何となく面白くなかったのだろう。蟻の巣を踏みつけて壊した。すると友達がいやな顔をして ししー刀 言った。「お前、何てことするんだ、この穴から水を入れた方がもっと面白いんだよ、 少しずつ水を入れるんだ、そうすると蟻のやつら驚いて飛び出して来るのさ、そこを踏みつける んだよ。十匹一一十匹しゃない、 一回で何百匹も殺せるんだよ」 女の子供が一人、洋服屋の前に立った。フリルのついたプラウスを着た女の子、洋服屋の首の あたりを見ている。母親らしい人が各則を呼びながら連れに来た。どこかの国の女王と同し名前 だった。母親が女の子の細い腕を引っ張った時、突然洋服屋が悲鳴をあげてとび上がった。その まま倒れ、腹や胸や背中や首を押さえ転げ回る。回りの人が驚いて見ている。女の子が母親に教 るえてやっている。おかあさん、気持の悪い虫がねえ、はら薄い毛のいつばいある小さな虫がねえ、 始あのおじさんのシャツの中にたくさん入っていったの、あの木から。 争洋服屋は叫び声をあげて転げ回った。最初、何かに感電したのかと思った。踵から頭まで痛み でが突き抜けた。何が起こったのかわからすに転げ回っている。体中にがラスの破片が刺さったよ こうな痛みだ。小便が漏れる。顎を震わせ涙を流しながら必死で起き上がろうとする。たぶん虫だ のろう。洋服屋は冷静になろうとする。確か救護所があるはすだが、捜すのはとても無理だ。彼は 痛みに耐えて立ち上がった。涙で霞む目で公衆便所を見つけ、駆け込んだ。便所の中は息が詰 まった。はとんど全ての便器が汚れていた。ドアを閉め、臭いに耐えて、静かにシャツを脱ぐ。
「おばさん、これよ」 女の子は左腕を差し出す。輪ゴムを巻いたような引き攣れ。 「その、若い御方が気合をかけて、その、千切れた腕を傷跡にピッタリ押し当てると、くっ てしまったのです、いや、私も信じられませんでした、でも、見て下さい この娘のこの腕が何 よりの証拠です。 それで、奧さん、その若い御方のお書きになった本があるのですが」 ああ、そういう話だったのかと、妻はまた「にしいもので」そう言ってドアを閉めようとした。 男は流ててドアの隙間に首を突っ込み、奥さん奧さん何が起こるかわからないよ、と、さっきと は違うロ調でそう一言う。衛兵の妻は、失礼します、失礼致します、そう言い続けてしつかりとド アを閉めた。目の大きなあの女の子が外で叫んでいる。おばさん、腕が千切れるよ、おばさんも 始 腕が千切れるよ。 で 「何だ、どうしたんだ。誰だったんだ」 こ「宗教かなにかの団体でしよ、気持ち悪くてしつこいのよ」 の「それにしても長かったな、呼んだら僕が言ったのに、変なのにひっかかるなよ」 衛兵の父親は黒いスーツを着ている。 「俺はまだまだ大丈夫だと思ったよ、ネクタイの結び方を憶えていたからな」
困るじゃないか、いつも一言ってるだろ、つ、ちゃんとおと、つさんと一緒にいてくれないとだめだよ。 「こんにちは、おばさん、あたし腕が千切れちゃったのよ」 まだ就学以前だと思われる女の子は、突然そんなことを言いだした。目が大きくかわいらしい 「奧さん、ちょっと見てやって下さい この娘は私の子供なんですが、この娘は、私が製材所を しいえちゃんと やっておりますもので、いつも、その仕事場で、作業場で遊ぶのが好きでして、 子供部屋を与えてはいたんです、小さい頃から木の匂いが好きだと言ってましたし、製材所です から、とても危いんだよとはいつも言いきかせておりました、道具が多いものですから、ある時、 大きなラワンの上でこの娘が遊んでおりました時に、そのすぐ横に私の母がいたんですけど、そ の、母は目が悪いもので、つい気が付かなくて」 始 衛兵の妻が何となく気味の悪さを覚えて、あの忙しいものですから、とドアを閉めようとする 争 と、目の大きな女の子は、スカートの裾を引っ張って引き止めた。そして左腕をまくって見せ で こる。おばさん、あたしはら手を切っちゃったのよ。肘のすぐ上あたりに、ゴム輪を幾重にも巻い のたような肉の引き攣れができていた。 海 「全く私は親として失格だと思います、この娘のこの傷跡を見るたびにもう申し訳なくて、実は、 私の店にはこれくらいの回転式の電動鋸がありまして、そうです、この娘が巻き込まれてしまっ
あの子供を連れた女を刺してみろ、それで全てが新しく始まる、早くあの女の喉を刺してみろ、 早くやらないと、もうすぐ全てが終わってしまうぞ。 フリルのついたプラウスを着ている女の子、その手を引いた若い母親の前に兵士が現われ、彼 女の喉に銃剣で穴を開けた。 「あたし、手の爪もプルーにするわ」 フィニーはオレンジ色のマニキュアを震える手付きで落としている。太陽はさらに沈んで、僕 鼻をつく除光液の匂い。僕は喫っていた煙草を砂に埋めて消し、 達とビーチ。ハラソルの影は長い。 フィニーの脇腹に触れた。フィニーは足を反らしてマニキュアの瓶を倒す。青く重い液体が砂浜 る に吸い込まれる。半分青く、半分オレンジ色のフィニーの爪、境目に冷たい灰色が見える。海の 始向こうの町を被っていた雲と同し色、町ではやはり雨が降り始めた。フリルのついたプラウスの 争女の子は喉に穴を開けられて倒れた母親を不思議そうに見ている。広場の石畳に流れ出た血を雨 でが薄めて拡げる。広場には同じようにからだのどこかに穴の開いた死体を何カ所かに集めてあ こる。派手な祭の衣装を着た男や女が舞台で首を吊られている。彼らの皮靴や素足の踵から落ちる の雫。爆弾が落ちたらしい、人間の破片が降ってきて雨と見分けがっかない。洋服屋は便所の中で メロンを買う前に首と右手をとばされた。その隣のポックスで性交していた男女は下半身を合わ せたまま胸から上がない。病院は崩れ落ちて、洋服屋の母親は天井の下敷きとなった。コンク
「そうか、サーカスが来るのか」 「小さい頃、お前と一緒にサーカスに行ったことがあったな、慮えてるか ? 」 「ああ、あの時どうしておばあさん連いて来なかったんだろう、病気でもしてたのかな」 「下の叔母さんが死んだろう、あの頃だよ」 「おとうさん、あちらで黒い服に着替えてきて下さい、坊や今寝たのに、じゃあ、起こしましょ うね、早く行っていい席にすわりたいものね」 玄関のチャイムが鳴った。妻は汚れているエプロンを外して立ちあがる。あなた、ちょっと見 てきますから、坊やを起こしといてわ。 玄関のドアの向こうには、中年の男が立っていた。知らない男だ。度の強い眼鏡をかけ、髪が ポサポサで、くたびれきった灰色のスーツとひどい皺の赤いネクタイをしている。 「あ、主人ですか ? 呼んで参ります」 「いえ、奥さん違います」 「主人ではないんですか」 「ええ、実は私、昔この近くで製材業をやっておりまして」 はあ ? と衛兵の妻が怪訝そうな顔をすると、男はキョロキョロとあたりを見回し、後を振り 向いて女の子の名前を呼んだ。早くおいで何をしていたの ? かってにいなくなるとおとうさん
間かわからない。地面の上で一緒に熔けているからだ。ライオンに餌をやる少年はます目をやられ て、雨が頬に当たっているのに太陽が照っているのだろうと一瞬思った。熱で視界が黄色になっ たからだ。 「海の向こうの町を見てると、なせだかわからないけどジャムを舐めたくなってくるわ、とても 喉が乾いてくるのよ、甘くて冷たいラズベリ ジャムを舐めたくない ? あなたのおかあさんっ てお料理が上手なのよわ、ジャムを作ったりすることもあるの ? 」 「フィニー、あの町は夢なんだろうか ? 」 「夢しゃないわよ、あなたの目に映っているのよ、あなたは見ているのよ、見ることは本当のこ とよ」 子供達の叫び声が聞こえる。ここまで届いてくる。両手を後手に縛られ耳に銃口を突っ込まれ る痩せた男が見える。瓦礫に化した舗道を、背中一面にケロイドを作った女の子が歩いているの が見える。首を針金でしめられる老人が見える。僕達はそれをはっきりと見ている。 「でもあたし達は別にいい 女達の乳房と性器にはコイルが接続され、兵士達は自分のからだから流れ出た血溜まりに身を 沈める。 「あたしは明日、渓谷の写真を撮りに行くしあなたはまた絵を描くんでしよ、つ ?
だわ、女は酒を飲み干して、軍服の男を指差して笑いだした。、 ノイヒールを脱ぎ捨て、足の指の 間をこすり、右足の裏に付いていた湿った枯葉をつまむ。笑いながら、あたしの欲望ってこれよ、 と叫び、ドレスを脱ぎソフアの男に投げつける。あなたは鏡じゃないわベトベトした蠅取り紙み たいなものよ、全てをくつつけて苦労してるのよ、あたしのドレスをくつつけなさいよ、あなた には腐れた肉がたくさんくつついてるわ、丸坊主の女の子がいったい何をしたっていうのよ。 男は目を充血させた。 まるで赤い蟻が巣に集まったみたいだわ。 「かってなことを言うな、私は酔っ払った女がかってなことを言うのが大嫌いなんだ、君は殺さ れたいんだろう、私に殺されたいんだ」 る 「あたしだけじゃいやよ、あたしの父と、子供も殺してよ、プーツを磨かせるなんていやよ、あ 始 の醜い子供を殺してくれなきや」 で 教会の鐘が鳴り始めた。正午だ。重い響きでカーテンと赤煉瓦で仕切られたこの部屋に届く。 こ「あたしをど、つしても、 しいから、豚の脂を塗るのだけは止めてね、シャワーで長いこと洗っても の落ちないのよ、髪に付いちゃうと落ちないのよ」 「私は最近、思うことがあるんだ」 きようは祭の日だ。教会の鐘はそれを知らせるために特別の音色を使っている。女は裸になっ
69 海の向うで戦争が始まる よ 三件の家出があった。三件とも車を盗んで事故を起こしている。車の連転が全くできなかった 十四歳の女の子はどうやって始動させたのか、その辺は書いてない。フランスの映画女優が結婚 した。十一歳年下の映画監督と、四度目の結婚。北の方で大火事、死傷者なし。この地方は行政 がいき届いて避難路が整備されていたため。同性愛を強制されていた男が復讐した。相手の男を 自宅のサウナに閉じ込めて殺害、死体の様子は書かれてないが、死ぬまでサウナに入っていたら からだはど、つなるのだろ、つか 「ねえ、はらあなたの、昔作った黒い服があったでしよう ? ちょっと地味すぎるってあなたが 着るの嫌がったのがあったでしよう ? おとうさんにどうかしら、あたしは似合うと思うの、か らだっきは一一人共そっくりだし、あなたが帰ってくる前に二人で話していたのよ、あの服にしま しようって」 「いや、奄ま、 匱はちゃんと持ってる、ちゃんとあるんだ」 「まあ、おとうさん、あの黒い服にしましようって出して当ててみたしゃありませんか、ねえ、 こあなた、ピッタリだったのよ、本当に」 「いや、俺は自分の服でいくよ、俺はちゃんと持ってるんだ、持ってる」 「おとうさん、恥すかしがっちゃだめですよ、あなたおとうさんったら、昔の制服でって一一一一口うの
抗も感じなければ、喜びも別になく、これは当然のことだという、落ち着きだけがあった。 父親の退職と入れ替わりにこの職業についた頃、すでに祭は好きではなかった。 広場と並木道を見降す力フェテラスでばんやりと祭を眺めていた年もあった。あれは確か上級 の学校に行っている頃で、友人数人とオレンジジュースを飲みながら、通りを過ぎる山車の行列 や踊り狂う女達を見ていたのだった。祖母に連れられて、この広場で風船が景品に付いた菓子を 買って貰い、人混みで頭が痛くなって、おまけに迷子になった。あの年はもっと前だ。迷子に なったからと言うのではなく、その時はっきり祭は嫌いだと感じた。 ことだ。い っ頃から祭が嫌いになったかなどはっきりと まあ、そんなことは別にど、つでもいし いろいろな原因が絡み合っているのだろう。早く母が死んで誰かに甘えた 確かめる必要もない。 る という記憶がはとんどなく、醒めることに慣れていたし、父親が決して祭で騒いだりする陸質の 人ではなかったこと、根が不精者だからとも言えるし、祭が嫌いな人間は他にもたくさんいる。 争 その中に、酒を飲んで女と踊るよりも公園の樹をじっと見て表情を変えすに立っている方が陸に で 合ってる男がいてもおかしくない の広場の出口付近のべンチに、若い男女が座っていた。男の方は、毎朝衛兵の家へ牛乳を届けて 海 くれる店員だった。店のマークが染められたいつもの白いシャツではなく、新調したらしいプレ サーコートを着ている。女の子は赤いプラウスにとても不釣り合いの紫色のプローチが目立っ
恥が無理して笑っているように感じ、その看護婦に母のことを頼んだ。看護婦は笑ったまま振り向 き、わかりました、と短く言った。 階段を降りる 。。ハジャマを着た、足首の腫れた初老の男とすれ違う。男からは母親に塗ったの と同し油臭い軟膏の匂いがした。友達を見舞いに来たのか、何人かの子供達が階段を駆け上がっ 一人の女の子が、こっちょこっちょ、と道案内をする。もうすぐ祭なんだから早く帰ろ うな、でもあの人は祭見れないのよ、かわいそうじゃないの。肩から血を流す黒人女とすれ違 血は腕に沿って流れていたが、その女はもう一方の手の指に煙草をはさみ、裸足でゆっく と音をたてすに上がっていった。 ロビーは人でいつばいだった。医者の言った通りだ。祭の熱気はここまで押し寄せてきてい る。汗をかき、大声でわめき、お互いに口論し、いろいろなところから血を流している人達の間 を、洋服屋はからだを横にしてすり抜ける。おりゃあ自分で自分の足を切っちまった、そう怒 鳴っている男がよろけて彼にぶつかった。 ふくらはぎから噴き出す血が洋服屋のズボンを少し汚 す。洋服屋の中にはまだ吐気が残っている。ロビーは暑い。洋服屋も汗をかいている。売店で冷 たいミルクを飲む。一人の老人が歌をうたいだして看護婦から注意された。牛乳瓶を握る洋服屋 の手の平には、母親の吹出物の感触がまだある。 ミルクを飲み終えると彼は外へ出た