血 - みる会図書館


検索対象: 海の向こうで戦争が始まる
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1. 海の向こうで戦争が始まる

110 残っている感じだ。そこから鳥肌が拡がってい それを振りきるように彼女は叫び声をあげ る。魚は地響きと共にコンクリート床に横になった。筋肉の溝に汗を光らせた裸の男達が一斉に 魚に群がる。緑色の鉄板を張ったような魚の背、濡れた白いシーツのような腹、男達は細長い刀 を突き刺した。ゆっくりと何人かで引き抜く。噴き出す血を見て群集は移動を始める。制止する 警備員を押しのけて、できるだけ魚の方に行こうとする。 衛兵は駅へ行くことをはっきりと諦めた。押されてよろけながら全員が前へ進もうとする。衛 兵は妻とはぐれた。妻の顔が人混みの中で一瞬見えすぐに消えた。シャワーの音。魚の腹が割ら れている。刀を振り降ろす男達のからだは血と油でドロドロだ。飾っていた羽の一つが血の中に 落ち、浮いて、すぐ見えなくなった。血の固まりが転がり、人間にぶつかって破れコンクリト の床はすでに赤黒く染まってしまった。裸の男達は噴き出す血にはじきとばされる。何人かは興 奮して自分の足を切った。暗い肉の穴が徐々に拡がる。自分の足を切った男もその穴の中に突っ 込んでいく。女達は血をバケツでくみ出す。血と油が群集の中に流れ込み始めた。赤ん坊の頭程 の脂肪粒が魚の腹からとび出して人々はそれを踏みつける。 衛兵の妻は自分を失ったわけではない。 しかし囲まれた血と男達の匂い、歩くたびにヌルヌル する太股の油の感触、硬い鳥肌が次から次へと生まれてきて叫ばざるを得ないのだった。叫び声 をあげなければ気が狂ってしまいそうだった。そうやって全員が叫んでいた。

2. 海の向こうで戦争が始まる

五歳の息子が透明な棒を落とした。拾ってやろうとした衛兵は背中を押されて息子を背負った まま転んだ。血はすでにここまで流れてきて足が滑り立っことができない。他にも何人か倒れて いる。わざと血の上を滑る子供もいる。血に塗れた手の指を踏まれて衛兵は父親を思い出した。 今父親は象の前にいるような気がする。伝染病で死にかけた象の前に座っているような気がす る。身動き一つしない、息だけが聞こえる草食動物に向かって、いつもと同しことを語りかけて いるのだろう。 象よ、何という寂しい人生だ、いろんな事が色褪せわかりにくく醜悪に曖昧になった。何も はっきりしたことはない、 俺は一体誰を愛しているのかさつばりわからん、誰から愛されている るのかもわからん、この寂しさを埋めてくれるものは何もない、巨大な象よ、俺の回りはお前そっ 始くりだ、 やたらに大きくどこに何があるのか全くわからん、死にかけている、はっきりと病んで 争いる、吐日はそ、つではなかった。何もかもがはっきりしていた、自分が何を必要とするか、何が自 で分を必要とするか、はっきりしていたものだ、今は、お前の腐れている皮膚のように柔かく手応 こ、え力ない 、昔は違ったぞ、鉄の時代だった、病んだ象よ、今はお前の時代なのだ。空は曇ってい のる。しかし魚の内臓は血に塗れて黒々と光る。一人の男が刀に突き刺した一塊の内臓を高々と灰 色の空に掲げこ。 血の匂いは、港一帯だけではなく、町全体に拡がり始めた。海に流れ込んだ血と油は海岸線に

3. 海の向こうで戦争が始まる

少年は立ち上がった。自分を噛んだ大を見て、ロから泡を吹いていないことを確かめる。 「あの野郎、殺してやるぞ」 「やめろよ、それより見てみろ気持ち悪い」 「まだ血が出てるぞ」 「大の頭から血が出てるよ」 交わったままの牝を殺された牡はやっと吠えるのを止めた。それでもまだ体は離れていない 動かない牝の頭から長い毛を染めて流れ出る血をしきりに舐めてやっている。 「お前歩けるか ? 「ああ、あいっ泡を吹いてなかったよな」 三人は足を引きする少年を真中にして大達から遠去かることにした。また、プルドーザーが 作った道を歩く 「とても痛むのか ? 」 「あいっ殺してやればよかったよ」 三人は大量の桃を見つけた。カラスを追い払い始める。 「あの大の肉もったいなかったな」 「あんな肉を食う奴ってどんな奴かな」

4. 海の向こうで戦争が始まる

恥が無理して笑っているように感じ、その看護婦に母のことを頼んだ。看護婦は笑ったまま振り向 き、わかりました、と短く言った。 階段を降りる 。。ハジャマを着た、足首の腫れた初老の男とすれ違う。男からは母親に塗ったの と同し油臭い軟膏の匂いがした。友達を見舞いに来たのか、何人かの子供達が階段を駆け上がっ 一人の女の子が、こっちょこっちょ、と道案内をする。もうすぐ祭なんだから早く帰ろ うな、でもあの人は祭見れないのよ、かわいそうじゃないの。肩から血を流す黒人女とすれ違 血は腕に沿って流れていたが、その女はもう一方の手の指に煙草をはさみ、裸足でゆっく と音をたてすに上がっていった。 ロビーは人でいつばいだった。医者の言った通りだ。祭の熱気はここまで押し寄せてきてい る。汗をかき、大声でわめき、お互いに口論し、いろいろなところから血を流している人達の間 を、洋服屋はからだを横にしてすり抜ける。おりゃあ自分で自分の足を切っちまった、そう怒 鳴っている男がよろけて彼にぶつかった。 ふくらはぎから噴き出す血が洋服屋のズボンを少し汚 す。洋服屋の中にはまだ吐気が残っている。ロビーは暑い。洋服屋も汗をかいている。売店で冷 たいミルクを飲む。一人の老人が歌をうたいだして看護婦から注意された。牛乳瓶を握る洋服屋 の手の平には、母親の吹出物の感触がまだある。 ミルクを飲み終えると彼は外へ出た

5. 海の向こうで戦争が始まる

うな気がする。 ている。寒々としたサーカスの客席を見慣れた衛兵の目には、 港へ向かう人の波が延々と続い その人々が人形のように見えた。 テントの裏側へ回ると、モギリの男が言った通り、十一「三歳だと思われる少年が動物の檻の にいた。大きな肉の塊を長い包丁で切っている。白い半ズボンにもシャツにも顔にも少し血が 付いている。手は血と脂でヌルヌルして、ナイフが滑るのか時々ズボンで拭いていた。髪の毛の 色がこの地方の人間にしては薄く、混血なのかも知れないと衛兵は思った。こういう風に髪の色 の薄い肌が白い無ロな混血の友人が同級生にいたからである。 る「ちょっと、君、聞きたいことがあるんだが」 始少年は無表情のまま、そう聞いた衛兵の方を見た。 争「あたし達おじいさんを捜してるの、ちょっと前、そうね、一一十分くらいかしら、黒い服のおじ で いさんを見なかった ? その人を捜してるのよ、人がたくさんであれなんだけど、あなたそうい こ、つ人見なかった ? の少年は妻を見て唇を開いた。言葉は出ない。何かを考えているような顔付きになって、視線 を、衛兵に背負われた五歳の息子に移す。 五歳の息子はすぐ目の前のライオンの檻を見ている。ライオンが鋭い爪の前足を出せないよう

6. 海の向こうで戦争が始まる

164 まれる。 フィニーが海から上がってきた。なぜあたしを描かないの ? あなたまた町を見ていたのね、 目に町が映っているもの、あたしにはすぐわかるわ、あなたはいつもそうなの ? コカインを打 っといつもそうなの ? 目が真赤よ、ひどい充血よ、あなたの真赤な目に町が映ってるわ、まる で町全体が燃えているように見える、人々が全て血を流しているように見えるわ、あの町が待っ ていたのは祭じゃなかったみたい、みんな燃えているわ、みんなが走り回っている、みんなが逃 げ回っている、みんな血を流し合っている、赤い煉瓦作りの建物で大佐が兵士達に何か言ってい るのが見える。私は何度も見たことがある。腹に弾を受けた兵隊を何度も見たことがある。腹に 弾を受けた奴はすぐには死 これは銃創のうちで最も苦しいものだ、苦しくて死のうと 思っても死ねない、水を飲みたがる、決して水は与えてはいけない、しかしはっきりと死ぬ兵隊 には最後の水を飲ませてやる、すると死ぬ間際、兵士は虹につつまれるものだ、とても優しい表 清になる、私達とは別の世界に行ってしまうというのがよくわかる、私達にはもちろんどうしょ うもなくてどういうわけなのかもよくわからないかどんな乱暴な奴でも安らかに笑っているもの 苦しいか ? と聞いても、何も一言わないよ、手を振ってしゃあな、とい、つだけだ、だからお ~ 則らも別に恐がったりすることはない、死ぬとい、つことはそんなに大したことではないんだ、 日曜日 ちょっとヤクを打ちすぎて動けなくなることがあるだろ、つ ? あれと大して変りはない、

7. 海の向こうで戦争が始まる

作った、そうやって焦げ臭い匂いがしてきて腹から煙が出てきてもカマキリは交尾をやめなかっ た、あの時のカマキリの目も今のこいっと同じように濡れていたような気がする。 分厚いゴムのチュープが破裂したような音がした。赤毛の牝は鋏を頭に生やしたまま、一声も 吠えることなく倒れた。その上に被さっていた黒い牡が喉の奧から絞り出すような叫びをあげ、 狂ったように暴れ始めた。その悲痛な吠え声はゴミの山にこだまして三人の少年達を怯えさせ た。しかし他の大達は見向きもせすに交尾を続けている。さっき牝に逃げられた、陸器をホース のように垂れ下げた牡は豚の肉に齧しりついている。血塗れの足でもがく小さな毛の抜けた牝は 新しい血を流しながら低く鳴いている。交尾中に牝を殺された牡だけは吠えるのを止めない。交 わったまま、でたらめに動こうとして、地面を蹴っている。まだ割れていなかった卵を踏みつけ 緑色の腐った卵黄で足先を汚しながら吠え続ける。 「おい、そいつも殺ってしまえ」 「その吠えてるやつも殺せ」 見ていた二人が怒鳴った。 靴下をはいていない少年はうなすいてもう一度角材を振り上げることにした。カ一杯に鋏を引 き抜こうとする。鋏はなかなか外れない。深々と突き刺さっている。目を剥いたまま死んでいる 赤い毛の牝の頭に左足をかけて、思い切り引き上げた。血が噴き上がった。少年は悲鳴をあげて

8. 海の向こうで戦争が始まる

116 そんなことないわよ、遠すぎるし、大体、血っていうのは海水より重いんでしよう、町は大変 な騒ぎね、あんなに怪我人が大勢出ても祭だから別に構わないのかしらね、並木道を救急車が往 復してるわ、怪我した人も救急車の係員も興奮して、病院は人でいつばいよ、人が多すぎて収拾 がっかないのよ、看護婦が慌ただしく階段を駆け上がる、急いでいる人々がぶつかり合う、一一階 の踊り場では、祭とは無関係の見舞い客と急いでいた看護婦がぶつかり、花束の花びらが散って しまった。三階の廊下ではこばれていた魚の油で医者が滑った。四階の喫煙所で煙草をふかして いた男は血の匂いに気付き、いやな顔をして煙草を揉み消した。男は立ち上がりさっきまでいた 病室に戻る。 床や壁、べッドから柱から窓枠まで白く塗られた病室。戻ってきた男は患者ではない。 この病室の患者は三人共、老いた女である。三人共クリーム色の浴衣を着ている。時々看護婦 が来て大小便の始末をしたり、体を拭いたりするのに女だけというのは便利なのだろうか。それ と、これはここの医者がよく言っていることだが、あっさりと死んでしまうのは男の患者の方が 多いらしい。あした死んでも何も不思議ではないという状態で細々と生きるのは女の方らしい。 病室のドアに最も近いべッドに寝ている一人は、浴衣の胸をはだけている。冷たく湿されてい るらしいガーゼを目の上に当てて、骨だらけの胸はゆっ くりと上下に揺れている。一本の皺にし か見えない乳房が脇腹に垂れているが、それはまるで岩に打ち上げられた蛸だ。 たこ

9. 海の向こうで戦争が始まる

貶沿って公園まで届き、べンチに座っていた若い男女の唇を離させた。血塗れで自慢そうに広場へ と走り込む子供達、広場で舞台作りをやっていた職員に興奮して魚のことを喋る一一人の、 ーサルを始めた楽団の中に魚の肉を投げてつまみ出される若い男、裸の女がフラフラと現われ て、耳の中に入ったらしい魚の油を出そうとして首を振り、そのまま重心を失って植え込みの中 に倒れる。金色の糸で百合の花を刺繍した黒衣、その特別な衣装に身を包んだ三人の僧侶は血の 匂いを嗅ぎ、魚が採れたことを彼らの神に感謝した。サーカスのテント裏、檻の中で鯨の肉塊を 舐めていた牝ライオンは両足で立ち上がり一声吠えた。。 コミの山の中で交尾中の野大は一斉に遠 吠えを始め三人の少年は桃を拾う手を休めてその方を振り向く。広場に用意された一一十個の暗い の中で、匂いに気付いた鳩達が騒ぎ始めた。係の男が鳩の鳴き真似をして落ち着かせようとす る。教会の尖塔で休んでいた鳥の群れが空へ舞い上がった。町をすっかり被っている血の匂いと 雲の巨大な影から逃れようと速く羽を動かす。灰色の視界の中を、暖い光と匂いを目差して飛 ぶ。港の工場群からの煙を避け、空に三角形の一一辺を作って次の休息所を捜す。曇っていて波も しかし砕け散る波の飛沫の小さな一粒は、鳴きな あるため、海全体にその姿が映ることはない。 がら空を移動する幾つかの点を一瞬間だけはっきりととらえる。鳥達は、やっと薄くなってきた 雲の膜が一カ所破れていて、そこから暗い海へと差し込んでいる一筋の光の束を見た。 「昔、小さな鳥を飼っていたの」

10. 海の向こうで戦争が始まる

床に鏡の破片が落ちていないかと見回し、ドアに近い出名の滴を外し、毛布をかけるように 指示し、看護婦はまた静かにドアを閉めた。 母親の肌は気持ちが悪かった。赤みがかってふつくらとした吹出物の上に、さらに小さな硬い 血の固まりのような発疹ができている。 手の平にとった薬を塗っていく時、その一一種類の発疹の微妙な感触が常に鳥肌を吹き出させ じんましん 「蕁麻疹なのかねえ」 母親は薬が気持ちいいのか、目を閉したまま、そう聞いてきた。 る「そうだよ、もうすぐ医者が注射を打つからそれで消えるよ、すぐ治るさ」 始「その薬はとてもよく効くよ、痒くなくなるねえ、小さな容れ物なんだから少しすっ使わないと 争なくなってしまうねえ」 で「バカだなあ、なくなったらまた貰えばいいしゃないか、俺が貰ってやるよ」 こ「顔にもできてるんでしよう ? 海 「これ顔にもたくさんできてるんでしよう ? 「少しだよ」