工べニーザーは、あたかも近づいて来る波止場を見やるが らぬよ。しかしながら、正義と真実と美について最も確実に まゆね ごとくにして、眉根を寄せながら顔をそむけた。「それはむ 一一一一口えることは、これらがいすれも世間の中に生きるものでは フェ / メノン ナウメ なくして先験的な実在であり、現象ではなくして純粋な本しろ、あんた自身に尋ねた方がふさわしい質問ではないのか、 人間誰しも、無垢はその気になりさえすればい 体的存在であるということだ。大人がなまなかな知識によ す て判断を狂わされるのに、子供がパッと瞬間的に真実を掴むつでもこれを棄てることができるけれども、知識は棄てるこ とができないからな」 ということは、よくある例ではないか ? これはすなわち、 あた かような険悪な調子のうちに議論は終った。渡舟が目的地 無垢には経験の見ること能わざるものをも見る眼が備わって に到着したのである。二人は互いに不満の塊を腹中に蔵しな おることを証すものでなくして何だというのだ ? 」 がら、チョブタンク河と今一つの大きな河との合流点に造ら ーリンゲームはせせら笑った。「それはかって、 「ふん ! 」バ てそれそれの馬をも、折か ・モア老が信奉しておったような、ケン。フれた波止場に船を下り立ち、続い 親愛なるヘンリー リッジ流のたわごとに過ぎぬ。幸いにして、そのように幼いらの引き潮ゆえに桟橋へ掛け渡した道板が急勾配に傾く上を 無邪気な人間は実社会に通用せぬから助かるがーーーそういう渡らせて、苦労しながら上陸させたのであった。 ケンプリッジの町は、遠目にも魅力に乏しい眺めであった のが君を裁く裁判の判事にでもなった場合を考えてみたま たたずま けれども、近づいて見るや、いよいよ索漠とした佇いであ った。事実は町などというべき代物ではない。波止場より少 「裁判がその格言として掲げるところにふさわしい正義が初 しく内に入ったところに見える小さな丸太造りの建物は、バ めて行われることになるだろうな」工べニーザーは言った。 丿ンゲームによると、ドチェスター郡の郡役所とのことで 「はてさて ! 」へンリーは笑った。「その格一言を掲げる寓意 わず 亠こいころ てんびん 人画には天秤の代りに骰子でも刻まねばなるまい。盲目の〈無あったが、僅か七年前に建てられたものという。それよりも 垢〉が判事の法廷であれば、陪審員はさしすめ盲目の〈偶河寄りのところに一軒、宿屋ないしは旅籠といった、さらに の 草然〉ということになるのであろうから ! 」それから彼は附け新しい建物があり、それから波止場のたもとにも一軒、比較 っしょになったよ 加えた。「君がそのように〈無垢〉なるものの価値をあげつ的大きな、倉庫と雑貨百般を商う店とがい 酔らうのは、果して君が本当にそう考えるがゆえの議論であるうな建物がある・ - ーーこれだけは郡よりも町よりもさらに古く、 刀か、あるいはひょっとして、そうした議論の底に、おのれの遠く一六六五年にこの地を去ったエ。へニーザーの父も、これ は承知していたはすであった。その他には建物らしい建物も 無垢を擁護しようとする意識が働いておるのではないか ? 」 あか つか はた・こ
しばし、は ったことも屡 ~ であってみれば ) おのれは天才はおろか、才わたし自身は昨日べン・オリヴァーから聞き申したが、今日 算能すらも持ち合わさずに、よろよろおたおた、詩人のふりをはもう、他にもそれを知らせて下さるお方が仰山いらっしゃ けいかん しているその他大勢と選ぶところのない、無能な人間である いましたぞ。〈メリーランドの桂冠詩人 ! 〉任命したのは」 ス とも思うておったのである。それで彼は、。 フラッグの店を訪と、彼は純心率直を装いながら単刀直入に尋ねた。「一部で れるときには、平然と構えている店の得意客に接したとたん、言うとるように、ポルティモア卿でございまするか、それと たちまちにして一一 = ロ語運動失調症に陥り、他の場合ならばそのも国王御自身で ? べン・オリヴァーは、ポルティモア卿だ 人間の賢明なるゆえんを説き来り説き去って面目を施すこと と申しましてな、自分はクエーカーになってウィリアム・ペ もできる彼が、もぐもぐとロごもるばかり、おのれに対するンからペンシルヴェニアの桂冠詩人に任命してもらうと、こ 後者的認識に駆り立てられるのが必至なのであった。いすれう申すのでございますよ」 けんよく にせよ彼は、胸中の大いなる不安は、これを謙抑の仮面によ 「わたしを任命したのはポルティモア卿だ」落着き払ってエ まれ って蔽い隠すのが常であった。よって彼は、。フラッグの眼に べニーザーは答えた。「卿はカトリック教徒だが、稀に見る とまることすらほとんどなかったのである。 典雅温厚な紳士で、詩に対する素晴らしい耳を持っておられ それゆえに彼は、今回店に入って一人の店員に手帳を少しる」 フラッグ自身がその小 見せてくれとこっそり頼んだときに、。 「そ , つで、こイ、いオしょ , っと・も」。フラッグは一一一一口った。「もっと 僧を押し除け、それまで世間噺を交しておった短驅無鬘の客も、わたくしは直接お目にかかったことはございませぬけれ のもとを離れて、みすから応対に出向いて来たのには、小さ ど。それはそうと、クックさま、どうやって卿はあなたさま の作品を御存知になったのでございます ? わたしどもはみ からざる満足を覚えた。 「これはこれは、クックさま」。フラッグは声を弾ませて言っんな、あなたさまの作品を読みたくて、じたばたしておるの でございまするが、し た。「このたびの御栄誉、幾重にもお祝い申し上げまする」 、くら探しても活字になったものが一篇 「なに ? ああ、いやいや」工べニーザーはつつましやかに も見当りませぬし、人に尋ねても、あなたさまの詩を一行で 微笑した。「それにしてもあんた、こんなに早くどこから聞も聞いたという者さえおりませぬ。いえ、白状してしまいま いたのかな ? 」 しようーーーわたしどもは、あなたさまが詩をお書きになるこ 「『こんなに早く』ですと ! 」。フラッグは調子よく喋り出し とすら、ろくに知らなかったようなありさまで」 た。「今やロンドン中がこれで持ち切りでございますがな , 「〈おのれの家を愛する者がすべて棟木の上に乗るとは限ら おお しゃべ
とれもこれも、癪に障る主人でご季奉公の契約を結ぶありさまを見るがよい。おまえがドレー います。この三つがまた、。 クベッカーと呼ぶあの男の今の隷属の身分だとて、それより 0 イ、い士まして」 「それならば、習性とか、生れながらの好みとかは、どうか も悪い状態からおれたちが彼を解放してやったときに、彼み ス ヾな ? 」からかうようにエベニーザーは言った。「人に仕えるすからが選んでなったものだ。しかも、自分が望むならば、 ように生れついておる者もいるそ」 いつなりとも、自分の意志で罷めることができるのだそ。そ バートランドはしばらく考えておったが、 やがて口をひられゆえにおれは、あの男を恐れはせぬし、何日でもおれたち いて「習性は第一原因ではなくして、わびしい必要が生むそに仕えてもらいたいと思うておる」そして彼は従僕に向かい、 おび の子供ではございますまいか ? わたくしたちの脚は、海賊二人で共有しておるたった一人の家臣にそのように法えてお あしかせ の足枷にも無感覚になりましたけれども、やはり外してもらる身が、一つの都の全体をいかにして一人で支配するつもり うのがわたくしたちの願いでございました。生れながらにしであるかと尋ねた。 「わたくしは神さまになりたいのでございまして、王さまに て隷属を好む性向につきましては、これはもう主人の側の作 なりたいわけではございませぬ」従僕は答えた。「命令を与 り話でございまして、奴隷にしてこれを信する者は一人もご さいませぬ」 えたり受けたり、反乱を企てたり鎮圧したりは他人の仕事、 「つい先刻、おまえは日常の仕事を自分でやると申しておつわたくしの方は食物や飲物を備えた寺院が受け持ちで、昼ま たけれども」工べニーザーは言った。「同じ仕事をおれもやではおのれの黄金の寝台に眠っておりまする ! 十人の若い きとう るとはひとことも一言わなかったぞ。しかも、無人の未開地に 尼僧を話相手に選んで、これに告解を聞かせたり教会で祈疇 かんがん 階級のあろうはずもないゆえに、お互い、以前の身分は忘れを行わせたり、さらには大男の宦官を一組おいて、これに献金 ることにしようと一言い出したのはこのおれの方だ」 を集めさせた上に、金の番をもやらせるつもりでございます」 らんだ かんねい バートランドは笑い出した。「されば、わたくしが挙げま「懶惰と奸佞そのものではないか ! 」 くびき 「あなたさまはそれをお望みになりませぬか ? 他の誰でも ま一つ〈恩義〉と した人間の行動を縛る軛の項目の中に、い いうのを附け加えて下さりませ。これがまた先のに劣らず厳でございまする。厄介な統治の仕事なんそ誰が欲しましよう しやく ぞ ? 人間が渇望するのは冠であって、笏ではございませ しい主でごギ、いまする」 「その主のことはむしろ〈感謝〉、もしくは〈愛情〉と呼んぬ」 ふる でもらいたいな」工べニーザーは言った。「人々が喜んで年「冠を戴く者は同時に筍をも揮わねばならないのだ」工べニ しやく いただ
ハラのちょうど南だった。 くおれに言った。「ばくが持ってるものはみんなあげる。ば 「四十をこえたとこですよ」と言った。 ネヴ , ダ州西部の都市。ここの裁判 ) へ行かしてくれ。きみだ 圏くをリノ ( 所ま離婚を容易に認めるので著名 「私は酒飲みと結婚したんだよ」とタムキンは言った。「ひ って再婚したいんじゃないか ? 」ちがう。あいつは他の男た ロ ペちと出歩したが、 、、 : おれの金をとりあげた。おれを罰するためどいアル中でね。あの女はトイレヘ行くと言ってバーへ行っ ちまうものだから、食事につれ出すわけに、かよかった。酒 に生きてるんだ。 タムキン博士はウイルヘルムに言った。「きみのお父さんを出さないでくれってバーテンに頼んだものさ。しかし、私 や はあの女を深く愛していた。私のすべての体験のなかでいち は、きみを妬いてるんだよ」 ばん気品のある女だったな」 ウイルヘルムは微笑した。「ばくをですって ? とんでも 「その人はいまどこにいるんです ? 」 オし」 おぼ 「溺れたよ。ケープ・コッドのプロヴィンスタウンでね。き 「世間の人は、奥さんと別れた人をいつもねたむものだよ」 けいべっ っと自殺だよ。あれはそういうふうな女だーーー自殺型でね。 「ああ」とウイルヘルムは軽蔑をこめて言った。「女房のこ 、つらや あいつを冶そうとカの及ぶかぎりのことをやってみた。だっ となら、羨むことはありませんよ」 「そう、それにきみの奥さんもきみを羨んでいるよ。あの人て、私の天職は治療師だろう。私は傷ついた。苦しんだ。他 は自由で、若い女と出歩いているって思うのさ。だんだん年人の病気から逃げたいとは思うが、逃げられない。言ってみ れば、私は自分にだけ貸しがある。私は人間陸を信じている をとるわけだろ ? 」 「そんなに年寄りじゃないんですよ」ウイルヘルムは自分の人間だよ」 うそ とウイルヘルムは心のなかでタムキンをそう呼 嘘つき , 妻の話が出ると、悲しくなって言った。二十年前にきれいな んだ。厭らしい嘘。女を創造して殺し、そのあげく自分を治 。フルーのウールのスーツを着て、同じ布で作ったやわらかい 帽子をかぶっていたマーガレットをはっきりと目の前に見る療師だと言って、おそろしくまじめな顔をする。だから、性 ようだった。ウイルヘルムは黄色の髪の頭をかがめて帽子の悪の羊みたいに見える。くさい足を持った、せいいつばい背 下の彼女の顔を見た。きれいな単純な顔立ち、動かすときののびをしているほら吹きのべてん師。医者だって ! 医者な あご いきいきとした目、まっすぐで小さな鼻、顎の形は美しく痛ら自分の体ぐらい洗うものだ。あいつはすばらしい印象を与 かこうがん ましいくらいだった。あれは凉しい日だったが、花崗岩の峡えてると思いこんでいる。それで自分の話をするときには、 相手に帽子をとって敬意を示してくれという。そして想像力 谷に注ぐ日の光のなかで松の香りがした。あれは、サンタ・
そうだ、あいつはあの当時でさえ、おれに敗者の役を割りふ元気をなくして、疲れて、それでもがんばりにがんばってる -0- っ , ) 0 人がね。その人たちにはきっかけが必要です。そうでしょ ウイルヘルムは、やや反抗するような調子で、「それがあう ? 打開とか、助けとか、運とか同情ですよ」 ロ 「それは確かに真実です」とウイルヘルムは言った。話の感 べなたの意見なんですね ? 」と言ったものだ。 じがっかめたので、ヴェニスが先をつづけるのを待った。だ そういう役柄を演じてスターの地位にのし上がるのに反対 するなどとは、ヴェニスにはとても考えられなかった。「今が、ヴェニスはもう何も一一一一口うことがなかった。結論をだして しまったのだから。ホッチキスでとめた、数頁にわたる青い がチャンスですよ。 いま、あなたはただの大学生にすぎない 複写の台本をウイルヘルムにわたしてスクリーン・テストの 何を勉強なさってる ? 」と言って指をばちんと鳴らした。 せりふ 「くだらんものですよ」ウイルヘルムもそんなものかと思っ準備をするように言った。「鏡の前できみの科白の勉強をや 思いきってやることですよ。自分をしつかりとっ た。「芽が出るまでに五十年もせっせと働くことになるかもんなさい しれませんよ。この道ですとね。一足とびに世界はあなたをかむ。顔をしかめたり感情を表わすのを恐れちゃいけな、 ばち か八かです。いったん演技にかかったら普通の人間じゃな 知っている。ローズヴェルトとかスワンソン級の名前になる。一 いんだし、世間のことは通用しない人間になってるんだから。 東部から西部まで、中国にだって、南アメリカにだってね。 でたらめな話とはちがいますよ。あなたは全世界の恋人にな一般の人と同じに振舞う必要はない」 こんなわけで、ウイルヘルムはペンシルヴァニア州立大学 るわけですよ。世界はそれをのぞんでいるし、必要としてる んです。一人の男がほはえむと十億人がほほえむ。一人の男へは戻らなかった。同室の友人が彼の所持品をかわりにニュ ーヨークへ送り、大学当局はアドラー博士に手紙で事情を問 が泣けば、別の十億人も泣く。いいかね、きみーーー」ヴェニ スは気を取り直して力をこめた彼の想像力には、振り捨て合わせなければならなかった。 それでも、ウイルヘルムはカリフォルニアへの旅を三カ月 るわけにいかない、ある、大きな重みがかかっていた。ウィ 間延期した。家族の祝福を受けて出発したかったのだが、祝 ルヘルムにも、それを感じさせたかった。大きな、清潔な、 福は与えられるどころではなかった。彼は両親や妹と喧嘩を 善意の、どちらかといえば愚かしい顔立ちを、その顔立ちか した。それから、危険にじゅうぶんに気づき、出かけてはい ら逃れるすべがないとでもいうようにねじまげ、苦しげな、 してすかどこにでも けない理由が無数にあるのがわかって、恐怖にうんざりした 旨方にさえぎられた声で言った。「、、。 一所懸命努力してる人がいるんですよ。みじめで、苦しんで、あげく家を出た。これはいかにもウイルヘルムらしいことだ。
そのとき母親は、自分の甥でウイルヘルムのいとこにあた ているときに、ウイルヘルムがきれぎれの吐息を一つつくの るアーティのことを口にする失敗をおかした。それはコロン をルービンは耳にしこ。 ビア大学で数学と一一一一口語の優等生だった。あの色の黒い、小柄 うろっき、何もせず、自分をもてあましているのをルービ な、陰気なアーティ。あのうんざりするような狭くるしい顔、 ンがじっと見ているのに気がつくと、ウイルヘルムはコカ・ じちょう ほくろ、自嘲的に鼻を鳴らす仕草と不潔なテープル・マナー コーラ自動販売機のほうへ行った。瓶のコカ・コーラを勢い よく飲んで咳きこんだが、咳を気にとめなかった。なぜなら、一緒に散歩をすると動詞の変化をやる退屈な癖があった。 目を上に向け、手で抑えたロをとじたまま、まだ考えこんで「ルーマニア語はやさしい言語でね。片つばしから 1 をく いたからだ。奇妙な癖があって、さながら風でも吹いているつつけるだけでいいんだよ」あいつはいまは教授になってい えり た。リヴァサイド・ドライヴにある陸海軍戦没者記念碑のそ ように、上着の襟をいつも立てていた。襟は平らに折り返さ れたことがなかった。しかし、自分の背中の重みで前かがみばでウイルヘルムと遊んだ、あのまぎれもないアーティが。 になり、ほとんど変形したようにたわめられた広い背の上に教授になること自体、たいしたことだとは思っていない。あ のっているスポーツ・コートの襟は、ともかく、リポンぐらんなにたくさんの一言語を、よくも辛抱して覚えられたものだ。 そして、アーティはきっと昔のアーティと同じだろう。ひど いの太さにしか見えなかった。 いものだ。いや、成功して人が変ったんだろう。世間的な地 そのとき、二十五年前にウエスト・エンド街にあった居間 で説明していたときの自分の声に耳を傾けていた。「もし映位を手に入れたとなると、たぶんましな人間になったんだろ う。アーティは一一 = ロ語を愛し、言語のために生きたのか ? そ 画俳優で成功しなけりや、学校へ戻ったっていいんだもの」 しかし、母は、彼が身を滅ばすのではないかと心配した。れとも、内心では、あいつも冷笑的な気分なんだろうか ? いまの時代は、冷笑的な人間がうんといる。・誰も満足してい 母は言った。「ウイルキー、もしお前が医者になりたいって め いうんなら、お父さんが便宜をはかってくださるわ」その言るようには見えないし、とりわけウイルヘルムは成功した人 たちの冷笑におびやかされていた。冷笑はすべての人のパン っ葉を思いだすと息がつまった。 を 「病院はがまんがならないんだよ。それに間違いをやらかしであり肉であった。それに皮肉だって。たぶん仕方のないこ そて誰か傷つけるとか、患者を殺すことだってあるかもしれなとだろう。必要でさえあるんだろう。しかしながらウイルへ いし。そんなことには耐えられないよ。おまけに、その方面ルムは、それがとてもこわかった。一日の幕切れがやってき てひどく疲れると、そのたびに冷笑のせいにした。してしま の頭はないもの」
パース 870 はぞほそ くくりに入った。「その結合はほとんど常に光輝を放ち、全きた。しかしながら、おれの欲しいのはその全容ーーー衲が柄 あな 人々が穴にびたりと嵌まり、相反するくさぐさの両極が堅く噛み合 的な結びつきであって、啓示というにふさわしい ふた」 って、割れ目一つ見せぬ宇宙そのものーー君たち双生児の兄 これを渇望して胸を焦がし、身をわななかすのに不思議はな コイトス 力しー、つ アンナが、みすからの理生によっていかにその外貌を妹の結合したところは、まさにその象徴に他ならぬ ! おれ 変えようとも、その心情の限りを傾けて熱望しておるところは、自然の秩序の中においておのれの占めるべき位置と目標 のものは、この結合以外の何物でもなく、君を探し求めて地を定めるはずの系譜を持たぬ。ならばよしーーおれは自然の 球の半ばまでも彼女を廻らせたものも、その結合に他ならぬ。外に立つ者、自然を支配するその主人、その夫となってくれ なればこそ、君の父上は、彼女を見つけ出して家へ連れ戻さようと思う ! 」 ーリンゲームは、 おのれみずからの華やかな弁舌に酔ったバ んものと、はるばる出かけて来たのではないか。そしてまた おおまた この雄弁の終る頃には船室の中を大股に歩き廻り、手振り身 君みずからの心情も、君という存在を一つの全きものたらし とうと、つ めて、生れてからこの方かって味わったことのない充実を果振りを交えて語るその声は、高く張り上げられて滔々と流れ、 さんものと、さながら陽光に向かう花のごとくに、おのれみさながら狂信者を思わせるものがあった。たとえ工べニーザ こんめい ーが昏迷のあまりに疑念を挿む心の余裕を奪われておらなか すからの意志とは関係することなく、ひとりでにこの結合の 方向へ傾いているはずだ。あるいは、方角を指示する羅針のったとしても、この往年のおのれの教師の言が、おのれの真 ごとくに、おのずからにして君をその運命の港に導くために実を吐露したものであることは、疑うことすらできなかった してまたこのおれの憧れるものであろう。ところが彼は、あまりの事の意外に加えて、新し と一一 = ロ , って・もよろしかろ , っ , ばうぜん も、この結合を措いて他にはない。おれは総体をこそ愛し求い事実の承認を迫られる重圧に茫然自失の態であって、ただ うめ どうちゃく める者、矛盾撞着を抱擁し、ことごとくの被造物をおのが頭を抱えて呻くばかりであった。 ・モアとア ーリンゲームはエベニーザーの前に足を止めると「君は 女房と心得る汎宇宙的な愛人なのだ ! ヘンリー イザック・ニュートンとは、おれにこの愛人を取り持って、おのれにも罪があることを否定しないであろうな ? 」 ふしど われらが臥所の世話を焼く者、おれはこの限りなく豊かなわ詩人は頭を振った。「人間の魂が、あたかも天空のごとく が花嫁の肉体の、限られた部分ならば、その見事な味を知らに、その底はあくまでも深く、千変万化することを僕は否定 ディスジェクタ・メンプラ ぬわけではない。彼女の断ち切られた断片、輝くばかりのそするものではない」彼は答えた。「あるいは人間が、相反す の肉体の一部ならば、これまでにもあちらこちらを賞味してる両極の要素や、さまざまな可能性を、萌芽の形において、 あ、 J% か
が付いた。それが半時間とは経っておらぬ真新しい足跡であで熊に立ち向かうなど、正気でいる限りはみすから試みるつ ったからして、わしはわざわざその後をどこまでもつけて行もりはないし、仲間に向かっても、そんな芸当を演じてみろ と促す所存はさらさらないぞ』それというのも彼は、おのれ 「足跡をつけてゆくと、間もなくして、小さな樫の本の木立の両の手の他には、得物らしきものを何ひとっ持っておらな があって、その方角より熊の旦那の唸る声が聞えて来た。わかったからだ。ところがビリーは微笑するばかり、西の方に しはそのとき、皮剥ぎの小刀の他には何の得物も身に帯びて住む蛮族から習い覚えた妙技を披露に及ばうと言う。その蛮 あた ちょ、つ いなかったゆえ、能う限り音を立てぬように心しながらその族の間にあっては、一人の女の寵を二人の男が争うに至った あかし 声の方へと忍び寄って行った。熊の奴は造作もなく見つかっ ときに、勇気のほどを示す証として、この技が競われる習わ た。何しろ派手に唸っておったからな。木立の中の狭い空地しとのことであった。それは一見に値するものとわしは判断 にさしかかったらば、そこに奴がおったというわけなのだが、 いや、まこと、あれ したが、その判断に誤りはなかった ・こも 冬籠りもしないでうろっき廻っているよく肥えた黒熊の野郎 ほど奇態な狩の術というものは、今後とてもまたと眼にする おす ことはないであろう ! であった。牡であったが、 一人前の大人にはなりきっておら ぬーーー後脚で立ったならば、人間の肩の高さぐらいもあった 「真先に彼のなしたるものは、真直ぐに延びた若木を二本見 おやゅび ろうかーーーそれが腐りかけた 丸木に噛みつきながら、たかっ つけることであった。一本は人間の拇指の太さほどしかなく、 うじむし た蛆虫を食っている。蛮人はどこへ行ったのであろうと、今一本はその倍ほどの太さ、それを彼は、根元に近いあたり てのひら 訝しく思い始めたそのとき、わしの肩に手をかけた者があから、折れ口が掌ほどの長さになるように斜めに折り取っ ーし - 、刀 , 冖」 7 も って、それが他ならぬビリー たのである。その折れ口を尖らせようとする彼に、わしは ・ランプリーその人、 買、い得たような顔し こ、にこやかな笑みを浮かべて立っておったおのれの小刀を差し出したけれども、彼は小刀にせよ他の得 ではないか ! 彼は先に立ってわしを風下に導き、熊の耳に物にせよ、他人の力を借りるのは規則に反することになると れは声の届かぬあたりまで遠ざかったところでやおらロを開く申して、折れロの裂片を剥ぎ取りながら、ひたすらこれを得 レ」 と、もしもわしにあの熊をおのれのものにする意図がないな物に仕立てるのであった。一本の若木は、枝を毟り取って、 やり らば、これよりあれを仕止めるつもりだけれど、異存はない これを粗製の槍となした彼は、今一本は短く折って、短剣の - ) し、り かと尋ねたのだ。 ごとき物を拵えた。続いてわしたちはふたたび前の空地に忍 ー』わしは答えた。『皮剥ぎの小刀一つび寄ったところ、熊の旦那は一本の立ち木に背中を擦りつけ 「『 . 何一一 = ロ , つか、ビリ
対する一つの闘争にまとめたものは、誰よりも彼らに他なら まだに生きてあることが、また新しく罪を重ねたことになっ たのか ? ひとつだけ人間にも明らかなことがある。いずれず、この島に初めて黒人が逃れて来たときに、喜んでこれを てこの部落をば、イギリス人の手 の所業が罪に問われたものにせよ、それは余程の重罪に間違迎える意志を表明し、続い いないということである。何となれば彼の課せられた罰は厳より逃亡したすべての人間の逃避の場所となしたものは、マ しく、しかも果てることがなかったからだ ! タイヤクが三タシンその人、カスティーヌと結び、北方の裸の戦士どもと 番目の息子を波に委ね、おのが后を失い、地上よりおのれの結託して、共に力を併せつつイギリス人どもを海に追い落さ 血統が絶滅する運命を背負わされただけではまだ足りなかつんとの策を初めて立てたものも、タイヤク・チカメクではな くして黄金色の肌の戦士ーー妻もなく子もなく、ひたすらに た。彼は一切を失わねばならなかったーー - ・カ強く逞しく成人 ピスカ して彼を喜ばせ、やがてはアハチフープ族を率いて悪魔討伐戦闘の熱意に燃えるコハンコウブリツツであった , の軍を起すであろうと彼に希望を抱かせた二人の息子、子種タウェイも、ナンティコークも、チョブティコも、マタウー そろ かかるたのもしき族長の二本柱を揃え持つアハチ を持たずして意志あくまでも鞏固なるあの息子たちまでをも、マンも うらや フープの仕合せを、ひとしく羨んだものであるし、チカメク 彼は失わねばならなかったのである ! マタシンにコハンコ もまた、初めて催されたわれらの首長の大合同に際して、老 ウブリツツ ! 彼みすからが来る日も来る日もイギリス人に 対する敵意を植え付けた彼らではなかったか ! 〈イギリス齢のあまりに島を離れることのできぬおのれになり代って、 しれつ の悪魔の本〉の中味を覚え込ませ、彼らの祖父の熾烈な討伐マタシンをその席に送ることをむしろ誇りに思ったのではな の熱意を繰り返し語り聞かせた彼らであったはずであろう ! あし 苦い思い出に襲われてタイヤク・チカメクはロをつぐんだ。 彼らは情欲に眼も眩めば、牝犬であれ葦で編んだ籠であれ、 人手当り次第に乗り掛ろうとする激し易い多情の子でもなけれ抜け目なく相手の胸中を察したエ・ヘニーザーは、マタシンの 買 てんまっ 仲 いま一人の ば、発情期の犬でもなかったはすである。さよう、彼らは二その後の顛末は承知している旨を述べると共に、 の 草十二回もの夏を送り迎えた一人前の大人、分別もまっとうな息子のコハンコウブリツツの運命に大いなる関心を示したの らば思慮に欠くることもなく、イギリス人を憎むことは父親であった。すなわち、おのれの思い描く漠たる計画に何らか 酔に劣るものではなかったのである ! われらの力とピスカタの影響を及ばしはせぬかと期待しながら彼は尋ねたのである、 叨ウェイやナンティコークの力とをいち早く結集し、それそれコハンコウブリツツもまた、イギリスの悪魔どもを殺害して 個別に戦われていた闘争を連帯せしめて、これを共通の敵に縛り首になったのではないのかと。 ゆだ と・つばっ
るからして、良い植物も雑草も、ひとしなみに背丈が高くのろびろと眼前に展開する海を初めて眼にしたとき、彼は二度 せんりつ びるのだ。向うの人間が風変りで粗野に見えたならば、思い 三度全身を戦慄が走り、もう少しで小便をもらしそうになっ 出すのだな ヨーロッパに満足しておる奴ばらは大西洋をたほどであった。 ス 渡りはせぬということを。はっきり一言うてしまえば、一番多 の せがれ いのはヨーロッパの除け者どもか、除け者の伜どもだーー反 逆者、失敗者、前科者、それから山師ども。そういう種をそ ういう土にまいてみろ、そこから紳士や殿上人の取り入れを さた 期待するのは烏滸の沙汰というものであるそ ! 」 「でも、あんたのロぶりを聞いていると、メリーランドが好 きなように田 5 えたけれど」工べニーザーは言った。「そう思 ったればこそ、僕も好きになるだろうと思ったのだ」 ーリンゲームは肩をすくめた。「好きかもしれない、好 きでないかもしれない。あそこには自由があるが、こいつは のろ 祝福でもあるし、同時に呪いでもある。単なる政治上の自由 そんなものは や信教上の自由を言っておるのではない 年々歳々移り変る。おれの一一 = ロうのは、歴史がないところから 来る哲学的自由のことだ。こいつは人間をこのおれみたいな みなしご 孤児にする、この哲学的自由というやつは。人間、向上する こともできれば、堕落することもできる。が、もう止そう。 せんとう 向うにプリマスの帆柱と尖塔が見えてきた。メリーランドが どんなところか、どんな感じがするか、じきに分るさ ! 」 ーリンゲームが言った通りに、海の香が馬車の中にさえ からだ しん 通ってきて、エベニーザーは身体の芯までも達するような興 奮を覚えた。そして間もなく、はるかかなたの水平線までひ