殺し - みる会図書館


検索対象: 海の向こうで戦争が始まる
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1. 海の向こうで戦争が始まる

だわ、女は酒を飲み干して、軍服の男を指差して笑いだした。、 ノイヒールを脱ぎ捨て、足の指の 間をこすり、右足の裏に付いていた湿った枯葉をつまむ。笑いながら、あたしの欲望ってこれよ、 と叫び、ドレスを脱ぎソフアの男に投げつける。あなたは鏡じゃないわベトベトした蠅取り紙み たいなものよ、全てをくつつけて苦労してるのよ、あたしのドレスをくつつけなさいよ、あなた には腐れた肉がたくさんくつついてるわ、丸坊主の女の子がいったい何をしたっていうのよ。 男は目を充血させた。 まるで赤い蟻が巣に集まったみたいだわ。 「かってなことを言うな、私は酔っ払った女がかってなことを言うのが大嫌いなんだ、君は殺さ れたいんだろう、私に殺されたいんだ」 る 「あたしだけじゃいやよ、あたしの父と、子供も殺してよ、プーツを磨かせるなんていやよ、あ 始 の醜い子供を殺してくれなきや」 で 教会の鐘が鳴り始めた。正午だ。重い響きでカーテンと赤煉瓦で仕切られたこの部屋に届く。 こ「あたしをど、つしても、 しいから、豚の脂を塗るのだけは止めてね、シャワーで長いこと洗っても の落ちないのよ、髪に付いちゃうと落ちないのよ」 「私は最近、思うことがあるんだ」 きようは祭の日だ。教会の鐘はそれを知らせるために特別の音色を使っている。女は裸になっ

2. 海の向こうで戦争が始まる

けど、鏡にはなれるぞって思ったね、私は鏡になろうって決心したのさ、君が私を見て、あら大 佐がいるわ、あたしの二メートル前にいてあたしは十秒後にこの人に抱かれるんだわって思った りすると違うんだよ、君が私の前に立って、踊るために私を支え、私の目を覗き込んで見えるの は君自身だろう ? こんな部屋じゃなくて、草一本ないようなタンサニアの草原で私と君が二人 きりしかいなくても、私を君が捜すことはできないよ、君が草原で見ることのできるのは君一人 だ、昔私はオレンジ畑を持って脇腹に手術の跡がある老人を殺したことがある、私はその男の腹 に火掻き棒を突っ込んだけど、それはその老人の演出なんだよ、私の動作じゃない、老人が決め た筋書きなんだ、私は関係ない、老人の欲望だったのさ、私は他人の欲望を映しだす鏡さ、歓楽 街のネオンサインや賭博場のデイラーと同じだ、君はこの部屋で私を見つけ出し認めることがで きる、それは私が君の欲望、注射器や白熊の敷皮や男根を模したエボナイト棒を映し出してるか らなんだ、一一人で火星に行ってみるとはっきりするよ、私は火星では消えてしまうのさ」 ドレスの裾を広げバイオリンに合わせてク 女は軍服の男の退屈な話をはとんど聞いていない ルクル回ったりしている。ピンク色のワインを飲み干し、別の強い酒を注いで、舌を充分に痺れ させてから食道に流し込む。胸のあたりで酒の熱が拡がり、頭が冷たく浮き上がって少しだけ気 持ちが良くなる。 私は鏡だ、だって笑わせないでちょうだい、あなたはあなたよ、どっちかと一言うとあなたは大

3. 海の向こうで戦争が始まる

話してただろう ? 口が動くのが見えたよ、あの衛兵は何か言ったか ? 「枯れた葉っぱの上を裸足で歩くと気持ちがいいわよってそれだけだわ」 「枯れた葉っぱと白熊の敷き皮か」 軍服の男はそう呟くと、灰皿の上で燃えている煙草に目をやったまま、ピンクの酒を飲み干 し、少し噎せた 「きようは早起きしたの ? 」 女はちょっと一則と同じことを聞いた。しばらく間をおいて男は話しだす。何でそんなバカげた 同しことを聞くんだ ? その間に一一度咳をし、ヾ / イオリンは急降下の旋律を奏でた。 小さい頃、鳥を見ただろう ? 昔は 」さい頃みたいにな、 「私は鳥を見ようと思っていたんだ、ハ る 鳥を見ると心が落ちついたものさ」 軍服の男の爪の間には赤黒い汚れが詰まっている。あれは血だ。 争 「きよう、島は見えたの ? 」 で 「見たよ、木の上で餌を食べてた、しかし、もうどうということもない、鳥を見てもどうという のことはないよ」 海 この男は人を殺したことがあると言っていた、何人も殺したことがあると。この部屋の隅に大 れきながラス瓶があってアルコール漬けの白いグニャグニヤしたものが何個も入っている。この軍

4. 海の向こうで戦争が始まる

少年は立ち上がった。自分を噛んだ大を見て、ロから泡を吹いていないことを確かめる。 「あの野郎、殺してやるぞ」 「やめろよ、それより見てみろ気持ち悪い」 「まだ血が出てるぞ」 「大の頭から血が出てるよ」 交わったままの牝を殺された牡はやっと吠えるのを止めた。それでもまだ体は離れていない 動かない牝の頭から長い毛を染めて流れ出る血をしきりに舐めてやっている。 「お前歩けるか ? 「ああ、あいっ泡を吹いてなかったよな」 三人は足を引きする少年を真中にして大達から遠去かることにした。また、プルドーザーが 作った道を歩く 「とても痛むのか ? 」 「あいっ殺してやればよかったよ」 三人は大量の桃を見つけた。カラスを追い払い始める。 「あの大の肉もったいなかったな」 「あんな肉を食う奴ってどんな奴かな」

5. 海の向こうで戦争が始まる

だろう、俺、何故だか知ってるんだ、何故あいつがオートバイの男をさあ、嫌ってるか、俺知っ てるよ」 「え ? 何の話してるんだ、お前、オートバイがどうしたって ? 」 「あいつが大を殺してから教えるよ、大体あいつは昔から赤い毛が嫌いなんだよなあ」 風は吹いていない。大達は気付いてはいるのだろう、時々、近づいてくる少年を見る。 息を荒くしたり、 前足を硬く突張っていたり、血を流したり腰を震わしたりしているが、大達 の目には不思議に力がないと、殺しに行く少年は思っている。目は変に穏やかだ。そう言えば大 というやつはあまり目の色が変わらない、餌を食べる時も、寝ていてふと足音で目覚めた時も、 歩いている時も同じような目をしている、こいつらの目は決して夜も光ることはない、交尾して る いる大を殺るのは簡単だ、楽しんでいる動物を殺すこと程簡単なことはないだろうな、反対に子 始 供を生んだ牝っていうのは大変だ、あの赤毛の牝は楽しんでいる、あいつは殺されてもいいん 争 その牝大は舌を出して喘いでいた。舌の先から白く濁った唾液を、地面の表面に固まった卵黄 のの上に垂らしている。眼球はキラキラと濡れていて視界は霞んでいるのだろう、少年の方を見て も表情を変えない。角材を振り上げた時、少年は小さい頃、カマキリを凸レンズで焼き殺したの を思い出した。学校の砂場で交尾していたカマキリの柔かい白い腹に太陽の光を集めて黒い穴を

6. 海の向こうで戦争が始まる

日食べさせてくれたし、私のあそこを上手に撫でてくれたよ、とても上手だった、私は普通の牡 大の何倍もペニスを長くできたのさ、太くもね、それで主人から撫で上げられると必す人間の ただ 腕くらいになってしまった、私の主人は強い酒をふりかけてさらに私のペニスを熱くして、爛れ させて鶏をくれたんだ、私は鶏を殺したよ、尻の穴を突き刺していつも嘴まで引き裂いたんだ ぞ、そんなやさしい主人が死んでしまったんだ、わかるかい ? 大の私はとても悲しんだんだよ、 それで新しい主人が替わるかわりにみんなでよってたかって私を殺したんだ、厚い濡れた布を私 にすつはりかぶせて太い棒で殴り殺したんだ、ひどいと思うだろう ? そうなんだ、巨大なウォー ターベッドみたいな臭い厚い濡れた布だった、私はます頭を割られて、その一撃でどういう訳か ペニスを硬くしてしまった、いつも主人に撫でられていた時と同じに人間の腕くらいに大きくし てしまったんだ、ム諸ハうんだが、きっと頭が割れて脳のどこかを刺激したんだと思うな、頭を怪 我して癲癇になってしまう奴がいるだろう ? あれと同しだよ、その、長いペニスが、ああム い出しても恥すかしいんだけど、木で作られた人形の片手みたいに、ペロリと濡れた布から突き 出てしまったんだよ、君にわかるかなあ、その時私は死にたい程、惨めだったんだ、私を殺そう としていた連中は喜んだよ、その私の長く突き出たペニスを擱んで、尿道を押し開いて、一人が 毒蛾を入れたんだ、そして、また無茶苦茶に殴り始めた。毒蛾は私の尿道で暴れた、でも恥すか しい話だがそれはすごく気持ちが良かったんだ、わかるかい ? 毒蛾っていうのは、あれは痒く かゆ

7. 海の向こうで戦争が始まる

眠中の妻子五人をまず刺し殺してから、村に放火し村人を九人殺したっていう人なんだけど、お い今の話、ちゃんと聞いていたかい ? ワーグナーさんの話さ」 軍服の男は少しだけ興奮している。女は窓の外に気をとられていた。祭を準備する独特の騒が しさがかすかにこの建物まで届く。女はまたグラスに酒を注いだ。ちゃんと聞いていたかい、 ないと思うわ、もう何十回も聞いた話よ、あたしに卵を詰め込むんなら早くしたらいいのに、演 説は聞き飽きたわ。 「聞いてるわ、ワーグナーさんは何か言ったんでしよう ? 」 「その通りさ、ワーグナーさんはたった一言私に囁いて消えたよ、ワーグナーはこう言ったん だ、『赤ん坊の頃のことを思い出せたら僕は人殺しをすることはなかったのに』ってね、そうな る ぐる んだ、赤ん坊の頃を思い出せば良かったのさ、赤ん坊の私は縫い包みのオランウータンだったん 始 だから、中心に赤が集まった小さな花や桃の木の毛虫だったんだよ、そういう自然の一端で、君 争 にわかってもらえるとうれしいんだけどなあ、私の周囲の、両親やその他の家族や召し使い達、 で 医者や大や猫なんかが、ちょっとは気にとめるけど、何の影響も彼らに与えない、ちゃんと息を のしてて、ちょっとした空気の変動でも泣いたり病気したり死んだりすることが許される、値段の 海 高い縫い包みだったんだ、何もできない裸の赤ん坊だったのさ、そこで私は幼年学校の寄宿舎の べッドで考えた、今さら赤ん坊になるのは無理だけど、赤ん坊みたいに半透明になるのは無理だ

8. 海の向こうで戦争が始まる

「酒を飲みながら食うんだ、酒を飲みながら食うと、どんな物でもうまいってオヤジが言ってた ョットのシャツの少年は、産毛のうっすらと生えた、ギザギサのある匂いの強い草をどこから か抜いてきて、手の平で揉みその汁を噛まれた少年の足首につけてやった。 「悪いな、俺ちょっと町見て来るよ」 足を引きすりながら少年は丘へ向かう。ゴミの山の外れは小高い丘になっていて、町を見渡す ことができる。果物が投棄されている所を抜けると、巨大な煙突が見える。灰色の建物、三台の プルドーザーが待機している。 足は、もう余り痛まない、あの友達が草の汁を塗ってくれたおかげで、血も止まったようだ、 でも、あの牡大も殺してやるべきだった、少年はそう思いながら歩いている。あの赤い毛の牝 力は、死んでからも目の色が変わらなかった、すっと濡れていた、もうすぐあそこら辺の捨てられ 0 た豚と同じように硬くなるだろう、目もじきに乾いてしまうだろう。 ゴミの匂いが薄くなる。その下をくぐり抜けてきた鉄条網が見えてきた。その向こうには目指 のす丘が姿を現わしている。あの丘の下には町が拡がっている。雲に被われた暗い町、いつも全く変 海 わらない町だ。まだ歩けない頃からよくあそこへ行って町を眺めた、うんざりする程変わっては ) 0 しかし、きようは特別だ、町は飾られようとしている、町の中心、深い森を脇に持っ広

9. 海の向こうで戦争が始まる

大きく回って鉄条網が映し出される。「ゴミの匂いが薄くなる。その下をくぐり抜けてきた鉄条 ーこの描写の背後に女と僕の目が隠されていることは指摘するまでもない。物 網が見えてきた」 はスクリ ンに映し出される映像のように向こうから見えてくるのである。 い、つまでもなく戦争 しかし、物語をつなぎあわせ統一しているのは女と僕の目だけではない。 へと雪崩れこんでゆくひとつの都市というテーマがすべての物語を背後からっき動かしているの 少年のひとりは大に噛まれて「あの牡大も殺してやるべきだった」と思う。 「祭じゃない、私は戦争が始 大佐は愛人に「私は本当に思っていることがあるんだ」という まれば、 しいと思うんだ」と。 衛兵の妻は酔った男達に抱きっかれ「ああいう男達はみんな殺すべきだ、ガソリンをからだに A 田じ、つ。 かけて焼き殺してやりたい 病床で死に瀕している母のためにメロンを買い求めようとした洋服屋は、祭りの混乱にまきこ まれて身動きがとれなくなり「蟻の巣のように広場の人間共をみんな踏み殺せたらどんなにいい だろう」と考える、「全ては汚ならしい嘔吐物だ、全ては母親のあの吹出物だ、汚なくて臭く腐 説れていて痒い、切り裂く必要がある。祭なんかいらない。戦争が始まればいい」と。 まあるもののすべてが破壊されればいいという凶暴な思いに浸されてゆく。四 解物語はみな、い つの物語を通して、戦争が始まればいい という願望が熱病のように広がってゆくのだ。この、海 しったいどの の向こうで始まろうとする戦争と、書くことの化身である海辺の二人の存在とは、、

10. 海の向こうで戦争が始まる

134 静けさと清潔さを取り戻して空つばなこの部屋とは奇妙に食い違っている。何か他のことを思い 出さなければいけない。洋服屋は、見舞いに来てくれたある友人が言った事を思い出そうとし た。その友人は本屋を経営している高校のクラスメートだった。その友人の父親も何年か前に癌 で亡くなっていた。きのう新しく入った本を見ていたらね、昆虫の本なんだけど、それも昆虫学 者が書いたものしゃなくて詩人か誰かが書いたものなんだけどさ、小さな虫ね、はら夏に多い ゴミみたいな煙草の灰みたいに小さな虫がよく手の上とか机の上の紙なんかにポツリと飛んで来 るだろう ? ああいうゴミみたいな昆虫の触角だけど一一本あるだろう ? その一一本が別々の働き をすると言うんだね、つまり一本は異物に対する警戒だよ、ゴミみたいな虫だから脳で考えてい ろいろな場合に応した行動をとるなんてとてもできないだろう ? だから本能がこの一本の触角 に凝縮されていて、この触角に何かが触れると、一目散にすぐに飛び上がって逃げるわけさ、も う一本のやつは、言わば諦らめのための触角なんだよ、麻薬と同じさ、はらいっかものすごい麻 薬が作られた話をしただろう ? メチャクチャに気持ちが良くなって、どんなに手ひどく殺され ても央感のまま死ねるってやっさ、からだが信じられない程高揚して、誰かから殺されるまで目 に入るものを片端から壊して人は殺してしまう、恐しい麻薬の話を聞いただろう、不安と恐怖が 全く消滅してしまうやつだよ、その麻薬と似ているんだ、ゴミのような虫はこの二つめの触角に 何かが触れると、それが異質の物であればあるだけ、恐怖の対象であればある程、優しい侊愡に