話 - みる会図書館


検索対象: 原子力戦争
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1. 原子力戦争

評論家の話を聞きながら、わたしは、日本の原子力開発はたしかにアメリカのデッド・コビーだ が、それを批判する側もまたアメリカのレポートや数字のデッド・コビーを使っている、つまり、 これはデッド・コビーどうしの論争ではないのか、と皮肉な思いがした。どの講師の話も、事例や 数字、語り口までが酷似していて、まるで一つの原本のコビーを分割してしゃべっているようだ。 もっとも、講師の話だけではなく、原子力について記された本はどれもこれもコビー いや孫引き コビーの氾濫である。原子力開発の推進論者も反対論者も、それそれ、原本から自分にとって都合 のよい部分をコビーしてきて交互に投げつけあっているだけなのだ。これでは論争が論争にならず、 火花の散るわけがない。 やがて、頭の禿げた男が演壇に上って講師たちに挨拶をし、会場が変ったことなどを詫びて会を 閉じようとしたが、そのとき一人の日焼けした男が強引に発言を求めて、いきなり主催者を批判し 始めた。 「原子力を考える , と銘うっていながら、原子力開発に反対する講師、それも核全廃を主張する人 物ばかりを集めているのははなはだしい偏向でけしからん、というのだ。この男の発言で気がつい たのだが、ポスターの名前が黒く消してある講師は、いずれも現在の開発の仕方には反対だが、原 子工ネルギーの開発自体は推進すべきだとする、共産党系の人々だった。どうやら主催者側にトラ プルがあって、そのためにポスターの塗りつぶしや会場変更が行なわれたらしいとは推測できた。 しかし共産党系だけでなく、あきらかに共産党と対立している住民運動や労働組合も黒く塗りつぶ してある。発言者はそのトラブルについて追及するつもりだなと考えて、わたしは思わず身体をの

2. 原子力戦争

それと思いあたらないくらいだった。 わたしが、何のことかわからないが、と問い直すと、彼はわたしの声を聞くのも腹立たし気に、 日本の原子力メーカーの韓国との契約の話について、メーカー側から根拠のない風評を流されたと 厳重に抗議してきたのだと説明した。 鈴木は街頭の赤電話からかけているらしい。わたしは反射的にデスクの周囲を見廻わし、三日前 の兜町の小料理屋の情景を懸命に思い起そうとした。わたしと鈴木の話が聞える範囲には何人かの 客がいたが、今となっては顔も身なりも思い出せなかった。わたしはあらためて、桜田の「黒い核 分裂がエスカレートして、日本列島が修羅場になるーとの捨て台詞を思い出したが、どこか釈然と しなかった。一人の記者が個人的に話した噂で、メーカーから厳重抗議がくるというのは、同じマ スコミ人間であるわたしの感覚としてはどうも筋が通らない。逆に何かうさんくさいものを感じる。 わたしは「他言」していないことを繰り返し、とにかく会いたいと言ったが、鈴木は、少々厄介 な事態に発展していて動きがとれないので後日あらためて連絡をすると、冷やかに答えて電話を切 原発に夢はない それから五日後の夜、わたしは小田急線・東北沢の食堂で行なわれた「祝賀会」に招待された。 254

3. 原子力戦争

いずれも推進派の。ハンフレッ 「この程度の試行錯誤を許さないなら科学の進歩はあり得ない」 トでお目にかかる常套語である。 課長の説明を聞きながらわたしは「むつーを坐礁させた原因の一つにつき当ったような気がした。 最前線の課長の言葉に具体性やこまやかさがなく、まるで東京でつくった。ハンフレットのコ。ヒーだ。 現地にも原子力船にも目が向いていず、ひたすら東京ばかりをあおぎ見ている。これでは地元の住 民たちとの対応がうまくできるわけがない。東京からやってきたわたしでさえ違和感を持ち反発し たくなるのだから、地元の住民たちが反発し、不信感を持つのはあたり前だろう。甲板へもどりな がらわたしは、清原課長に意地悪な気持でたずねてみた。 「『むつ』がこんなふうになってしまった原因は何だと思いますか」 「常識的にいえば、ほたてでしようね」 「ほたて ? ー 「ほたて貝の養殖ですよ。むつが原子力船の母港になったときは、漁民たちは船を棄てて出稼ぎ専 門になっていたのです。乱獲で魚がいなくなってしまったのですよ。それに、大騒ぎをしてとびつ いた『むつ製鉄』の話も『むつ製糖』の話もお流れになった直後で、原子力船さまさま、まるで救 世主のように迎えられたものなんです。ところが、苦しまぎれにはじめたほたての養殖があたって、 去年の水揚げは漁連全体でなんと八〇億円ですからねえ。ほたて御殿はによきによき建つ。出稼ぎ どころか、都会に就職した二男三男がどんどんもどってきているんですよー 海は穏やかで、わたしたちの姿が揺れもせずに海面に映っている。この穏やかさがほたて貝の養 101

4. 原子力戦争

ような中小代理店が同じことをやっていたのでは商売にならん。大手ではできない思い切ったこと をやらなくてはこの時代に生き残ることはできんよ」 大内専務は、気持にとまどいがあるときには、逆に語調が強くなり、攻撃的なしゃべり方をする のだそうだ。三浦は、専務の言葉の裏にあるものをあれこれ推測しながら、できるだけ冷静に「財 団法人ーの話をした。 新しい戦争の時代が到来していることは、三浦にももちろんわかっていた。住民運動対策には、 警察が治安のために編み出し、有名な「ローラー作戦」として展開した戦略、 O 作戦 ( コミュニ ティ・リレーションズ ) がそのまま持ち込まれ、たとえば ox の権威である警察官僚が大手代理店博 報堂の取締役に就任したりしている。そんな時代だからこそ、彼は「財団法人」の構想を実現させ ようと駈けまわっていたのだが、三浦があらためてそのことを説明しようとするのを抑えつけるよ うに、大内専務は、「財団法人の計画はただちに打ち切りだ」と命じた。そして、憤然として反論 する三浦に、「社を騙し、泥棒猫の片棒を担がせようとして社名に泥をぬるような行為は、本来な ら処罰の対象になる」と、カウンター ・パンチの感触を楽しむようないい方をした。「汚くて危な いからこそ儲かる」「思いきったことをやれ」と推奨した専務が「泥棒猫」だと批判するのはおか しな話だが、その言葉で、三浦には、専務の裏に大手の広告代理店がいることがわかった。実は、 「財団法人」の計画は、大手代理店が密かにすすめていたのを、アーデル・シュロス四〇五号室の 老人が横から盗み取ってしまおうと、三浦をそそのかしたものだったのである。 「科学技術庁の番組をとった三光堂というのも、その大手代理店のダミー会社なんだ。もちろん専

5. 原子力戦争

じめ話がついていたものと思っていたらしくちょっとした混乱が起り、その混乱の中で男の一人が 時折りわたしに向ける鋭い目付きにわたしは内心びくびくものだったが、結局、最年長らしい男が 慇懃に詫びて一枚の名刺を出し、あらためて話をうかがいたいのだが、とわたしに言った。それに 対してわたしは弁解とも忿懣ともっかない言葉を口走って、ともかくも建物をとび出したのである。 「陸上自衛隊資料収集隊隊長」ー・ーーあのときの名刺の肩書きの文字を思い出しながら、わたしは 瞬間、緑の建物に入るのをためらっていた。 「どうしたんだ ? 」 怪訝そうにふり返ってたずねる三浦に、しかしわたしは十年前のことは飲み込んで、「何号室な のかーとだけ訊いた。 「四〇五号室だが ? 」 なぜそんなことを訊くのか、と彼は釈然としない表情だったが、釈然としないのはわたしのほう も同様だった。十年前と同じ部屋ではなさそうだが、同じフロアーではある。 四階。五室あるうち、ネームプレートが空白のままになっているのは四〇二号室と四〇五号室だ キ / ュ / 四〇五号室。三浦がノックして二、三分たってからドアが開かれ、わたしたちが入るのと入れ違 いに一人の男があわただしく出ていった。度の強そうな眼鏡をかけた長身の男だった。顔がいやに 日焼けしているのと、男の手に握られていた新聞が介石総統の大きな写真入りの国民党機関紙 『中央日報』であるのが気になったが、その男への関心は、後でドアがしまる音とともに消えた。 亠丿簽こっこ 0

6. 原子力戦争

たとえば、テレビのワイドショーに出席して原子力船「むつ」の実験航海に強硬な反対論をぶつ た野党の国会議員に、なぜ反対なのかと訊いたら、「政府自民党が強引に推進しようとしているの だから、野党のわれわれが強硬に反対してちょうどバランスがとれるのだ」と答えたし、むつ市通 いをして連日、原子力船「むつーを痛烈に批判する原稿を送ってきた放送記者は、「おっかれパー ティー」の席で、「原子力開発には危険性があっても、反対する分には危険性はない、それに、今 は住民側、つまり弱い側に立っ方がウケルからね」と笑いながら言った。 九年前には推進側の学者や技術者たちが高をくくっていたのと同じように、現在では反対派の人 人が高をくくっているように思えてならないのだ。あぶないなあ、という気がする。どこか違うな、 とも思う。こんな高のくくりようでは、今にまた逆転されてしまうのではないか。いや、違う。話 が少々脱線したようだ。 わたしが三浦の話にためらい、あぶないな、と感じたのは、また間違いをくり返すのではないか、 という危惧があったからなのだ。九年前には牧野弘毅といっしょに歩きながら、彼の凝視していた ものを、いや彼自身をさえ誤認し、ついには見失うという大失態を演じてしまった。なぜ、牧野が 見つめていたもの、彼には見えていたであろうものが、わたしには見えなかったのか。 わたしは、ためらいながらも、結局三浦の強引さと執拗さに負けて、しだいに彼の。ヘースにはま り込んでいったのだが、はまり込みながら、しきりにアンデルセンの「裸の王様」のことを考えて いた。「裸の王様ーは、実は裸ではなく、見えない衣を着ていたのだとしたら、あの寓話の意味は ど一フいうことになるだろうか

7. 原子力戦争

手こずらせている札つきなんですよ。狙いは医療補償か、あるいは医者の証明書を取りつけて企業 から金をまきあげようとでもしたのでしようかね。もちろんどこの大学も病院もそんな札つきを相 手になどしませんよ。四エチル鉛はたしかに毒性が強いけれど、水銀のように体内に残ることはな いので、後遺症で神経や筋肉が麻痺することは絶対にないのです。ところが、マスコミの人々は、 不勉強なうえに無責任に悲劇のヒーローをつくりたがるので、こういう人の話にすぐにのってしま そして、医者のほうでウソ うのですね。手や足がしびれるとか、ラ行の発音ができないとか : を見破ると、実は作話症といって、これも後遺症のせいなのだと、しゃあしゃあとひらきなおるの です」 秋山教授はさらに、牧野弘毅が四エチル鉛中毒の検査のために神戸の病院に入院中、看護婦から 騙し取った金で酒を飲み、通行人にからんで警察に留置されたこと、阪大附属病院で医師に暴行を 加えて逮捕された事実などを、まるで牧野の存在を無視するかのように語った。 「大槻さんがテレビ局の人だからあえて言うのですが、科学的な部分をふっとばして煽情的な被害 者の悲話ばかりを追うのは無責任、というより一種の犯罪だとわたしは思います。公害というのは、 はっきりいって過去の古傷なんですよ。科学が進んでデータが飛躍的に精密になったために、はし なくも古傷が出てきただけのことで、いわば解決済みの問題です」 秋山教授によれば、日本がアメリカ相手の戦争に踏み切ったのは、航空機の燃料に絶対必要な四 エチル鉛が国内で生産できるようになったためで、毒をもって毒を制することが人間の叡智であり、 そこに進歩や発展があるのであって、牧野弘毅のような人間は火を怖れる野蛮人のごとき滑稽きわ

8. 原子力戦争

員として「むつ」に乗り組んでいたが、「むつ」問題がこじれるにつれ息子が帰 0 て来られない のではないか、と心配していた。江戸さん一家の住む国広地区は「むつ」帰港阻止運動の拠点、 平内町漁協清水川支所の一角で、家業のホタテ漁をしている金之丞さんの = 一男もこの運動に加わ っており、金之丞さんは「おれはどうしたらよいのか。といっていたという。 「どや、これは商売になるでえ。この原子力で一商売や 0 たろと思うのやけど、大槻君、片棒担い でくれへんか」 三浦は、面倒な話のときや、相手に取り入ろうとするときには関西弁が混 0 てくる。「これから は間違いなく原子力が台風の目になるで。内ゲバゃべトナムを追いかけるのはもう時代遅れや。こ れからの戦場は原子力だよ。国家権力と人民が、あ 0 ちこ 0 ちで激突して派手に火花散らしてくれ よるでえ。これは商売になる。そやから戦場の先取りをしたろ、というわけや」 わたしは三浦の話を聞きながら腕時計を見た。カメラマンが車の中で待 0 ている。 「どや、原子力には関心ないかね。大槻君のようなドキ = メンタリーのディレクターにはう 0 てつ けの仕事やとぼくは思うんだがな」 原子力に関心がないわけではなかった。 連日、新聞やテレビにぶざまな漂流の姿を晒しつづけた原子力船「むつ」は、一週間前の十月十 五日に " つかみ金。をばらまいて、や 0 と青森県むつ市の母港に帰 0 たばかりだ「た。 「む「」は、いまや、ピ = 。の代名詞のような存在にな 0 ている。だが正直い 0 て、「むつ」を安

9. 原子力戦争

ところが森部のうさんくささを説明しようとすると、和栗がわたしの言葉を遮るように、「森部 壮太郎も実は被害者なんだよ」と、強く弁護した。森部壮太郎は舞台裏のからくりを知らずに住民 ープ間の複雑な関係を聞かされて無理やりに主催を引き受けさせられ、途中でおりられな 運動グル くなってしまったのであり、森部を口説くのに一役買ったのが前野靖子だというのだ。 「しかし森部のような海千山千が前野靖子のロ車にのるとは思えませんがねえ」 わたしがつぶやくように問い返すと、「森部は激怒していて、彼があの女はス。ハイなのだと教え てくれたのだ」と和栗は答えた。 「何か具体的な証拠でもあるのですか ? 」 「わたしたちの会では危ないので会員名簿もっくっていないのよ。世話人の名前さえいっさい外に は出していません。それなのに会員の名前、住所から家族構成、夫の勤務先まで、すべてあちら側 につつぬけになっているのはどうしてなのよ。電力会社との話しあいの席で、〇〇さんの御主人の 病気はいかがですかと聞かれて、わたしたち知らなかったのでぼかんとしていたのだけど、後で確 かめたら本当に御主人が胃潰瘍で役所を休んでいたのね。そういう、そっとさせられることがたく さんあるのよー 桜田敏夫に見せられた東京電力の社内資料に、職員は地域のグループや行事に積極的に参加し情 報を収集すべしという一項があった。忠実な職員ならば、妻を「核の恐ろしさを考える女の会」に 参加させるぐらいのことはするかもしれない。和栗幸三の話では情報収集には停年退職者や下請電 気工事店の従業員やその家族たちまで動員されているそうだ。行田龍三に聞かされた「の

10. 原子力戦争

「実はこの情報にはからくりがあって、某メーカーからぼくに、新聞で流してくれ、と持込んでき たのです。既成事実にしてしまおうというわけですな。国内の原発が住民運動のために停滞してい るので、メーカーとしてはこの話をモノにしようと必死になっているんですよ。原子力を輸出産業 にしようというわけですな。他に、韓国にも原子炉をつくるという契約がすでに完了しているらし く、順序としてはそちらのほうが前のようですが、韓国だと国会やマスコミがうるさいのでソ連の 話を先に流し、それで既成事実をつくって次に韓国をやる、という魂胆のようですね。メーカーと 通産とがつるんでの策謀ですよ。相手がソ連だと野党もマスコミもなぜかおとなしいですからね」 相沢慶介は、西ドイツ、フランスなど、原子力の新興勢力に対抗するために、米ソ二大国が何ら かの協定を結んだのだろう、という。わたしは相沢に、宝泉寺卓爾の名前をぶつつけてみた。 「宝泉寺卓爾 : : : 知ってますよ。エネルギーのかたまりみたいな人物だけど、通産とうまくいかな くて途中でスタッフから外されたようですねー 相沢の言葉で、宝泉寺が企業の中で孤立した理由がわかったような気がした。原子炉輸出の了解 を通産省に取り付けるために、企業は、窓口の官僚と円滑さを欠いている宝泉寺を切った。そして 国家主導への転換案を飲んだのだろう。 鈴木寿男が見せた「覚え書」は次のような言葉で終っている。 「本問題は重要かつ高度に政治的な問題であるが、日本の原子力産業育成のため日本政府の全面的 な御協力をお願いしたい。また、ファイナンスについては、輸銀のバンクローン方式が成立するよ う格別の御配慮をお願いしたい 258