服の男は、殺した人間の耳だと言っているが本当のところはわからない 「昔、鳥を見て私は怯えていたんだ、朝の鳥じゃないよ、夜の鳥さ、朝の鳥はとても気持ちがい 君はいっか私が狂ってると言ったし、今もそう思ってるんだろうが、それは当たってるんだ よ、昔はな、昔は狂ってたと自分でも認めるさ、私は鳥を見ながら思い出していたんだ、もっと うんと昔の私が赤ん坊の頃のことさ、そこら辺の事を私は鳥を見ながら思い出そうとしていた 訳さ、とても怯えていたんだ、私はすっと怯えどおしの子供だったんだいそうだな、異常なほ ど毎日法えていたな、君に言ってもわからないかも知れないが、こう押し潰される感じが常に あったんだ、押し潰される感しと言ってもわからないだろうな、巨大な鉄の固まりで叩き潰され るって言うんしゃなくて、もっとじわじわと首のあたりを柔かく締めつけるマットレスか、水の 入った風船のようなものだ、形のない巨大なウォーターベッドを想像してくれ、それが私を重く 重く包み込んでくるんだよ、そのウォーターベッドが、全ての物から染み出てきて、ありとあら ゆる物さ、机とかコップとか手を這う蟻とか天井のシャンデリアとか、私の家には大きなシャン デリアがあったからなあ、そのシャンデリアとか外国語の辞典とか父が喫ってた煙草の灰や、 や葉巻の灰だ、鏡や妹や母や猫の目の奥からフワリと抜け出てきて私を包んでしまうんだよ、私 にのしかかってくるのさ、私の上に目に見えない形のない水のいつばいに入った風船のお化けが のしかかって息を止めようとするんだ、私はいっかそれを夜の空気の鳥と名付けた、私は空気の
「全く動かないのがいてさ 「死んでたんでしょ ? 僕達はコカインを打った。フィニーが持ってきた注射器は針が抜けやすく、後で打った僕の腕 に外れすに残ってしまった。かすかに血が滲み、海からの風で細い針は震えた。 海辺でやるとよく効くのよ。 太陽がからだの中に入り込んでくる。太陽だけではない、砂浜も海も貝もビーチ。ハラソルの影 もみんな僕の中に入り込んでくる。フィニーは水着を脱いで裸になった。 「誰か来るかも知れないよ」 る「来ないわよ、来たっていいのよ、みんな年寄りばっかりなんだから、それよりあたしを描いて 始よ、海につかってるからね、はら有名なのがあるしゃない ? 貝殼の上で裸で髪の長い女の人の 争絵があるじゃない ? あれみたいにあたしを描いてよ」 で フィニーは裸で海に入っていく。肌が白い。太陽に照らされて気持ち良さそうに笑いかける。 こフィニーだけは僕の中に入って来ない。全ての熱と形が僕の中にあるのに、彼女は不安定で捉え 離れている。フィニーは彼方の雲と同じくらい色が白い 海 僕はまた彼方の町を見る。 フィニーが手を振って何か言っている。ねえ、あたしを描いてよ。波間に浮く白い裸。
69 海の向うで戦争が始まる よ 三件の家出があった。三件とも車を盗んで事故を起こしている。車の連転が全くできなかった 十四歳の女の子はどうやって始動させたのか、その辺は書いてない。フランスの映画女優が結婚 した。十一歳年下の映画監督と、四度目の結婚。北の方で大火事、死傷者なし。この地方は行政 がいき届いて避難路が整備されていたため。同性愛を強制されていた男が復讐した。相手の男を 自宅のサウナに閉じ込めて殺害、死体の様子は書かれてないが、死ぬまでサウナに入っていたら からだはど、つなるのだろ、つか 「ねえ、はらあなたの、昔作った黒い服があったでしよう ? ちょっと地味すぎるってあなたが 着るの嫌がったのがあったでしよう ? おとうさんにどうかしら、あたしは似合うと思うの、か らだっきは一一人共そっくりだし、あなたが帰ってくる前に二人で話していたのよ、あの服にしま しようって」 「いや、奄ま、 匱はちゃんと持ってる、ちゃんとあるんだ」 「まあ、おとうさん、あの黒い服にしましようって出して当ててみたしゃありませんか、ねえ、 こあなた、ピッタリだったのよ、本当に」 「いや、俺は自分の服でいくよ、俺はちゃんと持ってるんだ、持ってる」 「おとうさん、恥すかしがっちゃだめですよ、あなたおとうさんったら、昔の制服でって一一一一口うの
指、全ての食器、レタスの葉の一枚一枚、こばれた砂糖の一粒一粒まであらゆるものがキラキラ と光っていた。 ェイビスはオートバイ貸してるのかしら、あたしはオートバイでもいいんだけど。 くりと気温は上がっていき、暖められたバターの匂いの混しった空 僕はまた首を振った。ゆっ よど 気、それがしだいに澱み始めて、返事をするのが面倒臭かったのだ。髪を様々な色に染めて、首 をプクプクに腫らせ染みのある手足の女達が連れ立って歩きバターの匂いを撒き散らしていた。 少し前に食べたメロンは甘すぎ、 ノハイヤは熟し過ぎていた。耳の垂れた白い大がどこからか 入ってきて、客の一人がやろうとしたソーセージに見向きもせす、プールの側に横になった。 あたし渓谷の写真を撮りに来たんだけど。女は望遠レンズのついたカメラを持っていた。 オここにはエイビスのレンタカーはないよ、フロン それを僕に向けてシャッターを一一度切っこ。 トに頼むとホテルのサンドバギーを貸してくれるって聞いたけど、まだ残ってるかな。 海岸に出てきた時、女はちょっと冲の方を泳いでいた。僕は一応ィーゼルを立てキャンバスを まみ ハイヤのべとっきも 置いてみたが、手にした鉛筆が汗で滑り、砂に塗れてしまった。メロンとバ まだ残っていたし、絵はやめて一日中寝ていようと決めた。 女はしばらくビニールポートで浮いていたが、僕に」いたからだろうか、やがて上がって、 さっき手を振ったのだ。
父親はしきりにネクタイを気にしながら、やはり暑いのだろう、背広を脱いだ。顔に汗が吹き 出ている。妻がハンカチを渡す。 「俺が憶えているのは、鉄の丸い檻の中を、こう、オートバイでグルグル回るのがあっただろ う ? あれはやらないみたいだなあ、ああいうのは売行らないのかな、こういうことまで昔とは 違ってきてるんだなあ」 「ねえ、おとうさん、どこで音楽が鳴ってるの ? 天井の上 ? 「音楽 ? 「さっき、広場にいたような人達はいないのかなあ、上にいるの ? レコードかな」 「はら、お前がまだ小さい頃、見に行ったやつは、ちゃんとした楽団が舞台の横にいたよな 「あそこに一人だけいるわよ、楽団はお金がかかるから雇えないんじゃない ? 五歳の息子が宇宙人だと言った空中プランコの芸人が、飛び移ったり手を離したりする時に、 シンバルを打ち鳴らす人間が一人いる。 燕尾服にシルクハットを被った進一打係である。ところがそのシンバルは場内で聞こえてくる音 楽と無関係に入るので、それでまた緊張感が半減することになる。本当は、ドラムの長いクレッ シェンド・ロールで徐々に緊張を ~ 咼めていって、ここという見せ場でシンバルを打ち鳴らし、観 あ」
から飲んでいた大きな男が、何でそんなに走ったりするんだバカ野郎、と怒鳴った。若い男女 が、危いわわえと言いながら大笑いしている。泣いている子供の母親が洋服屋を指差して何か 言った。何だ赤ん坊が泣いていても知らん顔をするくせに傘がぶつかったくらいどうしたという んだ。そう思って立ち上がろうとした時、からだを支えていた洋服屋の腕を若い男が足ではらっ た。ウイスキーを持った大男が大喜びする。洋服屋は怒りで震えながら立ち上がった。出口に急 がねばならない。俺はお前らみたいに遊んではいられないんだ。傘が当たった子供の母親はかん 高い声で叫んでいる。あの人よあの人よあの人がこの子にひどい事をしたのよ、目差す出口から 子供達が中に入ってきた。急がなければ閉じ込められる。また走り出そうとした時、ウイスキー の大男が洋服屋の襟首を擱んで振り回した。おいてめえそのまま行く気かよ、人々は出口から中 に入ろうとしている。あなたね目に当たったんですよ目ですよ、病院に連れて行って貰いますか らね。何が目だ俺の母親は全身を黄色く爛れさせて死のうとしているんだぞ。 「俺はちょっと悪いけど急いでるんだよ」 ふざけた野郎だな、あの子供と御婦人に謝れと言ってるんだよ、そのくらいできるだろう ? 目に当たったんですよ失明したらどうするんですか。人々は出口に殺到し始めた。広場へと広 場へと、この町のどこにこれだけの人が住んでいたのだろう、早くしなければ広場の中にこの無 関係な群集と共に閉じ込められてしまう。人々の恐しいざわめき、何万人という人間のざわめ
形作ることがある。 絵葉書きの町よ。 針の先の塔の他にも稜線には細かい凹凸があるようだ。何かで前に、あのような点の風景を見 たことがある。小さな国から送られてくるニュースフィルムか何かで。 画面は暗く、または粒子が荒すぎて眩しく必す焦点がばけていて、それでも少し離れて目を細 めて見ると、崩れかけた建物から兵士が軽機関銃を撃っていたり、小さな王様が痩せて首の長い 王女と金色の絨毯の上を歩いていたり、耳朶を刳り貫いた原住民が倒した象の上でバナナの房と 長い槍を持ち上げて笑っていたりするのがわかる、そんなニュースフィルム、その中でいっか、 あの海の彼方の稜線に似た町を、点に見える風景を見たのかも知れない。 る 女はまるで自分の故郷を見るように溜め息をつきながら、黒く霞んだ稜線を眺めている。 始 父が買ってきてくれたのよ、昔、あたしの部屋にあったわ、黄色の壁に貼ってあった。 アンソニー ーキンスの写真の横に貼ってあった絵葉書き、あの町に似てるわ、まだ子供 で その絵 こだった頃、ねえ、塔が見えるでしよう ? はらあの山の頂上に塔が建ってるしゃない ? の葉圭日きにも塔があったのよ。 海 テープルの上にビーチ。ハラソルが作る丸い影。曹達水が入っていたタンプラー、氷が解けた後 の静かな液体。
「でも雨がわ、心配なのよ、降りそうでしよう ? 今にも降ってきそうなの、延期はできないら しいんだけどわ 足の細いワイングラスにビンクの透明な酒を注ぎながら女は言った。口紅を埋め込んだ唇の端 を歪ませて。男は立ち上がった。少しよろけて倒れそうになり、 頭を強く振って、目を擦る。窓 際まで行こうと歩く様子は、体中の骨が全て溶けてしまったかのようにグンニャリとしている。 「大丈夫だと思うよ、私は雨は降らないと思うね、さっきラジオでもそう言ってたから」 そ、 2 言ってからカーテンを開けた。 「あなたきようは昼間からお酒飲んでるの ? 女は窓際に進んで笑いながらそう言う。 「いや、私は雨の話をしているんだ」 始 プーツの爪先を壁にカツンカツンとぶつけている男を見ていると、女はいっか動物園で見た白 争 てい馬を思い出してしまう。奇形の馬で女の見ている中、生まれるとすぐに死んでしまった。骨が こ全くなかった。なぜかこの人はあの馬そっく 色が白いし、満足に立てないんですもの、目 のが似てる、あの白い馬の法えきった目、今度聞いてみよう、あなた何に怯えているの ? って聞 海 いてみようかしら。 「きのうは、あれからすぐ家に帰ったの ?
空気以外のものがあるとそれは嘘になってしまう、私は、いやらしい子供だったんだよ、とにか く法えてたからなあ、それで、これではいけないと、すっと考えてた、ある時私が寄宿口にいた 頃、父に入れられた幼年学校の寄宿舎だよ、フェンシングの実技試験があった、私はそういうの がいやで、いつも何か口実を考えてさばったんだが、その日はどうしても試合をしなければいけ なかったのさ、私は、オリンピックの予選にも出たことのあるという強い相手とやらされた、も ちろん負けたのだが、負けただけじゃないよ、喉を突かれたんだが、私は嫌われていたからなあ、 何とも気味の悪い奴だと言ってみんなに嫌われていたんだ、喉を突かれて私は気を失なったよ、 そして失神する直前にまた、例の大の思い出をすっかり反復して思い出してしまって、たぶん みつともなく叫んでしまったんだろ、つな、おまけに小便をもらしてしまってさ、だけど、恐らく 私はこの時に私の持っている恐怖を全て吐き出したのさ、一気にね、叫びと小便にして、そ れつきり、大の恐怖、夜の空気の鳥は戻って来なかった、というのは、失神して、私は死ぬかも 知れないと言われていたんだが、気が付くまでに不思議なことに、夢を見て、赤ん坊の頃のこと を思い出すことができたんだ、夢の中にワーグナーという人が出てきた、あの有名な作曲家とは 違うんだよ、その人はドイツのルートウイヒスプルグ、エグロス ( イムで生まれて、両親も少し だけ気違いだったらしい、結局その人は、自慰のやり過ぎや獣姦で、深い自己嫌悪に悩んで、村 の男達が自分の行為を知っていてそれを噂の種にしていると思いこみ、被害妄想が始まって、睡
あれはポスターだ、ポスターは常に誇大な広告をする。自分はまた嘘つきだと思われてしま 「おい、表に動物達の檻があっただろう、あの中に象はいたか ? 「さあ、あたしは気が付かなかったわ」 「確か、いなかったんだ」 「バカだなお前達は、象が檻に入ってるわけないじゃないか、大きいから、檻には入ってないよ、 大人しいから檻は要らないんだ、象は足を鎖で繋ぐだけだよ」 「象が逆立ちするって言ったじゃないかあ」 周りを見てみると、客が減ったような感しがする。もともと少なかったのだから、正確にはわ 始からないが。空中プランコが終わ「た。 拍手は少ない。衛兵の一家では妻だけが拍手をした。 水着のように、肌を露わにした女達が三人、玉乗りを始めた。白と赤に塗り分けられた玉、何 で こでできているのだろう、ひどく汚れている。 の玉に乗ったまま、二人がポーリングのピンを投げ合う。小太りの一人は傾斜している板の上に 海 横になった。ピエロが彼女の足の上に玉を乗せる。相当重い玉らしい 出口の方に向かう何人かの組がある。やつばり客は減っているのだと衛兵は思う。