西田は、吉岡のきつい目に負けまいとして、鋭く見返した。 「ミスター ハターソンに後日しかるべくわたしの考えを伝えさせてもらいます」 「それはやめたほうが身のためだな」 「クビを覚唐しろっていう意味でしたら、もちろんそのつもりだと答えさせていただきますけ ど」 吉岡はむすっとした顔を横にそむけた。 西田も険しい顔で天井を仰いだ。 長い沈黙を西田が破った。 「昨夜、山口さんに、聞かなかったことにしたらどうかと言われましたが、 いまやそういう訳に もいきませんね」 「山口は顔に似合わず、大人だねえ。わたしも、一億円の件は西田にまだ話してないといえばよ かったのかもなあ」 「しかし、遅かれ早かれ分かることなんじゃないですか。バレる心配はないと山口さんも話して べ ましたが、 その保証はないと思います。百億円の償還には応じるべきなんです。コンプライアン はうれいじゅんしゅ 額ス ( 法令遵守 ) の社内体制を確立しなければ、株式の店頭公開なんて夢のまた夢に終わってし 巨 まいますよ」 五「株式の公開 ? 」 「ええ。ミスター ハターソンは、社員にも株を持たせて、創業者利潤を分かち合いたいような 279
日寸な、 ・ランリネイがおっしやった日米両国の政財界を挙げて、ニュー 「それが事実なら、ミスター を支援する体制が整うことになりますねえ。しかし、経団連会長は立場上、難しいと思い ますが」 「そうでもないだろう。ミスター・ヤマザキは引っ張り出してみせると自信たつぶりだったぞ」 西田はコーヒーカップをセンターテープルのソーサーに戻して、思案顔で腕組みした。 とい、つ田ハいか一しぐらついてし 経団連会長が新東長銀の社外重役に就くことなどあり得ない、 ることを意識した。 に迎えた 「ケン、どうだろ、つか。スティープが言ってたように、わたしとしてはアップルツリー いんだ。あすから来ないか」 「ジョークですか」 け「本気だ」 「でしたら、お断りします」 の 西田が笑いながら答えると、ランリネイは顔を真っ赤に染めて、怒声を発した。 ートナーを組みたいと言ってるの 「いつまで待てばいいんだ。わたしほどの男が本気でケンとパ 最 が分からんのか」 八「アイシー」 「区切りのいいところで来年一月からということで、どうだ」 365
「お見事でした」 「いやあ、ここんとこ歌ってないので、出来が悪くて」 田原はホステスから手渡されたおしばりで、顔やら首筋やらの汗をぬぐった。 「田原さんに先に歌われると、歌えなくなるので、いつも最後に回すんですが、今夜は西田さん の歓迎会ですから、特別です」 「真打ちですね。持ち歌は何曲ぐらいあるんですか」 「いま歌った三曲は十八番中の十八番ですが、″ひばりであれ、〃裕次郎であれ、なんでも歌 いますよ。ま、百曲じやきかんでしよう」 「そうねえ。百曲は詞も曲もここにインブットされてます」 田原は右手の人差し指で、ひたいを押さえた。 「じゃあリクエストしましよう。〃とんば″と〃少年時代″といきましよう」 「西田さんはよろしいんですか」 「今夜は聴き役に徹します」 べ 「じゃあ、その前に打ち水に」 の しゃれた言い方をして、田原がトイレに立った。 額 巨 西田は途端に、丿 ートの件を思い出し、顔をしかめた。 五「山口さんは、ラクレルの担当ですって」 「ええ。ラクレルがなにか」 207
「それは残念だねえ 「二次会に合流しましようか」 山口が大野と顔を見合わせながら一一一一口うと、吉岡は手を振った。 「それには及ばん。一一次会までは考えとらんよ」 「社長はともかく、せつかくですから銀座のカラオケぐらいどうですか」 のぞ 山口に顔を覗き込まれた田原が話を引き取った。 「西田さん、いかがですか」 「わたしは、どっちでもけっこうです」 「それではぜひおっきあいくださいよ 「ええ」 山口が中腰で言った。 「これで決まりですね。じゃあ九時半に銀座の″美鈴れということで。一一次会は中田、江口、高 木の三人はパスしてもいいからな。八人は多すぎるよ」 「わたしもパスしましようか」 「そうねえ。森村に限らず、一次会に出席する人たちは、西田さん以外無理することはありませ んからね。念のため申し添えます」 これで幹部会は解散になった。 しかん 朝つばらから緊張感が欠如し、空気が弛緩しているともとれるが、言いたいことが言える風通 788
「依願退職したいと思いますので、ご了承のほどよろしくお願いします」 「なんだって。一週間前は、 QCQ で頑張るようなことを言ってたのに、気が変わったのかね」 西田は返事をしないで、横を向いた。 「理由を言いたまえ」 サイクスは大きな眼鏡を外して、右手でぶらぶらさせながら、西田を見上げた。 大型案件を横取りされ、ひどい目にあったからに決まってるだろう、と言いたいところだが、 西田はサイクスに笑いかけた。 : 。強いて言えば日本に帰国したくなったんです。娘の顔も見たい 「思、つところかありまして : ですし、友達にも会いたいし、望郷の念に駆られているということですかねえ」 「娘や友達に会いたいのなら、休暇を取ったらいいじゃないか」 「考え直してもらえないか」 「ミスター・ローズには話したのか」 サイクスはいらだって、声が尖った。 え。ミスター・ローズは海外出張から帰ったばかりでにしいようですから、後日話そ、つと 三田ハいます」 「どうやら、わたしの顔も見たくないという心境のようだな。なにを誤解してるのか分からんが、 137
マイケル・ < ・パターソンがジョギングを始める時間は七時頃なので、ペントハウスのあるビ ルの近くに早めに着いていなければならない。 ターソンは西田に気づいていない。 十分ほど待っと、がっしりした大男が現れた。パ ークに入ってほどなく、西田は背後から声をかけた。 ハターソンかセントラルバ 「グッドモーニングミスター ハターソン」 ハターソンの顔といったらなかった。ギョロ目を見開いて、ロをほかんとあけた。 パターソンは西田を真顔で指差した。 そして、笑いながら近づいてきて、西田を抱き締めた。 ターソンのジョークで動悸が収まった。 西田は少しドキドキしていたが、パ 「ケン、なんでこんなところにいるんだ」 ハターソンに面会するために決まってるじゃないですか。まことに勝手ながら、き 「ミスター ようのジョギングは中止してください」 「どうしてだ。ひと走りして、わが家でゆっくり話そ、つや」 「時間がないのです。立ち話もなんですから、坐りましよう」 ターソンもむっとした顔で西田に従った。 西田はべンチに腰をおろした。パ 、ターソンとセントラルバ ークでお目にかかったのは三か月前の , ハ月七日です」 「ミスター 2
「西田さんがその気になってくだされば、迷ってる社長も踏ん切りがつくと思うんですけど」 それはあり得ない。先刻の吉岡との激しいやりとりを山口が知ったら、どんな顔をするだろう 山口は俺に対して、無防備であり過ぎる。パターソンのパートナーであると信じきっているの だからしようがないが。結果的に山口をひっかけたことになるのはどうにも気が差す。しかし、 この際そ、つも一言ってられない・ 「ヴィクトリア・グロー バル・マネジメント・ Z 社をご存じですか」 ーカンパニーです。わがヴィクトリア・グレー 「タックス・ヘイプン ( 租税回避地 ) のペー ス・グループの一部とも一言えますが、便宜的手段としてはよろしいんじゃないですか」 「なるほど ノックの音がした。 ドアの向こうに、岡本綾子の顔が見えた。 「どうぞ」と、山口が応じた。 ら 「西田副社長、お食事はどうなさいますか」 の 募「もう十二時半ですか。山口さん、どうしましようかー 山口が時計に目を落とした。 章 「なんでしたら、会議室でコンビニの弁当でも食べましようか。ウチのお嬢さんは、どこへ行っ〃 第 2 ちゃったんだろう。お茶も出さないで」
の 巨 時刻は九時を過ぎ、西田と小野を除いて″鮨長。のカウンターの顔ぶれが変わっていた。 ンキング部門はうまくいきそうか」 五「ところでグレース証券のインベストメント・ 西田の顔が激しくゆがんだ。 「事情聴取を受けて、震えあがってる人から直接聞いた話だが、聞いてるほうも身震いが止まら なかったくらいだから、すさまじいことになってるんだろうな。いまの特捜部長がなんていうか、 ちょっとエキセントリックな人らしいんだ」 西田は寒けがしてきた。 「の元会長が自殺したが、たしかあの人も元担で、担の親分みたいな人だっ たんだろうなあ。死を以て罪をあがなったのは立派たった。自殺してもらいたい人は、東長銀の OßQ にもいるよな。しかし、まさか東長銀から逮捕者が出ることはないんだろ、つ」 「それはないと思うけど」 西田がぐい呑みを呷った。 「担の話はもうたくさんだ」 「ごめんごめん。西健の古傷に触れるようなことを言って」 小野は優しい顔で、西田に酌をした。 4 っ 0 2
ヴィクトリア債のことには、ロ出ししてもらいたくない、 皮肉つほい口調だった。 のつべりした顔がいびつにゆがんでいる。 「おっしやるとおりです。しかし、グレース証券の主力商品に無関心でいられるほど、わたしは こ乗ってくれと言われてます」 無神経ではありませんし、吉岡社長から、経営全般について相談し さわ 「気に障ったら、ご容赦ください。でも、熊野副社長の件まで西田さんにオープンにするとは意 外でした。入社早々の西田さんには刺激が強過ぎると思いますー 「どうも。ご配慮感謝します。山口さんは先日も、そんなことを言ってましたが、遅かれ早かれ 分かることですよ」 「そもそも熊野氏からリべートの要求があったんでしようねえ。グレース証券から持ち掛けたわ けではないでしよう」 山口は返事をしなかった。 おいおい伺、つとして、今後ともよろしく 「きようは、本来の目的から脱線してしまいましたが、、 お願いします」 「こちらこそよろしくお願いします」 山口は浮かぬ顔で、ファイルを抱えて会議室から出て行った。 が」 、 0 と山口は言外に匂わせたつもりらし幻
「歩けるか」 「ええ。なんとか」 西田は、しかめつ面で応えて、大男を見上げた。 あか 茶色の総髪、広いひたいと鋭い眼光。この赭ら顔はどこかで見た顔だ。 「わたしは、充分走ったから、家に帰るが、きみはまだジョギングを続けるつもりなのか」 なま 地声なのだろう。甲高いよく通る声だ。訛りもなく分かりやすい英語である。 「とても無理です。あなたの大きな躰で体当たりされたのですから、歩くのがやっとですよ。骨 折しなかったのは奇蹟としか言いようがありませんね」 西田は真顔で言って、男を上目遣いでとらえた。 スキズキ痛むのは打撲傷のせいだろ そうーっと左腕をうごかしてみると、伸縮は可能だった。。 会、つ 出 の 「きみの英会話能力は完璧だが、どこで学んだのかね」 「小学生からしゃべらされてますからねえ。〃リターン・スチューデント ( 帰国子女 ) 。です。お 力分かりですか」 ン男は莫迦にするな、と言いたげに、仏頂面でうなずいた。 セ 「きみの父親は外交官なのか」 章 しいえ。商社マンです」 第 「なるほど。ショウシャか。どこの都市にいたんだ」