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検索対象: 原子力戦争
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1. 原子力戦争

ったとき、その予感が適中したことを認めないわけにはいかなかった。六階建ての名前のないマン ション。いや、今度は小さな銀色のプレートが見えた。「アーデル・シュロス 貴族の館とで もいうのか。実は十年前に、わたしはこの建物の中に入ったことがあった。 そのときわたしは、モスクワで開かれたユネスコ主催のドキュメンタリー映画のシンポジウムか ら帰ったばかりで、ある映画雑誌の編集者に、ソ連のことについて話してほしいと頼まれ、その雑 誌の座談会のようなものなのだろうと気軽に考えて、案内されるままにその建物の一室に入った。 たしか四〇二号室だった。畳敷きの、みようにガランとした部屋に三人の男が待っていた。座蒲団 もなく、お茶もなく、なぜかビールだけが何本も並んでいて、男の一人はいかにもぎごちなくわた しに飲むようにとすすめた。なまぬるいビールだった。その間に二人の男がてきばきと動き、テー 。フレコーダーをセットし、マイクをわたしに向け、大型の紙袋から何枚もの写真を取り出してわた しの前に並べた。そして男たちは質問を開始したのだが、それは執拗で、座談会というよりは訊問 であった。マイクはわたしにむけつばなしだったし、ど、、 力ししち男たちは自己紹介さえしなかった。 男たちは、さらに、大きさのまちまちな写真を一枚一枚示して、どこか変ったところはないか、と しつつこくたずねた。わたしが訪ねた町や車で走った道路がさまざまのアングルから撮されていた。 また、わたしが撮ってきた写真とそれらを異様なまでの真剣さで見比べたりしたが、男たちが特に こだわっていたのは道路、鉄道、電柱、橋などであった。 そこまでされれば、どんなに鈍感な人間でも、どうやら普通の座談会ではなさそうだと判断でき る。そこでわたしは、はなはだ遅ればせながら、男たちの身元を問うた。すると男たちは、あらか

2. 原子力戦争

もわたしの名前を呼んだ。わたしあてに電話がかかっているというのである。わたしが現在三沢空 港にいることを知っている人間はいないはずで、人違いだろうと思っていたのだが、間をおいてま たくり返し呼ぶのでカウンターの電話に出てみると、むつ市の中川良嗣で、 「大工原さんが大湊港の埠頭で死体で揚がった」 と、うわずった声で言った。あてずっぽうに青森のあらゆるホテルに電話をかけて、やっとわた しの居場所を探しあてたものらしい 大工原善次は埠頭から海に落ちたようだが、事故にしては不審な点が多く、何よりも、死後二日 以上経っているというのに、埠頭近くに浮いていたはずの死体が誰の目にもっかなかったのは訝し と中川は力説した。わたしは中川の話を聞きながら反射的に宝泉寺卓爾を目で探したが、どこ へ行ったのか姿が見えなかった。 「殺されたのです。彼は : 中川良嗣の声が耳の中ではねた。搭乗受付がはじまったのにまだ姿の見えない宝泉寺を探しなが ら、ふっと出発ロビーの客たちが存在感を失って遠ざかるなかで、牧野弘毅と、大工原善次と、一一 人目だな、という意識だけが生々しく襲ってきた。 9 美浜一号炉の怪 128

3. 原子力戦争

それと思いあたらないくらいだった。 わたしが、何のことかわからないが、と問い直すと、彼はわたしの声を聞くのも腹立たし気に、 日本の原子力メーカーの韓国との契約の話について、メーカー側から根拠のない風評を流されたと 厳重に抗議してきたのだと説明した。 鈴木は街頭の赤電話からかけているらしい。わたしは反射的にデスクの周囲を見廻わし、三日前 の兜町の小料理屋の情景を懸命に思い起そうとした。わたしと鈴木の話が聞える範囲には何人かの 客がいたが、今となっては顔も身なりも思い出せなかった。わたしはあらためて、桜田の「黒い核 分裂がエスカレートして、日本列島が修羅場になるーとの捨て台詞を思い出したが、どこか釈然と しなかった。一人の記者が個人的に話した噂で、メーカーから厳重抗議がくるというのは、同じマ スコミ人間であるわたしの感覚としてはどうも筋が通らない。逆に何かうさんくさいものを感じる。 わたしは「他言」していないことを繰り返し、とにかく会いたいと言ったが、鈴木は、少々厄介 な事態に発展していて動きがとれないので後日あらためて連絡をすると、冷やかに答えて電話を切 原発に夢はない それから五日後の夜、わたしは小田急線・東北沢の食堂で行なわれた「祝賀会」に招待された。 254

4. 原子力戦争

が誹謗されたような憤り方だ 0 た。その口調の激しさに、かえ 0 て、彼が強引にねじ伏せたこだわ りの大きさを感じたものである。わたしは、三浦が産院の廊下で血液型について念を押していたの を思い出し、靖子の流産した胎児の父親は、宝泉寺ではないのか、とふと思った。 三浦は鞄から手帳をとり出して、しきりに何かを探している。その手が、酔いのためか、小さく ふるえている。 「おれが説明するよりも適任者がいる。きみも興味があるはずの人物や」 三浦は電話を引き寄せると、ふるえる指でダイヤルをまわし始めた。 腕時計を見ると、すでに十二時を過ぎている。わたしは、時間が遅すぎるのではないか、と三浦 を制したが、「戦争に夜中も朝もあるか」と怒鳴り返し、「戦友なんや」と、なぜかささやくように 一言った。 相手は宝泉寺かな、と思ったが、局番は東京ではなか 0 た。やがて受話器を取る音が聞え、相手 の名前を「稲毛さん」と三浦は呼んだ。言葉のやりとりのようすでは、かなり親しい間柄のようだ。 三浦は電話をかけた事情を手短かに話し、わたしのことを「日本で二番目に信用している男」だ と説明した。もちろん三浦流のジョークだとはわかっていたが、一番目の男とは誰なのか、と気に なった。わたしに受話器をわたすとき、三浦は早口に「ねずみだよ、とささやいた。 ねずみこと稲毛一平。 稲毛は、型には欠陥があるから型に転換すべきだと宝泉寺に主張したのは稲毛自身 であり、それに対して宝泉寺は、型で日本の原子力発電を独占するのはよくないと、企業の 213

5. 原子力戦争

しかし今度の行先は福島。沖縄〈行 0 ているものとばかり思 0 ていた三浦道彦が、福島に滞在して いるというのでさっそく電話をかけてみると、三浦はかなり当惑したようすだったが、今回はわた しのほうが三浦の流儀を借用して、一方的に、前野靖子といっしょに押しかける、と宣言したのだ 前日、夕方近くなって、靖子の部屋の電話のベルが鳴った。「スパイ , という汚名から湧き出て くるどうしようもないわだかまりを抱えこんでじっと向き合っていた靖子とわたしにとって、それ は心臓を突き刺すような傍若無人な音だった。ベルは、二十回ぐらいで切れては、また執拗に呼び つづける。あきらかに相手は、部屋の主がいることを知ってかけてきているのだ。五分、いや、十 分もつづいただろうか。根負けしたのは靖子のほうだった。彼女がべッドから降りると、膝やネグ リジェの裾にたまった髪の毛がルームライトの光にきらめいて舞った。 彼女が取った受話器から洩れてきた声には、聞き覚えがあった。宝泉寺卓爾だった。偽悪者的な 言辞を浴びせかけて相手を圧倒するはずの男が、たどたどしく、たった一つの言葉をくり返して懇 願している。 「会ってほしい」 靖子は黙ってそのくり返しを聞いていたが、やがて、何かをふっ切るように、 一言も発しないま ま両手で受話器を置いた。電話はまたすぐに鳴りはじめた。すると彼女は、突然、思い出したよう に、食事に出よう、とわたしを誘った : 「はつかりーの前の坐席で、靖子はうつらうつらしている。時折、半眼でぼんやりとわたしを見つ

6. 原子力戦争

ツをつくり上げないとオマンマが食えない。原子力の怖さを一番よく知っているのはわれわれなん 日焼けした顔の男は大きなゼスチュアで眼鏡の男と受付係に訴えながら入口のほうに移動し、わ たしもその後について会議室を出る恰好になったが、廊下に出ると、受付の椅子に前野靖子が腰掛 けていた。長髪の受付係がしゃべっていた相手はどうやら前野靖子だったらしい 日焼けした男は、前野靖子の顔を見ると、大仰に驚いて見せながら親しそうに声をかけた。前野 靖子のほうも立上ってよく動く目で笑いながら挨拶を返す。その笑いがふっと停止した。視野にわ たしを認めたのだ。しかし次の瞬間、すぐに笑顔がもどり、日焼けした男をまねるように大仰に驚 いて見せた。前野靖子とタカ派の技術者とは、なんとも奇態な取りあわせだ。それに、彼女の一瞬 のとまどいが気にかかったが、そのことを穿鑿しているゆとりはなかった。男が彼女の肩になれな れしげにちょっと手をのせると、大股で出口のほうへ歩き去ろうとしたからだ。わたしはとっさに 前野靖子の背を押すようにして男の後を追い、わたしを彼に紹介してくれるように強引に頼んだ。 場所を変えて彼とじっくり話をし、少しでも技術者のホンネを聞きたいと思ったのである。 漆原健吉。「日本原子力株式会社」勤務。ゴルフはハンディがシングルの腕前。前野靖子がわた しのことを紹介すると、「マスコミ屋さんはどうせ色眼鏡でしか見ないから」とゴルフ焼けの顔を 露骨にしかめながら、「しかし靖ちゃんの紹介じゃ、断わるわけにいかんだろ」と、ことさらわた しの神経を刺激するような口調で言った。 「あれで気が小さくて、相手が気を悪くしてやしないかと後で何日も悩むのよー

7. 原子力戦争

福島市陣馬町。 三浦道彦は古い土蔵の一室を借りていて、「坂本竜馬みたいだろう」と肩をいからせてみたが、 無精髭がのびた顔はかなり憔悴している。その上、前野靖子と視線が会うのを避けているようだ。 靖子の表情もどこかよそよそしい そのこだわりをまぎらわすかのように、三浦は見るからに年代を経た太い柱をたたきながら、こ の土蔵は、昔、自由民権運動の壮士たちが密かに会議をもった場所で、謀りごとをめぐらすにふさ わしいのだと冗談めかせて解説したが、わたしたちには、この由緒ある土蔵で謀りごとにとりかか るいとまはなかった。着くとすぐに、前野靖子が身体をよじって苦しみ出したのである。 激しい吐き気が彼女を襲い、三浦がぎごちなく差し出した信用金庫のネーム入りの灰皿にも、あ わててわたしが出した週刊誌にもおさまりきらず、幾度も畳を汚し、昨夜何軒もまわってやっと探 し出したかつらを、彼女はじやけんにむしりとってしまった。 二時間後、前野靖子は、三浦とわたしがかつぎ込んだ病院のべッドで、薬によって熟睡していた。 彼女を入院させたのは産婦人科の個人病院で、そこに着くなり流産に見舞われたのだった。もっ とも、院長は、神経のほうもかなり参っているようだから、しばらく入院させて、知人の精神科医 に診察させてみたいと言い、三浦とわたしもそのすすめにしたがわざるを得なかった。 病院の畳敷の薄暗い待合室で、わたしはここ数日、前野靖子にひっかきまわされてたかぶりつづ けた神経をもてあましながらも、むつ、美浜以来抱えてきた疑惑の破片群を未整理のまま三浦にぶ

8. 原子力戦争

ところが、水島の石油コンビナートに行ったときだった。地区労の書記をしている青年が好意で 乗せてくれた車を、牧野は途中で気分が悪くなったといって飛び出し、結局、青年に断わって、わ たしたちは三菱化成、水島石油、日本ガスなどの立ちならぶ産業道路を歩くことにしたのだが、牧 野は「ガソリンのにおいに弱いものだから」と弁解しながら、突然、異様なにおいの充満した道路 で立止まって、「わしの言葉、ちょっとへんでしようがーと真剣な顔でわたしに言った。そして、 彼のいう意味がわからなくてとまどっているわたしに、唐突に、アイウェオ、カキクケコ、とささ くれた声で五十音をゆっくりと発声しはじめたのである。 「サシスセソ、タチッテト、ナニヌネノ : : : 」 どこもへんではない。ところがヤイユ工ョまで進むと、ふたたびア行にもどり、アイウェオ、ア イウェオと何度もくり返してみせた。 「へんでしようが」 「何が ? よくわからないけど、べつにへんだとは思わないが : : : 」 「そうですか。ほんとうですか大槻さん。ほんとうにへんではありませんか」 牧野は、わたしに何度も念を押してから、またアイウェオをくり返した。口を歪め、頬の筋肉を 硬直させて懸命にアイウェオの発声をくり返している。いや、どうもくり返しているのではないら しい。最初はたしかにアイウェオだが、その次はどうやら違う発声をしようとしているらしいと気 がついた。 「ウア、ウイ、ウュイ、ウ工、ウョ」

9. 原子力戦争

2 。フラクティカル 行田龍三がしわがれ声を張りあげて「恐怖の eo—< 地帯」だとくり返すのを聞きながら、わた しは福井支局の記者が「原発の実態は金でツンボのオシにされた住民たちを一目見れば掴める」と 言ったことの意味があらためてわかったような気がし、「黴菌や毒虫は叩き殺すか除去するしかな 。企業活動は戦争だとはっきり認識して、確固たる戦略と戦術を持つべきだ」と青森の鍋料理屋 で宝泉寺が昻然と宣一言した言葉の一つ一つを慄然とした思いで噛みしめていた。 しかしわたしはまた、美浜一号炉のクーリング・。フールわきで思わせぶりなふるまいをして、宝 泉寺や美浜発電所の幹部たちとの軋轢をわたしに見せつけた通産官僚、真壁慎一のことを思い出さ 、ないわナ - こま、 冫冫ーしかなかった。真壁が口をきわめて非難していたのがまさに「ツンボ・オシ」作戦の ことだろうと思えたからだ。 もっとも真壁が洩らしたきわどい疑惑の破片群を後生大事に抱えて走りまわるのは、実は彼の仕 組んだ筋書きにのせられているのではないかという気もしたが、それを警戒しなければならないよ うな理由は今のところなさそうだった。 真壁慎一は多忙をきわめているようすだった。九州の玄海原子力発電所から一度もどった後、最 後の追い込みに入っている沖縄の海洋博会場の建設現場を視察に飛び、さらにジャカルタに出かけ 155

10. 原子力戦争

ていた。原子力担当の官僚が沖縄やインドネシアに飛ぶことにひっかかったが、それよりも、わた しは真壁に会えないことで苛立っていた。 五月下旬の土曜日の午後、わたしは、高林登に紹介されて、電力界の動向にくわしいという、業 界新聞の編集者、桜田敏夫に会った。真壁慎一と宝泉寺卓爾の確執の背後にあるものを知りたいと 思ったからだ。 「はっきりいえば、政府主導型か民間型、つまり電力会社が独自にやっていくかという、二つの勢 力の熾烈な戦いなのですよ。あなたのいう宝泉寺とかいう男は政府の介入を拒否しようとする民間 型の尖兵として果敢に奮闘しているようですが、実はもう勝負はついているのです」 帝国ホテルの十七階、レインポー・ラウンジ。人物は保証できないが情報は正確、というのが桜 田についての高林登の注釈だった。 「住民運動が激しいうえに開発投資が巨大化しすぎて、原子力は個別企業ではもうお手あげなので すよ。新型炉や燃料サイクルの開発など、とても民間企業の手におえる事業ではない、 とい一つの、が 表面的な理由ですがね。実は、通産省がそういう情況をデッチ上げたのですよ。住民運動対策にも、 原子炉の開発や運営にも、通産は徹底的に冷たかった。逆に、トラブルに火をつけるような行為さ えしばしばやった。通産は原子力をつぶす気ではないのかと、現場の技術者たちはぼやいてたくら いです。通産のやり方は陰険で、あこぎで、マスコミの反公害キャン。ヘーン、住民運動から偶発的 な事故や石油ショックまで、あらゆる手だてを駆使して企業をゆさぶったわけですー 桜田の言葉を聞きながら、わたしは、日本原子力の漆原健吉や「むつ」の荒垣栄之助が、「お役 156