をしてもらいたい旨を呑み込ませた。この傷の手当に関してあげく、黒人が兎の焼ける間に森で集めてきたさまざまな草 は、命令というより打診のつもりであったのだけれど、黒人木の根や薬草を煎じてこしらえたエキスのようなものを、そ ちょ、っちょう は顔を輝かせて力強く何度も頷き、きおい込んで喋々と語の上に塗った。そうした黒人の手並には蛮人までが感銘を受 ス こぶ 少年たちがおのれの瘤をさする手つきには、憎悪よりも る言葉の羅列からは、予防ないし治療の方策を彼が心得ておけ、、 るかのごとき気配が感じられた。続いて彼は、苦もなく汚れむしろ畏敬の念がこもっていたし、クアサペラの厳しい眼に も光るものが宿っておった。 た布を取り除くと、赤くはれ上がって悪臭を放っておる患部 をば、まごう方なき外科医の関心をもって、仔細に吟味し始「イギリス人の居場所がさまで遠くないならば、暗くならぬ めた。やがてのことに彼は、おのれの鴃語に身振りを交えてうちにひと目見たいものだが」と桂冠詩人は言った。クアサ その意のあるところを伝達しながら、一人の少年には兎の臟ペラが、三マイルは越えぬと答えるのを聞いた彼は、黒人に 物をとって調理すべきことを命じ、いま一人の少年は外に遣向かって先刻の命令をふたたび繰り返した。おのれの名を耳 ひざまず にして、例のごとくに跪きながら黒人は、涙ながらに主人 わして、二つの壺に水をみたさせ、それを持参せしめたので あった。 との別れをおとなしく納得した。 「奴らが海賊か追剥ぎであると分ったならば、早速に引き返 ヾートランドは感嘆の声を上げた。「こ、 「た、まげ・たな ! 」 / かような男の神さまになるしてまいります」工べニーザーは国王に告げた。 つは医者の仕事もできるのか , 「イギリスの皇帝もおまえには危害を加えまい」クアサ。ヘラ とは々須巻〕なことでは、こギ、いませぬか、日一那・き、士 ? 」 は言った。「また、わしの伜どものことも、案ずるには及ば 詩人は微笑を浮かべた。「ひょっとしたら医者だけではな 。、バートランド。必ずやこの男は人間の傑作ぬ。奴は伜どもをまだ知らないのだ。しかしながら、わしの いかもしれぬそ なんびと 死を願うものでないならば、何人に対してもアナコスティン であるに違いな、 二時間が経過せぬうちに、兎は調理されて、人々の胃袋にの王の名を口にしてはならぬ。また、この洞窟に戻ることも なまが 少年たちがとってきた生牡やめたがよい。クアサペラに示してくれたおまえのいたわり 収ってしまったーーーそれと共に、、 とうもろこし 蠣と、ロカホミニーと称する一種の玉蜀黍を日に乾して粉には決して忘れはせぬ」彼が蛮族の言葉で何事かを息子の一人 したもの、これは国王が大きな壺に一杯蓄えてあったのであに話しかけると、その子は洞窟の奥から小さな革の包みを持 るーーー一方、クアサペラの傷も、クアサペラみずからの小刀ち出して来た。 「七都の地図を見せるつもりでございまするそ ! 」 / を用いて患部を切開し、膿をぬきとってきれいに水で洗った の うみ うなず せん
バース 512 思うのか ? 大学に学んだこともないおまえが、ロンドンのさまの任命書を、ひとことひとことそっくりそのまま書き写 ゆえん しましたときに、それが紳士を桂冠詩人とする所以は、これ 新作戯曲や大陸の情勢のことをいかにして弁じるつもりだ ? はも , っ日の、ことくに明らかに承 . 知 . 致しましたけれども、桂 正真正銘の紳士というものは派手で華やかではあるが、めか と , っして し屋ではない。機智には富むものの、道化師ではない。真面冠詩人を紳士とする所以はどこに書いてあったか、。 目ではあっても、取りすましてはおらぬし、知識は豊かであも思い起せないのでございます ! またこのわたくしの眼も るけれど、学者ぶりはせぬーーっまるところ、どの一面をと耳もやくざなものでございますゆえに、これにわたくしは ったところで行き過ぎも不足もなくて、びたり、黄金の中庸誑かされまして、こいつらが捕えた詩人というものの姿か らーーーたとえばあのロンドンのオリヴァーさま、トレントさ を持っておるということだ」 ま、メリウェザーさまといった方々だけでも十分と存じます それに対して従僕は、手を振り微笑を浮かべて答えた。 こうした詩を作られる方々というものは、そろいも 「ごもっとも、全くごもっともでご、いまする ! 」そしてそるが いらだ しんちゅう の先を続けそうな気配であったのだけれども、募りくる苛立そろって黄金の中庸はおろか、真鍮製でも、煮炊きの鍋み あお あかがね やっ たいな銅製の奴でも、およそ中庸などというものは持ち合 たしさにこの問題に寄せる意識を煽られたエベニーザーは、 はき ) いやさ、 わせておらぬと考えるに至りましてございます , すかさず口を挿んで語り続けた。 えてこう 「しかも紳士の言葉というのは、これを大衆の一 = ロ葉に比べれ歯に衣きせずに申しますると、彼らは謹厳なること猿公のご くじゃく ひばり ば、あたかも雲雀の歌を雄鶏の歌と比較するがごときものでとく、慎ましきこと孔雀のごとく、清純なること牡山羊のご あるが、詩人の一一 = ロ葉は、その雲雀の歌に対する天使の歌声のとく、一 = ロ葉の優しきこと鵲のごとく、勇敢なること教会の はつかねずみ ごときもの。それと同様に、紳士そのものは人間の中の貴公二十日鼠のごとく、行儀のよきことさかりのついた猫のごと 子であって、詩人はその紳士の中の貴公子でなければならき存在である ! 一一一一口うなればその辺にざらにあるありきたり の従僕の方が、詩人の夢見る紳士なる者の要素を、二倍がと ころは多く持っておりそうな気が致しまする , いや、従僕 「。こもっともでギ、います・、日一那・さま、、こもっともなこと あるじ て」バートランドはふたたび同じ言葉を繰り返したが、やおの方がしばしば主の紳士よりも気立てがよろしいことは世間 かつら ら主人の方に向き直ると、附け加えて言った。「しかし、あ周知のところでございまするし、鬘に粉を振りかけるその振 なたさまはそれをお信じなさいまするか ? わたくしのこのりかけ方とか、客人をテープルに着かせるその手順とかの心 得となりますると、従僕に並ぶものはございませぬ。紳士の 記憶力がいかにもなさけないからでございましよう、あなた たぶら きめ なべ
められもせぬのにみすから進んでロを開いた。とはいうもの の、かってのおのれの教師に対して、さまざまな感情が胸中 に紛糾している彼であってみれば、一種のばつの悪さからロ にしたそれは一 = ロ葉に過ぎなかったけれど。「僕が言ったあの 〈嘲笑王〉のことではないかな。もう一方のインディアンに ついては何も知らないけれど」 「メリーランドにはウイコミコという河が二つあるのだ」慎 重なバ ーリンゲームは言った。「一つは西海岸のセント・メ ーズ郡の近くで、一つはドチェスター郡の南を流れておる。 彼がアコマックからチエサビーク湾を海岸沿いに北上したの であれば、ここで一一 = ロうておるのはおそらく後者であろう」 : されど新鮮なる水の不足を招きたるわれらは、これが補 給を果さんがため、二日のうちに陸影を探索すること、必す果 きっきんじ と、つしょ みいた すべき喫緊事とはなりぬ。かくて見出せし一群の島嶼、ことご とく無人にして、その数少なからす、互いに重なり合いて、そ の姿洋上に台地を立てたるがごとし。 「この情景の当てはまるところはただ一つ」声を出して件の かしょ 人 個所を読み上げたバー ンゲームは笑いながら言った。「分 買 仲「おそらくカルヴァート郡の崖にぶつかったのではないかるかね、神父さま ? 」 草な」先般〈黄金の七都〉の島かと見まごうたあの地のこと すると司祭は、おのれの身の置かれておる立場にもかかわ 叱を思い出しながらエベニーザーは言った。「先を読んでみよらず、歴史的な興味を掻き立てられて、ぎごちなく頷きなが ら「ドーセットの紹沢地だ」と言った。 ー島、。フラ ーリンゲームは一一 = ロった。「クー 「その通り」バ かっ一 : つひと一 ) 十 6 ズワス島、サウス・マーシュ。君の叙事詩に恰好な一齣だそ、 たた 岸に上りて見るに、たまたま真水を湛えたる池にめぐり逢い たり。されど、水のなまぬるきこと、常のものとは思われす。 さりながら、われらが咽喉の渇きすこぶるはなはだしく、この 水の害あること必至なるべしとの予が警告にもかかわらす、一 同はそれそれにその水を汲みて空樽をみたし、かつまたその場 にて飲まずんばやます。かくて彼らの腸は、騒々しき音を立っ るに至りぬ。一同これを知りて悔みたれど、時すでにおそかり き。されど、そのさまにつきては、これより先にてふたたびそ の詳細を語ることあらん。 ウイココモコよりこの地に至る間の岸は、そのことごとくが、 低き湿地性の土地の断ち切れて島となりたるものにほかならす、 その幅一マイルないしは二マイル、長さは十ないし十二マイル よど はなはだ にして、内に淀み腐りたる池を抱くにより悪臭甚し。加うる おお に、性悪き蚊の群のあたりを蔽うこと、さながら雲のごとく、 その人間の血をすすらんとするすさまじさは、あたかもかって 食を知らざりしものかと疑わるるばかりなり。こはまこと蛮族 の他には人間の住むべき土地にあらす : うなず くだん
・マタシンと申しまして、ナン ーの父であるというのです」 「その蛮人は名をチャーリー ティコークのさる好戦的な部族の者なのですが、彼らは遠い 「何ということだ、信じられはしない ! 」思わす工べニーザ ーはロ走った。 昔にドチェスターの湿地帯に入り込んで以来、今もなおその タ音カら隔絶した生活を送っておると言われておりま 司祭もそれを肯って「わたくしも、それを聞いたときには、 せがれ す。このチャーリーは実は、首長の伜で、あるイギリスの娼神聖なおのれの使命をないがしろにして、話の先を聞かせて 婦と共に脱走したのでありまするが、その娼婦も、彼が殺害し くれるように頼み込みましたよ。わたくしは神に対して、そ た人たちの中に入っておって、イギリス人に対して彼は、抜のインディアンの魂の責任を負う身ではありますけれども、 き難い贈悪を抱いておりました。この贈悪は父親の首長から面白い話というものは、良心にやましいことをしてでも聞き 学んだものと彼は申しておりましたけれども、わたくしが彼 たくなるものですからな。それにわたくしは、神がその話を 聞かせるために、わたくしをその地に遣わされたのだと考え に洗礼を施し、その告解を聴くべく、聖水と磔刑像とを持っ 」げす て彼の許を訪れましたときには、そのわたくしを蔑む彼の軽ることもできるのです。なぜかと申しまするに、その話をし 蔑はことのほかはなはだしく、わたくしの法衣につばきを吐まいまで聞き終ったときに初めてわたくしは、痛ましいフィ きかけ、わたくしのごとき人間を、かって彼らの仲間が十字ッモリス神父の動静の一部始終を知ることができたのですも 架にかけて焼き殺したことがあると申しました ! そこでわの。 「この聖者がカースルヘイヴンを後にして以来、いつまで南 たくしは尋ねました、わたくしのごとき人間とは、イギリス いまだかってわたくしは、そのよ に向かって漂い続けたものやら、あるいは陸に向かって突っ 人という意味であるかと。 うな所業を聞き及んだことがなかったからです。すると彼は、走る空しい上陸の努力をいくたび繰り返したものやら、それ 買要旨次のごとくに答えましたーーすなわち、それは単にイギは誰にも分りませぬ。彼の短艇が、あの風浪立ち騒ぐチエサ 丿ス人というだけではなくして、わたくしのごとくに磔刑像ピークを、何時間も、何日も、漂い続けた末に、とうとう の につとうしょ 草 と日疇書を持ち、黒衣をまとった司祭であって、その人は魔彼を凶暴無頼のナンティコーク族のもとへ漂着せしめたとい れ きせき 、ど 法の水を手にしておりながらも、おのれの身を焼く火を鎮めうことは、奇蹟以外のいかなる力のよくするところでありま ー ) よ , っ挈、 ? ・チャ 1 ・リ ーの語るところによりますると、その ることもできなかったと。しかも、さらに奇態なことには、 彼の申し立てるところによりますると、この司祭というのが彼がまた、父親の首長からロ伝えに聞いた話でありまするが、 チャーリ リケーンが沼沢 ーみずからの祖父であり、これを焼き殺したのがチかれこれ六十年ほど前の秋に、すさまじいハ うべな
の真実が捕えられた場合、捕えた者が破滅に陥らぬためにと にはメリーランドの桂冠詩人と思い込んでおる者とてもいな 祐るべき方策はただ一つ、これにおのれの意志を押しつけるこ いとは限らぬーーー」 工べニーザーはバ ーリンゲームの一一 = ロうのはおのれのことで としかないのだ ! 君が純潔と作詩ということをかくも尊重 ス かた し、おれがおのれの父親を見つけ、クードと戦うことをかくあるのか、それとも桂冠詩人を騙る者たちのことであるのか も重要視するのはなにゆえであるか ? 人間はおのれの本をいぶかしみながら、顔を上げた。 つか 「結論はだな」バ ーリンゲームはこ , つ一一 = ロ , って話をしめくくっ 質を作り、これを掴み、掴んだならばあくまでもしがみつい て、これを放してはならぬ。さもなければ、窮地に追い込めた。「もしも君がそのような運命をのがれようと思うならば、 しりぞ られてわけの分らぬことを呟くだけだ。大急ぎに急いでおのおれを容れるか斥けるか、二つに一つを選ばなければならな れの神と悪魔を選びとり、おのれの名前を宇宙に彫りつけ、 。われわれがおのれを委ねる人生行路とても同じこと、当 『おれはこれだ、世界はかくかくしかじかなものである ! 』る光の角度によって、見える姿はさまざまであるにせよ、君 と宣言するのだ。主張し、主張し、主張し続けるか、あるい が思慮とは無関係に、詩人にして童貞なる存在をおのれの は狂気の叫喚を上げるようになるか。他にいかなる道がある〈本質〉として採択するか、あるいはよりよきもののために というのだ ? 」 これを棄てるかしなければならないように、二つのうちの一 「一つだけ」顔を赤らめてエベニーザーは言った。「僕が逃つを選ぶしか道はないのだ」彼は立ち上がった。「いずれの げ出した道が : 場合にあっても、十全の理解を求めてはならぬ , ーー探求はむ 「なに ? ああ、さようか、なるほど ! 大学時代の君のあなしく終るであろう、そしてまたそれをしておる時間もない とど ふうてん の状態か ! ペドラムの瘋癲病院では、ああいうのに随分とところで君は、おれといっしょにくるか、それともここに留 お目にかかったものだーーー眼を大きく見開きながら、頭の中まるのか ? 」 工べニーザーは眉根を寄せて眼を細めた。「僕も行く」最 は汚物でいつばいで、世の中には全くの盲目 ! おのれの人 ーリンゲームといっしょに馬 生を単一の身振りに凝縮して、それのみを幾度でも繰り返し後に彼はそう言った。そしてバ ている者もあれば、身体がある時点で固定してしまって、手の方へ出て行った。荒模様の夜ではあったが、不快なわけで 足が初めにとった姿勢をいつまでもとり続けるという者もあはない。湿り気を帯びた、生温かい南西の風が吹き騒いで、 むち り、さらにはまた、おのれを別の人間と思い込んでおる者も河は白く泡立ち、松の木も鞭のようにたわみ、星空を雲が飛 あるーーアレクサンドル大王だとか、ローマ法王だとか、中ぶように走っている。二人はこの素晴らしい夜の空を振り仰
バース 508 るる ことわぎ ほお きんぜん したエベニーザーは、欣然としてこの問題を縷々として考察人さし指を振り立てながら、なぜか頬を染めて一つの諺を 引用した 「〈森に行く道は一つとは限らぬ〉。賭博師は悲 に及んだのであった。 「人に向かって賭博行為をいかに考えるかを尋ねるというこ観論者であるという説もまた成り立つであろう。彼は人間の とは、人生をいかに考えるかと訊くも同断である」というの意志の力を認めぬのであるからして、賭けるということはす がまず彼の提出した一つの仮説であった。「鯖が水面に浮上なわち、何事も偶然が支配することを認めるということであ して来る。その都度これは、あの鵐に啄まれはせぬかを賭ける。ということはすなわち、何事にも神の手は及ばぬと一一 = ロう にひとし、 る一つの賭ではないか ? 鵐もまた、啄めるか否かを賭けて 「では、結局のところ、賭博に好意をお持ちではないのでご おるのであろう。この木の船に乗っておるわれわれとても、 、つなばら ざいまするな ? 」 すべてこれ、大海原を相手に才覚を競う賭博師の群ではない せ 「待て、そのように急いてはならぬ。正反対の説もまた容易 のか ? いや、人生そのものが、生涯にわたる長大な賭博に 過ぎぬのではないか ? 受胎の瞬間からわれわれの生涯は危に立てられるであろうーーーホップス流の唯物論者は賭博者と 険にさらされ続け、食事をとっても、足を踏み出しても、向はなり得ぬ、なんとなれば、幸運を信ぜぬ者は賭をやらぬか きを変えても、その一つ一つがその都度すなわち死への挑戦らである。そして、幸運を信ずるとはすなわち、唯物論的宇 を意味するものであろう。すべての人間は、自殺する者を除宙の秩序のみならず、肓目的偶然や、ひややかな決定論をも いて、ことごとくが偶然によって操られておる哀れなその犠否定することである。要するに、幸運に与する者はすなわち、 あぶ 神に与する者であり、逆もまた真である」 牲者だな。いやその自殺者とても、火に炙られる地獄は無い ヾートランドは。初めよりは との賭をせねばならぬ。それゆえ、人生を愛する者はいきお「それでは一体どうなのです ! 」ノ いささかそんざいな口つきで声を高めた。「あなたさまは賭 い賭博を愛さざるを得ない。なんとなれば彼は、「偶然」と おもいもの びき いう美姫の魅力にとらえられた彼女の寵児に他ならぬからだ。博をいかがお考えなのですーーー賛成か反対か ? 」 オプテイミスト ところがエベニーザーは返答を急ぐ気配も示さない。「こ のみならず、賭博者はすべて楽天主義者である、なんとなれ たの れもまたさまざまな面を備えた問題だからな」愉しげに彼は ば敗れると思う者は賭をしないからである」 ほほえ バートランドはにこやかに微笑んだ。「では、あなたさま答えた。そしてふたたび鵐の群に注意を移した。〈ポセイド ン〉における彼の境遇は、予期に反して、不快一色に塗りつ は賭博に味方なさるのですな ? 」 けいかん 「待て、待て」桂冠詩人は注意を促した。そして頭をそらせ、ぶされたものではなさそうであった。通例の従僕にはなるま くみ
ンドに向かうつもりなのさ、忠実なる下僕ヘンリー・クック いうのではないーーー・僕の何かを盗んだというのならば、僕は 州を連れてな」 少しも驚かないよ。ところが奴は、僕自身を盗んだのだ。僕 「とんでもないよ、ヘンリー それは無茶だよ ! 」 という人間そのものを強奪して行ったのだ。これは許せな ス ーリンゲームは肩をすくめ、。ハイプに煙草をつめた。 けいべっ 「こっそりとクードの先を越してやるのだ」と彼は言った。 「おやおや」軽蔑を露骨に見せてバ ーリンゲームは言った。 たたつぶ かね 「おまけに、ひょっとしたらば奴の陰謀を叩き潰せるかもし「書生さんのたわごとだな。君が金みたいに盗まれたという、 れない」 その君自身とは一体何だ ? 盗んだあいつは、それをどんな 彼は続けて、スライ、スカリーの両船長が、二重輸出とい 具合にして持っておるのかね ? 」 う手を使って、煙草を無税で英国に密輸していたことを説明 工べニーザーは友人に、ロンドンからの馬車の中で二人が した。つまり二人は、英国の通関港で積荷の届出を行い、関最初に交した会話の主旨を改めて繰り返した。彼が童貞にし 税も払っておいて、それからあらためて、その煙草を近くのて詩人という自分の二重の本質の意義を打ち明けた、あの会 マン島へ再輸出するからと言うて、その払った関税を返還し 話である。ジョーン・トーストとのひとときを過したおかげ めぎ て・もら , っ マン島も法律的には外地だからーーーマン島からでこの本質に目醒めたために、彼という人間が存在するに至 ならばもう、英国へでもアイルランドへでも密輸することは ったとまでは言わないものの、その輪郭が明確になったこと 易々たるものという次第。「上陸したとたんに奴らを告発すは事実である。したがってこの本質をあくまでも保持し、こ れば、二人を破滅させてやることもできる。ポルティモア卿 れを育成してゆくことが、彼のいわば基本徳目となったとい , っッ ) XJO の大勝利だ ! 」 しり 工べニーザーは尻込みするように首を振った。 「二度と僕は、本当の僕から逃げたり、これをば他の何かに 「さあ ! どうした ? 」一呼吸おいてバ ーリンゲームは威勢見せかけたりは、絶対にしないつもりだ」そう言って彼は話 のよい声で言った。「まさか怖がっておるのではあるまい をしめくくった。「今朝の醜態もその勇気がなかったればこ な ? ちゃちな騙り屋ぐらいでガタガタしているわけではなそ起ったのであるし、その後この本当の僕自身に戻ったれば いたろう ? 」 こそ、ここ士でど、つにか切り抜けて・米たとい , っことも、これ 「実を一一一一口うと、奴のおかげでガタガタしているのだよ、ヘンからの僕の一つの予兆のような気がする。僕はまだ生れてお うた おうのう ミューズ 奴の場合は、僕を犠牲にして自分の状態を良くするとらぬ詩によって浄化され、あの懊悩の何時間をも、詩神のも
ケチを思いついたが、それはズボンのポケットに入れてあっ ぶしぶボタンを外したところ、彼の友人は平気でそれをぐい とばかりに引っ張ったので、詩人の身体はむき出しになってたことを思い出した。 しまった。 「あれはあっても同じことだ」そう彼は思い直し「大きなフ ス ーリンゲームはカラカラと笑った。「いささ ランスの飾りボタンがずらりと附いているから痛くて使えた 「ま、ま , つ」ノ ものではない」 か汚いけれども、なかなかによい身体をしておるな」 うわぎ 上衣、シャツ、靴下 , ーーこれらを犠牲にすることも彼には 「恥かしくて死にそうだが、この汚物では身体を隠すことも くちゅう 急いでくれ、こできなかった。一つには、衣類は棄て去ることができるはど ならぬ」詩人は苦衷を訴えた。「ヘンリー に十分ではなかったし、同時にこの上あの給仕女に汚れ物を んなところを誰かに見られては困るよ ! 」 「承知した。男であろうと女であろうと、たしかにその恰好洗わせるだけの勇気もなかった。「賢い男はいつまでも途方 皮ま、いの中で繰り返した。そして次に、 に暮れておらぬ、か」彳。 では長く純潔は守れまい。まことに誘惑的な眺めだもの」無 くりげ しつば 残なエベニーザーの姿にまた彼は笑い出しながら、汚れた衣背後の馬房に入っている大きな栗毛の去勢馬の尻尾のことを つか 服を掻き集めた。「では、失礼。君の従僕は、海賊に掴まら考えてみたが、その高さと位置からして、届きもせぬし危険 ぬ限り、じきに戻ってまいる。その間に、なんとか算段してでもあると判断してやめにした。「この事実は一体何をわれ われに教えるものであるか ? 」口をとがらせて彼は考えた。 身体をきれいにしておくことだ」 「それはすなわち、一人の人間の才覚はまことに貧弱なもの 「でも、どうやって ? 」 丿ンゲームは肩をすくめた。「よくよく探してごらんであるということだ。馬鹿や野生の動物は本能によって生き、 なさいませ、旦那さま。〈賢い男はいつまでも途方に暮れて経験から学ぶ。しかし賢者は他人の知性と生活から学ぶ。そ おらぬ〉と申しまする」そう一言うと彼は、分捕り品を受け取うだ、ケンプリッジでの二年間、それから父上の暑さしのぎ りに来るようにドリーの名を呼びながら、中庭を向うへ歩みのあの離れの家でヘンリーと共に過した六年間、あれが果し ちえ て無駄であったのであろうか ? 生れながらの智恵が救って 去って行った。 くれないならば、教育に救ってもらわねばならぬ ! 」 工べニーザーは、今のこの窮状から脱け出す方策はないか と、早速に身辺を見廻した。藁ーーー藁ならば厩の中にあり余そういうわけで彼は、記憶にある歴史を手始めに、救いの 手がかりを求めながら自分が習得した知識の中を探し廻った。 るほどあったけれども、この案はすぐに棄てた、手で握った 感触ですら良くはない。次に自分のホランド布の立派なハン「人間が過去の記録を尊重するいわれは」と彼は自問する。 わら からだ うまや
いのだよ。おまけにゲームそのもののためにおれ自身がすっ って、そのセイヤーが君に疑念を抱いていたと答えるだけで ヘン・プラッ かり変ってしまったから、昔のおれを知っておる者に今のおよろしかろうー・ー歳月は人間を変えるものだ。・ れは分らないだろうし、また、おれも分らせまいとしておるグも君を御都合主義の男に過ぎぬと言うておったし、君の従 のだ。彳 皮らにはおれが行方不明になったと思わせておいた方僕だって、君レ こいくら感心はしておっても、君の動機に得、い がよいのさ」 がいっていたわけではないこと、べン・。フラッグと選ぶとこ 「でも、アンナはきっと ろがないからな。それにまた、あのときのおれには、バー 「今のは君の第一問に答えただけだ」バ ーリンゲームは人さ ンゲームに対する君の気持なんそ分るわけがないだろう ? はき、 し指を上げながらロを挿んだ。「第二問の答えはだな、ロン君がピーター・セイヤーに語ってきかせたあの話、あれが君 ドンから船隊へ向かう人間が大勢おることを忘れるなというのいわば証文であった。あれを聞いたとたんに、おれは正体 と - も ~ ら ことー・ーわれらの輩のみならずクードの輩も、ひょっとしを現したのだ。もしも君の気持がああでなかったならば、君 たらクード自身もまじっておらぬとは限らない。あの場所での案内役はピーター・セイヤーであって、 ーリンゲームで おれが仮面を脱ぐは愚かなこと、いや危険ですらあったろう。 はなかったであろう」 うれ それに時間もなかった。おれが追い着くか追い着かぬうちに、 「・も , つよい〈刀っこ。 オたまらなく嬉しいよ。でも、あんたの おくびよう 君は出発したではないか。ずいぶん長いことおれは君に正体話を聞くと自分の臆病やものぐさが恥かしくなる。あんた 寺 ) ら を曝してしまった。これではもう船隊はおれたちを乗せすに の智恵に自分の無能は恥入るばかりだし。あんたはウエルギ 出帆してしまってるぜ」 リウス、しかもダンテにまさる力をもったウエルギリウス 「そうだ、その通りだ」工べニーザーは納得した。 ーリンゲームは笑って。ー・ー「君にさえ真相 丿ンゲームは小馬鹿にしたような声を出し 買「それに」 を知らせるのが賢明か否か、おれはまだ心をきめかねておっ た。「君は結構ウィットも持っておるのだね。それから耳も れんごく だ。のみならずメリーランドは地獄でもなければ煉獄でもな れたのだ」 ど 「なんだって ! 僕があんたの信頼を裏切ると思うのか ? 英国と同じく広い世界の一部というだけの話さ 酔 があるとすれば、土地が広大で、生い生いしいという点であ あんたはそんなに冷然と僕からたった一人の友人を奪うつも りなのかね ? えらい侮辱だよ ! 」 ろう、酔いどれ草のために干上がっておらぬところは。それ 「その第一の質問にはだな、あのときのおれはセイヤーであに、 統制や拘束が少なく、あるにしてもその力は弱い。であ やから
こと。先方へ渡ったらおれは、その一人一人を、どんな手段 「違うよ、エベンーーその紳士については今日でも当時と同 を使ってでも訪ねあてて、おのれの探しているものを必ず掘じく何ひとっ分らない。母のこともおれ自身のことも同様 り出してやろうと思ったのさ」 「なんだ、そいつは聞かせてくれない方がよかったな」工べ 「なるほど」工べニーザーは言った。「それで見つかったの ニーザーは舌打ちしながら言った。「それを聞いてしまって かぶり ーリンゲームは頭を振った。「おれの知る限り、今のメ は話が台無しになる。乗り出さぬうちから無駄だと分ってる 丿ンゲームという名の人間は、男にし探索なら ( いや、探索の話にしてもだよ ) 興味の持ちょうが ないではないか」 ろ女にしろ、ただの一人もおらぬし、またあの植民地が建設 ーリンゲーム されてからこの方、おったためしもない。それでおれは、続「君は途中をはしよらせるつもりなのか ? 」ハ は言った。「掴んだのはおれの祖父の消息だけさ。あるいは いて他の植民地の記録も全部探す決心をして、メリーランド を中、いに、ヒ 」と南へ交互に順次探して行こうと思った。とこ祖父だとおれが信じている人かなーーー少なくともその人のこ ろが長年の間には、下賜や勅許し こ数々の変更が行われているとは多少なりとも分ったのだ」 おそ 「なんだ、君は僕をからかっておるのだな ! 」 上に、内乱の不安が加わって、この内乱のれというやつが 丿ンゲームは頷きながら立ち上がった。「父のことは 同胞に対する税関吏の信頼をいちじるしく損なうものなんだ 前同様に何ひとっ分ってないよ。しかし、だからと言うて、 な。おかげでおれの仕事は思った以上の難事業さ。まずヴァ 一かのば ジニアを手初めに、その年の分から過去へと遡って行っ分る方に少しも近づいてないというわけではない。が、それ たのだけれど、クロムウエルの時代を過ぎないうちに、二週はともかく、その話はまた後のことにしよう」 「なんだって ! 怒ったわけではあるまいな、ヘンリー ? 人間の期限が来てしまって、おれはメリーランドへ出帆という たた ーリンゲームは答えた。「でも、われらが わけよ」ハ ーリンゲームは笑いながらパイプの灰を叩き落し 「違う、違う」バ の 草た。「もう二週間も思わしくない風向きが続いていてくれた御者どのが中庭で馬に馬具をつけておる音がしてるではない ど ら、大いにおれの希望を掻き立ててくれるものを何かしら見か。お若いの、ちょいと脚を伸ばしておいたらどうだ。それ から出立前に出すものを出しておくことだな」 酔っけ出していただろうよ。ところが実際は、見つけ出すのに 「しかし、今の話はまさかこれで打ち切りになるわけじゃあ この先二年近くも待たされたのだからな」 るまいね ? 」懇願の気持をこめてエベニーザーは言った。 「何だい、それは ? 父上の消息が分ったのか ? 」