような得体の知れない表情を なたの家ですし、ばくと妹の生活はあなたの生活です〉などとい浮かべながら、さらにつづけて、〈おれはすくなくとも母さんの
辺の華やかな世界にさらしていったのだ いささか好奇心は序のロだ。こんなのはだれでもものにできるのさ』 をそそる、いささか女のけばけばしさの匂う、だからへンリ葉のない暗黙のこの対話、それがやがて定着すると今度はそ ーにとっては華やかで、感覚的で、罪の匂いのする建物、綿の写真の線一本だに消すことなく背景を取り除き、背景を変 花畑を汗水たらしてすすむひとたちの営々辛苦によってではえてふたたび乾板を白紙に戻すのだった。するとこのすなお なく蒸気船の荷ではかられる安易な巨万の富がつぎこまれるな乾板、論理や事実のというよりは感覚の問題であるものな 巷、そしてそこには無数の馬車が車輪をきらめかせて行きからどんなものにでもあのピューリタン的謙譲を示すこの男は、 たまこし 、そのなかには、玉の輿に座って身じろぎもせず幻想のなその背後で心臓をしめつけられ苦しみながら、〈ばくは信じま かをすばやく通りすぎてゆく女たちが肖像画のように見え、す ! 信じます ! それが事実であろうとなかろうと、ばくは信じ ます ! 〉と言いながら、この先輩、この誘惑者が意図したと そのそばに座っている男たちはヘンリーがそれ以前に見たど んなものよりももう少し上等のシャッと、もう少し光沢のあおりの次の写真を待つのだった。そして次の写真が定着しそ るダイヤモンドと、もう少しばりつとしたラシャの背広をつれを受け取るとこの先輩は、ふたたび、今度は言葉に出して、 け、もう少し黒い威張ったような顔の上に帽子をもう少しあきまじめな、用心深い、しかしまた自分の知識に自信をもち、 みだにかぶっているのだ。そして、その道の手ほどきをした驚きや絶望の意味にとれる非難の色をおもてにあらわすより この男、ヘンリーが血縁ばかりか衣食住をも投げうったのもは驚きでも絶望でもないほかならぬ非難の色そのものをおも この男のためであり、女にたいするその態度や名誉心や自負てにあらわすべしというあのピューリタン伝来の信念に憑か さるまね 心とともにその身だしなみや歩きぶりや話しぶりまで猿真似れているヘンリーの顔を見つめながら、『でもこんなのじゃ ム ない』といった。するとヘンリーは『これよりもっと高級な しようとしていたその男は、ヘンリーをあの冷やかな猫のよ ロ とら・ プうに捉えどころのない計算ずくの目で見つめ、写真が変じての ? もっと上なの ? 』そんなとき彼 ( ポン ) はヘンリーと ア いってついに定着するのを見とどけるとヘンリーに話しかけ いう乾板に思いどおりの写真を焼きつけながら、ものうげに、 ほとんど謎めいた話をするのだったが、そんなときの彼のよ ロた。『でもこういうのとは違うんだ。こういうのはもっとも ・フ卑しい、底辺の女たちで、だれの言いなりにもなるのさ』すうすが想像できるよーーー・・抜け目なく計算して、外科医のよう ア し油断なく冷静に距離を置き、露出は短く、謎めいているほ るとヘンリーが『こういうのとは違うんですね ? こういう のよりはましで、もっと高級で、こういうのよりはもっと洗ど短く、ほとんどスタッカートのようで、乾板は、ほとんど 練されているんですね ? 』するとポンが『そうさ。こんなの目に見えないがそれでいて根深い写真が仕上がったらどんな
だ。それというのも、その気になればポンに父親を与えるこするとポンはロや目のあたりにあのかすかな表情を浮かべて だれにもわかるもんか。きみ自身に とだってできたあのふたりがそうすることを拒絶したので、彼を見つめながら『 だってはっきりわかる必要はないよ。きみが引き金を引いた 彼はど , つでもよくなってしまい 、どうせ復讐したってその埋 ャンキー いや 」軍の弾がばくにあた と同時に、あるいは弖かないうちに、ヒ めあわせにはならないし恋したって癒されないことはわかっ ったとい , っことになるき、 』へンリーは歯をむき、顔に汗 ていたから、復讐も恋もなにもかも、どうでもよくなってし まったのだ。・、 ホンがジューディスに手紙を書かなかったのはを流し、指の関節が白くなるほど銃床をにぎりしめ、あえぎ ヘンリーが書かせなかったからではなく、ポン自身がどうでながらぎらぎらする目できっと空を見あげて『やめてくれ , もいいやと思っていたから書かなかったのであり、自分がなやめてくれ ! やめてくれ ! やめてくれ ! 』と叫んだのだ った。それからシローに着いて二日めに敗戦で旅団はピッツ にをしようとしているのか自分でもまだわからないでいたか ーグ・ランディングから退却したーーーそして、まあ聞け らですらなかった。それから年が明け、ポンは士官になり、 よ」とシュリーヴが叫んだ。「まあ待て、ちょっと待て ! 」 隊は彼らが知らないうちにシロー ( 一 る南北戦笋の古輒場 ) にむかっ て進軍していたが、彼らも隊に伍して行軍中、士官ポンは位 ( とクウエンティンをにらみつけ、まるでヘンリーの亡霊に 置を離れて兵卒ヘンリーが隊列に伍して行軍している所まで出現のきっかけを与えるだけでなく、出てくる呼吸をのみこ ませる必要があるかのように、彼自身もあえぎながら ) 「き やってきて、ここでまた話しあった。このときもヘンリーは 絶望的な、切迫したような声を抑えるようにして低い声でみのおやじさんはここでもまちがっているそ ! おやじさん それは違う。だれがそ 『どうするつもりかまだわからないんですか ? 』といったのは、負傷したのはポンだといったが、 ロだが、それにたいしてポンは例の微笑ともいえないような表ういった ? あのふたりのどっちが射たれたのか、サト。ヘン プ情でちょっと彼を見て、「もしおれが彼女の所へ帰るつもりやきみのお祖父さんに話したのはだれだい ? サトペンはそ ア といったらどうする ? 』といった。ところがヘンリ の場にいなかったのだから知らないわけだし、きみのお祖父 はいのう ム ーは背嚢と八フィートもあるマスケット銃を背負って彼となさんだってそこで負傷して片腕をなくしたんだから、その場 ロ にいたわけはないだろう。じゃ、だれがそんな話をしたん プらんで歩きながらだんだんあえぎだした。ポンはそれを見守 ア りながら『おれはきみより前方にいるんだぜ。戦場に行ってだ ? ヘンリーではないさ、なぜってヘンリーのおやじはあ 突撃ともなればおれはきみの前方にいるんだぜーーー』するとのとき一度しか息子に会わなかったし、おそらく傷のことな ヘンリーはあえぎながら、『やめてくれ ! やめてくれ ! 』 ど話してる時間はなかっただろうからね。それに一八六五年
シシッピ河までたどりつくと、そこで蒸気船に乗りかえた。 な客間 ( それはシュリーヴの創作になるものだったが、おそ 船の上でもクリスマスだったろうから、同じようにひいらぎ らくはそのとおりだっただろう ) に座っていると、フランス エグノグ ややどりぎが飾られ、卵酒や混合酒があり、おそらくクリス人の砂糖農園主のハイチ生まれの娘で、サト。ヘンの最初の義 ばんさん ナ マス晩餐会や舞踏会があったことは疑いないが、しかしふた父がスペイン女だといったあの女 ( 痩せた、むさくるしい女 ク しつば オ りはそれには見向きもしなかった。ふたりは暗い水面を見おで、そのもじゃもじゃした、白髪まじりの髪は馬の尻尾みた てすり まぶた フ ろしながら手摺にもたれて寒い暗闇のなかに立っていたが、 いに粗く、肌は羊皮紙みたいな色をしていたが、瞼のたるん なにもいうことがないので話もしなかった。ヘンリーはロっ だ黒い目だけは過去を一切忘れぬ執念に燃えていて、年齢を ーヴとクウエンティ ていながら信じよ , っとせす、シュリーヴとクウエンティンが感じさせなかった これもまたシュリ 田つに、彼にとってそれを知ることは死にも等しいようなこ ンの創作だが、おそらくそのとおりだっただろう ) は、すで とを原重に観察し、自分に納得させようとしていたが、その にあのことを話してしまったのでもういう必要もなかったか ーによって彼らふたり ( 彼ら四人 ) はあの保護観察とら、彼らに向かってはなにもいわなかったが、ただひとこと いうか、宙ぶらりんの状態に置かれていたのだ。こうして依『わたしの息子があなたの妹さんに恋してるんですって ? 』 然として四人のまま、彼らはニューオー ーンズで船を降りではなく『それじゃ妹さんはうちの自 5 子に恋したのね』とい たが、ヘンリーはそれまでこの都会を見たことがなく ( 彼が って、甲高い声で笑いながらへンリーをじっと見つめたのだ。 他郷へ出た経験は、学校に行っていることを別にすれば、父ヘンリーは嘘をつこうにも嘘はつけなかったことだろう。だ 親に連れられて日用品や奴隷を買いにメンフィスまで、一、 しいち、イエスかノーか返事をする必要もなかったのだ。 二度旅行したことくらいだった ) またいまは見物している時 一八六〇年のニューオー リーンズのあの部屋に四人いた 間もなかった 知っているくせに信じなかったヘンリーと、 ということは、ある意味では、一九一〇年のマサチューセッ コンプスン氏にいわせれば宿命論者だが、シュリーヴとクウ ツのこの墓穴のような部屋に四人いたということと同じだっ エンティンによれば、自分がなにをしようとしているのか自た。ポノは、コンプスン氏がいっていたように、ヘンリーを オクトルーン 分でもまだわからずにいることをすっと以前から自覚してい 連れてあの混血女と子供のいる所を訪問したことであろうが、 たくら たのでヘンリーがなにを企んでいるのか知りもせす気にもし シュリーヴもクウエンティンもその訪問がコンプスン氏の考 えていたようにヘンリ ていなかったためにヘンリーの言や意図に逆らいもしなかっ ーに影響をおよばしたとは田 5 っていな たポンとーー・その四人が、あのバロック風の古めかしい豪華かった。クウエンティンは父がその訪問について語ったこと