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検索対象: 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ
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1. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

すかさすそういって、猿庵は雲卿の前に腰をおろした。だ足早に部屋にもどり、からだをソフアに沈めた。 が雲卿は笑うともなく唇をゆがめ、急に口調を変えた。 眉根をぎゅっとよせて、彼はさしせまった用件について考 「庵、やつばりまともな話し こもどしましょ , つや。公債相場えをめぐらそ , っと思った。ところがおかしなことに、頭に浮 茅ま前線の勝敗にかかっていると、あんたはおっしやったが、 かぶのは三つのことばかりだった。きれいな娘、だいじなお かぎ そうばかりでもありませんな。大手の操作も重要な鍵です。金、簡単にひっかかる伯韜。彼はむかっ腹がたって、自分で 相場をひっくり返すこともできるんですから。伯韜はーーーフ自分の頬をはたき、歯をくいしばってひそかに自分をどなり 力いー ) ・よ - っ ン、どうすればやつの秘密がさぐれるか。慎庵、あんたは術つけた。「この甲斐性なしの老いばれめ。とんでもない話だ 策にたけた人だ」 慎庵はわざとおまえをからかいに来たんだそ。だいたい 原庵は答えす、眉をあげてからからと笑った。彼は、雲卿清から民国まで役人だったやつらは、イヌにも劣る連中だ。 が不本意な話をしているだけだと見すかしていた。自分のさ この馮さまは、りつばな地主、由緒正しい家柄じゃないか。 この老人は気持がうごいているくせに、体面上認め何なんそのでたらめを耳にして、心がふらっくなんて , ーーま たくないだけなのだ。ひとしきり笑ってから、彼は立ちあが ともなのは、やつばり土地をたよりにすることだ」 子′子 / 子 / そこでようやく気持が軽くなり、背筋もいくらかびんとし けんそん 「ご謙遜、ご謙遜。あなたもなかなかのもんだ。まあ、よく た。でももうひとっ気になることが頭にこびりついてはなれ 考えてみることですな。ではまた」 なかった。農民暴動だ。数千畝の良田がいまや彼の手からは なれてしまったというのに、税金は彼が完納しなくてはなら 雲卿は門までおくってひきかえし、せまい中庭に立ちどま ない。彼は顔をしかめて首をふり、立ちあがってあたりを見 って、鉢植えの赤いつつじと金魚鉢をばんやり眺めているう まわした。自分がまだ央適な部屋にいることが信じられなか ごうおん ちに、笑いがこみあげてきた。、 たが、笑い声がひっこむと、 った。彼はかすかに天地がはり裂ける轟音を耳にした。その ばたばたと涙がこばれた。彼は二本の指でまぶたをおさえた。 音はしだいに近づき、しだいに耳にせまった。 涙がこばれたなんて信じられないというように。と同時に、 たがいつまでも妄想にふけってはいられなかった。門扉の うるんだ目に幻が浮かんだ。赤いのはつつじではなく、娘の金具をたたく音がひびきわたったのだ。 , 。 彼まびつくりして、 えくばで、その横に高々とそびえたつのは、金貨のつまったわれしらす部屋を飛びだし、扉のすき間からのそいてみた。 壺なのだった。やがて幻は消えた。そっとため息をついて、訪問者が公債の欠損をとりたてる韓孟翔でもなく、取引所の

2. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

499 寒い夜 チェン の部屋からは物音一つしない。耳をすませると、傍で妻の安せんからね」 熱いものがこみあげて来 やさしい声でそっと言いかけた。 らかな寝息が聞こえる。よく眠っているようだ。「何時だろ たので、下唇をきゅっと噛みしめ、身をひるがえしてべッド う」自分で自分に問いかけてみた。答えることができない 一瞬ためらってから、 「彼女が寝過しはしないだろうか」そう考えて、自分で、「このそばを離れかけ、また振り返った。 机の前へ行き、紙を一枚出して万年筆で何行か走り書きし、 んな暗いのだから、まだ早いのだろう。遅れる気遣いはない。 陳主任が迎えに来るのだから」と答えた。「陳主任」と考えインク瓶でおさえると、トランクを一つさげて部屋を出た。 こんば、つ 何分間か彼女が廊下から階段を降りかけた時、彼が突然夢のなかで た時、真っ向から棍棒の一撃を喰らったみたいに、ロ ばうぜん ワッと叫んで目を覚した。彼女の名を呼んだ。大きくはなか 茫然としてしまった。何かが胸のなかで燃えさかり、頬が、 せいさん ったが、凄惨な声だった。彼女が自分を棄てて立ち去って行 額がかっと熱くなった。「彼はどこをとってもおれより上だ」 く夢を見たのだ。それで彼女を呼び戻そうとしたのである。 嫉ましかった : 彼はきよろきよろと彼女の姿をもとめた。ドアが開け放し そのうちまた、彼は眠りに落ちた。しかし、彼女が突然目 を覚した。べッドからとびおり、電灯を点けて腕時計をのそてあり、電灯がまぶしい。彼女の姿はなく、トランクが一つ 部屋の中央に置いてある。瞬間的にすべてを悟った。さっと いた。「あっ」低く叫んで慌てて身づくろいした。 ホタンもかけす・、トラ 起きなおると、急いで綿入れを着た。 : 突然、窓の外で自動車のクラクションが響いた ンクをさげて急ぎ足で部屋を出た。 「あの人だわ。早くしなければ」 声を忍ばせて自分を急き立てた。そそくさと化粧を済ませ、階段の上まで行かぬうち、腕がしびれ、足が重くなって来 ッドへ目をやった。 , 。 彼まぐっすりと眠っている。「起こすた。歯を食いしばって、階段を降りはじめた。階段には明り がなかったし、ボタンをかけなかった綿入れの裾が足にから ことはないわ。せつかくよく眠っているのだから」そう思っ まるので、早く降りることができなかった。二階の踊り場ま 母親の部屋を見た。ドアがびたりと閉ざされている。 「さようなら」小声で言った。二つのトランクをちょっと持で行った時、二人の人が急ぎ足で上がって来た。懐中電灯が まくら まぶしかったので、目を伏せた。 ち上げてみて、すぐおろした。小走りに彼の枕もとに行った。 「宣、あなた起きたの」 彼は壁の方を向いて、鼾をかいている。それを眺めたまま茫 上がって来た一人が叫んだ。親しい声がはすんでしオ 然と立ちすくんでいた。窓の下でまたクラクションが鳴った。 「宣、行ってきます。でもあたしは決して別れる気はありま中電灯が彼のからだを照らし出した。 わた びん 、「 ) 0 査衣 .

3. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

とも、また進歩しようともしない彳 皮の生に対する動機は逃めた後、再度噛まれまいとして、自らとその人生とのすべて げること、逃げ失せることだった。あたかも彼は人類すべてを防御に動員しているかのようであった。 おおかみ 彼は人間どもを狼や犬や悪魔の群れとしか見なくなった。 をジン ( イ 精霊、幽鬼精 ) かあるいは悪魔としか見ておらず、そ れらの関心のすべては彼に襲いかかり、傷つけ、破滅させるそして彼自身はそれらの住む地上から別の惑星に逃げて行く ことでしかないと思っているかのようであった。 こともできす、それらを遠い離島に隔離することもできない 人間どもは皆悪魔で、彼一人が人間であるか、さもなくばのだ。その群れはあらゆる処で彼を待ち伏せしているのだ。 彼らは皆人間で彼一人だけが悪魔で、人間どもは皆で彼に敵彼はそれらの一人一人と絶えず顔を合わせて、会話を交わし、 対し、待ち伏せ、彼を滅ばすまで止めようとしないのだ : 互いに人生を交差させていなければならない。 彼の悲劇は彼が恐れ戦いてやまぬ人間たちと一緒に、この彼はこれらのことを恐怖を外に表わさぬようにしてなさな 地上に生き続けなければならないということだった。そしてければならない。危険な野獣が群れる場所を恐怖に震えなが き ) き ) い 彼らと付き合い、あれこれ彼らと行を共にし、友としてまた ら、どんな些細な音も聴き漏らすまいとびんと耳を立て、全 同僚として交際しなければならないことだった。彼はそれら身はいつでも逃げ出せるように身構えて彼は進んで行く。だ を恐怖に震えながらなさねばならないのだ。もはや彼の人生が、心の内部を外に表わすことは決して許されない。僅かの き ) と あいさっ には計画も望みも、その実現のために尽力し、かっそのため恐怖心も覚られずに、挨拶を交わし、進んで行かなければな らない に生き永らえようとする遠大な将来の目的もあり得なかった。 ごく自然に、微動だにしない平静を保って。目付き おび 生き永らえようとする動機は逃げることにあった。それはや表情は決して法えておらず、何にも関心を奪われていない 普通の人間としての責務を回避し、それらをすっかり投げ出ということをはっきり印象付けなければならない。静かに微 して、この神のお創りになった御国で神に憑かれた世捨て人笑をしてみたり、時々は喜怒哀楽を表わしてみせなければな となって生きていくといった、単純な意味での逃亡では決しらない。他の人間と同じように自分が人間であること、ある もと 官てなかった。彼は人間どもの許にいながらにして、逃亡しな 、は彼らと同じように自分も犬であることを示さねばならな いだがもし自分によりカがあり、より有能で、自身と自分 ければならなかったのだ。その時逃亡は複雑極まりないもの 黒 となる。それは彼の全生涯を費やすやもしれない。安全とい の力とをより一層信じることができたらと、どれほど彼は願 ったことだろう : う意識を喪失した人間ほどに奇怪な存在が他にあろうか , 彼はまるで自分と同族の犬に噛まれ、危うく一命を取り留彼の人生には目的も設計も望みもなく、それが遠い末来の おのの っ

4. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

に覚える央楽は、このような傷跡が消えないかぎり、そして さなかったら、まずおそらくは私などを必要とはしなかった 彼女がもとの彼女自身へと完全に復権しないかぎり、損なわ 」ろ , つ、とい , っ田じ 、、こ私は敬馬いてしり、こみしたりはしな、 れているということか。それとも、 ( 私はたわけではない、 実を言えば、私が彼女を抱いていたとき、彼女が抱擁してい このことは言わせてもらおう ) 私を引き付けるのはたしかに たのはあの男たちのうちの誰かだった、というのがおそらく 真相であろう。その思いが私の内部に引き起こす反響音にじ彼女の傷跡なのであるが、がっかりすることに、その傷跡が つくりと耳を澄ますが、私は気分を害した、と言い出すよう充分には深くないことを私は知っている、ということなの か ? 多すぎようが少なすぎようが、私が欲望するのは彼女 な心の性急な動きを感知することはできない。女は眠ってい こんせき ふとももーあい る。私の手はその滑らかな腹部を行きっ戻りつし、太腿を愛なのか、それとも彼女の肉体が残している歴史の痕跡か ? 言じ長い時間、私は、テントの天井が腕を伸ばせば届くほどの近 撫する。ついにやった、私は満足だ。同時にまた、私はイ わ、ぶさ さにあることを承知していながら、漆黒のように見える闇の ることに吝かではない、 もし私が数日だ後には彼女と別れるこ とになっているのでなければ、あれはやれなかっただろう、中を凝視したまま横たわっている。それがいかに反意語的で ということも。また、もしどうしても包み隠さす言わなけれあれ、私の欲望の起源についてどう考えようと、どう表現し ろうばい ばいけないというのであれば、私が彼女に覚える央楽、そのようと、自分がそれによって虚を突かれて狼狽することはな てのひら いと思われる。「私はきっと疲れているのにちがいない」と 遠い名残りを私の掌がいまでも感じているあの快楽が、深 まるということもない。彼女に触られたからといって、以前私は考える。「あるいはおそらく、どのような一一一一〔葉で表現さ と同じように、私の心臟が高鳴るとか、血が騒ぎ立っというれ得ようとも、それは間違った言われ方しかしていない」と。 すいこう こともない。禾・カ , イ ム。、皮女と一緒にいるのは、それがなんであれ私の唇が動いて、声に出さずに言葉を何度も選び直し、推敲 ら彼女が約束し、あるいは実際に与えてくれるかもしれない歓に推敲をかさねる。「あるいはおそらく、これまで言葉に表 、相変わらず私には不明なままの、もっと現されなかったことだけが生き抜かれなければならないとい 喜のためではなく うのが真相かもしれない。」この最後の仮説を、それに対応 待別の理由のためである。そのことを別にすれば、暗がりのべ ねじ ッドの中では、捻れた足、なかば盲いた目といった彼女の受する賛成、反対のいかなる動きをも自分の内部に探ることな 私はじっと見据える。それらの言葉は私の前でますます 夷けた拷問の跡も容易に忘れられるという思いは、片時たりと 私の脳裏から消えたことはなかった。とすれば、この場合、不透明になって行き、やがて一切の意味を失うに至る。長い 私が求めているのは全人格としての女性であって、私が彼女一日の終わりに、長い夜の半ばに、私は溜め息をつく。それ

5. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

974 クツツェー おり に吊された鳥たち、かと思うと木製の檻に生きたままぎゅう ぎゅう詰めにされて、憤激のあまり金切り声をあげて鳴いた り、互いに踏んづけあったりしている鳥たちの真ん中に、と きには一羽の大白鳥が声もなくうすくまっていたりする。大 ほ、つじ - よ・つつの だれ 自然の豊穣の角。この先何週間かは誰もかれもたらふく食 べられるだろう。 第三章 私は帰るまえにあとまだ二通の書類を作成しなければなら あて ない。ひとつは地方長官宛のものである。「第三局の略奪に 毎朝鳥たちが南から飛んできて、湖上を旋回してから指状に よってもたらされた被害を幾分でも補うために」と私は書く、 細長く幾条にも張り出した沼沢地の塩辛い水の上に舞い降り 「かつまた以前は確かに存在した好意をいくらかでも回復す るので、大気は翼のはばたく音にみちみちている。風の子守るために、私は夷狄への短期訪問を企てております。」そし 歌に乗って、ほっはーっ、ぐわっぐわっ、があがあ、ぎやー て手紙に署名し、封印をする。 がもひ ぎやーと鳴き交わす、灰色雁、ビーン・グース、尾長鴨、緋第二の書類がどんなものになるかはまだ自分にもわからな どり 島鴨、真甲 烏、釜鴨、火少鴨、といった鳥たちの大合唱が、水 。遺一一一一口か、回想記か、告白録か。辺境での三十年間の歴史 上に浮かぶライバル都市の騒音さながらに、われわれのとこ か。その日私は終日放心したように机に向かってまっさらの ろまで聞こえてくる。 白い紙を凝視しながら、言葉が浮かんでくるのを待っている。 最初の渡りの水鳥の到着は、こころなしか風に新たな暖気二日目も同様に過ぎて行く。三日目になると私は降参して紙 が感じられる気配、湖面の氷が鏡のように半透明になる最初を引出しにもどし、出発の準備をする。べッドで女となにを の徴候を確証するものだ。春はやがて訪れようとしており、すればいいのかがわからないような男には、何を書けば、、 たわまき ここ数日は種蒔の時期となろう。 かわからないというのはいかにもそれらしいことに思われる。 わな つば , つまた、い まは罠を仕掛けるシーズンでもある。夜 同行者としては三人の兵士を選んである。二人は若い徴募 日目 , ー—> 、くつものグループがかすみ網を張るために湖畔を兵で、私は彼らの兵役免除の権限を与えられている。三人目 めざして出発する。彼らは午前中まだ早いうちに大量の鳥をは彼らよりもう少し年長の、狩猟と馬の売買をなりわいとし 捕らえて戻ってくる。首をひねられ、脚を縛られて幾列も棒ているこのあたりの出身者で、私はその給料を自分のポケッ がん つる

6. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

「ともかく内乱がなくならないかぎり、工場経営者はやって 書に署名させれば、彼らの工場は益中の管理下にはいること スンチーレン いけません」 になる。事実上、呉 ~ 孫甫会社か、孫吉人会社か、あるいは王 そういうと、秋弁護士はかばんをかかえて部屋を出ていき、 和甫会社のものとなるわけだ 玉亭、アメリカ資本による うしろ手にドアをしめた。 トラストとかいう話は、信じられませんな。ひょっとすると、 ドアのしまる音で、玉亭はびくっとした。腕時計を見ると、 蔬甫たちが人目をあざむくためにでっちあげたデマかもしれ やっと五時、ここへ来てまだ十分はどしかたっていないのに、 ません。アメリカにしても、製品を中国にはこんで売ればい いわけで、何もわざわざごたごたしている中国で工場をやるすいぶん時間がたったような気がした。ひとりとりのこされ、 ことはないじゃありませんか」 上役の呼びだしを待つみたいにばつんと坐っているのは、や チャオポータオ 「いや、そ , つじゃよ、。 オし絶対にそうじゃないんだ。趙伯韜りきれない気持だった。立ちあがって、壁にかけてある絹織 めいひ しゆっさい り , の「月卩〕王昭 って庭の本 と ~ 孫甫の衝突は、わたしは何もかも知っているんです」 日々 ( 君 ) 出塞」の図を眺め、窓辺にい に目をやった。アスファルト道にとまっている自動車は、竹 玉 ~ 甼は自信ありナこ、 ししった。秋弁護士は、につこりしてた ばこを深く吸いこむと、目をあげて白塗りの天井に彫られた斎の車だとわかった。彼は急に不安がつのった。広間のほう には見知らぬ客がいたし、ついさっきまでここに法律顧問が 精巧なぶどう模様を眺めた。玉亭もつられて天井を見あげて 、た。彼は出ていったが、庭に竹斎の車がとまっている。し から、弁護士に目をもどして、小声でたすねた。 「いっぺんに小工場を七つ、 ノつもですか ? ~ 孫甫たちの意てみると、 ~ 孫甫は大事な用件をかかえているのではないか。 気ごみはたいしたもんだ。、、 それなのに自分は、偶然そんなところに来あわせて、ここで とういう工場ですか」 「何もかもです。電球工場、魔法瓶工場、ガラス工場、ゴム待ちばうけをくわされているのだ。この家の主が彼に警戒心 せつけん 工場、パラソル工場、石鹸工場、セルロイドエ場ーー規模はをいだいている証拠ではないのか。でも、自分は以前どおり と自問自答した。ただ どれもたいしたものではないが」 の玉亭で、ちっとも変わっていない、 数日前、伯韜にタ飯をごちそうになったが、ふたりだけで、 「どれも安値で買収するんでしような」 ほかの客はいなかった。 ~ 孫甫にかかわる話をしたことはした 夜玉亭がたたみこむように問いただした。だが弁護士は答え 子なかった。玉亭が呉邸の常連だとしても、秋弁護士は当事者が、ただそれだけのことだ。 玉亭は背筋にひやりとするものを感じた。あらぬ疑いをか のために、業務上の秘密は当然守らなければならないと考え お・つよ、つ けられたかと思うと、おそろしくもあり、腹だたしくもあっ ていた。彼は鷹揚に笑うと、話題をそらした。

7. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

手をのばして女の豊満な尻をつねった。 たばこは吸わなかったが、手をたばこ入れのふちにやって何 「ひやあ・ 気なくさすっていた。 ~ 孫甫に託された使命をまっとうし、 きようせし 女はしなをつくって嬌声をあげた。伯韜は高笑いして、 っ伯韜の機嫌をそこねないようにするには、どうすべきか思 茅女の下半身に勢いよくはすみをつけて、女をひらりひらりと いまどっていたのだ。彼。イ韜が先 ' しいいだすのを待った。 回転させてから、ぐいとおして、命令するようにいっこ。 やはり自分が先に「特使」を名乗って、正真正銘の「呉派」 「・も , っ 一丁って、身ごしらえしろーーーードアはしめてな」 にされてしまってはまずい、と彼は田 5 っていた。だが、伯韜 貴重な宝石を人に自慢してから、大事にしまいこむのに似 はたばこを吸うばかりでロをきかす、目さえあまり玉亭に向 ていた。伯韜はそこでやっと玉亭に顔を向けていった。 けなかった。五分ほどたったろうか、玉亭は待ちきれなくな 「どうだ、玉亭。おや、鏡で自分の顔を見てみろ。赤くなっ って、ともかくさぐりをいれてみることにしこ。 とるそ。 まだ純情だな。人はこのおれを女好きだと「趙さん、きのう ~ 孫甫にお会いになりましたか」 いうが、そのとおり、こういうやり方が好きでな。何事につ 伯韜は首をふった。葉巻を唇からはなし、ロをききそうに けぎ、つくばらんがしし ああだのこうだのと、べールに包ま なった。だが手をのばして灰を落とすと、またロにくわえた。 れた化けものみたいにいわれるのはかなわん。ここにきみが「 ~ 孫甫は、郷里が匪賊に襲われて、かなり損害を出したもの はいって来たとき、女がいるのはわかったろうが、きみは目だから、落ちこんで、何かにつけいらいらしています。たと チューインチウ がわるいから、はっきり見えなかった。そこで、おや、と思 えば、あなたと争っているふたつの件、公債決済と朱吟秋 ったにちがいない。今度ははっきり見えたろう。だれなのかへの融資、このふたつは、本来そのーー」 わかったかもしれんが、なかなかの女だろう ? 西洋の女な 玉亭は「その」を長くひつばって、じっと伯韜の顔色をう みの肌と体格だ」 っこ。はじめは「つ ( ら、ないこと」とい , つつもりにった 急に口をつぐむと、伯韜はからだをゆすって立ちあがり、 が、とっさにそれはますいと思って、「話しあえば解決でき たばこ入れから葉巻を一本とって口にくわえると、たばこ入る」といいかえようとした。だがロごもっているうちに、白 れを玉亭のほうにおしやって、「どうぞ」と手ですすめた。 韜に話を横どりされてしまった。 それからまたソフアにからだを沈め、足を組み、やおらマッ 「ほう、そのふたつの件で、 ~ 孫甫はおもしろくない思いをし チをすって、葉巻に火をつけた。そのしぐさは、まるで平穏 とるんだな。フン、簡単に 、かたづくことだ。しかし、玉亭。 無事、しあわせを満喫しているといった様子だった。玉亭はきみはきよう蔬甫の条件をもって交渉にきたのか、それとも

8. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

「ろくでなしめ。もう一度電話しろ。すぐに来いといえ」 、い終わらぬうちに、蔬甫はわずらわしくなって手をふる 、い終わらぬうちに、 ~ 孫甫はくるっとからだをまわし、ぶ と、さっさと広間にはいった。自分でも滑稽なほど気がたっ たが、広りぶりしながら池に向かった。うしろで高升と李貴がペろり ていることに気づいた。いままでなかったことだ。、 と舌を出した。 っそう気持をいらだたせた。いく 間の強烈な電灯の光が、い ) つかの大きな電灯が、ストープ同様全身の皮膚を沸きたたせ池のほとりの気のおけないもの悲しい雰囲気が、たちどこ どろにひっそりした緊張に変わった。四人とも「台風」の中心 るように思われた。しかも下男がひとりも顔を見せない こにかくれちまったのか。なまけ者たちめ。 ~ 孫甫は気がふれが自分たちのほうに向かっていて、やがてうむをいわさすど と感じていた。佩珊はいちば なりつけられるかもしれない、 たように前の石段に飛びだして、どなった。 ん利ロで、するりと木立の陰にかくれると、笑いをこらえて 「だれかおらんのか。ろくでなしめ」 だんな 半分頭をのそかせ、耳をすまし、目を見ひらいた。こうなる 日一那キ、十 カオションリー コ工 ふたつの声が同時に石段の下から答えた。高升と李貴のと阿萱がいちばんぐすで、ちかごろ宝物にしている「手裏 剣」なんぞを手のひらにのせ、投げようと身がまえていた。 ふたりの下男がすっとそこにいたのだった。 ~ 孫甫はおやっと 思って、鋭い目をふたりに向けたが、とっさに用が思いっか蕙芳はうなだれて、池の水面に浮かんで泡を吐く緋鯉を見つ めていた。夫の気陸をのみこんでいる呉夫人は、ぐったり椅 す、お茶をにごした。 ゝナこ子の背にもたれてほほえんでいた。 「高升、さっき工場の屠さんに電話しろと、つこ。ゝ、 かんしやく ~ 孫甫はいきなり癇癪をおこしはしなかった。眉をしかめ、 のか。なぜまだ来ない」 「かけました。旦那さまのおいいつけでは、十時に来るよう目を怒らせて、ますだれに噛みつこうかと見はからっている にとのことでしたが、屠さんはまだ用事があるとかで、十時ようだった。そう、彼は噛みつこうとしていたのだ。家に帰 ってからいままで、腹にたまったいらだちは、だれかに噛み 半にならないと つかないことにはおさまりそうもなかった。むろん実際に 「ばかな。十時半だと ? 十時半でいいといったのか」 ~ 孫甫はまた怒りを高升にぶつけて、話をさえぎった。池の「噛みつく」わけではないが、実際に「噛みつく」のと変わ 夜 らぬ意味あいがあるのだった。しばらくにらんでいるうちに、 子まとりでは、佩珊がまたもの悲しい歌をゆっくりうたってい 、ゞ皮ま足を踏み鳴らし、彼の目はとうとう阿萱の手のひらにのっている例のものに釘 た。それが ~ 孫甫の怒りに油をそそした。 , イ。 ねずみ づけになった。おだやかな調子で質問した。猫が鼠をとらえ 歯をくいしばって、贈々しげにどなりつけた。 、一つけい

9. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

方さんが会釈して声をかけてきた。それに一一一 = ロ答えただけ 「先に帰っていよう。家の前で二人を待っていよう」 で、彼はそそくさとなかにはいった。狭い廊下を通って階段 彼はうきうきとつぶやいて、もう一度提灯を見上げた。 を一気に三階まで駆け上がった。廊下の薄暗い明りにすかし 「もう帰ろう。警報もすぐ解除になることだろうから」 かぎ ちゅうちょ てみると、部屋の鍵はまだかかったままだった。「間に合っ もはや躊躇することなく、彼は決然と歩きだした。 、。「まだ帰っていない た」三階の廊下にはほかに誰もいなし 街はふたたび息を吹きかえした。彼の気もそそろな目にも その動きが見てとれた。街は相変らず真っ黒な夜の網にとらんだな」 われていたが、 しばらく立っていると、誰かが上がってきた。隣室の公務 幾筋もの懐中電灯の光がその巨大な網の目を チャン あちこちで突き破っていた。街角で堂々とアセチレン・ラン員の張さんで、二つになる男の子を抱いている。子供はぐっ チアテンコワイウェイチ プを灯す者まで現われた。「嘉定怪味鶏」ä名 ) の屋台すりと眠っていた。張さんは、 「お母さまはまだお帰りではないんですか」 で、男がせっせと台の上を片づけ、もう一人の男が火を起こ まばゅ とおだやかに笑った。 している最中だった。その目映い光に引き寄せられるように、 早くも客が集まっている。無意識のうちにそこをちょっと見「ええ、一足先に帰って来たのです」 面倒なのでそう返事すると、張さんはそれ以上何も言わす やってから、彼はまた歩きつづけた。 に自分の部屋の方へ歩いて行った。その後から張夫人が上が それから通りをさらに半分ばかり歩いただろうか。だしぬ バーは、流行遅れのうえ って来た。色褪せた黒ラシャのオー けに目の前が明るくなった。両側の電灯がついたのだ。子供 や す たた 、磨りきれて光っていた。いつ見てもおだやかな顔は、痩 たちが手を叩き歓声をあげた。彼の、いもパッと明るくなった。 しわ くちびる せて青白く、額には何本も皺が寄って、唇はかさかさに乾 「夢、悪い夢だったのだ。それももう終った」ほっとして、 いていた。それでも、顔立ちが整っているので、二十六七に 彼は足を速めた。 なるこの女性は、やはり美しく感じられた。彼女は肩で息を 、こ。まもう開けてあった。まる 間もなく彼は家に着しオ尸し 門灯が黄ばんだ光を放っていた。二階の住人の、商家の番頭していたが、彼の姿を見かけると会釈をし、夫の後を追った。 ファン 、 ' アをあけ、 そして、鍵をあけながら何やら話しあってした。ド 液をしている方さんが、大きな腹をした妻君と立ち話をしてい うらや 料理人や家政婦がスプリング・ドアを出たりはいったり寄り添ってはいって行く二人を、彼は羨ましそうに見送った。 そのあと、彼は目を戻して自分の部屋を見、階段の方を見 している。 た。依然もとのままである。「どうしたんだろう」心配にな 「今夜もきっと成都ですな」

10. 集英社ギャラリー「世界の文学」20 -中国・アジア・アフリカ

ころへ、鋭利な刃物でス。ハッと切り取るみたいにヤギの首をだそうですが、わしの女房のリタのやつは、あれを見て気分 が悪くなって寝込んでしまいましてね。きのうやきようサー 見事に咬み切るのを見た瞬間 " これこそ、ばくが撮りたかっ 今でもあのシーン カス稼業を始めたわけでもないのに たものだ。ばくが久しく求め続けたものが、ここにあった。 を思い出しては涙ぐんでいる始末でさあ。」 ばくの探究の旅はここで終るのだ〃と思いましたね。」 さかずき 「もちろん女性の皆さんは概してデリケートですから、その 「″あの虹の頂き、黄金色の盃の輝くところ〃ですな」と、 点は充分に認めて上げなくてはいけませんが。でも、女性の キャプテンが後を続けた。 「全くそのとおりですよ団長さん。ばくの気持をすっかりわ意見でばくらの計画が勝手に変えられるなんてまっぴらごめ かって下さる。団長さんあなたは天才だ」と叫ぶと、キャプんだ。ばくは自分の映画が検閲にかけられるときは、いつも そろ テンも負けすに大声で「あんただって天才だよ。さあ本題に注意して委員の顔触れが男ばかり揃うように手を打っことに してますよ。なにはともあれ、映画というメディアは芸術と 入りましよう。お互い相手の気持がよくわかるんですから 営利事業とが合体することによって成立するーーーこの事実だ な」と怒鳴った。 監督はいう。「ヤギを相手にあなたのトラが演じたあの妙けは決して忘れてはなりませんそ。いわゆるセックスと暴力 に対するおセンチな抗議など採るに足らぬものだ。針小棒大、 技を見て以来、ばくは霊感を感じているんです。あのショッ おおげさ トを十六ミリで映写してみてから特にその感じが強くなりま何かというと大袈裟に騒ぎすぎる。セックスと暴力との洗礼 をうけて初めて、人生が創られ人生が可能になる。動かし難 してね。もちろん三十五 ミリに引き伸して長篇映画のワン カットに仕立てるんだ。そうなったらすごいそ。もう大評判い事実に目をつむったまま、セックスと暴力に反対しても何 ・んえ、あの場面から霊感を得 の足しにもなりませんよ。 になること註ムロいだ : しゃべ 虎 キャプテンは勝手に喋りまくる手合いとの付き合いに馴れた夜は、ばくはまんじりともしないでラジャを主役にする一 とうと、つ 来 ていたから、別にそわそわしたり相手が滔々と弁じたてるのつの物語の荒筋を書いてみました。人間のほうの主役はジャ すわ グという男でもう契約すみです。無手勝流のレスラーで、お デを邪魔したりせすに忍耐づよく坐っていたので、具体的な問 題はそっちのけにした、芸術営利両面についての見通しが微まけに鉄鎖を胸のカで切るような芸もできる。体重は百キロ わた マ ーンでも一杯 に入り細に亙って開陳されていった。十五分もたっと眠気を身長は二メートル、撮影すればワイド・スクリ スト になるほどの大男です。契約したのはだいぶ前で、 催しそうになり、自分も何かいったほうが良さそうだという ーを探していたんです。地方事務所にいる知合いの伝で、 気がして「例のヤギのシーンは、あなたにとっては霊感の源