ダイナミズムとか言ったとしたら、負け階しみとまでは言わないか、そのうちカネに目が眩んだ ことを後海するよ。体力がついてゆけなくなるのも時間の問題だろう」 西田は、自分はどうだったのか、頭の中で自問した。 小野は「西健は違う」と言ってくれたが、果たしてそうだろうか、と首をかしげなければいけ ない気もしてくる。 トイレから戻った小野が唐突に訊いた。 「誌の十月号に興味深い記事が出てたなあ」 ″石は最大の発行部数を誇る月刊ビジネス誌だ。 西田も購読しているが、どんな記事かびんとこなかった。 「を批判してたじゃないか」 「分かった。〃情報スクランプル″だな」 ″有名大蔵官僚がダイヤモンド・プラザーズ社を批判の見出しで、誌は次のように報じてい 八月一日付で行われた大蔵省人事が東京の国際金融関係者の間でちょっとした話題となって 4 318
西田が冷酒の酌を受けながら話題を変えた。 「なんの話をしてたんだっけ 「アメリカの格付け会社ウェーブズのデタラメぶりだよ」 「うん。そうだった。門田夫妻もいい玉だが、日銀の金融市場局といえば旧営業局で、日銀マン の接待漬けがマスコミに叩かれたところだよなあ」 「元担の西健がよう一言、つよ」 「話の腰を折るなよ」 「ごめんごめん」 ″ウェーブズ日本代表突然のトップ交代劇の真相″日銀はなぜ疑惑の人物を採用したのか″ の見出しで、誌が書いた記事は以下のとおりだ。 罪 資①一九九八年一〇月、ウェーブズの格付けアナリストで、門田秀の夫人でもある加藤優子氏 外 ( 仮名 ) が日本銀行の金融市場局 ( 旧営業局 ) に中途で入行した。金融市場局は日銀マンの接 七待漬けが指弾され、情報漏洩による逮捕者までだした日銀接待汚職事件の舞台となった問題の 場所である。つまり、重要な日本の金融情報が集積する部署である。そういう部署に、日本や 6
ナファンドみたいなやつらに、やりたい放題されてたまるか せめて、おまえぐらいそ、つい う気持ちでいてもらいたいな」 「最盛期で約四千人いたかねえ。それがいま現在約二千五百人かな。行員が二千人になるのも時 間の問題だろう。その分、残存部隊が働かされるわけよ」 「スイスの銀行とのアライアンス ( 提携 ) で張り切ってたときの小野とは別人のようだな。おま えがそんなふうじゃ、士気の停滞は目も当てられないっていうことかねえ」 「再生を信じて頑張ってるのもけっこういるよ。俺は悲観的だけど」 しえん 「俺の感情論っていうか、私怨をおまえにぶつけてる面がないでもないが、 Q とアップルツリ てきがいしん むし ーに敵心をもったほ、つかいいと思、つよ。少なくともあいつらは、毟り取ることしか考えてない からな」 「分かった。心するよ。西健がどんな情報をくれるのかしらないけど、当てにしてるよ。ただし、 俺に加工する能力かあるとは思えないし、西健に無理をしてもらいたくないけどねえ 「さしあたって、 Qpa の元パ ートナーとこんどの日曜日に飯を食うだけのことだよ。あとは出た とこ勝負だが、 俺のスタンスは、はっきりしている。スカウトに応じるつもりは毛頭ないし、あ いつらの足を引っ張ってやりたい。一矢報いたいと思ってることは確かだ」 354
「長信銀は使命を終えて、退場する運命にあると思うけど。キャピタルを投入して東長銀を救う スイス銀行の気が知れないよ」 「東長銀のとも思えん発言だなあ。まあ見てろって」 「うん。もちろん東長銀の再生を願ってるが、資金量が激減してるって聞いてるぞ。利付金融債 も割引金融債も売れ行きがガタ落ちしてるんじゃないのか」 小野の表情が翳った。 「だからこそスイス銀行と全面的に提携するわけよ」 鮨ダネを肴にビールから冷酒になったのをしおに、小野が話題を変えた。 「西健はツィてるよ。元担が東京地検の特捜部に出頭を求められて、ぎゅうぎゅう油を絞 られてるんだ。おまえがまだ東長銀にいたら地検の尋問を受けていただろうな」 「過剰接待問題か。 ( 朝日中央銀行 ) だけじゃないのは分かるけど」 「もちろん <OCQ はいちばん大変だろうが、担はどこの銀行にもいたからねえ。銀行だけ じゃない。証券も生保も、どこもかしこも元 O 担はえらい目にあってるよ。東長銀も然り 「俺みたいな元担のはしくれまで、検察は事情聴取してるのか」 「上も下も、ミソもクソも一網打尽だ。ひどいもんだよ。検察ファッショと言いたくなるくらい、 刑事被告人みたいな尋問を受けてるよ」 「一網打尽はオー バーだよ。見てきたみたいに一一一一口うじゃないか」 2 2
マイクは考えるだろう」 2 「しかし、違法行為、脱法行為であることは明らかです。熊野さんは特別背任、所得税法違反を幻 犯していることになりますが、このことが白日の下に晒されないとい、つ保証はあるんでしよ、つ か」 「タックス・ヘイプンのケイマン諸島に熊野氏のプライベートなペー ーカンパニーが存在する らしいが、国外での複雑な取引関係だから、バレることはないだろう。わたしも詳しい事は知ら ないんだ。マイクにまかせてるからねえ」 吉岡はこんな重大問題をなぜ、俺に明かしたのだろうか。 同じパートナーの立場だとしても、俺はきよう入社したばかりの身ではないか。西田は、吉岡 の真意を測りかねた。 「熊野さんのリべ ート問題を承知しているのは、ヾ ノターソン会長と吉岡社長、そしてわたしの三 人だけですか」 「山口はラクレル担当だから、薄々感づいてるかもしれないが、全体像はわかっておらんだろ 西田は喉の渇きを覚えたが、センターテープルに喉を潤すものはなにもなかった。 「吉岡社長はこの問題をわたしに明かしてよろしかったんでしようか。ノ 、ターソン会長から叱ら れませんかねえ」 「どうして。マイクに叱られるはずはない。ケンには主としてインベストメント・ ンキング部
みがぶつかったら、もうおしまいだ」 「お言葉ですが、なんの仕事もせずにグレース証券を去るにしても、わたしとしては、けじめを幻 つけたいと思うんです。けじめをつけるためにわたしが勝手にニューヨークに行くことは許され るんじゃないでしよ、つか」 「もう一度だけ訊くが、ラクレル問題、野問題から手を引く気はないか」 西田は思案顔で天井を仰いだ。 ートナーとして、共同経営 手を引くは不可解だ。この問題にタッチしていたわけではなし リべート商法 者の立場を考えたからこそ、巨額のリべートは止めろと進一言しているに過ぎない。 にも、限度があるはずだ。 ートナーがマイク・ << ・パターソンのリップサービスに過ぎ もっとも、士ロ岡か一一一口、つよ、つに、ヾ ないとしたら、見て見ぬふりをできるだろうか だか、「田ハい上かるのもいい・刀、、 日減にしろ ! 」が吉岡の感情論で、激し上がったあまり口がすべ った、と取れないこともない。 わずか一年余とはいえ、ダイヤモンド・プラザーズのニューヨーク本部で、ヴァイス・プレジ デントを務めた実績と、グレース証券のパートナーなら、おつりがくると考えたいくらいだ。 違うか。やはりうぬばれが過ぎる、と考えるのが常識的なのかもしれない 西田の気持ちは少しく揺れたが、マイク・ < ・パターソンとの対決なくして、辞職はあり得な とホゾを固めた。
「その話なら聞いた覚えがあるよ。西健が由佳ちゃんを引き取ることは不可能だ。綾子さんと由 佳ちゃんを会わせたらいいんだよ。二人とも心優しい女性だから、案外気が合うんじゃないか」 「由佳は俺が再婚しないことを願ってるふしがあるし、そんなことを佳乃に知られたら、えらい 騒ぎになるよ。自然体つていうか、いまのままで俺はいいと思ってるんだけど、綾子のほうが親 に会ってくれなんて言い出してねえ。参ったよ」 「股裂き状態で動きが取れないわけだな。俺がおまえの立場なら、再婚は再婚、由佳ちゃんは由 佳ちゃんって割り切るけどなあ」 「そんな簡単な問題じゃないよ」 小野が話題を変えた。 「スイス・ファースト銀行の東京支店長が逮捕されたなあ。これも〃飛ばし商品だが、 , ハ十社 に六千億円近くも売却したっていうから、凄いよ。グレース証券より規模はでかいよなあ」 「グレース証券と比較するのは無理があるな。私募債を装った詐欺と、デリバテイプとは違うが、 損失先送りの″飛ばしである点は共通しているな。複雑な仕組みで、手が込んでるし、世界的 に屈指のスイス・ファースト銀行の仕業だから、 ハターソンよりも悪質とも一一一口えるよなあ」 「金融監督庁の特別検査チームに東長銀でデリバテイプを担当していた専門家が入ってるが、三 か月以上も長期検査をやってたようだ。スイス・ファースト銀行グループ側は通常の資産運用商 品だと強弁してたらしいが、損失先送り商品で、ハイリスク商品であることをよくぞ見抜いたと 田ハ、つよ」 374
「見通しは暗いな。それ以前の問題として、いろいろあるしなあ。中に入ってみると、厭な面が 見えてくるってい、つか : ・・ : 」 「西健がグレース証券に入社して、まだ一週間にもならないじゃないか 「きようおまえと会う本来の目的は、ヘッドハンティングすることだったんだが、スイス銀行と のアライアンスで、それどころじゃなくなって、よかったよ」 「俺はもともと東長銀を辞めるなんて気はないぞ。このことは西健に何度も言ってるけど、よか ったって、なにがよかったんだ」 ハターソンの出方いかん 「小野だから一言うけど、グレース証券を辞めるかもしれない。マイク・ だが」 「冗談だろう」 「本音だよ」 「大森はどうなっちゃうんだ。あいつは子供を奥さんの実家にあずけて、ヨーロッパ旅行を楽し んでるが。西田が辞めて、大森がグレース証券に行くなんてあり得ないよなあ」 「問題はそこだ。頭が痛いよ」 ートナーとして迎えられたんだろう」 「西健はパ 「まあねえ」 「その西健が、入社わずか五日で、辞意を洩らすなんてどういうことなんだ。無責任もきわまれ りじゃないか」 244
え。変えようがありませんよ。ただ、わたしが反対したところで、事態が変わらないこと だけは明らかですから、山口さんじゃありませんが、とりあえず聞かなかったことにさせてもら えませんか」 吉岡がデスクの前にドスンと腰を落としたので、西田も椅子に坐った。 「とりあえずねえ」 吉岡は引っ張った声で言って、椅子を半回転させて、西田に背中を向けたままの姿勢でつづけ 、」 0 「差し当たって、マイクが東京に来る予定はないが、時間の問題だな。西田のことだから、マイ クと顔を合わせたら黙っていられないのと違うか」 「マイクのほうから、この問題に触れない限り、わたしはロをぬぐってますよ。その程度の辛抱 こらしよ、つ はできると思いますが。堪え性のないほうですけど」 「マイクは必ず、触れるだろうな。ラクレルが所有しているヴィクトリア債で、二か月後に償還 期限がくるのがあるし、マイクはラクレルにもっとヴィクトリア債を売りたがっているからね べ 額吉岡が椅子を西田のほうに回したとき、岡本綾子がおしほりと麦茶を運んできたので、吉岡は 巨 センターテープルを指差した。 五「そこにたのむ」 「かしこまりました」 227
んな不正に与するわけにはいきません。できれば聞きたくなかったと思いますが、聞いてしまっ た以上、黙っているわけにはいきませんよ」 「マイクにきみの意見を伝えるべきかどうか悩むところだが、 ひと晩考えさせてもらおうか 「考えるまでもないと思いますが、なんでしたら、わたしからパターソン会長に電話をかけても けっこ、つですが・ : ・ : 」 「そのことを含めて、考えてみるよ。熊野氏も急いでるようなので、あす中に結論を出すとしょ 吉岡は苦り切った顔で言いざま、ソフアを離れた。 5 京橋の〃ざくろで夜七時から始まった西田の歓迎会で、吉岡は陽気にふるまった。 ともすると熊野のリべ ート問題に気持ちを奪われがちで、浮かぬ顔の西田と対照的だった。 座持ちのよさは抜群で、ウィットに富んだェロ話でみんなを笑わせるし、宴席の気配り、目配 りも間然するところかなかった。 しかし、西田は笑いの渦の中に入れなかった。 ート問題を持ち出したときの仏頂面の吉岡と、はしゃぎ過ぎと思えるほどけらげら笑って いるいまの吉岡との落差をどう考えればいいのだろうか くみ 4 2