答え - みる会図書館


検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

方さんが会釈して声をかけてきた。それに一一一 = ロ答えただけ 「先に帰っていよう。家の前で二人を待っていよう」 で、彼はそそくさとなかにはいった。狭い廊下を通って階段 彼はうきうきとつぶやいて、もう一度提灯を見上げた。 を一気に三階まで駆け上がった。廊下の薄暗い明りにすかし 「もう帰ろう。警報もすぐ解除になることだろうから」 かぎ ちゅうちょ てみると、部屋の鍵はまだかかったままだった。「間に合っ もはや躊躇することなく、彼は決然と歩きだした。 、。「まだ帰っていない た」三階の廊下にはほかに誰もいなし 街はふたたび息を吹きかえした。彼の気もそそろな目にも その動きが見てとれた。街は相変らず真っ黒な夜の網にとらんだな」 われていたが、 しばらく立っていると、誰かが上がってきた。隣室の公務 幾筋もの懐中電灯の光がその巨大な網の目を チャン あちこちで突き破っていた。街角で堂々とアセチレン・ラン員の張さんで、二つになる男の子を抱いている。子供はぐっ チアテンコワイウェイチ プを灯す者まで現われた。「嘉定怪味鶏」ä名 ) の屋台すりと眠っていた。張さんは、 「お母さまはまだお帰りではないんですか」 で、男がせっせと台の上を片づけ、もう一人の男が火を起こ まばゅ とおだやかに笑った。 している最中だった。その目映い光に引き寄せられるように、 早くも客が集まっている。無意識のうちにそこをちょっと見「ええ、一足先に帰って来たのです」 面倒なのでそう返事すると、張さんはそれ以上何も言わす やってから、彼はまた歩きつづけた。 に自分の部屋の方へ歩いて行った。その後から張夫人が上が それから通りをさらに半分ばかり歩いただろうか。だしぬ バーは、流行遅れのうえ って来た。色褪せた黒ラシャのオー けに目の前が明るくなった。両側の電灯がついたのだ。子供 や す たた 、磨りきれて光っていた。いつ見てもおだやかな顔は、痩 たちが手を叩き歓声をあげた。彼の、いもパッと明るくなった。 しわ くちびる せて青白く、額には何本も皺が寄って、唇はかさかさに乾 「夢、悪い夢だったのだ。それももう終った」ほっとして、 いていた。それでも、顔立ちが整っているので、二十六七に 彼は足を速めた。 なるこの女性は、やはり美しく感じられた。彼女は肩で息を 、こ。まもう開けてあった。まる 間もなく彼は家に着しオ尸し 門灯が黄ばんだ光を放っていた。二階の住人の、商家の番頭していたが、彼の姿を見かけると会釈をし、夫の後を追った。 ファン 、 ' アをあけ、 そして、鍵をあけながら何やら話しあってした。ド 液をしている方さんが、大きな腹をした妻君と立ち話をしてい うらや 料理人や家政婦がスプリング・ドアを出たりはいったり寄り添ってはいって行く二人を、彼は羨ましそうに見送った。 そのあと、彼は目を戻して自分の部屋を見、階段の方を見 している。 た。依然もとのままである。「どうしたんだろう」心配にな 「今夜もきっと成都ですな」

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

「飛べ、飛べ」彳 皮女を励ますかのような声が、彼女の耳もと かすかな物音が充満しているからだ。 でかすかに、繰り返し響いていた。転勤辞令が彼女の眼前で 「おれはひとりばっちだ」寂しくつぶやくと、不意に胸が迫 ランチョウ あふ 大きくひろがって来た。蘭州。二つの大きな字がいっか飛 り、また涙が溢れて来た。 金 あまがけ 巴行機に変り、彼女の頭のなかを天翔った。血が次第にたぎつ 「本当に行く者は行き、死ぬ者は死んでしまったのだろう てきた。自分に勇気が湧いてくるのを覚えた。そして、軽侮 か」身を切られるような思いだった。しかし答えはない。輾 のまなざしを彼の母親に走らせた。「あなたたちがいくら手転と寝返りを打ちながら考えた。「どうしてこんなに静かな を組んであたしに当 0 て来ようと、あたしは平気よ。あたしのだろう。夢を見ているのだろうか」そして、自分のの涙 あと にはあたしの道があるんですから。あたしは飛ぶのよ」 の痕にさわってみた。喉がむすむすして来て、咳きこんだ。 彼はだしぬけに布団をはねのけ、べッドから飛びおりた。 手探りで電灯をひねった。雪のような光に室内が照らし出さ れ、まぶしくてしばらくは目もあけられなかった。服を羽織 彼は布ろしい夢を見た。彼女が彼を棄ててほかの男と行っ ってテーブルの前に立った。なによりも先すべッドで眠って てしまったのだ。母親もどこかで死んでしまったようだった。 いる妻を見た。ほっとした。妻はロもとまで布団を引き上げ まっげ 彼は泣きながら目を覚した。目はまだ濡れていた。胸が激してぐっすり眠っていた。黒く長い睫毛は、眠っている彼女の たた しわ く踊っていた。太鼓を叩くようなその音に耳を傾けていた。 顔を起きているように見せていた。 額には一筋の皺もなく、 やみ 大きく口を開き、目をみはって、闇のなかから何かを見つけ十年前のように若々しい。自分の姿はと言えば、絹の綿入れ おもてじ いろあ あいもめん だそうとした。だが部屋のなかは真っ暗である。黒い幕に頭の表地はすっかり色褪せ、藍木綿の防寒着も白っぱくなって から全身すつばりとくるまれたみたいである。胸が詰り、田 5 いる。からだ中の骨がだるく、しくしく痛んで来て、痰のよ うように息もできない。胸の奥にはまだにぶい痛みが残ってうなものが喉にこみあげて来た。これでも彼女と同世代の人 まぶた いる。疲れた瞼を閉じたが、すぐまた開いた。怖ろしい夢の 間と言えるだろうか。おれは変ってしまった。これはいまさ 光景がまたも目の前にあらわれたのだ。 ら気がついたことではなかったが、この時は重い拳で胸を一 「おれはどこにいるのだろう」彳。 皮まとまどいを感じた。「死撃されたように思った。目がまわり、慌ててテー。フルに手を んだのか、それとも生きているのか」あたりには人の声はなついた しかし、まったくの静寂というわけでもない部屋には そのまましばらくして、プルッと身震いし、われ知らす首

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

た。もし夏なら、人々が辮髪を頭の上へ巻きあげたり束ねたす腹をたててしまった。 りすることは、もともとめず・らしいことではないが、しま 小も辮髪を頭の上へ巻きあげていたのである。しかもや かれいおこの はり竹箸を使って。阿 C はまさか彼までがそんなことをしょ 晩秋である。それゆえこの「秋、夏令を行う」という清景は、 辮髪を巻きあげた者にとってはたいへんな英断といわざるをうとは夢にも思わなかった。彼がそんなことをするのを許し 皮ますぐさまひっ 小 Q なんか何だ。彳。 えない。かくて未荘も改革と無縁だったということはできなておくことはできぬ , つかまえて、その竹箸をへし折り、辮髪を垂らさせたうえ、 いのである。 いくつか横っ面をぶん殴り、彼がおのれの身分を忘れてあえ 趙司晨が頭のうしろをすかすかさせながらやってくると、 て革命党になった罪をこらしめてやろうと思った。だが結局 それを見た人が大声ではやしたてた。 は見逃してやることにして、ただ眼をむいて睨みつけながら 「おお、革命党がやってくるそ ! 」 阿 C はそれをきいてうらやましく思った。彼は秀才が辮髪「。へつ ! 町へ行ったのはにせ毛唐一人だしオ その数日のあいだに、 を巻きあげたというビッグ・ニュースはとっくに知っていた けれども、自分もそれをまねようとは思わなかった。ところった。趙秀才ももともと、箱をあすかった縁故をたよりに自 がいま、趙司晨もそのようにしているのを見てはじめてまね分で挙人旦那を訪問しに行くつもりだったが、辮髪を切られ 一 : つき ) んかく たいと思い、実行する決心をしたのである。彼は竹箸で辮髪る危険があるので中止した。彼は「黄傘格」 ( ときロ側う傘。その ・の形になるように、 を頭の上へ巻きあげると、しばらくためらっていたが、やが , ) の手紙を書き、にせ毛唐に託して町へ持っ 行に書く手紙の形式 ていってもらって、自由党へはいれるよう紹介してはしいと て思い切って出ていった。 彼は街を歩いていったが、人々は彼を見ながら、しかし何たのんだのだった。にせ毛唐は帰ってくると、秀才に立替金 として銀貨四円を請求した。そして、秀才は襟に銀の桃をつ もいわないのである。阿 C ははじめは頗る不愉央だったが、 けるようになったのである。未荘の人々はみなおどろきうや 後には不満になってきた。彼はこのごろ、すぐ腹をたてるよ きしよう かんりん しゅう むほん 詔勅の草案を つかさどる官 うになっていた。実際には、彼の生活は謀叛の前にくらべてまい、あれは柿油党由党 同音 ) の階級徽章で、翰林 ( 」伝 にあたるものだと噂した。趙旦那はそのため急にいばりだし 正决してくるしいわけではなく、人々は彼に遠慮をし、店屋も 阿現金を要求することはなかった。しかし阿 c は自分は甚だ不たが、それは息子がはじめて秀才に合格したとき以上で、眼 遇であると思っていた。革命をした以上、このようであるべ中にはなにものもなく、阿 C に会っても、眼もくれぬ有様だ きではないと。そのうえ、小を見かけたので、彼はますま あき つ「 0 つば ・」と唾を吐いたたたた

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

少なくとも現在の生き方とは別のそ 果てしなく芝生を植えてあるけど、その芝生によもぎが生え故郷に対する彼女の ゅうひ たりなでしこが咲いたりするし、タ陽が赤々と燃えだす頃にれへの憧れがどんなに切実かをいまさらのごとく思い知らさ むくとり は、虫の音や椋鳥の啼き声がもの悲しく聞こえてくるのよ。れ、賢輔は一刻も早く旅費をこしらえてやらねばならぬ責任 ヌォルド 草原では牛が寝そべっているうえを名も知れない小鳥が、草をひしひしと感じながら、綾羅島と半月島の間の浅瀬へポー トを漕いでいった。島に近づくにつれ残くはなってきたが充 の葉をかすめるようにして低く飛びまわるし、村に面してい れも急になり、それに逆らってポートを岸につける手頃な場 るほうには粟、きび、とうもろこしを植えた畑が連なってい あらが て、野良仕事をしている村娘の二人や三人、いつだって見か所がなかなか見つからなかった。早瀬に抗いながらしばらく けるわ。夏の間は毎日、甥と一緒に山羊を牽いてその堤防伝漕ぎ進んでようやく、それとおばしい岸へポートを接岸させ いに歩きまわり、際限もなしに草を食べさせるの。港町からていった。 まったけ : も , っちょっとすると、 「秋の初めは松茸のシーズンでしょ : 出発した国際列車が山角をまわりながら鳴らす汽笛が、いっ 松洞へ松茸の初物刈りにでかけていく村人の姿が、堤防の道 までも尾を引いて響き渡ると、草を食んでいた山羊が不意に ひげ にちらほらと見え始めるはすだわ。こんもりと土をもたげて 角を立て、髭を震わせながらめえええ、めえええとひとしき り取り澄ました鳴き声を上げたりするのよ。私が村のすぐ前顔をのそかせる松茸を見つけたときの喜び ! 臂にし に伸びているあの堤防を、ふるさとのあの草原をどんなに愛刈り取って家族たちと堤防の道伝いに帰ってくるときなど、 からだ しているか。どんなに懐かしく思っているか、だれにもわか身体中にたつぶりと松茸の香りが沁みつくのよ。松茸の初物 の香り ! オニールの『鯨』の中のライラックの香り以上に、 らないでしようね」 南竹が長々と故郷の光景を描写して見せる声は、舞台で演私にとっては懐かしいものだわ」 話を聞いているうちに、まだ見たこともないところであっ じているときのそれとはまた別の感動をともなって、静かな たと かす 水面を思いのままに流れていった。微かに聞こえてくる屋形たが、賢輔には、彼女が語る故郷が彼にとっても、譬えよう もなく懐かしい場所のように思われてきた。砂地が見えてい む船のレコードの音楽が、もしも俗つばい流行歌などではなく がシンフォニーか何かだったとしたら、それを伴奏に彼女の科る岸辺にポートを漕ぎつけ、洩瀬に乗り上げようとしたので、 白も、一言一言が美しい「田園交響楽」のように聞こえたこポートが激しく揺れたものだから、それまで故郷の思い出に とだろう。 ばかり耽っていた南竹は、はっとわれに返った様子だっこ。 立ち並ぶはこやなぎの間々にすすきが茂っていて、一気にそ 南竹の「田園交響楽」に聞き惚れたわけではなかったが、 あわ 。あ一一が

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

ても、無関心であった。 彼女は自分はこれからは自立して生きていこうと決心し、 妬み深い女、ウンム・アリーはアヘンが彼をこのように変恥じらいのべールを払い取り、彼と正面から向き合ったが、 えてしまったのだと言った。だが今や亭主のことをよく知るその夜ほど忌まわしい夜はまたとなかった。あんなことをせ ばうぜん に至った彼女はアヘンは苛立ちゃ、茫然自失や、自閉的傾向ずにおけばよかったものを ! 彼は彼女が洗いざらい吐き出 を引き起こす効果があるが、その原因とはならぬことを知っ し、もはや涙しか残っていず泣き崩れるのをじっと聞いてい ていた。原因は彼女一人ではそこへ到達できかねる、もっと たが、彼女が知っている父方の叔父の息子であり、彼女の夫 大きくて、果てしなく遠い処にあった。 であるアッパ ースではなく、一頭の獣となって彼女に襲いか もと ひご つか 人々はこのアッラーの神の庇護の許にあって、アッラーのかり、彼女の肉に深く爪を立て、両手で彼女を掴み、今しが 被造物として無事に生きているのこ、 レいったい何事が彼の身た彼女が言った言葉にこれまで聞いた中で最も汚らしく、卑 に起きたのか ? 彼女は自分自身に原因は邪視、他ならぬウ しい一一 = ロ葉で返答を返した。それらの一一 = ロ葉はその夜まで彼女が ンム・アリーによる邪視だと言い聞かせた。そして彼女の着聞いたことのない一一 = ロ葉であり、彼がそんな一一 = ロ葉を知っている ちょうだい 物の裾をこっそり頂戴し、それに呪文を唱えてから燃やし、 とも、ましてやロに出して一 = ロうなそとは思えない類のもので 長老や宗教的権威 その道の霊験あらたかなシャイフ ( ) のところへあった。 者に対する尊称 きと、つ のど 行き、祈疇代を払い、黒 , い鶏の喉を切ってしめ、あるだけの彼女を殴り、めちゃくちゃにし、殺してしまうことから何 すべての治療法をやってもらった。だがそれにもかかわらず、が彼を阻止し得たのか、彼女には分からなかった。並の理由 彼の容態は悪化するばかりだった。 などでは、実際に手を下す前から結末がどうなるか決まって 特に彼は夜、床を一緒にすることを嫌い、彼女には一人寝いるような人間の手を止めさせることはできないはすだ。 の長い時がすでに過ぎていった。彼女は彼が魔法をかけられ何が彼女の腕の肉に爪を立てたままにさせ、その手を振り ているために、自分に触れようとしないのだとさえ思った。 挙げて鉄のような拳を彼女の上に振り下ろさせ、彼女を打ち 官彼女は彼を邪視の呪いから解こうと努め、それ自体はうまく壊してしまうことから阻止させたのだろうか ? 彼女にはそ ことを運んだが、にもかかわらず、彼はかって彼女が知っての答えは分からなかった。だが自分は新たに残された生涯を 黒 いた変わらぬ部分を僅かにとどめる故に辛うじて彼と分かる生きるべく運命付けられたことだけは確かだった。 だけの別人で、彼女を遠ざけ、彼女の存在を感じ取りもしな 彼はあの夜のような夜を、その時彼の行為は行き着くとこ ければ、それに気を配りもしなかった。 ろまで行ってしまうのであろうが、再び待っているようであ たくい

6. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

私は今通過したばかりの店をよく見ようと、子供たちにぐ うで、堰を切ったように話し始め、時には自分の目でも見た おに、がス尢大 . 如 . るりを取り囲まれながらも後戻りしようとした。、 が、友だちや同僚からも聞きもしたと言って、自分の話が嘘 いつもの重々しさを捨て去り、私の腕を掴み、異常な興奮のでないことを証拠だてながら話した : : : 当時の総理が県庁で 一さまで自分の方に引き寄せようとする彼を見て、私は仰天し どのように彼を目に止め、気に入り、彼を警備陣に加えたか、 彼は何かの理由で秘密を明かす気になった子供のように、 また彼を一目見、ちょっと接触しただけで、彼こそ探してい 一と イ たものだと覚ったか、また彼には酷さと石のような心がふ 私の耳に囁い その庁舎で黒い警官が朝から暮れ方まで殴っていたのんだんに備わっていることを如何に見抜き、総理が彼を政治 は誰だか知ってるか ? え、誰だと思う ? 警察へ贈物として差し出したかについて話した。アッパ 一瞬、我々の視線が交差した。私はその中に答えを思い当は実にありがたい贈物であった。というのは政治犯を殴るこ てていた。すると脱に入ったような笑いを帯びた光が、彼のとで知られた連中すべての中にあって、彼は誰よりも残忍さ 目から放たれた。それを確かなものにするように、彼の口かと職務への献身の点で優れていた。その献身は命令の執行に ら言葉が突いて出た。 おいてのみならす、執行のための最も冷酷かつ効果のある手 それは俺だったんだよ。 段の開発においても見られた。聞くところでは、彼は殴り始 さらに想像し難いことが起きた。というのも、彼は私の手めると意識が遠のき、正気を失い、酔漢あるいは狂人のよう こ , っ = = ロ を離し、私の許を離れてアプダッラーの方へ向かい、 になり、誰も彼を彼の犠牲に供されたものと二人だけにして ったからだ。 はおけなくなるのだ。彼が殴る時には、二人の監視人がつく ースが相手を敢なくさせてし ふん、それでアプダッラー、お前はそのほかに何をア必要がある。その任務はアッパ ース・アルザンファリーから聞いたんだ ? まう前に、被疑者を引き離すために中に割ってはいることで ースからの抵 ア。フダッラーは自分のポスの方へ不審の目を向けたが、そある。彼らは大変な骨折りを強いられ、アッ さら っ れは不安と心の動揺へと転じていった。そして彼は何かに怯抗に曝されながら、時には彼の上に群れを成して襲いかか かせ えたかのように黙り込んだ。シャウキーはどうしても知りた たり、枷をはめて彼の動きを止めたりしながら、やっと引き いのか、相手を追いつめるように言った。 離すことができるというふうだった。それ故、この監視役の その他に、何を聞いたんだ。言ってみろよ。 二人の人間には常に屈強な警官が選ばれた。にもかかわらす、 アプダッラーはついにその時が来たことを覚唐したかのよアッパ ースがこの二人に対して暴れ、犠牲者の引き渡しを拒 おれ せき あえ

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

させず、心の平静を保っための一つの方便です。わしらがそめに巻き上った追風を顔にうけたらしく、かれは起き上り、 つぶや みは ばをとおるとき、人々がどんな反応を示そうとも首を垂れ、目をこすって瞠ると「とんでもねえ夢だ」と呟きながらかぶ 視線も下に向け、、かなる音も立てないように。市外に出るりを振ってくすおれ、また眠りにつくかに見えたが再度上半 までには、厭でも山のような人の群と出会うことになります。身を起して、立去るわしらを見送っていた。わしらがとおり おい、髭おやじ、また わしらの姿をみれば、みんな必ず騒ぎ立てるだろうが、何事過ぎてから、アルフォンスは「おい、 会ったな。夢の中まで付き纏おうっていうのかい。おやおや、 にも気をとられてはなりませんそ。」 前もって、これだけ注意を受けていてよかった。というのこいつは何だい」とわしを指さした。 「トラですよ。」 は、わしらが校長室の外に出ただけで大騒動が巻き起り、 「同じトラなのかい。それとも違うトラなのかな。」 人々は雪崩れるように逃げ惑ったのだから : : : しかも、我が なぞ 「同じトラだが、違うトラですわい」と、師は謎めいた答え 師は既に次のような警告を発しておかれたにもかかわらす、 である。「これからトラを連れて外に出ます。布いと思う者を返された 旦し、もう一度保証するが、ラジャ「何だと ? ああ、そうだ。もちろんそうだとも」と、わけ は近づかないで下さいイ そば は決してどなたにも危害を加えません。ラジャがあなたの傍もわからす男は呟、た。 「なんならトラに触ってみたらいかがかな ? 」 をとおりますが、ネコがとおるのと何の変りもありません。 「厭なこった。とっとと失せやがれ。」腹立たしげに手で追 わしを信じて下さい。それのできない人は遠くへ行って下さ い払うと、かれは眠りの世界に再び戻って行った。 れ。暫く時間をあげるから、いずれなりともご自分でお決め なさるがよい。」愈々ドアを開くとき「びったり後について 来るのですそ」と念を押された。師は校長室から外に歩を運 行者がトラと一緒に校門に姿を現したとき、行き交う人々 にばれる。わしは師の後に従った。誰一人として目に入らす、 たちすく こうふん亠こ亠こや デあらゆる方角から、声を潜めて取り交される昂奮の囁きが耳は化石のように立竦んだ。自転車も自動車もトラックも、ウ シの曳く荷車も、みんな大急ぎで脇に寄せられた。野良イヌ に入って来た。回廊はがらんとして人影もなかった。もっと マ も回廊から降りる段石にアルフォンスが横たわっていたけれどもでさえ弱々しく鼻を鳴らしただけで、橋の下に潜りこん 、、こ。市匠の忠告どおりトラは視点を下に向けたまま、後に定 一言も仰せられずに我が師は速足で進まれる。アオ自 かす って行く。行者は速足で市街をとおり抜け、マーケットの入 ルフォンスの近くを掠めるように通らねばならない。そのた わき

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ってゆく。われわれのはうでもこれでは彼らに頼るわけに、 らせるだろう。私自身、ばろを纏い、破れたサンダルを履い かないことに気づく。穀倉ははとんどからつば、主力部隊はて、杖にすがり、背中に荷物をかついでは、そんな長旅を生 きよ、つえん 煙のように消息を絶ったとなれば、ひとたび祭りの響宴が き延びられるとは想像できない。そんな長征に私の心臟はも 工果てたあと、彼らをつなぎ止めるいったい何があるだろうか たないだろう。このオアシスを離れてどのような人生を私は 冬期の旅の厳しさゆえにわれわれを見捨てて撤退することを望むことができようか。毎タ暗くなってから裏通りの間借り クちゅうちょ 躊躇してくれないかというのが、われわれのせめてもの願の部屋に帰り、徐々に歯が抜け落ち、家主の後家に扉ロでく いである。 んくん臭いを嗅がれる、首都の貧乏な帳簿係の人生か。もし それというのも、忍び寄る冬の兆しが至るところに感じら私もこの脱出行に加わらねばならないとしたら、そのときは、 れるから。朝のまだ早い時刻に北のほうで冷たい風が立つ。 いつの間にか行軍の列から落伍して、岩陰にへたりこみ、最 鎧戸がきしみ、眠っていた者たちは丸く縮こまり、番兵は外後の大冷気が足を伝って心臟へ這いのばってくるのをじっと 套をいっそうきつく身に引き寄せて寝返りを打つ。幾夜も私待つ、み深い老人のひとりとしてであろう。 ずだぶくろ は頭陀袋のべ ッドの上で震えて目を覚まし、そのあとはもう 眠ることができない太陽は昇っても日ごとに ~ ギ、かるよ , っ に見え、大地は日没前にすでに冷え始める。私は想像してみゆっくりと広い道を歩いて湖岸へ向かう。前方の地平線はす る、旅人の小護衛集団が、数百マイルもの道に沿って点々とでに薄暮にひたって、灰色の湖水と見分け難くとけあってい 連なりつつ、誰も見たことのない母国をめざして手押し車をる。私の背後では太陽が金色と深紅の光の縞を放射しながら 押し、馬を棒でつついて進め、わが子を背負い、糧食に気を いままさに沈もうとしている。用水路からはこおろぎの最初 配り、毎日毎日、道具や、炊事用具、肖像画、時計、おもちの鳴き声が聞こえてくる。これこそ私の知っている世界であ 、つ・ゅ↓っ や、その他なんでも、財産の烏有に帰すのをおそれて折角連り、私はここを愛し、ここを離れたくない。青年時代から私 び出した一切合財を路傍に捨てて行くうちに、ようやく身ひは夜間この道をすっと歩いてきて、いちども危険な目に遭っ てき ち。ようりよ、つ とつで逃れられれば上々ということに気がつく。 たことがない。夜間は夷狄の影が跳梁するなどとどうして もすれば天候は当てにならなくなり、もっとも厳しい季節が信じられようか。もし見知らぬ者がそのあたりに潜んでいる はじまるだろう。冷たい北風が終日吹きまくり、植物は枯れ、としたら、私は直感でそれがわかるだろう。夷狄は羊の群れ ひょ、つ 広大な高原から砂の海を運びこみ、突風に乗せて雹や雪を降を連れて山間のもっとも深い谷へ引きこもり、兵隊がいやに

9. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

「しかしね、佩珊。じっくり亠丐えれば、ばくのい , っことがま 珊の服がはためいた。佩珊はうなだれて、水に映る木の影を 見ながら、片手で服の端をいじっていた。やがて彼女は顔をちがってないってわかるはすだ。彼らに認めさせるのは、天 にのばるよりむすかしいんだ。駆け落ちでもしないかぎり、 あげ、新籀の顔を見つめた。その目は「どうするの。こんな ふうで」と問いかけているようだった。新籀はほほえんだまきっといっかきみは結婚させられる。そうだろ。でもきみは 駆け落ちしたら、とても耐えられないし、ばくだって逃げま まだった。 ポートは柳の木々の垂れた枝の下を通りぬけているところわるのはいやだ」 「ねえ、ねえ、おかしなこというわね。まるでわたしたち、 だった。舟べりを葦のたぐいの葉がこすって、ザーザーと音 をたてた。佩珊は弱々しくため息をつくと、からだを前にす何もなかったみたい」 「そう、たしかにばくらは関係があった。でも佩珊。それが らし、頭を新籀の膝に載せた。オールは水中からひきあげら きみは以前とおなじきみで、何も欠け なんだというんだい。 ホートはゆるゆるとただよった。 れ、舟べりに寝かされた。 : てやしない。きみの唇は以前同様赤いし、手もやわらかいし、 佩珊は足を高くあげて、あまえた声で笑った。 目もよくものをいう。きみはいまも十分若くてきれいだから、 「ともかく、なんとかしなくちゃ・ : なんとかして ~ 孫甫に、 未来の正式の夫に満足してもらえるし、きみ自身幸福になれ わたしたちのことを認めてもらえばー・ - ・ーそれでいいの」 うるんだ目で新籀の顔る。そうじゃないのか」 佩珊はとぎれとぎれに小声でいい 佩珊は思わす笑いだした。新籀のいうのももっともではな を見つめた。 佩珊くらいの歳で、そのちつばけな魂がほんとの意味 「ねえ、ねえ、どうしてだまってるの。聞いてるの。 ~ 孫甫 に認めてもらえないかっていってるの。どうしたらいいカの恋愛なんかに目覚めているはすはなく、すべては子どもっ ばい遊びにすぎないのではないか。長い柳の枝が佩珊の顔を なでた。彼女は手をのばしてその枝を折り、ロにくわえて噛 「 ~ 孫甫は説得できる人じゃないよ」 んでから吐きだした。またころころと笑いながらたずねた。 「それじゃ、わたしたちどうなるの」 「それじゃ、だれが、わたしの正式な夫なのかしら」 夜「なるようになるさ」 「それはまだわからないね。ひょっとすると博文かな」 子「なによ、なるようになるなんて。いつまでひきする気 ? 」 「でも、あんたのおじさんの学詩と結婚しろといわれてる」 「どうにもならなくなるまで。きみが正式に結婚するまで」 「それはよくない。学詩なんて、天下一のつまらん男だから、 「まあ、ひどい」 あし

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は与えようがないのさ。でも、さっきの彼女はちょっぴり詩 「いや、わたしは絶対いや。ねえ、佩珊、佩珊」 「あなたは、はかの人とはちがうかもしれないわね。歳をと人的だったな」 っても、脱皮して生まれかわってーー・あら、素、そんなにも最初、佩珊はほほえんだが、最後のひとことを耳にすると、 みくちゃにしないで。髪がめちゃくちゃになるじゃない。ね急に冷たい目を博文に向け、ふんと鼻を鳴らして、カなくそ の場をはなれた。すぐに博文は、誤解をまねく話だったこと え、ねえ、はなして」 に気づき、いそいで追いかけて、佩珊の肩に手をかけた。だ 「平気よ、あしたまた Beauty Parlour に行けば、いでしょ 、佩珊は腹だたしそうに博文の手をふりはらって、右手の ねえ、佩珊、佩珊、どうしても死ぬんだったら、わたし、 奥の戸口に逃げこみ、バタンとドアをしめた。一瞬たじろい 過度の刺激で死にたい」 ドアをあけて、 た博文は、それでもいそいであとを追い 佩珊は悲鳴をあげて、素素の目を見た。その目は異様な興 「佩珊」と声をかけた。 つもとはまったくちがっていた。 奮に輝き、い 「そう、過度の刺激よ。過度の刺激で死ねたら、最高じゃな佩珊がドアをしめた音で、素素はわれにかえった。頭をお こしてあたりを見まわしてから、また目を落とした。長方形 でも、きようの大旦那さまみたいな過度の刺激は、絶対 りんずちっ にいや。もっとべつのじゃなくちゃ。大あらし、大噴火、大のひくいテープルにおいてある、黄色い綾子の帙の『太上感 地震、宇宙の爆発といった強烈な刺激、大変動よ。ねえ、す応篇』がまっさきに目にはいった。彼女は手にとって、あけ しゆけい てみた。朱罫刷りの上質紙にていねいな楷書。巻末に、ご老 、こいじゃない、す・ばらしいじゃない」 ばつぶん そうさけびながら、素素は佩珊をはなして、一歩さがり、体が「甲子年、仲春」に記した跋文がある。 「余、すでに文昌帝君の「太上感応篇』十万部を復刻して、 揺り椅子に身を沈めると、両手で顔をおおった。 ひろく頒布せるも、さらに手ずから全文を録し : : : 」 立ったままふたりの話を聞いていた玉亭と博文が笑った。 素素の意外なふるまいにおどろいたのだろう。佩珊がばかん素素は思わず笑い声をあげた。さらにそのさきを読もうと としているのを見て、博文が近づいて手をとろうとした。佩したら、不意に頭のうしろで声がした。 「呉ご老体は、まさに信仰があり、主義があり、終始一貫し いたすらつばい目 珊はびくっとしたが、博文だと気づくと、 夜 ていたというべきだね」 子を向けた。博文は右手の親指を立てて、素素のほうを示し、 玉亭だった。彼は , 素が坐っている椅子の背にもたれて、 小声でいった。 たばこを手にしていた。素素は首をまわして、ちらっと玉亭 「わかるかい。彼女がもとめている刺激を、『灰色の教授』