「大の肉はどうかな ? 」 「大の肉がどうしたんだ」 「売れないかな、あいつ大の肉を買うやつを紹介してくれないかな」 「そうだな、桃もあまり見つからないしな、俺、オヤジから聞いたけど、赤い大の肉はどこかに 売れるって言ってたな」 「今なら捕まえられると思わないか ? あいつら楽しんでるんだからさ」 「あの毛の赤い大きな牝にしようぜ」 「殺さなきゃいけないんだろう ? 」 ョットのシャツの少年は脇に捨てられていた重そうな鉄の棒を拾った。 「頭の骨を割るのは大変だよ、俺、昔、映画で見たんだ」 そう言ったのは靴下をはいていない少年で、彼は錆びかかった鋏の片方を見つけ、針金で角材 に固定した。 「一発で殺す時はこうやるんだ、血だらけで暴れられるといやな気分になるだろう ? 」 「お前、やるか ? 」 鋏のついた角材を構えた一人は、ゆっくり大の群れへ近づいていく。大達は逃げない。 「あいつ、さっきオートバイに乗った奴の話してただろう、オートバイの男が嫌いだって言った
中の鳥に怯えていたんだ、それで私は思った、きっと私はすっと韭日、生まれる前は大だったのだ ろうと、そう思ったんだ、まあ聞いて欲しい、それもタオル地でできたいい匂いのするマットレ スを小屋に敷いてもらった鼻の 40 た大しゃなくて、いろいろな種の混じ 0 たやっさ、本当に 大って感じの大だ、そういうのがよくいるだろう、それで私はそんな大で、フランダースの大み たいにどこかの粉屋か屠畜場に、その二つのどっちかに飼われていたんだよ、普通の家庭で飼わ れていたのなら、いろいろと億えているはすだろう ? 庭の花の匂いとかさ、 小さい女の子がく れるミルクの味とか、近所の牝大が送る発情のサインとかね、そういうのが何もないからなあ、 とうーツろ、一し ただ、この部屋でも、今でもそうだけど鼻の奥や喉にザラサラと詰まって吐気のしてくる玉蜀黍 の粉の感じは憶えてるんだ、たぶん粉だろうと思うな、それに変な匂い、肉が腐れていく時の匂 る いを慮えているからなあ、大きな牛が首を切られる時に出すいやな声とかさ、私は実際にそんな ことを見たことかないし、そんなところには一丁ったことかないからね、映画で知ったとい、つ = = ロ 争 憶もないから、きっと大だった時に億えたんだろうと思うよ、頭の上を飛び回る蠅や床を流れて で くる血を舐めたことも億えているから、とにかく粉屋や屠畜場に飼われている大だったんだ、そ のれである日、主人が死んだのさ、主人が死んで私は余計者になってしまった、死んだ主人はとて 海 もいい人だったな、その人のことも私はよく慮えているんだ、主人は私によくレタスを食べさせ てくれた、私は大のくせにレタスが大好物だった、今でも好きなのはそのせいだよ、レタスを毎
「そう、練習するんだよ」 「すごいなあ、象って大きいのにね、サーカスの象は逆立ちするの、でもおとうさんは嘘をつく から」 「うん」 「何のことだ、この前もちゃんとおかあさん連れていったしゃないか、魚釣りにおかあさんも一 糸 ( 彳たよ」 「あれじゃないの、お隣のおばあさんがいっかこうやって座ってて、僕がオシッコでしょ ? っ て言ったら違うって言ったけど、あれやつばりオシッコなんだよ、あれ、おばあさんに聞いたら まオシッコだって言ったよ」 若い衛兵、父親と妻は顔を見合わせた。子供に嘘をついたと思われたからではない。・息子が今 争 喊話した隣の老婆というのは、狂人だったからである。確かな話ではないが、梅毒だという噂だっ の「それだけなの ? その他に何か話した ? 話しただけなの ? 手を触ったりしなかった ? 何 海 もしなかったのね ? 妻は興奮している。
まいか ? 子羊は硬くなかったか ? などと何回もうるさい程聞きに来た昼食のピークに僕達 がすれたのではなく、今の時期は客が少ないのだそうだ。 僕達以外の客といえば、ほとんどが老人だった。それも女が多かった。からだ中に粉を吹いた ような肌で、レストラン全体に響く壊れたラジオみたいな声で笑った。彼女達はきっと若い男を 捜しに来てるんだよ、と僕が言うと、フィニーは笑わすに、からだを焼きに来たのよ、からだを 焼いておくと風邪をひかないって言うでしょ ? と答えた。レストランも明る過ぎたし、すっと サングラスもなしに光る海を見ていたせいか、ラウンジでコーヒーを飲んでいる時、フィニーの 顔が変わったような気がした。ここのコーヒーはおいしいわ、とフィニーは言い、僕も同意した。 ラウンジに置かれた二台のチェス盤の一つを、眼鏡をかけた老夫婦が使っていた。男の方はウ イスキーを飲みながら葉巻きを喫って、女の方は手をじっと膝の上に置いて、彼女の方がどうも 優勢らしかった。コーヒーを飲み干した時、フィニーが僕に聞いてきた。あなた麻薬なんかどう 思う ? 僕は、音楽家の友達から貰って、マリファナを何回か、を一回だけやったことが ある、と答えた。 フィニーは、コカインを少し持っているけど海岸でやらない ? と耳許で囁くように言った。 夜の方かいいかも知れない と僕は言ったが、眠れなくなるといやだから夜は困るとフィニーは また囁いて、結局、海岸でやることになった。でもあたしは中毒者じゃないわよ、ラウンジを出
床に鏡の破片が落ちていないかと見回し、ドアに近い出名の滴を外し、毛布をかけるように 指示し、看護婦はまた静かにドアを閉めた。 母親の肌は気持ちが悪かった。赤みがかってふつくらとした吹出物の上に、さらに小さな硬い 血の固まりのような発疹ができている。 手の平にとった薬を塗っていく時、その一一種類の発疹の微妙な感触が常に鳥肌を吹き出させ じんましん 「蕁麻疹なのかねえ」 母親は薬が気持ちいいのか、目を閉したまま、そう聞いてきた。 る「そうだよ、もうすぐ医者が注射を打つからそれで消えるよ、すぐ治るさ」 始「その薬はとてもよく効くよ、痒くなくなるねえ、小さな容れ物なんだから少しすっ使わないと 争なくなってしまうねえ」 で「バカだなあ、なくなったらまた貰えばいいしゃないか、俺が貰ってやるよ」 こ「顔にもできてるんでしよう ? 海 「これ顔にもたくさんできてるんでしよう ? 「少しだよ」
「ああ、 「お前も髭をあたるんだろうが、少し残せるよ、残しとこうか ? 」 「いや、使ってしまって構わないよ」 「新しいのがあるんだな ? 「僕は剃らないから」 「このクリーム嫌いなのか ? いい匂いだよ、クリームを使わないと肌に悪いだろう」 「きようは剃らないよ、あした新しいのを買うから」 「あしたは店が休みだぞ、祭明け、店は休むだろう、それにお前、祭の日は髭を剃った方がいい んしゃないか ? クリーム残しておくからお前も剃れよ」 「おとうさんがを剃るなんて珍しいでしょ ? あたしが勧めたのよ、おとうさん、クリームは あたしのもありますから全部使って下さいよ」 「女物のクリームだろう ? 」 「男の人も使えますよ、同し肌なんだから」 若い衛兵は祭という一一 = ロ葉を聞くたびに心が重くなるのがわかった。朝、読ますに出た新聞を見 る。右端が濡れている。大を調教していた男が上司を殺した。原因は、お前は大以下だと被害者 から注意されたため。こいつは本当に自分を大以下だと思っていたのだろう。
164 まれる。 フィニーが海から上がってきた。なぜあたしを描かないの ? あなたまた町を見ていたのね、 目に町が映っているもの、あたしにはすぐわかるわ、あなたはいつもそうなの ? コカインを打 っといつもそうなの ? 目が真赤よ、ひどい充血よ、あなたの真赤な目に町が映ってるわ、まる で町全体が燃えているように見える、人々が全て血を流しているように見えるわ、あの町が待っ ていたのは祭じゃなかったみたい、みんな燃えているわ、みんなが走り回っている、みんなが逃 げ回っている、みんな血を流し合っている、赤い煉瓦作りの建物で大佐が兵士達に何か言ってい るのが見える。私は何度も見たことがある。腹に弾を受けた兵隊を何度も見たことがある。腹に 弾を受けた奴はすぐには死 これは銃創のうちで最も苦しいものだ、苦しくて死のうと 思っても死ねない、水を飲みたがる、決して水は与えてはいけない、しかしはっきりと死ぬ兵隊 には最後の水を飲ませてやる、すると死ぬ間際、兵士は虹につつまれるものだ、とても優しい表 清になる、私達とは別の世界に行ってしまうというのがよくわかる、私達にはもちろんどうしょ うもなくてどういうわけなのかもよくわからないかどんな乱暴な奴でも安らかに笑っているもの 苦しいか ? と聞いても、何も一言わないよ、手を振ってしゃあな、とい、つだけだ、だからお ~ 則らも別に恐がったりすることはない、死ぬとい、つことはそんなに大したことではないんだ、 日曜日 ちょっとヤクを打ちすぎて動けなくなることがあるだろ、つ ? あれと大して変りはない、
136 母親はまだ寝ている。相変わらす絶え間なく胸や太股を引っ掻く。黄色い爪、引っ掻いて削り かさた 取られた瘡蓋が爪の間を汚している。 洋服屋はまた鏡に気付いた。鏡をなんとかしなくてはならない。あの顔を見たら母親はきっと 非 5 しむに逞、よ しオい。悲しんで、こんな顔のまま死ぬのはたまらないと思い、痒み止めの薬を塗っ て慰めても、憂しくそっと死んでいくなどということは及びもっかなくなるだろう。竟だ。何と かしなくてはならないが、洋服屋にはどうしたらいいのか全殃わからなかった。鏡を母の手に渡 してはならないとそればかりを考えた。手を伸ばし、楕円形の額付きの鏡を手に取る。少し髭の 伸びた彼自身が映っている。この鏡だ。母親は低く呻いて体を半転させる。目を覚ますぞ、洋服 屋は腕に鳥肌が立つのを感じた。母親は顔と首を掻き始める。また少し呻く。洋服屋は手にした 鏡を田 5 いきり病室の床に叩きつけた。 鋭い音が響き、ドアの側の患者が叫び声をあげる。鏡は洋服屋の顔を映したまま落ちていき、 彼の足元でバラバラに砕けこ。 「今の音、何ですか ? 」看護婦がドアから顔を出してそう聞いた。 「いや、どうも申し訳ありません、何でもないんです、ちょっと手を滑らして鏡を割ってしまっ まうき 「あらあら、帚持って来ましようね」
「あの蛇は何もしないんだよ」 「ほら見てごらんなさい、みんなもう帰っちゃうのよ、ほらこの棒をくれた人が言ってたでしょ 悪い子だとこの棒が叱っちゃうって、 おじいちゃんを捜しに行くのよ」 棒が叱っちゃうわよ、妻がそう言ったとたん、五歳の息子の顔色が変わった。 「バカだね、そんな風に言う奴があるか」 「僕、何でも一言、つこと聞くよ」 「ああ、ほらあの蛇はああやってあの人の腕に巻きついてるだけで、何もしないんだよ、飾りな んだ、ああそうだ、まだ魚を見れるぞ、 これはもう終わりにして魚を見に行こう」 始 通路はみ合っていた。出口に向かうのは狭い上に一本しかなく、魚を早く見に行こうとして 争 みな急いでいるからである。 で 暗い通路からはつかりと明るい舞台を振り返って見る。シルクハットの進行係が相変わらすシ のンバルを構え、腕に蛇を巻いた女が勢いよく舌の上のを吐き出し、一輪車がグルグル回り、ピ 海 ェロは白粉を汗で溶かして転げ回り、煙草の煙が立ち込めた座席では若い男女が舌を吸い合って
並木道を造花やモールや旗で飾っていた子供達が走って港に集まってくる、みんな祭の飾りつけ を中断して魚を見に来るのよ、町中があの船を待ってる、そんな感じだわ、船は速力を落とした。 港に入ろうとしている。湾を囲む防波堤を過ぎて、船が港に姿を現わした時、町中にサイレン が鳴った。サイレンは町全体に響き渡り、聾人以外のあらゆる人がこれを聞いた。 山頂の、あのゴミ処理場ではそこに働く人々と桃を拾う三人の少年と交尾をする野大達と何万 羽のカラス。特別な鳥料理を用意していた台所の女達。町を横切る並木道でモールや造花や旗を 使って飾りつけをやっていた子供達はサイレンと同時に仕事を一時中断して港へ走った。公園内 の赤煉瓦の建物では、裸で喘ぐ女が、サイレンを聞いて身を固くした。 大佐は突然のかん高い音に、女から身を離し、窓を閉めた。窓際にしばらく立ち、白熊の絨毯 の上に転がっている女には聞こえない小さな声で、衛兵の交替の時間だな、と言った。おい、君 始 が声をかけた衛兵が帰っていくよ。深い緑の公園の中、若い衛兵は祭だと言うのに心が晴れな 0 かった。木々と厚い葉で弱められて届いたサイレンの音も、ばんやりと聞き流した。交替の時間 こが告げられて、控室に戻ってきても、警備の時と同じ無表情を変えなかった。他の仲間達はロッ のカーの戸を勢いよく開けたり閉めたりしながら、冗談を言い合っている。狭く湿って暑くるしい 海 控室、ここまで祭の熱気が少しすっ入り込んでいるようだ。突き出た腹を叩き、汗の滲んだ腋の 下を、脱ぎ終わったシャツで拭きながら、祭だと女が安くなる店がある、俺はそこで女を買うん