たしぐらいだろう」 あお ハターソンは冗談ともっかずに一言って、ワイングラスを呷った。 「きようは記念すべき日になりそうだ。ボルドーの赤の良いのかあるぞ。開けようか」 「もう充分いただきました。アパートへ帰って、レポートを書かなければなりませんので、これ 以上はけっこうです」 「ケンはダイヤモンド・プラザーズで初めからヴァイス・プレジデントだったのか」 「入社当時はアシスタント・ヴァイス・プレジデントでした。 & << で、トロフィ・ディールを 一件手がけたことが評価されたんだと思います」 トロフィ・ディールとは、大型案件のことだ。 優勝杯をもらうわけではないが、大きなディール ( 案件 ) を成功させれば、に莫大な成果 会報酬をもたらすので、昇進もするし、けっこうなポーナスにもありつける。 の「九六年のケンの収入はポーナス込みで、どのくらいなんだ」 「秘中の秘です。では、自分の収入を他人に開示してはならない規則です。口にしたら即ク ビですよ」 ン 「ほんとかね」 セ 「事実です」 章 「いくらなんでも五十万ドルはもらってないだろう」 第 「ノーコメントです」 2
第二章トロフィ・ディール 「おっしやることは、よく分かります。ただ、わたしはヴァイス・プレジデントに過ぎません。 & < 担当の Q ( マネージング・ディレクター ) とわたしの二人しか知らないディールです。 少なくとも責任者のランリネイの承認を得ませんことには、わたしの立場がありません。秘密保 持については、問題ないと存じます。あと一週間ほどお時間をいただけませんでしようか みな 「きみのプロポーザル・レターはパーフェクトで、正式なものと見做そうじゃないか。手続き論 こ、つでい に拘泥しなければいかんのかね」 「恐れ入ります」 ワイツマンが鷲鼻をうごめかせて、ドナーを見据えた。 「成功報酬などの条件を詰めて、大急ぎでダイヤモンド・プラザーズと契約を締結したまえ。ミ スター ・ニシダもそれなら文句はなかろう」 ワイツマンに凝視されて、西田は見返せずに目を伏せた。 六月十日の午後二時過ぎに、西田はボスの、サイクスにウエストン社に関するトロフィ・ ディール ( 大型案件 ) について報告した。 ウエストン社の会長兼 O O のワイツマンと面会したことを聞いたとき、サイクスは一瞬、厭 な顔をした。
第二章トロフィ・ディール ローズを無視することはできない。 そこまで考えて、西田はドキッとした。 マイケル・ < ・パターソンの赭ら顔を思い出したのだ。 というより、サイクスに対する強気な態度は、パターソンの影響を受けているからではないの か。潜在意識の中に、ヾ / ターソンのスカウト話があったからこそ、サイクスに強く出たと思える。 そんなことはなし ノターソンとは無関係だ。不条理なサイクスのやり方が許せなかったのだ。 とサイクスから要 筋を通して、事前にケニーをトロフィ・ディール ( 大型案件 ) に加えたい、 求されれば、ノーとは一一一一口えなかった。 カレンにまで嘘をつかせるサイクスの恥を知らない卑劣な態度を見逃せるほど、俺は軟弱では ない。それだけのことだ。 どっちにしても、サイクスにひと泡ふかせなければ、男がすたる、と西田は田 5 った。 あか 月 3
第二章トロフィ・ディール
第一章セントラルバークの出会い 「ケセラセラなるよ、つになるさ : 西田は伸びをしながら、節をつけて唄 0 て、ふたたびレポートに気持ちを集中させた。 ディールの提案書は残り一二分の一ほどのところまできていた。 文字どおりトロフィ・ディール、大型案件である。これをまとめることができたら、シニア・ ヴァイス・プレジデントに昇進して、オフィスに個室を確保できるかもしれない。
「メイですが、スティープがケンに会いたいそうよ。すぐ来られますか」 西田は咄嗟の返事に窮した。まだ考えがまとまらないのだから仕方がない。 「気が進まないようねえ」 「おっしやるとおりですが、だからといってノーとは一一一一口えないでしよう。ミスター・サイクスに すぐ伺うと伝えてください」 西田は、椅子に着せてあった背広を外しながら、トロフィ・ディールから降りる、は撤回せざ るを得ないな、とホゾを固めた。 サイクスは、笑顔ならぬうすら笑いを浮かべて、西田を迎えた。 「どういうことになったんだ。頭を冷やして考え直したのかね。それとも、トロフィ・ディール を、わたしとゲアリーにまかせると言い張るのかね」 いきなり、挑発的に出られて、西田はむかっとした。これでは、サイクスは俺を排除したがっ ているとしか思えない。 「わたしが降りたほうがやりやすいということでしたら、そうさせてもらっても、いっこうに構 橋いませんが」 うすら笑いに対して、西田は冷笑で応じた。たったいま撤回の線でホゾを固めたはずなのに、 危 冷笑が苦笑に変わった。 と西田は田 5 い、 三「そんなことは言ってない。ケンの気持ちを大切にしたいとわたしは思っているに過ぎんよ。ひ と晩考えて少しは気持ちが鎮静化したと思ったが、そうでもないようだな」
ークの出会い 第一章セントラルバ 第二章トロフィ・ディール 6 第三章危ない橋 第四章父と娘 第五章巨額のリべー ト 185
ンスかもしれませんよ」 そんな話が。ハターソンと吉岡の間に出ていたとは驚きである。 西田は、ここは一一一一一口あって然るべきだと思った。 「わたしのような若造を買ってくださって光栄ですが、まだを辞めるつもりはありません。 いま、トロフィ・ディールを一件手がけようとしているところなんです。これの決着をつけませ んことには動きが取れません」 「トロフィ・ディールにめぐりあ、つチャンスは、トウキョウのほうが多いだろう。メジャーのダ イヤモンド・プラザーズから、中小のグレース証券への転職はケンのプライドが許さんかもしれ ないが、ダイヤモンド・プラザーズでは歯車の一つで終わってしまうぞ。使うだけ使われて、あ とは紙屑のようにポイと捨てられてしま、つのが落ちだろう。トウキョウ・マーケットにはビジネ 会ス・チャンスが山ほどあるぞ。それと、プランチのときにマーマニズム ( 拝金主義 ) がどうのこ のうのと、ケンは青くさいことを言ってしたが、 、 ' マネーがすべてだよ。マネーイズベストだ。 価値を測る尺度はマネー以外にない。人の心もマネーで買えると、わたしは思っている」 ウェイターがドン・ペリニョンの黒いポトルとシャンパングラスを運んできた。 ューリップ型の細身のシャンパングラスを目の高さに上げてから、吉岡が言った。 「西田さん、ヴィクトリア・グレース・グループは、前途洋々たるものがありますよ。丸二年で 一インベストメント・ ハンキング部門を軌道に乗せてくれれば御の字です。そのぐらいの余裕はあ ります。あなたをへッドに、若手で出来るのを四、五人集めてくださいよ。きようマイクに会う
がなにかをやろうとしていることは、かれらも気づいていますし、部下との信頼関係を損なわな いためにも、そうすべきだと考えます」 「ちょっと、わたしにも話をさせてもらいたい」 サイクスは、大きな眼鏡を外して、左手の甲で瞼をこすってから、横を向いた。 サイクスが大きな眼鏡をかけ直して、大きな吐息をついた。 「話をさせてもらいたい と言っておきながら、愚図愚図して、なかなか切りだそうとしないサ イクスにいらいらして、西田は咳払いをした。 「実はねえ。ゲアリーがきみの提案と似たようなことを考えていたんだよ。きみの提案と違う点 は、すでにライアン社と接触してたってい、つことと、ライアン社にウエストン社に対する e-« O ( 株式公開買付け ) を仕掛けることも匂わせたらしいが、対等合併の線で穏便にやろうというこ とになったらしいんだ」 西田は顔色を変えた。それも激しく。 トロフィ・ディール 「にわかには信じられない話ですねえ。この大型案件については、二人限りだとあなたから聞い ています。ミスター・ケニーがこのディールに首を突っ込んでくるのはおかしくありませんか。 ロわたしは、このディールについて、すでに半年間かけて取り組んでいます。ミスター・ケニーは どうなんでしようか。もっと一言えば、わたしの提案を横取りしようとしているとしか思えません 章 第 ゲアリー・・ケニーは、シニア・ヴァイス・プレジデントなので、西田より上席で、サイク
「ミスター・サイクスもを辞職されたのですか」 「冗談一一一一口うな。かれは、シニア・マネージング・ディレクターに昇進したよ」 「ミスター・ケニーは : : : 」 「あいつはを辞めてもらった。いま、ロンドンの銀行にいると聞いてるが、不確かだ」 スティープ・サイクスの腰巾着で、サイクスのためなら水火も辞さずというポーズを取り続け ていたゲアリ ・ケニーの首を切って、サイクスは、延命を図った。それどころか、焼け太りみ こいに、巧みに立ち回って、いまや Q ga のシニア・マネージング・ディレクターにまで昇り詰め たのだ。 自ら企んだトロフィ・ディールの横取りが失敗したことの責任のすべてをケニーに負わせたサ 、つまづら イクスの馬面を目に浮かべて、西田は吐き気を催した。 ・ランリ 「の利益を最優先しないのは理解しがたい、おまえは感情論に陥ってるとミスター ネイがわたしに対して不快感を表しているとミスター・サイクスから聞いた記憶があります。ど っちにしてもあのディールは失敗していたと思いますが」 「そ、ついう言い方がきみの立派なところだな。あるいはそうかもしれないが、きみが長期間、あ のディールでウエストン社と接触していた事実をわれわれは重く受けとめるべきだったよ」 サイクスの非を鳴らしたいところだが、 西田は男を下げるような気がしたので、ロをつぐんだ。 「誤解されると困るので、ついでに言っておくが、わたしが Q CQ を辞めた動機は、もっと別のこ とだ。あの程度のことで責任を取らされるほど、わたしは愚かではないし、わたしの功績は群を 2 3