海 - みる会図書館


検索対象: 海の向こうで戦争が始まる
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1. 海の向こうで戦争が始まる

りになってくれて、だからあたしはきっとすぐに良くなるって慰めてくれるし、しようかないっ て隸ったのよ、あなたもそ、つ、つでしよ、つ ? しよ、つ力ないって隸うでしよ、つ ? 「でも何かが死ぬっていうのは悲しいよな」 「そりや悲しいわよ、あなたも何か死んだことがあるの ? 「大だけどさ」 「何で死んだの ? 」 フィニーは細長い煙草をくわえている。吸い口に砂がついていたのか、舌の先を指でつまむ。 フィニーはまた海の方を見た。 るねえ、大だけど病気で死んだの ? 僕の方を振り向かす、海の向こうを見たままそう聞く。 始「ああ、まだ子供だったんだけどね」 争煙があがっているのが見える。フィニーの喫う煙草だろう。フィニーは砂浜に小さな穴を掘っ でてその中に煙草を埋めた。最後の煙が砂の間からゆっくりと細く昇るのが見える。 こそれは、彼方の稜線と重なって、海の向こうの町からかすかに昇っている煙と見分けがっかな の 海 ねえ、ちょっと見て、海に流れ出た魚の血があの町を囲んじゃったみたいよ。 「ここまで流れてくるといやだな」

2. 海の向こうで戦争が始まる

11 海の向うで戦争が始まる 女は水際から自分のビーチ。ハラソルへと歩き始めた。少し項垂れて、自分の足跡を振り返りな がら。からだを拭っているが、あのバスタオルはこのホテルのものではないようだ。 ホテルのやつは、赤い地に黄色でのマークが入っている。あの女が使っているのは、この海 小さめの揺れてはためくバスタオルの白 岸で最も目立っ白い布だ。キャンバスの白の向こうに、 があり、女の横顔と海水で重くなった髪が見え隠れする。女は髪を解いている。豊かな髪が、水 分を吸い取られた分だけ風になびく。女は乾いたからだにまたオリープ油を塗り始めた。匂いが かすかにここまで届く。風の方向が逆だったら恐らくもっと匂うだろう。 両腕にオイルを塗り込みながら、女は僕に笑いかけてきた。さっき女がそうしたように、僕は 手を振った。 女は海の向こうを指差して何か言っている。魚の銀色の腹のような海の向こう、眩しくて何も 見えない 女はこちらへ歩いてきた。 こその曹達水、くれない ? 氷の解けかかった赤い液体を女に渡す。 だけどちょっとも、つ盈いよ。 くわ 女はストローを銜え、喉を震わせてから、もう一度海の彼方を指差した。 うなだ

3. 海の向こうで戦争が始まる

「全く動かないのがいてさ 「死んでたんでしょ ? 僕達はコカインを打った。フィニーが持ってきた注射器は針が抜けやすく、後で打った僕の腕 に外れすに残ってしまった。かすかに血が滲み、海からの風で細い針は震えた。 海辺でやるとよく効くのよ。 太陽がからだの中に入り込んでくる。太陽だけではない、砂浜も海も貝もビーチ。ハラソルの影 もみんな僕の中に入り込んでくる。フィニーは水着を脱いで裸になった。 「誰か来るかも知れないよ」 る「来ないわよ、来たっていいのよ、みんな年寄りばっかりなんだから、それよりあたしを描いて 始よ、海につかってるからね、はら有名なのがあるしゃない ? 貝殼の上で裸で髪の長い女の人の 争絵があるじゃない ? あれみたいにあたしを描いてよ」 で フィニーは裸で海に入っていく。肌が白い。太陽に照らされて気持ち良さそうに笑いかける。 こフィニーだけは僕の中に入って来ない。全ての熱と形が僕の中にあるのに、彼女は不安定で捉え 離れている。フィニーは彼方の雲と同じくらい色が白い 海 僕はまた彼方の町を見る。 フィニーが手を振って何か言っている。ねえ、あたしを描いてよ。波間に浮く白い裸。

4. 海の向こうで戦争が始まる

フィニーは右足を砂に埋めながらしきりに舌を這わせる。町では目の大きな赤ん坊が母親と一 緒に首をはねられた。水母でヌルヌルしたフィニーの腕が僕の首に巻きついてくる。 「やどかりの・レース楽しみだわね」 老人達は自分を埋める穴を掘っている。負傷した人は、自分から離れて土に帰った器官が作り 出す激痛に耐えている。 「あなた町を見るの止めたら ? 」 フィニーの髪と腋からは甘い匂いがする。これと同じ匂いのケーキを作るのが僕の母は上手 だ。フィニーの舌も同じ匂いがする。ヴァニラの匂い。太陽は水平線に接した。海全体が輝ゃい るている。夕暮れの風が肌を撫で始めた。飲みかけのフィニーのラムパンチに銀色の小虫が浮いて 始死んでいる。 争「この浜辺に、あの町からの死体が打ち上げられたら面白いわね、みんな見に来るでしようね」 で血はすっかり洗われて、死臭を放ちプクプクに腫れ上がった無言の人間を、海は運んでくるだ ころうか。いや、死体は途中で消えてしまうだろう、鋭い歯を持っ貪欲な魚達が啄むだろう、濃い の塩分が骨まで熔かしてしまうだろう、海とはそういうものだ。あの町と僕達の間に海は常にそう いう風に横たわっている。 「ねえフィニー、あした一一人でヨットに乗ろうよ、渓谷の写真なんか撮るの止めろよ」

5. 海の向こうで戦争が始まる

女は手を振っている。 顔をこちらに向けて僕を見ている。逆光のためよくわからないが笑っているのかも知れない もし笑っているのだったら子供のような笑い顔だ。まるで初めて海というものを見た夏の子供。 緑と銀のストライプの水着。 首筋のあたりで真珠の首飾りのように光っているもの、汗だろうか、それともさっき海に入っ る ていた時の水滴だろうか、からだに張られた日焼け止めのオイルの表面に乗っている。 始 カープを描いてうんざりする程遠くまで延びた海岸には、あの女と僕以外誰もいない 争 海岸の砂は細かくて、手で握りしめても砂時計のようにこばれ落ちてしまう。 三本のビーチパラソルがある。一本は遙か遠くに少しだけ傾いて、一一本目は赤いやつであの女 のの物と思われる衣類や化粧品や煙草やサングラス、三脚付きの一眼レフのカメラ、バスタオル、 海 こぶんラム。ハンチが入っていたのだろう、ストローが二本さし込んであるパイナッ ヘアプラシ、オ 、グ、三本目の影には僕が寝転んでいる。 プル、透明なビニールヾン

6. 海の向こうで戦争が始まる

51 海の向こうで戦争が始まる 女はさっき名前を教えてくれた。フィニー フィニーは彼方の町から目を離して、何か食べるものがないか ? と聞く。僕は母が持たせて くれたチーズ。ハイを勧めた。 「時間がちょっと経ってるけど大丈夫だと思うんだ、腐ってないだろう ? 」 ちょっと甘すぎるパイをフィニーは何度もおいしいわ、と言って食べる。僕も少しだけ食べた が、甘すぎてまいった。砂糖を入れすぎたりすることは滅多にないのだが、たぶん母は、海では 甘いものが欲しくなるからと思ったのだろう。海岸を、丸められた薄い紙が風で飛んでい フィニーがハイのついた唇を拭いた紙だ。 「鐘を聞くと俺は学校を思い出すよ、思い出すのは学校だけだな」 海の 「生まれた町はどうなの ? あなたの町ではこういう鐘は鳴らなかったの ? 今みたいに、 向こうの町みたいにさあ、お昼を知らせる鐘は鳴らなかった ? 「学校を卒業したら、俺は生まれた町を出たからね、俺の町でも鳴ってたのかも知れないけど、 とにかく慮えてるのは学校だけだよ、学校のこと考えると変に感傷的になるな、友達もたくさん 「あなた小さい頃から絵を描いていたの ? 」 そうだった。僕はこの海岸に絵を描きに来たのだった。真白のキャンバスが左脇にある。

7. 海の向こうで戦争が始まる

っ半年も付き合っているのに、父のことだってきのうも同しことを言った、私が金をあげるから 何か買ってあげるといい。 「父は元気だけど何も欲しくないのよ、仕事がしたいって言ってるけど何もできないから、知っ てるでしよう ? 父は両腕がないのよ」 「ああ、すまない、でも私がスイスから義手の職人を呼んでやるって言っても君はいつもいや だって言うじゃないか、スイスの義手は最 ~ 咼なんだよ」 「もう父の話はやめにしましようよ」 「君がやめたいって言うならやめるよ、でもおとうさんに言っといてくれよ、義手は最高のをお 世話できるんだ」 男は窓の外を眺める。夏だというのに窓はあまり開かれたことはない。手摺りには埃がたまっ 始 ている。窓がラスにこびりついている、小虫の死骸、光を目がけてぶつかってきたのだろう。部 争 屋は公園の木々と同じ高さで、整えられたいろいろな種類の樹木が畑のように続いて見える。そ で この向こうは海、この町は雲に包まれて暗いのに、海の彼方は光輝ゃいている。男は窓から遠くを の見ている。 海 「見ろよ、祭だって言うんでみんな忙しそうだな、私は、一人捜さなきゃならないんだ、君に頼 もうかな、誰かプーツを磨くのが上手な子供を知らないか ? プーツを誰かに磨いてもらわな

8. 海の向こうで戦争が始まる

で見ることのできるのは君一人だ、私は他人の欲望を映しだす鏡さ」 大佐のこの奇妙な論理を信しるとすれば、鏡になることと戦闘に加わることとははとんど等し いことになる。いすれも我を忘れさせるからである。 しかし、「私の目を覗き込で見えるのは君自身だろう」という大佐の言葉はそれ以上のことを 語っている。なぜならそれこそがこの小説の方法だったからである。女は僕の目を覗き込んでそ こにやがて炎上することになる都市を見出し語りはじめたのであり、それがこの物語のそもそも のはしまりだったのである。この海辺で向き合っている女と僕が書くことの象徴にはかならな かったとすれば、まさに書くことこそが我を忘れることであり、熱狂と興奮と恍に、すなわち 戦争に雪崩れこむことにはかならないことになる。つまり書くことこそが戦争なのだ。 とすれば、海の向こうで始まる戦争とはまさにここにあるこの一冊の書物、「海の向こうで戦 争が始まる』という一冊の書物のことにはかならない。そしておそらくはただそれだけが、現代 において唯一可能な戦争なのだ。 結末において女はいう。 「あなたの名前をまだ聞いてなかったわね、なんて言うの ? 説しかし、僕はこの問いに答えない。オ よぜ答えないのか。「君が見ることのできるのは君一人だ」 いいかえればフィニーは僕の自意識であり、僕は 解からだ。僕は鏡にはかならないからである。 フィニーの自意識だからである。この合せ鏡のあいだに生じた幻想が「海の向こうで戦争が始ま る』という小説にほかならないことをこの会話は鮮かに示している。すなわち、戦争へと雪崩れ

9. 海の向こうで戦争が始まる

海の向こうで戦争が始まる

10. 海の向こうで戦争が始まる

あたしは煙突だと思うわ、きっとあの塔は煙突よ、だって煙が出てるもの。 水を入れたコップに、薄い絵具を染み込ませた細筆の先端をそっと漬けると、ガラスの中を、 不思議な曲線を辿りながら色彩が泳いで、 しく。その色の動き、女が煙突だと言った、彼方の町の し 塔からはそんな色の動きそっくりに何かが確かに出ていた。煙かどうかは僕にはわからない かし、何かがゆっ くりと昇っている。 微妙な凹凸のある黒い稜線、女が町だと言う霞んだ起伏は、光輝やく海の向こうにあって暗 その水平線の彼方にだけ、厚い雲が垂れているのだ。あの町は今にも雨の降りそうな湿った 空気に包まれているに違い でもあたしの絵葉圭日きの町は違ってたなあ、煙突じゃなかったなあ、もっときれいな塔だった わよ、あれは何かを燃す施設じゃないかしら、ゴミとかね、よく見てみてよ、建物が見えるで しよう ? あまりきれいな建物じゃないわ、煙突のすぐ横よ、刑務所みたい、何て地味な建物か きっ しら、窓は少ないし、窓ガラスは何枚か割れてるし、窓枠は錆びて折れ曲がってるみたい、 とあの建物の中は暗いわよ、陽が差し込まなくても構わないのかしら ? 煙突からの煤で汚れて 女は僕を見た。それまではすっと海の向こうを見ていたのを、顔をこちらに向けた。汗が耳の 後側を通って流れている。海に来てきようが一日目なのだろう、まだとても色が白い。薄い水着