8 オレンジが言った。 オレンジの顔は明らかにマリカとは違う。厳密に言えば表情が違うのだ。 マリカの弛みきって、おびえきったまっさらな顔ではなく、もっと繊細でもっと鋭くても っと計算高い 私はすっと、オレンジは結局マリカの中の一部分だと思っていた。しかしやはり迷う。も しオレンジがいなくなったら、こういう個性はどこにいってしまうのだろうか。死んでしま うのだろうか。どこか暗いところへ帰っていってしまうのだろうか それを淋しいことのように田 5 ってしまうなんて、私はバリにやられはしめている。 レストランに行って、 リの科理をたくさん食べた後、部屋で果物を食べて、ワインを飲 んだ。 ちゃんとしたグラスで、上質のテープルクロスを敷いて。 夜になったら部屋はいっそう居心地のいい空間に変身していた。窓の外は闇に沈み、カエ ルとヤモリの声だけがする。 照明はこの部屋を世界でいちばん居心地のいい部屋と思わせるくらいに品のよい明るさで
部屋のすみすみまでをていねいに照らし、強大な闇を追い払っていた。 オレンジはよく笑い、よく話した。 プールのことと、レストランのことばかり何回も話した。 「バリはすはらしいところね。」 私は言った。 「何だか、すっとここにいるみたいな感しがしない ? 「僕はすっとここにいたいくらいだよ。」 オレンジが言った。私の当惑した反応を読み取ったのか、すぐに、 「連れてきてくれてありがとう。」 と一三ロい足した。 「こ、つい、つときって、マリカはどこにいるの ? 私はいつもマリカに他の人格たちの居所をたすねたように、オレンジにもたすねてみた。 フ 「眠ってたり、なんとなく近くで聞いてたり。今はべッドに入ってるよ。」 カ オレンジは一三ロった。 マ 。ッドっていうのはどこにあるの ? 」 「その、ヘ 「なんか、部屋があるんだよ。暗くて広いところに明るい部屋が。」
158 例えはとなりに眠る田出も、むこうの部屋でまだ明かりをつけている鴨下嬢も、男部屋の みなさんも、それぞれがはかりしれない記慮の宇宙を内包している。 一日が終わるごとにその宇宙を構成するつなぐものは増えていき、今、私たちはバー う夢を共有している。 そんなことを考えて扇風機を眺めながら眠りにつく。
バリ夢日記 179 ろいろ考、える。 随所に胸の大きくなった話をさしはさんでも、やはり相手にしてくれない。怒って石原氏 とかいうアイディアしか浮かばん。 を殺そうかと思う。「バリ巨乳殺人事件」 、冰ぎ、くつろぎ、笑っているうちにタ方がゆっくりと訪れた。 刻一刻があまりに美しくて ( どうしてとどめておけないものか : 部屋に戻ると、部屋の窓もまたタ景に染まっていく。 部屋全体が甘いオレンジ色を帯びる。 私たちは外にある気持ちのいい風呂に入ってからフルーツを食べ、ワインを飲んだ。 ラジオからはこのとき流行っていた「アレステッド・デベロップメント」の曲が流れてい 帰ってから、この曲をきくとあの完璧なタ方を思い出して切なくなった。 玄関のチャイムを鳴らして、となりのおうちの ( という感じ ) 鴨下嬢が迎えにきた。 バダンテガルという寺院にケチャを見に行く。 人の「チャツ、チャッ」という声で構成されたリズム命のパフォーマンス。その人に一度 と 真 田 ッじ、 た
私は笑った。 車は山道をどんどん上がってゆく。幾つかのホテルを見かける。空は抜けるように青い。 やがてもうなにもないだろうと思われるあたりに、急に看板があって、到着を知った。 吹き抜けのロビーはヨーロッ ハの香りがした。レセプションは、静かできつばりとした 人々が優雅に応対をしていた。 部屋に案内された時、ためいきが出た。 高い竹の天井、ゆっくりと美しく回る扇風機。大理石の広い広い一軒家。歩き回ると息が きれるくらいだ。 まんなかには大きな丸テープルがあり、ウエルカムワインと果物が冷えている。 ダブルべッドのシーツは真っ白で、窓の外には深い緑の渓谷が見えた。 シャワールームも大理石で、外にはジャグジーがあった。 オレンジは部屋のすごさよりもプールに興味があるらしく、着替えてプールへ行ってしま 私はシャワーを浴びて、部屋でくつろぐことにした。 がないのもすごくいい。 ラジオを小さくつけて外を見ていた。バスロープは真っ白で、 いい・匂・いかした。
142 海をのぞむバリ風邸宅が、生前のままのつくりで美術館になっている。この海岸はこぢん まりとしていてとても美しい 彼は一九三二年から一九五八年までここに暮らした。妻はレゴン・ダンスの踊り手。彼が 亡くなってからは奥さんが管理し、奧さんが亡くなってからは公共のものになっているそう 絵は西羊風。ヾ リの風景や人々が描かれている。 、リには木や鳥を描く独特の技法があり そうでないこういう絵は珍しかったそうだ。 さすがに妻をモデルにした絵が多い。妻はいつもレゴン・ダンスの衣裳で描かれている。 写真や、家具もいくつか残されている。 すべての部屋が竹でできたバリ 風の壁でできている。部屋と部屋のあいだに扉はなく、迷 路のようだ。 窓からは庭や海が見える。 なんと静かな暮らしだろうか。場所的にかなり閉ざされているので、 海辺の家というかんしだ。 庭の鉄門の向こうにはいきなり海が見える。 ここの暮らしが淋しいような、うらやましいような感しがする大きな波音が聞こえた。 ハリでもどこでもな
活気があって、光が白くて、 しい感じだ。 ホテルは「ナトウール・クタ・ビーチ」っていうところ。 マリカなんかは、高級だったあのホテルよりもここが好き。子供の頃から思ってたホテル ってこ、つい、つ感じ。 部屋はお姫様の部屋のようにバルコニーがあって、照明に照らされた庭園とプールが見え 夢みたいだった、うっとりきちゃった。 興奮していつまでも寝られなかった。 それでふらふらと廊下に出て、庭のはうへ歩いていったら、なんと街灯の下のべンチにロ マンチックなシルエットが ! きれいな女の人がー つまりジュンコ先生がいた。 先生はマリカを見てはんとうにびつくりしたようすで、 「これは夢 ? 」 と聞いた。 「寝られなくて。」 とマリカが言ったら、
バリ夢日記 183 笑いくたびれて水からあがって男子の部屋に行ったら、石原氏がうんうんいって寝ていた。 かわいそうに、メートル先でみんな狂ったように笑っていたのだ。 田出の持ってきた必殺のフランス産アスピリンを与える。これは牛でも眠るくらい強力だ。 : と言いながら楽しく部屋に戻って、外の風呂に入って、鴨下嬢を招 きっと治るだろ、つ : いてしみじみと語りあう。鴨下嬢にも「バスト・クリーム」を塗らせてしまう。ひひひひ。 リドール」が置いてある。幸福を呼ぶ人形だ。よい夢 トの枕元には竹で編んだ「チ を ! というようなことが書かれたカード。この人形と竹のかごは、ゲストがおみやげとし ) 、コし 0 て持ってかえっていし 大きな広いダブルべッドで、田出と肉体関係を持っこともなくぐうぐう寝る。
かちあう。そしてさっき学んだ最高神のポーズをみんなでして写真を撮り、笑いあう。 その寺院はホテルが王宮だったころに王様の個人所有だったそうだ。きっとすはらしい一 族だったのだろうと思う。 夢から覚めてホテルに戻り、プールで泳ぐ。 見かけよりはかに深いフールなので、はじめてはいる人を次々だまして沈める。 大笑い それから部屋に戻って、天井が鴨下嬢とつながっていて会話ができるべッドルームで荷物 整理をしたり、 シャワーを浴びたり。 暮れてゆく空、小さな窓から遠くの 祭りの太鼓の音が聞こえてくる。まだそのへんで歩い り笑ったりしている友達の声も聞こえる。 天井には扇風機がゆっくりと回っている。 すべてが色濃い竹でできた茶の部屋。 そこでプール後のお昼寝をした。 こんな昼寝は子供のとき以来だった。うっとりとやってくる夜に溶けてゆくような気分だ
目が覚めると、部屋の中になにかがいるような感じがして、こわかったのでむりやり寝た。