204 モクラにミラー・ポールを曽った。 お礼にサングラスをもらったけれど、デザインが野暮ったいので、普段は机の引き出しにし まってある。奴等はヘビー・デューティが最 ~ 局だと思っているらしい 時々、夜中に、庭の草むらから光のすじがいくつも飛び出すことがある。 そんな夜は、ウォークマンのヘッドホンを土の中に埋めて、 ーティを盛りあげてやることに している。 ばくが、あんまりモグラに親切にするので、ガールフレンドに嫌味を言われた。 「あたしが処女しゃないってことが、そんなにいけなかったの 「いや。このへんのモグラは、みんなと「くに処女膜を失「ているよ」 単に好意を持っているだけの交際というのは、成立しないのだろうか。ガールフレンドは、ば くとモグラの性的な関係を怪しんでいるのだ。 ① ミ
「それを燃やすわけか」 彼は無表情に肯いた。 「だって命にはかえられないものな」 「そりやそうだ」 「でもまあ、それはどうでもいいんだ。なにしろただの映画だからねー彼が煙草をくわえると ーテンがすぐにライターで火をつけた。「問題はその燃やし方なんだ」 「どんな風に ? 」 「つまりね、札束をスコップですくってかまに放り込むんだ。山もりにすくって、それを火の中 しいから、スコップの方をさ」 に放り込む。そんな光景を想像してみてくれ。火はどうでも、 「したよ」 「どんな気がする ? 「どんな気もしないな」 彼が空になったグラスを十センチばかり前に出すと、一一十秒後には新しい酒の入った新しいグ ラスがかたんという気持の良い音を立てて置かれた。 「年収は幾らだ ? と彼は僕に訊ねた。 僕は正直な数字を彼に教えた。 「税金を引く前引いたあと ? 」 リ」と僕は言った。
109 ステレオタイプ 「すごいね」 「四年、彼はインドで暮しました。そして日本に帰ってきたんです。でも彼は日本になしめませ んでしたし、日本の方でも彼を受け入れませんでした。日本の画壇ってすごく権威主義的だし、 自分の範囲内にあるものしか決して認めようとはしないんです。そんなこんなで彼は中央の画壇 に愛想をつかして、山奥にひっこんしやったんです。それがもう十一一年前のことです」 「長いんだ」 「今は奥さんと二人で畑仕事をしながら、気の趣くままに絵を描いているんです。東京には年に 一「三回しか出てきません。だから名前が出ないんです。すごっく才能ある人なのに」 「えーと、その人の家に行くともぎたてのトマトが出てこない ? 」 「ええ、すごっくおいしいの」 「日本酒の地酒を冷やで飲んで、興がのると春歌歌うでしよ、その人」 「どうしてわかるのかしら ? 」 「なんとなくそんな気がしたから」 「ふうん」 〈註〉ステレオタイプⅡ紋切型
「だけどお」と女の子は言って、水かジュースかコーヒーか何かそういうもので、食べかけてい の 誰もいないんでオ・。みんなあ、出払っちゃってるん たものをごくんと嚥み下した。「本当にい、 「そんなの困るよ。こっちは死活問題なんだ。一時間以内に誰でも ) しいからよこしてくれ」 しいって言ってもお、 「誰でも、 : 」と女の子が言いかけたが、私はあとを聞かすにがちゃんと 電話を切った。インクが切れると、私はすごくイライラするのだ。 一時間後に玄関のチャイムがカンコンと鳴った。出てみると、そこにはヒラヒラとしたワン ピースを着た一一十歳前後の女の子が立っていた。彼女はあまり雰囲気のそぐわない黒いプラス チックのアタッシュ・ケースを下げていた。 「誰もいないんでえ、私があ、来ちゃったんですう」とその女の子は言った。 「あのさ、君、インクの調合できるの ? 」と私は訊わてみた。 「やったことないですけどお、材料と手引きはありますからあ、なんとかやれるんしゃないか なって : : : ふふ : : : 思いまあす」 ム やれやれと私は頭を抱えた。カスタム・メイドのインクの調合というのはすごく微妙な作業な ワ のであって、ちょっとしたバランスの狂いで文体ががらりと変ってしまったりもする。そんなこ とがアルバイトの女子大生にできるわけないのだ。
ク 209 ひとっ断っておきたいのだけれど、あしかというのは実に勤勉で正直な動物である。しかも謙 マージャン 押しつけがましいところがない。だからあしかは麻雀をやっても、自分の 虚で思いやりぶかく、 ーチ・ピンフ・タンヤオでしよ、三九〇〇 得占をすぐに少なくごまかそ、つとする。「えーと、 ですね」なんて言ってすぐにを崩そうとする。でも他の三人が寄ってたかって調べあげ、「あー また、はらここにちゃんとドラが一丁あるじゃない、満貫満貫」なんてことになる。こういう性 格の人はます作家にはなれない。 そんな具合だから、幹事ひとっ決めるのにも一一日くらいかかってしまう。みんな幹事になるの を嫌がっているわけではないのだけれど、自分から「しゃあ私やりましようか」とは言い出せな いのである。かといって誰かを推薦するというのも、他人に押しつけているようでどうも気がひ ける。それならあみだでもやればよさそうなものだけど、残念ながらあしかの世界にはくじとい 忘れつほい動物だから順番にまわりもちでというわけにもいかない う概念が存在しない。 どうしようもないのである。 で、どうするかというと、どうにもならない。みんなで輪になったまま、じっと黙り込んでい るのである。
217 ランチ ランチ 世界の偉人展があったので行ってみた。 会場は満員で、入口で札止めになっていた。 「どのくらい待てばいいんでしようねえ」私は受付嬢に尋ねてみた。 「さあ、開場と同時に何万人もの入場者がなだれこみましたから、館長がとにかく札止めにし ろって。それつきりわからないんです」 黒いカーテンが扉の外側にかけられていて、内から時々開く扉に押されてゆれている。 「ぎっしりなんですねえ、会場は」 「よくわからないんですよ、私たちには」 受付嬢はアルバイト学生たちと一緒になって、男物や女物の衣類をたたんではダンポールの箱 に整理している。 「何してるんですか」 「お客さまが、みんな脱いでしまったんです。どどっと入場したかと思うと、とたんに服や靴の 山が動いて出てきたんですもの、驚きましたわ」 「開場と同時に、そんなことになったんですか」
て、そんなことないと思うわって、ひかえめに、僕をさとしてくれたじゃないか。 僕、最近では、朝昼晩、一日に三回一二分間すっ歯も磨いてるんだよ。 おはようも、こんにちはも、こんばんはも、おやすみなさいだって、明るく元気な声で言える ようになったんだ。 テレビを観ながら食事をするのも、すっかりやめたし、外から帰ったら必す手を洗ってうがい をする。 僕、こんなこと考えちや失礼かなとも思うんだけど、君に悪い虫がついたんしゃないかと心配 なんだ。 君が電話で誰かと話してるところを、つい聞くつもりもなく聞いてしまったんだよ。 CQ までならいい って、どういう意味 ? ca って、ひょっとすると接吻のことしゃないかい。変 な想像してごめんね。 君が帰ってきたら、またゆっくり話そうね。 僕、とにかく会社に行ってきます。 7 時分父より ①
メニューの〈今夜のスペシャル〉というコーナーに、僕はアンチテーゼの料理をみつけた。 「ノルマンディー風新鮮アンチテーゼのガー ック・ソースかけ」とある。 「このアンチテーゼだけど、本当にそんなに新鮮なんですか ? ーと僕はメニューをにらみながら 給仕頭に質問してみた。 「ええ、それはもう間違いございません」と給仕頭はそんなこと訊かれて心外といった声で答え た。「わたくしどもはこれでも三十年も商売をやっておりますが、メニューの文句のことでお客 様を失望させたことは一度としてございません。わたくしどもが「今日は月曜日だ』と申します ときは百。ハーセント月曜日ですし、わたくしどもが「今日のアンチテーゼが新鮮だ』と申します とき、それは百パーセント新鮮なのです。文字どおりとれたてで、ピチピチしております。今に も噛みつかんばかりです」 「それはどうも失礼。昨ムマ新鮮なアンチテーゼになんてますお目にかかれなくなっちゃったもの だから、つい用心深くなってね」 うなず さもありなんといわんばかりに給士頭は目を細めて肯いた。 「まったくそのとおり、おっしやるとおりですな。たしかにこの十年ばかり新鮮な大ぶりのアン アンチテーセ antithese
ドーナッその 2 143 彼女かドーナッ化してしまってから、そろそろ一一年の歳月が流れ去ろうとしている。 ーナッ化した人々の大半がそうであるように、彼女は自分の核心・中心が無だと信してい る。そして僕が電話をかけるたびに、「あなたは私の外側しか見ていないのよ。私の本質は無な のよ。あなたには会いたくないわ」と言う。ド ーナッ化した人々は、宗教上の理由によって、 ーナッ化した相手としか交際してはいけないのだ。そんなわけで僕はもう一一年近くも彼女と 会っていない うなぎ ーナッ化された人々は鰻を食べないし、ジッパ ーのついた服を着ない。フィルターのついた 煙草を吸わないし、フナフチオは厳禁されている。生きている作家の小説を読むことも許可され ていない。 どうして彼らがそんなに偏狭にならなくてはならないのか、僕にはさつばり理解することがで きない。自らの核心が無であるという認識と鰻を食べないこととのあいだにいったいどのような 因果関係があるのだろう ? 先日僕は酒場でねしりドー ナッ化した若い女と知りあった。 「人間の本質は無方向性にあるのよ」と彼女はべッドの中で言った。 ーナッその 2 doughnuts でュ 2 「だから私たちは絶対に飛
いたみたいに、何もかもが僕にびったりだ。もし僕がジェームズ・ポンドであったとしたら、こ れは何かあるなと疑うところだけれど、幸いなことに僕はジェームズ・ポンドではなかった。マ ・ヘルムでもない プ・マーロウでもマッ イク・ハマーでもリュー・アーチャーでもフィリッ 平凡な市民であるというのはなんと素晴しいことであろうか。 我々はよく冷えたシャンパンをすすりながら、音楽やら文学やらスポーツやら熱帯魚の飼い方 しいくらいびった やらについて何時間も語りあった。彼女の好みと僕の好みは奇蹟的と言っても、 り合っていた。ただ四一三階に残してきた三足の靴下だけが僕を少々苛立たせていた。 「そうだ、靴下だったわね」彼女はそう一一一一口うと僕の手を引いて別室に案内し、マホガニーの大き な洋服ダンスのひきだしを音もなくするりと開いた。そこには二百足に近い色とりどりのソック スがきちんとまるめられてまるで宝石のように並べられていた。 「お気に召して ? 「素敵だ」と僕はため息をついた。「なんて素晴しいんだろう」 「もしお望みなら、これはみんなあなたのものよ」 彼女のナイトガウンがはらりと床に落ちた。 僕は彼女をひきよせ、唇をかさねた。 , そんなわけで、今僕は二百足の靴下を持っている。