ヘミングウェイ 582 ごく怒ってるって、彼、いってたわ」 「おさまるといいね」 プレットは全身が輝いている感じだった。幸福なのだ。陽「牛は大丈夫って、彼、いってたけど」 が出て、晴れあがってきた。 いい牛だよ」 「生まれ変わったみたいな気持よ」。フレットはいった。「見「これ、サン・フェルミンかしら ? 」 当もっかないでしよ、ジェーク」 ブレットは、礼拝堂の黄色い壁を眺めた。 「何かやって欲しいことある ? 」 「そうさ。ほら、日曜日に行列が出たろ」 「ないわ。ただ闘牛にいっしょに行ってほしいの」 「入ってみましよう。かまわない ? 彼のためや何かで、ち 「昼食にくるかい ? 」 よっとお祈りがしたいのよ」 しいえ、彼といっしよなの」 重い革の扉から入る、意外に軽くあいた。中は暗い。大勢 ばくらは、ホテルの入口のアーケードの下に立っていた。の人が、お祈りしている。目が暗がりに馴れるにつれて、見 テー。フルを運びだして、アーケードの下に並べている。 えてくる。ばくらは、長い木の・ヘンチの前にひざますく。し 「公園まで歩いてみないこと ? 」プレットはきいた。「まだ、 ばらくすると、プレットのからだが硬ばるのが感ぜられ、じ 帰りたくないの。彼、眠ってると思うから」 っと正面を見すえているのがわかった。 ばくらは、劇場の前を通り、広場をぬけ、市場のバラック 「さあ」彼女はかすれ声でささやいた。「出ましようよ。ひ のあいだに入って、人波にもまれながら立ちならぶ露店のあどくおちつかなくなってくるの」 いだを通っていった。サラサーテ通りに通ずる十字路に出る。 通りの暑い日射しの中へ出ると、プレットは、風にゆらぐ ここいらを歩いているのは、上等な服装の連中ばかりだ。連 梢を見あげた。 中は公園のはずれを曲がってゆく。 「なぜだかわからないけど、教会に入ると、妙に神経質にな 「入るのはよしましよう。いま、じろじろ見られるのは、し るのよ」プレットはいった。「さつばりいけないわ」 やだわ」 歩きだす。 ひなた 日向に立ち止まる。雨があがり、海からの雲も晴れあがっ 「宗教的な雰囲気ってのが、まるで合わないのね」。フレット ひぎ て、日射しの暑さまで快い はいった。「教会向きの顔じゃないわけよ」 「風がおさまってくれるといいわね」プレットはいった。 「ね、彼のこと心配してるわけじゃぜんぜんないの。彼のこ 「風は彼に禁物なの」 とでは、ただもう幸福なの」 ひ こずえ こわ
すぎませんでした。ご承知のとおり、わたしは彼を見たことがござふたりともしばらく手を休め、ちょっと長すぎるくらい休んでから、 つば ジョーンズがかたわらを向いてまた唾を吐いて申すに、「ここだと いません。死んだ姿すら目にしてはいないのです。谺は聞こえまし たが銃声は聞いておりません。閉ざされたドアは見えましたがなか箱をかついでくのにそう遠くねえんでね」。そして、わたしが背を ナへは入りませんでした。いまでもおばえておりますがあの日の午後向けないうちにもうひとりがびつくりしたような間の抜けた推理を 一わたしたちは棺を屋敷からはこび出しました ( ジョーンズがもうひはたらかせて、「やつを引きずりおろしてここで釘づけしたほうが フ とりどこからか連れてきたか拾ってきたかした白人といっしょに馬すっと簡単なんでやすが、ジューディ嬢ちゃまがやだってもんでし いまでもおばえておりますがみんなで彼の 車小屋から剥がしてきた板で棺をつくったのです。いまでもおばえて」と申しました ) ておりますが、ジューディスがつくってくれたーーーええ、ジューデ遺体を階下で待っている馬車まではこびおろしたときに、わたしは かまど イスが、あいかわらず平然と顔色ひとっ変えすに竈にかけてつくっ本当に彼がそのなかにいるのかどうか確かめようと思って棺の重さ かん てくれたーーー料理を、彼が横たわっている下の部屋で、みんなしてを自分でも支えてみました。でもなんともいえません。わたしも棺 かなづち いただいているあいだも、あのふたりが裏庭で鉄鎚をたたいたり、舁のひとりだったのですが、自分でもまちがいないとわかっている 鋸をひいたりする音が聞こえましたし、一度など、ドレスとそろことを信ずることができず、信じたくなかったのです。だってわた ひょ いの色の褪せたギンガムの日除け帽をかぶったジューディスがあのしは彼を見たことがないのですよ。そうでしよう ? わたしたちの - 一うがい までもおば身には、ロ蓋が受け入れても消化が追いっかないとそれを胃が受け ふたりに棺をつくる指図をしているのが見えました。い えておりますが、日脚のおそいあの晴れた午後のあいだじゅう、ふつけないことがあるように、知性や感覚が受けつけないようなこと たりは裏の居間の窓の真下で鉄鎚と鋸を使っておりましたーーーのろが起こることがあるものですーーー例えばある事件が起こっても、あ たかも音なしの真空中で一連の出来事が起こっては消えてゆくのを くて気が変になるほどごしごしきしむ鋸の音や、単調でばか丁寧な ガラス越しに眺めている場合のように、なにか触知できないものが 鉄鎚の音が、これで終りかと思えばまだ終らずに蜿蜒とくりかえさ れ、疲れた神経がもはやもとに戻れないほどすっかり衰弱しきって介在していて、わたしたちを身動きもなにもできない絶望の状態に 黙りこんでしまうと思った瞬間にまた鳴りだすのでまた叫ばずにはおとしいれたまますぎてゆき、それでいてわたしたちが死ぬまでひ かかっているようなことがあるものです。わたしの場合がちょう といったぐあいなので、とうとうたまりかねて表へ出っ いられない、 てゆき ( そのときジューディスが鶏小屋のなかで鶏にかこまれ、集どそれでした。わたしはそこに居あわせたのです。ジョーンズとそ の相棒と、町のどこかで知らせをうけて駆けつけたシオフィラス・ めた卵をエプロンに入れてかかえているのが見えましたが ) なぜこ フォークナー後期の作品「熊』などに登 とクライティとが んな所でするの ? なぜここでなきやだめなの ? と訊きますと、 マッキャスリン ( 場するアイザック・マッキャスリンの父 のこぎり えんえん かき
ろ ? だれか自分の仲間と出かけりや、 しゃなしか。そばらしきバス旅行いたさん」 ビルは、き、りげ・、なノ、、こオかした れと・もきみとか」 「き、あ、き、あ。イルーニヤへ山山かけて、山山癶凭としょ , つ」 ばくにすりやいいんだよ」彳は鏡の中の自分の イ ほお ウ顔を念入りにながめて、両側の頬にたつぶり石をぬった。 「こりや、誠実なる男性の顔だぜ。これなら、どんなご婦人 ン かばんつりざお もご安心って顔だよ」 昼食をすませ、いざプルゲートへと鞄と釣竿をさげて広場 へ 「まだ会う前の話さ」 へ出てみると、焦げるように暑かった。バスの屋根の上にも、 「いや、会っとくべきだったね。あらゆる女性必見の顔さ。人がのっていて梯子をのばりかけているのもいた。ビルがき 全国のスクリ ートにとっておいてもらって、旅行 ーンに写すべき顔。全女性が、祭壇からはなれたので、ばくの席はロバ ぶどう るときには、この顔の写真を肌身につけるべし。母親は娘に にもってゆく葡萄酒を買いにホテルへもどった。帰ってみる かみ 対して、この顔について語るべし。わが息子よ」ーー彼は剃 と、バスは混んでいた。屋根の上の鞄や箱まで一つ残らすだ そり ひなた 刀をばくにむけた 「この顔とともに西部に行き、お国とれかが座っていて、女たちはみんな、日向で扇をつかってい ともに成人なされよ」 る。とにかく暑かった。ロ。 ートがおりて、彼がとっておい 彼は洗面台にしやがみこみ、冷たい水で顔を洗い、アルコたし ) 席こくが座りこむ、屋根につくりつけた木の座席だ ひかげ ールを少しつけてから、鏡にうつった自分の顔をしげしげと ート・コーンは、アーケードの日蔭に立って、ばくら ひぎ 眺めて、鼻の下を長くひつばってみた。 の出発を待っている。大きな革の酒袋を膝にのせたバスク人 「やれ、やれ」彼はいった。「ひでえ顔じゃねえか」 が、屋根の上のばくらの座席の向かい側に座りこんで、ばく 彼は鏡を見ていた。 らの脚にもたれている。ビルに、またばくにと、酒袋をさし 「ロバート・コーンって男は、見てると胸が悪くなる、あんだし、ばくが酒袋を傾けて飲もうとすると、男は自動車の警 なやっ、糞くらえ、やつがあとに残って、釣りについてこん笛を口まねでやりだした。これが、真に迫って、かっ不意討 のは、万万歳だよ」 ちだったので、ばくは葡萄酒をこばし、みんなが笑いだした。 「オき、しノ、挈、のとおり」 男は、あやまって、もう一口と、すすめた。男は、少しあと 「さあ、鱒釣りだぞ。われら、イラティ川に鱒釣りに赴く。でまた警笛をやったが、。 ほくは、またしてもひっかかた いでや、昼食にはこの国の葡萄酒に酔いしれ、しかる後、すとにかくうまいものだった。まわりのバスク人もおもしろが くそ
525 日はまた昇る 沙さけんか人ほ岸暑は真灯遠 汰たた気らでどにい冷ばつりいば が。持歩やの腰のえく暗の道く な口のいる深をでこらだつのら かバいてプいお、みはついりは っーいきリ淵ろ冷、フ。たてで たト人てツもした昼ル 物、ジ見てい間ゲる野に コで旅をつい川は一家原通 ー、館しけるに暑ト々をず の横る ン二にたたとふかに か度泊 、みつ五あ切道 らほまサ夜ひこた日 いつを もどっンはとんが間 だて歩 を本き 、いて・ハりで、い プっ釣ジリでも日て旅道だ レしりャス乾、盛 館へし ッよをンといいり釣へ出た トにや・いていにり向 とイっピうゆ気もをか道プ マラてェイく持微た うのル ギので風の 両ゲ イテい クイたドリだ 、はしろ側ー ス。出たんはのト らにたポ人泳てえだ も出いーとげきな ももで 音かへル三るてい夜ううは 曜た はどだまれ間ン休親日 ばはプむ金愛とバ 見いか ていらといわロつ曜なあン いん。にいかーも日るるプ るだ火失からナりにジ ロ が。曜敬、なので到ェ 、プに。折いモ、着ー ナ 楽レはプり か ン じッすレ返水トこプ ら やトっッし曜ーヘレ の 転 なのかトバにヤっッ りがスき・れト 送 よとよほでみホてが 。はくん返たテき車 みよなと事ちルた中 サ んくるにをとへ、で ン なわだまく落は友の にかろいれち火人び セ よっうつな合曜連た ろてしていうにもの ス マしる しかにゆいで チ イくかもま ヤ ケ。らうっ遅 し ン 、ほた刻どっよ日 発 面ともしうく 。ほ 倒んんてす時バど 日 「ムフ日は何曜 ? 」ばくはハリスにきいた。 「水曜、じゃないかな。そう、そうだ、水曜日ですよ。まっ 、ね、山の中へ入ってると、たちまち曜日までわから ある朝、朝食におりてゆくと、イギリス人のハリスが、も う食卓についている。眼鏡をかけて新聞を読んでいた。見あなくなってしまうんだから」 ほほえ 「まったくね。ばくたち、もう一週間になるな」 げて、微笑んだ。 「もうお帰りってわけじゃないでしようね」 「おはよう」彼はいった。「お手紙がきてますよ。郵便局し 立ち寄ったら、ばくのといっしょにわたされたもんだから」 「いや、午後のバスに乗りますよ、たぶん」 ぢやわん 手紙は食卓のばくの席に、コーヒー茶碗にたてかけてあっ 「こりや、弱ったな。またイラティ川にごいっしょできると オハリスはまた新聞をよみつづける。ばくは手紙をひらい ばかり思ってたんですよ」 13 ノヾ
つまり彼らがずっとお祖父さんの連隊にいたということを、 かえし、彼が「おまえ彼のいる所を知ってるだろ』というと 知っていたことだろう。そこにいればお祖父さんが、たとえ ジューディスは彼に嘘をつかず、 ( 彼はヘンリーの気性を知 お祖父さん自身は自分がそうしていることと知らずにいたと っていた ) 彼が『でもおまえはまだ彼から便りをもらってな ナして、も たとえヘンリーのしていることを観察する必要が いんだろ』というとジューディスはそれにも嘘をつかす、泣 あるとしても ( というのはサトペンは保護観察の件も知ってきもしなかった。ふたりとも、いずれ手紙がくればなんと書 フ いたにちがいないからだが ) ー・ーある程度は彼らを観察でき いてあるかわかっていたからだ。だから彼は、そんなことは るはすだった。ヘンリーは彼ら三人をーーー・自分とジューディ まずないだろうが、そのことでジューディスが嘘をついたと スとポンをーーー宙ぶらりんの状態におきながら、ちょうど三しても、『彼からこっちへくるといってきたら、おまえとク 十年以上もまえに彼の父親がそうだったように、良心と、自ライティとでウェディング・ドレスをつくるんだな』などと 分がやりたいこととの折り合いをつけようとして内心苦しん いう必要はなかった。それから彼は石の一つをエレンの墓の でいたのだったが、もうそのころにはポンのような宿命論者上に置き、もう一つは広間に置いて、お祖父さんに会いに行 になっていて、この戦争で自分が死ぬかポンが死ぬか、あるき、問題の唯一の原因になっていると自分では思っていたあ いはふたりとも死んで、この問題に決着をつけるつもりだっ の手落ちをお祖父さんが見つけてはくれまいかと思って、 たのかもしれないし ( しかし、ピッツバーグ・ランディングろいろ説明しようとしたのだ。そしてすり切れた長手袋をは の戦いののちポンを後方へはこんだのがヘンリー自身だっため、色褪せた懸章のついたすり切れたみすばらしい軍服をつ ところをみると、彼のほうから手を出したり作為したりはし け、ばろばろに破れて汚れた帽子には羽根飾りをつけて ( 羽 なかった ) 、あるいは、南部が負けて、大事なもの、熱中で根飾りだけはなんとしてもつけておきたかったのだ。サーベ きるもの、そのために抗議したり苦しみに耐えたり死を賭し ルは捨てなければならなくなっても羽根飾りだけはつけてお くら たり生きがいを見いだしたりできるものは、なにひとっ残らきたかったのだ ) 事務所に座り、おもての通りでは鞍を置い ないだろうということが、彼にはわかっていたのかもしれな た馬が連隊へ戻るために千マイルを疾駆しようと待っている あれは彼が事務所へやってきた日だった。彼が 」のに、彼はまるで千日も休暇があってこれつばちもあわてた ( 「悪魔が」シュリーヴがいった ) 「 一日だけ休暇をとっ り急いだりする必要はない、いざ出発してもせいぜいサトペ て、墓石を持って家へ帰ってきた日だった。そこにはジュー ン荘園までの十二マイルくらい行けば、、 しし、・時・間のほ , つも、 ディスがいて、ばくが思うに彼が彼女を見ると彼女も彼を見単調で平和な日々がたつぶり千日も、いや何年もある、とい
1241 文学作品キイノート ちんにゆう チャールズ・ウェールズがバリに舞いも自身の人生への恨みも手伝っていた。けともに闖入してきたのは、酒に酔った ーのあそび仲間たちだ ーを見かってのチャーリ に引れども今こうして現れたチャーリ どってきたのは、妻の死後義姉夫婦 ろうばい るかぎり、マリオンとても今では彼の足った。不意をつかれて狼狽したチャーリ きとられた娘をその手に取りもどしたい ーは、うらみごとをならべる彼らを祈る 一心からだった。バ ーをでて、義姉の家がしつかり地についている事実をみとめ ノョックを 思いでおいかえしはしたが、、、 ないわナこよ、 レ。。しかなかった。その晩ホテ へと暮れなずむ街をゆきながら、悔恨が おれが。ハリを堕落ルにもどったチャーリーは、明け方へレ受けたマリオンの顔はこわばっていた。 彼の胸を噛んだ。 こうして事態はふいに暗転して、チャー させたんだ、いつの間にか二年がすぎ、 ンの夢を見た。 ーのたったひとつののそみは消え去っ 気がつくとなにもかも失せて、おれも消 あなたが立ちなおってくれてうれ しいわ、ホノーリアはあなたのそばに、 滅していた。 クラツンユ 場面はふたたびリツツバ ー。「恐慌で かって彼と妻のヘレンのくらしは、好てほしい 4 況の時代がもたらした金をたよりに、 つぎの日の夕方ふたたびおとすれたと ごっそりやられたそうですね」「いや、 きようらく ーのねが もうそのまえの好況でばくは必要なもの S.O 驕楽をむさばる日々だった。ヘレンがき、マリオンがすでにチャーリ 7 ル死んだのも、こうした無軌道な生活のな いを受け入れていることは、身内ながらをなにもかも失くしてしまったさ」いま かで、夫婦げんかのはすみに彼が妻を吹手に負えない人だとでも言いたげな、彼の彼が娘にしてやれるのは贈物ぐらいな こと、またしても金だった。もう自分だ 雪のなかにしめだしたのが原因だった。 女のほぐれた態度に読みとれた。「パパ、 けのロマンティックな夢にひたれるほど、 「ヘレンがすぶぬれで現れた朝のことは いつなの ? 」耳元でささやく娘の声は、 うれ 忘れようったって忘れられない」となじあふれる嬉しさをこらえていた。数日後彼は若くはなかった。 「雨の朝、巴里に死す』の題名で映画化 る姉のマリオンの心から、いつまでも彼に連れてゆくことに決まり、彼がむねの あんど に対する不信と贈しみが去らないのは、底から安堵をおばえたそのとき、玄関のされ、人気を博した。 ふによい ひとつには、経済の不如意からくる彼女呼び鈴がなった。そうそうしい高笑いと 「エスクアイア」誌掲載の短編・エッセイ うところから彼のプロ意識を満足させた 短編作家としてのフィッツジェラルド属の短編作家と見ることができる。この は、三〇年代はじめまでを、ポスト誌専通俗雑誌は、きわめて高額の原稿料を払半面、そのロあたりの良さをもとめる方
フォークナー 166 えていました。というのは、この日曜日にエレンと子供たち聞くようなものとしてただよっているみたいでした。でも、 たず が屋敷の表口から出てきてみると、そこにはいつもの馬車でわたしはすぐには訊ねませんでした。あのときわたしはまだ めうま はなく、年とったおとなしい牝馬にひかせたエレンのフェー 四つだったのです。以前、あの最初の日曜日に、姉と甥と姪 に初めて会うというので晴着を着せてもらって教会の前でバ 輪 ) が待っていたのです。そのそばには例の野蛮な 黒人にかわって彼が買い入れてあった馬丁がひかえていまし ハと叔母のあいだに立っていたときのように、わたしは馬車 た。ジューディスはフェートンをひと目見ると事晴を察した に乗ってパ。ハの隣に座り、屋敷のほうを眺めておりました。 らしく泣きだしました。みんなは手足をばたっかせて泣きわむろんそれ以前にも屋敷のなかへ入ったことはあったのです めくジューディスを家のなかへ連れ戻して寝床につかせまし が、わたしの記憶では初めて見たことになっているそのとき た。ええ、彼は家にはおりませんでした。窓のカーテンのかでさえ、屋敷のなかのようすをすでに知っているような気が げにかくれてひそかにほくそ笑んでいたとも思われません。しておりました。それはちょうど、思い返してみるといつで 彼もわたしたちと同じようにびつくりしたことでしようよ。 も初めてだったと思われるあの日曜日に、まだ会わないうち なぜなら、やがてみんなもったように、そのときわたした からエレンとジューディスとヘンリーがどんな人たちかすで かんしやく ちが目撃していたのは、単に子供が癇癪かヒステリーをお にわかっていると思っていたのと同じです。とにかくそのと こしたというようななまやさしいことではなかったのですか きはなにも訊ねないで、あの静まりかえった大きな屋敷を眺 らね。つまり、あの馬車にはいつでも彼の顔がっきまとってめながら、不可解なことは子供らしくすなおに受け入れて、 いたということです。あの黒人をそそのかして馬を疾駆させ『ババ、。 シューディスが病気で寝てるのはどのお部屋 ? 』と ていたのは、まだ六つの女の子のジューディスだったのです訊きました。もっともいまになって思えば、あのときすでに よ、ヘンリーなら男の子だからあんな無茶もやりかねなかつわたしは、ンユーディスがおもてに出てきていつもの馬車の たでしようけれど、女の子のジューディスだったのですよ。 かわりにフェートンを見つけ、野蛮な黒人のかわりに従順な 「あの日の午後 ノとわたしがあの屋敷の門をくぐり、車馬丁がいるのに気づいたとき、そこに彼女がなにを見てとっ 路を通って家のほうへむかったとたん、わたしはそれを感じ たのかを不思議に思っていたのです。ジュ ! ディス以外のわ ることができました。それはまるで、あの日曜の午後のやわたしたちにはべつになんということもなく映ったあのフェー らいだ静けさのどこかにあの子の叫び声がまだ残っていて、 トンに、彼女はいったいなにを見たのだろうか、あるいはも もはや音としてではなく、なにか膚で聞くような、髪の毛でっと悪く考えて、彼女がフェートンを見て泣きだしたのはな はだ
いてゆく姿だけだった。 「この通りの先にあるよ。二つほど買ってこよう」 。いまいかないでくれ、という。連中の三人 サン・フェルミン ( 嘘者 像 ) と町の名士連が入っていった教会踊り手たちょ、 堂の外に、みんなが待っている。護衛の兵隊、巨人の人形、が高い酒樽にブレットと並んで腰かけて、革袋からの飲み方 それに人形の中に入って踊っていた男たちがわきに出て、休を教えようとしている。ブレットの首に、もう白いにんにく んでいて、小人たちは人混みの中を風船をぶつつけながら、の花輪がかけられている。一人は、プレットにグラスをもた 動きまわる。ばくらも会堂の中に入ろうとすると、香のかおせろとがんばっている。もう一人は、ビルに歌を教えている。 りがして、他の連中もぞろぞろ入ってこようとする。だが、 彼の耳もとで歌い、ビルの背中で拍子をとる。 入ったすぐの所で、プレットが帽子をかぶっていないという ばくは、すぐもどってくるから、といった。通りに出ると、 カトリックの教会には、 ので ( ) 押しとめられ、そこでまた外へ出て、革の酒袋をつくっている店を探しながら、歩いていった。歩 女性はかぶりものが必要 よろいど そのまま町のほうへもどりかけた。通りは両側とも、歩道の道も混み合い、多くの店は鎧戸をおろして、いっこうに見つ へりに行列の帰りを待ち受けてる人びとがずらっと並んでい からない。通りの両側を見ながら、教会の所まで歩いた。そ る。踊り手が何人か、プレットの周りに輪になって、踊りだれから、ひとにきいてみると、相手はばくの腕をとって、案 した。首に白いにんにくの大きな花輪をかけている。ビルと内してくれた。鎧戸はおりていたが、店はやっていた。 ばくの腕をつかんで、輪の中に引き入れた。ビルも踊りだす。 店のなかは、真新しいなめし皮と熱いタールの匂いがした。 連中はみんな歌っている。。フレットも踊りだそうとすると、 ちょうどしあがった革袋に名前を刷りこんでいる。天井にも 連中がとめた。踊りの輪の中心にしておきたかったのだ。鋭束にしてつるしてある。その一つを取りおろして、息を吹き こみ、飲み口を固くしめてから、その上に飛びのって見せた。 リオ・リオ ! という叫びで歌が終わると、連中はばくら 「はら、もりませんや」 もろとも酒屋になだれこんだ。 ばくらは、カウンターの前に立っていた。連中は。フレット 「もう一つほしいんだ。大きいのが」 る 昇 男は、一ガロン以上も入りそうな大きいのを、天井からお を酒樽に腰かけさせた。酒屋の中はうす暗く、だみ声でうた っている男たちでいつばいだ。カウンターのうしろで、檜かろした。頬をふくらませて革袋をふくらませ、椅子につかま 日 ら葡萄酒をくみだす。ばくは代金をだしたが、 連中の一人がりながら、ポータ ) の上にのって見せた。 「どうするんかね ? バイヨンヌへもっていって、売るんか 驎とりあげて、ばくのポケットにおしこんでしまった。 「酒の革袋がほしいんだ」ビルはいっこ。 さかだる
ビルはカウンターのは , っこ、つこ。 ししオ立ったままで、、、フレッ 「そうともさ、ほら、以前の相棒と昨日ロンドンで出会って トと話している。彼女は高いストウールに腰かけて、脚をく ね。ばくを引っかけたやっこさんさ」 んでいる。素足のままだ。 「なんとかいってた ? 」 イ 工 しいなあ、きみと会うのは」マイケルはいった。「少しは 「酒をおごってくれたよ。飲んでやってもよかろうと思った ウ グ酔ってるよね。え、おどろいたか ? おれの鼻、見たかし」わけさ。ね、ブレット、きみはまったくいかすあまっ子だよ。 びりよう 鼻梁のわきに、乾いた血のあとがある。 え、彼女、美人だろう ? 」 へ 「おばあさんの鞄にやられたんだ」マイクはいった。「おろ「美人 ? この鼻で ? 」 してやろうとして、手をのばしたところへ落ちてきやがっ 「かわいい鼻さ。さあ、そいつをこっちに突きだしな。まっ たくいかすあまっ子じゃねえか ? 」 プレットがカウンターの所からシガレット・ホルダーで彼「このひとったら、スコットランドに押しこめとけないもの に合図をして、笑いかけた。 かーし、ら ? ・」 フレット、 「ばあさんのさ」マイクはいった。「鞄が落っこちてきたの 早く寝ることにしょ , っせ」 「いやらしいこといわないで。このバ ーには、こ婦人もいらっ 「さあ、なかで、プレットと会ってくれ。あいつま、 。いかすしやるのよ」 フレット。その帽 ぜ。きみは、愛らしきご女性なるかなだ、・ いかすあまっ子じゃねえか ? ジェーク、そうは思わんか 子はどこで買った ? 」 「さるひとが、買ってくれたの。お気にいらなくって ? 」 「今夜、拳闘があるね」ビルはいった。「行ってみない ? 」 「ひでえ冒子。こ。 、のを買いなよ」 「拳闘か」マイクはいった。「だれがやるんだ ? 」 「あら、もうあたしたち、お金はどっさりあるんだっけ」プ 「ルドウーとだれかさ」 レットはいった。「ね、ビルとは、まだはじめてでしよう。 「とて、もいし 、よ、ルドウーは」マイクはいった。「見たい」刄 「でも、 あなたったら、たいした案内役ね、ジェーク」 もするな」ーー彼は気をとり直そうと努めている 彼女はマイクのほうを向いた。「こちら、ビル・ゴートン。 行けんな。こいつめと約束があるからな。おい、プレット、 この酔っぱらいさんがマイク・キャンベル。キャンベル氏は、新しい帽子、買いなよ」 め 債務末済の破産者なり、よ」 プレットは、フェルト帽子を片方の眼の隠れるほど引っぱ
のほうに差しだした。彼はいま、ここマサチューセッツのべりまわしてクライティを床になぐり倒し、そのまま向うをむ ッドに臥せながらそのことを思しオ 、、。こし、またしても不安にか いて階段を上がっていったのだった。彼女 ( クライティ ) は られてそわそわしていた。思いだしてみると、彼女はあのと崩れかかった人気のない玄関のホールの床板の上に、まるで ナきひとことも口をきかず、あなたはだれ ! とも、ここになよく洗ったばろ切れの小さな束のようにぶざまな格好でおと 一んのご用があって ? ともいわず、まるでずっと前からこのなしく倒れていた。彼が近寄ってみると、彼女の意識はしつ フときあるを知っていて、そのときになればどうじたばたしてかりしていて、大きな目を穏やかに見開いていた。彼はそれ みてもはじまらないことを心得ていたかのように、大きな時を見おろしながら、『そうか、この女が恐布のたねをかくし 代がかった鍵の束を持ってやってきてドアを開け、ちょっとているのか』と考えた。それから彼女を抱きおこしてやった 後じさりしてミス・コールドフィールドを招じ入れたのだっ のだが、彼女のからだはまるでばろの束でくるんだ一にぎり た。彼女 ( クライティ ) とミス・コールドフィールドはお互の棒切れでもつまみあげるように軽かった。彼女は立ってお いにひとことも一一一一口葉を交さなかったが、それはまるでクライれなかったので、彼はそれを支えてやらなければならなかっ ティが相手の女をちらと見ただけで、なにをいってもむだだ たが、彼女がしきりにからだを動かそうとすることに気づき、 と思ったかのようだった。だから彼女はクウエンティンのはそのうちに彼女が階段のいちばん下の段に座りたがっている ひと うをむいて彼の腕をとり、「あの女を二階へ上げないでくだ ことがわかったので、そこに座らせてやった。「あなたはど さい、坊っちゃま」といったのだ。ところが彼を見て、彼になたです ? 」と彼女がいった。 もやはりなにをいってもむだだとわかったらしく、今度は方「ばくはクウエンティン・コンプスンです」と彼は答えた。 向を変えてミス・コールドフィールドに追いすがり、その腕「ああ、あなたのお祖父さんをおばえてますよ。あなた、二 をつかまえて、「二階へ上がっちゃいけません、ロージイ」階へ行ってあのひとを連れてきてくださいな。ここから連れ といったのだが、ミス・コールドフィールドはその手をはらだしてくださいな。彼がやったことは、わたしとジューディ いのけて階段のほうへずんずん進み ( そうだ、 , 彼女があのとスと彼とでもう償いをつけましたよ。二階へ行ってあのひと き懐中電灯を持っていたことを彼は思いだした。彼はあのとを連れてきてくださいな。あのひとを連れてここから出てつ き『斧といっしょに傘のなかにあったんだな』と田 5 ったことてください」。そこで彼は階段をのばっていった。階段は絨 を思いだした ) 、クライティが「ロージイ」といってまた追緞もなく板がすりへっていたし、片側の壁はひびがはいって てすり いすがると階段の所でふりむいて、男がやるみたいに腕をふはげおち、反対側の手摺はところどころ支柱がなくなってい たん じゅ、つ