、らっしやる」 る。道の向うから、年の頃は十二、三にもなろうか、埃を 「わたしをあなたの教師と申されるのならば、その授業料でかぶった田舎の子が一人、所在なげにぶらぶらと歩いて来た すがな」セイヤーは答えた。「詩の形でもってお支払い下さ が、馬車を避けて道端に立ち止まると、通り過ぎる彼らに向 ス らぬか。われらが議論の発端となった三行の詩文でもって」 かって手を振った。 「お望みとあらば」工べニーザーは笑った。「もっとも、中 味のほどは保証の限りでありませぬそ ! 作ったのは昔、。へ 「人々の奇態狂状神の創りたまいし ル・メルのさる酒場にあって、生れて初めてマラガの杯を乾 人間の姿とはよも田つまじ」 したところ、世の中が何もかも奇態で異様に見えましてね」 せき くちずさ 彼は咳払いをした セイヤーは吟んだ。そしてエベニーザーを顧みて悪戯っ ばい微笑を浮かべると 「人々の奇態狂状神の創りたまいし 人間の次女とはよも思 , つまじ 「さわれ放恣なる自然は休むいとまもあらで さわれ放恣なる自然は : もろき粘土をいたずらに鋳型にはめぬ 本当は二行半に過ぎないのです。それから先がどうであった これでよいのだったかな、エベン ? 」 か、きれいに忘れてしまったけれど、全体としては要するに、 われら人間は、はなはだ理不尽なる存在であって、とうてい 〈崇高なる知性〉の名誉となるものではない、 という意味な のです。わたしの知る限りでは、洒落もなければ一一一一口葉遊びも ありません」 シニカル 「子供にしてはまた、いたく冷笑的な見解ですな」 しやく 「酔っていたわたしには、そう見えたのです。癪だな、最後 の行がどうしても思い出せない ! 」 ひげ セイヤーは鬚を撫でながら眼を細めて窓の外を見やってい
人間はこの自然の主。あらゆる創造物は人がうけつぐもの。 、た。。フロードウェイの交通の波を横切りながら、ウイルへ つぶや だれ 一人の人間 きみは自分の内部に持っているものを知らない。 ルムは独り言を呟いた。タムキンがお説教をやるのは、誰か 一は創造するか破壊するかのどちらかさ。中間はない : にお説教をされたからだ。詩を見せた理由だって、おれにい ペ「あなたが初心者じゃないのはわかりました」とウイルヘルい助一言をしたかったからだ。。 とんな人間でも、何かいいこと ムは礼儀正しく言った。「ただ一つだけ言っておきたいことを知っているらしい。タムキンみたいなやつでもそうだ。多 があります。〈なぜゆえ〉は間違いです。〈それゆえにきみは くの人間が何をすべきかを知っているが、それを実行できる : 〉と書くべきですね」そして彼は、そこで ? と考えこ人間が何人いるだろう ? んだ。おれは賭をやったんだ。それにしても、おれを救うの ウイルヘルムは、自分がいいものを、幸せなもの、人生の きせき には奇蹟が必要だろう。おれの金がなくなれば、おれを破壊寛いだ静かなものを取り戻すことができるし、取り戻すだ するわナこ、ゝ 。しし力なくなる。けれども、タムキンは金を手に入ろう。またそうしなければならないと信じている。過失を犯 れたらごまかすわナこ、ゝ よ、。彼も金の仲間なんだから。 してきたが、それは見のがしていし 愚かではあったが、そ タムキン自身うまくいっていないきっとそうにちがいない れも許すことができる。空費された時間はーーあきらめなけ そういえば、小切手にサインをするときに血の汗を流したんればならない ほかにどうするすべがあろう ? 事態はすっ だから確かにそうだ。しかし、おれは何のためにこんなこと かり入り組んでしまったが、 もう一度単純に切りつめられる にまきこまれたんだろう ? 大地の水はおれの上で波打とう かもしれない。回復は可能だった。ます、このニューヨーク を出なければならない。 としている。 いや、それよりも先に金を取り戻さ なければ : 手 . 押車・、アコー一丁イオンとフィドレ ( ヴ , イオリンのこと。とくにカ ) 、靴磨き、物乞い、竹馬に乗った女のように動きまわる ほ、的・ 果物屋のウインドーのなかでは、氷をすくう小さなシャベ埃ーーーカーニバルのように雑踏する通りから、二人は仲買 ルを持った男が、野菜の列のあいだにくだいた氷を辛抱づよ会社の雑踏する細長い広間に入った。広間は前から後ろまで くふりかけていた。それに、ベルシャ・メロン、ライラック、。フロードウェイの群衆でいつばいだった。しかし、今朝はラ ードはどうなんだろう ? 廊下の後ろのほうから、ウイルへ 花のまん中があざやかな黒のチューリップもあった。町の騒 く、つど・つ 音が、少し間を置いて、空のさまざまな空洞から跳ね返ってルムは小さな字を読もうとした。ドイツ人の支店長は双眼鏡 力し めし くつろ
ふさわしく、二元論的発想の申し子なのである。 きな力を世間に及ばす様をいやというほど見せつけられ、考 彼の失敗と冒険の数々は、この発想法に帰因する。この世えを修正せざるをえなくなる。 の事象は、合理的に二分しうるほど単純ではなかったのだ。 偽装の達人バ ーリンゲーム三世は、最初からこれを理解す かんぶつ 彼はポルティモア卿を正義の士、クードを奸物ときめつける。る人物である。というより、もとより出自が不明であるから、 ところが、実情はその反対かもしれぬし、二人が結託してい彼には仮面の下に保つべきアイデンティティがないのだ。矛 る可能性も見えてくる。正と邪はつるみあい、抗争など、 盾した利益をもつ人物たちの姿に次々と変身しながら、彼は やボルティモア卿とクードという人物さえも実在せず、人々 工べンと反対に世間を操り、踊らせるのである。彼はエベン にいう。「君のいう常に変らぬ真のバ の思いこみのみが一人歩きしているのではないかと、彼は考 ーリンゲームは君の意 たど えるようになる。正義の道を辿っていたつもりが、いつの間識の中にしか生きておらぬ、世にいわゆる世界の秩序なるも にか悪に加担し、しかも正と邪の根元がつながっているのでのと同様に。君が見ているのは実はヘラクレイトスの〈流 たど 転〉の相 : あれば、エベンの道行は表裏の区別なきメビウスの輪を辿る : 」万物は流転し、無常だと考えるならば、仮面、 行為にも似ているのだ。 偽物、一時的仮の姿と思われたものこそ、その時の実体に他 しゅんべっ 白人種と有色人種の対立にしても、同様な様相を帯びてい ならない。外見と実体を峻別しようとする試みそのものが、 る。双方とも権力欲や肉欲や食欲に支配されていることには 間違っていたのである。 変りない。たまたま有色人種が搾取される立場に陥っただけ やがてエベンは蛇のように邪悪だと思っていた「経験」と なのだと、エベンは唐るに至る。人間の文明性と野蛮性は、等しく、彼が後生大事に守ってきた「無垢」も人々を苦しめ ほんの紙一重の差であって、いつでも互換可能であるのは、 るものでしかなかったと考え及ぶ。「無垢」も「経験」も罪 ヒリ ・ランプリーとアンナのエピソードが示すところであ深さにおいては同列にあるのだった。 る。 このようにエベンをめぐる「対立物」は、彼が深く関わる につれて、対立点、境界線を不明にしていくのである。世界 外見と実体という対立概念も、また、しかりである。ほと なぞ 説んどの作中人物は偽装し、他人になりすまし、逆に他人によは複雑で謎めき、不条理きわまりない様を彼に示すのだ。い って自分の名前を騙られる。まず、エベンは外見 ( 偽装の仮 いかえれば工べンの冒険とは、網の目のように絡みあう「対 面 ) の下に本物の実体が存在すると考える。だが、本物より立物」の中を進行し、「対立物」が実は幻影にすぎぬと発見 、つ . わさ も偽物が、そして実在さえ疑わしい噂のみの人物が、より大した時に終るのである。二元論的発想の放棄と共に、エベン カた まこと
ーザーは答えた。「人々に額ずかれる人間は、疾駆する羊のさるそのすばらしい都とても、ますはメリーランドみたいな 群にあって先頭をきる者、彼が群の歩調を定めぬことには全ものでございましようよ ! 」 いらだ 「どうも肝心なところが分っておらぬようだ」苛立たしげに 体が滅びてしまう」 「しからばあなたさまは、御自分の都を治めるおつもりでご 工べニーザーは言った。「臣下に詩を書くことを禁するのと、 ヾートランドは尋ねた。 イ、います・るか ? 」ノ 書く詩の性格を規定するのとでは問題が違う。おれの町では ーしかーし 「そうとも」工べニーザーは言った。二人は並んで腰を下ろ哲学者もすべて歓迎されるーーー反乱を起さぬ限り もた してうしろの崖に背を凭せ、漫然と海の方に眼をやりながらながら、彼らの神も詩人なら、彼らの国王も詩人、議員もす ポエトクラシー 話している。「作る政府のことを聞いて驚くな ! それは反べて詩人がこれに当る。つまりは詩人政治とでも言おうか , プラトン的な共和政体にするのだ」 ウィリアム・ダヴェナント卿がメリーランド統治のために船 「それは結構でございまするな、旦那さま ! あなたさまが出したとき、それは空しくついえたとはいえ、頭に描いてお 神さまなのであってみれば、ローマ法王なんそ何の必要がご ったものはこれであったに違いない。詩人国王だよ、 ランド ーしか・も き、い亠ま 1 しょ , っ ? ・」 なんと人を魅惑する想念であることか ! ートランド。プラトンはな、哲学者が国を支配 これは断じて愚昧な考えではない。哲学者と詩人と、いずれ 「 ( 理 , つよ、 さんび いずれが世間と すべきことを主張して、詩人はその政府を讚美する詩を作らが人間の心をよりよく読むものであるか ? ぬ限り、その国へは入れてもらえないのだ。詩人と賢人とのより緊密に調和しておるものであるか ? 」 あつれき き」かのば , 伐にはこの問題についてバートランドにりたいことがま 間の軋轢は遠い昔に溯るのだ」 ートランドは一一 = ロった。 「なるほど、その点に関しましては」バ 。こ、つば、に残っていた。それは朝から彼の脳中でゆっくり 人「イギリスも、それから他のどの国も、大差がございませぬと醗酵を続けておったのである。ところがこのとき、二人の 買 な。思慮の深い国王ならば誰しものこと、おのれを攻撃する蛮人が、いわば天からでも降って来たように現れて、槍を手 の きよう にして二人の前に立ったではないか ! 二人は年の頃がせい 草詩人を許しは致しますまい。ポルティモア卿にしても、あな たた たさまがあの方の政府を讚える詩をお作りになるのでなけれぜい十歳か十二歳ぐらい、大人になりかけの少年で、獣の皮 しかがわ 酔ば、お雇いにならなかったでございましようし、ジョン・クを纏い、鹿皮のズボンを穿いておる。肌の色はドレークベッ にカーのように黒褐色ではなくて、崖の色と同じ赤褐色、髪は ードがあなたさまの破滅のために働くのも、その詩を未然 葬るためではございませぬか ? いや、あなたさまがお話な短く縮れておるのとは大違いであって、黒くてくせのない毛 めか はっ : っ むな
つぶりとお眼にかけられましたのに。わたくしは自分の立場を短くカールしたポプ型がよいか、それとも裾をたつぶりと かぶ とったパルーク型を被るべきかでございまするが、普通の商 を心得ておりまする」 人ならば、流行などはどうでもよいから、自分の髪そのもの 「立場を心得ておるーー」 かっ、 ) う 「旦那さまがた高級な人たちが非常に尊重なさる、この揶揄を、働くのに便利なようにポ。フの恰好にこしらえまする。し げんがく し、これに十ポンドと二週間の暇を与えてごらんなさいま 冗談のたぐいや衒学的な話のやりとりでございまするが」苛か 立たしげに彼は続けた。「わたくしのような、少し離れたとせ、彼は店に出かけて行って、大きなフランス製のパルーク と、これに振りかける鬘用の粉をどっさり買って来て、自分 ころに立って全体を見ることができる紳士から見ますると、 くせもの のことを並の人間とは一味違った、したたかの曲者の仲間に その目的がはっきりと分るのでございます。つまりそれは、 ある問題についての相手の見解を探り、次にはそれよりも気入ったように考えるのが必定。それからそのような暇人が一 そろ のきいた見解をこちらが述べるためなのでございます。このダースも揃ったと致しまする。中で一番頭のきれるのが、 きち 点において、普通の人と機智の人との違う所はどこかと申し〈流行の暴虐〉に関する高邁なる御託宣を並べながら、ポプ せがれ ますると、普通の人間にはどういう立場をとるかが問題なの型の鬘を買って来る。そして自分は、商人の伜どもや、自分 の髪をポ。フの型にこしらえておる徒弟たちよりも一段上の、 であって、なぜその立場をとるかは毛ほども問題でないのに す パルークを被っておる連中の、そのまたはるかに上をゆく者 とういう立場をとるかを棄てお 反し、頭のはしこい人間は、。 いて、立場を守ることにばかり器用に頭を働かせる。それにであると考えるのでございまする。それよりもさらに一段上 に上りますると、裾みじか型の鬘をよしとする理屈のまやか 加えて、従僕ならば誰でも知っておることでございまするが、 人の話に上るものにはたいてい二つの面がもともとあるものしを見破り、それは形だけの実用性を装うものに過ぎないこ とに気がついた賢人の力によって、裾長型に逆戻り。御当人 人でございまして、機智の子の一段ごとにその一方の面だけ 買 ぎまん けんでん がまるで福音のように喧伝されまするけれども、その下の段は、裾みじか型の偽瞞性を白日の下に明らかにしたことによ の って、最高の賢人の名を与えられる。ところがそのまた上の 草と上の段では、もう一方の面が喧伝される」 さた 叱「機智の梯子だと ! そんな狂気の沙汰がどこにある ? 」工段階もございまして、どこかの哲学者の雄弁によってポプ型 よみがえ がふたたび蘇り、その上がまたまた裾長型、という具合に 酔べニーザーは言った。 続くわけでございまする。あるいはフランス問題の例でもよ 「世間にあるのでございますよ、旦那さま、狂気の沙汰が すそ たとえば、ロンドンで大問題の鬘でございまするけれど、裾ろしい。田舎の素朴な人間は、英国一辺倒で、フランスなん かつら
バース 730 ろうおく ものではない」 「現実のトロイの町がいかなる陋屋の集落であったか否か、 だれ 「そんなことはないな」にこやかにエベニーザーは言った。 誰が知ろう、はたまた知りたく思うであろう ? 」友人は答え 「今日の君はいやにからむではないか ! 」 た。「素材を駆使して高貴なるものを作ることこそ、詩人の 「あんたは四十歳に近く、僕はまだ二十八歳に過ぎない」卞 天才というものではないか。而して素材が賤しければ賤しい ほど、これを高貴なるものに作る力は、それだけ偉大でなけ冠詩人は言った。「しかも、経験にかけては、あんたは少な ればならないこともまた、論を俟たないところであろう」 くとも僕の三倍は豊富なものを持っておるに違いない かくのごとくに言われた詩人は、舌を打ち鳴らして答えた。 しながら僕は、無垢なりとはいえ いや、無垢なればこそ だーーー正義や、真実や、美に関する問題を裁く資格は、決し 「結局のところあんたは、あのイエズス会士にしてやられた と見なければならないようだな。あんたは彼の肉体を縛って、てあんたに劣るものではないと考える」 「馬鹿を申せ ! 」友人は声を荒げて言った。「世の人々がお 捕われの身としたかもしれないけれども、彼はあんたの理性 きべん を捕えて、イエズス会士流の詭弁的理性に一変させたとしかのれを裁く者を選ぶときに、自分たちの全員の中から最も年 老いた博識の人物をもってこれに当てるのはなにゆえである 思われない」 やゅ ーリンゲームは色をなした。この日工べニー この揶揄にバ か、世間をよく弁えておることが正義の第一の要請なればこ ザーのロよりからかいの言葉を浴びせられるのは、これが初そではないか ? 」 めではなかったからである。「あの司祭の肩を持つがごとき 工べニーザーはしかし、おのれの見解を守って譲らない ろう びゅうけん 言辞を弄するのは君にふさわしくないそ」船頭の耳に入るの「それもまた数ある世俗の謬見の一つさ」 しっせき イノセ おそ ーリンゲームは次第に募る焦燥の色を現しながら「〈無 を懼れて彼は、声を殺して叱責した。「おれたちはローマ法 イグノランス 王のために働いておるのではない。ポルティモアのため、正垢〉と〈無知〉の間に何の違いがあるというのだ、片やラ 義のために尽しておるのだ」 テン系、片やギリシャ系というだけのことではないか ? 本 「その通り」詩人は賛意を表した。「しかしながら、いずれ質において二つは同じもの、無垢とはすなわち無知のこと こ言えるであろう ? 正義は盲だ」 の側に正義があるものか、誰し 「それは、つまり」工べニーザーは即座に言い返した。「世 目だからな」 間に穢されておらぬということは、すなわち世間を知らぬと 「しかし、人間は盲目ではない。加うるに、正義は盲目と言 うても、それは利の目を持たぬ無私ゆえのこと、無垢ゆえの いうことだと言っておるに過ぎぬ。それに異を立てる者はお わきま
バース 396 「しかし、わたしの『純潔の歌』に何ほどかの価値があると「驚、こよ . しオオ ! 」工べニーザーは声を高めた。「それは重大な いうことに変りはないですよ。しかもその価値は、読むのが 問題ですよ、セイヤーさん。しかし、実を申しますると、有 せきがく ケンプリッジの碩学であろうと、無学な従僕の小僧であろう識の学者先生こそが詩神の声をありのままに聞き取るという と、上下することがない いや、その点では、読まれる読考え方に、わたしは反対なのです。あの詩を書いたとき、偉 まれないにさえ、関係がないですよ」 い先生たちのことなどわたしの念頭にはなかった 「なるほどね」セイヤーは肩をすくめながら言った。「例の「待って下さい。あなたはわたしを誤解しておる」セイヤー スコラ学派の提起した問題にそっくりですなーーー無人島の木は言った。「わたしが言うのは、学校教育の問題ではない。 もっとも、教育はマイナスになるとも申しませんけれど。わ は倒れるときに音を立てるか否か、なにしろ音の聞える人間 が一人もおらぬのだから、という、あれですよ。わたし自身たしが言うのは、人間の経験のことですよ、世の中に対する は何の意見もありません。ただ興味深い問題だとは思います知識です。本の中に蓄えられておるのと、実人生という手ご はら わい原文から直接学び取ったのと、両方を合わせましてね。 けれど。何しろ、いろいろと重大な意味を孕みながら、遠い ところで、桂冠詩人先生、あなたの詩は一つの泉ですよ 昔から議論されてきた問題でもあるし」 いや、そう一言うなれば、われわれのめぐり逢うものはすべて 「あなたの御意見は常にその興味という観念が根底になって これ、泉でないものはありません。われわれが泉の水を汲む おるけれども」工べニーザーは言った。「わたしの考え方は さかずき 杯が大きければ大きいほど、汲む水の量は多くなるし、わ ど , つも、価値とい , っ観ム心から出発しているらしい」 「いや、それならばともかく、話をし合う余地はある」セイれわれが水を飲む泉の数が増えれば増えるほど、われわれの ャーは微笑した。「ねえ、あなたの『純潔の歌』を聞いて、杯もまた大きくなってゆく。あなたの御意見に反対するとす トロイのプリアればですね、つまりあなたのように考えるというと、わたし どちらが大きな喜びを味わうと思います ? モス王とポヘミアのウエンツェル大公の区別もっかない給仕がかなりの預金を持っておる人間経験銀行が盗賊に入られて、 小僧の方か、それとも古人の通称俗称までを心得ておる大先有金残らず持ってゆかれることになるということ。わたしの 生の方か ? 純潔などということをついぞ聞かされたことも杯を無にするような人とは、共に歓を尽くす気になれませぬ。 ない野蛮なインディアンか、それとも純心無垢と聞けばきま要するにですね、わたしは詩人でもなければ批評家でもない って未通のおばこ娘を連想する道心堅固なキリスト教徒であし、一介の得業士というのでさえもない。若い時分に一冊か 二冊の本を読み、広い世間のほんのかけらほどを見たことが フつか ? ・」
すき とタムキンは一一 = ロった。 てもしいくらい隙のない調子でたずねた。しかし、ウイルへ 「扶養家族なしとなると、きみとか私とはちがって面倒はな ルムがこれ以上悲しみを想い出したくないとでもいうように 一くなるのさ」 ロごもると、タムキンはずっと同情的な表情をみせた。 タムキンに扶養家族があるのかな ? タムキンは、男が持「ええ いました。しかし、金の問題じゃありませんよ」 てるものはみんな持っているーーー科学、ギリシア語、化学、 「だといいがね」とタムキンは言った。「もし愛が愛だとす てんかん 詩、そして今度は扶養家族も。たぶん、癲癇持ちのあのきれると、その愛は自由なものさ。それにしても一万五千ドルと いな娘がそうなのだろう。あの娘は純粋で、すばらしい人物 いう額は、きみのように知的な人間が人生に要求しても多す で、世間のことをまるで知らない神のような子だとよく言っ ぎる額じゃない。馬鹿者どもや冷酷な犯罪者や人殺しどもが ていた。その娘を守り、嘘をついたのでなければ、その娘を何百万という大金をつかんで浪費している。あいつらはこの 畏敬していた。そして、もしその話をまにうけて勇気づけて世を焼きつくす。石油、石炭、木、金属、それに土。空気や やるとか、質問をさし控えておくだけでも、タムキンが言う空でさえ吸いとる。あいつらは浪費しておいて、利益を返さ ない。人生に対して謙虚であって、さまざまな感情を持ち、 暗示はますます大胆になった。ときには、その娘の音楽のレ ッスン料を出していると一一 = ロうこともあった。またあるときに生きようとしているきみのような人間が脳みをかかえてい は、弟が写真をとりに。フラジルまで出かける資金を用意してる」とタムキンはいつもの注釈を入れるような話しぶりで一一 = ロ やったと言った。そして、死んだ恋人の遺児の生活費を払っ った。「一オンスの魂を一ポンドの社会権力にかえようとし ているとも言った。何気なく独り言のようにさしはさまれるない、そういう人間はいまのような世の中じや他人の助けな しには , つ、まノ、いか、ない・ものき、。しかし、、い配す・・ることは、な それらの暗示は、繰り返されるうちにおおげさな話になった。 わら 「私ひとりなら、そんなにお金は必要ないんだよ」とタムキ い」ウイルヘルムは、この断定に藁をつかむ思いだった ンは言った。「しかし、男ってのは自分だけで暮らすわけに 「ほんとに気にすることはない。われわれはきみのいう額は はいかないもんで、私はある重要なことに金がいる。きみならくにこえるよ」 んか、やっていくのにどれくらいかかるものかね ? 」 タムキン博士はウイルヘルムを安心させた。商品取引で週 に千ドルもの額をかせいだことがあるとよく言っていたから 「税引きで、年に一万五千ドルはいりますよ。妻と子供が一一 だ。ウイルヘルムは取引伝票を調べたことはあったが、借方 人いるもんでね」 伝票があるはずだとはこのときになってもまだ気がっかなか 「ほかには誰もいないのかね ? 」とタムキンは、残酷と言っ ロ
んこ河馬め ! ウイルヘルムは不格好な足で食堂を立ち去るったり哀願したり、手を出してへまをやり、発作的に前進し いまら ときに、自分自身のことをそう言った。おれの誇り ! おれて人生という茨の上に倒れるように運命づけられるよりはま の燃え上がる感情 ! おれの哀願と弱体 ! 年老いた父とやだましだ。そして最後にはあの大海原の底に沈むーーそれは った非難の応酬ーーーそれにすべてをおおって広がる混乱。あ不運なのだろうか、それとも人生からの幸運な脱出なんだろ けいべっ あおれは、何と貧しい、軽蔑すべき、愚かしい人間であるこ とか ! そのとき、激しい非難をこめて「お父さんはご自分しかし、彼は父に対してもう一度怒りを覚えた。他の金持 の息子を理解しなきゃいけません」と言ったのを思い出した 、ことに使われる たちは、まだ生きているうちに金が何かいし まあ、何と時代がかった不快なことを言ったもんだ。 のを見たがるものだ。そうだとしても、おれを助けてくれな ウイルヘルムはまばゆいばかりの食堂を、さっさと出るわくていし しかし、そういうことをしてくれとおれは頼んだ こうふん けにいかなかった。ひどく昂奮していた。首と肩、それに胸ことがあっただろうか ? マーガレットなり、子供たちなり、 全体がロープできつく縛られたように痛んだ。鼻の中に涙のおれ自身のために、少なくとも、お金をくれと言ったことが 塩辛いにおいがした。 あるだろうか ? お金じゃなくて援助だけだった。援助でさ しかし、それと同時に、ウイルヘルムの中には自分でもそえなくて、ただその気持だけでよかった。しかし、おやじは れとなく気づいている深い部分があって、思考の中の遠くに 一人前の男はそういう気持をぬぐい去れと教えこもうとして ある構成要素から一つの暗示を受け取った。人生の仕事、本いるのかもしれない。感情の問題がロジャックス社でおれを 当の仕事ーー特別な重荷を運び、恥辱と無能とを感じ、押え困らせた。おれはあの会社の人間だと思っていたのに、ガー られた涙を味わうこと ただ一つの重要な仕事、至上の仕 ーをおれの上にもってきたときに、おれは感情を傷つけら 事がなされたという暗示だった。過失を犯すことは、たぶんれた。おやじはおれを単純すぎると思っている。しかし、お め人生の目的そのもの、ここに存在することの本質を表わしてれはおやじが思ってるほど単純じゃない。おやじの気持はど ついるのだろう。たぶんおれは、この地上にあって過失を犯し、 うなんだろう ? おやじはかたときも死を忘れないし、それ 日過失のゆえに苦しむことになっているのだろう 。バールズ氏でああいう人間になったんだ。そして、死が気がかりなだけ じゃなくて、金銭という手段でおれにも死を考えさせようと そや父は金銭を畏敬しているのだから、おれはあの連中よりも 上だ。それにしても、あの連中は精力的に行動するように運している。金がおれを支配する力を与えている。そんなふう 命づけられているし、そのほうが、わめいたり叫んだり、祈に自分からおれを強制しておいて、かんしやくを起す。もし
パス 902 だんろ しよせん ったスペイン式マスケット銃の込め矢を取って、煖炉の残り と豊富な水さえ与えられれば、所詮は不快なだけであって、 これを処理することが可能であるけれども、寒さは、その本火に灰をかぶせながらそう一言うて話を締めくくったときの様 質からして、生命とは相容れぬ性質を持っているのであると。子をエベニーザーは思い出した ) 。はるか前方から遠雷にも ジ 一熱帯的気候から浮かび上がる映像の核心にあるものは、蠢く似た磯波の響きが聞えて来る。船長は、三段に縮帆した三角 プメインスルひろ 繁殖の土壌、雨多き巨大な森林地帯といったものであるけれ帆と主帆を拡げることを命じ、みすからは舵柄を握ったが、 カオス ほあしつな ども、北極圏が象徴するところのものは、混沌であり、寂滅黒人たちが帆足綱や斜檣の動索の操作によって手一杯なる 、に一フン、にー冖」・十よ であり、生命と対立する物の印象である。ゆえに人々は ( と、を見た彼は、二人の船客を船尾に配置し、バー ーリンゲームはおのれに託された子供たちに語ったのであ測竿を持って水深を測らしめ ( 平底形のこの帆船自体の喫水 った ) 、清熱を語り、さまざまな感情や社会的関係を肯定的は三フィートに達せず、竜骨まで含めても、それを二、三フ に述べる際には、これを〈暖かい〉と形容するのである。生ィート上廻るに過ぎなかった ) 、エベニーザーには眼と耳と 命の代謝作用そのものが暖かくあればこそである。ところが、を開いて前方の危険を警戒するように言い付けたのである。 まえぶち けいべっ もろもろの事展帆された帆の前縁が風を受けて短銃を放つがごとき鋭い音 恐布、軽蔑、絶望、いと深き贈しみなどは 実や論理、分析、さらには改まった服装や作法は申すまでもを立ててはためき、その裾を縛りつけた重い円材が甲板の上 すさ なくーーーそれらがし力し尸 こ人司の生活経験の中深くに組み込まを凄まじい勢いで往き来した。錨索を引き上げて四つ爪錨の れておろうとも、人間の鼻孔はそこにいつも墓場の臭気のご力も舳を風上に保ち得なくなった時を見はからい、船長は舵 ときものを嗅ぎつけて、人間の言葉でそれらを語るときにをカの限り風上に操ると共に、三角帆を一杯に開いたために、 は、冷たさを現す形容詞を冠してこれを表現する。要する船はたちまちにして舳を左舷方向に外らし、二つの帆が二つ じゅそ に、炎熱とて汗を噴き出させ、呪詛の一一一一口葉を引き出しもするながら、弾けるような音を立てて風を孕んだとたん、船体は と 力いと - っ けれども、寒風は日常の外套やファージンゲールを貫くばか大きく傾いて檣も奪られるばかりとなり、錨が必死に引き上 りか、われわれの体内に残っている原初の人類の名残りそのげられた。しばらくの間は恐怖にみちたカの均衡が危うく保 たれておったけれど、エベニーザーはこのまま船が転覆する ものに刃を突きつけるものであって、われわれの魂の洞窟に けだもの 眠る獣の身を震わせ、深い毛に蔽われたその耳に「危険でか、風上に横腹を曝してしまうかするに違いないと思った。 あるいは檣とか、静索とか、もしくは静索の留め金とか、帆 あるぞ ! 」と囁くものを持っているのだ ( 微笑を浮かべたバ とか、そういったものが奪い去られてしまうのではないか リンゲームが、夏の離れを改造したあの部屋の、壁に さ、や どうくっ う 1 ) め ヘ、き さら すそ はら